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Original Novel MOTOKA Presents



エンジェルズ・サーチャー


第5話

真実は?



ザーッ……。
遠くからシャワーの音が聞こえてくる。一樹はその音をなるべく聞かないようにしている。……が、あまり意味はなかった。
今、ユーティアがお風呂に入っているのだった。健康な十六歳の少年に、可愛い女の娘が入浴中。これでよからぬことを考えるなと言う方が無理ってもんだろう。
だが、一樹は我慢強い性格であった。非常に。
そうでなくても一樹は自分の感情を殺す、あるいは切り離す事を既に会得していた。六年前、両親が死んで以来哀しみのどん底にいた一樹は哀しみを消すため自分の哀しみという感情を切り離した。そのおかげで他の感情も切り離せるようになっていた。怒り、嫉妬、妬み。そういった感情を。
しかし、だ。一樹がいくら我慢強い性格だと言えども、いくら感情を切り離せると言っても、……無理な時はあった。一樹は人間だ。いくら何でも万能ではない。
それも女の娘が入浴中であったら……さらに言えば二人っきり。これで理性を保ってる一樹の方がすごいのだ。それもなおかつよからぬことを考えないよう努力している。一樹の精神力に拍手を贈りたいぐらいだ。
「―きさん」
と、ユーティアの声が聞こえたような気がした。
「いかん、幻聴が。精神集中精神集中」
「―ずきさん」
再び声が聞こえてきた。しかも先ほどより大きい。
「くぅ、僕ももうダメか?」
いろんな意味でそう思ってきた一樹。と、さらに大きな声が耳元でした。
「一樹さん!」
「うわっ!」
一樹は驚いて飛びあがる。横を見るといつの間にお風呂を出てきたのか、すぐ側にユーティアの顔があった。
「び、びっくりした〜、おどかさないでよユーティア」
「だって一樹さんいくら呼んでも返事してくれないんだもん」
ユーティアは口を尖らせて言う。
「ごめ……」
一樹は言いかけそこで硬直した。気付いたのだ。ユーティアの格好に。
バスタオル一枚。
正確には裸身にバスタオル一枚を巻いただけの格好なのだ。
身体と羽根に水がしたっていて、さながら女神が降臨したかのような神秘的な雰囲気をかもし出していた。これで羽根がキチンと両方あれば絵になったのだろうが、あいにくと羽根は片方しかなかった。
「どわああッ!!?」
一樹は本気で悲鳴を上げ思いっきり飛び退る。ユーティアはしばし目をぱちくりさせていたが自分の格好に原因があるのを悟るといつも通りの口調で一樹に問う。
「もしかして……刺激強いですか?」
もしかしなくても強かった。かなり強力だ。ダメージ軽く一万は出てるだろう。それでも理性を失わない一樹の精神は一体HPいくつなんだか。
祐一か瀬名がいたなら気になっただろうが、あいにく二人ともいなかった。
「なななんんでそげな格好ををッ!?早く服着てくれれぃ!!」
よほど慌てているのか変な口調になっている一樹。しかしユーティアは何言うんですか。といった顔で、
「仕方ないじゃないですか。お風呂出て気付いたんです。パジャマがないって」
「あ」
ユーティアの言葉に一樹は思わず声を上げる。
失念していた。ユーティアがお風呂に入ってからずっと精神集中していたからユーティアのパジャマを用意するのを忘れていたのだ。
「ごめん、すぐ持ってくる」
一樹は謝るとリビングを出て、今は亡き母親の部屋へと向かう。
「母さんの服でいいよな……」
いいも何も女物の服は亡き母親のしかないのだが。一樹は汚れていず、なるたけ普通の服を持って行く。亡き母親は変なセンスの持ち主だった。
「はい」
なるべくユーティアの方を見ないようにして服を渡す。
「ありがとうございます」
言っていきなりバスタオルを取ろうとする。
「ちょっと待てえぇぇッ!!ユーティアッ!!」
「あうっ!!」
さすがにこれは気付いたのか、顔を赤くして服を持ってリビングを出て行くユーティア。
ユーティアが出て行った後、一樹は呟いた。
「天然……恐るべし!」
確かに怖かった。いろんな意味で。
―しばらくしてユーティアが戻ってきた。今度はちゃんとパジャマを着ている。しかし……、
「大き……かったかな?」
「あう〜」
だぼだぼだった。亡き母親は女性にしては珍しく身長一七五センチを超える長身だった。ちなみに父親は男性にしては珍しく身長一六〇センチ程度の身長しかなかった。なんか身長が逆のような気がする。
「ごめんね〜、母さん生前は大きかったんだよ」
「いえ、いいんですけど」
謝る一樹を見てユーティアは慌てて首を振る。そんなユーティアを見て一樹は微笑んだ。だぼだぼのパジャマに綺麗な羽根(ただし片方のみ)、そして、美少女。……かなり可愛かった。思わず抱きしめたい衝動にかられる。しかしそんな感情を抑えるのは先ほどに比べればかなり簡単だった。
簡単だったが思わず素直な感情が口をついて出た。
「ユーティア、すっごい可愛い」
「ふぇ!?」
ユーティアが呆気に取られた顔をする。しかしすぐに一樹が何を言ったかを気付くといきなり顔を真っ赤にする。言った当の本人の一樹も思わず言ってしまった言葉なので同様に顔を赤くしている。
しばし、そのまま気まず〜い時間が流れた。気まずい時間だが、二人だけの時間でもある。
「ユーティア……」
「一樹さん……」
どちらともなくお互いの名前を呼び……、そして、やがて段々と顔が近づき……、
ピンポーン!!
まるで完璧に推し量ったようなタイミングでチャイムが鳴る。二人は慌ててバッ!と離れた。
「だ、誰だろ?ぼ、僕出てくるよ!」
「は、はい!」
見事に二人とも慌てきった口調で言う。玄関に向かうまでの間、一樹はふと呟いた。
「このチャイムに感謝するべきかしないべきか……」
なかなか難しいところだった。
もうちょいでユーティアとキスが出来た。しかし、それすなわち理性が負けたということになる。十六歳の少年の意見を言えば前者のほうがよく、一樹の心からすれば理性が勝つほうがよかった。……よかったのだろうか?
本当に難しかった。
「とりあえずこのチャイムを鳴らしたのが祐一だったら殴っとこ」
そう心を決め扉を開ける。
