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Original Novel MOTOKA Presents



エンジェルズ・サーチャー


第3話





「というわけなんです」
「なるほど」
全ての話を聞いた一樹はそう頷いた。そういうことならここにいるのも頷ける。頷けるのだが一樹には一つ腑に落ちない点があった。
すなわち、どうして羽根が片方ない?
である。話を聞く限りではユーティアが羽根をなくした場面はない。人に突き飛ばされたり不運にも人間界へと通じる鏡に入ってしまったというアクシデントはある。しかし、羽根をなくすような場面には遭遇していない。なら、何故、ない?
そんな一樹の表情を読み取ったのだろうか。ユーティアが言う。
「私も……どうして羽根がないのかはわからないんです。ただ……まだ羽根との精神シンクロが足りなかったのでこっちに来る時のショックで恐らく何処かに飛ばされちゃったんだと思いますけど……」
「精神シンクロ?」
一樹はあまりアニメやマンガ以外では聞かない単語を耳にして思わず聞き返す。
「はい。私たち天使の羽根は十六歳になると……」
そう言って自分の羽根を指差して続きを言う。
「このように大きく立派になるんです」
それは先ほど聞いた。しかし一樹は天使の羽根について興味があったのでそのまま聞いてみる。
「最初は違うと?」
一樹が問うとユーティアはこくんと頷いた。
「はい。最初―生まれた時はちっちゃい羽根なんです。十六歳になると一人前の証としてこうなるんです」
「でもそれは羽根も一緒に成長したり、魔法とかで一気にそうなるんでしょ?だったらそう簡単には外れないんじゃ……」
そう言うとユーティアは首を横に振った。
「いえ、違うんです。私たちは天使と言っても魔法や奇跡が起こせるわけではありませんし羽根は成長しません。私たち天使の羽根が十六歳になると立派になるのは元の羽根を媒介として新たな精神生命体をつける受入態勢が出来るからです」
一樹はしばし考えて言った。
「つまり背中にしょってるリュックが十六歳になると大きくなって今までちっちゃい羽根しか入らなかったけど大きな羽根が入るようになるってこと?」
「おおむねその通りですけど……のみこみ早いですね」
ユーティアに感心された顔で見られ多少なりとも恥ずかしい一樹だった。
「でさ、一つ質問。新たな精神生命体って?」
一樹の問いにユーティアは何となく先生のような気分だなぁ。と思って話す。
「天使の羽根っていうのは身体の一部じゃないんです。一種の精神生命体なんです」
「つまり言いかえるなら天使の羽根は別の人の腕ってこと?」
「ええ、その通りです」
言った本人である一樹はユーティアの後ろについてる羽根が人の腕だったらどんな感じだろうとちょっと想像してみた。
気持ち悪くなった。
想像終了。
器用な一樹は今想像した光景を一瞬のうちに削除した。
「なるほどね。これでようやくわかった。精神シンクロって言うのはいわば羽根を自分の身体になじませることなんだ」
一樹はぽん、と手を打ちそっかそっかと言う。
「本当にのみこみ早いですね〜」
ユーティアが感嘆の声を漏らす。一樹は照れてぽりぽりと頬をかく。
「つまりユーティアは精神シンクロが充分じゃなかったため何らかのショックで羽根が片方何処かへ飛ばされた。ということだね」
「はい。多分そうだと思います」
こくんとユーティアは頷く。一樹は腕組みしてう〜んと唸る。
「それじゃあどうやってユーティアの羽根を探すか考えなきゃ……」
「えっ?」
一樹の言葉に驚きの声を上げるユーティア。
「一樹さん、探して……くれるんですか!?」
ユーティアの驚きの声に何言うんだよ、という顔をする一樹。
「ここまで聞いて黙ってるとでも思った?こんな可愛い女の娘が困ってるのにほっとけますかって!僕じゃ頼りにならないかもしれないけどね」
ユーティアはぶんぶんと首を横に振った。そして、目に涙を浮かべ一樹に抱きつく。
「ありがとう……ございます!!」
一樹は顔を真っ赤にしながらおろおろと慌てている。
そんな一樹には気付かずユーティアはもう一度、ありがとうございます……。と呟いた。
と、ユーティアが今一樹に抱きついてる事実に気付いたのか慌てて身体を離す。
「あ、あううう〜」
顔を赤くしながらあうあう言っているユーティア。まぁ、一樹も似たようなもんだが。あうあう言ってないだけで。
一樹は恥ずかしさから視線を泳がせ―そして、気付いた。現在時刻は四時五〇分。公園集合は五時。ここから公園までは歩いて十分以上かかる。これはすなわち遅刻を意味する。
「しまったぁ!!」
一樹は思わずそう叫んでいた。わけのわからないユーティアはぽけっとした顔で一樹に問う。
「一樹さん?どうしたんですか?」
「五時に公園で友達と待ち合わせをしてるんだ!一緒に買い物行くことになってるんだ!やばい〜遅刻するぅぅ!!」
慌てた声で言いばたばたと慌しく用意をする一樹。今朝(人間界では正確には明日なのだが)似たようなことがあっただけに思わず共感を覚えてしまうユーティアだった。
それから五分後、用意をした一樹はユーティアに言う。
「ごめん、ユーティア、僕出かけてくる!ここにいて!」
「一樹さん!」
出て行こうとする一樹をユーティアは呼びとめる。
一樹はぴたっと止まってユーティアを見る。
ユーティアはややうつむきながら言う。
「あの……、私も……一緒に行っていいですか?」
一樹はしばし考えた。ユーティアは天使だ。天界と人間界では住む世界が違う。ましてやここは人間界。ユーティアにとっては未知の世界だ。そんなとこに女の娘一人で置いて行くのは危険だな。
そう考えた一樹はこくんと頷く。
「いいよ。一緒に行こ!」
「はい!」
ユーティアは嬉しそうに頷いて一樹の方に駆け寄る。
そして、二人は仲良く家を出たのであった。


