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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



梓の事件簿


〜偽善を暴け!〜

by 五穀豊穣



━━━夢。
あたしは夢を見ていた。
それは、とても忌まわしく、ドロドロとした不吉な夢。
そして、柏木家に伝わる血があたしにささやいている。「あれはこれから起こることだ」と・・・。
待ってな、耕一!すぐに助けてやるからね。
勇ましくも美しく、あたしは現場へと向かった。


今あたしは悪の本拠地の前にいる。
とりあえず、耕一は無事みたいだ。
が、油断はできない。あたしは部屋の中の会話を聞くために、キッチンから拝借したコップを耳に当てた。
「・・・耕一さん。『あのとき』あなたがいなかったら、今ごろ私・・・」
部屋の中から、やけに甘えた声がした。千鶴姉だ。
つぎに聞こえたのは男の声。耕一だろう。
「そんな、大袈裟だよ千鶴さん。だいいち俺は『あのとき』・・・」
「いいえ!もし耕一さんがいなかったら私はどうなっていたか・・・」そう言って千鶴姉は、「何もできなかった・・・」と続いたはずの耕一の言葉をさえぎった。
きっと今ごろ目を潤ませて耕一を見ているに違いない。見えなくてもあたしには分かる。
「千鶴さん・・・」と案の定、感極まった声がした。
「バカ、耕一!騙されるんじゃないよ!それは罠なんだってば!」いっそのことあたしは部屋に飛び込みたかった。でも、今は早すぎる。
フフフッ、待ってな、千鶴姉!あんたの偽善、このあたしが暴いてあげるからね。
そしてあたしは2人の話が終わるのをひたすた待った・・・。


千鶴姉と耕一・・・2人の言う『あのとき』のことはあたしも知ってる。
今から4年前、千鶴姉は大学生だったから、あたしが14で耕一が16の時だったはずだ。

その年の夏、裏山を散歩していた千鶴姉は、事もあろうに発情したドーベルマンに追い回されたんだっけ。
飼い主がちょっと目を離した隙に、犬は逃げる千鶴姉をめがけてまっしぐら。
千鶴姉は「とにかく逃げるしかなかったのよ」と、後に語った。
そこへ助けに入ったのが、たまたま遊びに来ていて、悲鳴を聞きつけた耕一だったんだ。
助けると言っても、ドーベルマン相手に当時の耕一が何かできたわけじゃない。けれど犬は標的を耕一に変えたので、千鶴姉は傷ひとつなく、やがてはドーベルマンも大勢の人に取り押さえられたから、千鶴姉の言ってることはまんざら嘘じゃないだろう・・・隠してることを除けばね。


「・・・耕一さんは私の代わりに怪我をして・・・」とコップごしに、涙声がした。
「いいんだよ、千鶴さん。『あのとき』千鶴さんが無事だったことが、俺には何より嬉しかったんだから」
「耕一さん・・・優しいんですね」と、嬉しげな千鶴姉の声がした。『偽善チック』な微笑みでも浮かべているんだろう、きっと。
「そ、そんな・・・」と、狼狽した耕一の声が雄弁にそれを物語っている。
「耕一さん。知っていましたか?私が『耕ちゃん』って呼ぶのを止めたのは『あのとき』以来なんですよ」
ブチッ!と、頭の中で何かがキレた。
茶番はもういい!
「千鶴姉!そこまでだよ!!」そう言ってあたしが部屋に飛び込むのがもう少し遅かったら。
「千鶴さん!」と、耕一は千鶴姉を押し倒していたに違いない。

