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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家の食卓


【郷土料理編】

by でくの



 悪夢は、千鶴さんの一声から始まったのかもしれない。
「みんな〜、夕ご飯の材料、持ってきたわよ〜」

「千鶴姉〜! その材料、確かめさせてもらうよ!」
 一言断るやいなや、梓は障子に手をかけたままの千鶴さんに襲いかかった。
「何をするのよ梓! 私が持ってくる食材が怪しいって言うの?」
 梓の一撃をするりとかわしながら、千鶴さんは手にしたビニールバックを抱えた。
「くっ! 千鶴姉の持ってきた食材でまともなのがどれほどあったって言うんだ? 初音! 楓! 手伝って!」
 申し訳なさそうに初音ちゃんは頷いた。
「千鶴お姉ちゃん、ごめんね。梓お姉ちゃんもタマが居ないから、ちょっと過敏になってるだけなんだよ。材料、ちょっとだけ見せてね」
 初音ちゃんはおっとりした口調と裏腹に、素早く千鶴さんの背後に回った。バックをかばう千鶴さんは強制的に部屋の中に入る。
「………」
 無言のまま楓ちゃんは頷き、梓・初音ちゃんから逃げようとする千鶴さんの逃げ道を塞いだ。
「どうしてみんな、私の食材を疑うのよ〜!」
 鬼の血を引く美少女が4人、一つの袋を取り合っている地獄絵図はすぐに佳境に入った。
「千鶴姉はいつもいい加減な物を食べさせようとするじゃないか!」
「千鶴お姉ちゃんの料理で死にたくないよぅ」
「…千鶴姉さん…」
 とうとう4人の腕合計8本が、一つのビニールバックをつかみ、引っ張り始めた。
「どうしてそんなに疑うのよ〜!」
 千鶴さんが力を入れた瞬間、丈夫なはずのビニールバックは物の見事に八つ裂きになり、中身は全部、俺の顔へ…。
「いい加減にしろーーーーっ!!!」
 俺の声は柏木邸を揺るがすかと思うほど、大きく響いた。

「地元の人からもらった物なら、最初からそう言ってくれよ、千鶴姉ぇ〜」
 破れた障子も貼り直し、俺たちはさっきまでの事が無かったかのように座テーブルを囲んだ。
「農家でもらった野菜と鶏よ。今日は寒いから、鍋でちょうど良いわよね」
 千鶴さんの持ってきた食材は、地元の農家の人からもらった物だそうで、見たところは問題なさそうだ。普通の白菜、春菊、エノキに人参、椎茸にシラタキ、それに鶏1羽。
「どうして今日はこんなにもらってきたんですか? 千鶴さん」
 俺が聞くと、待っていましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「今日、地元の観光協会の集まりがあったんです。土地や環境に恵まれ、観光客も多いこの辺りも、自分たちで更に客を呼ぶ物が欲しいって話だったんですよ」
「村おこしみたいだね」
 初音ちゃんがそう言うと、いつもの笑顔で千鶴さんは頷いた。
「そう! まさにそれなのよ。それで一番手っ取り早くお客さんを呼べるとすると食べ物が良いだろうって事になって。オーソドックスに鍋にすることは決まったんだけど、オリジナリティを出すにはどうしたらいいか、各自材料を持ち帰って研究することになったの」
 だから、鍋の材料そのものが揃っているわけだ。すでに材料は台所に運ばれ、梓の手によって調理されている。もちろん、梓のことだから、何かしら工夫をして味付けをしてくれることだろう。
 まもなく、いい匂いを漂わせて鍋が部屋に入ってきた。
「いい匂いだな、梓!」
「梓お姉ちゃん、下ごしらえ頑張ったんだよ!」
 食器を持って並べながら、初音ちゃんが微笑む。梓も鍋を置くと、照れたように鼻の頭をかいた。
「頑張ったってほどじゃないけど、臭み消しや、ちょっと味付けを…」
「ああ! 腹が減った! さっさと食おうぜ!」
 この一声に会わせて、全員の声が揃った。
「いただきまーす!」
 蓋を開けると、彩りよくしかれた野菜と淡い色合いの鶏肉。スープはほんのり色づいている。人参も花の形に薄く切られ、見栄えも良い。
 さすが梓、言うのは悪いが千鶴さんとは違う。
 とりあえずスープを一すくい、白菜や春菊などの野菜をとってみた。
 スープをすする。…ダシがよく利いていて、それでいて清涼感がある。
 野菜を口に入れる。…煮込み具合も良く、野菜自体の甘みや風味が楽しめる。
「うまい! これ、うまいよ!!」
 へへっ、と梓が笑った。何度も頷きながら千鶴さんも満足げに微笑む。
「でしょ? 素材自体も良いから!」
 肉を見ると、すでに俺を除く4人は自分の取り皿にとっていた。楓ちゃんは取り皿が山になっている。
「あ、ずるいぞ〜。俺ももーらい!」
「美味しいですよ、このお肉! 実はこの鶏、私が餌をあげていたんですよ〜」
 …その一言で、千鶴さん以外の箸の動きが止まった。
 もう一度見回すと、楓ちゃん、初音ちゃん、梓、そしてもちろん千鶴さんも肉をすでに食べている。「あの…千鶴さん、その餌っていうのは、もちろん化学飼料だよね…?」
 俺はおそるおそる尋ねてみた。そして帰ってきた返事は…。
「そんな偏った栄養じゃありませんよ。毎日私が材料を揃えて作った餌です。野菜も、特にキノコなんかもたくさん食べさせたんですよ〜」

 悪夢の一夜は、まだ始まったばかりだった。


 追記・郷土料理は「とり鍋」になったが、鶏肉を雉の肉にかえたという。その理由は定かではないが、千鶴さんが餌をあげた鶏は、1羽ではなかったそうだ。

柏木家の食卓・郷土料理編  完



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