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Original Novel MOTOKA Presents



エンジェルズ・サーチャー


第10話

六年前の過去



人間界でもあっという間に一週間がすぎた。
一樹はしばらく全身打撲で痛々しかったが、最近はなおってきた。
ユーティアとの生活にも慣れ、お風呂とかの時間帯はだいぶ大丈夫になってきた。
ユーティアも学校にも慣れ、何人も友達をつくっていた。
ま、一樹は相変わらず嫉妬の視線を浴びていたけれど。それでも、前よりはだいぶマシになったのだが。
まぁ、それはあまり重要なことではないので置いておく。
今は二時間目の授業中だ。
一時間目と今現在の二時間目は話し合いの時間だ。なんの話し合いかと言うと、劇のだ。
一樹たちの通う高校では、毎年演劇発表会というやつがある。日にちを一日ずつずらして、初日に一年生、次の日に二年生、そして、最終日に三年生といった感じで行われる。行われるのだが、今年は何故か順番が逆転して、初日に三年生、最終日に一年生となった。また校長の鶴の一声だろうか。こちらにとってはいい迷惑になることが多いのだけれども。ちなみに、発表日は一ヶ月後だ。結構、長く時間がとってある。
発表するのは童話でも何でもいいのだが、主にオリジナルの方が多い。何でも童話はやりつくされておもしろくないらしい。
一時間目は劇の内容を決めた。あっさりとオリジナルということが決まり、おおまかな内容も決定した。
そして、今現在の二時間目では役を決めている。脇役とか他の役はほとんど決まったのだが、肝心の主役とヒロインが決まっていなかった。ちなみに、祐一はそれなりの役、瀬名は監督と総指揮さらに台本も少し書いている。つまるところ、瀬名が一番偉い。やはり、人望の成せる技か。これは。
って言うかやりすぎだよ。瀬名。
とは祐一の弁だが、今回は一樹も同意見だった。そこまでするかよ。ってな心境だった。
「……ってことでかずちゃんが主役にぴったしだと思うんだけど」
「へっ?」
完全に聞いていなかった一樹は間の抜けた声を上げる。
「な、瀬名。僕が主役ってどういうこと?」
一樹が問うと、瀬名は簡単なことよ。と言う。
「このストーリーの主人公が、優しくて、芯が強くて、顔が女の娘っぽいから」
一応は納得した。最後のだけは気になったが。
「で?僕にやれと?」
「そゆこと。誰もやってくれないのよ。なんか遠慮しちゃって」
一体何に遠慮すると言うのだろうか。一樹にはわからなかったが、とりあえず了承する。一応、中学校では演劇部に所属していた。高校になったらさすがに忙しくなり部活には入ってない。部活に入ると家のことができなくなってしまうのだ。それに、中学校はかならず部活に入らなければいけなっかたし……。
「いいよ。別に」
一樹がそう言うと何故かおお、と言う声が漏れた。何故、おお、と言う声が漏れるのだろう。
まぁ、別にいいか。
一樹は一言で終わりにした。
「よっし!主役決定!……となるとヒロインは無論のことユーティアということになるわね……」
「わっ、私ですか!?」
ユーティアは素っ頓狂な声を上げる。こちらもやはり聞いてなかったらしい。
「そよ。ユーティアしかできないじゃない」
「あの……、何が?瀬名」
ユーティアが問うと、瀬名は含み笑いをして言った。
「すぐにわかるわよ。それで、やってくれる?」
「はぁ、まぁ、別にいいですけど」
ユーティアが言ったその途端!
「あ!俺主役やりたい!」
「俺も!」
「俺もだぜ!」
いきなり男子諸君が主役に立候補し始める。
う〜む。さすがユーティア。ここまで人気があるとは。
一樹はまるっきり他人事のように思っている。ただ、男子諸君の目が血走っているように見えるのは気のせいだろうか?まぁ、血走ってたとしてもその理由がわからないが。
「ええいッ!だまらっしゃい!!」
瀬名が怒鳴る。その途端、ピタッ、と立候補は止まった。
「もう、主役はかずちゃんに決定したでしょうがッ!そんなにやりたきゃさっさと立候補すればよかったじゃないの!」
うぐッ……。
男子諸君のうめき声だ。実際正論だからこそ反論ができない。
「なぁ、瀬名」
一樹が呼びかけると瀬名はこちらを向いた。
「何?かずちゃん」
「どうしてあんなにみんな主役やりたがってんだ?いくらユーティアが人気あるからって……。それに、目、血走ってたし」
「ふっふっふ。それはね。かずちゃん」
瀬名はそこでもったいつけたように、一呼吸おく。そして、あっさりと言った。
「キスシーンがあるからよ。ヒロイン……、この場合はユーティアと」
瞬間、一樹の思考は停止した。
ユーティアの方を見ると、同じような表情をしていた。
そして、唐突に言葉が出た。ユーティアとまったく同時に。
『えええぇえぇぇええッ!?』
二人はまったく同時にまったく同じ言葉をまったく同じ声量で言った。ここまでピッタシなのはそうそうどころか滅多にできないだろう。
「キキキキ、キスシーン!?」
「ほほほほ、本当ですか!?」
二人の問いに瀬名はさらりと答えた。
「ウソ言ってどうするのよ。ほんとほんと。ならみんなに聞いてみれば?」
そう言われたので二人は、クラスメートたちを見てみた。
みんなしてこくん、と頷いた。
「大丈夫大丈夫。二人なら」
と、瀬名はそう言って二人をぽんぽんと叩く。
二人は、しばらく、凍ってしまっていた……。
―凍ってしまっていたのだが……、
二人は開き直った。
キスシーンがどうした!どーんとこい!
てな心境である。吹っ切れたとも言うかもしれない。いわゆる、プッツン状態。そのおかげか、練習はやたらスムーズにいった。まぁ、キスシーンはやらなかったが。何でも瀬名曰く、
「キスは本番一発勝負!」
らしい。何故かはわからないが。それに、開き直ったといっても、やはりキスはムズかった。と言うか、奥手の上にウブな少年と純真無垢の上に天然な少女にキスをしろ。と言うのがどだい無理な話だ。まぁ、絶対とは言わないが。
そんなこんなで時間はあっという間にすぎていったのであった……。


