千年王宮

第一段

我らが中宮

 ━━無名といふ琵琶の御琴を



自慢のつもりはないの。
ただ、事実として、そう伝えるだけ。
なんてことを云ったら、

「それが自慢だって云うんだよ」

って、藤原斉信さまに呆れられてしまった。
あ、斉信さまっていうのは、殿上人でわたしのいいひと。

━━おっと、この話はまたあとで。話し出すと止まらないから。あはは。
今はともかく、そう━━。
女房っていうのは頭の回転が速くないと勤まらないよ、って話をしたかったんだった。
そして、そんなわたしたちを一同に集めてしまった宮さまは、ほんと、とんでもない人なんだから。



あるとき、帝がある人から高級なお琴を貰ったときのこと。
そのお琴、大仰に名前がついていて、その名前を『無名』とか云ったの、確か。

「うわ、すごい」

「使えないくせに、判るのか? 音楽なんか」

わたしが目をきらきらさせていると、横から灯夜ちゃんが意地悪そうに口を挟んできた。

「う、うるさいな」

「やっぱ判んないんだ」

「お、音楽なんてのは、知識じゃないの! 感情で感じるものなの!」

「なにムキになってるんだよ、お前」

云いながら、灯夜ちゃんはくすくす笑う。くそう、わたしのほうが年上だってのに。

「相変わらずにぎやかね」

御局に、柚葉さんが入ってきた。

「ねえ、柚葉さん。このお琴、なんて名前なんですか?」

「そういえば‥‥忘れちゃった。灯夜は?」

「いや、私も」

覚えていない、と首を振った。
そんなわけで名前を思い出そうとうんうん唸っていたわたしたちのところに、宮さまがお入りなさった。

「‥‥どうしたの、みんなして」

「あ、宮さま〜」

満足に弾くことも出来ないお琴を指差して、わたしは訪ねた。

「あのお琴、お名前がついてましたよね?」

「‥‥」

ぽかんとしていた宮さまの唇が、くすっと笑みを漏らした。

「そんなことで悩んでたの。柚葉も、灯夜まで?」

「あ、あはは‥‥」

必死に宮さまと目を合わせないように、二人が視線を空中に彷徨わせる。
その姿があまりにおかしくて、思わず笑みがこぼれる。

「で、清」

「は━━はい、はっ!?」

くるり、とわたしに向き直った宮さまが、独特の微笑を携えたままじっとこちらを見ていた。
これはそう、わたしを試す目だ。
時々こういう目で、宮さまはわたしを見る。
退屈な殿上での日常を楽しませる役目を追っているわたしとしては願ってもないこと。
なのだけど‥‥名前は思い出せません。

「うー‥‥判らないです」

「あらあら。このお琴、名前なんて無いのよ?」

「へっ?」

「無名、ですもの」



わたしはこれでも、お父様の関係もあって、女性としてはおかしいくらいに本を読んだ。
万葉集とか日本書紀とか、孔子や孟子や孫子や史記も読んだ。
実際、その知識が役に立つ事だってたくさんあるし、だからここの暮らしは楽しい。
けど、やっぱり、わたしなんかでは宮さまには勝てない。
こんなに可愛くて優しくて頭もいい姐さん女房をもらえて、帝は今までにない幸運の持ち主だと思うの。

なんて云ったら、そりゃ怒られるんだけど、さ。