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Original Novel MOTOKA Presents



エンジェルズ・サーチャー


第11話

想い



話を聞き終えたユーティアは、顔面蒼白になっていた。一樹にそんな過去があったとは……。
「次に気付いたのは病院でね。父さんと母さんが死んだと聞いた時は……、正直、泣き叫んだよ。自分のせいだ、自分が悪いんだ。ってね。ずっと、自分を責め続けてたんだ」
その時、ユーティアは一樹の心の哀しみを知った。
ずっと自分が悪いと責め続けてきた一樹。
ずっと一人ぼっちで生きてきた一樹。
その哀しみは想像を絶するものがあっただろう。それ故、誰にも言えず―
そこでユーティアは気付いた。瀬名はこのことを知らなかったのに、どうして祐一は知っていたのだろうか。
ユーティアは気になって、聞いてみた。
「一樹さん……、どうして、祐一くんはそのことを知ってるんです?瀬名は、知らなかったのに……」
その問いに一樹は、ああ、と言った。
「あの時、あの場所に祐一がいたんだよ。……あいつなんだ。あの時、救急車を呼んでくれたのは。だからあいつは知ってるんだ」
「そうだったんですか……」
ユーティアは静かに言う。
一樹は星空を見上げると、呟いた。
「このことは、誰にも話したことはなかったんだ。あ、もちろん祐一は例外だけどね。ユーティアがさ、初めてなんだ。このこと、話したの」
「一樹さん……」
ユーティアは静かに言うと、一樹を抱きしめた。
一樹は顔を赤くしてユーティアに問う。
「ユ、ユーティア……?」
そこで、一樹は気付いた。ユーティアが、涙を流しているのに。
ユーティアは、一樹を抱きしめたまま呟いた。
「一樹さん……。ずっと、ずっとそうやって自分を責めて、一人ぼっちで、生きてきたんですね……。一樹さんは、こんなに哀しい出来事を体験しているのに、私は、一樹さんの哀しみを癒してあげられない……」
「それは違うよ。ユーティア」
「えっ?」
一樹の言葉にユーティアは一樹から離れ、一樹の顔を見る。
「きみは、僕の心を癒してくれたんだ。ずっと、僕は一人ぼっちだった。だけど、きみがいてくれた。まだ、二週間という短い時間だけど、きみがいてくれて嬉しいんだ。誰かが側にいてくれる。それが、僕にとっては何より嬉しいことなんだよ。一人ぼっちと言う時間を、たとえ一時でも癒してくれてるんだよ。ユーティアはね」
ユーティアは一樹の顔を見た。そこには、一点の曇りもなかった。心の底から純粋にユーティアが側にいてくれることを嬉しいと感じている顔だった。
ユーティアにはそれがとても嬉しかった。自分がこんなに誰かの役にたつということをユーティアは初めて知った。そして、ユーティアは意を決した。
一樹に、自分の想いを伝えることを。
もとから、それが目的で一樹を散歩に誘ったのだった。
「一樹さん……」
「なに?」
一樹はユーティアに向き直り聞く。
ユーティアは、かつてないほど心臓が早く動くのを感じながらも、はっきりとした声で言った。
自分の想いを。
「私は……、一樹さんのこと……、好きです」
その瞬間、一樹の顔は真っ赤に―ならなかった。
一樹自身もユーティアのことが好きなのだ。ずっと一緒にいたいと思った。なら、自分も正直な気持ちを伝えるだけだ。
「僕……」
言いかけて、一樹は言葉を切った。
気付いたのだ。
自分の気持ちを伝えたらどうなるかを。
自分は人間。まぁ、それはいいだろう。
しかし、ユーティアは天使なのだ。
人間界と天界。所詮は住む世界が違うのだ。
今はユーティアは人間界にいる。しかし、いつかは天界へ帰らねばならないはずだ。その時、自分の気持ちを伝えていたらどうなるだろうか。
別れが、耐えがたいほど辛くなるはずだ。
自分はまだいい。一人になることは、慣れている。しかし、ユーティアはどうだろうか。きっと、辛い別れになるに違いない。
それを防ぐためにはどうしたらいい?……答えは簡単だった。
自分の気持ちを伝えなければいいのだ。
ユーティアは悲しむだろうがそれは、今だけで、それほど辛くはないはずだ。天界へ帰ったら、一時の気の迷いと思い、忘れてくれるだろう。
ユーティアを悲しませないためなら、自分の気持ちを伝えないぐらい、どうってことなかった。
―一樹は、決心した。自分の気持ちを、伝えないことを。
「……ユーティアのことは、嫌いじゃない……」
「それは……、どういうこと……ですか?」
ユーティアはあからさまに不安な表情をする。そして、一樹は言った。
自分の本当の気持ちに、ウソをついて……。
「……友達以上、恋人未満ってことさ……」
その時、一樹はかつてないほど後悔した。
ユーティアを悲しませたくない。そう思ったのに、今のユーティアの顔は、悲しみに満ちていた。
「あはは……、ふられちゃいましたね」
ユーティアは無理してそう言って笑う。一樹は罪悪感を感じ、ユーティアに言う。
「ごめん……」
「いいんです……。私は、私の正直な気持ちを、伝えただけですから……」
一樹は、心を切り裂かれたような感じがした。
ユーティアは、自分のことを想って、想いを伝えてくれたって言うのにッ!なのに……、なのに僕はッ!
一樹はうつむき、ただ、拳を握っていた。ユーティアを悲しませないためとはいえ、これでよかったのだろうか。むしろ、ユーティアを悲しませているだけではないだろうか。
いや、これで……、よかったんだ……。
一樹は、星空を見上げながら、そう、胸中で呟き、無理矢理自分を納得させた。
「帰りましょうか……」
ユーティアが、そう言ってくる。一樹は静かに言った。
「ああ……」
二人は、静かに家路についた。
だが、帰りは、行きとうってかわって、重苦しい雰囲気に包まれていた……。


