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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



咎を背負いし者……


号火

by 遊真



 
「いひぃーーっ!!」
獣じみた悲鳴が、闇を裂いて飛んだ。
そうして、糸の切れた人形のように青年は手を付いて座り込んでしまう。
限界点を超えた恐怖が他の全ての感覚を麻痺させてしまったのだ。
無理も無い。
かつて友だった者が今は醜悪な固体として在るのだから。
腹部をえぐられ、内臓がアスファルトにぶちまけられて、友は絶命している…。
そのリアルにどぎつい悪臭が、青年から失神という唯一の逃げ場さえも奪った。
「グルルルルルゥ………。」
悪魔がそこにある。
青年の頭上から見下ろすようにして、剣呑に光る双眸がこちらを観察している。
こいつが…この化け物が殺ったのだ。
その事実だけが青年の頭の中を駆け巡っていた。
化け物の手が、月光を背にしてゆっくりと、振り上げられた。
あれを自分に落す気だ。
そう悟ると生存本能だけがむくりと起き出して、必死に逃げようとあがき出す。
しかし、背後へ下がろうとしても、絡み付いた粘性の血がそうはさせない。
ずりずりと虚しく足は滑り続ける。
あまりにも滑稽だ。
「いひ……ひひひひひひ……。」
己の醜態に気味の悪い笑いを浮べ、青年は尚も逃げようと足を動かす。
既に自我は崩壊していた。
「ひひひひ…。」
子供が…自分で作った粘土細工を潰すように……無造作に……。
グシャッ
化け物の腕が振り落とされる。
それでこの青年の一生は終わった
頭が風船のように爆ぜ、周囲に彼の脳漿が飛び散った。
脳天が痺れるような、えもいわれぬ快感…だが。
まだ……足りない。
どこまでも貪欲に化け物は次の獲物を探す。
そうして、化け物は周囲を見渡そうとして。
一陣の風が吹いた。
………その視線をすぐに止める……いや縫い付けられた。
先程までは誰もいなかった場所に……………前方に…人間が立っている。
膨大な量の返り血を浴びた化け物に対して、冷えた眼差しを送り続けている…。
逃げるのでも、立ち向かうのでもなく………。
二十前後の若者。
舐めた人間だ……。
(獲物の分際で……。)
それだけで相手を発狂させかねない敵意を化け物はぶつけた。
街灯の下、自然体のまま立つ男へ向かって。
強風に煽られた一本の稲穂のように、先程仕留めた男のように……狂態を見せるはずの殺気。
だが、男はそれを意図もた易く受け止めた。
「あんた名前なんてぇ言うんだ………殺る前に…名前だけでも聞いといてやる。」
絞り出すように、漏れた言葉と、それに乗って向けられた敵意に、化け物は身震いした。
こいつは…同族だ。
そう悟る。
ならば…これは面白い事になる。
化け物…いや、鬼は、鋭い牙の覗く口を歪め笑った。
鬼の名前は柳川裕也。
だがそのような事は、鬼である自分に何の意味もない。
狩るか、狩られるか。
これから行われる対等の殺し合いに、ただ狂喜した。
 
 
 
先制打は耕一だった。
熱帯夜の夜気をも凍えさせる凍気が彼を中心にして激しく吹き出す。
(全力で……殺るっ!)
耕一は頭の中でその言葉を反芻した。
念じる度に耕一の瞳は紅く染まって行く。
負の流れに身を任す一歩手前まで、己の戦闘意欲を掻き立てた。
結局、どんな奇麗事をいった所で、この鬼の力は狩猟の力なのだ。
相手を殺す以外にその真価は発揮できない。
こんな風にして自分は生き続けるのだろう………。
「うおおおっ!!」
まとわりつく闇を振り払うように、怒声を響かせて耕一は駆けた。
同時に高揚感が体中を支配する。
鬼に心を奪われ、貪欲なる狩人にまで身をやつす……。
にやついたその笑みが…。
(気に入らないっ。)
鬼の巨碗が届く一歩手前を完全に見切り、地を蹴って。
加速の勢いを殺さずに蹴りを鬼の側頭部に見舞う。
ガンッ!!!
激突の瞬間に吹き荒れた風が、辺りの小石を吹き飛ばす。
鬼の巨体を支える足が、路面にめり込んだ。
(なに!?)
耕一の蹴撃は、鬼が無造作にあげた右腕で受け止められていた。
その足を引く隙もなく、鬼が足をからめとる。
そのまま、真綿を詰めた人形のように鬼は耕一を振り回した。
勢い余って背中を壁にぶつけた耕一に向かって、更に鬼の拳が飛んだ。
「ちっ」
両手を交錯して激突の衝撃に絶える。
次の瞬間、とてつもない圧力が両腕にかかった。
「おわっ…。」
身体が半分方、コンクリの壁に埋まる。
さらに容赦なく一撃。
みしり……耕一の腕が悲鳴を上げた。
衝撃に絶えられず破壊の音をたて背にした壁が崩れ落ちた。
そのまま吹っ飛び民家に突っ込む。
倒れている暇もなく、瓦礫から這い出した耕一の目前に迫る巨体。
咄嗟に上空に逃れると、隣家の屋根へ軽やかに着地した、鬼は勢い余って瓦礫に突っ込だ。
ほんの数秒。
ほんの数秒の攻防で一つの家屋が半壊する。
(まずい……)
屋根の上から周囲を見回して耕一は小さく舌打ちをした。
あちら、こちらで家の明りが灯り出している……。
幸い損壊させてしまった家に住人はいなかったようだが…。
このまま戦い続けるのは無謀だ。
「グルァアアッ!!!。」
だが、欲望に餓えた鬼は待ってはくれない。
何百キロあるか解らない巨体を闇に浮かばせ、屋根上の耕一の前に降り立った。
瓦はくだけ、くるぶし当たりまで足をめり込ませる。
それを意にも返さず、無造作とも言える横凪の一撃。
それを上手く掻い潜ると、耕一はありったけの力で鬼の鳩尾に拳を叩き込んだ。
耕一の汗と、鬼の発した汗がしぶく。
膝をついたのは、耕一の方だった。
(くっ……なんて野郎だ……。)
鋼に弾き返されるような、手応え。
打撃を加えられた鬼以上に、耕一は苦痛に顔を歪ませた。
だが、すぐに落ちた膝を伸ばし立ち上がる。
拳を襲った激痛に耐え、頭の下がった鬼の首を掴み、投げるっ。
屋根が完全に破壊され、鬼が階下に落ちていく。
「ついてこいっ!」
そう言葉を残して、耕一は身を翻した。
人の気配が集まってくる…。
すぐにでも闘いの場を変えなければ。



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