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Original Novel MOTOKA Presents



エンジェルズ・サーチャー


第12話

傷跡



校内は騒然としていた。
生徒がみな慌てて走っている。それは、逃げているように見えた。
何が何だかわからない一樹は手短な生徒を捕まえる。
「一体どうしたんだよ!?」
一樹が問うと、生徒は恐怖に歪んだ顔で、早口に喋る。
「さ、殺人犯の塒波葦っていうやつが学校に侵入してきたんだ!今、あいつはお前たちのクラス全員を人質にとってる!早く逃げたほうがいいぞ!じゃなッ!」
そう言うと生徒はあっという間に逃げ去ってしまう。だが、一樹たち三人は逃げはしなかった。
「行くか?」
「当たり前だろ」
「もちろん」
一樹の言葉に二人は即座に頷く。三人は、駆けていった。自分たちへの教室へ向けて。
ダダダダダダダ!
三人はやかましい足音をたてながら走っていた。いつもなら、うるさい!とか怒鳴られるところだが、あいにく今はそんな状況ではないので怒られはしなかった。
と、目の前に教室のドアが見えてきた。それと同時に、悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああああッ!」
ユーティアの声だ。一樹は、スピードをアップさせると、迷わず扉を開けた。
蹴破れば格好よかったかもしれないが、一樹は律儀だった。扉は開けて入りましょう。そんなことが身体に染み付いてしまっている。ちょっと悲しいかもしれないが、どうでもいいことなので置いておく。
―教室に入った一樹は、見た。
一人の男がいるのを。
その男が、ユーティアを羽交い締めにして、首もとにナイフをつきつけているのを。
後から来た祐一と瀬名もその光景を見て、凍りつく。とても先ほどまで明るかった教室とは思えない。今は、凍りついたようにシーンと静寂に包まれている。先生はおらず、生徒たちだけが、一箇所に固まっていた。みな、恐怖の表情を浮かべている。
「何だ、貴様等?」
男―塒は低く、威圧感のある声で言った。伊達に殺人犯なわけではないようだ。落ち着き払っている。だが、それは一樹も一緒だった。ユーティアを人質に取られているという事実が、一樹をより冷静にさせた。
「この学校の生徒さ。細かく言うならこのクラスの生徒だ」
「同じく」
「祐一に同じ」
一樹は律儀に答えてやった。祐一と瀬名も落ち着いたもので、一樹と同じ答えを塒に言う。
「助けに来たってか?」
塒がまったく表情を変えずに言う。それに対抗してか一樹たちもまったく表情を変えなかった。
「まさか。僕たち三人増えたからって何が出来るとお思いです?」
「そうですよ。見た通り、俺たち三人、普通の高校生です」
「人質が三人増えただけの話ですよ」
こうまで落ち着き払って、さらりと言われると、かえって不気味になってくる。塒もそう思ったようだが、一樹の言葉通り、何も出来やしないと思ったのか、
「ふっ、確かにな。よし、そいつらのとこに行け」
と、生徒がいるところに指を指した。一樹たち三人は、ゆっくりと、みんなのとこに入っていく。みんなの中心に来た辺りで、三人はしゃがみこむ。すると、栄一が出てきた。
「一樹、祐一、瀬名。何で来たんだよ。逃げられただろ?」
わずかだが、震えた声で問う栄一。栄一だって怖いのだろう。まぁ、目の前に殺人犯がいれば怖いのも当たり前か。かくいう一樹だって怖いのだが、ユーティアを助けたいという感情が、恐怖に打ち勝っている。
「ま、それもそだけどさぁ。ユーティアほっといて逃げると思うか?」
一樹の言葉に、栄一はいつもの感じに戻って言った。
「思わない。お前はそーゆー優しいヤツだもんな」
『まったくだ』
男子一同うんうんと頷く。その光景を塒は不思議そうに見ていたが、自分には関係ないと知ると、ユーティアにナイフをつきつけたまま、外の警察に視線を向ける。もう、警察は来ていた。しかし、生徒が人質に取られている以上、うかつに手だし出来ないのだ。先ほどから、塒に説得をしているが、全然効果はないようだ。
「でもさ、どうやってユーティアちゃんを助けるんだ?」
祐一が小声で話しかける。大きな声だと塒に聞こえてしまう恐れがあるからだ。まぁ、そう言っても外の警官の声がうるさいのでそうそうは聞こえないとは思うが。念には念を入れてだ。
祐一の言葉に一樹はニィッと笑った。
「今回ばっかりはこれに感謝するよ」
そう言って、一樹は髪の毛を縛っていた紐を取る。
ファサ……。
ふわっ、と髪の毛が解かれる。決して長いわけではないが、肩にかかるぐらいの髪の毛の長さがあるので、髪の毛を解くと、まるで女の娘に見える。と言うか女の娘。
「誰か眼鏡貸してくれない?」
「あ、どうぞ」
そう言って、一人の女の娘が眼鏡を貸してくれた。余談だが、彼女は栄一が好きな娘で、後に一樹は栄一に殴られたりする。
『わあっ……』
思わず声が上がった。一樹を見てではない。眼鏡を貸してくれた娘を見てだ。一樹も見てみた。そして、納得した。
可愛かった。眼鏡を外した方が。
いつもは目立たない娘なのだが、眼鏡を外すと不思議と雰囲気が変わっている。
ちなみにどうでもいい余談だが、彼女が眼鏡を外したせいで、彼女に恋する者が増え、栄一たちと激しいバトルになった。
勝利者は栄一なのだが、本当にどうでもいいことなので置いておく。
「変われば変わるもんだね」
一樹は呟き眼鏡をかける。
それはお前にも言えることではないか?
