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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



咎を背負いし者……


火祭の終焉

by 遊真



 
雨が家屋を打ちつける音だけが、無気味に鳴り響いていた。
こんなに静かな夜は始めてだ。
静かすぎて怖い…、そんな事もあるのだと、知る。
もしかしたら、永遠、自分はこの静寂の中で生きなければならないのかも、という不条理な錯覚が、次第に現実身を帯びてくるにつけ、初音は手にしたペンダントを、ぎゅっと両手で握り締め、胸元に持っていく。
眠れない夜。
自分の知らない所で、とても重大な事が起きている。
それだけは、初音にも十分、理解できていた。
みんな変だ。
どこかギスギスして、おかしい……。
心の奥の方が欠けていて、そこがひりひりと痛むような焦燥感は募るばかりだ。
寝返りを打つ。
勉強机の上に飾られた写真盾が暗闇になれた初音の目に止まった。
その中で笑う人達を、初音は順々に、呼んでいく。
「千鶴お姉ちゃん…、梓お姉ちゃん…、楓お姉ちゃん……、……耕一お兄ちゃん…」
みんな大好きだ。
何時もなら、その名前を呼ぶだけで気分が和む、てきめんな自分専用のお呪いなのに…。
今は、何の効果も示さない。
それどころか、いっそう、この外で荒れ狂う嵐のように、心が荒む。
たぶん、それは……。
(わたしの大事な人達が……)

 
 
* * * * *

 

「一体、どういう事何だよっ!楓っ!」
暴力的な向かい風を一身に浴びながら、それでも負けない大声で、梓は、僅かばかり前方を駆ける三女へ怒鳴った。
もう、その問いかけも何度になる事だろう…、数える気にもならない。
そうして相変わらず、楓は黙したままだ…。
「楓っ!」
なぜ自分は、この暴風雨の中、ずぶ濡れになりながら走っている。
疲労を理由に足を止めはしないのか。
「耕一が殺されるって何だよっ! 千鶴姉が殺すってなんだよっ!!」
それだ。
真夜中に突然起こされて、そんな根も葉もない話を真に受けて、楓の後に続く根拠が、自分には解らないのだ。
楓が何を思っているのかはどうでもいい。
なにより、それだけの理由で、走っている自分が何より解らない。
だから、これは梓自身へ問い掛けているのと変らない。
「そんなわけあるはずないじゃない。殺る殺られるなんて馬っ鹿な話があるわけないじゃないっ」
そんなものは架空の世界だけで十分だ。
「第一、例え千鶴姉に、耕一を殺す理由があっても……、本当に殺っちまうわけないっ。あたしがそれをよっく知ってる」
楓の背が、少しづつ遠ざかっていく。
自問自答を繰り返しながら、やがて、足がぴたりと止まった。
同時に、楓もその気配に気づいて、立ち止まる……、こちらを振り向いた。
雨にうち濡れた髪を除けることも無く、じわりと……睨む。
「何を知っているの?姉さん」
怖い、と思った。
何だか別人のような瞳には、冷徹さと猛々しさと憐憫と……。
相反する思いを複雑に同居させた鋭さがある。
人の目ではない。
もっと、何か他に別の……。
「何を知っているの、姉さん?」
楓の姿をした異邦人は再び尋ねる。
暗闇に一際映える白い項、それを僅かだけ傾げて、楓は続けた。
「……楓?」
「あなたは、私の何を知っているというの?」
楓が一歩足をこちらに踏み出す。
梓は思わずよろめくように数歩後退した。
ほとんど泥沼のように化した地面は、重く足にまとわりついてくる……。
「……千鶴姉さんが、私に言った言葉よ…」
「え?」
「私達、いつから間違ってしまったの」
妹の言葉はまったく秩序だっていない。
元来口下手な楓だが、こと会話の内容については常に理路整然としている筈の彼女。
混乱しているのだ……。
それを知って幾分、梓の恐怖が氷解した。
「楓、あんた……」
「……たぶん、後ろ向きに歩いてきてから…。鬼の血にも、お父さんの死にも、お母さんの死にも、叔父さんの死にも、何一つ前を向いて答えを出していかなかったから……」
冷たい雨は間違いなく、梓の身体から体温を奪っていくと言うのに…。
「全部偽って、逃げることだけを考えて。そんな自身の不甲斐なさを他人のせいにして生きてきた……」
激しい風は、梓の身体を薙ぎ倒さんばかりに吹き荒れるのに…。