「あ、アズサッ!」
「お、おまえがなんでここに・・・」
フフッ、2人して乱入してきたあたしに度肝を抜かれているようだね。やっぱり探偵の出番はこうでなくっちゃいけない。
「じゃまして悪いね、耕一。続きがしたきゃ構わないよ。た・だ・し!あたしの用が済んでからだけどね」あたしは得意げに指先を千鶴姉に突きつけた。美少女探偵のあたしだからこそ似合うしぐさ。
「な、何なの梓ッ、こんな夜中に用なんて」
「千鶴姉こそ、耕一に何の用だったのさ、『こんな夜中に』」
「・・・・・・・・・」あたしの切り返しに千鶴姉は睨みを効かせた。フフッ、この調子で化けの皮をはがしてやるよ。
「お、おい、梓。喧嘩は・・・」
「よせよ」と、最後まで言わさず、あたしは言った。
「耕一。さっきの話だけどね、あんた、変だと思わなかったのかい?」
「さっき・・・って、おまえ、聞いてたのか!?・・・って、耳のまわりが真っ赤だぞ」
・・・うっ!あたしとしたことが、なんてお約束。
「大きなお世話だ!・・・で、どうなんだい?」
再度同じ事を問うと、耕一は首をひねった。
「変って、何がだよ」
「わかんないのかい」そう言ってあたしは、やれやれとばかりに肩をすくめる。
『探偵はなりたくてなれるもんじゃない』って言葉を聞いたことはあったけど、ここまでの開きがあるとはね。
「もし、だよ、耕一。あんた今ここでドーベルマンに襲われたらどうする?」
「どうするって・・・そうだな、そこの窓から放り出す・・・かな」
あたしは苦笑した。
「ま、それでもいいんだけどさ。・・・じゃあ、窓が初めから無かったら?」
「いちいちうるさい奴だな。・・・そうだな、取り敢えず倒して猿ぐつわでも被せるだろうな」
・・・出来れば、この辺で気付いて欲しかったんだけどね。あたしはずっと沈黙を守ってる千鶴姉を気にしつつ、先を続けた。
「じゃあ4年前、どうしてそうしなかったのさ?」
「そんな事出来るわけないだろ。ドーベルマン相手に・・・」言ってから耕一は、自分の言葉の矛盾に気付いたようだった。
「やっと気付いたのかい。そうさ、千鶴姉は『あのとき』たかが犬1匹、倒そうと思えば簡単に倒せたんだよ」
あたしの台詞に、驚いたように千鶴姉を見る耕一。
そのとき千鶴姉の黙ったままの表情(かお)が、わずかに動いた。心なしか、肌寒くなった気がする。
さあ、いよいよ大詰めだ!
「そこでさ、何で千鶴姉はさっさとバカ犬を倒してしまわなかったんだと思う?」
「そりゃ・・・やっぱり、犬が可哀相だったから・・・じゃないか?」
「あんたまで、『偽善者』の仲間入りかい?」とあたし。
また一段と部屋が寒くなった。
「そんなわけないよ、そうだろ千鶴姉」確信を込めてあたしは言った。
「じゃあ、一体・・・」
「・・・犬、だけなら問題なかったんだよ。でもそうじゃなかった。何人かの目撃者がいた。だろ?」
あたしの問いに耕一は眉をしかめた。記憶を遡っているんだと思う。
「ああ、俺が駆けつけたとき、騒いでた奴らが何人かいたからな・・・」
「だろうね。そんな中を徒手空拳でドーベルマンを倒してみなよ、どうなると思う?」
いったん、言葉を切り、チラリと千鶴姉を見る。
さらなる冷却。
「ましてや、そんな事をしたのが『柏木家のお嬢様』だった日には・・・」
「・・・おまえだってお嬢様だろ、『一応』」と、耕一が口を挟んだ。
「あたしだったら、有無を言わ・・・吠えささず倒してるよ。・・・それと、『一応』は余計だよ!」
と、耕一に釘を差して。
「要するに千鶴姉は・・・迷っていたのさ。ご自慢の玉の肌をとるか、お嬢様としての名誉を守るかをね」
・・・また3度、気温が下がった。
「で、そこへ駆けつけたのがあんたというわけ。・・・もう言わなくても分かったろ?千鶴姉はあんたを天秤に掛けたのさ!」怒りも露わに、あたしは千鶴姉に視線をぶつけた。
「さあ、耕一!ここまで分かって、まだ千鶴姉と『する』気かい!?」言ってから、コホンと咳払いをひとつ。
いけない、いけない。『美少女』がこんな言葉を使ったりしちゃあ・・・。
事の成り行きのためか、耕一は何も言えずにいた。
代わりに、でもないのだろうが千鶴姉が沈黙を破った。
「よ・く・も・・・よくも、あと少しのところを〜〜〜〜〜!!」
いや、もう『それ』はすでに千鶴姉ではなかった。
内側に棲む『鬼』に体を乗っ取られ、髪がざわざわと伸び、皮膚は鱗に変わる。
鞭のようにしなる、赤くて長い舌を見たとき、「う、うわっ!」と悲鳴をあげる耕一。
『それ』は鬼と言うよりも蛇にちかい。
「見ときな、耕一。あれが千鶴姉の本性さ!」と、幾分悲しげにあたしは笑う。
「・・・そして、これが柏木家の宿命なんだよ!!」そう言ってあたしは、もはや人でない千鶴姉に突進した。堅く握ったこぶしは『鬼』のそれ。
「あ、梓、お前・・・」あたしの変貌に、耕一は言葉を無くした。
「・・・じゃあね、耕一、後のことは頼んだよ。・・・それと、たまにはあたしのこと・・・思い出してね」
そして、激突。その後に衝撃が・・・。
「あ、あずさーーーーーーーーーーっ!!!」
・・・ああ。耕一があたしを呼んでる。・・・好きな男に看取られて死ぬのも、悪くない・・・・・・。