と祐一は思ったのだが、口には出さなかった。いや、出せなかった。
不覚にも見とれてしまったからだ。一樹に。
お前本当に男かッ!?
その場にいた全員がまったく同時にそう思った。
肩まで伸びた髪に、ちょっとズレている眼鏡。はにかんだような表情がよけいに女の娘っぽくしている。一樹は、この時ばかりは女顔に感謝したが、同時に多少悲しくもあった。
どっからどうみても美少女だった。文句のつけようのないくらい。
「お前本っ当に女の娘っぽいな。って言うか女の娘じゃないか?」
「言うなよ。それに、あいつに聞こえたらヤバイだろうが」
一樹は塒を指して言う。その途端、みんなはシンッとしてしまった。すっかり忘れていたが、目の前には殺人犯がいるのだ。……しっかし、それにしても、一瞬でも殺人犯のことを忘れられるこのクラスの生徒たちは、強いんだか、校長に感化されたのか……。どっちもありそうだった。
「んで?どうすんだ、一樹?」
栄一が問う。一樹は声を小さくすると、ボソボソと言った。
「これから、僕が出て、ユーティアの変わりに人質になる。ユーティアがそっちに行ったら何かあいつの注意を引きつけるような行動をしてくれ。その隙にあいつの手からナイフを落とす。そしたら、全力で逃げよう」
一樹の言葉にみんなは大きく頷く。成功するかどうかはわからないが、塒は警察の取引に応じるようなヤツじゃないだろう。何とか自分たちが逃げない限りは警察も塒を逮捕できないはずだ。待ってたって助けはこない。なら、自分たちでどうにかするッ!
人質をほっといて逃げようとしないあたり、このクラスの生徒たちは仲間思いのようだ。
一樹たち生徒はもう一度大きく頷いた。
そして、一樹は立ちあがり前に出た。塒が何事かとこちらに注意を向ける。
「えっと……、塒さん、その人を放してください」
完っ璧に女声になった一樹は塒に向かって言う。塒は何を言っているといった感じで笑った。
「はっはっは!そりゃ出来ない相談だろうが」
塒はバカな人を見る目付きで一樹を見る。しかし、一樹はバカではなかった。
「わかってますよ。その人質と私を交換してと言っているんです」
「……ほぅ……」
塒の目付きが変わった。先ほどまでの目付きは微塵もなく、今は、殺人犯としての目付きだった。
「バカかと思ってりゃあ、どうやら違うようだ。だがな、俺がお前とこいつの二人を人質に取る可能性だってあるんだぜ」
確かにその通りだった。
早くも作戦失敗か!?
