第4章  絆という言葉の意味


 これは『With You〜みつめていたい〜』の二次作品です。
 氷川菜織シナリオで話は進行しています。


06/19 (Fri)

 薄暗い公園に動きやすい格好をした知章が一人、ぽつんと立っている。
 そしてゆっくりとした動きで入念にストレッチをした後、二、三度軽くダッシュを
かけて走って調整している。
 この公園は都心の公園らしく中央に噴水があってそれをぐるりと取り囲むような形
になっていた。
 日課なのか慣れているらしく、その動きに淀みはない。まるで予め決められたメニ
ューをこなしている雰囲気だった。
 そして、地面に枯れた木の枝で印を付けたラインから構えを取って、短距離走さな
がらに一気に走り出す。



「最近‥‥調子悪いな‥‥サボりがちだから‥‥だろうけど‥‥」
 数十回と走り込みを重ねて、荒い息を整えながらストップウォッチを片手に、知章
は苦笑する。



 結局の所、一昨日の騒ぎは事故以上として、疑うようなものは何もなかった。
 原因だけが疑問に残されたが、それだからどうということもなく、割れた窓ガラス
のところに紙が貼られ、昨日は図書館の使用を禁止した以外は何一つ、日常と変わる
ことはない。


 一昨日は取り乱していた真奈美でさえ、


「怖かったね」


 と、笑って済ませることが出来ていた。
 そして知章もこうして自分の日常を過ごしている。
 日課になった深夜の公園でのトレーニングという日常を。



「あ、真田君‥‥」
「あ、みちる先生‥‥」
 かなり暗くなった公園のベンチで休んでいた知章を、公園前の道を歩いていたみち
るが見つけて声を掛ける。
「どうしたんです、こんな夜遅く‥‥」
 自分の事は棚に上げてそう訊ねる知章にみちるは笑いながら答え、
「うん。ちょっと知り合いの家に行っていたら遅くなっちゃって‥‥でも、それより
真田君‥‥陸上、やってたの?」
 そしてTシャツ一枚にジャージと動きやすい格好をしている知章を見る。
「ええ。昔‥‥ちょっと‥‥」
「ふぅん‥‥あら? 真田君、陸上部じゃなかったわよね」
「ええ、まあ」
「何? ダイエットか何か?」
「あ‥‥ええ。そんな所です‥‥」
 知章はショルダーバッグから取りだしたジャージの上着を羽織って、公園の低い柵
を挟むようにしてみちるの側に寄る。


「でも、どうしてこんな深夜に‥‥忙しいの?」
「え、いや‥‥それほどでもないんですが‥‥気分ですかね?」
 そんな曖昧な返答にみちるは少し、首を傾げる仕草をするが、
「‥‥まぁ、別にいいけど。あんまり遅いと何かと危ないから気をつけなさいね」
 と、言って笑いかける。
「はい。それじゃあ、みちる先生も気をつけて‥‥」
「ええ。それじゃあ、また明日ね」
 みちると手を振って別れると、知章は上着をベンチの方に投げて、直線の引いてあ
る方へと歩いていく。
 知章は噴水を囲むようにした最短距離の一周がおおよそ400Mだと聞いていた。




「さてと‥‥あと20本‥‥」





06/20 (Sat)

「ねえ、トモクン。明日‥‥暇?」
 朝のHRの時間、美亜子が知章の教室まで来ている。
「あ、朝イチで横浜の方にちょっと用事があって‥‥でも、午後なら時間取れると思
うけど‥‥」
「あ、偶然。私達も、丁度横浜の方に行こうって約束してたの‥‥」
「へぇ‥‥」
 軽く応対すると、
「じゃあ、あっちで待ち合わせようよ」
 と、美亜子が言ってくる。
「あ、別にいいけど‥‥少し、遅れるかも知れないよ‥‥」
「いいよ。ちょっとぐらいなら‥‥」
「じゃあ、夜にでも電話くれる? あんまり遅くても困るけど‥‥」
「うん。あ、でもそう言えば最近、トモクン、サエの家にいないね」
 美亜子は頷きつつ、ふと思った事を口に出す。
「え‥‥あ、まあ‥‥そうだね‥‥」
「それどころか、最近あんまりサエとつるんでないけど‥‥何かあったの?」
「何もないと思うけど‥‥」
「そぅ〜‥‥サエの様子もちょっとどことなくおかしかったし‥‥何かあったんじゃ
ないのぉ〜」
「ははは‥‥どうだろうね」
 美亜子の追求にも、知章は軽く笑っていなすように対処する。
「まあ、いいや。それじゃあ、また明日ね〜」
 勢いそのままに出て行く美亜子を見送りながら、
「そう言えば、あれ以来‥‥会ってないな‥‥」
 知章はそう呟いて、ちょっと気まずそうな顔を作った。
 何も意識していないと言えば嘘になるだろうが。



 一時限目が終わった休み時間、廊下で橋本みよかにすれ違いかける。
「あっ!」
 みよかは知章の顔を見て、そう叫ぶとツカツカと近寄ってきて知章の前に立つ。
 身長の関係で、頭一つ以上の差はあったが、それでもみよかはキッとした顔を作っ
て知章を見上げて睨んでいた。
「‥‥?」
 どちらかと言えば無視される格好の方が多かっただけに、そのみよかの反応に気圧
される知章。
「田中先輩に一体、何したんですか!」
「‥‥‥‥へ?」
 そう叫ぶみよかの声は大きく、周囲を歩いている生徒の視線が集中する。
「「‥‥へ?」じゃありません! 田中先輩に何かしたでしょう!!」
「‥‥え いや、何で?」
 知章には心当たりはしっかりあったが、空呆けた顔をして逆に訊ねる。
「最近、田中先輩の様子がおかしいんです! 部活にも身が入ってないし、私がいく
ら話し掛けても上の空だし、すぐにボーっとしてて‥‥」
「いや、さあ? そんなことを言われても‥‥」
 知章はその舌鋒を前に取り敢えずそう言って誤魔化そうとするが、
「呆けないで下さい! 信楽先輩から聞いているんですよ!」
 と、糾弾の声は止まらない。
「へ? 何‥‥‥‥を?」
「真田先輩も同じ様にボーっとしてるって!!」
「あ‥‥え?」
 何か思い切り嫌な想像をした知章だったが、案に相違して大した事ではなかったの
で内心でホッとする。
「それは偶然だよ」
「ムゥゥゥゥ、怪しいっ!!」
「そー言われても‥‥」
「兎に角、あんまり必要以上に田中先輩に近付かないでくださいっ!!」
「そう言われてもなぁ‥‥」
「いいですねっ!!」
「あ‥‥」
 そう言いたいことだけを言い捨てると、みよかは小さい肩を怒らすようにしてドタ
ドタと走り去っていってしまう。
 取り残されたような格好になった知章がポツリと言う。




「だから、そー言われても‥‥なぁ‥‥」





06/21 (Sun)

