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Original Novel



The promised world


第七話 隣人

by 鳴海優





「う、うん?」
 その朝、俺は誰かがドアを叩く音で目を覚ました。
 俺のすぐ横では、まだエルが寝息をたてている。俺がエルより早くに目を覚ますとは珍しい。
  トントン
 おっと、目を覚ました理由を忘れていた。
 しかし、こんな朝早くから誰だ?部屋の時計は七時を少し回ったばかりだ。
 そもそも、この部屋を訪ねてくる人間自体が限られる。
 仕事@高ンか?
 仕事柄、命を狙われる可能性がないわけではない。
  トントン
 これ以上、こうしていても仕方がない。俺は、念のために枕元の愛銃―ベレッタM92FSを取り、玄関へ急いだ。
 入り口のドアの覗き穴から外を確認。
 入り口のドアの前には美しい黒髪の女性が立っていた。見覚えのある顔ではない。だが、俺の命を狙っているような輩にも見えない。
 俺はいつでも抜けるようにベレッタを隠し、ドアを開けた。
「あ、おはようございます」
 俺がドアを開けたのに気づき、女がペコリと頭を下げた。
「あ、あぁ、おはよう」
 勢いで挨拶を返したはいいものの、この女は誰だろうか?
「あ、私、この隣の部屋にお邪魔させていただいている、トウコと申します。よろしくお願いしますね」
 そう言って、トウコと名乗った女性は、また頭を下げた。年は俺と同じぐらいだろうか。名前の感じからして、東洋系の人間かもしれない。凛とした感じの女性だった。
「ん?隣の部屋?」
 俺達が住んでるアパートは、二階建ての小ぢんまりした物だ。各階に二つずつ部屋があり、俺とエルは二階の一室を借りていた。確か、一階の奥の部屋に大家が住んでいる以外は、誰もいなかったはずだ。
「はい。昨夜越してきたばかりなんです。以後、お見知り置きを」
「あぁ、なるほど。それで、何か用でも?」
 ようやく本題に入る。
「えっと、ですね。一応、引越しのご挨拶ということで、来ました」
「…こんなに朝早くからか?」
「あ、やっぱり早かったですか?それは申し訳ないです。ですが、こういうことは早い方がいいかと思ったもので」
 ふむ、どうやら危険はなさそうだ。そう思い、俺はベレッタを服の内ポケットに落ち着けた。
「あぁ、それはどうも」
 適当に返事をする。仕事≠フ事もある。近所付き合いを積極的にする気はない。それにもともと人付き合いは得意じゃない。
「えっと、名前、教えてもらえませんか?」
 まぁ、それぐらいなら問題ないだろう。
「あぁ、俺は…」
「ディー、お客さんでも来てるんですか?」
 俺が自分の名前を言おうとしたところで、エルが起きてきた。
「まぁ、そんなところだ」
 まだ、眠そうな目を擦りながら、エルはこちらへやって来る。
「妹さん…ですか?」
 髪をとばしたエルに目をやり、尋ねる。
 まぁ、俺とエルなら親子ほど歳が離れているわけではないし、兄弟に見えなくはないだろう。ただ、仮に兄弟だとすれば、まったく似てない兄弟だがな。
「いや違う。ただの居候だ」
 別に隠すほどの事でもない。
「それで、コイツがエルで、俺がディー。まぁ、よろしくな」
 エルは「よろしくお願いします」と言っただけで、俺に説明を求めようとはしなかった。いつもの事だ。
「あ、こちらこそ」
 さて、挨拶も終わったところで、そろそろ朝食にしようか。
 そう思い、台所へ引っ込もうとするが、黒髪の隣人はこちらを見つめたまま、玄関から離れようとしない。
 …まだ、何か用でもあるのだろうか?
「まだ、何かあるのか?」
 俺の言葉にトウコはビクッと身をすくませ、言いにくそうに口ごもる。
「え、えっと、それは…」
 少々印象と違うな。
 初めの凛とした感じは、今の彼女からはまったく感じられない。
  くきゅう…
 かわいらしげに鳴く腹の虫。トウコの方からだ。
 当のトウコは顔を真っ赤にして、俯いている。
 ふむ…どうせ、引っ越してきたばかりで、買い物に行けなかったのだろう。
「あ、あの…その…」
 俺だって、このままトウコを帰す程冷たくはない。
「今から、朝食だ。何だったら、お前もどうだ?二人分も三人分もたいして変わらん」
 これが、俺の精一杯の愛想といったところか。
「は、はい。ぜひっ!」
 うれしそうについて来るトウコと、まだぼんやりした足取りのエルの気配を感じながら、俺はダイニングルームへと戻った。
 久しぶりに賑やかな朝食になりそうだった。

第七話 終




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