そんな雰囲気が生徒の間で流れる。しかし、一樹は一瞬にしてその雰囲気を消した。
「それはないでしょう。二人とも人質を取った場合、あなたの行動が著しく制限されます。それに、もし私たち二人が同時に動いたらあなたと言えども、多少の不覚をとるでしょう。そんな中、警察に来られでもしたらあなたは捕まります。そんなことは望んでいないでしょう?」
とても殺人犯を前にして言える言葉ではない。そんな言葉を一樹はあっさりと言ってのけた。この時、祐一と瀬名は戦慄を感じた。目の前にいる一樹は、自分たちの知っている一樹ではない。そんな気がした。
「確かにな。……いいだろう。人質はお前と交換だ。来い」
一樹は言われた通り、塒のもとへ歩いて行く。塒は意外にあっさりとユーティアを解放し、変わりに一樹を羽交い締めにして、首筋にナイフをつきつけた。一見すると、何も変わってないように見える。人質が変わっただけで。しかし、一樹はおおよそ普通の人間ではなかったのだ。
みんなが行動を起こすまではしばらくじっとしていよう。
そう考え、なるべく怯えた表情をだした一樹であった……。


「ユーティア!」
「ユーティアちゃん!」
祐一と瀬名以下男子&女子全員の声に迎えられる。
ユーティアはしばし、怯えの表情を出したままだったが、落ち着いたのか、胸を撫で下ろす。やはりユーティアも怖かったのだろう。
「ね、ユーティア。よく聞いてね」
瀬名は、そう言うと、声を小さくし、ユーティアに話しかける。
「私たちはこれからあいつの注意を引きつけて逃げるわ。しっかりね」
瀬名の言葉に、ユーティアは頷く。と、ユーティアは言った。
「一樹さん、逃げられますよね?」
ユーティアは間違いなく塒に羽交い締めにされている女の娘―一樹を見て言った。
「気付いてたんだ……。よく、わかったね」
祐一の言葉にユーティアはこくんと頷く。
「一樹さんの顔は見間違えるわけありませんから」
おーおー。熱いこったねぇ。
こんな状況でなければそんな言葉の一つや二つ出ただろうがあいにくと今はそんな状況じゃなかったので誰も言いはしなかった。
「よしっ、じゃ、行くよ……」
瀬名の言葉にみんなは緊張して頷く。
生きるか死ぬかの瀬戸際だ。緊張するに決まっている。
そして、瀬名の号令のもとみんなは動き出した。
生きるためにッ!!
「行動開始ぃッ!!!」
ドドドドドドドド!!
やかましい足音をたてながら生徒全員塒に向けて突撃する。
「特攻ーーッ!!」
「喰らえーッ!!」
みな思い思いの言葉を言いながら塒に向けて突進する。中にはどこかで聞いたようなセリフを言っている者もいたが。
塒はいきなり全員で突撃してくるとは思っていなかったのか、呆然としている。無論、その隙を見逃す一樹ではなかった。
「チャーンスッ!!」
一瞬にして塒の腕から抜け出すと、強烈な蹴りで塒の持つナイフを落とす。塒はハッとして気付くが既に時遅し。ナイフは一樹の手の中にあった。
「やってくれるじゃねえか!ガキのくせに!」
塒は言い懐に手を突っ込む。そして、取り出したのは黒光りする物体―拳銃だった。
「死ねえッ!」
ガンッ!
塒は迷うことなく拳銃をぶっ放す。しかし、先ほどの一樹の蹴りが効いていたのか、狙いは外れ、下の方に弾はとんだ。
だが、そこには、一樹の左足があった。弾は一直線に一樹の左足を貫いた。
だが、一樹は微動だにしなかった。顔をしかめもしなかった。ただ、静かに言った。
「悪いな。こんな痛みより数倍痛いのを味わってるんでね。こんなのどうってことない」
「な……」
塒は呆然とした。そして、それが完全なる命取りになった。
「ガキだからって、甘く見るからさ!」
ドゴッ!
一樹の全力を込めて打ちこんだパンチが塒の腹に決まった。塒は何も言わず倒れていく。どうやら完全に気絶したらしい。
「お前の敗因は僕を女の娘だと思ってたことと、僕が拳銃の痛みに耐えられないと思ったことさ」
一樹は気絶したままピクリとも動かない塒に向けて言った。一樹は眼鏡を取り外すと、貸してくれた少女に返し、自分の髪の毛を縛る。
みんなは、しばし呆然としていたが、助かったことがわかると歓声を上げた。
「やったあ!」
「た、助かったぁ」
「ナイス!一樹!」
思い思いの言葉を言い、喜ぶみんな。ユーティアはしばし、そうやって笑みを浮かべていたが、唐突に思い出した。
一樹の左足のことだ。銃弾が突き抜けていたはずだ。ユーティアが慌てて見ると一樹の左足からは血が流れていた。
「一樹さん!」
ユーティアは叫ぶと、一樹に駆け寄る。
「ああ、ユーティア。ま、気にしないで。大丈夫だからさ。これぐらいなら」
「何言ってるんですか!大丈夫なわけないでしょう!早く見せてください!」
「あ!やめろってユーティア!」
一樹は止めるが、ユーティアは構わず一樹のズボンを上げ、傷口を見ようとする。
―そこで、ユーティアは凍りついた。ユーティアだけじゃない。その場にいた全員が凍りついた。
何故か。それは、見てしまったからだ。一樹の左足にある、ものを。