「でさ、でさ‥‥」
「だからその話はもういいって‥‥ったく‥‥んな事はいいじゃねぇか」
 横浜の駅の改札口を出ても美亜子は冴子相手にずっと、菜織と橋本先輩の話を続け
ていた。
「え〜サエちゃん。菜織ちゃんの事だよぉ〜、どうでもいいのぉ〜?」
 美亜子がそう大袈裟に言うと、
「そういうことは、本人同士の事だろ‥‥第一、別にそれだからどうって話が決まっ
た訳でもあるまいし‥‥」
 冴子がウンザリと言った顔で、美亜子の顔の前で手を振る。
「でも、あの二人、付き合ってるとしたら‥‥あ、トモクンだ」
「‥‥え‥‥」


 駅前近くのバス停の側のベンチで、スニーカーの靴紐を結び直している知章の姿を
見つける。


「あ‥‥」
 冴子が知章を見て驚いたような顔をする。
「お〜い、トモク〜ン、」
 美亜子だけが一人、ニヤニヤして知章に手を振る。




「あ、ミャーコちゃんに冴子。遅‥‥」
「こんにちわ〜」
 知章に最後まで言わせないで、覆い被せるように美亜子が喋る。
「‥‥へ? あ、うん」
「‥‥‥‥」
「奇遇だねぇ〜、これから暇?」
「はい?」
 美亜子の怪しげな科白に対応しきれないで、知章は疑問の声をあげる。
「‥‥と、言うことで、一緒に行こう」
「ちょ‥‥ちょっと‥‥」
 そう言って、美亜子が知章の手を引っ張る。
「‥‥あ、いけね。あたい‥‥ちょっと寄るところあったんだ‥‥悪い、ミャーコ‥
‥じゃぁっ!!」
「え?」
「お、おい‥‥」
 明らかに挙動不審な動きをした冴子は、そう言い捨てると逃げるように一目散に駅
の方に走って行ってしまう。
「‥‥‥‥」
「あ〜あ、行っちゃった」
「ミャーコちゃん。ひょっとして冴子には俺が来るってこと‥‥」
 ジト目で美亜子を見る知章だが、
「やっぱり不和の噂は本当だったのねん」
 と、ケロリとした顔をして言い放つ美亜子。
「噂って‥‥んな噂に挙げられるような有名人かい‥‥」
 そう言って知章は肩をすくめる。
「ん〜‥‥全然だけど‥‥まぁ、ちょっとした些細な所までをチェックするのが、こ
のEBCとしての勤めよ〜ん‥‥」
「おいおいおいおい‥‥」
 そう言いながら、知章はみよかにとっては気になる話かも知れないなと内心だけで
思う。
「まぁまぁ‥‥このミャーコちゃんが代わりにデートしてあげるから、そう気を落と
さない落とさない」
「全部、そっちの奢りだね」
 そう言って知章の肩をパンパン叩く美亜子に、知章は冷ややかにそう言い捨てる。
「えぇ〜‥‥そんなぁ‥‥」




「‥‥でね、やっぱり一緒に買い物なんかしてたってことは‥‥普通の仲じゃないっ
て‥‥」
「それだけで? ちょっと飛躍し過ぎなんじゃないの‥‥」
 それから二人はアイスクリーム屋を出て、暫く中心街の歩道を歩いていた。
「このミャーコちゃんの明晰な推理の結果よ」
 アイスクリームを食べながら、そう自信ありげに言う美亜子。
「それだったら、これだって‥‥」
「そうよね。これでもう公認の仲になってラブラブだぁ!!」
「公認って、誰が公認するんだろ‥‥?」
 わざとらしくはしゃいで見せる美亜子に、知章はポリポリと頬を掻く。
「まぁまぁ‥‥照れないで‥‥」
「全く、照れてないって‥‥」
 そこまで言いかけた知章だったが、
「あ‥‥」
 近くのビルから出てきた真奈美の姿に気付く。
「真奈美ちゃ〜ん!!」
 その知章の反応で気付いた美亜子がアイスを持った手を高く挙げて呼び掛ける。
「‥‥‥‥」
 すると驚いたように立ち止まった真奈美は振り返り、美亜子と知章とを交互に見て
から、
「あ‥‥真田君にミャーコちゃん‥‥」
 と、やや強ばった笑みを向けて話し掛けてくる。
「どうしたの、こんなところで?」
「ここ‥‥お父さんの勤めているビルなの‥‥」
「あ、そうか」
 知章は顔を上げて、そのビルを見上げる。特に変哲も無い普通のビルだった。
「で、今日は二人でどうしたの?」
「えっとね、今日はトモクンの奢りでデー‥‥」
「こらこらこら」
「ふふふ‥‥何か楽しそうだね」
「きゃはは、これで真奈美ちゃんには公認だね」
「ひょっとして、公認の意味、間違えてないか?」
 そしてそれから三人で相変わらずの軽い雑談に花を咲かせるが、知章は真奈美の元
気の無さに気付く。
「‥‥・何か、困ったことでも起きたの?」
「え‥‥・う、ううん‥‥そんな事ないよ」
 知章の問いにちょっとだけ逡巡して、真奈美は無理に作ったような笑顔を向ける。
「‥‥そう」
「何か困ったことがあったら言ってよ。このミャーコちゃんが‥‥」
「うん。ありがとう。ところで今日は二人きりみたいだけど‥‥」
 冴子と三人でつるんでいるのは知っているらしく、そんな事を真奈美が聞くと、
「実はね‥‥トモクン、サエに振られたらしいの‥‥」
 声を潜めるように、美亜子がそう言う。
「ええっ!?」
「ちょっと待てっ!! 何だよ、それは!!」
「きゃははは‥‥だからね、このミャーコちゃんが慰めてたんだ〜」
「そうだったの‥‥」
「嘘つけ。違いますよ‥‥振るも振られるもそういう関係じゃ‥‥」
「じゃ、どういう関係?」
 抗弁を始める知章にすかさず聞いてくる美亜子。
「そんまんまだよ。幼なじみの腐れ縁。それ以上でも以下でもない‥‥」
 そう知章が言いかけると、
「幼なじみ‥‥そうかぁ‥‥真田君も‥‥」
 と、真奈美は声のトーンを落として、それと同時に俯きがちになる。
「ん?」
「はにゃ?」
「‥‥幼なじみだから‥‥難しいんだよね」
 と、一人納得しているようなしていないような曖昧なことを呟く真奈美。
「ひょっとして‥‥正樹君の事かなぁ〜」
「え?」
「菜織ちゃんとの三角関‥‥痛っ!!」
 嫌らしい親父のように喋り出す美亜子の頭を軽く小突くように拳を置き、知章は、
「ちょっとそこの辺を歩かないですか?」
 と、手を掴んで誘う。
「さあ、こんなミャーコちゃんは捨てて、二人で行きましょう」
「え?」
「ああぁ〜ん。トモクン、待ってよ〜」
 暫く頭を押さえていたので出遅れた美亜子を後にして、やや早足で真奈美の手を引
いて歩道を歩く。
「あっ‥‥」
「‥‥本当に、困ったこと、ないんですか?」
「‥‥‥‥」
「‥‥力にはなれないかも知れないけど‥‥身近な人にはなかなか言えないことぐら
いは‥‥いつでも聞きますよ」
「‥‥うん。ありがとう」
「ねぇ、なにこそこそ話してるの?」
「幼なじみは昔のままではいられないなって話」
 追いついてきた美亜子に知章は平然とそう言うが、
「‥‥本当‥‥そうだよね‥‥」
 それが真奈美のツボに入ったらしく、その言葉を反芻する。




