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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家の間取り


その3

by 五穀豊穣



俺は千鶴さんの部屋に来ていた。そして今この部屋にいるのは、俺一人だったりする。
 
 ━━━20分ほど前。何とか初音ちゃんを振り切った俺は、楓ちゃんとも出くわさないように気を付けながら、この部屋へとやって来た。
 ドアをノックしようとしたところで、自分が緊張してることに気付いた。
 千鶴さんまで、『ああ』だったらどうしよう・・・。心の内でいつの間にか、そんな風に身構えていたのかも知れない。
 スウーーーーーーッ・・・・・・ハーーーーーーッ
 深呼吸し、緊張をほぐす。
 もう一度。
 スウーーー・・・・・・
 その時だった。
「こ・う・い・ち・さ・ん♪」と、弾んだ声とともに、背後から両脇を、ツン!とつつかれたのは。
 ビクリ!と、弓なりに俺はのけぞり、続いて咳き込んでしまった。
 ・・・ガッ、ゲハッ! ・・・ゴホッ・・・ゲホッ!! ・・・
 
「だ、大丈夫ですか? 耕一さん」と、心配げな声がした。
 振り向くと、涙でかすんだ俺の目に、おろおろとした千鶴さんが映る。
「す、すみませんでした。まさかそんなに驚くとは思わなかったので・・・」と、千鶴さんはしきりに謝り、俺の背中をさすってくれた。
 何でも、自分の部屋の前でやけに固まっている俺を見るうちに、つい悪戯心が刺激されたらしい。
 そう言って千鶴さんは、可愛らしくぺろっと舌を出した。いつもながらのその癖を見たとき、俺はようやく安心することが出来た。
 よかった・・・そう思うと自然と俺の顔に笑みが浮かぶ。
「・・・よかった」
「え?」
「耕一さんが笑ってくれて。さっきまではとても深刻そうな顔をしていましたから・・・」と、千鶴さんは優しく微笑む。
 死んだ母親をほうふつとさせる、その笑顔。でも、千鶴さんは千鶴さんで、俺はこの人のそんなところが・・・。
 甘い感傷に浸る俺に、千鶴さんが言う。
「で、耕一さん。私に何かご用なんですか?」
「う、うん。実はさ・・・・・・」
 千鶴さんの声に『過酷な現実』を思いだしたものの、言いあぐねる俺に、
「ずいぶんと深刻なお話のようですね。良ければ私の部屋で話しませんか?」
 その言葉はまさに渡りに船だったから、一も二もなく俺は頷いた。
 
 
 
「まだ、こっちは寒いですから・・・」と、千鶴さんが照れくさそうに言った。
「・・・・・・・・・」俺はただ黙って部屋に置かれた炬燵(こたつ)を見る。
「梓にはよく『おばんくさい』って言われるんですけど、あの子は私と違って『皮下脂肪』が厚いですから・・・」と、穏やかにそのじつ結構怖いことを口にする千鶴さん。
「・・・千鶴さん。今は何月だったっけ?」
「3月ですけど・・・」と、俺の質問に首をかしげる千鶴さん。手入れされた黒髪がサラリと揺れる。
 その様子は綺麗だったが、今の俺に見とれるゆとりはなかった。
 ・・・3月だって・・・!?
 俺はついさっきまで、夏の日差しを浴びていたのに。
 やっぱり何かがおかしい。
「どうかしましたか?」
「え?い、いや・・・何でもないよ・・・」言葉をにごして炬燵へと足を入れた。
「それで、どうされたんですか?」
 俺から見て右斜め前の位置に座った千鶴さんが、優しく促す。
 黙っていたって何も解決しない・・・俺は意を決してこれまでの事を千鶴さんに話すことにした・・・。
 
 
「・・・・・・・・・と言うわけなんだよ」これまでにあった事を、なるべく冷静に俺は話した。
 が・・・。
「耕一さんは長旅でお疲れなんですよ、きっと」そう言って、労るようににっこりと微笑(わら)う。
 俺の体験談は、千鶴さんによって実にあっさりと流されてしまった。
 ・・・あれ、どっかでこれと同じ事があったような・・・。
 不意に既視感めいたものが胸に去来したが、瞬く間にかき消えてしまった・・・。
 とにかく、『夢』の一言で片付けられては堪らないので、俺は更に言い募った。
「・・・そ、そりゃあ俺だって、楓ちゃんや初音ちゃんがおかしくなったなんて思いたくないさ。けど、俺は現に殴られて・・・」そこで言葉を止めてしまう。千鶴さんが愁いを帯びた目で俺を見ていたからだった。
 俺は言葉を継げなくなり、その場に沈黙が降りた。
「耕一さん」
「は、はい」と、思わず子供のような返事が口をついた。
千鶴さんはそんな俺を見てゆっくりと微笑み、「いただき物の桜餅があるので、一緒にいかがですか?」と訊いてきた。
 あくまでも気配りを忘れない千鶴さんに感謝しつつ、俺は頷いた。 
 パタン、とわずかに空気をそよがせ千鶴さんは部屋から出ていった・・・。
 
 
 