一樹はリビングでう〜ん、と伸びをした。
今日は金曜日。ちょうどユーティアが来てから二週間になる。この二週間、いろんなことがあった。ユーティアと出会い、羽根を探して歩き回ったり、劇では主役とヒロインになっちゃったり……。
と、リビングの扉が開く。どうやらお風呂からユーティアが出てきたようだ。ちなみに一樹は先に入った。
「一樹さん」
ユーティアが呼びかけてくる。一樹はくるりと振り向く。
「何?ユーティア」
一樹が問うと、ユーティアは少し、もごもごしながら言った。
「あの……、ちょっとお散歩、しませんか?」
「?別にいいけど」
一樹がそう言うとユーティアは顔をほころばせた。まぁ、二人ともパジャマだが、上からなんか羽織ってけばわからないだろう。夜もふけてきているからそんなに人通りも多くないはずだし。
たまには、夜の散歩ってのも洒落てていいか。
一樹はそんな軽い気持ちだった。
しかし、ユーティアは違った。ユーティアはある重大な決意を秘めて、一樹を散歩に誘ったのだ。
そう、とても重大な決意を秘めて……。


「どこにいこうか?」
一樹が問う。
「あ、別にどこでもいいですよ」
ユーティアはそう言う。自分から誘ったと言っても、別にユーティアは散歩に行きたいわけではなかったので、行き場所については何にも考えてなかったのだ。
「そう?じゃ、……あそこに、するかな」
一樹は、ふと、少しだけ哀しそうな顔をして歩き出した。ユーティアは一樹の表情が気になったが、何も言わずついていく。
―段々と、人気がなくなっていく。それに、街並みも遠くなっていく。辺りは、暗闇に包まれていった。唯一の明かりは頭上に輝く月だけ。
ユーティアは少し不安になった。一樹は、どこにいこうというのだろうか。
と、急に一樹が立ち止まった。
「ついたよ」
「ついた……って」
ユーティアは辺りを見回した。暗くてよくわからないが、どうやら川の近くの丘らしい。
「暗くてよく見えないですよ。一樹さん」
ユーティアが言うと、一樹は苦笑した。
「暗くなきゃ意味がないんだ。見えないから」
「ふぇ?」
ユーティアは素っ頓狂な声を上げる。一体なんで暗くなきゃ意味がないのだろう。一樹はそんなユーティアの心を見透かしたように言う。
「上を見てごらん。ユーティア」
ユーティアは言われた通り上―すなわち空を見てみた。そして、全てがわかった。
空には、満天の星が輝いていた。
都会だと言うのに、美しく、煌煌と輝いていた。
「不思議だろ?ここ、都会……、って言っても郊外だけどさ。それなのに、ここは不思議と暗くて、そして不思議と星がよく見えるんだ。まるで、プラネタリウムみたいにね」
同じように星空を眺めながら一樹は呟く。
「綺麗……。まるで宝石みたい……。一樹さん、凄い、凄いですね!」
無邪気にはしゃぐユーティアを見て一樹は笑った。
「そうだね。ここにはいつも一人で来てたからユーティアが初めてだよ。僕と一緒に来たのは」
「どうしてですか?瀬名とか、祐一くんとはこなかったんですか?」
ユーティアの素朴な質問に一樹はああ、と頷く。
「ここは……、六年前、事故で父さんと母さんを亡くしたとき、哀しみに沈んでた僕が、ふと立ち寄った場所なんだ……」
ユーティアはハッとして一樹を見る。一樹の目には哀しみが宿っていた。しかし、同時に力強さも宿っていた。
そして、一樹は続ける。
「綺麗だったよ。あの時の星空。……それからかな。僕がここに来るようになったのは。いつも一人で来て、静かに星空を眺めてたよ。ここに来ると不思議と気持ちが和らいだんだ」
ユーティアはただ、黙って一樹の話を聞いている。
それから、どれくらい時間がたっただろうか。ユーティアが、静かに口を開いた。
「一樹さん……」
一樹はゆっくりとユーティアの方を向く。その顔は既にユーティアが何を言うか、わかっている顔だった。
「教えてくれませんか?……六年前、何があったのか……」
一樹はゆっくりと頷く。
「ああ」
そして、一樹は語り出した。六年前の事故のことを。
ずっと、隠していた自分自身の過去を……。