「私達は、知られることを恐れていたの」

音が消えていた。
色が失せていた。
存在するのは、自分と……。
「知られることを恐れ、隠すことには疲れ果てて。こんな矛盾の苦痛に晒されて……」
楓だけ。
目の前まで歩み寄った妹は、梓の両腕を痛いほど強く握り締めると顔を胸に埋めてきた。
震えた肩……。
ほとんど無意識に、梓はその肩を抱いた。
「姉さん、解って。今がその咎を全て清算する時なの…」
「……かってるよ…」
語尾が擦れた。
解っているよ、と言いたかった。
それでも鳴咽が混じってしまって上手く言葉が言えなかった。
変わりに、思い切り、震えそうな唇を噛みしめる。
血の味が口に広がる。
もう一度……。
「解ってた!」
雨の音が戻る。
風の勢いを感じる。
楓が顔を上げた。
「家の中にぽっかり空いた大きな穴を、埋めようとしないで、ただそれから目を背けて、見ない様にしていた。そんな大馬鹿な筆頭はあたしだよっ!」
仮面をつけた己自身を見詰め続けたあげく、自嘲自縛に陥った姉と妹に比べて、なんて自分は間抜けなんだろう。
梓は双眸を瞑ると、楓から顔を逸らした。
そうして静かに…。
「千鶴姉がそういうことの出来る人だって事も知っている……」
つまり……。
ある意味、究極的な所でもっとも素直に感情を発露させられる…。
柏木の鬼の血を色濃く継いだ長女。
「家が、そんな事態を起こすだけ異常な状態であることも知っている」
暖かに見えた家庭は偽りだ。
幻想は幻想でしかない。
自分達はもっと醜い心を持ち合わせている。
それを隠しても隠し通せるものではない……。

「耕一は、そんな私達を救いに来たんだな…」

楓がこくり、と肯く気配。
逸らしていた顔を、戻して、楓と目を合わせる。
もう何も怖くない。

「だから、耕一には死ぬ覚悟もあるんだ…」

止めなければならない。


 
* * * * *

 
 
「なぁ…、少しは自我ってやつが残ってんだろ……、あんたにも…」
漲る鬼の力を完全に解くと、耕一は、ざぶりと荒れた湖の浅瀬に腰を下ろした。
たゆたう水面に身をまかせながら、獲物を仕留める狩人の如き油断なさで、こちらを伺う鬼を見る。
赤い瞳に理性は皆無、のようだが、闘いの最中に耕一は一欠けらの別意志を感じることができた。
まだ生きているのだ、人として意識が…。
だから、耕一は語り掛ける。
「悪いけど、本当にもうこれで終わりにさせてもらう」
苦渋の顔つきで宣言する。
鬼の顔が僅かに震えた。
笑っているのか、怒っているのか、……脅えているのか……、定かではない。
どちらにしろ……。
「もう、あんたに付き合う時間はないんだ……。次の約束が押しているんでね、もう、すぐそこまで来ている…」
「グルルゥゥ」
「不服か? しょうがないだろ。いつまでも宴を開いて馬鹿騒ぎをしているわけにもいかない。祭は短いから楽しい……違うか?」
鬼が体勢を危険なほど低くする。
耕一は、座ったまま……両手を、水中に入れて身体を支えている。
顎を鬼に向け、上空の曇天を睨み付けて。
一言、何かを呟き、それから…。
顔を再び、鬼に向けた時には…。
口元に笑みが浮かんでいた。
「来い」
鬼を呼ぶ。
風が動いた。
猛烈な勢いで押し出される空気の膜が、雨の雫を弾く、弾く、弾く。
その先の耕一は微動だにせず、到来を待つ。
鬼の通った先には水柱が立て続けに上がる。
それほどに早く、重い突進。
あっという間に…。
眼前。
「ガアアアァァァァァッ」
突き出される凶器の爪。
それを向かい打つのは…。
「っ!」
声にならない呼気が夜気を切り裂いた。
すべての動きを見逃さないと、大きく見開かれる耕一の双眼。
水中から出された右手には……。

吟――――――――――ッ!!!

音の威力に吹飛ばされそうな、大音響。
波紋が激突の核を中心にして広がる。
鬼の爪を下から叩き上げるたのは、いつのまに手にしたのか解らぬ、一振の長刀。
「あぁっ!」
「ガッ!」
第二の手が間を空けることなく飛来する。
それを軽く返した刃が切断した。
電光石火の早業。
「終わりだ」
その言葉が終わらぬ内に……。
耕一は、鬼の懐を、風のように吹き抜けた。
交錯。
そして………。
散華。
一撃目の残響が止んだ時には、勝負は決していた。



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