十五分後。
二人は何とか公園入り口についた。約束の時間より十分の遅れだが瀬名は優しいから許してくれるだろう。祐一はどうかわからないが。
中に入るとすぐに二人は見つかった。二人は一樹とユーティアを見つけると駆け寄ってきた。
「ごめん、遅れて……」
一樹は謝るが二人はまったく反応しなかった。二人は何かを見つめたままぽけっとしている。その視線を追うと……ユーティアがいた。
一樹はどう言おうか迷った。と、一樹が迷っている間に祐一がやけに納得顔で言った。
「そういうことか……そういうことならお前が遅れてきたわけもわかるよ……。お前は奥手の上にウブだからなぁ……。あと五、六年は清い身体が続きそ……」
ずとがっ!!
凄い音がして祐一は続きを言えなくなった。瀬名の裏拳が見事に祐一の顔に決まっている。
ひ、久しぶりに見た……。瀬名の対祐一用奥義神速裏拳……。
一樹は懐かしさを思い出すと同時に戦慄も覚えた。
ちなみに対祐一用奥義神速裏拳とはこれを見た者全てが呼んだ名で、対祐一用と言うのはこの裏拳が祐一にしか使われないのであって、神速とは目にも止まらぬ―まさに疾風迅雷の如く祐一の顔を狙うからである。この攻撃を幼い頃から喰らっている祐一の顔の皮は厚いんじゃないかと言う噂があるのだが真実かどうかは定かではないし、一樹にとってはどうでもいいことだった。
「気にしないでね。かずちゃん」
瀬名はまったく笑顔を崩さぬまま言う。
一樹は一樹で慣れっこなので別段何も感じずに頷く。
と、ユーティアがいぶかしげな声を上げる。
「かず……ちゃん?」
ユーティアの声を聞いた瀬名はハッと思い出す。
「そだそだ、かずちゃん。この娘、誰?」
誰?と問われても一樹にはユーティア、天使です。という答えしかできなかった。なのでユーティアに自分で言って。と目で言った。
ユーティアはわかったのかこくんと頷いた。
「ユーティア、天使です。よろしくお願いします」
一樹はずっこけた。まったく自分の答えと同じだったから。と、ここで一樹は一つの心配が生まれた。ユーティアはあんなにあっさりと自分のことを天使だと言った。恐らく信じはしないと思うが頭おかしいのでは?と思われるかもしれない。
「かずちゃん……」
瀬名は呆然とした目で一樹を見る。ええい、こうなったらどんな屈辱も甘んじて受けようじゃないか!と、一樹は覚悟を決めた。しかし、屈辱を受けるのは言った本人であるユーティアではなかろうか?
しかし、瀬名はまったく違うことを言った。
「よかったね!」
「はあっ!?」
一樹は思わず間の抜けた声を上げる。一体何がよかったのだろう?そんな一樹に気付いているのかいないのか瀬名はユーティアに話しかけた。
「自分のことを天使だって言うのは当たってるよ!かずちゃんの恋人なんだから……、えっと……ユーティアはかずちゃんの天使だもんね!」
一樹とユーティアは一瞬呆気に取られ……一気に顔を真っ赤にする。一樹は顔を真っ赤にしながらも何で瀬名がユーティアのことを変な目で見ないかがわかった。ユーティアの天使だと言う言葉を瀬名は比喩表現だと勘違いしているのだ。まぁ、今回はそれで助かったが。
しかも、瀬名は別のことも勘違いしている。別に一樹とユーティアは恋人じゃない。
「せ、瀬名ッ!僕とユーティアは別に恋人じゃないよ!」
一樹が言うとユーティアも同意した。
「そ、そうです!……今は……」
『今は!?』
突如復活した祐一と瀬名は同時に言った。一樹は思わぬ言葉に声が出ない。
「あ、あうあうあうう〜!」
ユーティアはさらに顔を赤くしてわてわてと慌てる。その光景があまりに可愛らしく、そしておもしろいので思わず三人は笑ってしまった。
ユーティアはしばしきょとんとしていたが、一緒に笑った。
そうしてしばらく笑っていた四人だが瀬名が喋り始める。
「それじゃ、私も自己紹介するね!私は渡瀬瀬名。かずちゃん……一樹の幼なじみなんだ」
瀬名が言うと祐一も続けて言う。
「俺は瀬田祐一。同じく一樹の幼なじみだ」
「渡瀬さんに……瀬田くんだね」
ユーティアが言うと二人は首を振った。
「瀬名でいいよ」
「俺も祐一でいいぜ」
「瀬名さんに祐一くんだね!」
そう言うと二人はこくんと頷いた。
「よっし!自己紹介も終わったことだし!買い物に行こう!」
『お〜う!』
みんな元気よく返事をした。