「おと〜さん、早く早く!おか〜さんも!」
「待ちなさい一樹!」
「な、何であんなに元気なんだ?一樹は……」
一樹は無邪気にはしゃいでぴょんぴょんと飛び跳ねている。まるでウサギのようだ。
一樹と両親は今、都内のデパートにいるのだ。今日はクリスマス・イブ。何でも好きな物買ってやると言われたら、純真な十歳の子供は飛び跳ねる。まぁ、大袈裟かもしれないが。
しかし、両親はあれ買ったり晩御飯の材料を買ったりと大忙し。荷物は重いわ重いわ。それで一樹の買い物に付き合わされれば疲れるってもんだ。ただ、父親はともかく、母親はまだまだ元気だが。重い荷物を持ったまま、一樹を追いかけるなんてなんのそのと言った感じだ。
「まったく、何であの二人はあんなに元気なんだろうねぇ」
と、父親は呟いている。そして、よっこらしょっ、と荷物を持ち直すと二人の後を追いかけていった。
―三〇分後。
ようやく一樹の買い物が終わり、三人は家路を急いでいた。すっかり遅くなってしまった。それでもまだ、街並みは明るく、まるで昼間のような賑わいなのだが。
一樹は早足な両親についていくのがやっとだった。やはり子供と大人の歩幅の差は大きい。
「ま、待ってよ〜」
一樹は、はぁはぁと息をしながら両親を追いかけて行く。両親は気付いたのか、横断歩道を渡ったところで一樹を待っていた。信号のない横断歩道だ。まぁ、横断歩道と言っても距離が短く、三、四メートルしかなかった。
一樹は急ぐあまり、横断歩道を渡るさい、車が来るかどうかを確認しなかった。
そして、それが、完全なる命取りになった。
突如、目の前に車が飛び出してきた。かなりのスピードだ。運転手は気付いていないのか、まったくスピードを落とさず突っ込んでくる。
一樹は動けなかった。
突然のことの驚きと恐怖にかられたのだ。だが、現状況ではその行動は死を意味した。
「一樹ッ!!!」
一樹は両親が叫び、こちらに駆け寄ってくるのをどこか遠くで見ていた。
何も出来なかった。
このまま、死ぬんだ……。
頭のどこかが、そう冷静に考えていた。
と、その時!
ッドンッ!!
一樹は突き飛ばされ、路上に転がる。間一髪間に合った両親が一樹を突き飛ばしたのだ。しかし、完全には車から離しきらなかったようだ。一樹の左足は車に接触する。
グオギィッ!!
そんな音が、一樹には聞こえたような気がした。吹き飛ばされたせいで地面をすべった一樹は、ガードレールにぶつかってようやく止まる。
一樹の左足は完全に折れていた。いや、折れていただけではない。おびただしいほどの出血があった。自分がいる場所に血の海を作るぐらいの血が。
一樹は狂いそうになる痛みに耐え、先ほどまで自分がいた場所に目を向けた。
そこには、両親がいた。
鮮血にまみれた両親が。
もう、ぴくりとも動かない両親が。
「き、きゃあああああああッ!!」
誰かが、悲鳴を上げた。一樹はその悲鳴が聞こえないかのように、呆然と両親を見ている。
―遠くから、救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
一樹は、その音を聞きながら、静かに意識を失った。

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