「それじゃあ、また学校で‥‥」
「うん。またね‥‥」
 真奈美と別れた二人だったが、知章が歩こうとすると美亜子が袖を掴む。
「な、何?」
「ねぇ、見て‥‥あそこ‥‥」
 そう小声で言って美亜子が指差す先に、見覚えのある少女がビルの物陰に隠れてい
るのがふと見えた。
「え? あれは‥‥!?」
 褐色の肌色をしたその女性はチャムナのようだった。
 チャムナは駅に向かって歩く真奈美を見ていた。だが、真奈美の行き先を確認する
ように見つめると不意に、姿を消す。
「追って見ようよっ!!」
「え?‥‥ちょっと!!」
 そのまま、知章の手を引いて美亜子が駆け出すようにして追いかける。





「‥‥はひぃ〜‥‥疲れたぁ〜‥‥トモクン。私もう歩けないよ〜」
「おいおい‥‥」
 その場にしゃがみ込んでしまった美亜子に苦笑する知章。
「結局、途中で見失うし‥‥もぅ最悪‥‥」
「尾行しようって言ったの、ミャーコちゃんだろ?」
「でも、何しに来てたんだろ?」
 途中、デパートのミャンマーの民族博物の展示会に寄った以外、ずっと歩き通しだ
ったチャムナの行動に首を傾げる美亜子。
「大方‥‥知り合いにでも会いに来たんじゃないの?」
「ふにゃぁぁ〜‥‥駄目ぇ〜、脚がふらふら‥‥」
「‥‥‥‥」
 期待に満ちた目で知章を見つめる美亜子。
「もう歩けないよ、トモク〜ン」
「だったらそこで暫く休めば‥‥」
「もう駄目ぇ〜ヘロヘロ〜」
「‥‥‥‥」
「あう〜」
「‥‥‥‥」
「へろへろへろ〜」
「‥‥‥‥」
 そう言いながら何かを期待する眼差しをずっと送り続ける美亜子に根負けしたよう
に知章は大きくため息を吐いた。




「‥‥で、どうしてこうなる訳?」
「だって‥‥疲れちゃったんだもん。お店もないし‥‥」
「だったら、そこらのガードレールで座ってるとか‥‥」
 美亜子をおぶいながら、ブツクサと文句を言う知章。
「普通、恥ずかしかったりしない?」
「別に?」
 知章の問いに、不思議そうに答える美亜子。
「あ、そ‥‥駅までだからね」
「うん」
 そう言いながら、駅を目指して歩く二人。
 知章には周囲の視線が気になったが、上に乗ったままはしゃぎ通しの美亜子は気に
ならないのか、あれこれと話し掛けてばかりいた。



「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥ねぇ、トモクン」
「ん?」
「私って‥‥やっぱり五月蠅いかな?」
「へ?」
 しばらくずっと夕暮れの歩道を美亜子を背負いながら歩いていた知章に、喋り疲れ
たように黙っていた美亜子がちょっといつもとは違うトーンで聞いてくる。
「何で? いきなり‥‥?」
「‥‥トモクンって‥‥前、私にどこか余所余所しくて冷たかったでしょ」
「前‥‥ああ、一年の頃ね‥‥」
「うん」
「まぁ、正直、好きにはなれないかな‥‥って思ってた」
 正直に言う知章。
 奇妙な経緯でこの学校に来た知章に、報道部に入っているという美亜子は頻りに話
し掛け、色々と探るような真似ばかりしていたので、暫く閉口し続けたことがあった
。そのせいもあって、冴子とも一時期、気を使って距離を取っていたこともあったほ
どだった。
 天真爛漫で嫌みの無い美亜子の性格はクラスの誰とも仲が良かったが、ずかずかと
何処にでも踏み込んでくるようにもとれる態度が、知章と合わなかった。
 特に友達にも困っている訳ではなく、他のクラスメイトとは普通に打ち解けていた
こともあって、そんな状態が暫くは続いていた。
「あはは、やっぱり」
「でも、どうして今更?」
「‥‥うぅ〜ん、急に思い出しちゃって」
「ああ‥‥」
 知章は昔、美亜子が報道部の活動中に空手部の気の荒い上級生部員を相手にインタ
ビューをしていて、その最中に何か相手の気の触れる事を言って手で突き倒されたの
を丁度目撃して、間に割って入って仲裁した事を思い出す。結局は、腹を立てていた
相手に謝りながらも宥めただけに過ぎなかったが。
「あん時も‥‥立てなくなったミャーコちゃんを背負って家まで送ったんだっけ」
「うん。何か吃驚しちゃって‥‥」
 腰が抜けたみたいにその場に座り込んだままの美亜子を負ぶったら、何だかんだで
行きがかり上、そのまま家に送り届ける羽目になってしまった。
 負ぶわれたまま道中、べらべらと喋り続ける美亜子に知章が閉口していると、急に
黙って謝ってられたのを知章は今も記憶していた。
 美亜子が「迷惑だよね?」と聞いてきたので、ただ「慣れないだけだよ、多分ね」
と、その時に返事した。
「それからだよね、トモクンと仲良くなったの」
 背負われたまま、身を乗り出すように言う美亜子に、
「そうだっけ?」
 珍しくしおらしく話し続ける美亜子に、惚けるように答える知章。
「うん」
 そう言う美亜子に、知章は確かにそれ以来、あんまりわだかまりが無くなっていた
ことを思い出す。
 特に何か変化があった訳でもなかったのだから、他に理由らしい理由も思い当たら
なかった。
 ただ、それ以来知章が、冴子と三人で休日につるんで遊びに行く機会が増えたこと
は確かだった。
「何かトモクンの事、ずぅっと気になっていたんだ。サエも気にしてたし‥‥」
「‥‥‥‥」
 知章が押し黙っていると前方に駅が見えてくる。
「あ、ここで降ろして。もう、歩けるから」
「あ、うん‥‥」
 美亜子が言うと、知章は立ち止まって彼女をゆっくりと降ろす。
「でも、本当は元々歩けるだろ?」
「にゃはは‥‥」
 そう言って知章の言葉を有耶無耶に誤魔化してから、ぽつりと、
「こないだは‥‥御免ね」
 と、小声で囁く。
 昔、送った時に呟いたように。
「‥‥‥‥こないだ?」
 暫く黙っていたが、反射的に聞き返す。
「にゃはは〜ん」
「え? え?」
 急にいつものテンションに戻る美亜子について行けずに、パニくる知章。
「うーん。ふふふぅ〜‥‥実はだね〜、ちょっと邪魔しちゃったんだぁ〜」
「邪魔って‥‥ひょっとして‥‥」
 肝試しの時、と知章が続けようとすると、
「スクープしても良かったんだけどね〜」
 いつの間にかいつもの美亜子らしく、元気におさげ髪が飛び跳ねていた。
「あー‥‥あ‥‥はは‥‥参ったね‥‥」
 知章はちょっと照れるように手を口元に当てる。
「にゃは。で、どう?」
「何が?」
「何とかなりそう?」
 興味津々といった顔をして美亜子が訪ねてくる。
「えーと‥‥まぁ、何とかなるよ。きっと」
 と、多少顔を赤くしながらも知章は笑顔を美亜子に見せる。
「ふぅ〜ん?」
「た、多分‥‥」
 知章の顔を凝視する美亜子に、それとなく小声で付け加える知章。
「ふふ〜ん。そうと判れば、このミャーコちゃんも黙ってはいられないよぉん」
「はぃ?」
 切符を買おうとしていた知章が振り返る。
「二人の仲をそれとなくサポタージュするべく‥‥」
「頼むからやめて‥‥しかもサポタージュって、言葉違くないか‥‥」
 意気込むようにして言う美亜子と共に、知章はそのまま切符を買って改札をくぐり
、大人しくホームで電車を待つ。
「まずは二人きりで会える場所をお膳立てして‥‥あ、そうそう‥‥既成事実を作る
為には証人として皆に‥‥」
「‥‥お願いだから何もしないでね」
 物騒な美亜子の呟きに、隣で冷や汗を垂らす知章。



