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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



隆山にゅーすねっとわーく




by 森田信之



「おはようございますっ」

 オフィスフロアに元気の良い挨拶が響く。

 ここは鶴木屋本館。たった今、若き会長である柏木千鶴が出社したところだ。

「はぁ…いつ見てもきれいだよなぁ、うちの会長って」

「やっぱり彼氏とかいるんだろうなぁ…ほら、いつも一緒にいるあの男とか、やっぱり彼氏なのかな?」

「だろうなぁ…あの男といるときの会長って、すごく嬉しそうだからなぁ…俺たちには高嶺の花だよなぁ…」

 男性社員がいっせいにため息をついたころ、会長室に一枚の書類が舞い込んだ。

「あ、足立さん、おはようございます」

「おはようございます会長。早速で申し訳ありません、この書類なんですが…」

 鶴木屋社長、足立が差し出したのはA4用紙二枚程度の、ごく普通の書類だ。この書類に目を通し、会長の印を押したり決済をする、というのが千鶴の主な仕事になる。

「えーと…」

 書類の題目は…

鶴木屋名物料理コンテスト…?」

「はい、調理部からの企画です。鶴木屋も何か目立った名物料理を出して、それで宿泊客をより広く集めようと…」

「いいですね。社員の皆さんからも何かいい案が出るかもしれませんし…うん、これはやる価値がありますね」

「それでは…」

「…はんこはここと…ここね。それじゃあこの書類、総務部と調理部、あと企画部にお願いします」

「はい、それでは早速」

 …これが鶴木屋全体を巻き込む騒動の火種になるとは、人生経験豊富な足立社長ですら想像もつかなかったという(後日談)。

 

 

 

「というわけなの」

「…………」

「…? ど、どうしたのみんな?」

 足立さん…なんて無謀な事をしたんだ…

 こんな企画を出したら、絶対に千鶴さんも「私も出品しますね」とか言い出すに決まってる。そしたらどんな恐ろしいことになるか…

「あ、あのさ千鶴姉…」

「うん?」

「まさか…千鶴姉は出品したりしないよね? 審査する側なんだからさ」

「うーん、そうねぇ…」

 ほんとに考え込んでる。ヤバいぞ、このままだと大変な惨事に…

「今回は仕方ないわね」

 少し苦笑しながらそう言った。

 よかった、千鶴さんは出品しないんだ。これで鶴木屋は救われた

「梓お姉ちゃんだったら出品しても良いんじゃない?」

「私もダメだよ。会社の中のコンテストなんだからさ」

「あ、そっか…もったいないなぁ、梓お姉ちゃんの料理、美味しいのに」

 確かにそれはそうだな。梓の料理だったら、隆山市の名物料理にしてもいいかもしれない。

「それで千鶴さん、そのコンテストっていつなの?」

「今度の金曜日です。耕一さんも来ますか? 一般審査員を募集してるんですが…」

「あ、いいねぇ。何か美味いもん食わせてくれるなら喜んで行くよ」

「よかった、それじゃ今度の金曜日、よろしくお願いしますね。私も一緒に審査しますから」

 いやー、テスト休みを利用して遊びに来て良かった。これも役得ってやつですか♪

 美味いものをタダで食えて、しかも隣には千鶴さんがいる。いやー、満悦至極。これだけでこの先2週間はいい気分ですごせるね。

 

 

 

……そして金曜日

「ふぅ、どれも美味いね」

「さすがプロの味ですね。私もこんなに美味しいなんて思いませんでした」

 鶴木屋ホールで名物料理コンテストは行われている。

 審査委員長はもちろん千鶴さん。(個人的にこれはかなりマズいんじゃないか、と思ったが、あえて口には出してない)で、一般審査員として俺が審査に加わっている。

『さぁ、次は特別出品です』

 ふーん、誰かゲストの料理人でも呼んだのかな?

『特別出品ですので、この料理に限り、この会場の社員の皆さんの内5人に食べていただきます』

「あれ? 俺達は食えないの?」

「えぇ、私達だけが食べるんじゃ、あんまり意味がありませんから」

 なるほど、さすが千鶴さん。優しいなぁ。

 やっぱり特別出品って言うからには、どこかの有名なレストランとかのシェフを呼んだのかな。

 …うーん、俺も食ってみたかったなぁ…

『特別出品の料理はなんと! 我らが柏木会長の手料理です!!

なっ…なにぃ!?

 一気に男性社員から歓声が上がる。この「なにぃ!?」はもちろん社員の声でもあるが、俺も別の意味で「なにぃ!?」と思ってしまった。

 前言撤回、俺はこのコンテスト内では一審査員として過ごそう。俺だって長生きしたいし、命は惜しいんだ。すき好んで劇毒物を食いたくない。

 そんな俺の心の声など聞こえるはずもなく、ホールのあちこちで男性社員が手を上げる。結果、ジャンケンで決めようということになった。

 あぁ…このジャンケンの勝者五人が犠牲者になるんだ…

 何も知らない男性社員が、殺気すらはらんだ表情で「最初はグー」を繰り返している。

「(あ、足立さん…)」

「(ん? どうしたね耕一君?)」

「(…今の内に救急車の手配を…)」

「(…?)」

 そうか! 足立さんも千鶴さんの料理の恐ろしさを知らないんだ!

 なんてこった…ここにいる人間の中で、事情を知ってるのが俺だけだなんて…

よっしゃあぁ!

