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Original Novel MOTOKA Presents



エンジェルズ・サーチャー


第13話

『生命の翼』



一樹たちを含め、生徒諸君が学校から出てきた。
警察はすぐさま近づきみなの安全を確保する。最後に出てきた一樹は一度だけ、くるっと振り返る。
みなは助かったことを喜び合っている。警察もこれで安心だという表情をしている。
これで、終わった。
一樹はそう思った。だが、本当は終わっていなかった。
「よし、確保だ!」
警官の一人の号令のもと警官数人が駆け出す。
―と、その瞬間、声が聞こえた。
「―おおおおおッ!!」
一樹は慌てて振りかえった。そこには、ナイフを持ってこちらに駆け寄ってくる塒の姿があった。塒は迷うことなくこちらに向かってくる。だが、塒はいきなり進路を変えると、一直線にユーティアへと向かっていった。
「しまった!」
一樹は舌打ちし、ユーティアのもとへと向かう。ユーティアは助かったことの喜びと、友達とのお喋りで気付いてない。
「っくしょう!間にあえッ!!」
一樹は叫び、よりいっそうスピードを上げる。その気持ちが通じたのか、一樹は間一髪ユーティアを突き飛ばすことに成功した。
だが、ユーティアを突き飛ばした一樹はどうなるか。その答えはすぐにわかった。
グサアッ……。
―塒の持つナイフが、一樹の腹に刺さっていた。
その瞬間、静寂が訪れた。闇よりも深い、静寂が。
ピッ……。
一樹の血がユーティアの頬にかかる。ユーティアはただ、呆然と一樹を見ていた。
赤い、赤い血が一樹の腹から流れ出る。だが、一樹は不適に笑った。
「残念だったな……、悪いが、ユーティアをやらせはしないッ!!」
ボガアッ!!
一体どこにこんな力があったというのか。一樹は腹にナイフを突き刺したまま、塒に全力パンチを叩き込んだ。
「ぐはあっ……」
塒は倒れる。その隙を見逃さず、警官がすぐさま塒を抑える。
一樹は、それを見届けると、ゆっくりと倒れた。
その瞬間、静寂がとけた。
「一樹さんッ!」
ユーティアはすぐさま一樹に駆け寄る。一樹を抱き起こすが、一樹の目の生命の光は弱々しかった。今までの明るい一樹が信じられないような、そんな目だった。
「しっかりしろ、一樹ッ!」
「かずちゃん!」
祐一、瀬名が呼びかける。すると、一樹はうっすらと目を開いた。
「ああ……、みんな……」
弱々しく言う。つい先ほどまで元気だった一樹とは思えない。一樹は、ユーティアを見ると、静かに言った。
「ユーティア……、そんな顔しないで……。な」
「一樹さん……」
ユーティアは涙でぐしゃぐしゃになった顔で一樹を見返す。祐一と瀬名は、傍らにいた警官を見るが、警官は首を横に振った。そう、一樹の傷は素人目から見てもはっきりと致命傷だとわかる、深い傷だった。もはや、助からないだろう。
奇跡でも、起きない限りは。
「ユーティアを悲しませたくない……。そう思ったのに、結局、ユーティアを悲しませちゃってる……。ダメだな、僕って……」
「一樹さん!喋らないで下さい!傷にさわります!」
ユーティアはそう言うが、一樹は首を横に振った。
「いいんだ……。どうせ僕はもう、助からない……」
「一樹さん!!」
ユーティアは必死に呼びかけるが、一樹は次第に反応しなくなっていく。もう、死が迫っていた。
「……父さんと、母さんも、僕を助ける時は、こんな……気持ち……だった……の……かな……」
そう言ったきり、一樹は目を閉じた。
「一樹さああああんッ!!」
ユーティアは思いっきり叫ぶ。まだ、かろうじて一樹は生きてはいるが、このままでは数分ともたないだろう。
この時、ユーティアは何も出来ない自分にいたく腹がたった。どうして、どうして自分は何も出来ないの。そういう思いが頭の中を駆け巡る。
このまま、一樹と永遠に別れるしかないのか。そんなのは絶対イヤだった。だが、何も出来ないのも事実だったのだ。
―と、唐突に思い出した。自分が出来る。たった一つのことを。
だが、それは、自分のあるものを代償としなければいけなかった。
しかし、ユーティアは迷わなかった。自分の、愛した人を守るためだから!
ユーティアは涙をふくと、目をつぶったままの一樹に話しかける。
「一樹さん、私は前に一樹さんに言いましたよね。天使だからって魔法や奇跡は起こせないって。でも、それは本当は間違いなんです。……たった、一つだけ、起こせるんです。自分のあるものを代償にして、奇跡を」
ユーティアはそう言うと、一樹の身体を静かに地面に横たわせる。そして、ユーティアは一樹の横に正座すると、両手を胸の前でくんだ。
そして、静かに目を閉じた。その途端、ユーティアの背中から、羽根が飛び出る。それは、はっきりと視えた。霊感のない、祐一や瀬名、はてや先生、生徒諸君まで。
そして、一樹とユーティアを中心として、大きな光の柱が、天に向け、一直線にのびていった……。