スネ毛だった。
なんてオチではない。
―それは、傷跡だった。とんでもなく大きく、そして深い傷跡だった。つい、今しがた出来た傷跡ではない。相当前の傷跡だ。
「一樹……さん」
ユーティアが震える声で言う。一樹は、しばらく黙っていた。何も言わず、ただ、黙っていた。しかし、大きく深呼吸すると、みんなの方を向いた。
その時の一樹の表情は、言おうと決意した、男の顔だった。
「見られちゃったからね。隠せないな」
一樹は、そこで一呼吸置き、話し始める。
「この傷跡は六年前の事件の時出来た傷跡だ。祐一、お前は知ってるだろ。あの時……、車に接触して、左足が折れ、血の海を作った時だよ」
それを聞いて、女の娘の何人かが鳥肌をたてている。実際に想像してみたようだ。
「あの時の傷跡か……。あの後、お前がずっと水泳の授業や―要は足を露出させないようにしたのはそういうわけだったのか……」
祐一が納得した声を出す。他の生徒たちも思い当たる節があったのか、そういえば。とか言っている。
「ユーティア、祐一、瀬名の三人は六年前の事件は知ってるよね。見られちゃった以上隠せないから他のみんなにも言わなきゃ……」
一樹はそう言って話し始めようとする。だが、それを遮った者がいた。
栄一だった。
栄一は、一樹を真っ直ぐに見ると言った。
「誰にだって話したくないことの一つや二つあるだろうが。言わなくていいんだぜ。一樹がその傷跡を隠してたのは、その、六年前の事件ってヤツを話したくなかったからだろ?」
「うん、そうだけど……」
一樹がそう言うと、栄一はニッ、と笑みを浮かべた。
「なら、別にいいじゃねえか。俺は今ここで、何も見なかったし、何も聞かなかった。それでいいじゃねえか」
「栄一……」
栄一の思わぬ言葉に一樹は目頭が熱くなるのを感じていた。
と、栄一の言葉に続き、みなも次々に言う。
「俺も!なんっも見てねー、聞いてねー」
「私もだよ!」
一樹はみんなを見る。みんなは、微笑んでいた。
「傷跡があろーがなかろーが、お前は俺たちのクラスメート。それは変わんないぜ!」
栄一が笑って言う。一樹は、目をサッとふくと、晴れ晴れした表情で言った。
「ありがとう、みんな!」
そして、みなは微笑みあった。それはまさに、その場に天使が降臨したかのようであった。
―と、一樹は一気に表情を真面目なものに変えると、ユーティアに顔を向けた。
「ユーティア」
一樹が呼びかけるとユーティアはこちらを向く。みなもその一樹の真面目な表情に驚き、目を丸くする。一樹は、二度、三度、深呼吸すると、ゆっくり言い始めた。
「ユーティア……、その、きみに言っておきたいことがあるんだ。その……、昨日のことなんだけど……」
ユーティアは驚愕の表情をする。昨日と言えば告白した日ではないか。断られたと言え、ユーティアの胸は高鳴っていた。
「昨日はあんなこと言っちゃったけど……、ごめん!あれ僕の本心じゃないんだよ!別れの哀しみを味あわせたくないからあんなこと言って……。でも本当は僕がその哀しみを味わいたくないだけで……。あー!何でちゃんと言えないんだあーッ!」
一樹は叫び声を上げる。
「ホント。何でだろ」
「さっきは塒……だっけか?にあんなにスラスラ言えてたのに」
祐一と瀬名がぶつぶつ呟いている。他の生徒諸君は何が何だかわからない顔だ。まぁ、それもそうだろう。昨日のことを知っているのは一樹、ユーティア、祐一、瀬名の四人しかいないのだから。
「ともかくッ!昨日言ったことはウソなんだよぉ!許してくれないって言うならそれでも構わない!でも、もう自分の気持ちにウソはつきたくないんだ!だから、今度は僕から言わしてくれ」
その途端、シンッ、とした雰囲気になる。静寂の中、一樹は言った。
正真正銘、自分の本当の想いを……。
「ユーティア……、僕は、ユーティアのことが……、好きなんだ……」
その言葉は、静寂の中、しばらく余韻を残していた。
ユーティアは目に涙を浮かべながら、一樹に問う。
「今度は、ウソじゃないですよね……?」
一樹は、はっきりと頷く。その一樹の目には一点の曇りもなかった。純粋そのものだった。ユーティアは一樹の言葉にウソ偽りないと知った。
「昨日も言いましたけど……、私も、一樹さんのこと、好きです!」
そう言ってユーティアは一樹に抱きつく。一樹はしっかりとユーティアを抱きとめる。
しばらく、そうしていた。誰も何も言わなかった。
―と、拍手が起こった。
最初は、祐一だった。続き、瀬名、栄一、そして、生徒全員へと。
そして、しばらくして祐一が大きな声で言った。
「よおっしゃあッ!!勝利の凱旋だーッ!!」
『おーッ!!』
一樹やユーティアも含め、生徒全員で大きな声で叫んだ。
そして、みんなは教室を出て行く。塒のことなぞすっかり忘れて。
教室を出る時、その塒が一瞬、ピクッ、と動いたことに気づく者は、いなかった……。

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