「しょうがないなぁ。サエもトモクンもこんなんだから‥‥見ている方がじれったい
んだから」
「え‥‥?」
 電車が丁度ホームに到着して来たとき、ポツリと美亜子が呟く。
「ううん。何でもないよぉん!! でさ、さっきのチャムちゃんの事だけど‥‥」
「あ、うん‥‥」





「さぁて、明日は逃走したサエをどうからかおうかな?」





06/22 (Mon)



「う〜っ!」
「‥‥‥‥」
 知章はまた偶然に廊下でみよかに出会うと、今度は遠くから威嚇するように睨まれ
た。初めて会った時が冴子と談笑している所だったせいか、終始不機嫌な顔しか知章
はみよかの顔を見ていなかった。
 取り敢えず、男では正樹の次に警戒されているらしいと以前、知章は美亜子から聞
いていた。
「あのさ‥‥」
「‥‥‥‥」
 みよかはムスっとしたまま何も言わずに、踵を返して早足で立ち去って行く。
「そこまで嫌わんでも‥‥って無理か」
 根拠はなかったが知章はそう思ってため息を吐く。
「今度、橋本先輩に相談してみようかな‥‥」





「‥‥‥‥」
 放課後、知章がいつも通りに図書館の一角を占拠して本を読み続けていると、そこ
に丁度本を返却しに来たらしく、手に本を持ったみちるがやって来る。
「あら、真田君」
「あ、みちる先生」
 そのみちるの声に、知章は読んでいた本から顔を上げる。


「へぇ‥‥考古学ですか‥‥」
 みちると知章はいつの間にか隣り合わせで座って、話に花が咲いている。
「そうなの。でね、最近ではミャンマーとか、そっちの方の遺跡を重点的にやってる
の。って、言ってもまだ父が行っていた後を辿っているだけだけど」
「でも、すごいですよ‥‥へぇ‥‥あ、そう言えばミャンマーって言えば‥‥民族展
やってましたよね。横浜の方で‥‥」
「ええ。実はね、あそこで盗難事件あったの、知ってる?」
「あ、少し前のニュースで‥‥確か宝玉が一個‥‥」
「そう。その宝玉、実は私の家の物だったの」
「えぇ!?」
 驚いて見せた後、知章は思いだしたように手を叩く。
「あ、だから‥‥こないだ‥‥」
「そうなのよ‥‥でも、まだ見つかってないみたいね」
「やっぱり刑事さんだったんですね」
「そう。私と鳴瀬さんに用事があったみたい」
「真奈美さんに?」
 そう聞き返してから知章は周囲を窺うが、今日は真奈美も乃絵美もいなかった。
「あれ? 知らなかったの。鳴瀬さんのお父さん‥‥」
 そこから、みちるは彼女の父と自分の父との関係や、事件の経緯などを知章に大ま
かに話して聞かせる。
 知章は相づちをうちながら、終始大人しい聞き手に回っていた。


「じゃあ、また明日ね」
「はい。面白い話、聞かせてくれてありがとうございました」
「ううん。素直に聞いてくれるのって、やっぱり嬉しいから」
「じゃあ、また機会がありましたら、聞かせて下さいね」
「ええ。もっともっと面白い話、いっぱいあるから‥‥」
 そう言うみちると別れる知章。
「あれ‥‥」
 そのまま図書館からいつもの渡り廊下に出ると、知章は不意に人の離れていく気配
を感じる。
「冴子‥‥か‥‥?」
 あの日以来、出会うことのなくなった冴子のことを思うが、自分自身で否定する。
「いや違う‥‥この気分‥‥どこかで‥‥」
 そしてふと、思い当たり、同時に首を振る。




「確かチャ‥‥いや‥‥考え過ぎかな‥‥」





06/23 (Tue)

「おっと‥‥」
 夕方、浮かない顔をして歩いていたとぼとぼと歩いていた真奈美に、小走りになっ
ていた軽装の知章がぶつかりそうになる。
「あ‥‥」
「真奈美ちゃん‥‥」
「真田君‥‥」
「どうしての、そんな悲しそうな顔をして」
「え‥‥」
 知章にそう言われて、真奈美は自分の顔を撫でるような仕草をする。
「私‥‥そんなに沈んだ顔、してましたか?」
「正直なところ‥‥ね。何か、あったんでしょう?」
「‥‥‥‥」
「無理に教えてとは聞かないけど‥‥」
「‥‥うん。あのちょっと、いいですか?」
「うん」
 思いつめた表情の真奈美に、知章は即座に頷いた。



