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Original Novel MH/DAS Presents



skyline photograph


by MH/DAS



 空の青に地を彩る下草の緑。その見事な対比に魅せられて、この地を訪れる人は多いらしい。
 思えば、町のイメージポスターにもこの風景が使われているし、PR用のパンフレットの“環境”の項にも、一番手に紹介されている。
 なだらかな丘に、一本の道。越えた先にはきっと田園風景が広がっていることだろう、と、道の先を知らない人でも思い浮かべるんだろう。そのくらい、洗練された風景。
 当然のように、僕らも、この場所が好きだった。
「なあ小乃実」
「ぅん?」
 呼びかけた相手は、ソフトクリームの付いたくちびるをぺろりとして振り向いた。
「ここが一番落ち着くよな」
「……そだね」
 小乃実の視線は、言葉を確かめるように、目の前に広がる風景を見渡す。その横顔だけで、僕は、言葉に偽りがないことを知った。
 まあもとより、今さら確かめてみることもないんだけど。
 この場所では時間がゆっくりと過ぎていく。たぶん、小乃実もそう感じているだろう。だから僕たちは、いつも通り、ゆっくりと、この道を歩く。
 充分に道草を愉しむ。
 たった、それだけでいい。それが、この場所だから。

 小乃実とはもう長い間の付き合いになる。ただ、世間一般に言う“お付き合い”を始めたのは、二年くらい前からだ。それまでは“幼なじみ”でしかなかったと思う。その二つを分かつ境界線の定義として、僕は、純粋な心の高揚がさせた、あの日の“告白”を選ぶ。実際、キスなら小さい頃にもふざけてしたこともされたこともあるし(最初は小乃実のほうからだったと思うが)、自分たちが男と女であることを強く自覚し始める年頃になってからはした記憶がない。小さい頃に恋心があったのかどうなのか、自分でもはっきりしないところを小乃実に是非を問うことなど出来るはずがなかった。
 現在は、両者納得の上の恋人同士だ。その前提があってのキスもした。だから、今は、単なる幼なじみじゃあない。
 ――けれど、あの場所では、単なる幼なじみに戻ってしまうようだった。
 あの場所は。二人とも、相手を遊び友達としか思っていない頃から、それこそ思い付くまま、いろいろな遊びをしたものだ。ほどよい草むらもあり、鬼ごっこもしたことがある。ただ、二人だけで鬼ごっこと呼べるものだったかは解らないけど。
 結局僕たちは、この場所を、二人だけの楽園だと思っていたようだ。だから、それぞれの生活の中で知り合った友人や、いつものように通った、ゲームソフトをたくさん持っていて“ゲーセンくん”としてクラスの人気者だった耕一にも、この場所は教えていない。
 今にしてみれば、隠し通すなんて無駄な考えだ。自分たちだけの場所であるはずがない。こんなにも綺麗な場所が。
 だけど、人の姿が見えると、二人で、また人気のない所まで行っては、いつも通りに遊ぶ。それがあの頃の、なによりも楽しい時間だった。

「ところでさ……そのソフト、うまいのか?」
 再び、小乃実の顔がこちらを向く。――いつからか、自分の想いを惹き付けた、可愛い顔。
「いまごろ買わなかったコト後悔しても遅いからねー」
 はしゃいだ笑顔からは、二人だけの楽園を信じて疑わなかった頃の面影が、しっかりと見て取れる。この笑顔に会いたくて、この場所を選んでいるのかもしれない。
「誰が買うかよ、かぼちゃとモツァレラチーズのバジル仕立て風ソフト、なんて罠っぽい味のヤツなんか」
「地中海の薫りだよ?」
「シラネーヨ、んなもん」
 ――こんな時、小乃実は最近よく背伸びしてるんじゃないかなあ、と感じる。写真やテレビでしか見たことのない風景に思いを馳せてでもいるのだろうが。
「だいじょーぶ。食べさせてあげないから、ね」
 底意地悪い笑顔をひっつけて。
「食べねーよ。食べたところで、やだー間接キッスだーとか騒がれても困るしな」
「やだー期待してたんだー」
「だから無駄に騒ぐなって!」
 誰もいないから構わない、なんて感情は無用だ。だってもともと、ここは、二人だけの場所だから。
 だから、言葉とは裏腹に、大いに騒いで、大いに笑うんだ。
「うーん、でも」
 顔が――今までとは違う。僕の、一番苦手な顔になっていた。
「それもありだと思う……」
 覗き込むように僕の返事を窺う小乃実に、僕はどんな顔を向ければいいのか解らない。
 ただ、いつもと同じように、顔を火照らせてしまうだけで。
「……そんな恥ずいシチュエーション、俺に求めるなよ」
「あ、うんうん、それ納得」
 今しがたの緊張感が嘘だったかのように、小乃実の笑顔と共に僕の気持ちも展開した。
「納得はえーよ……」
「あははっ、本気でへこんでるー」
 子供そのままの素振りに、僕も自然に笑顔が出てしまう。思えば、このやりとりの本質は、昔から変わっていないようだ。
 大きな声で笑う。学友に『おまえの彼女、いまいち女らしくないしなぁ』と言われてしまった小乃実の素顔。だけど、こんな風に笑うのは、僕に対するときだけだっていう妙な自信だってある。それに、女らしくないと思わせれば思わせるほど、敵は減ってくれることだろう。
 ――小乃実が僕以上に気を許す男が出来るとは思わないけど。
「えっ……」
 何だろうか。思わず、後ろから抱きしめていた。
「ちょ、ちょっと、暑いってば。ねえ、今の季節、今の気温、わかってるよね?」
 まくしたてる小乃実の問いに、頭の中で冷静に答える。季節は初夏で、今日は三十度を超えている。
「んもうっ、だから暑いってー」
「少しだけ、頼む」
 自分で、何を言ってるんだか、と思う。上の空の呟き。もしかしたら、この熱さにやられてしまったのかもしれない、と思えるほどの。
「なにシチュエーションもわきまえないで、唐突に、しかも似合いもしないキザなこと言ってるのよぉ」
「頼む」
 確かに、間があった。そして、手で包み込んだ空気が、穏やかになっていった。
「……うん」
 僕自身、この熱気の中、全身に汗をかいていた。が、それでも、小乃実から伝ってくる温度は、この上ない心地よさで――
「……やっぱ、ここが一番落ち着くな」
「……うん」
 二人、丘の緑と空の青――くっきりと引かれた地平線を眺めた。
 ――べちっ。
「少しだけ、これにて終了ですー」
 突如、口元に極寒の風、ならぬ物体が押し付けられた。とたん、日焼けにもにたひりひり感が口の周りに引き起こされる。
 そして、物体は離れ――確かめるまでもなく、目の前には、頂点が潰れたソフトクリームが、ほんのりと僕の口の跡を付けていた。
「ひでーなぁ」
「断りもなくいきなり女の子に抱きつくポリシーのかけらもない男のほうがひどいと思いまーす」
 弾けるように跳んで、振り返った顔にはやっぱりよく知った笑顔。
「あーでも……これ、間接キッスか」
「あー、このひとガラにもなく恥ずかしいこと言ってるー」
「うるへー」
 自分なりに精一杯拗ねた顔をしてみる。小乃実には敵わないだろうけど。
「あははっ」
 小走りに駆け出す小乃実を追いかける。潰れたソフトクリームをちびちび舐めながら、余裕の逃げっぷり。もとより僕だって、本気で追いかけるつもりはないけど。

イメージ

 青と緑の境界線――僕と小乃実の境界線。僕らはまた、お互いを知った気がする。
 長い長い、この道のこの場所で。

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