「はい、どなた……」
そこで一樹は固まった。扉を開けたところに堂々と祐一が立っていた。
「よう」
祐一が軽く挨拶をする。一樹は固まりを解除して祐一に言う。
「おーうッ!!」
同時に一樹の拳から天へ向け強力なアッパーがはなたれた。
「ぐはああッ!!」
悲鳴を上げ吹き飛ぶ祐一。
「会心の一撃!祐一に三万六千七百二十,二三小数第三位以下切り捨てのダメージッ!」
祐一の後ろのにいたのか瀬名がそんな呑気なことを言っている。
しかし……、小数点第三位以下切り捨てってどういう計算式を使ったらそうなるんだろうか?
一樹はちょっと気になったが口には出さない。言ったら言ったでまたややこしいことになるからだ。それはともかく一樹は半眼で二人を見つめた。
「何しに来た……?お前ら……」
一樹が半眼で見つめたのに気付いたのか、即座に復活した祐一と瀬名は、いきなり猫なで声に変化した。
「もうっ、かずちゃんたら!いけずぅ!」
「そうだぜ、一樹!」
一樹は無言でドアを閉じた。
何事もなかったかのようにユーティアの待つリビングへと向かう。
「誰だったんですか?」
ユーティアが問うと一樹はさらりと、
「酔っ払いのおっさん。家間違えたんだって」
その途端どたどたという足音が聞こえてきた。
「私たちゃ酔っ払いのおっさんかーいッ!!」
「ひでえぞ一樹ぃ!」
スパーン!!
やたらと気持ちいい音が響いた。はたかれた一樹が後ろを振り向くと何故かハリセンを持った祐一と瀬名がいた。
「いってぇ〜……、何すんだよ、二人ともぉ」
相当痛かったのだろう。目にうっすら涙が出ている。ダブルハリセンは意外と強いようだ。
と、一樹の言葉に瀬名はさらりと言う。
「祐一と決めてたの。かずちゃんが私たちのこと無視したらハリセンで叩こうって」
「何で!?」
一樹が問うと祐一が済まして答えた。
「いや、だって無視されたらムカつくだろ?」
「結局お前らの憂さ晴らしかいッ!!」
『うん』
即答された。こうあっさりと返されると反論のしようがない。一樹は肩を落とすとリビングを出て行こうとする。
「ごめん、ユーティア。後、任せるわ」
「ちょ……一樹さん!」
もう出て行く寸前の一樹の肩をつかんで引き戻すユーティア。
「何が酔っ払いのおじさんですか。祐一くんと瀬名じゃないですか」
「いや、こいつら何しに来たかわからんし、あんまり関わりあいになりたくなかったから、つい」
「ヒドイな」
「心外ね」
一樹の言葉に祐一と瀬名が口々に言う。ただ、こいつらの場合厄介事を持ちこんだ回数の方が多い。とは一樹の弁。
「んじゃあ何しに来たんだよ」
一樹のトゲのある口調に祐一と瀬名はムッとくる。なのでささやかな復讐を行った。
「あ〜、やだやだ。二人っきりでラブラブで過ごしたいのか」
「本当、二人の愛の巣ってわけね」
その言葉にユーティアはとんでもなく顔を真っ赤にして狼狽するが一樹はまったく口調も変えず、表情も変えず、冷静に一言、言った。
「悪い?」
完・全・撃・沈!!
祐一と瀬名の二人は完璧に敗北者だった。まさにみじめ。
だが、この後の一樹の言葉で祐一と瀬名の二人はこのささやかな復讐を行ったことを後悔する。
特に、祐一は。
「僕はさ……、ずっと、一人だったから……。少しの間でもいい。誰かと一緒にいたかったんだ。今はその望みがかなってる。だから……」
二人はピタッと喋るのをやめてうなだれている。と、一樹が続ける。
「なあ、祐一。お前は知ってるよな。あの時のことを……、全てを……な」
そう言う一樹の声には深い哀しみが込められていた。そんな声は瀬名は一度も聞いたことがなかった。
と、祐一が頷く。
「ああ、知っているさ。全て……な」
祐一の声も哀しみが込められていた。
一体二人に何があったの!?
瀬名はすぐにでも一樹と祐一の胸倉をつかんでかっくんかっくん揺さぶり、全てを問いただしたい気持ちになった。しかし、出来はしなかった。
気付いてしまったからだ。
一樹と祐一の目に宿る哀しみに。
いくら質問したところで教えてはくれないだろう。いつか、自分で話す、その時がくるまで。
「ねぇ、かずちゃん」
「一樹さん」
ユーティアと瀬名は、まったく同時にまったく同じ言葉を言った。
『いつか、話してくれる……よね?』
「一樹……」
祐一が不安げに一樹を見る。だが、一樹の目はしっかりしていた。そして、はっきりとした声で二人に言う。
「ああ。いつか、必ず……」
そう言って一樹は目を閉じ、二,三回頭を振る。そして、次に目を開いた時、一樹の目には既に哀しみはなかった。
一樹は暗い雰囲気を吹き飛ばそうと努めて明るい口調でみんなに話しかける。
「でっ!二人とも何しに来たんだよ?」
祐一もそんな一樹の心情を察してか同じように明るい口調で話しかける。
「何しにって、お前を監視するためだよ」
「へ?監視?僕を?」
一樹の頭上にハテナマークがたくさん浮かび上がる。
監視をされるようなことをした覚えはこれっぽっちもない。
「そ。かずちゃんが変なことをしないようにね」
瀬名が説明するがこれでは説明不充分だ。
変なことって何だ?
そんな表情が出てたのだろうか。瀬名が説明を掘り下げる。
「つまり、かずちゃんがユーティアに変なことしないように見張るってこと!」
「ああ……、そういうことね」
もう既に二回ほど危うい場面があったが……、それは言わない方がいいだろう。言ったが最後、執拗に追求されるのは目に見えている。
「てなわけで俺ら今日ここに泊まるから」
「よろしくね〜」
「なぬっ!?」
さらりと言った二人の言葉に驚愕の声を上げる一樹。そんな話は聞いてない。ある意味当たり前である。今、聞いたのだから。
それはともかく一樹はため息をついた。この二人は言い出したら聞かないのだ。
「んじゃ俺風呂入ってくるわ」
祐一はさっさと風呂場へ向かう。ユーティアと瀬名は既にお喋りに夢中だ。
「……買い物行ってこよ……」
一樹は呟き家を出た。どちらにせよ祐一と瀬名が泊まりに来たせいで明日の朝食の材料を増やさねばならないのだ。すっかり日も落ち頭上には星がまたたいている。
そんな星空を見ながら一樹は一人ぽつりと呟いた。
「六年……か……」
その言葉は闇夜の星空へと消えた……。