 近くの公園のベンチに二人並んで腰掛ける。
「実はね‥‥しばらくずっと、深夜にここで走ってるんだ」
 沈んだ表情のままの真奈美にそう、知章が切り出す。
「え‥‥知章君‥‥ランナーだったの?」
「昔‥‥陸上で400M走やってて‥‥」
「ふぅん‥‥全然知らなかった」
 真奈美は驚いたように、知章を見る。
 勿論、知り合ってそう長くないからそれは当然なのだが、知章には真奈美がそう言
うだけの理由に気付いていた。
「てっきり、昔っから文系一筋に見えた?」
 だから知章がそう訊ねてみると、真奈美は知章の予想通りに軽く頷いた。
「本読むのも昔から好きだったけどね‥‥同じぐらい、走るのが好きだったんだ」
「じゃあ‥‥」
「うん。どうして陸上部に‥‥でしょ?」
「う、うん‥‥」
 更にその疑問を予想していたような知章に、真奈美は頷く。
「実はね‥‥」
 知章は自分の靴を脱いで、靴下を取る。
「え‥‥?」
「ほら‥‥」
「ちょっと足なんか出して汚くて御免ね‥‥」
 その突然の行為に面食らう真奈美に、そう断りながら自分の左足の踵を見せる。
「えっと‥‥見えるかな‥‥」
「あ‥‥」
 知章の指で指し示した場所に、うっすらと手術で縫ったような後の痕跡が見える。
「中学の頃、裂傷した時に、靱帯もちょっとやっちゃってね‥‥暫くの間、歩くのも
不自由したんだ」
「そうだったんだ‥‥」
 靴下と靴を履き直している知章に、真奈美は驚いたような声を漏らす。
「ただ、走るだけなら前から出来るようにはなってたんだけど‥‥」
「‥‥‥‥」
 その顔に、決意みたいなものを感じた真奈美は、じっと黙って知章を見つめる。
「せめて前ぐらいにまで、走れるようになるまで走る姿、見せたくなかったんだ」
「‥‥‥‥」
「格好悪いところ、見せたくないって心理‥‥かな?」
「‥‥‥‥」
 知章はそこまでわざわざ言ってから戯けてみせるが、真奈美はじっと真剣な眼差し
のまま、知章を見る。
「‥‥‥‥好きな人の前だと、どうしても素直になれない、正直に話せない‥‥そん
な事、あるよね。そう言うことなの?」
 そしてそう、聞いてきた。
「‥‥う〜ん‥‥それに、近いのかな‥‥。でも、心配を掛けたくなかった。っての
も、入るかも」
「‥‥そうなんだ‥‥」
 知章が答えると、じっと考えるように真奈美が呟く。
「勿論、俺の場合はだけど‥‥ね」
 そう付け加えかけると、真奈美が弾かれたように、口を開く。
「わたしも‥‥」
「‥‥‥‥」
「わたしも似たようなものだよ‥‥」
「‥‥‥‥」
「あのね、聞いてくれる‥‥」
 知章は黙ったまま、真奈美の顔を見て軽く頷いた。
 そこで、真奈美はゆっくりと自分の周りで起こった事、起きてしまったことなどを
順に話し始めた。そして最後に、自分が再び転校してしまうことも。
「‥‥でも、わたし‥‥言えない。二人の気持ち‥‥わかるから‥‥」
 自分の気持ちに気付いたこと、そしてそれがとても受け入れられそうにないことを
知章に話し、真奈美は両手で顔を伏せる。
「それなのに‥‥その上に、変なことばかり起きるし‥‥柴崎君まで‥‥」
 知章は、隣でずっと真奈美を見つめ続ける。
「‥‥‥‥」
「わたし‥‥どうしたら、いいのかな。どうすれば、いいのかな」
 まるで救いを求めるように、真奈美が知章に訊ねる。知章は、ポツリと言う。
「幼なじみ‥‥だよね」
「え‥‥?」
 聞き返す真奈美に、知章はもう一度言う。
「幼なじみ、なんだよね‥‥」
「う、うん‥‥」
 頷く真奈美に、知章はまるで独り言を言っているように話し出す。
「そういう関係って普通はずっと変わらないと思うよね。でも‥‥」
「‥‥‥‥」
「実際は変わってるんだよね‥‥一緒にいても、遠く離れても」
「‥‥うん‥‥」
 真奈美が軽く呟く。
「勿論、自分自身だって結構変わりたくないって思っていただけで‥‥それぞれ変わ
っちゃってるわけだしさ」
「‥‥」
「俺の場合も、そーゆー事に気付くの遅かったし‥‥だから他人事じゃないんだ」
「‥‥‥‥」
 そこまで話して知章はちょっと照れたように頬を掻く。
「うーん‥‥えっとさ、上手く言えないけど‥‥昔に甘えてたっていうの? それは
少しは仕方が無いんじゃないかな。確かに昔のままではいられないけど、その頃の気
持ちが元になっているのは当然だし」
「‥‥うん」
「ただ、逆に昔からの思いも、今、ここまで来なければ‥‥こんなに膨れることもな
かっただろうし、昔じゃ気付かなかった思いだって‥‥いっぱい増えてるだろうし‥
‥」
 真奈美はただ頷いて聞いていた。
「うん‥‥」
「だから今の気持ちは、昔ばかりみていたら‥‥駄目になると、思う」
 そう結論づける知章に、真奈美はゆっくりと頷いた。
「うん‥‥‥‥」
「そりゃあ、その思いが通じるか、通じないか‥‥全然、俺にはわからないけどね。
君の気持ち‥‥」
「‥‥‥‥うん」
「でも、まずは言うしかないよ。取り敢えず‥‥特に君は‥‥残された時間が限られ
ているんだから‥‥」
「‥‥‥うん」
「そりゃあ上手く行かないかも知れないけど、でも君の気持ち、言わなくちゃ‥‥駄
目だと思う‥‥。大事な気持ちなんだろう?」
 緩んでいたのか、下を向いて靴紐を結び直しながら知章は続ける。
「うん‥‥‥」
「兎に角‥‥一歩だけ、踏みだしてみたらどうかな。手遅れになる前にさ。後で後悔
しない為にも」
「‥‥‥うん」
 徐々に頷きに力強さが加わる。
「俺が‥‥偉そうな事、言える立場じゃないけど‥‥」
「‥‥‥うん。私‥‥告白するよ」
 真奈美が決意したように言う。
「‥‥‥‥」
「正樹君の気持ち、菜織ちゃんの気持ち、気付いているけど‥‥私の気持ち、伝えた
いから。知って欲しいから」
 そう言って、微笑む。
「うん」
「だから‥‥真田君も‥‥」
 真奈美の言葉の後の意味を知章は正確に理解する。はっきりとは言わなかったが既
に知っていたのか真奈美は知章のことに気付いていたらしい。
「ああ、俺も頑張る。約束するよ」
「うん‥‥。約束だよ」
 真奈美の笑顔から、白い歯がこぼれる。
「うん。そうだ‥‥連絡でもしようか。結果報告でも」
 頷いた後、知章がそんな風に言ってみせると、
「ふふ‥‥」
 真奈美が口元を押さえて微笑む。
「ははは‥‥‥」
 知章も、つられるように笑い出す。




 すると、固い決意の籠もった声が二人の耳に聞こえてくる。






「‥‥そうは、させない」






「っ!?」
「え‥‥!?」
 不意にベンチから立ち上がる二人の前に、いつも見馴れた制服姿とは違って、民族
衣装らしき服に身を包んだチャムナが現れる。
「チャムナさん‥‥」
「い、いつの間に‥‥?」
 いつも通っていて人が隠れたり、潜んだりするような場所もないそれ程広くないと
知っている公園だけに、知章は狼狽する。



