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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



咎を背負いし者……




by 遊真



 
「ウオオオオォォーーーーーーッ!!」
湿った夜気を震わせて賢治、否、鬼が吠えた。
一体の獣がそこに在った。
月光を背後に背負い、目の前に立つ青年の三倍以上の体躯に、ぎらりと光る双眸。
相手を萎縮させる、鋭い爪。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!
己の存在を殺戮の衝動だけに見出す。
まずは手始めにこの同族を狩るっ!!
そんな欲望が鬼の心の内で吹き荒れた。
「……もう、十分だよ。」
止め用も無い、負の本流に晒されながら、男はさらりとそれを受け流す。
青年のその言葉で戦端は開かれた。
 
 
 
小細工等はない。
その巨躯に鬼は絶対の自信を持っていた。
目の前の脆弱な人型に何ができるものか。
濡れたアスファルトを陥没するほどの勢いで蹴ると鬼は疾走した。
分厚い空気の膜をまとい、青年に向かって。
「ウオオッ!」
雄たけびと共に、右手を振り下ろす。
大気が歪む。
巨岩を砕くような破砕音を上げてその手は路面にクレーターのような穴を穿つ。
と同時に鬼の側面で風が動いた。
流れるような動作で己の横に回りこんだ男を、鬼はわずかに目の端で捕らえる。
鬼のがら空きの脇腹にしなるような蹴りが打ち込まれた。
纏った水滴がしぶく、メキリと硬化された腹筋を貫く一撃。
苦鳴を挙げて鬼は一足飛びに間合いを離した。
確かに一足だ、だがしかし数十メートルの距離が空く。
「させない。」
短い呼気を吐き。
尚も青年は追いすがった。
軽やかに駆けながら、連続で拳を繰り出す。
洗練された動きだ。
意識の間接を狙いすましたかのような瞬速の打撃は尽く鬼の急所にぶち当たる。
だが。
浅い。
もろともせずに今度は鬼が後退を止めた。
迎え撃つような形で青年の接近を待つ。
「ガアァァァーーーーッ!!」
「うおぉぉぉっ!!」
鬼の歓喜の声に答えるように。
青年は吠えた。悲しい響きだ。鬼とは合判する人としての慟哭。
そして激突。
重なり合った拳を中心に風が悲鳴を上げて一人と一匹の間を吹き抜けた。
青年の髪が、鬼の鬣が、血の花びらが、激しく舞う。
「親父っ!!」
それが最後だった。
空いている左手がするりと腰に伸ばされると、固く冷たい何かを掴む。
そして一気に引きぬく。
月光にぎらりと反射した抜き身の刃。
閃いて……。
 
 
ばしゃりとアスファルトに赤い飛沫が染みを作った。
賢治と耕一の目がその瞬間に合う。
何もかも悟りきった表情で賢治は、目に涙を浮べた耕一の顔に震えた手を伸ばそうとした。
片膝をつき左手だけで刀を振りぬいたまま。
耕一は動く事ができない。
それから慌ててその手を取ろうとして。
できなかった。
ずるりと断ち割られた賢治の上半身と下半身がずれる。
血を撒き散らしながら胴体が落ちた。
下半身も糸の切れた人形のように、がくりと冷たい大地に膝をつき、やがて倒れた。
伸ばした手を引き戻す。
ぎりりと奥歯を噛み締めながら、耕一は自分の手を力一杯握り締めた。
顔を俯け、ひたすら泣いた。
子供のようにただ、ひたすら………。



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