一樹が買い物から帰ってきた時、ちょうど瀬名が風呂場から出てきた。
「いい湯だったわよ〜、かずちゃんも早く入れば?」
「誰のせいで遅くなってるとお思いで?」
一樹が半眼で言うと瀬名はさっと明後日の方向を向いた。
逃げたな。このやろう。
一樹がそう思っていると瀬名があっ、と声を上げる。
「そだそだ、かずちゃん。お風呂上がったら怪談大会やるから」
「何でッ!?」
「いや、おもしろそうだな〜って。三人の意見だから」
つまり僕の意見は無視するってことか!
のどもとまで出かかったその言葉を飲みこむ。言ったところであっさり肯定されるに決まってる。一樹は諦めると買い物袋を置きにリビングに向かう。
リビングではユーティアと祐一がトランプをやっていた。
「あ、お帰りなさい。一樹さん」
「おう、お帰り」
二人が一樹にお帰りと言う。ごく普通の光景だが一樹にはお帰りなさいという言葉がとても嬉しかった。
荷物を置くとパジャマを持って風呂場に向かう。
この後の怪談大会、何話そうと思いながら。
―二〇分後。
お風呂から出てきた一樹はリビングへと向かう。
リビングでは既に電気は消してあり、どっから持ってきたのかローソクだけがついていた。
「そろったわね……」
瀬名が雰囲気の出る声で言う。
「さぁ、怪談大会の始まりよ……」
開始宣言終了。
話す順番はジャンケンの結果、祐一、瀬名、ユーティア、一樹の順になった。
「じゃあ、俺からいくぜ……」
祐一が静かに話し始める。
「ある、雨の日のことだ……」
ごくりと三人は唾を飲みこんだ……。