「・・・って、内容だったんだよ」
「おいおい、何だよそれは。それじゃあ俺が馬鹿みたいじゃないか」
「あれ、あんた自分で気付いてなかったのかい?」そう憎まれ口をきいて、あたしは笑った。

━━━夕飯どき。
卓袱台(ちゃぶだい)にはあたしの作った料理がところせましと並ぶ。
甘鯛の塩焼きに、ほうれん草のゴマ和え、マイタケご飯と大根のみそ汁、そして得意の肉じゃがが湯気をたててみんなの食欲をあおる。
うちじゃあこの時間はテレビを点けないので、今朝見た夢をあたしはみんなに聞かせていたってわけ。
「な、なんか変わった夢だね・・・ね、楓お姉ちゃん?」
「・・・・・・・・・」
初音の言葉に、コクリとうなずく楓。
いまだ箸をつけてないところを見ると、あたしの話を聞いててくれたようだ。
かんしん、感心。
と、素直な妹たちに満足していると。
「そう言うのはね、初音ちゃん。単に、都合のいい夢って言うんだよ」
まだ文句を言い足りないのか、耕一が余計なことを吹き込みだした。
「なんだよ耕一。夢の話だろ、ゆ・め・の・は・な・し」
そこまで言ったとき、ひとり会話に参加してない人物がいることに気付いた。
━━━その人物、千鶴姉はあたしを見て、にっこり笑った。
その途端、夢じゃない、本物の寒気が背筋をはしった。
や、ヤバッ!
「あ・ず・さ・ちゃ・ん。(にっこり) お・は・な・し・は・お・わ・っ・た?」
畳がみしみしと悲鳴をあげ、その言葉の一句一句が気温を下げる・・・。
「ち、千鶴姉・・・た、たかが夢の話じゃ・・・ないか、ねっ」
「夢は、その人の潜在意識をあらわすって話、知ってるわよね?」
言葉の終わりに目が細まり、千鶴姉がこれまでとは違う笑みを見せた。
ひ、ひいいいいいいいいぃぃぃぃっ!
そして、黒い影が来たかと思うと、あたしは身構える間もなく、意識を失った・・・。



翌朝。
卓袱台には、初音の作った朝餉が並び、それを囲む4人は通夜さながらに静かだった。
「・・・え、えっと、今日のお天気、どうなってるのかな」
プチッ、と沈黙を追いやろうと初音がテレビを点けた。本当に、健気な子である。
だが・・・。
「・・・昨夜未明、隆山市を中心に、気温が「3度ずつ下がる」という異常気象が発生しました。原因は今のところ・・・」
ブチッ!
耕一が慌ててテレビを消した。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
その場の3人が示し合わせたように、ひとりの顔を盗み見る。
「!」
「!」
「!」

・・・・・・その日は1日静かだった。

果たして。
耕一、楓、初音の3人は何を見たのか!?
そして、謎を解き明かす探偵は何処へ?

「ううっ・・・もう嫌だってば〜〜〜〜〜〜ぁっ!!!」
心底、嫌気な声が、柏木の家に響きわたった・・・。 


                  (了)



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