一方その頃……。
天界ではユーティアが人間界へ行ってしまって大騒ぎ……。
にはなっていなかった。あの時強烈な声を飛ばした主は実はユーティアの父親だったのだ。ユーティアの家は実は代々あの鏡―人間界へと続くゲートを管理しているのだ。
そのおかげでこのことはまったく外に漏れずその場にいた者以外誰も知らないのである。
そして、その当事者でなおかつ主犯格である二人―メリアとミカラがいた。結果としてみんなをそそのかして勝手に建物内部へ入れてしまったメリア。結果としてユーティアを人間界へと行かせてしまったミカラ。ちなみに他の数人は絶対口外しないよう硬く口止め去れている。ミカラはユーティアの父親―ディラールも悪いんじゃないかと思っていたが口には出さなかった。何故ならディラールは厳格な人物として知られていたからだ。もっとも娘と妻であるユアーナにはでれでれと言うか超甘だとしても知られていたが。
それはともかく今、ディラール、ユアーナ、メリア、ミカラの四人はユーティアの家にいた。
「さて、これからどうやってユーティアを捜すかと言うことだ……」
ディラールは低く重い声で言った。あまりの迫力に思わずたじろぐメリアとミカラ。
「幸い調べによってユーティアが人間界の日本の東京都というところにいるところがわかった。そこで二人には人間界へ行ってユーティアを捜しだし連れて帰ってきてほしい。引き受けてくれるだろうな?」
こういうときだけやたら機械やら人やらを使うのはそれだけディラールがユーティアを捜すことに専念しているということか。だったら管理体制をもっとしっかりしとけよ。と言うツッコミが入るかもしれないが、あいにくツッコミを入れるものはここにはいなかった。
それはともかく、二人は慌てて何度も頷く。ここで断ったら何が起こるかわかったもんじゃない。
「これがくわしいことの書いてあるレポートだ。それでは頼んだぞ」
二人は慌ててそれを受け取ると逃げるように家から出ていった。こんな雰囲気の場所にはいられない。怖すぎる。話には聞いていたがここまでとは!
二人は改めてディラールの怖さを知ったのだった。
「あなたってば……ちょっと怖いんじゃないかしら。二人とも顔が怯えてたわよ」
ユアーナが言うと突然ディラールはしまりのない顔になった。先ほどまでの威厳はどこへ行ったのやら。まるで喜んで尻尾を振っている犬のようだ。
「うむぅ。しかしそうは言ってもなぁ〜」
途端にだらしない声になったディラールは困った口調で言う。ディラールも怖いのではとは思っている。しかし、ユーティアが人間界へ行ってしまったのはあの二人にも多少なりとも責任があるわけで……。そう思うとどうしても顔が怖くなってしまうのだ。
と、ユーティアのことを思い出したので急にディラールの顔が真面目になる。
「ユーティア……無事でいてくれ……」
親バカなディラールだがそれはひとえに娘を思う心故。厳格ということで隠れてしまって見えないが人を思いやる心を持った優しい人なのだ。
そんなところにユアーナは惹かれたのだがディラールの方が彼女にベタ惚れだったため実際は気付かれていない。
それはともかくユアーナもユーティアの無事を願う。
「ユーティア……」
しかしユアーナの場合はあまり心配していなかった。意外と強くなおかつ順応しやすいのだ。ユーティアは。その順応が純真無垢からくるということもわかっている。さすがユーティアを生んだ母親である。
案外すっかり人間界になじんでいるかもね。
ユアーナはそんなことを考えた。