 しばらくして、千鶴さんは戻ってきた。
 手ぶらの千鶴さんは俺が問う前に、「折角だから、外でお茶にしませんか? とてもいい天気ですよ」そう言った。
 沈んだ気分を払拭するにはちょうどいいかもな。
 俺はそう思い、頷いた。
「良かった」と千鶴さんが微笑む。
 そして俺は千鶴さんと一緒に庭へと歩いていった。
 今日は楽しい1日になりそうだな、と甘い考えを抱きながら・・・。
 
 
 ・・・俺たちは『蔵』の前にいた。
「千鶴さん、いったいここに何の用が・・・」と、幾ばくかの不審を込めて俺が問うと。
「さ、中で2人が待ってますよ」と、千鶴さんが俺を促した。
 相変わらず、人の話を聞いちゃいねぇ。
 ん? ・・・2人!? ま、まさか・・・。
 そして俺は嫌な予感を覚えつつ、中へと入った。
 
 冷たく湿った空気。その薄暗い空間に、楓ちゃんと初音ちゃんはいた。
 驚きと恨めしさで、俺は千鶴さんを振り返った。
「家族の間で隠し事は善くありませんから」
 動じる気配もなく、千鶴さんは言った。
「ぎ、偽善者・・・」と、危うく口走りそうになる。
「お兄ちゃん・・・わたしの事が嫌いなの?」と、初音ちゃんが涙声で言った。
「・・・耕一さん」と、言葉より雄弁な瞳で俺を見つめる楓ちゃん。
 俺はうろたえつつも、必死で言葉を探し言い訳した・・・。
 
 10分後。
 俺は何とか楓ちゃんと初音ちゃんを宥めることに成功した。
「良かったですね」と、千鶴さんが言った。
 やはり『偽善者』だと俺は思った。
 
「ところでさ、いい加減ここから出ないか」と俺はみんなを促した。
 どういう訳か、俺はこの場所が嫌で堪らなかったのだ。
 だが・・・。
「だめだよ、耕一お兄ちゃん。今からお誕生日会するんだから」と、あまりに意外なことを初音ちゃんが言った。
「へ? 誕生日? ・・・いったい誰の」
「耕一さんの、ですよ」と、千鶴さんがクスッと笑う。
 楓ちゃんもこくりと頷いた。
 ・・・言われてみて思い出した。確かに俺の誕生日だった。あまりに色んな事があり過ぎたため、すっかり忘れていたが。
 だったら、尚更こんな所でしなくても・・・。
 俺がそのことを口にした途端。
「・・・耕一さん、冷たいんですね」ぽつりと楓ちゃんが言った。
「ガチャピンが可哀想だよ・・・」と、またしても初音ちゃんが涙ぐんだ。
 
 ・・・・・・『ガチャピン』・・・・・・・・・
 そうか、この場所は。
 だけど、ユーザーの半数は忘れているぞ、そんな話。
 
「ガチャピンは耕一お兄ちゃんとお友達になりたいって言ってたんだよ・・・」
「・・・私たちだって、元を質せばエイリアンです」
 そうだった。俺や梓と違って、楓ちゃんと初音ちゃんはガチャピンの味方だったんだ。
「ガチャピン・・・自分の星に帰りたかったよね」
 との初音ちゃんの言葉に、ただ静かに楓ちゃんが悼むように目を瞑る。
 ・・・もしかして、2人とも俺を恨んでいるのか!?
 そんな2人の様子に俺は罪悪感をおぼえた。
 と、そのとき。
「2人ともいい加減にしなさい。あのとき耕一さんはあなた達の身を案じて『ガチャピンを殺した』のよ。それなのに・・・」
 グサリ!! と言葉が胸に刺さった。
 ・・・千鶴さんに悪気はないのだろう、おそらく。
 考えてみれば、あのとき手を汚したのは俺と梓だけで、千鶴さんは何もしなかったのだ。
 もし『偽善者選手権』なるモノが開催されれば、間違いなく栄冠を勝ち取れるに違いない。
 
 
 千鶴さんに叱られてからというもの、楓ちゃんは元より初音ちゃんまですっかり無口になってしまった。
 そんな耐え難い沈黙の中で、お通夜・・・もとい俺の誕生日会が過ぎていく。
 辺りをよく見ると、色々と飾り付けがしてある。まるであのときを再現するかのように・・・。
「お兄ちゃん、さっきはごめんね。はい、プレゼントだよ」
 初音ちゃんがそう言うと、楓ちゃんが「どうぞ・・・」と俺に『それ』を手渡した。
 ━━━それは古びたノートの切れ端だった。ひどく拙い字で、『ハッピーバースデー耕一』と書かれてある・・・。
「うっ!」と呻き、絶句する俺をよそに、「初音ッ!! 楓ッ!!」と千鶴さんの雷が落ちた。
 
「ごめんなさい、耕一さん」と千鶴さんが頭を下げる。
「い、いや、いいんだよ」と俺はかろうじて応えた。
 楓ちゃんと初音ちゃんは部屋に帰っていったので、今は2人きりだ。
「そうそう、私からもプレゼントがあるんですよ」と気を取り直すように千鶴さんが言った。
 俺は花束を受け取った。
 数は年と同じ21本。
 だけどそれは『樒(しきみ)』の花だった。
 独特のツンとした匂いが鼻をついた。
 
 ・・・一生忘れられない誕生日になりそうだ、と微笑む千鶴さんを見て俺は思った。
 
 
             (つづく) 



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