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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫


第8話

なぜ君と出逢ったの



「ねー。なんか理由があると思うのよー。例えば誰かに致命的な弱みを握られた
とかさー」
 それが致命的であれそうでないにしろ、弱みというものは決して否定できない
ものである。
 だが、私にはそれができた。なぜならと語るのも馬鹿馬鹿しいが……そのよう
な事実が無ければ、否定する以前の問題だからだ。
 だから無視して、私は弁当をぱくついた。コンビニ弁当だが、この素朴と絶妙
の紙一重の味付けが、また風情があってよろしい。
「それか、ある拍子に自分の身体が内臓も含めて全部まるごと逆についてるのに
気づいちゃったとか。あ、でも手の形は普通よね」
 どういう状態なのか非常に興味があったが、そんな事実もないというか有り得
ないので、また無視。
「するとやっぱり病気の線かー……んー、そうね。限りなく物理的な精神病と
か。脳内麻薬が絶え間なく分泌されてたりして?」
 疑問符までつけてもらって悪いけど、鬱陶しいからもう黙れ。というわけで無
視。
 最後の卵焼きとごはんを口に運び、ひとしきりそれを味わった後、胃の中に流
し込む。
 ビニール袋にゴミを詰め込み、パックのミルクティーを吸う……うむ、至福
だ。これで午後の授業がなければ、笑っていたかもしれない。
「むー……考えてみるに、どれを取ってもあんたが意気消沈したり体調不良を起
こしたりする原因には成り得ないわねー……」
「ところで日記を始めてみようかと思うの。特に今日は、亜弥子が私のことをど
う思ってるかよく分かった素晴らしい日でもあるし」
 私が亜弥子のせりふに杭を刺すように言い返すと、彼女は頬をひつくかせて少
し後ずさりした。
 が、すぐに笑み……無論、ごまかしの意味であろうが……を浮かべ、肩をすく
めてみせると、軽い口調で言ってきた。
「まあそれは冗談として。ここまで陰鬱なあんたを見たのって初めてだからさ、
ちっと気になってるわけよ。この間の件もあるし」
「私にはこれ見よがしに恨み言を並べてるようにしか聞こえなかったんだけど」

 そう告げて、亜弥子を睨む私。
 彼女は不器用に視線をそらすと、窓を開けて両腕を広げ、冬の風を感じたりし
ていた。ていうか寒いだろ、それ。
 まあ、これで亜弥子が風邪をひこうがあまりの寒さに気が狂って窓から飛び降
りようが、知ったことではないが。
 なんとなくそれを想像していると、結賀さんが教室に入ってきた。確か今日は
食堂で食べるとか言っていたが、どうやらもう済んだらしい。
 と……彼女がこちらに向かって手招きしているのを見て、私は怪訝に眉をしか
めた。来い、ということか?
 行かない理由もないので、私は仕方なく席を立った。それを見て亜弥子が、ぱ
たぱたとみっともない足音を立ててついてくる。
 ったく、餌付けされた猫じゃないんだから。そう興味津々について来なくても
よかろーに。まあ害はないからいいけど。

「どうしたの、結賀さん? 図書室の蔵書が夜な夜な勝手にドミノ倒しを始めた
りするんだけど押してくれる人がいないからちょっぴり悲し
くなっちゃう☆ だって女の子だもん☆ 的な事件が起こってるんなら解決して
みたいと思わないこともなかったりするわよ」
「いや、分かんないけど。羽鳥さんにお客さんが来てるの」
 さらりと受け流す結賀さん。冷たくなったなー、最近。おねえちゃんは悲しい
ぞ、うりゅうりゅ。
 というようなことを一通り仕草で表してから……結賀さんが何やら不吉なもの
を見るような眼差しでこちらを見ていたのは気にしないこと
にして……、私は彼女が言うそのお客さんとやらの姿を探した。
 結賀さんの後ろに、ちょこんと……擬音でもつければちょうどそんな感じで、
小柄な女の子が立っていた。
 くるくるとした髪の毛に合わせたかのように、くりくりとした目をしている。

