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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫


第7話

解き方のない方程式



 ただ単純に物事を理解しようと思ったならば。
 まず、整理することだ。とりあえず内容はどうでもいい。最も辻褄の合う順番に並び替えることが先決だ。
 考えるのはそれからでも遅くはない。端的に記号化された情報を、パズルの要領で組み合わせていけばいい。それだけだ。
 そこから導き出されたものが正解であれ、そうでないにしろ……自分なりに理解できたということには変わりはない。
 それでも理解できないなら、そう……全ては夢だと諦めて、忘れてしまうことだ。
 終わらない夢想など有りはしない。終わらない時間など有りはしない。
 だが、終わりのない真理もあるということだけは、失念してはいけない。
 夢は所詮、自分自身ではないのだから。

 学校とは、箱庭だ。
 人がいて、階級があって、指導者がいて、それらが社会を形成している。
 あけすけに言ってしまえば、モラトリアムの空間だ。ここは女子校であるが、
世の中の学校に通う少年少女たちはみんな曖昧だと言える。
 不安が蔓延する社会。見えない自分。信じられない未来。現実に対する傲慢な認識。
 そんな青少年たちの楽園。未来はいつか訪れるものだと分かってはいるが、今の自分に終わりはないのだと思い込んでいる彼ら。
 悩むことを恥じてはいけない。それを、自分だけで解決しようと思ってはいけない。
 頭では理解しているのに……それへの恐怖のみが、塞がらない傷から溢れ出す血のように、心を浸していく。
 学校とは、箱庭だ。
 そして私もその一部であることを……今になって、分かったのだった。

 かつて私はヒトではなかった。
 ヒトの姿をした、形があるようで輪郭のない、純粋にそこにあるだけの存在。

 つまり、『楽園の聖者』。
 楽園の主は、私たち世界の管理者を創造し、自らが創り上げた楽園の模型を管理させた。
 世界が壊れたら、それを修復するのは聖者の役目。苦痛が蔓延すれば、それを浄化するのも聖者の役目。
 流した血の量だけ、悲しみが渦巻いている。
『楽園の聖者』とは、つまりそういうものだった。
 だが、数多くあった世界は、もう無い。聖者たちも、楽園の主によって消滅させられた。
 そして、これが最後の世界。
 世界は、私。私と共にあるものは、この世界の全て。歪み壊れ消えるそのときまで、私は世界の中心であり続ける。
 私はヒトとして生きることを選び、大地に足を下ろした。
 何千年……何百年。私は、この世界で生きてきた。今も、生きている。まだ、死んでいない。いつかは死ぬのだろうか、私も。
 だが、終わる前に……私と、この世界が終わるその前に……殺さなければらない女がいる。
 それが願いだった。
 それが痛みだった。
 滅びるのは、それからでも遅くはない。

 恋をしたことはなかった。
 愛されたこともない。心が焼けるほど、誰かを愛したこともない。その必要がない。
 一方的な情欲など、気持ち悪いだけだ。

 喫煙者を批判するように。
 自分の考えを相手に押しつけるのは、嫌だった。逆もまた然り。それ同士のぶつかり合いは、聞いているだけで吐き気がした。

 傲慢な人間は好きじゃない。まあ、これは誰もが嫌いだろうが。

 自分のことを、誰かに話した記憶はあまりない。あったとしても、当たり障りのないことばかりだ。
 興味がなかったのだ。私自身のことに。だって今の私は、本来の私ではないから。
 たまに寂しさを紛らわすために、誰かと話したりすることはある。
 だが、そこに自分の話題などなかった。

 私が私でいられる時間。
 それが今、とても曖昧に感じられる。
 管理者としての私。世界の中心としての私。羽鳥優歌としての私。
 優先順位をつけるべきではない。分析して、解答を出すべきでもない。
 きっと、そこに結論はないから。

 神楽祐一。
 嘘つき。詐欺師。嫌な男。
 私と、同じ目をした男。
 あの男が来てからだった。こんなにも胸が痛いのは……
 ただ単純に物事を理解しようと思ったならば。
悩むことを恥じてはいけない。それを、自分だけで解決しようと思ってはいけない。
何千年……何百年。私は、この世界で生きてきた。今も、生きている。まだ、死んでいない。いつかは死ぬのだろうか、私も。
恋をしたことはなかった。
喫煙者を批判するように。
傲慢な人間は好きじゃない。
興味がなかったのだ。私自身のことに。
管理者としての私。世界の中心としての私。羽鳥優歌としての私。
神楽祐一。
こんなにも胸が痛いのは……
 ……これは、不安だ。

物事に純粋な理解を求めるならば。
 整理してはいけない。考えてはいけない。
 ただ、感じるだけ。それでいい。感じたことがそのまま、理解に繋がる。
 それでも理解できないなら、そう……夢の中の出来事と同じように、漠然と受け止めてしまえばいい。
 終わらない夢想は死の淵に見る妄想だ。終わらない時間を刻むのは壊れた時計だけで充分だ。
 自分という存在を無視した終わりのない真理などに興味はない。
 夢に生きているのは、私かもしれないから。

             ≪つづく≫



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