「偽りの絆の告白なんか‥‥させない」
 厳しい目をして、真奈美を睨み付けるチャムナ。



「え?」
「な、何を言って‥‥」
 事態が飲み込めていない二人は、互いの顔を見合わせる。
「お前、余計なことを口出ししないで頂戴。素直にこの女と、あの男の間は引き裂か
れたままでいいのよ」
 チャムナは知章にそう言ってから、真奈美を見る。
「まぁ、元々あなたにはそこまでの絆はないみたいだけど‥‥」
 嘲るように、見下すように。
「‥‥‥真奈美ちゃん」
 知章は真奈美を見るが、チャムナの鋭い目つきに怯えたように、真奈美は下を向い
ていた。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 真奈美の発言を待つように、沈黙が公園を支配する。
 そして、何かを決意したように顔を上げて真奈美がゆっくりと口を開く。
「私‥‥初めは自分の過去の思い出を正樹君に重ねてる‥‥そう思ってた」
「‥‥」
 知章が何か言いかけると、
「うん。それは違ってた‥‥」
 真奈美は知章に頷いてみせる。顔は引きつったままだったが。
「君は‥‥」
「好きな振りだけを続けて‥‥昔の楽しさを思い出そうだなんて、虫が良すぎるんじ
ゃない?」
 知章がチャムナに何か言いかけると、遮るようにチャムナが口を開く。
「えっ?」
「何?」
「そこの女は、過去のあの男しか見ていない。昔の楽しかった思い出を、あの男に重
ねているだけなのよ」
 チャムナはそう決めつけるように真奈美に言い放つ。
「嫌われないように、仲間外れにならないように、過去に縋ってでしか生きられない
弱い女‥‥」
 更にチャムナはそう言って、
「そんな女の絆なんて‥‥わたしは認められない」
 厳しい目つきで真奈美を睨んで締めくくる。
「何故、お前の承認がいるんだ? これは、彼女とあいつとの‥‥」
 その態度に、釈然としない顔をして知章はチャムナに聞くと、
「わたしは‥‥お前達の言葉で言えばナツ」
 チャムナはそう言ってきた。
「ナツ?」
 知章は意味が分からずに首を傾げる。
「ナツ‥‥えっ!? 精霊の神様!?」
 真奈美が驚いたように言うと、
「私は絆を加護する精霊‥‥」
 チャムナはそう続けてくる。
「えっ? 絆を加護する精霊って‥‥それは‥‥」
「そうよ、あなたは言ったわよね、人間共が勝手に私を縁切りの精霊と呼び、見せ物
にしていたところで」
 そこまで話していくと、初めは話と事態について行けずにキョトンとしていた知章
も図書館でのみちるとの話を思いだして、チャムナの正体に気付く。
「ナツ‥‥精霊‥‥見せ物‥‥え!? ひょっとして、みちる先生の言ってた‥‥ま
さか!?」
 その知章の信じられないと言う顔を前にしながら、
「‥‥300年‥‥私はずっと眠っていた‥‥それを呼び起こしたのはマナミ、あな
たなの」
 チャムナは真奈美に向かって話し続ける。
「私たちは、元はと言えば2つで1つの存在‥‥そして恋人達の絆を加護する精霊。
でも、長い戦争の中、私たちは離ればなれになり、300年も過ぎてしまったのよ‥
‥」
 そこで、一旦、歯を食いしばるように言葉を切る。
「私は探した‥‥私の大事な半身を。でも、見つけることが出来ずに、私も力を失い
眠りについてしまった‥‥」
 そして、改めて、視線を真奈美に向け直す。
「正直言って、驚いたわ‥‥永い眠りから覚めて、マナミが持っている首飾りを見た
ときはね」
「えっ‥‥あたしの首飾り?」
 いきなり言われて驚く真奈美。
「どこで手に入れたかは、知らないけど‥‥それは私が、長年追い求めていたもの‥
‥私の大事な半身なのよっ!」
「そう言えばみちる先生がそんな事、言ってたっけ‥‥元は二つあったって‥‥そう
か‥‥だから‥‥ちょっと待て! それじゃあ、今までのは‥‥」
 そこまできて、知章は不意に今までの不可解な一連の出来事を全て思い返す。
 見え隠れしていたチャムナの影が知章の脳裏によぎる。
「そう、私がしたの」
 知章の言葉を肯定するように、深く頷くチャムナ。
「そうよ、私がやったのよ。お前には、余計な詮索をさせない為‥‥そしてマナミ。
お前には、その首飾りを取り戻そうと、やったこと」
「ええっ!?」
「最初は、穏便に済ませるつもりだった‥‥」
「だったら、素直にそう言えば‥‥」
 そう言いかける知章に、
「フンッ! 出来なかったのよ。マナミ、あなたが私の半身の加護を受けていたから
‥‥」
「えっ? あたしが‥‥加護を?」
「何故、絆がない者を守ろうとするのか‥‥私にはわからなかった‥‥」
 チャムナの語尾が、わずかに震える。
「なぜ、私の声が届かないか‥‥わからなかった‥‥」
 その声は、泣き叫んでいるように聞こえた。
「全てはマナミのせい‥‥マナミを加護するために‥‥私まで拒絶されてしまった。
300年ぶりに、やっと出会えたのに‥‥マナミ達の、偽りの絆の結界が‥‥‥私を
邪魔するのよ。だったら、強硬手段に訴えるしかないじゃないっ! 決めたの‥‥私
が、絆を壊してやろうって‥‥そんな偽りの絆‥‥なくなった方がマシだからっ!」
 そう言って、攻撃の構えを見せるチャムナと真奈美の間に知章が割って入る。
「ちょっと待て、それはあまりにも短絡過ぎ‥‥」
「邪魔をするなっ!!」
「え‥‥ぐわっ!?」
 簡単にチャムナに知章は腕を捕まえられると、力の加減を無視してそのまま一気に
投げ捨てられる。
「っ!?」
「真田君っ!?」
 知章の身体が、公園内に設置された街灯の鉄柱にぶつかり、細い鉄柱が揺れる。
「くっ‥‥なっ!?」
「自分の面倒も見きれないくせに‥‥私の邪魔になる行動ばかり‥‥」
 チャムナが呟く声は、当の知章には届いていなかった。
「大丈夫っ!? 真田君っ!!」
 慌てて真奈美が駆け寄る。
「ま‥‥何とか‥‥」
「血、血が出てるよっ!!」
「当たり所が‥‥でも、大丈夫だから」
 知章の頭から流れてきた血にひどく狼狽する真奈美。
「どうしてっ!! チャムナさん、どうしてっ!!」
 振り返ってチャムナを見る真奈美。
「あなたとあいつには絆はないっ!! だからこそ、あなたは今、こうして一人で居
る。それが答えよっ!!」
 だが、興奮したチャムナはただそう言い続ける。
「あなたさえ‥‥」
「‥‥・」
 キリリと奥歯をかみ締めるそのチャムナの形相の前に、怯え竦む真奈美。



「‥‥多分、それは違う」
「っ!?」
「思いが成就しないのは、残念だけど‥‥絆は、それだけじゃない。恋愛の成就だけ
が‥‥君の言う絆には該当しない」
「何ぃ!?」
「真田君っ!!」
 真奈美に片手を抱えられるように、知章は背中を鉄柱に預けて支えるようにして滑
り上がって立ち上がると、そう断言する。
「いい加減な事を言うなっ!」
「いいから聞けっ!!」
 知章はいきなり大声を上げて、チャムナを制する。
「もし、そうなら君の言うあのペンダントが彼女を守っているのは何故だ?」
「‥‥!? そ、それは‥‥偽りの絆に気付かされていないのよ」
 知章の言葉に、顔色を変えるチャムナ。
「それこそ、君の思い込みだ」
「お前が、お前達が偽りの絆に縋るから‥‥だから‥‥だからわたしはっ!」
「違う」
「五月蠅いっ!!」
「きゃっ!!」
 チャムナが真奈美を突き飛ばし、鉄柱に寄り掛った体勢になっていた知章を手で払
うようにして、はじき飛ばす。
「痛っ!!」
「騙されてるだけだ! 惑わされて‥‥そうでなければ!! ‥‥そうでなければ!
!」
 知章は受け身もとれずにそのまま地面に強く叩き付けられる。
「っつ‥‥痛てて‥‥」
 知章はそれでも体勢を直して立ち上がりかけ、
「‥‥君は、多分思い違いをしている」
 そう言い放つ。
「さ、真田君‥‥」
「何も知らないでっ!!」
「確かに何も知らない‥‥けど‥‥」
「だったら聞くがいい。私の‥‥この私の想いを‥‥」
 そう言って、チャムナは自分の過去の話をしだした。




