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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫に願いを


4th



 十二月二十四日。
「はうーっ、今日は待ちに待ったクリスマスっ! 年に一度の聖なる夜っ! ねぇ、なんだか血沸き肉踊らないっ?」
 演劇のヒロインでも気取っているのか、一言一句にアクションをつけて、亜弥子が喚いている。
 いつ見ても元気な子だ。針で刺したら、ぱん、と弾けて萎れてしまうんじゃないだろうか。うん、面白そうだ。今度、試してみよう。
「毎年、決まってイヴの日に自衛隊が出動して、市民を交えて市街模擬戦闘を繰り広げるっていう習慣でもあったなら、そうかもね」
 私は机に肘をついたまま、飲んでいたパックのミルクティーからストローを抜いて、その先端を亜矢子に向けた。
 すると彼女は変わらぬ調子で、私の机に音もなく腰を下ろしてきた……そういう動作を優雅にしてみせるのは、彼女の才能だと思う。
「そういう、絶妙にシュールなことじゃなくってさ……ほら、あるでしょ? イヴの夜は彼氏と二人きりで……」
「いきなり拉致監禁されて、何人もの男に陵辱されながら模擬戦で火の海になった街を眺めるの? それこそシュールだと思うけど」
「……クリスマスに何か忌々しい思い出でもあんの? それ以前に、なんで模擬戦闘にこだわるのか気になるけど」
 さすがに肩を落として、亜弥子は溜め息混じりに訊いてきた。
「ただ、好きじゃないだけよ」
 とりあえず、簡単に答えておく。後者は無視した。というか、無視せざるを得ない。私にだって分かるか、そんなこと。
「亜弥子は好きそうね、クリスマス。なんか、好きそうな感じだもの」
「それって、遠回しに馬鹿にしてない?」
 亜弥子は私の目の前に手をつき、半眼になって言い返してきた。ここで私が「うん」と答えたらどうするつもりなのだろう、この子は。
「ま、去年までは私もさ、『男とデートして朝帰り』ってパターンだったんだけど……」
「その男もチャレンジャーよね。爆弾とHするなんて、人生うまくいってないのかしら」
「だれがよっ!? そうやってさりげなく人権を侵害すんの、あんたの悪いところよ」
 ほう……と、頬に手を当てて吐息する彼女。そういう仕草をしても全然お嬢様っぽくないところに、愛嬌があって私は好きだ。
「ほら、今年で私たちって卒業でしょ? だから最後くらいはさ、みんなで騒いだりしてみたいのよ」
「ということは、市街模擬戦に参加するのね。でも、みんなまで巻き込むのは迷惑過ぎるような気が……」
「するかぁぁぁっ! いくら騒ぎたいからって、なんで街を爆破したりしなきゃいけないのよっ!?」
 机から飛び降りるように立ち上がって、亜弥子は叫んだ。その時に振り上げた指が隣の机の角にぶつかったのが見えたけど、見なかったことにしておいてあげよう。
「クラスのみんなでパーティしよう、って言ってんのよ、要するに私はっ。もちろん、あんたも来るでしょ?」
 やはり痛かったのか、何気に両手を後ろに回して、もごもごさせている。この根性に関しては、いつか誉めてあげたい。
 私は彼女の言葉に、飲み干したパックをくしゃくしゃと丸めながらかぶりを振って見せた。
「ごめん。今日は……用事があるから」
「あら? あらあら? あんたって可愛いくせに、色気づいた話がないと思ってたけど……何よ、実は結構よろしくやってたんじゃん☆」
 と、やたら嬉しそうに身を乗り出してくる亜弥子。『用事があるから』というだけでそこまで話が飛躍するのは、女子高の女子高たる所以だろう。まぁ、否定はしないが。
「そんなところよ。ずっと前からの……約束なの」
 キンコンカンコーン……
 私が言い終わるのと同時に、始業のチャイムが鳴った。みんな慌しく席を立ち、教室を出て行く。
「あ、終業式始まっちゃう。ほら、行くわよ『優歌(ゆうか)』。戻ったらその話、詳しく聞かせてよねっ」
 そして私も席を立ち、亜弥子に手を引かれるままに体育館へと急いだ。

 十三月三十一日。
「何故、壊れないの? どうして『終わらない』の? 何度も、あなたは絶望したはずなのに」
「彼が、そう約束してくれたの。だから、『終われない』……」
「シエル……彼は、もういない。彼の『弓』も、もうないのよ。あなたには、どうすることもできない。無力なのよ」
「『弓』はまだあるわ……どこかに。いずれ誰かがそれを見つけ、あなたを射る。必ずね」
「楽園の聖者は、全てあたしが『壊した』……あなたも、これから世界に『還る』……真実を知る者は、誰もいないのよ」
「『ヒト』はそんなに馬鹿じゃないわ。いつかは気づくわよ。世界が、楽園の『模型』だってことに」
「……その時、あなたは生きているかしら」
「生きているに決まってるわ。だってそこは、私の世界でもあるんですもの」
「また、『壊す』わ」
「無駄よ。……そろそろ時間ね……もう、行くわ」
「あなたと再びこうして話し合える日を、楽しみにしているわ」
「そうね。次は……『殺しに来る』わ。彼と一緒にね」
 そして……一月一日。

