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Original Novel MOTOKA Presents



エンジェルズ・サーチャー


第1話

始まり



それは、いつもと何ら変わりない朝だった。
いつものように起き、いつものように過ごす。
ただ、違ったのは両親が出かけようか?と言ったことだけだ。
それだっていつもの生活において別段不思議なことではない。むしろ当たり前だと言ってもいいくらいだ。
当たり前のことを実行するのに特に考える必要などない。
出かけて行って、そして家に帰ってくるだけだ。
今日も何ら変わりなく、そうなるはずだった。
―目の前に車が飛び出してくるまでは。
車は真っ直ぐ突っ込んできて―


バッ!!
山口一樹はそこで目を覚ました。
中肉中背のいたって普通の少年だ。少し長めの髪を後ろで縛っているのは特徴と言えば、特徴かもしれない。
普段は明るく、元気そうな顔も今は恐怖に歪んでいる。
時刻は二時三〇分。真夜中だ。自分の身体を見ると汗ビッショリだった。
夢の中なのにやけにリアルだった。その理由はわかっている。わかってはいる。……だが、一樹にとっては思い出したくないことであった。
それをたとえ夢の中であろうとも見てしまって気分がいいわけがない。
「……もう、六年も前の……ことなのにな……」
一樹は呟き、布団をかぶりなおす。
今度はいい夢が見られるようにと、星空に願いながら……。


「起きなさ〜い!」
活発そうな声がとんだ。その声に動かされるようにもぞもぞと身体を動かす。もっともいい気持ちで寝ていたところを起こされたので気分がいいとは言い難いが。
ともかくまだ起きたくないので布団から出ない。
「起きなさいってば!」
起こしているのは三〇台半ばだと思われる女性だった。言動とエプロンをしている格好から見てどうやら母親らしいが外見が若々しいので母親と言うよりは年の離れた姉と言ったほうがしっくりくるかもしれない。
母親はなかなか布団から出ようとしないのにごうをにやして怒鳴った。
「起きなさい!ユーティア!!」
「きゃあっ!!」
ユーティアと呼ばれた十五,六歳の少女はびっくりして布団から転げ落ちる。
肩ほどまでのばした青紫の髪に澄んだ紺碧の瞳。パッと見でも一目で美少女だとわかる。美しいと言うよりは可愛いと言った方がしっくりくるかもしれない。
ただ、このユーティアという少女には普通の少女と一つ、違うところがあった。
背中からちょこんと生えている薄いピンク色をした羽根である。
よく見ると母親にも同じように羽根がくっついていた。ただ、母親の方が羽根が大きくて立派だが。
その羽根がぴょこぴょこ動いているところからどうやらアクセサリーというわけではなさそうだ。
ユーティアは起きあがると母親にぶす〜っとした声で言った。
「お母さん、何で起こしちゃうの?今日、お休みでしょ?言っとくけど天使だからお休みはなし!何て理不尽なことはなしだからね!」
天使。
ユーティアは今、確かに自分のことをそう呼んだ。
確かにあの羽根は天使の象徴というべき物である。
「まぁ、そうね。天界って言っても人間界とほとんど変わらないしね」
母親も同意する。
天界と言うのは本当は天上界や天使界と言うのが正しいのだが別段みんなして気にしてないので天界で充分通っている。
天界。
それは遥か昔より存在する人間界とは別の世界。
互いに干渉しすぎぬよう今まで生活してきた。もっともほとんどの人間は天界の存在など知らなかったのだが。ちなみに天界の技術水準は人間界より結構進んでいる。
天使だと言っても人間とほとんど変わりない。寿命も一緒だし、生活の仕方も大して変わらない。学校に行ったり、仕事をしたり。使っている言語だって一緒だ。無論文字もだ。ちなみにユーティアたちが生活している場所はほぼ日本と一緒の言語―要は日本語だ。無論、場所によって使用言語は違うが。もちろん天使だからと言って魔法のようなことも出来ないし奇跡も起こせない。天界と言うよりはもう一つの人間界と言った方がいいかもしれない。
決定的な違いは羽根があるかないか。ただ、それだけだ。
無論、この羽根もただの飾りではない。ちゃんと空を飛ぶ事が出来る。
有り体に言ってしまえば人間界と天界は、ただの人間が住む世界か、空を飛べる人間が住む世界かの違いなのだ。
身も蓋もないと言ってしまえばそれまでだが。
―と、ユーティアが母親が同意したのを見て一気に畳み掛ける。
「でしょ?お母さんもそう思うでしょ。人間界は今日は金曜日だけどここは土曜日でしょ」
人間界と天界は一日のズレがある。天界の方が人間界より一日早いのだ。
「今日はお休みなの。だから私はもう一眠りするね。今度は起こさないでね〜」
そう言ってまた布団に入ろうとするユーティアを母親はむんずと捕まえた。
「何するのよぉ〜、お母さん〜」
ユーティアが口を尖らせて言うと母親は呆れかえった顔と口調で言う。
「ユーティア……、まさか今日が何の日だか忘れてるんじゃないでしょーね?」
ユーティアは暫し人差し指を口にあて可愛らしく考えていた。
「え〜っと……」
五分が経過した。
「う〜んと……」
十分が経過した。
さらに五分が経過した。
母親は全然思い出さない娘の顔を見た。
ユーティアはこれでもかって言うぐらい可愛げで、そして幸せそうな顔で眠っていた。
母親は無言でユーティアの頭を殴った。
ぱこっ!
しかし、ユーティアはいまだ気持ちよさそうに眠っていた。
「我が娘ながらいい根性してるわね〜」
母親は呟き、先ほどより数倍強いパンチをかました。
どごっ!!
「あう〜〜っ!!痛い痛い痛いいた〜〜〜い!!」
「やっと起きたわね」
痛みで飛び跳ねるユーティアを冷静に見つめる母親。
ユーティアは目にうっすら涙をためながら母親にむかって叫ぶ。
「今、どごっ!!っていった!どごっ!!って!」
しかし母親はそれをさらりと避けた。
「はいはい。起きないあんたが悪いんでしょ」
「うっ……」
そう言われると何も反論できなくなるユーティアだった。
「そんなことは置いといて。……思い出した?」
母親はユーティアに問う。ユーティアはまた人差し指を口にあて、微笑んで言った。
「わかんない!」
母親は無言で微笑んだ。しかし、母親から怒りのオーラが出ているのをユーティアははっきりと見た。
その笑みは、まるで地獄のような笑みだ……。ユーティアはそう思った。
鉄拳制裁をくらう前に早く思い出さなきゃ!
ユーティアはかつてないほど頭を総動員させて今日が何の日か思い出そうとしていた。
―そして、唐突に思い出した。今日が何の日なのか。
ユーティアは錆付いた機械のように首をゆっくりと動かして母親を見た。
「きょ、今日ってもしかして……、儀式の……日?」
母親はゆっくりと頷いた。
「うきゃああああっ!!遅刻するぅぅぅっ!!」
ユーティアはばたばたと慌てる。
儀式の日。
それはユーティアたち天使にとっては特別な日だ。
天使は十六歳になると今までちっちゃかった羽根から大きく立派な羽根を授かるのだ。いわゆる一人前の証だ。親が一人前と認めるかどうかは別として。
その儀式の日が今日なのだ。現在時刻は八時四五分。集合時刻は九時ちょうど。
ユーティアが慌てるのも頷けるというわけだ。
「あうあう〜っ!遅刻するぅぅっ!急がなきゃ、急がなきゃ〜〜ッ!!」
慌しく支度するユーティアを見て、母親は深いため息をついた。


ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ。
目覚まし時計の音が鳴り響く。一樹はもぞもぞと布団の中から手を伸ばし目覚まし時計を止める。
「ふわああぁぁぁ……」
大きく欠伸をしながら一樹は布団から這い出す。時計を見ると六時三〇分だった。少し早い目覚めのような気もするがそれは仕方ない。
何故なら一樹の両親は既に六年前の事故により他界しており今この家には一樹一人しか住んでいないのだ。だから一樹は家事を全部一人でこなさねばならないのだ。さすがに六年間もやっていると慣れてくるが。ちなみに一樹は料理が得意だった。祖母が調理師なので祖母の伝授だ。
一樹は服を取り出すとサッと着替えた。まるで人目を気にするかのように素早く。着替えを終えると手早く洗顔を済ませ料理に取りかかる。
―暫くして料理が出来上がった。一人暮らしと祖母の伝授のおかげでそんじょそこらの店よりも料理は上手だった。
「いただきます」
一人で呟き料理を食べる。家の中は静まりかえっておりやけに不気味だった。一樹はこんなときが嫌いだった。一人で御飯を食べる時、出かけるとき、帰ってくるとき。その時は自分が一人なんだなぁ。と嫌でも思ってしまうときだからである。
一樹は御飯を食べ終えると台所に行き手際良く食器を洗う。
食器を洗い終えると部屋に行き鞄を取る。そして、玄関に行き靴をはく。
くるっと振りかえり一言、言う。かえってくるはずもない言葉を期待して―
「いってきます」
―いつものようにその言葉は、静寂の中へと消えた……。