 胸の校章の色を見てみるに、どうやら二年生らしいが。
「羽鳥先輩、ですねっ?」
 無意味に……当人にしてみれば意味はあるのだろうが、やたらアクセントのは
っきりとした口調でそう訊いてくる。
「違うわよ」
「はうっ!? すみません、人違いでしたっ! で、本当の羽鳥先輩は、どちら
にっ?」
 私の冗談を馬鹿正直に信じて、その女の子はぺこぺこと謝ってきた。むう。な
んなんだろうな、この子は。
「羽鳥さんっ! 後輩だからってからかうなんてひどいんじゃないっ?」
 最初の方は強めに、それを恥じてか、後半になるにつれ語気が弱々しくなって
いく結賀さんのせりふ。
 それに最も俊敏に反応したのは、当の女の子だった。手のひらを返したように
目を鋭く細めると、まくし立てるように、
「あーっ! 嘘つきですぅっ! 嘘つきはこの桜吹雪が見えねぇかの始まりです
ぅっ!」
「えーと……それで私になんて答えて欲しいのか教えてくれると、私も楽できる
んだけど」
 だが女の子はまったく気にした素振りも見せず、拳を固めて熱弁を奮ってい
る。
「質問には正確な解答で返すっ! 理想的かつ常識的な行動ですぅっ! それが
できない羽鳥先輩は、アレですぅ! えっと……そう、アレ
なんですぅっ! アレがアレであるがゆえにアレだからこそ先輩はアレなわけで
要約するとアレはいけないことなんですよぅっ!」
 そこまで一息で(多分)言い放った彼女を……
 すぱぁんっ!
 ……私は、とりあえずしばき倒していた。
「ふぎゃっ!? はううっ! 何てことするですぅっ!? 見てください、鼻血
ですよぅ、鼻血っ! どーしてくれるんですかぁ!?」
「いや、なんていうか、こう……馬鹿のひとつ覚えみたいにアレ呼ばわりされま
くった側としては、やはりこうするべきかなーと思って」
 地面に顔面から叩き付けられてもなお、起き上がりこぼしよろしく復活して喚
いてきた女の子に、私は頭を掻きながらそう答えた。
 まったく結賀さんも、面倒な客をつれてきてくれたもんである。
 私が結賀さんにそういう感じの視線を投げかけると、彼女は目をそらしたよう
だった。
 ……うーん、さすがにこれがどういう状況か把握しているらしい。くそぅ、優
歌ちゃんのおもちゃ化指数を二ポイント追加してやる。
 仕方がない。適当に構ってやるか。
「まあ大体の事情は分かったわ。じゃ、おつかれ」
「まだ何も話してないですぅっ! 逃げるですかっ!? 逃げるですねっ!? 
やっぱり先輩はアレであるがゆえにアレだという結論が……」
 すぱぁんっ!
「はぎゃっ!? 今度は口の中が切れたですぅっ! 鉄の味ですよぉ、鉄の味
っ! こう、吟味してると、意外と豊かな味わいが……」
げしっ!
「あうんっ!? 腰は蹴らないでくださいですぅっ! 赤ちゃん産めない身体に
なったらどーするですぅっ!? ここは以後の慰謝料を先輩
が私の口座に毎月振り込んでくれるということで手を打……」
 がごんっ!
「ぎゃふっ! ふ、ふふ……まだまだ甘いですぅ……かかと落としは足を弧を描
くよーに振り上げて重心を後方に傾けながら……」
 ごぐんっ!
「……………………」
 最後のは、彼女に言われた通りの『かかと落とし完全版』。その一撃が、女の
子を撃沈した。
「……聖戦はようやく終わりを告げた……だけど胸に満ちているものは、なぜか
虚しさだけ……」
「あんたの言う聖戦って、ただの殺人なわけ……?」
 震え声を伴ったひきつり笑顔で、亜弥子がそう訊いてくる。
 言われてみれば……少しやりすぎたかもしれない。
 私は恐る恐る床にうつ伏せに倒れている女の子の横にしゃがみ込み……
 熱にうかされたときの譫言のように、ぶつぶつとうめき声を上げているのを聞
いた。
「い……慰謝料……頭蓋骨……かかと……アレな……やっぱり慰謝料……慰謝…
…」
 聞かなかったことにしよう。
 私は静かな水面さながらに冷静に立ち上がると、一直線に教室の中の、自分の
席へと戻って行った。
 そして、飲みかけのミルクティーをすする。温くなっていた……ちくしょう。

「ねぇ、羽鳥さんっ! あの子、放っておいたらかわいそうだよっ!」
 と、結賀さんが追いかけてくる。亜弥子も、呆れ顔で教室に入ってきたところ
だった。
「あれが?」
 私は肩をすくめながら、廊下を親指で示してみせた。
 物珍しげにかどうか知らないが、あの女の子が倒れていた位置を中心に生徒た
ちが群がっていた。その中から、何やら慰謝料とかアレとか
いう喚き声が上がっている。どうやら無事だったらしい。
 それを見て結賀さんも、口をつぐんだ。憮然というか何というか、複雑な表情
を浮かべている。
「でもあの子、絶対に復讐に来るわよ。なんか、そんな感じだもの」
 と、これは亜弥子。
 ……確かに。私はパックを握り潰して、ひとつうなずいてみせた。
「また来るでしょうね。近いうちに」

 そしてそれは夜、寝床についてから思い出したこと……いや、気づいたこと。

 結局、あの女の子は私に何の用事があったのだろう。
 ……まあいいか。どーでも。
                 
                              ≪つづく≫



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