「‥‥‥‥」
「そんな‥‥」
 一通り、話を聞き終えた知章と真奈美は絶句する。
「やっと出会えた! 再び巡り会うことが出来た! それなのに‥‥それなのに」
 チャムナは絶叫するように言う。
「拒絶されたわたしの悲しみがあなたには‥‥」
「‥‥何で、拒絶されたんだ?」
 そこで、落ち着いた声で知章が聞く。
「その女を選んだから‥‥その女の絆を認めてしまったから‥‥だから‥‥」
 鬼気迫る顔を真奈美に向ける。
「‥‥‥‥」
「だからわたしは、その絆を‥‥見せかけだけでしかない絆を‥‥」
「‥‥壊したかった‥‥のか?」
 知章の声に、チャムナは首を縦に振る。
「‥‥‥‥」
「自分の為に‥‥自分自身のために‥‥か‥‥」
「わたしが三百年‥‥」
「で、でも‥‥それだったら‥‥」
 真奈美が言いかけると、チャムナは睨み付ける。
「‥‥‥‥だったら‥‥」
 その目の気迫の前に真奈美の声のトーンが落ちる。
「どうして拒絶されたか‥‥本当に考えたのか?」
 真奈美の代わりに、知章が聞く。
「え‥‥?」
「その想いが‥‥焦りに‥‥繋がったんじゃないのか?」
「な‥‥に‥‥?」
「俺は確かにわからない。けど‥‥君の今の姿は‥‥少なくても、彼が好きだった君
じゃないような気がする」
「何だとっ!! 知ったような口を利くなっ!!」
 そう言うと、チャムナは掌を知章の前にかざした。
「え‥‥?」
 徐々にその掌に光が集中し始める。
「嘘だろ‥‥おい‥‥」
 呆然と小声で呟きながら、知章は肝試しの時の火の玉を思い出す。
「ちょ‥‥ちょっと待て‥‥」
「消えろっ!! これはお前なんかがしゃしゃりでる問題じゃないっ!!」
 そうチャムナが言うと、知章はカッとしか表情になって、
「喧しいっ!! 聞けって言ってるだろっ!!」
 と、怒鳴る。
「何も聞きたくないっ!!」
 そう叫びかえすチャムナの前に知章は憤然と立ち上がり、無造作に近付いて行く。
「危ないっ!!」
「消えろっ!!」
 その叫びと共に火の玉を放射するチャムナ。
「うおっ!?」
 至近距離ながらギリギリで身を捩って躱した知章はその場に尻餅をつく。
「くっ!? 何故お前が邪魔をする!!」
 知章は痛む全身に鞭を打って立ち上がると、チャムナの前に立って説得する。
「もっと‥‥落ち着いて考えて見ろよ。真奈美ちゃんだって、君と彼との再会を邪魔
したいだなんて思わない筈だろうが!!」
「そんなことはっ!!」
 否定して腕を振り上げるチャムナ。だが、知章はひるまずに更に言う。
「君が心を彼女に開いたことがあるのか?」
「そ、それは‥‥」
「どうして‥‥彼女に打ち明けてみなかったんだ?」
「そうだよ‥‥あたし、そんな事情、知っていたら‥‥」
 知章の言葉に、真奈美が口添えする。
「嘘を言えっ!! お前がっ」
 真奈美に向き直りかけるチャムナの腕を知章は取ると、
「馬鹿野郎っ!! お前が勝手に腹を立てているだけだろうがっ!! うじうじと子
供みたいに拗ねてるんじゃねぇ!!」
 と、顔をぶつけるくらい近付けてそう怒鳴る。
「なっ‥‥」
「自分勝手な思い込みで散々騒ぎを起こしやがって!! 一度聞いてみれば済むこと
だろうがっ!! いい加減にしろっ!!」
 その剣幕に、初めてチャムナは表情を曇らせる。
「だって‥‥だって‥‥」
「あのさ‥‥」
 そこで落ち着いた顔に戻った知章が、彼女の腕から手を放して言う。
「よく原理とか仕組みとか俺には判らないけど、彼と話が出来るんだったら‥‥一度
、ゆっくり話し合って御覧よ。真奈美ちゃんとだって、きっときちんと話せば彼女な
らわかってくれる。そうしたらきっと‥‥彼だって‥‥帰ってくるさ」
「騙されているんだっ!! 偽りの絆に‥‥見せかけの思いに‥‥」
 必死に今まで自分の気持ちを支えてきたものを守ろうとチャムナは言い募る。
「絆に、偽りなんかないよ。見せかけだって‥‥ない」
 冷静に、そう切り替えす知章。
「嘘だっ!! だったら、これは‥‥」
「第一、偽りや見せかけに騙されるのかい。君たちは」
 その言葉に、チャムナは再び硬直する。
「‥‥‥‥」
「彼女の気持ちが本当だから、真剣だから‥‥彼が加護していた。そう思わないのか
い?」
「違う‥‥それは違う‥‥」
 今までと違い、弱々しく否定する。
「君がずっと彼のことを思っていた時間、彼が君のことを考えなかったと思うのかい
?」
「え‥‥?」
「少なくても、今までの君のやり方のように脅したり、力ずくだったり‥‥それで彼
の気持ちがわかるのかい? 一度でも彼の気持ちに触れたりしたことがあったのかい
?」
「‥‥」
「その‥‥彼が好きなんだろう?」
「‥‥」
「だったら、その気持ちを素直に言えば‥‥それだけでいいんだと思うよ。真奈美ち
ゃんに。そして彼に」
「‥‥‥‥」
「お願いだからさ‥‥もう、こんなことは止めよう‥‥ね‥‥」
 そう言って、
「いい加減、俺の身体も喉も持たないし‥‥」
 知章は笑って見せる。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 誰もが黙って、次の言葉を待った。
「‥‥‥‥わかった」
 暫くの間ずっとチャムナは深く沈み込んで下を向いたままだったが、首をしっかり
と縦に振った。
「‥‥えっと、真奈美ちゃん」
「うん」
 知章の意味がわかったらしく、ペンダントを首から外して、自分の掌に乗せる。
「じゃ、後は宜しく‥‥」
 真奈美のペンダントを恐々と何か恐れているように見つめるチャムナの肩を軽く押
して促すと、知章はそのままよろよろとベンチに座り込む。
「チャムナさん。大丈夫だよ‥‥心を開けば‥‥きっと受け入れてくれるよ」
 そのチャムナの脅えに、真奈美が優しくそう言うと、チャムナは恐る恐るながら、
手を伸ばす。
「あなたの素直な気持ち‥‥きっと伝わるから‥‥」
 チャムナが手を伸ばし、真奈美の掌に手を重ねるようにして、自分の手を置く。
「ん‥‥」
 固く、目を閉じて。


 その瞬間、ペンダントが重ね合わせた手の隙間から淡い光で輝き出す。
「‥‥!!」
「‥‥!?」
 驚きで目を輝かす真奈美とチャムナ。




「男なら‥‥決めてくれよ‥‥頼むから‥‥」
 その様子を一人離れてベンチに座りながら、知章は祈るような気持ちで呟いていた。
 そして、疲れたように笑う。




「これで駄目なら俺の立場ないし‥‥」






06/24 (Wed)

