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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫


第4話

神楽祐一



「基本からしてアイドル顔よね☆ 背も高いし、足も長いし☆」
「かっこいいよね☆ 自己紹介のときに見せたあの笑顔が忘れらんないのー☆
 え? やめてよ、ウチの彼なんかと比べるのは」
「さっきの英語の時間、凄かったよねー☆ あんな難しい問題当てられたのに冷静で、しかもすらすら訳してっちゃうんだもん☆」
「ねぇ、四時間目の体育のとき、見た? ダンクよ、ダンク☆ あんなの間近で見たの初めてよぉー☆」
「周りみんな女子ばっかりなのに、別に気にしたふうでもなくてさ。フェミニストなのかしら、彼☆」
 ……というのが、転校生神楽少年に対するクラスメイトたちの印象である。 まあ、意外と評判は悪くないらしい。
 確かに彼女らの言う通り、神楽はちゃらちゃらしてもいないし、根暗な奴でもない。一言で片付けてしまうなら、『いい男』だった。
「神楽君か……いいわよねぇ、あの見るからに『攻キャラ』っぽい雰囲気がさぁ……☆」
 亜弥子までもが、私の机の上に指定席さながらに座りながらうっとりした眼差しで、クラスの女子たちに囲まれている神楽を見つめていた。
 どうでもいいけど、そのディープな評価の仕方はやめろ。
「亜弥子が万年排卵日なのは知ってるけど、いくら打ち止めが近いからって、襲いかかるのだけは自制しなさいよ」
「誰がよっ!? だから、そういう微妙にリアルなことをこんなとこで口に出すなって言ってんのよいつも私はっ!」
 倒置法だかなんだか分からない文法でそう叫び返して、亜弥子が睨んでくる。なんだかんだ言って、周りは気になるのね。
「ねぇ、羽鳥さん。一応、挨拶しておいた方がよくない? その……なになに補佐として」
 そんなくそどうでもいい亜弥子とのやり取りに、隣の結賀さんが口を入れてきた。その口ぶりから、彼女は奴にあまり興味がないらしい。
 私は、ふっ……と鋭く息を吐いて席を立ち、前髪を掻き上げた。亜弥子ほど優雅な仕草ではないにしろ。
「そうね……奴が調子付く前に、支配者と従者の関係ってのがどういうものか理解させてあげた方がいいわね」
「支配って……羽鳥さん、何か勘違いしてるよーな……」
 ひきつった笑みでそううめく結賀さんに、亜弥子は諦めたようにかぶりを振りながら、
「無駄だってば、織依ちゃん。あれが優歌の本質っていうか真の姿なんだから」

 などと、随分と分かり切ったふうなことをほざいてくれている。後で覚えてろ。第三回さようなら亜弥子ちゃん計画を発動させてやる。
「神楽君。話があるの。ちょっといいかしら」
 自分でも背筋に寒気が走るような典型的なお嬢様口調で、私は神楽に告げた。
 すると、本人よりも素早くその声に反応した女子たちが一斉に、剣呑な表情でこちらを振り向いた。怖いぞ、お前ら……
「何?」
 神楽は穏やかに微笑みながら、軽く首を傾げてみせた。その仕草がまた、女子たちを唸らせる。なんだかヤな奴だ。
 あくまで私は態度を変えずに、神楽の机に手をついて、座っている彼と同じ高さまで姿勢を落とした。
「本来、女子校であるこの学園に身を置く以上、あなたにはわきまえておいて欲しいことがあるの。それについてのお話よ」
「それなら充分、承知しているつもりだけど。あ、君はこのクラスの委員長か何かかい? だったら、よろしくね」
 笑顔は崩さず、爽やかに握手を求めてくる神楽。だが、私はそれを握り返さずに、言葉だけを続けた。
「あなたの行動を管理するように言われているの。悪く思わないでね」
 あえて、『制限』の部分は省いておく。
 神楽は出した手を引っ込め、その手を自分の喉元に軽く添えながら、すまなそうに、
「ごめんね、生徒会の人だったんだ。もしかして生徒会長かな? ちょうどよかった、今日の帰りにでも挨拶に伺おうと……」
「生徒指導実行委員副部長補佐よ」
 ……と、神楽の言葉が途切れた。取り巻きの女子たちも、わけが分からないというような顔で、こちらを見返してきている。
「……ええと……何? よく聞き取れなかったんだ」
 その中でいち早く平静を取り戻した神楽が、それでも笑顔で訊き返してきた。
私は先よりも強い口調で、
「生徒指導実行委員副部長補佐よっ」
「……なんだか中途半端な肩書きだねぇ」
「うるさいわねっ! とにかく、今日からあなたの行動は逐一この私が管理させていただきますから、そのつもりで!」
 語気を荒らげて、私は言い放った。なんか癪に障る奴だ。初対面で中途半端呼ばわりされたのは初めてである。分からないではないけど。
 しかし神楽は嫌な顔ひとつせず、再び手を差し出した。今度は強引に、机の上にあった私の手を握ってくる。
「神楽祐一です。よろしく」
 一瞬、思い切り殴り倒してやろうかと考えたが、その真摯な眼差しに、私は思わず踏みとどまった。
 なんか癪に障る奴だ。だが……何故か、憎めない。
 考えてみれば、こいつは何も悪い奴じゃないんだ。いい奴だっていう保証もないけど。
 ともあれ、このままでは名乗り返すまで手を離してくれそうにないような気がしたので、私は口を開いた。
「……羽鳥優歌よ」
 私の名前が聞けたのが嬉しかったわけではないだろうが、神楽が握手している手の力を少しだけ強めたのを感じた。
 ……おかしな奴だ。

 それから、何事もなく日常は過ぎていった。
 毎日、可能な限り神楽の行動は観察していたが、何か不祥事をしでかしたとか、そういうことは一切なかった。
 そして、彼に対するクラスの女子の好意的な話題も絶えない。いつしか他のクラスにまで、神楽の話題は広まっていた。
「おはよう、羽鳥さん」
 神楽は毎朝、雨の日でも機嫌良く、そんなふうに普通に接してきた。私も、それに適当に応える。
 友達同士のような会話も、何度かあった。思わず談笑してしまったことも、指を折って数えるくらいにはあった。
 神楽はいい奴だ。
 私は、そう確信していた。管理する必要などないと思っていた。ごく普通に、友達のようにやっていけると思っていた。
 だが……
 神楽はいい奴だ。
 私は、そう思い込んでいただけだった。
 彼が転校してきて二週間目。
 それは、起こった。
 そしてそれが、私と神楽の『運命』の始まりであったことに、このとき私はまだ気づいてはいなかった。

          ≪つづく≫



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