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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家の間取り


その1

by 五穀豊穣



 「・・・耕一さん。私の部屋にきませんか?少し、お話ししたいことがあるんです」
 ぼんやりと縁側を眺めている俺に、楓ちゃんは相変わらずの静かさで声をかけてきた。
 「話?珍しいな、楓ちゃんが俺に用なんて」いやみに聞こえないように笑顔を向けながら、おれは楓ちゃんに言った。
 「・・・・・・」
 見れば楓ちゃんは、少し恥ずかしそうにうつむいていた。外の雪景色のような白い肌に差した朱紅み(あかみ)が、じつに初々しい。こんな事を梓に言えば、「スケベおやじ!」とでも言われるのだろうが。
 こんな感じだから、今年の夏までは、「もしかしたら嫌われてるんじゃないか?」と実のところ俺は思っていた。
 「わかった。喜んで、お邪魔させてもらうよ」実際、女の子の部屋にお邪魔する機会は滅多にない。多少気恥ずかしくもあるが、浮かれた気分で俺は楓ちゃんの後についていった。

 あの事件から3ヶ月。冬休みを利用して、俺は再びここに遊びに来ていた。文字通り、遊びにだ。いずれは就職活動に追われるのだから、今の間に楽しまなきゃな。
 音もなく、しんしんとただ降りつもる雪。縁側の廊下を歩きながら、還ってきて良かったと思う。
 けれど思いついて言ってみる。「なぁ、楓ちゃん。今度暇な時にみんなで東京に遊びに来ないか」
 いつも世話になりっぱなしだから、たまには俺が、と思ったのだ。
 「はい。千鶴姉さんもそのうち、休みが取れるでしょうから・・・」どこか嬉しそうに、楓ちゃんも賛成してくれた。
 

 「どうぞ、掛けて下さい」と、既にベッドに腰掛けた楓ちゃんが言ったので、その隣にさりげなく間をとって俺は座った。そしてゆっくりと部屋を見渡す。良く云えば落ち着いた、けど女の子にしてはやはり殺風景な部屋だった。無機質という言葉がむしろ似合うくらいだ。そう、あのキャビネットなんか特に・・・。

 ・・・キャビネット!?と、俺は自分の発見に驚き、もう一度部屋を見渡す。

 確かにキャビネットだった。何でこんな物がここに?と思うほどそれはデカく、部屋に入ってすぐ気付かなかったのが不思議なほどだ。しかも金属製で飾り気のひとつすら無いときてる。はっきり言って、不気味だ。
去年は無かったよな、確か・・・。
 「いつ買ったんだい、それ?」何気ない質問のはずなのに、俺は怖くて訊けなかった。
 ・・・怖い?何を考えてるんだ、俺は。楓ちゃんは、楓ちゃんじゃないか。何を身構えてるんだ。
 そうだ、さっきからずっと黙ったままだ。心の中のやましさを振り払うように、俺は楓ちゃんに話しかけた。  「千鶴さんたちは、そのキャビネットの事、知ってるのかい?」
 「・・・もちろん知ってますけど、どうしてですか?」俺のバカな質問に、楓ちゃんは首を傾げた。
 その動作に合わせて、黒絹のおかっぱ髪がサラリと揺れる。綺麗だった。こんな時でなかったら、ベッドに押し倒していたかも知れない。
 「い、いや、何でもないんだ。ただ何も聞いてなかったから、ちょっと驚いただけで・・・」ドキマギしていた俺は更に墓穴を掘ってしまった。人間は自分の心に嘘をつけないらしい。
 「・・・・・・変、ですか?やっぱり・・・」ポツリと楓ちゃんが言った。やっぱりというのは、千鶴さんや梓にも言われたんだろうか?
 寂しそうにうつむく楓ちゃんを見て、俺は軽はずみな言葉を後悔した。
 俺はこの場の雰囲気を変えるべく思案を巡らす。そうとも、ただでさえ無口なのにこれ以上暗くしてどうするんだ!
 「そうそう、俺に話があるって言ったよね。一体何の話だい?」つとめて、明るく言ったのだが、「・・・お茶の用意をしてきます」と、楓ちゃんはいっそう静かに部屋から出ていった。

 嫌われちまったかな?と後悔しても後の祭りだった。
 ひとつため息を吐いたとき、またしても俺は余計なことに気が付いてしまった。
 部屋の隅に置かれた、きちんと整理された勉強机。そのそばの小さな棚の上に電気ポットが置いてある。
 結構大型のタイプで、3リットル位入りそうなやつだ。台所にもポットはあるのだから、何もこんな大型のやつを使わなくてもいいのに・・・。
 ・・・あれ?まてよ。部屋にポットがあるのに何で楓ちゃんは、わざわざ台所に行ったりしたんだ?
 さっきの反省もどこやらで、俺はおそらくどうでもいいような事を考えだした。なかなか楓ちゃんが戻ってこないこともあり、暇だったのだ。

 取り敢えず、3つほど仮説を立ててみた。

 1. ポットの中が空だった。
 2. さっきの事で、楓ちゃんは俺が嫌いになった。
 3. この部屋には、ティーセットを置いていない。

 ・・・仮説を立ててみたものの、1.は却下だ。中が空っぽならポットごと持って行くだろうし、何よりきちんと水は補充されていた。

 2.についてはどうだろう?
 ・・・止してくれ!考えたくもない、そんな事。第一、楓ちゃんはそんな子じゃない。確かに俺はバカなことを言ったが、あの子は本当にいい子なんだ。「ふきふき」した時だって許してくれたほどだ。
 よって、2.も却下!