「な……、何とか……間に合ったぁ……」
ユーティアはぜーはぜーは言いながら天界の中央広場にいた。家がここに近かったのは幸いかもしれない。
―と、隣にいたユーティアと同い年くらいの少女が話しかけてくる。
「ユーティア、どうしたの?」
「あ、メリア……、ちょっとね」
メリアはふ〜んと言うと興味をなくしたようだった。と、メリアがユーティアの肩を叩く。
「ね、ね、ユーティア。あの人カッコイイと思わない?」
と、メリアが指差したのは長身金髪の……、まぁ美男子と言えるのではという人だった。
ユーティアは苦笑してメリアに言う。
「メリアはそればっかりだね……」
そう言うとメリアは頬を膨らませユーティアに言う。
「何よ〜、そう言うユーティアは好きな人いないの?」
「うん」
即答する。これは偽りではなく本当にそういう人がいないからこそ即答できるのであった。好きな人がいて咄嗟に嘘をつけるほどユーティアは恋愛経験は豊富ではない。と言うかユーティアはまだ誰も好きになっていないので恋愛経験などまったくないのだ。
「ほんとぉ〜〜?」
メリアは疑わしい目つきになってユーティアを睨む。
「ほんとだってばぁ」
ユーティアはちょっと困ったような顔つきになって言う。
「でもでも、ユーティアのこと好きな人はいっぱいいるのよ」
「ふえっ!?」
さらりと言ったメリアの言葉に思わずユーティアは間の抜けた声を上げてしまう。そんなことは初耳だった。
ぽけっとしてるユーティアに気付いているのかいないのかメリアは話を続ける。
「ターナ先輩でしょ、ミカラくんでしょ、シェルに……」
それからメリアは二,三人の名前をあげる。そしてそれから急にイヤな目つきになって言う。
「いいわね〜ユーティアは。モテモテでさ〜」
「あ、あう〜っ!私はまだ好きな人はいないの!もうこの話はやめてね!」
頬を微かに赤らめながらユーティアは怒鳴る。恋愛ごとに免疫がない分こういう些細なことにも反応してしまうのだ。平たく言えば純真無垢。さらに付け加えれば天然と言う言葉が入る。この場合天然はあまり関係ないかもしれないが。
「はいはい」
メリアは今だ疑わしげな目つきでユーティアを見ながらも素直にこの話題を打ちきった。
それにもうそろそろ儀式が始まるのだ。いつまでも雑談をしているわけにもいかない。
と、広場に一人の人が来た。ついに儀式が始まるのだ……。


キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン。
チャイムの音が教室内に鳴り響く。四時間目が終わったのでこれから昼御飯の時間だ。
一樹は弁当を取り出そうとした。しかし見つからなかった。一樹は慌てて鞄をひっくり返す。だが、弁当は出てこなかった。つまりは、忘れたということだ。
「……仕方ない、購買で何か買うか……」
そう言って財布を取り出そうとする。しかし、ポケットの中をいくら探しても家の鍵しか出てこなかった。つまりは、財布も忘れたということだ。
「……やばい。昼飯ぬきかぁ?」
そう呟くと横手から声がかかってきた。
「よ、一樹。どうした?」
「あ、祐一」
声のした方を見ると長身の男子生徒がいた。彼の名は瀬田祐一。一樹のクラスメイトだ。
祐一は一樹の親友だ。幼いころからの友達―要は幼なじみでよく相談にものってくれる。はたから見ると軽そうな奴に見えるのだがその実真面目で友達思いでいい奴だということを一樹は知っている。普段の生活からはあまりそういう感じはしないのだが。
六年前の事件のあらかたを知っている唯一の人物。もっとも全てというわけではないが。
「ど〜したんだ?一樹」
祐一が再び聞いてくる。一樹はああ、と言って答えた。
「実はさ、弁当家に忘れてきて財布も家に忘れてきちゃったんだよ」
「なるほど。つまり昼飯がないと」
「そゆことだ」
一樹は頷く。祐一はうんうん頷いていると唐突に言った。
「よし、んじゃ俺のパン少しやるよ」
「ありがと〜祐一ぃ〜。お前は僕の命の恩人だ〜〜」
喜んで言う一樹を見て祐一はもう一言言った。
「ただし、後でおごってもらうかんな」
「前言撤回」
祐一の言葉に一樹は間髪いれず言ったのであった。

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