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Black Package 殻の中の小鳥



時間




by 高槻涼一



 「そう、左手は軽く添えるだけで良いのよ。そうして軽く押さえて降ろせば・・・ほらっ、切れた。レンもやれば出来るじゃないですか。あとは慣れですよ。」
 「でもリースってお料理上手だね。感心しちゃうなー。」
 「どういたしまして、でもレンやチェリーもすぐに上達しますよ。」
 「そうかなぁ。」
 「そうですよ。そりゃあ、私だって初めから料理が得意だったわけではないんですから・・・。そう、・・・色々とあったんです。」
 「ふーん。でもどうして上手になったの?それに色々あったって言うけど・・・?」  「えっ、別に良いじゃないですか。そんな事。」
 「聞いてみたいなー。話してよ、ねぇ良いでしょ。」
 「チェリーってば・・・」
 「私も聞きたいな。」
 「レンまで・・・わかりましたよ。話しますよ、そんなに面白い話じゃ無いですからね。そうですね、私が料理をしようと思ったのは・・・」
 
 いつものように日々が過ぎ、いつものように時間が流れていく。そんな事に何の疑問も持たずに、今の自分の生活が当たり前のように思っていた時、私はどれだけ幸せだったのでしょうか。自分がその事に気付いたのは春の暖かな日でした。
 
 「ねぇ、お姉ちゃん。お腹空いたよー。」
 私が部屋で本を読んでいると、小さな弟が声をあげた。
 「もうすぐ晩御飯でしょう。それまで我慢しなさい。」
 「だってお腹空いたんだもん。」
 「困ったわねぇ。お姉ちゃんは苦手だし、お母さんは出かけているし・・・」
 そんな風に弟をなだめていると、玄関の方で戸が開く音が聞こえた。
 「あら、帰ってきたみたいよ。行ってみましょう。」
 「うん。」
 だが、私たちの予想に反して玄関のドアの所に立っていたのは見知らぬ男性だった。
 私は思わず弟を自分の後ろにやり、その男性に声を掛けた。
 「あのー、何の御用でしょうか。あいにく母は出かけておりますし、父はお店の方に行っておりますが・・・。」
 すると男性は、一枚の紙を懐からだしそれを広げるようにして私たちに見せた。
 「ネフタさんのお宅ですね。」
 「はい、そうですけど?」
 「八日の十二時をもってこの家から出てって貰います。」
 「どういう事ですか?」
 私は問いかけながら、自分の身体が震えていることに気が付いた。
 「ここは私たち家族の家のはずです。その様な事を言われるのはどういう事なのでしょうか?あまり変なことを言うようでしたら警察の方をお呼びしますよ。」
 「見たところネフタさんの娘さんのようだが、聞いていないのですか?貴方のお父様は商いで失敗をなされて破産されました。」
 「は・・・破産?」 
 衝撃的な言葉が私の頭の中を駆けめぐっていく。
 ・・・どういう事?
 暫く呆然としていたのだが、私の手を強く握る弟のおかげで気を取り直す事が出来た。 「はい、事実です。そのため彼が担保に入れていた『自宅』『店舗』は私ども管財人によって競売にかけられますので、先に述べた日時までに退去していただくことになります。よろしいですか?もしも、まだお疑いに為られるのならばこちらの紙を良くご覧下さい。銀行の認証を受けた財産管理委託書になります。どうぞ御一読を・・・」
 震える手でその紙を受け取り、目を通してみると一通りの文章の後に、紛れもなく銀行の署名がある。
 「あの・・・父は?」
 「ネフタ氏ですか?彼は店舗の方で最後の事務処理をしていただいてます。終わり次第こちらの自宅に帰ってくると思いますが・・・」
 「・・・そうですか。」
 一瞬の沈黙。
 「お姉ちゃんを泣かすな。」
 気が付くと弟が私の横に立ち、管財人と名乗る方をにらみつけていた。
 ・・・私が泣いている?
 慌てて目元を押さえると確かに涙が流れていた。
 ・・・私がしっかりしないと。
 後ろから手を回して弟を抱きしめて、私は小さく呟いていた。
 「大丈夫よ、お姉ちゃんは大丈夫だから・・・ね。」
 「本当?」 
 「お姉ちゃんが今まで嘘を言ったことがある?」
 「・・・無い。」
 「そうよ。だから心配しないで・・・ね。」
 「・・・うん。」
 「今日の所はお引き取りいただけませんか?私だけではどうして良いのか分かりかねますし、父が帰ってきてから話を聞いてみます・・・」
 「そうですね、今日の所はこれで帰ります。では。」
 そう言うと彼は扉を開け、姿を消した。
 