翌日、土曜日。
今日は第三土曜日なので、学校に行かなければならないのだ。一樹は、教室で睡魔と戦っていた。戦っていたが……、負けそうだった。
何故なら、昨日っから一睡もしていないのだ。ユーティアのことを考えると眠れやしなかった。いろいろと考え、深みにはまってしまったのだ。
そして、ユーティアはと言うと、すっかり元気になっていた。
表面上は。
実際、目が赤くはれている。相当泣いたんだろうと一樹は思っていた。そして、同時に罪悪感も覚えずにはいられなかった。
きっと、心の底ではまだ立ち直っていないに違いない。なのに、たとえ表面上だけでも元気に振舞っている。
強い娘だな……。
一樹はユーティアを見てそう思った。
「一樹」
「かずちゃん」
と、祐一と瀬名が一樹を呼ぶ。一樹は顔を二人の方に向ける。
「どうした?」
一樹が問うと、二人は神妙な顔つきで話しかける。
「ユーティアが、元気ないみたいなの」
「お前、何か知らないか?」
二人はさらりと言った。
相変わらず、スルドイな。
一樹はそう思い、苦笑する。だが、二人の聞いてきた内容は決して苦笑じゃすまされない。一樹は静かに、二人に言った。
「僕の……、せいだよ」
『!?』
二人は驚いて一樹を見る。二人が知っている一樹は、決して無闇に人を傷つけたりはしない。だが、一樹ははっきりと自分のせいだと言った。これはどういうことか。
二人は、真実を知るべく、一樹に問い掛ける。
「一樹……、どういうことか、教えてくれないか」
「かずちゃん……、正直に、教えてくれない?」
二人の目は、真剣そのものだった。その目に、二人には全てを話す決意をした一樹は、ゆっくりと立ちあがり、言う。
「場所を変えよう。……屋上に行こう」
そう言って、三人は出て行く。そして、三人が出て行った直後、外から声が聞こえた。
『付近の皆様にお知らせします。現在殺人犯の塒波葦が逃走しています。付近の住民の皆様は充分に警戒するようにお願いします。服装は濃い黒のジャンパーに……』