ただいま祐一怪談話中……。

「た、大したことなかったわよね。ね、ユーティア」
「そ、そうですね」
二人ともそうは言っているものの少し震えているようだ。祐一のヤツなかなか上手い話しっぷりだった。
「つ、次は私ね」
瀬名が多少震える声で話し始める。
「昔ね、この辺りに住んでいた……」

ただいま瀬名怪談話中……。

「せ、瀬名のヤツやるじゃねぇかッ」
祐一の顔は青ざめている。どうやらかなり効いたようだ。ユーティアも大分震えてきている。
「で、では僭越ながら私が……」
ユーティアが震えながらも話し始める。
「こんな話があるんです。あるところに若い……」

ただいまユーティア怪談話中……。

「ひぃぃぃッ」
「はぅぅ〜」
祐一と瀬名、二人ともかなりまいってきているようだ。言った本人であるユーティアも大分震えが大きくなってきた。
いよいよ最後、一樹の番だ。
一樹はゆっくりと話し始めた。
「みなさん、これから僕がお話しすることは全て実話です……」
「そ、そんなわきゃないだろ」
「そ、そうよね」
「で、ですよね」
三人とも冷や汗をたらしている。何故なら一樹の話しっぷりがあまりにも上手いからだ。
「みんな夜中にトイレ入っている時なんかふと、視線を感じたりすること……ない?」
『うん、あるある!』
三人とも頷く。段々三人は一樹の話に乗って行く。
「そんなある時ね、ふと後ろを振り向くとね……」
……地獄が始まった……。

ただいま地獄展開中……。

「これで、終わりにします……」
一樹が終わりの言葉をつげ電気をつける。
「どうだった?僕の話」
『こ、怖すぎッ!!!』
三人はまったく同時に言った。まさに本当に経験した者しか出来ないような語り口調が一樹にはあった。
「か、一樹の話が怖かったって思う人ッ!」
瀬名が言うとすぐに手が上がる。一樹は数えるまでもないよな〜、と思いつつも一応数えてみる。
「えっと……一、二、三……四?」
四。
そんなことはありえない。ここには四人しかいなくてうち三人が手を上げているはずなのだ。一樹は上げていないから。
と、いうことは……、何を意味するか。一瞬のうちにわかった。
すなわち、誰がいるのッ!?
「うわああああっ!!」
「きゃあああああッ!!」
「うきゃあああああッ!!」
この叫び声で近所の塀の上で寝てた猫がびっくりして塀から落っこちたとか、吉田さん(仮名)が驚いてしゃっくりが止まったとか止まらなかったとか。
そして四人目は誰だったのか。
真実は未だ闇の中である……。

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