「あ、あれはなんだッ!?」
すっかり風邪の治ったメリアとミカラの二人は遠く離れた場所でその光の柱を見ていた。今だユーティアを捜していた二人で、今は聞きこみをしていたところなのだ。
「あの、光の柱……なんか、見たことが……」
メリアは何やら引っかかるものがあるらしく何やらうんうん唸っている。そして、唐突に思い出した。あの、光の柱の正体を。
「あれは……、そんな、まさかッ!?でも、それしか……」
「どうしたっていうんだよ!?」
ミカラがメリアに問う。メリアは顔面蒼白にして、静かに言った。
「あれは……、『生命の翼』の光よ……」
「いのちのつばさ?」
ぽけらっ、とした声でオウム返しに問うミカラ。メリアはミカラに秒間五発のパンチを叩きこんでから説明を開始した。
「バカ!忘れたの?学校で習ったでしょ!?一度VTRも見たでしょうが!」
「……あ!ま、まさかッ!?でも、そんなバカな!」
ミカラもようやくわかったのかおろおろと慌てている。
「『生命の翼』は、天使としての最初にして最後の、奇跡。たとえ死の淵にいようとも全ての傷を癒し、蘇らす。そう、文字通りの奇跡」
それだけ聞けば滅茶苦茶いいように聞こえるが、実際は一度しか使えない。代償が、大きすぎるからだ。
「でっ、でも!あれは確か自分の羽根を代償にするんじゃなかったか!?」
ミカラの言葉にメリアは小さく頷く。
「そうよ。その上、使う相手のことを心から想っていて、なおかつ羽根の同意が得られなければ使えないはずよ」
メリアは重々しく言う。
羽根を代償とする。
それはすなわち、自分自身の半身を犠牲にすると言っても過言ではないだろう。そして、羽根の同意を得るということは、羽根自身が自分を犠牲にすることを承諾すると言うことだ。普通に考えても、
あの人を助けたいんで、あなた死んでください。
なんて言われて死ぬヤツはいないだろう。まぁ、世界は広いんで、絶対とは言わないが。
それはともかく、今、『生命の翼』が発動しているということは、羽根自身が犠牲になることを承諾しているということになる。メリアとミカラの二人にはそれが信じられないのだ。普段は深層意識の中だけで存在しているので、羽根自身は何も言わないが、羽根だって立派な精神生命体である。言おうと思えばいくらでも発言は出来る。なのに、承諾した。
それは、羽根自身も、その相手を助けたいということだ。
「信じられん……」
ミカラが呟くが、メリアはそれとは打って変わって慌てた声で言う。
「急ぎましょ!『生命の翼』が発動していると言うことはあそこにユーティアがいるってことよ!」
「そうか!よし、行くぞ!」
そして、二人は、空を翔けた。通行人の二、三人が目を見張っていたが、すぐに見間違いだと思い、何事もなかったように歩き出していった……。