 一人目の生贄が選ばれた。そして二人、三人と「地獄への階段」を下って行く生贄が選ばれていく。

 多分この人達は、来年から俺の先輩となる人々だろう。ゴメンよ先輩、何も出来ない無力な俺を許してくれ。

『さぁ、それでは運良く勝ち抜きました五人には、柏木会長が今朝早くから準備をしておられた『特製シチュー』を食べていただきましょう!』

 よりによってシチュー…また変なのいれたんだろうなぁ…

 ちらりと横を見ると、千鶴さんは女神のようなやさしい顔をしている。この表情見たら男性社員は業火の中にも飛び込んで行くだろう。それを考えたら、実は千鶴さんってある意味で魔性の女なのかもしれない。もっとも、本人にその自覚は全くないんだろうけど。

「千鶴さん、あのシチュー、何が入ってるの?」

「え? あぁ、あれにはちょっと凝ったものを入れてるんです」

 また家の庭に生えてた怪しげなキノコとかそんな感じのヤツだろう。千鶴さんが「こる」って言ったら、肩かその辺の怪しげな方面かのどっちかだ。

「最近漁師さん達の網にかかるようになったのを使ってみたんですよ」

「漁師の網…? じゃああれってシーフードシチュー?」

「えぇ。ただ、漁師さん達も見たことがないって言ってましたけど」

 漁師も見たことないって…それって魚なのか?

「いえ、お魚じゃないですよ。私も初めて見たときはびっくりしましたけど…」

 そんなものを入れたのか!?

 ってゆーか千鶴さん、どうしてそーゆー怪しげな材料ばっかり使うの? キノコならまだいいよ。でもその「謎の生物」を料理しようなんてフツー思わないよ。

「千鶴さん、それ…なんて言う生き物?」

「さぁ…私も図鑑で調べてみたんですけど、載ってなかったんです

 おいおい、そんな未知の生物をシチューにしていいのか?

「……そ、それって…食えるの?」

「それが…漁師さん達に『これ食べられますか?』って聞いたら…なぜかみんな顔色が真っ青になって黙っちゃったんです」

「…で、千鶴さん、それ味見した?」

「いえ、ちょっと忙しくって」

「…して…ないの?」

「はいっ(^^)」(きっぱり)

 すでに神に見放された五人の生贄の前には、湯気が立ちのぼるシチューが置かれている。ここまできたら「不幸な事故」が起きないことを祈るしかない…

 

 

その日の夜…

 

『こんばんわ。TNN、隆山ニュースネットワークです。えー、最初は食中毒のニュースからです』

「あれ? この辺で食中毒なんて起きたんだ」

「めずらしいね、こんな時期に。普通は食中毒って言ったら梅雨とか夏だよね」

 と、意外そうな顔の梓と初音ちゃん。当然俺は何も言うことが出来ない。

『今日昼頃、隆山市のホテル、鶴木屋で行われた『名物料理コンテスト』会場で、五人の男性社員が次々と原因不明の腹部の激痛激しい吐き気脱水症状という、食中毒によく似た症状をうったえ、五人とも現在集中治療室で治療を受けています。五人のうち二人は現在、意識不明の重態です。なぜか五人とも、恍惚とした表情を浮かべたまま表情筋が硬直するという、奇妙な症状も現れており、保健所と衛生管理局では原因を…』

 四人の視線が一人に集中する。その先には、何が起きたのかわからないという表情の千鶴さんが座っていた。

 ちなみに、あの五人の哀れな生贄は、食べた直後は「いやー、ホント美味かったって」と言っていたそうだ。で、コンテストが終わって千鶴さんが会長室に引き返した直後に倒れたらしい。

 千鶴さんの料理が美味い、ということは何らかのしっぺ返しがあるはずなんだ。それがこれか。食わなくて良かった…

「千鶴姉さん…」

「え? なに?」

 まるで天使のような優しい笑顔を楓ちゃんに向ける。楓ちゃんもそれを見て、言葉を発する気力が失せたらしい。そのまま

「…ううん、何でもない」

 といってまたテレビに視線を移してしまった。

『それでは次のニュースです。隆山湾で、生きた化石が発見されました。この生物は今から数億年前のカンブリア紀に地球上に生息した「アノマロカリス」という生物で、すでに絶滅したものと思われていましたが、最近漁師の網にかかるようになった、ということです。日本古生物学会とアメリカ古生物学協会、国連生物化学研究所では、生物学的に非常に重要な発見だとして捕獲を急ぎ、調査を続け…」

あっ、これ…

 不意に千鶴さんがブラウン管を指差す。そこには到底地球上の生き物とは思えない、無気味な生物が映っていた。

「なにこれぇ? 目が5つもあるよ?

こんなのが地球にいるんだね。やっぱり海ってすごいなぁ…まだまだわかんないことの方が多いんだね」

 と、あからさまに気味悪そうにする梓と初音ちゃん。うん、これが普通の人の反応だろう。俺と楓ちゃんもびっくりしてる。

 でもここに約1名、この生物を見て「食べれるのかしら? 料理してみようかな」と思う人がいる。そう、俺のすぐとなりに…

 千鶴さんの「あっ、これ…」の意味がわかったのは多分俺だけだろう。

 

 

 

追記

 神にも運にも見放された哀れな五人の生贄は、その後数週間で無事退院したが、なぜか鶴木屋の会長室には近づかなくなったという。




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