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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫に願いを


3rd



 世界は連鎖する。
 そんなことは有り得ない。いや、有り得ないと思っていた。
 この世界はひとつで、そこにあることが全てだと信じ続けていたかったから。
 そしてその想いに、『終わり』など訪れるはずがないということも。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。ほら見て、お空がとっても綺麗だよ」
 私は妹に呼ばれて、読みかけの本を閉じた。ソファから立ち上がり、彼女のいるバルコニーへと向かう。
 手摺りに肘を乗せて、風を全身で感じる……光を、浴びる。気持ちいい……ふりを、して見せる。
 実は、空になんか興味はない。青空は意味もなく広がっていて、雨空はただ鬱陶しい。星空は見ていて疲れるだけだ。
 今は夕焼け空。根本的に赤い色は好きではない。血のようで、なんだか気持ち悪い。
「そうね……ずっとここにいたら、私たちまで空に溶け込んじゃうかもね」
 と、私は微笑みかけた。妹も嬉しそうに、夕日の反射で橙色に染まった金髪を縦に振って見せる。そしてまた、空へと向き直った。
 ……私も、嬉しい。
 妹が喜ぶなら、私はどんな嘘だってつけた。
 たとえそれが、私が私でなくなってしまうほど救いようのない欺瞞であったとしても、この子が笑ってくれるならそれでもいい。
「あたしね、いつかあの向こう側に行ってみたいの」
 何を言い出すのだろう、この子は。あの山の果てではいつも戦争が起こっていて、たくさんの人が死んでいるというのに。
 あるいは、空の向こう側とでも言うのか。馬鹿馬鹿しい。あの果てに世界はなく、ただ空虚が拡がっているだけだ。
「いいわね。お姉ちゃんも行きたいなぁ」
 また、嘘をついた。
「うん、一緒に行こう! ママにお弁当作ってもらって、ふたりで手をつないで! それでね、それでね……」
 どうしよう。
 そればかり考えていた。山の果てであろうが空の果てであろうが、死にに行くことになんら変わりはない。それよりも残酷なものがあったとしても、私はむしろそちらを甘受するだろう。
 死ぬのは……駄目。死んではいけない。駄目。駄目。駄目。駄目。
「それでね、ふたりでお城をつくるの。でも、そこにお日様はないの。だからお空をつくるの。月はいらないの。だって、楽園があるから」
「……? 劇場でも建てるの? それとも、お菓子のお城?」
 嬉々として語る妹の言葉に、私が連想したのがそれらだった。お菓子のお城、というのは自分でもどうかと思うが。
 馬鹿な子だ。だが、愛しい子だ。ほら、こんなにも昂ぶっている。私の身体も心も、この子への愛で溢れている。
 いつも、願っていた。この子とひとつになりたい……ひとつになれたら、どんなに気持ちいいだろう。
 そうしたら……嘘をつくことも、なくなるのに。
「でもね、騎士様はいないの。だって、『剣』は嫌いだもの。だから、そこに『弓』を引けるひとはいないの」
『弓』。懐かしい響きだ。あれはどこにしまっただろう……? あの太陽よりも太陽らしく輝く、光の『弓』を。
 ……と、ふと右手に温もりを感じて、そちらを見やる……
 妹が、手を繋いできていた。小さなその手で、一所懸命に私の手を握ってくる。私も、思わず握り返していた。
 真摯に、私の目を見返してきている。この子の瞳に映る私が、ひどく虚ろに見えた……
 私の瞳に映るこの子は、一体どんなふうに見えるのだろう?  この子は、私の瞳に映る自分の姿を見て、どう思っているのだろう?
 気づいてくれるだろうか? 私のこの愛に……
「ねぇ、行こう?」
 と、不意に声をかけられて、私は半ば反射的に妹から目を逸らしていた。見透かされたような気がしたのだ。
 有り得ない、と心の中で自分に言い聞かせてから、私は妹に向き直った。妹が、後を続ける。
「行こうよ。今から、あの向こう側へ」
「だ、駄目よ。おかしなこと言わないで。あなたはまだ小さいし、それにこれから……」
 慌てて私は首を振って言い返した……が、その先の言葉が出て来ない。大樹の枝分かれのように思考を張り巡らすが、すぐに何か黒いものに刈り取られて、何も考えられなくなる。
「これから……」
これから、何があるというのだ。あるとすれば、夕食ぐらいのものだろう。そう、もうすぐ母様がエプロン姿で呼びに来るはず……
 父様と母様、私とこの子……四人で何気ない会話を交わしながら取る食事……それから、お風呂に入るんだ。私とこの子と母様で……
 そして就寝。この子を抱きながら眠るの。子守唄は、いつものあの歌。それで、時々この子のことを寝言で呼ぶの。「−−−−」って。
 ……………………え?
「あたしと、お姉ちゃんだけの『城』よ。もう、『苦痛』に苛まれることもないの。『運命』は、他に用意するから」
 妹は囁くようにそう言った。その声の一音一音が、さながら槍のごとく私の心を貫く。
 ワタシを貫くワタシのココロ。たくさんのココロに貫かれたワタシとココロ。
「お姉ちゃんが望むなら、この『現実』を続けてもいいわ。でも、ヒトは駄目。あれは『崩壊』を招くだけだもの」
「嘘……なの? 私も……あなたも……みんな……みんな、みんな、みんなっ!」
 私は、癇癪を起こした子供のように、髪を振り乱して叫んだ。その際に左手をバルコニーの手摺りにぶつけ、ひどく痛んだ……
 と、同時に、手摺りが砕け散った。ガラス細工の置物のように、脆く、あっさりと。
 それが導火線となって、破壊が拡がる。砂の城が、嵐に吹き飛ばされるかのように。
 周囲が全て、色を失い崩れ去っていく。
 ……終わる……
 それでも、妹は私の手を離さなかった。しっかりと握ったまま、つぶやいてくる……
「欺いていたのはあなたでしょう? クリスミスティ=キャロル」
 ごぅんっ…………
 という音が重く響くと共に、周囲を暗闇が覆い尽くす。だが、私たちの姿だけははっきりと見えた……まるで光と闇が、その役割を失ったかのように。
「本当に城が欲しいのは、あなたのはずよ。だから、あたしが創ってあげようと言うの。とても汚い、あなたのために」
「嫌……嫌……ああああああっ!」
 私は左手だけで頭を抱えて、その場にうずくまった。右手は未だ、繋がれたまま……
 まるで、胸に杭を打たれたように……
「妹に欲情し、嘘を並べて嫌われないように生きて、背徳的な妄想にふけりながら自分を慰めて……そして死んでいくよりはマシでしょ?」
 痛い……痛い、痛い、イタイっ!
「全ての世界の『消滅』を願い、自分だけの世界を『創造』しようとした……ふふ……どうしようもないほど……哀れね」
 嘲笑を交えて、言ってくる……
 妹の……『彼女』の長い金髪が、私の頬にかかる。『彼女』は、その小さな胸に私の顔を埋めた。
「最後に、愛してあげる。あなたが望むままに、あたしを好きにしていいのよ」
 全てが優しく、甘く抱擁される……これは魔法……私が『壊れ』ていく。
 ……駄目。もう、逢えない。
「そろそろ『終わり』ましょう……楽園の聖歌よ……」

 そして……世界は、連鎖する。

《つづく》


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