「さぁ、聞かせてもらおうか。どういうことなのか」
屋上についたと同時に祐一は厳しい口調で一樹に問い掛ける。瀬名は声にはしていないものの、目で祐一と同じことを言っているのがわかる。
「ああ……」
一樹はそこで、一呼吸、二呼吸おくと、静かに、ゆっくりと語り出した。
「昨日の、夜さ……」
ついに、ユーティアを襲ったの!?
瀬名は寸前でその言葉を止めた。今の一樹と祐一はシリアス一二〇%だ。今の言葉を言ったが最後、恐らく祐一に殴られる。祐一は普段軽そうに生活している分、真面目なことにはとこっとん真面目に対応する。親友との大事な話に横から茶々入れられたら、恐らく祐一は茶々入れてきた相手を病院送りにすることもためらわないだろう。祐一は人一倍友情を大切にする男だ。今時珍しいが、そういうやつなのだ。瀬名は祐一のそんなとこが好きなのだが、この場合はっきし言って関係ないので置いておく。
そんな瀬名には気付かず、一樹は言葉を続ける。
「ユーティアに、好きだ……って、言われたんだ……」
「やったじゃない!かずちゃ……」
瀬名は、言葉を完全には言えなかった。一樹の表情は、とても告白されて嬉しいといった表情ではなかったのだ。
哀しみの表情だった。
まるで、親と別れるのがいやな、幼い子供みたいな表情だった。
「そっか……」
祐一は静かに、頷く。瀬名はどうして祐一がこう、静かな表情をしていられるのかが不思議だった。しかし、次の言葉でわかった。どうして祐一が、静かな表情をしているのかが。
「でも……、断ったんだろ?お前のことだからさ……」
「!?」
瀬名は驚いて、一樹と祐一を交互に見る。一樹はびっくりしたように祐一を見て、苦笑した。
「よく、気付いたね。相変わらずお前はスルドイな。……ま、その通りだよ」
一樹の言葉に瀬名は激しく一樹を責める。
「どうしてよ、かずちゃん!ユーティアはかずちゃんのことが好きなんだよ!かずちゃんだってユーティアのこと好きでしょう!?なのに、なのにどうしてッ……」
―瀬名の言葉を止めたのは、祐一だった。瀬名の肩に手を置き、首を横に振る。瀬名は、言うのをやめると、一樹の言葉を待った。
「普通は瀬名みたいに僕を責めるだろうね。……ところで祐一、お前は僕のことを責めないね」
一樹の言葉に祐一は、静かに、だがはっきりとした声で言った。
「誰よりも別れの辛さを知っているのは、一樹、お前だからな……」
その言葉に一樹は驚いたような顔をして、そして苦笑する。
「お前、本当にスルドイなぁ。僕が何で断ったのか、その理由までわかっちゃってるんだもんなぁ……」
ぽりぽりと頭をかきながら苦笑する一樹。瀬名は何が何だかわからない。といった表情をする。
「祐一、どうして、かずちゃんは断ったの?」
一樹に質問しても、答えは帰って来ないとふんだ瀬名は祐一に聞く。祐一は困ったような顔をして、一樹を見る。
一樹は、頷いた。それはつまり、喋っていいということだ。
「……ユーティアちゃんを、悲しませないためだよ」
「それは、どういうこと?」
祐一の言葉に瀬名は即座に聞き返す。祐一は、少し間をおくと話し始める。
「自分の気持ちを伝えなければ、少しの悲しみですむ。だけど……、自分の気持ちを正直に伝えちゃったら……」
「何か不都合があるって言うの?」
わかってない瀬名は祐一に問う。祐一は小さくため息をつくと瀬名に説明する。
「瀬名、忘れてないか?一樹は人間だ。だけど、ユーティアちゃんは、天使なんだぞ……!」
「!!」
瀬名はハッとして、うつむいてしまう。祐一はやっとわかったか、という表情をしながら瀬名を見る。
「ユーティアちゃんはいつか必ず天界に帰らなければならないんだ。そのとき、もし一樹が想いを伝えてたら……」
祐一はそこで言葉を切る。瀬名は、しばらく黙って聞いていたが、突然声を上げる。
「間違ってる……、二人とも絶対間違ってる!!」
「瀬名ッ!?」
「……瀬名?」
二人が驚いた表情で瀬名を見る。瀬名は、声を荒げて二人に言う。
「かずちゃん……、六年前の事件引っ張りすぎだよッ!」