「本当に‥‥良かったよね」
「多分だけど‥‥ね」
 放課後の図書室で、真奈美と共に昨日の出来事について語る知章。
 所どころ、知章の身体には絆創膏が貼ってあった。



 結局、分かり合った二人だったが、真奈美の思いについては、恋人の絆の守護精霊
としての立場から、一旦遠くで見守ることにしたらしい。
 そして、真奈美の帰国の日に、彼女達も結論を下すらしい。



「怪我は‥‥大丈夫だったの?」
「あ、うん‥‥大したことなかったし‥‥」
 額には包帯代わりに大きめのバンダナを巻き付けていた知章は、その部分を手で押
さえる。
「御免ね‥‥巻き込んじゃった上に‥‥助けて貰って‥‥」
「いいって‥‥。他人事じゃないから‥‥結局の所は‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
 知章がそこまで言うと二人とも黙り込み、しばらくすることも無く窓の外の景色を
見つめる。
「人を好きになる事って‥‥大変だね」
 ポツリと、最初に真奈美が外の景色を見たまま言う。
「‥‥そうだね」
 知章も顔を動かさないで、同意する。
「でも‥‥」
「でも?」
 そこで、知章が真奈美を見ると、真奈美も知章の方を見て言う。
「とってもステキだよね」
「‥‥だね」
 真奈美の晴れ晴れとした笑顔につられるように微笑む知章。





「‥‥・あ」
「よ、よう‥‥冴子‥‥」
 知章の帰宅途中、私服の冴子と出会う。
「あ‥‥ああ‥‥今、帰りか?」
「まぁな‥‥」
 お互いに、かなりギクシャクした雰囲気のままでいる。
「じゃ、じゃあ‥‥あたい、婆ちゃんに用事頼まれてるから‥‥」
「ああ」
 そう言って別れかけるが、
「き、昨日‥‥見たんだ」
 と、冴子が切り出してくる。
「へ?」
「その‥‥お前と真奈美がいるところ」
「あ、ああ‥‥」
 昨日の出来事を頭に思い出しつつ、頷く知章。
 そのそわそわした様子は、その後の大騒動まで見ていた訳ではなさそうだった。
「その‥‥な、なんて言うか‥‥頑張れよ」
「‥‥へ? お、おい‥‥何か勘違いして‥‥」
「じゃ、じゃあな‥‥」
 そう言って、知章が言いかけるのを振り払うように冴子は走り去っていってしまい
かけるが、
「ちょっと待て」
「わぁっと!?」
 すんでの所で知章が冴子の腕を掴んで引き留める。
「あ、危ねぇだろうがよ‥‥」
 そう冴子は抗議の声をあげるが、
「‥‥ここだけの話だから、良く聞けよ」
「え?‥‥あ、ああ‥‥」
 一切構わずに知章は声を潜めるようにして、冴子の耳元に口を近付ける。
「真奈美ちゃんさ、告白するみたいなんだ‥‥幼なじみの「彼」に‥‥」
「え? あ、あぁ‥‥って、ま、正樹にか?」
「ここだけの話な。昨日、相談受けてて‥‥」
「え‥‥そ、そっか‥‥」
 回りくどい話をするよりも手っ取り早いと思ったのか、そんな風に話をして誤解を
解く知章。
「で、黙ってろよ。特に本人関係とミャーコちゃんには」
「え、あ‥‥うん」
「まぁ‥‥その‥‥お前もショックかも知れないけど‥‥」
「はぁ? ‥‥どうして、あたいが?」
 そこまで知章が言った時、冴子が不思議そうな顔をする。
「あ、いや‥‥それは‥‥悪い悪い‥‥」
「おい‥‥何かお前、それ勘違いしてねーか?」
 今度は、冴子が知章に言ってくる。
「あ、いやぁ‥‥」
「変なヤツ‥‥まぁ、いいや。じゃ、あたいはお使いがあるから‥‥」
 冴子は軽く後頭部を指で掻いて、そう言って別れる。
「ああ‥‥引き留めて悪かったな」
「んじゃ‥‥また明日な」
「ああ‥‥」
「あ、そうそう‥‥」
 一度、歩き掛けたが、立ち止まって、
「婆ちゃん、寂しがってるからたまにはまた、顔出せよ」
 ちょっと照れたように言う冴子に、
「ああ」
 知章も笑顔を返した。
 久しぶりの光景だった。





「はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥」
 深夜に近い時間、暗がりの公園で、忙しない息が聞こえてくる。
「言っちまったもんな‥‥ペース、上げないと‥‥」
 汗だくになった知章が、肩で息をしながら、砂利交じりの地面に両膝と両手を付い
て休んでいる。




「‥‥無理したら、元も子もないけど‥‥」




「そりゃ、確かに‥‥って!? チャ、チャムナ!?」
 知章が顔を上げると、呆れたようなチャムナの顔が側にあった。
「その‥‥大丈夫なのか?」
 実在化するのにかなりの力を使っていると聞かされていたので、知章は不意の訪問
に驚くより先にそれを訊ねる。
「少しぐらいなら‥‥。でも、何か非効率的な事をやっているみたいだけど」
「‥‥精霊に言われたくないぞ」
「確かにね」
 そう言って、チャムナは口元を曲げて微笑む。
「へぇ‥‥笑うと‥‥やっぱり可愛いじゃん」
「馬鹿‥‥」
 チャムナは照れたように、顔を赤くする。
「で、俺に何か‥‥? ひょっとして何かトラブルでも?」
「いや‥‥その方面はレナンが‥‥」
「それが君の彼の名前?」
「‥‥‥‥」
「照れるな、照れるな‥‥」
 顔を赤くしたまま、俯くチャムナに笑い掛ける知章。
 そしてそのままベンチに腰掛けて、チャムナの話を聞く。
「私は、あの二人を最後まで見届けたいと思っている。そして、真奈美の元に戻るか
どうか決めたい‥‥」
「そっか‥‥で、どうしてそれを俺に?」
「もし‥‥もし万一な場合‥‥」
「万が一?」
 知章は首を傾げる。
「多分、ないとは思うが‥‥その時は」
「うん」
「その時は、お前から、私たちを‥‥紛失した展示品として返して貰いたい」
「え?」
「万が一‥‥だ」
 チャムナは知章に安心させるようにゆっくりと言う。
「あ、ああ‥‥」
 そう頷いてから、
「取り敢えず、真奈美ちゃんにしろ、みちる先生にしろ‥‥俺から渡せばいいって訳
だ‥‥」
 と、言う。
「すまない‥‥頼めるか?」
「ここまで付き合ったんだ‥‥最後まで付き合いますよ」
「ありがとう‥‥邪魔して、御免なさい‥‥それじゃあ、あまり無理しないで」
「ああ、ありがとう」
 そう言うと、チャムナの姿がかき消すように消える。
「‥‥‥‥さて‥‥身体が冷えない内に‥‥よしっ!!」
 すっくと知章が立ち上がった。





‥‥‥To be Continued   

 次回予告



 今まで隠し続けてきた嘘。
 あたいの為に、優しさから生まれた嘘。

 労られる苦痛があたしを走らせ、
 素直になった気持ちが、あいつを走らす。

 もう、昔のままでいられないから。
 昔のままは、嫌だから。



 次回、『裏 With You』








第5章


走り出す想い












「追いかけてきて欲しい。その脚で‥‥」











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