 十二月二十四日。
ずっと、言えなかった言葉がある。言いたかった言葉がある。言わなければならない言葉がある…… 「ごめんなさい」
 雪が、降っていた。
 噴水の音が、聞こえてくる。白い匂いのする風。木擦れの囁き。まばらな人の雑踏。男と女。  夜の公園。その中心に立つ、花嫁衣裳さながらに飾られたクリスマスツリー。その灯かりの下、樹を背に、私はいた。
 私がいる場所は、いつだって世界の中心。この世界に『苦痛』が溢れるまで、私は中心であり続ける。
 その、義務がある。
「あの時、私は『苦痛』に支配されて、『弓』を引けなかった……そこを『彼女』につけこまれて……結果、世界は終わってしまった」
 聖なる夜の灯かりはどれも美しく、神秘的にすら見える。
 そして何故か……寂しい……
「これは最後の『希望』なんだよ」
 その声は、私の背後から聞こえてきた……つまり、このクリスマスツリーの向こう側から。
 分かっていた。そこにいるということは。でも、あなたはどこにもいない……世界に存在する権利がない。
 あなたはそこにはいないの。分かっていた。そこにいないということは。
「『聖者』はもういない。『運命』さえも、『彼女』の制御下にある……でも、世界の中心には、君がいるんだ」
「それが……『希望』だと言うの?」
 熱いものが、胸に込み上げる……目の奥も、熱くなってきた。指先が、痺れる。身体も、『震え』始める。
 希望。誰の? ヒトの望み……? 私の願い? あなたの?『彼女』の? それとも世界の?
 ……どれも、嫌。
「そう。だから、もう苦しまなくていいんだよ……君は、『絶望』なんかじゃない」
 ……足音が……近づいてくる。後ろから、こちらへ。
 すっ……と、私の顔の前を何かが横切った。私は反射的にそれを目で追いかけて……それが、彼の腕だと知った。
 樹に手をついて、私を両腕で挟むように。あの時と変わらぬ姿で、彼はそこにいた。
 でも、権利の無いあなたはそこにはいないの。
「『壊れ』ても、『壊れ』ても、君は僕との約束を守ろうとしてくれた……ありがとう。本当に、感謝してる」
「違うのっ……! ただ、死にたくなかっただけなの!」
 抑えていたものが、私の頬を流れ落ちる。もう、何が何だか分からない。叫んでいないと、狂ってしまうかもしれない。
「生きる理由が欲しかっただけなの! あなたとの約束を、死にたくない理由にしてごまかしてただけっ…………!」
 と、そこで言葉が詰まった……いや、詰められたのか……
 冷たい感触が、私の唇を塞いでいる。心臓が跳ね回っていた。刺すように冷たいが、不快ではない。
 なんにしろ理解できたことは、彼が私にキスをしているということだけだった。
「……君が生きたいと思うだけ生きればいい……死にたくなかったら、精一杯それに抗ってみればいい」
 少しだけ……本当にほんの少しだけ唇を離して、彼が告げてくる。吐息が、私の顔にかかる。
 全て、有りはしない。もう、あなたはいないの。
「もし死にたくなったら……」
 そして再び、彼は私の唇を求めて近づく……が、今度は感触はなかった。
 彼は……彼自身、理解しているのかどうか……世界から、消失しようとしていた。
 夜の闇に溶けるかのように希薄になっていく彼の身体が、私に重なる。私を通り過ぎた頃……彼は、もういなくなっていた。
 ……いつから、彼はいなくなっていたのだろう。いつ、彼はいなくなったのだろう。
 耳の奥に、彼の最後の言葉だけが残っている。
「もし死にたくなったら……また、僕に会いに来て……」
 世界が、晴れる。
 ……そう、分かっていた。あなたは、ここにいたの。
 私はコートの袖で涙を拭い、ゆっくりと歩き出した。何回か道行く人とすれ違って、やがて噴水の前で、足を止める。
 振り返って……私は、微笑んだ。うまく笑えているか、気にしながら。
 ずっと、言えなかった言葉がある。言いたかった言葉がある。言わなければならない言葉がある……
「もう、来ないよ」
 …………ありがとう。

 それは、長く儚い戯曲。
 これから始まる、私の世界だ。

≪続劇≫



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