『!?』
一樹と祐一に驚愕の表情が浮かぶ。あの事件のことは、一樹を除けば祐一とユーティアしか知らないはずだ。瀬名には話していないはず。なのに、どうして六年前の事件という言葉が出てくるのだろうか。瀬名は、そんな二人の心境を見透かしたように言った。
「ユーティアに、昨日電話で聞いたわ。涙声で、私に言ってきてたの。告白のことは聞かなかったけど……、ユーティアの性格だもん。最初は言おうと思ったけど、いざ、話し始めたら、話せなくなっちゃったってとこかしら。……私は、六年前の事件が哀しすぎたからユーティアが泣いてたとばっかり思ってたんだけど……。そういうわけだったのね……」
一樹は何も言えなかった。ただ、黙って瀬名を見ている。
瀬名は、口調を多少やわらげると、再び一樹に向かって言った。
「かずちゃん、ユーティアは六年前の事件をかずちゃんから聞いて知っていたんだよ。それはつまり、大切な人との別れの辛さを知ったってことなんだよ」
瀬名が何が言いたいのかわからないので、一樹は何も言わず、黙って聞いている。瀬名は、わかっていない一樹に痺れをきらし、怒鳴った。
「ユーティアはたとえ別れの哀しみを知っていてもかずちゃんに告白した。それがどういうことだかわかるでしょッ!!」
「…………」
一樹は答えなかった。
まさか……、まさかユーティアは……。
頭の中をある考えが駆け巡る。いっこうに信じない一樹を見て、瀬名は手を上げた。
パーン!!
そういう音が響き、瀬名が一樹にビンタしたなら、まだ絵になったかも知れない。しかし、現実は違った。
「こんの大バカものおおぉぉッ!!」
ドゴッ!!
鈍い音が響いた。瀬名の手加減完全抜きのパンチが一樹に決まった。だが、一樹には微動だにしなかった。
そんな一樹には気付かず、瀬名は怒涛の勢いで一樹に言う。
「それだけユーティアはかずちゃんのことが好きだってことでしょうがッ!!なのにかずちゃんは、別れの哀しみを味あわせたくないからってウソついた!それがウソなのよ。かずちゃんは逃げてるんだよ、もう、別れの哀しみはたくさんだって。自分が、味わいたくないからウソついたんだよ!わかってるのッ!?一樹ッ!!」
一気に言った瀬名は、ぜぇぜぇと息をしている。興奮したせいか、最後はかずちゃんとは呼んでいなかった。一樹は、呆然とした表情のまま、突っ立っている。
僕が、僕自身が味わいたくないから、ウソをついた……。
一樹は、しばらく目を閉じて考える。確かに、そうかもしれなかった。あの時、自分は狂うかもと思った。もう、あんな思いは二度と味わいたくないとも。
「そっ……か。僕は結局、逃げてたんだな。二度と味わいたくないからって」
「そうよ、やっとわかった?」
瀬名の言葉に一樹は頷く。
「うん。でも、僕はユーティアを傷つけてしまった……」
一樹が、罪悪感を顔一杯に出して呟く。しかし、一転して明るい表情になった瀬名が一樹の背中をバンバンと叩く。
「大丈夫大丈夫!ユーティアはわかってくれるよ。だから、言いに行こ!本当の想いをね!」
「瀬名……」
一樹はこの時ほど瀬名がいてくれてよかった、と思った。自然と目頭が熱くなってくるのをなんとか堪えながらはっきりと頷く。
「うん!行って、はっきり言うよ。自分の本当の想いを!」
「その意気だぜ、一樹ッ!」
「そうね!行こッ!」
そう言って、三人は頷く。そして、屋上の扉を開けた、その瞬間!
「きゃあああああああッ!!!」
悲鳴が聞こえてきた。それも声からしてユーティアの声だ。
「何があったんだ!?」
「早く行きましょ!」
「…………」
一樹は何も言わなかった。何だか、凄くイヤな予感がしたからだ。
ユーティアと、二度と会えなくなる。
そんな、感じがした。
一樹はそんな考えを頭を振って打ち消すと、二人の後を追った。
しかし、考えは消せても、その不安な感じは消えはしなかったのであった……。

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