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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



咎を背負いし者……




by 遊真



 
呪い。
数百年の時をかけてかけられた呪いだ。
自分達はただ平穏に暮らしたいだけなのに…ほんの少しの幸せを噛み締めて生きて行けば十分なのに……。
だけど。
血が……己に流れる血がそうはさせない。
運命に見放された血族。
まるで自分達がこの世界における異物であるかのように……。
なぜ神は…見放した?
どんなに、この幽玄なる夜空に問い掛けても答えは降りてこない。
ただ、時折、銀色の矢が闇の帳を駆けるのみ。
微風に煽られ、葉擦れの音が、さらさらと心地よい響きをたてる。
「どうしたんですか?……こんな所で?」
何も無い中空の一点を眺めていた耕一は、背後に立った人の気配に気づく事が出来なかった。
それほどに耕一の意識は、下界から切り離された所にあった。
だが、別段慌てる事もない。
「その声は、楓ちゃんか。……ちょっと寝付けないものだから、涼んでるんだよ。」
「…そうですか。」
「楓ちゃんもどう?こんな真夜中に起きてきて、同じ口だろ?」
一瞬、躊躇った気配を感じたが、すぐに、彼女は耕一の横に腰を下ろす。
途端に、心の中の靄が浄化されるような錯覚を覚える。
苦笑しか出ない。
なんて現金な奴なんだろう、自分は……。
「?……なにが可笑しいんですか。」
ふいに笑い出した耕一を訝しむように、楓は小首をかしげる。
「いや…なんでも。ただ、みんな元気そうで良かったなぁ、って思ってね。」
無口な彼女に俺は話しを続ける。
「千鶴さんってあんな不器用な人だったんだ。」
耕一が言っているのは今日の夕飯時の事だ。
梓の手伝いをしようとした千鶴が、皿を割った。
しかもそれに盛り付けられていた料理は耕一の頭上に落ちたのだ。
「千鶴姉さん、落ち込んでました。」
「そう?……別に怒ってなんかないんだけど。」
食事中も、晩酌の付き合いの時も、千鶴はすいませんと頭を下げどうしであった、それを思い出し耕一は口元を緩める。
「笑ってますね、耕一さん。千鶴姉さんが可哀相。」
晧晧と照らす月光が…彼女を少しばかり饒舌にしているようだった。
たぶん、これが本来の彼女に違いないのに……。
ふいに耕一の笑みに陰りが生じる。
楓はそれを敏感に読み取る。
気遣うような、それでいていたわるような……そんな瞳を楓は耕一に向ける。
言葉などでは伝えられないほどの思いがそこにある。
だけど、耕一にはほんの僅かだけしか伝わらない……。
彼が…自身で闇を振り払わない限りどうしようもないのだろうか…。
(私はこの人を救えないのでしょうか…。)
あふれそうな感情の渦をひたかくし、楓は心の中で泣く。
ふわり……風が楓の頬をなぶった…さらさらと髪が流れる…。
チリン……チリン……。
頭上の風鈴が澄んだ音色を四方の闇へ解き放つ……。
そんな無言の空間に。
「楓お姉ちゃん?……耕一お兄ちゃんも…どうしたの?」
思いもよらない、あどけない声がかけられた。
「初音。」
二人が振り向くと、初音が眠そうな目をこすりながら、近づいてくる。
「………夏の月夜を満喫してた所さ。楓ちゃんもちょうど起きてきたもんでね、少し話しに付き合ってもらってたんだ。初音ちゃんはどうしたの?」
耕一が聞返すと、初音は頬を赤らめ、俯いた。
「えっ…あ、あのね……。」
ここまで狼狽すれば何を言わんか、鈍い耕一にも解る。
「わ、悪い、変な事聞いちゃったな。」
「う、ううん……別に、気にしてないよ。」
顔を赤くしたまま、初音はトイレのある方へと居心地悪く向かう。
数分して戻ってきた初音はまだ顔が赤かった。
「楓お姉ちゃん、私も少しいいかな。」
「いいよ…。」
楓が開けた場所に初音は座る。
ちょうど、楓と耕一の間に挟まれている格好だ。
「へへへ。」
途端に初音が相好を崩す。
「ん?どうしたの初音ちゃん。」
耕一は視線を初音に合わせる為下げた。
そこには最高の『天使の微笑み』がある。
「思い出しちゃった。」
「何を?」
「叔父さんの事。夏の暑い日は良く、みんなで涼みながら夜更かししてたんだよ。梓お姉ちゃんが切ったすいかをみんなでほおばって…あっ、でも千鶴お姉ちゃんは太るからって食べなかったけど。」
「そっか……。」
嬉しそうに過去を語る初音の頭に耕一は自然と掌を優しく乗せた。
軽く撫でてやると、気持ち良さそうに大きな瞳を細める。
(親父も、こうやって、なでてやったんだろう……。)
「初音ちゃんは親父の事、好きだったんだ…。」
「うん、好きだよ、大好き。」
即答する初音に耕一は苦笑を浮べた。
大切な人達に思われるという事がどんなに幸せな事だろうか…。
(…でも。)
でも自分はどうなのだろう……。
「初音。」
楓が静かに初音の名を呼ぶ。
「それでね、叔父さん、自分は仕事があるのにすっかり忘れてて次の日寝坊しちゃ……。」
「初音っ!」
激しい声音が闇を裂いた。
初音の肩がびくりと震える。
「お、お姉ちゃん……。」
「止めなさい。そうやって……死んだ人を呼び戻すような話は止めるの。叔父さんを……静かに眠らせてあげて。」
うって変わって穏やか口調で楓は初音を諭す。
初音はただ楓の突然の剣幕に狼狽したままだ。
「大きな声だしてごめんなさい。でも……耕一さんの前で叔父さんの話は…。」
「う、うん。……ごめんね、お兄ちゃん。」
楓に言われた通り、初音がぺこりと頭を下げる。
楓も初音もどちらの姿も痛ましい。
「ごめん…って、そんな謝る事ないよ、初音ちゃん。むしろ俺の知らない親父の事知れたし。親父が皆に慕われてたって解って満足だから……ほら、頭あげて。」
ゆっくりと耕一に言われ頭を上げる初音に、耕一は微笑む。
そうして、シャツの内ポケットからある物を取り出した。
それは月光の光を浴びて煌く光彩を放つ。
「ペンダント……?」
まるで獣の角のような石に、紐が通された、それは初音の言う通りペンダントだった。
「!?」
それを見た楓の息を呑む音が耕一の耳にも届く。
「これ初音ちゃんにプレゼントするよ。」
「ええっ。」
「親父の形見なんだ。……俺が持つより、初音ちゃんが持った方がいいみたいだから。」
「そんな、だ、だめだよ。それはお兄ちゃんのだよ…。」
「俺なんかより、ずっと初音ちゃんの方が親父を慕っててくれる……。親父もそんな初音ちゃんにこれを持って貰えたら本望なはずさ。」
目の前にささげられたペンダントと、耕一の顔とを交互に見ていた初音に、耕一は軽く肯く。
それでやっと初音は決心する。
耕一の手からそのペンダントを貰い受けた。
「ありがとう、耕一お兄ちゃん。」
「どういたしまして。」
耕一の手から、初音の手へとそれが渡った時。
確かに角の輝きが増したのを、楓は見た。



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