「うわぁ、相変わらずすごい人ですねぇ」
昼食後ディーと一緒にやってきた市場は相変わらずの盛況だった。
「さて、行くぞ。はぐれない様にちゃんと付いて来いよ」
私の方を一度確認して、ディーは歩き始めた。ディーはかなり身長が高かったため、見失うことはなかったが、人ごみの中を進んでいくのは大変だった。
食料品を中心に必要なものを買い込んでいく。買い物袋が二ついっぱいになったところで、市場の外れに出た。
「俺の買い物はこれで終わりだが…どうする?お前の服でも見ていくか?」
こういうところがディーの優しさなんだと思う。
「えっと…でも」
「遠慮はしなくてもいいんだぞ」
どうしようか。
「いえ、私はいいです。そのかわり…」
「うん?」
「散歩に行きませんか?」
私の言葉にディーは手に持つ買い物袋と太陽を見比べ、
「まぁ、いいだろう。どこに行きたい?」
と。
「んー。…公園…とか、どうです?」
「公園?どこの公園でもいいのか?」
私はコクコクと頷く。
「そうか。なら、いい場所がある。今から行けば、丁度いいころだろう」
丁度いい?彼の言葉が気になったが、私は何も聞かず、既に歩き始めている彼の後を追った。
他愛もない話をポツリポツリしながら歩いていくと、四十分程歩いた辺りで公園のようなものが見えてきた。公園と言っても、小さな噴水と申し訳程度に置かれた小さなベンチが二、三脚あるだけだ。小高い丘の上の公園。ここ…だろうか。
「ここ…ですか?」
ここへ来る途中、ずっと緩やかな坂道が続いていたため、少し息が切れる。
「あぁ」
何の変哲もない小さな公園。ここのどこがいい場所なのだろうか。日は大きく傾いていた。
「エル、こっちへ」
ディーと共に私は公園の端、手すりの方へと行く。
「…わぁぁ」
公園の端、そこからはこの街全体を見渡すことができた。
街の中央を流れる大きな川。街を網の目状に流れる、細い川や運河。水面が太陽の赤を反射し、幻想的な雰囲気をかもしだしていた。
「どうだ?気に入ったか?」
「はい。もちろんですよ!」
丘の上の公園からは街の時計台や教会も見えた。いつもと違う高さから見る、それらの建物は私に少し違った印象を与える。
「きれいですねぇ」
朱色がかった建物はいつもよりいっそう美しく感じた。
「あぁ」
見ると、ディーはどこか懐かしげな視線でこの景色を眺めていた。思い出の場所とかなんだろうか。
「ディー…」
「うん?」
この場所、ディーの思い出の場所とかそういうのなんですか?
「………いいえ、何でもないです」
なぜかそれは訊いてはいけない気がした。
「…そうか」
でも、これでよかったんだと思う。
「エル、今夜の月は満月だな」
そう言って、ディーは東の空を指差す。
朱色の西の空とは対照的に東の空は墨を落とした様な黒色だった。深い闇の中、一つ大きな月が浮かんでいる。
夜は近い。
星もポツリポツリと光を放ち始めている。
「ほら、おひつじ座がよく見えるぞ」
そう言って、ディーはまた東の空を指差す。
どれが、おひつじ座なのかは分からなかったけど、一際明るい星が印象的だった。ディーが言うには、それがおひつじ座のハマルという星らしい。
そうやって、飽きるまで星を見た後、私達は帰路についた。
いつもは無口なディーが今日は多弁だった気がする。ほんの些細なことかもしれない。けど、私はその些細なことが少しうれしかった。
第六話 終