 すると、残りは3.しかない・・・。が、それこそ馬鹿馬鹿しいと言うものだ。お茶を飲む以外、何に使うと言うんだ、あんなでかいポット・・・。
 そこまで考えた時、俺の脳裏に天啓が閃いた。あるいは悪魔の囁きか。
 そうだ!この部屋にはもう一つ、不自然なほどでかいものがあったじゃないか。そこで俺はそもそもの原因であるキャビネットに目をやった。
 
 飾り気もなく、ただ使い勝手だけが良さそうな馬鹿でかいキャビネット。その大きさは、俺が3人中に入れるほどだ。
 ・・・・・・一体、中には何が入ってるんだ?先ほど楓ちゃんを落ち込ませたにもかかわらず、無性に知りたくてしょうがない。まさか、下着が入ってるわけでもないだろう。・・・よし!
 意を決した俺はそっと扉を開けて、廊下をうかがった。
 幸い、楓ちゃんが戻ってくる気配はなかった。
 まるで熱病に浮かされたかのようにキャビネットに近づき、鍵が掛かっていない事を確かめ、そして開けた。

 「 ───────── 」絶句、した。二の句がつげないどころの話じゃない。ただパクパクと口を動かす。
 中にあったのは、ギッシリと詰め込まれたインスタント食品の山だった。カップラーメンを始めとして、お湯さえあれば食べられる食品がところせましと詰め込まれていた・・・。
 しかも、俺から言葉を奪った物はそれだけではなかった。キャビネットは上下2段に分かれており、上にはインスタント食品が・・・。
 そして、下の段には・・・ペットボトルの水が、これまた限界まで押し込まれていた。
 もちろん、飲むための分もあるだろう。だが、それだけにしては量が多すぎる。
 ・・・おそらくは、お湯を沸かすための物なのだ。何故か俺はそれを確信していた。
 つまり、電気さえ止められなければ、この部屋の中で1ヶ月は生きていけるのだ、楓ちゃんは。

 ・・・・・・俺がいないとき、この家では何が起こっているんだ?
 
 その時、強烈な殺気を感じた。そしてわずかに床のきしむ音。
 身震いをこらえ、俺は振り向こうと──────。
 だが遅すぎたらしく、後頭部に強い衝撃がはしった。まるで、熊にでも殴られたかのようだった。
 「・・・ば、馬鹿な。事件はもう終わったはずじゃ・・・・・・」襲撃者が誰かもわからないまま、俺は昏瞑の縁へと落ちていった。


 「・・・・・・さん!・・・こう・・・ち・・・さん!耕一さん!」
 ・・・誰かが俺を呼ぶ声がした。ったく、何だよ。このまま寝かしといてくれよ。何故か首の辺りがズキズキするが、そのくせフカフカして気持ちよかった。
 ・・・たしか俺は・・・楓ちゃんの部屋で・・・。・・・そうだ、楓ちゃんは!?
 「楓ちゃん!」状況の把握もそっちのけで、俺は跳ね起きた。  「きゃっ・・・」驚いたような声がすぐそばから聞こえてきた。
 それは、当の楓ちゃんだった。きょとんとした顔で俺を見上げているのが、何だか可愛らしい。
 が、すぐに気を引き締める。何しろ、俺を襲った奴がまだどこかに隠れているかも知れないんだ。
 その事を口にしようとしたとき、楓ちゃんが先に口を開いた。
 「・・・一体、何があったんですか耕一さん?」少し潤んだ目で俺に問う。
 
 何でも楓ちゃんが言うには、お茶の用意をして戻ってきたとき、仰向けになって俺が倒れていたらしい。驚いてティーセットを床に落としたものの、すぐさま俺の介抱をしてくれたそうだ。
 今更ながらに気付いたが、俺はベットの上に立っていた。足下には、濡らしたタオルが落ちている。
 何かの拍子で俺が床に頭を打ちつけたと思ったのだと楓ちゃんは言う。
 ついでながら、フカフカして気持ちが良かったことの原因も分かった。
 何と、楓ちゃんが膝枕をしてくれていたのだ。
 「そうか、どうりで気持ち良いと思ったよ」と、俺がちょっとにやけて言うと。
 「・・・・・・か、からかわないで下さい」じつに初々しく、楓ちゃんは白磁の頬を真っ赤に染めた。

 床にこぼれたままの緑茶が、わずかな香気を部屋中に漂わせている。それを放ったらかしにしてまで、介抱してくれたんだな、この子は。
 実に幸せな気分で、襲撃者の件など俺はもう、どうでもよかった。
 「取り敢えず、お茶を煎れ直そうか」
 「はい」
 と、2人仲良く床にしゃがんで後片づけを始める。
 その時、ふと楓ちゃんの右手が赤くなっている事に気付いた。ちょうど、こぶしの部分だ。
 「・・・・・・・・・」まさか、な。きっと、思い過ごしだ。
 しきりに自分を納得させようとしている俺に、右手をいたわるようにさすりながら、楓ちゃんが言った。

 「私もまだまだ、修行が足りませんね」(ニヤリ)



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