一樹が気付いた時、そこは見覚えがある場所だった。
目の前に大きな川が流れている。これこそがかの有名な三途の川。
だが、一樹は別段驚きはしなかった。何故なら先ほどの怪我から自分は死んだと思っていたし、それにこの場所には六年前にも来ている。あの時はここがどこだかわからず足を踏み入れそうになったっけ。
などと懐かしい思い出に浸っていると、突然、声がした。
「こら、そこの少年。何してるの?」
「へ?」
突然横手から声がかかってきたので一樹は驚いてそちらを見る。そこには、年の頃十六、十七歳の少女がいた。だが、一樹は驚きもしない。彼女なら、知っている。
「あ、こんちわ。確か、ゆりさんだっけ?」
一樹がそう言うと、少女―ゆりはしばし驚いたような顔をしていたが、思い出したのかポン、と手を打つ。
「あっ!かずくんじゃない!お久しぶり〜!」
「こっちこそお久しぶりです。六年ぶりですか」
「そうね〜。……って、かずくんがここにいるってことは、かずくん死んじゃったの?」
ゆりがハッとしたように言う。
「たぶん、そですよ。……って、ゆりさんこの三途の川の管理人じゃないですか。僕が死んだかどうかぐらいわかるんじゃないですか?」
一樹は問う。
このゆりと言う少女、実はこの三途の川の管理人なのである。六年前、一樹が死にかけたとき知り合って、仲良くなったのだ。もっとも、三途の川の管理人である以上、そうそう気軽には会いに行けないのだが。
ゆりは一樹の問いに、う〜ん、と唸ってから答える。
「それがね、かずくんどうも、死んでないみたいなの」
「はぁっ!?」
思いっきり素っ頓狂な声を上げる一樹。死んでないとはどういうことだ?
ゆりはしばし目をつむると、一樹に言った。
「死んだ人ってのは、う〜ん、何て言うのかな。こう、視え方が違うのよ」
「視え方?」
「そう。なんか、ほら、人間が生まれつき持ってる、その……」
ゆりはそう言って、自分の周りで手を動かす。ちょうど、煙が漂っているかのような感じだ。一樹は、それを見て、ゆりが何を言いたいのかがわかった。
「気とか、オーラとかそう言ったものですか?」
一樹が言うと、ゆりは大きく頷く。
「そうそう!それそれ。死んだ人はね、そのオーラが視えないのよ」
「僕のは視えるんですか?」
一樹が問うと、ゆりは少し考えてから頷く。
「うん。ほんのちょっとなんだけど。そうね……、死にかけてるけど、死んでない。ってとこかしら」
お気楽に言ってくれるゆりとは裏腹に一樹は思いっきり顔をしかめる。
「うわ、滅茶苦茶やだなぁ。それ」
一樹がそう言うと、ゆりはくすくすと笑う。
「そうかもね」
「思いっきり他人事の口調ですね。ゆりさん」
一樹が口を尖らせて言うと、ゆりは再びくすくすと笑った。
「ごめんごめん。でも、実際他人事なんだもん」
「それはそですが……」
一樹が顔をしかめる。するとゆりはまた笑った。今度は一樹もつられて笑った。しばらく二人して笑っていたが、突然ゆりの目が見開かれた。
「あれっ!?いま急に……」
「どうしたんですか?」
一樹が問うと、ゆりはいまいち信じられないといった表情で言う。
「それが……、いま急にかずくんのオーラが少し、強くなったの」
「へ?」
一樹は間抜けな声を出す。オーラが強くなった?それってもしかして……。
と、一樹が考えていると、ご丁寧にゆりが説明してくれた。
「つまり、かずくんが生きかえりつつあるってこと」
「なんすか、それは?」
「それは?……って、おいおい、かずくん」
ゆりが手をちょいちょいさせているのを見て一樹は慌てて言う。
「いや、ゆりさんが言いたいことはわかってますって。僕が言いたいのはですね」
一樹はそこで一呼吸置くと言った。
「僕の記憶が間違ってなければ人間ってのはそんなにすぐ回復するもんじゃなかったと思うんですけど。あ、それとも、もしかして僕が気を失っている間に一週間ぐらいたってるとか?」
「浦島太郎じゃないんだから。まだ五分とたってないわよ」
ゆりが呆れた声で言う。それを聞いて一樹はなおさら不思議そうな顔をする。
「それじゃ、何で?あの出血量と傷から考えてもそんな五分やそこらで回復するわけがないと思うんですけど」
一樹の言葉にゆりは、なるほど。という顔をする。
「そういやそうね。あ、誰か魔法とか使えたりするんじゃないの?」
などと冗談めかしてゆりは言うが、一樹はその言葉にハッ、と反応する。
「あ、もしかして……。でも、使えないって言ってたし……」
「どうしたの?かずくん」
ゆりが考え込む一樹を不思議そうに見て問う。一樹は顔をゆりの方へ向けると言った。