 部屋に戻り奥の部屋で話を聞いていた弟や妹を集め、自分自身が落ち着くために小さな妹を膝に載せて、父の帰りを待っていた。
 それからどれくらい時間が経ったのだろう。自分が落ち着きを取り戻して、これからの事を考え始めた頃に父と母が帰ってきた。
 みんなを部屋に残して玄関に向かうと、表情から父が疲れ切っていることが分かった。
 「リース、管財人は来たかい?」
 「・・・はい。本当なの、お父さん?」
 「・・・ああ。すまないな、黙っていて。お前達にまで心配を掛けたくなかったので言わなかったんだが、代えって驚かせてしまったようだな。」
 「あなた・・・、取り敢えず食事にしますね。子供達もお腹が空いているでしょうから・・・。リース、手伝ってくれる?」
 私は軽く頷くと、母の後について台所へと向かっていった。 
 
コトコトコト、火に掛けられた鍋が軽く震えている。
 「リース、シチューは大丈夫?」
 「大丈夫だと思うよ。言われた通りかき混ぜてるし、焦げてるような匂いもしないから・・・。」
 「・・・ごめんなさいね。」
 「お母さん?」
 「お父様を責めないでね。一生懸命頑張ったのだけれど、どうしようも成らなかったのよ。」
 「・・・」
 「この家も人手に渡るわ。それに、あなたを学校に行かせてあげる事も・・・」
 「いいのよ、お母さん。私は大丈夫。それに私がしっかりしないと弟たちも・・・」
 「・・・リース。」
 そう言うと母は私の身体に手を回して強く抱きしめた。
 「・・・大丈夫、私は大丈夫だから。」
 いつの間にか私も母の身体に手を回して抱きしめていた。
 
 「みんなー、食事の支度が出来たわよー。」
 母が声を掛けると家族全員が食卓に集まった。食前の祈りを捧げ、食事が始まったが暗い雰囲気が場を支配している事は明白だった。
 「お前達に謝りたいことがある。」
 父はそう会話を切り出した。
 「私の失敗によって、私たちはこの家を出ていかなければならなくなった。当然、今までの様には暮らすことが出来なくなる。」
 「それでどうなるの?」
 小さな弟が声を上げた。
 「そうだな、まずはこの家とお店を売ってお金を返す。それでも足らないだろうから、お父さんとお母さんの二人が働く。何、今までのようには行かないまでもお前達を育てていく事ぐらいは出来るだろうからな。」
 「・・・私も働こうか?お手伝いとかの仕事を探せばいくらかにはなると思うけど。」 私がそう言うと、父は優しい表情で言葉を紡ぎだした。
 「大丈夫だよ。リースが働かなくても私たちだけで何とかなるだろう。それに私の失敗のために、可愛い娘を働きには出したくないよ。」
 「・・・うん。」
 「そうだな。一つだけ頼みがあるが聞いてくれるかい?」
 「何?」
 「私たちが働きに行っている間、弟や妹の世話を頼んで良いかな。今までと違い、お母さんも働きに行ってしまうからな。」
 私は何も答えずに只頷いていた。
 「・・・そうか。頼むぞ。」
 「じゃあ、まだ家を出ていかなければならない日まで時間があるから、しっかりとリースに料理を教えないといけないわね。」
 母が場を明るくしようとしたのか、努めて明るく言った。
 「リースは、余り料理が得意じゃないしな。」
 父がそう答えるのを聞いて、みんなが笑い出した。
 「大丈夫よ。私、頑張るから。確かに料理は得意じゃないけど、きっと上手になる。お父さんやお母さんが家のことを心配しなくても良い様に頑張るから。」
 
 「・・・こういう事があったんですよ。」
 私は一通り話し終えて、レン達の方を見た。
 「・・・リース、ごめんね。」
 「どうしたんですか、チェリー?」
 「嫌なことを思い出させちゃったんじゃない?」
 「うーん、出来れば思い出したくない事でしたが、もう余り気にしてはいませんよ。」 「本当?」
 チェリーが下から私の顔を心配そうに見上げている。私はチェリーの頭の上に手を置いて話し出した。
 「だってそのおかげであなた達に会えましたし、料理も上手になりましたからね。色々とありましたが、過ぎ去った事を何時までも気にしても仕方がないでしょう?」
 「でも、リースが此処で働く事になって弟さん達はどうしてるの?」
 レンが不思議そうな顔をして問いかけてくる。
 「私が此処で働く事になった時の事ですが、フォスター様が借金を立て替えてくれたんですよ。その為、母が働く程の事では無くなったんです。」
 「・・・会いたくないの?」
 「そうですね。会いたくないと言えば嘘になりますが、私が此処で働いている限り借金の事を家族が考えなくても良いのですからね。それに・・・二度と会えないと言うわけでもありませんし。」
 「・・・」
 「第一、私が御屋敷を辞めてしまうとレンやチェリーが困るでしょ。」
 「えっ?」
 「私がいなくなったら、誰が皆さんの食事の用意をするんですか?」
 私が軽く笑いながら会話を続けると二人が一緒になって笑い出した。
 「うんっ、そうだね。」
 
 今日もまたいつものように時間が流れていく。
 家族で過ごしていた頃とは違う、あの人の側にいられる『時間』が・・・ 



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