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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫


第3話

生きる徒の会



 六時間前。
「…………は?」
 我ながら間抜けな声で、私は訊き返していた。もしかしたら、表情も凄いことになっていたかもしれない。
 生徒会室は意外に豪奢だった。と言っても、毛皮の絨毯が敷いてあったりとか、豪華な調度品が並んでいたりとか、そういうのではない。
 まず第一に、部屋が広い。部屋の中央に大きな円卓があり、隅には接客用のソファとテーブルが置かれている。いずれも材質はかなり高級そうに見えた。
 恐らく応接室としても使われているのだろうが、生徒会が用いるには少し贅沢すぎるような気がする。
 そして部屋には、数名の教師と生徒会役員が集まっていた。これで全員ではなかったはずだが、そんなのは私には何の関係もない。
 なんにしろ……私の声に対する答えは、すぐに返ってきた。
「生徒指導実行委員副部長補佐。任命されたのは君だ」
 入り口より少し前に立っている私から見て、円卓の正面の席に座っている年配の教師が、自分の顎鬚など撫でながら告げてきた。
 なんなんだ、その中途半端な名前の役職は!? それに、この時期に新しい生徒会役員を決めるなんて……
「何故、私なのかを先にお聞きした方がよろしいんでしょうか……それとも、その役職についての具体的な説明を伺うべきなんでしょうか」
 とりあえず軽い皮肉を交えて、そう訊いてみる。答えたのは、その教師の隣にいる若い女性だった。確か、ウチの英語の担任だったか。 「役職名自体に意味はないのよ。ただ、あなたに特定の生徒の行動を管理、制限して欲しいだけなの」
「明日、羽鳥さんのクラスに転校生が来るんだよ。知っていたかい?……いや、このことはまだ公言していないからね。知ってるはずないか」
 その後に続いて勝手に自問自答を披露して見せたのは、生徒会長だった。
 定例の集会で何度か顔を見たことがあるが、男言葉を話す、髪の短い女である。なんだか鬱陶しい。
 とにかく、彼の言葉の中で理解できたのは、転校生が来る、ということだけだった。
「この時期に、ですか?」
「その転校生というのが、教育委員会の権威者のご子息なのだよ。そのご子息が、この学園の付属大学を受験されてね」
「こちらの土地に慣れるという意味も兼ねて、短い間だけどここで生活することになったのよ」
 と、教師ふたりがご丁寧に引き継ぎのタイミングまで合わせて答えてくる。だが、そんなことはどうでもよかった。
 子息。その単語だけが、頭の中でぐるぐると渦を巻いていた。
「……ここは、女子校だったと記憶していますが。それとも、いつの間にか私の脳が何かの薬品に侵されていて常に幻覚症状にあるとか」
 わざとらしく小首を傾げ、皮肉っぽく微笑などしながら私は揶揄した。だが、相手は別段気にしたふうでもなく、淡々と、
「別に珍しいことではない。過去数年間で、女子高等学校に男性の生徒の入学を許可したという例はいくつもある」
「そこで羽鳥さんに生徒会役員として、彼の行動を管理して欲しいんだ」
 最後に生徒会長がにこりと笑顔を向けてきた。だからあんたのことは嫌いだっていうのに。それにあんた二年だろ。先輩と呼べ、先輩と。
 まあ、確かに……その転校生というのがどうしようもない節操無しだったとしたら、大問題になり兼ねない。
 あるいは変態だったとしても、それはそれで大いに問題あるけど……
 もしそれが現実に起こり、ニュースで取り上げられでもしたら、学園の信用は一気に失墜する。無論、その教育委員会とて例外ではない。
 だが、まだひとつ疑問は残っている。考えてみれば、これが一番不条理だった。
「どうして私なんです? 五組だけじゃない、他のクラスにも、私より管理能力に優れた人材はいくらでもいると思いますが」
「あなたのように、皮肉の上手な生徒が他にいれば、考えないでもなかったわね」
 と、若い英語教師は、口元に手を当ててくすりと笑った。
 やかましい。大体こういうときは嘘でも、良いふうに言うもんだろ。どーでもいいけど、そんな基準で選ぶなよ、あんたら。
「そういうのは普通、生徒だけに一任せず、先生方が責任を持って対処するべきだと思うんですが?」
 私のそのひとことは、場の全員の表情を僅かに緊張で強ばらせた。どうやら、核心を突いたらしい。
 だが、その沈黙は長くは続かなかった。
 正面の年配の教師……この男が教頭だということを私は今頃思い出した……が冷静な声で答えた。
「我が菱洋学園としては、そのご子息を丁重にもてなしたいと考えている。教師の手による自由の制限は、なるべくなら控えたいのだよ」
 ……なるほど。そういうことか。
 要するに教師がその転校生にあれこれ言って、余計な波を立てたくないわけだ。そのご子息とやらが親に告げ口するかもしれないから。
 そこで、それなら口やかましい生徒を用意してそいつに管理させればいい、と考えた。
そしたら相手も、『うるさい奴がいるな』程度にしか思わないだろう。

 利用しようってわけね……この私を。ふふ、面白いじゃない。
「強要しているわけではないのだよ。君が辞退したいと言うのならば、他にリストアップした適格者の中から選び出せばいいだけだ……」
「いえ、お引き受けしますわ。この羽鳥優歌、必ず学園の期待に応えてみせます。では、失礼しました……」
 あえてくそ丁寧な口調でそう言って、私は一礼して生徒会室を後にした。
 ドアを閉めて……私は我知らず、笑みを浮かべていた。自分でもはっきりと分かるほどの、不敵な笑みを。
 世界の中心を人間の手でどれだけ操れるか……試されてみるのも、悪くはない。

 十七時間後。
 そいつは、来た。
 担任の先生が簡単な説明を終えた後、教室に入ってきた男が、黒板にさらさらとチョークを走らせる。
 そしてこちらを振り向く。その爽やかな微笑みが、嫌すぎるくらい印象的だった。
「神楽祐一です。短い間ですが、よろしくお願いします」

            ≪つづく≫



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