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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫


第1話

羽鳥優歌



 一月八日。
「おっはよおぅっ! ついでにあけましておめでとうっ! 謹賀新年とりあえずよろしくっ!」
「おはよう。あけましておめでとう。今年もどうぞよろしく。じゃ、おつかれ」

 淡々と、私は挨拶を返し、足早に自分の席へと向かった。
 うん、我ながら完璧なまでにコンパクトな返事だ。素晴らしい。
 机の上に鞄を置き、椅子に腰を下ろす……鞄の上に頬杖などつきながら窓の外を見やる。
 この季節、窓際の席は絶妙だ。陽光が差して暖かい。雪が降れば、眺めることもできる。
 読書をするにも、おあつらえむきな席だ。
 ほぅ……と、私は吐息して、
「今年で、卒業ね……未来が見えないのって怖いわ……」
「ひとさまの挨拶を三秒でかわしといて、何ほざいてんのよっ!」
 と、うるさいのがうるさいのらしく喚きながら、私の机の上にばんっ、と手を叩きつけてきた。
 保坂亜弥子。艶やかな黒髪を背中に垂らした、一見するとお嬢様っぽい印象の女だ。
 仕草も基本的には淑やかだったりする。基本的には。
 それが実はただの殻で、中身は爆弾だということは、周知の事実である。一部、彼女の男友達を除くが。
「あんたってほんとこの三年間、全っ然、変わんなかったわねー。冷静沈着っていうより、冷徹無垢ってゆーかさぁ……」
 微妙に矛盾したことを言ってくる。冷徹無垢。要するにタチ悪いってことか。ちくしょう。
「爆発しそうで爆発しない爆弾と三年間も一緒にいたからじゃないかしら。もう毎日がドキドキよ。精神に障害でもできちゃったのかも」
「『黒ひげ危機一髪』さながらに言葉のナイフで刺しまくられたせいで、最近すっごく心が痛むのよ。
 人間不信になったらどうしましょ」
「百発百中で弾け飛んでるから、スプリングがもうゆるゆるなのね。替えがないからって壊れたままで放っておくのはいけないと思うの」
「麻薬中毒の症状で自分の身体の中に爆弾があると錯覚して完全無欠なまでに自我崩壊した、って生徒がいるっていう噂があるんだけど」
 ……そして、静寂……戦慄的な、深く重い時間がゆっくりと過ぎていく……
 最初に口を開いたのは、私だった。こめかみから頬にかけて、冷や汗が垂れているのを感じる。
「……随分と言うようになったわね……いずれ、その日が来るとは思っていたけれど……」
「……今日は饒舌ね? それだけあんたも本気だったってことかしら……」
 お互い引きつった笑みなど漏らしながら、睨み合う。周りのクラスメイトたちが硬直してこちらを静観しているのが視界の端に見えた。
ふっ……と、亜弥子が息を吐いたのが聞こえた。彼女は優雅に髪を掻き上げて、
「普通さぁ、新年の挨拶の後に続く会話って、大晦日は何してた? 元旦は誰と初詣に行ったの? とかそういうのだと思うんだけど」
「大晦日は何してた? え、男とHしてた? 元旦は誰と初詣に行ったの? 初詣より姫はじめ? ふぅん、そうなの。じゃ、おつかれ」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 今の私との『会話』の何が気に入らなかったのか、亜弥子は机をばんばん叩きながら叫んだ。どうでもいいけど、鞄は叩かないでね。
「何っ!? あんたの中の私のイメージってそんな怠惰的なわけっ!? それと『おつかれ』ってどーゆー意味よっ!?」
「怠惰的っていうか退廃的っていうか堕落的っていうか。おつかれは、おつかれさまって意味よ。そんなことも知らないの?」
「ああああああああああああっ! 殺したいまくりすぎるぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
 両腕で頭を抱えながら絶叫する亜弥子。振り乱される後ろ髪が、私の顔に当たって痛い。
 うむ、もうちょっとで泣き出しそうだ。あと一押しというところか。
 と……私が胸中から、とっておきの手札を選び抜いたそのとき……
『生徒の呼び出しをします。三年五組、羽鳥優歌さん。三年五組、羽鳥優歌さん。至急、生徒会室まで来て下さい。繰り返します……』
 教室の隅に取り付けられたスピーカーから、流暢な口調の、女性の声が響いた。
 三年五組はここだ。羽鳥優歌。羽鳥?……誰だ。
「ねぇ、羽鳥さん。呼ばれてるよ?」
 そう声をかけてきたのは、隣の席の女の子である。名は確か結賀織依(おりえ)と言ったはずだ。縁のない眼鏡がとても似合っている。
 …………えっと。
「羽鳥って、私だっけ」
「やだぁ、羽鳥さんはこのクラスにはふたりもいないよー」
 口元に手を当てて、くすくすと可愛らしい笑みをこぼしながら、結賀さん。
おお、これぞ本物。ばったもんの亜弥子とはまるで違う。
 むぅ、二週間くらい『この名前』を使ってなかったから、すっかり忘れてた。
こら駄目だぞ、私のおつむ。
「冬休み中に、何かいけないことしたの?」
 微笑みは絶やさずに、あくまで穏和な表情で尋ねてくる。 
うーん、亜弥子と違って、遊んだりしたら可哀想かもしれない。
「あはは、何やったんだろーねぇ。もしかしたら始業式出れないかもしれないわね」
 おどけた口調で適当に笑い流して、私は席を立った。
 あ、そうだ。
「ごめん、結賀さん。この火の消えた爆弾、なぐさめといてくれない? このままだったら私、殺されちゃうから」
 と、私は、床にしゃがみ込んで危険な笑みを浮かべながらぶつぶつとつぶやいている亜弥子を指さした。
 すると結賀さんは、少しひくついた表情で、それでも笑顔でうなずいてくれた。
 私は手を振って「ありがとう」と合図して、教室を立ち去った。

 気になることが、ひとつあった。
 何故、職員室ではなく生徒会室なのか?
 つまり、私に直接用事があるのは、教師ではなく、生徒会役員ということなのか。
 なんにしろ…………
 私は、生徒会室のドアをノックしていた。
「三年五組、羽鳥優歌です」

                            ≪つづく≫


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