「実は、今、人間界の僕の学校―簡単に言えば、僕の身体の隣に天使がいるんですよ」
「天使ぃ!?」
ゆりが素っ頓狂な声を上げる。
「うそ!?だって、天使はほとんど人間界には来ないはずよ!まぁ、例外はいるけど」
ゆりがとても信じられない、といった声で言う。一樹はぽりぽりと頭をかきながら、
「いや、それが不幸な事故ってヤツでして。話すと長くなっちゃうんで話しませんけど、要は事故で人間界に来ちゃったんですよ。これが」
一樹の言葉を聞いて一応は納得したのか、頷くゆり。一樹は話がそれてることを思い出し、もとの話に戻す。
「それでですね、ゆりさん。天使って魔法とか奇跡とか起こせないですよね?」
ユーティアから聞いてはいたが、一応確認する一樹。てっきり肯定されるかと思ったのだが、ゆりはあっけらかんと言った。
「ううん」
「うそッ!?」
あまりにあっさりとした答えに思いっきり間抜けな声をだす一樹。
ゆりは、そんな一樹を見て説明を開始した。
「一個だけ奇跡が起こせるの。『生命の翼』って言ってね。自分の羽根を犠牲にするかわりに、使う相手の怪我を全て癒すことが出来るの。でも、確か今までに一回しか使われてないわね」
と、そこまで言って気付いたのか、大声を上げるゆり。
「……かずくんのオーラが強くなったってことは、その天使が『生命の翼』を使ってるってことぉ!?」
まるで月が地球に落ちてくると聞かされたみたいな顔だ。つまりは、それだけ信じられないのだろう。『生命の翼』が使われているのが。
一樹もゆりと同じような顔をしながら大声で言う。
「ユーティアのヤツ何考えてんだぁ!?僕なんかを助けるために自分の羽根を犠牲にすんなーーッ!!」
自分が生きかえれるかもしれないって言うのに、相手のことを思いやる一樹。優しさもここまでくるともはや人間国宝か?
それはともかく、ゆりがいきなり一樹に聞く。
「かずくん!その、ユーティアって言う天使は女の娘?」
一樹はいきなりのゆりの言葉にびっくりしつつもちゃんと答える。
「え、ええ。そうですよ」
一樹が言うと、ゆりは全て納得いった!という顔をして一樹に言う。
「なら話は簡単ッ!ユーティアって天使がそれだけかずくんを助けたい!つまりは愛してるってことでしょーがッ!!」
一樹はその言葉にハッ、とする。ユーティアは確かに自分のことを好きだと言ってくれた。しかし、自分の羽根を犠牲にしてくれてまで助けてくれるとは思わなかったのだ。
と、そこで一樹は気付いた。どこにもユーティアがそんな気持ちで助けてくれてるという証拠はない!
「ゆりさん、何でわかるんですか?」
一樹が問うと、ゆりははっきしきっぱし、
「女の勘よ」
と言ってのけた。一樹は肩をコケさしながらあいまいに頷く。ゆりはそんな一樹を見て、おでこを指でついた。
「あ〜、信じてないなぁ。私の勘は、百発百中と近所の奥様方にも大評判」
「き、近所の奥様方って……」
思わぬ言葉に不意をつかれた一樹は、ただ呆然と呟くしかなかった。
「ま、伊達に三途の川の管理人をやってるわけじゃないしね。こう見えても人の気持ちを知るのには長けてるつもりよ」
そう言ってゆりは笑顔を浮かべる。その笑顔は、とても、優しい笑顔だった。一樹も、笑顔を浮かべ、言った。
「そうですね」
「そうそう」
二人は、そのまましばらく笑顔のままでいた。と、ゆりの顔が急に真面目になる。
「あっ、かずくん。オーラが強くなってきてる。そろそろ身体に戻れるみたい。さ、早く戻って彼女を安心させてあげなさい。『生命の翼』まで使ったんだからね。これでかずくんが彼女を安心させなかった日にゃあ、地獄の果てまで追いかけていくわよ」
かなり本気の口調で言うゆり。一樹は怖さを覚えた。
「ゆりさんが言うとシャレになりませんね……」
冷や汗をたらしながら言う一樹。なにしろ三途の川の管理人である。もしかしたら天国まで追ってくるかもしれない。
ゆりは微笑むと、一樹に言った。
「さ、もう行きなさい。今度来る時はちゃんと、寿命で死んだときよ」
「はい。それじゃ、ゆりさん。お元気で!」
「うん。じゃあね!かずくん!」
一樹はぺこり、とお辞儀をすると、姿を消した。ゆりは、一樹が消えた場所をしばらく眺めていたが、ポツリと呟いた。
「ああは言ったものの……。なんっか、またすぐにかずくんに会うような気がするのよねぇ……」
そんなわきゃないよね……。
ゆりはそう考えた。だが、百発百中の的中率を誇るゆりの勘は、今回も外れることはなかったのであった……。

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