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Original Novel Michiyoshi Presents



剣舞祭


1 This name is his

充克(Michiyoshi)



『神代より日の本に三振りの霊剣あり。
布流剣(ふるのつるぎ)
十握剣(とつかのつるぎ)
叢雲剣(むらくものつるぎ)がそれである』



有数の漁港として広く名を知られるその一帯は、折しも年明けに急襲した寒波により白雪に埋まっていた。
近年は冬を迎える毎に暖かくなり積雪量も減っていたため、人によっては喜んでいる者もいるのだろう。
港に並ぶ漁船のいずれにも雪避けのシートがかけられ、今も降り積もり、吹きつける風雪のために人の姿は皆無だった。明日の出港は止められているため、船出の準備をしている漁師たちもいない。
舟も、空も、建物も、水平線までも白に埋もれて正体を不鮮明にしている。
夜なのにそれらの色が分かるというのは、数少ない常夜灯よりも夜天光のほのかな明かりを返す雪そのものの白さのためだ。
だからといって、まったく人の姿がないという理由にはならない。

ようやく雪の降り止んだ夜空を見上げて、彼は月を探した。
やはり、厚い雲に覆われて月光の差し込む余地はない。
「こっち……だと、思います?」
自信の欠けた声で、傍らの娘が訊いてくる。
「俺には分からないよ。もし上手く会えたとしても、一目であいつと判らないかもしれない。状況如何によっては問答無用になる可能性も考えておいてくれ」
そんな返事を聞いて、苦笑の質がやや鬱へと傾いた。
「嫌ですね…………『初対面』なのに、そんな『再会』は」
「文句なんて存分に言えるさ。それを拒否できる権利なんて、例えどんな場合でもあるわけがない」
「……怒ってるんですか? あの人のせいで母さんがああなったと思ってます?」
ほんの少しだけの逡巡。
「そうだな」
逡巡していた、と感じたのは願望から来た錯覚だったのかもしれない。それほどまでに彼の答えは決然としたものだったから。
「きっと、彼女はそれを不遇だなんて思わない。俺はそれが哀れだと思う。俺があいつを許せないと思うのは、嫉妬なのかもしれない。是非の問われるようなことじゃないよ」
「私はいいですよ。父さんが本当に私の父さんになっても」
ずるっ
厚く積もった雪に足を取られて、彼は危うく転びかけた。
雪に足を取られたのだ。断じて他のどのような要因が働いてもいない。
「………………で、この方向だっていう根拠はあるんだね?」
とりあえず声を乱さないことには成功。
暗がりのため、表情までは見えないはずだ。
「ええ。やっぱり説明しにくい感覚ですけど、間違ってる感じはしません。ところで、ひとつ訊いておきたかったんですけど……」
「なんだい?」
「父さんたちの仲はすごく険悪だったって聞きました。やはり会いたくないんですか? ここまで来て降りろだなんて絶対に言えません、けど、どう思っているかは聞いておきたいんです」
「少し、誤解をされているな」
「……誤解?」
微苦笑を受け取って声に含ませ、無理で承知に彼はできるだけ神妙に言った。
「あいつが嫌なのも確かにある。けれど、それは問題じゃない。問題になるのは、どんな境遇にしろ、時と場所、次元まで場合の条件に含んだとしても、あいつは四六時中、必ず何かしらのトラブルを抱え込んでいるに違いない、ってことだ」


踝まで埋まる雪を割って、疾駆する影はふたつ。
いずれも青年だ。
どちらも特徴としては、いたく、と云うか……えらく分かりやすい外見をしている。
片方は、意識して没個性的にしているとしか思えないスタジアムジャンバーにジーンズという格好に、これもまた、短いというだけで印象に残らない髪型。
顔立ちに特徴を見出せる人は、観察眼がある。
造作はどう見ても平均、十人並みで、二十代の半ばという年齢はおよそ違和感なく浮かび上がってくる。
ただし、ともすれば妄執にまで傾倒してしまうほど、瞳が鋭すぎた。少し眠いような、呆けたような表情に隠してはいるが、やはり見る者が見れば容易く気づくだろう。
今の場合、気づくことのできる要素は決して隠しきれていない。駆ける足運び、油断とは縁を切った緊張感、総じての身のこなし、それら全てが日常と呼ばれるものを拒絶している。
彼が拒絶しているのではない、そういった技術は緩やかな日常を嫌うのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいぃ、斐築さん」
と、まるで前者とは正反対に、緊張を削ぐ声。
走っていたことによって息が切れているだとか、それさえ抜きにすれば美声と云ってもいいだとか、それより以前に暢気さばかりが伝わってくる声音だ。
そして、数え上げるのが面倒なくらいの、彼の特徴。
中肉中背である前者より、軽く頭ひとつは高い上背。そのぶん細く見えるのは、体格を不鮮明にしている灰色のハーフコートのせいだろうか。
コートの右袖は駆ける勢いに後ろへと流れている。袖の中身がないのだ。
印象として端整に映る容貌は、夜半という刻限を無視したサングラスに瞳を隠されている。白雪とは質を異にする灰色がかったの頭髪は、どこか半端な白さで闇に浮かんでいた。
ずさんに伸ばした髪型は、前髪がサングラスにかかっている。
……およそ国籍不明以外の何物でもない外見のため分かりにくいが、若い。ようやく二十歳といったあたりだろうか。
息を詰まらせかけて。
「すっ、すいません。私、疲れてもう走れませんよ」
情けない言動が愛敬に変わるあたり、よけいに若く見える……というのは贔屓しすぎかもしれない。
名を呼ばれた青年、斐築が立ち止まると、彼も膝に手をついて荒い呼吸を整えようとする。その伏せた形で隠れた顔のまま。
「それに、もう追いつかれてます」
「数は?」
「五人。減っても増えてもいませんねえ」
「おまけに人払いの結界か………何のために走っていたのか分からないな」
斐築は小さく舌打ちして、自然体から片手を腰の後ろに回しただけの姿勢を取った。愚痴に応えるような形で苦笑しつつ、後者の青年も寒そうに袖の中へ手を引っこめる。
深夜、人気のない雪模様の漁港に、とても相応しいとは云えない様相の二者が立ちつくした。
適当に足元の雪を踏み固めている灰色の髪の青年に、斐築は視線を向けないままで。
「あまり余裕はないぞ、一軌」
その名を呼んだのだった。

「止まった?」
「ようやく観念したか」
「なら、やることは決まっているな」
「ああ。叩く。それで終わりだ」
ひとつだけ、冷静な声が言う。
「風道の超過解放を解くぞ。このまま突っ込むのはいけない」
不服そうに、他の声がざわめく。
「どうして?」
「このまま、殻壁ごとぶつかればいい」
「そうすれば全てカタがつく。簡単なことだ」
「あんな奴らに脅えているとでもいうのか」
異口同音の声を聞いて、に返す。
「………相手は元・剣の依童だ。慎重になって悪いことはない。それで死ぬようなら、十二年前にくたばっている。そもそも、あの災火からどうやって十二年間を生きてきた?」
それが理由だ、と突きつけるが。
「剣を持たない剣の依童など、どれほどのこともない」
「俺たちに余裕が無いことを忘れたか」
「俺たちは、巨鴉様に逆らってここに来ているんだぞ」
「そうだ。三剣は俺たちが取り返す。奸賊重葦も俺たちが討つ。あんな半端者どもに務まるまずもない役目を俺たちが替わるんだ。祭祀の力も、出羽でもらってやる」
「………………」

ゆっくりと差し込み始めた月光の下に。
ほんの束の間だけ、幾つかの意志が照らし出されていた。


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