ユアーナの予想は当たっていた。
ユーティアは人間界へ来てからおよそ数時間ですっかりなじんでいた。たくましいと言うべきか。
現在四人はスーパーで買い物中である。一樹と祐一はやや前を歩いている。
「ねぇ、瀬名」
ユーティアはすっかり瀬名と仲良くなって今や呼び捨てである。
「何?ユーティア」
今日の御飯は何かな?とぶつぶつ呟いていた瀬名はユーティアの呼びかけにハッとする。
ユーティアはさっきからずっと聞きたかったことを瀬名に聞いた。
「どうして瀬名は一樹さんのことかずちゃんって呼んでるの?」
そう言うユーティアの目は何か探るような目つきだった。瀬名は一瞬でその理由を見抜き、にいっと笑う。そしてユーティアの髪をくしゃくしゃ撫でる。
「か〜わいい!ユーティア!」
何が可愛いのかわからなかったユーティアは瀬名にやめてよぅ。と言う。瀬名はぴたっとやめてユーティアにこそっと耳打ちする。
「ユーティア私とかずちゃんが親しいんじゃないかって探ってるんでしょ?」
「あうっ!」
一発で見抜かれたユーティアは声を上げる。ここで何でさっき可愛いって言っていたのかがわかった。見抜いていたからだ。何を探っていたのかを。
「ふふ。安心して。私とかずちゃんはお互いを恋愛対象としては見てないから。私と祐一、それにかずちゃんは幼いときから一緒だったの。だから姉弟のような関係なの。ユーティアの邪魔はしないから安心して」
すっかり気持ちを読み取られ俯いて赤くなるユーティア。
と、唐突に声が聞こえた。
「ユーティアちゃん」
『わっ!』
ユーティアと瀬名は同時に驚いて思わず飛びあがる。
「ゆ、祐一ぃ〜、おどかさないでよ」
「悪い。話は聞かせてもらったよ」
「聞かせてもらったって、いつから!?」
「最初っから」
祐一の一言に硬直する瀬名。
こやつ、いつのまに!?
久しぶりに祐一に敗北感を味わえさせられた瀬名だった。そんな瀬名を知ってか知らずか祐一はユーティアに話しかける。
その声は、長いこと一緒にいる瀬名ですら聞いたことのない声だった。低く物静かで、そして、かすかな哀しみを含んだ声だった。
「もし……、一樹を好いてるなら……、あいつの傷を……癒して、やってくれ……」
それだけ言うと祐一は一樹の方へ歩いて行ってしまう。
「あ、祐一!」
瀬名が呼びかけるが祐一は振り返らずそのまま歩いて行く。
「瀬名……」
ユーティアが声をかけると瀬名はこちらを向いた。
「祐一は意味もなくあんなウソをつかないわ」
そして祐一と一樹を見て独り言のようにぽつりと呟く。
「祐一……あなた、一樹の何を知っているというの?」
普段は一樹のことをかずちゃんと呼ぶ瀬名だが、この時ばかりは一樹と呼んでいた。つまりそれだけ瀬名が真面目モードに入っているということだ。
瀬名は絶対祐一から聞き出してやろうと心に誓った。
「祐一。何話してたんだ?」
さきほどのやりとりなんて知る由もない一樹が無邪気に聞いてくる。
「いや、別に。他愛もない話さ」
祐一はそう言って言葉を濁した……。

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