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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫


第14話

不器用な少女たち



「きゃあああああああっ!? 宮代さんがっ! 宮代さんが殺されるぅぅぅぅぅ
ぅっ!?」
「早くっ! 早く先生をっ……ああっ、もうダメっ! 間に合わないっ!」
「武器よっ! 何でもいいから頭に『聖なる』がつく名前の武器を探してっ!」

「それだけじゃ駄目だわ! 奴を屠るにはいかにもそれっぽい感じの勇者をっ…
…!」
「私は魔王かっ!?」
 白目を剥いて泡を吹いている加奈子の首を締めながら、私は周囲で騒いでいる
他の写真部員たちに向かって叫んだ。
 その一声に彼女たちは、まるで糸を切られた操り人形のように、ぴたりと制止
した。各々、勝手な恐怖の表情を浮かべながら。
 …………お前ら…………
「何も取って喰おうってわけじゃないんだから、そうやっておとなしくしてれば
いいのよ」
「いや……そんなこと言われても……説得力が……」
 部員の一人が、私の手の中の加奈子を指し示してみせる。私は蒼白になった加
奈子の顔を見下ろし……
 ぱっ、と手を離した。支えるものは何もなく、後頭部から床に落ちる加奈子。
がんっ、という衝撃音が、深く静かに部屋の中に響く……
 写真部の部室。以前、夜中に訪れたときとあまり変わっていないが、今は他の
部員たちがいた。
 外は慌ただしい……校門の前には取材陣が押し掛け、校内は警察が歩き回って
いる。まあ当然だろう……死体が、地下で発見されたのだか
ら。しかも、謎の建築物と一緒に。
 実際、今日は授業どころではなかった。先生全員が緊急職員会議に駆り出さ
れ、その間、生徒たちがおとなしくしているはずもなく、教室 に残っていた生徒はほとんど皆無と言っても過言ではなかった。
 ……実は、私もそのひとりであったのだが。
 今は放課後。そして私は、ここにいる。
 理由は……語るまでもない。
「あんたたちに訊きたいんだけど。この情報の提供者は、どこ?」
 部員たちを鋭く見据えながら私が尋ねると、その中で髪を三つ編みにしている
娘が答えてきた。
「提供者……? あの写真は宮代さんがひとりで撮影してきたもののはずです
よ? ねぇ?」
 と、最後のは他の部員たちに同意を求めているらしかった。
 同様に彼女らはうなずき、
「仮にそんな人がいたとしても、あたしたちにはわかんないですよ」
「でも、どうして先輩がそんなことを気になさるんですか?」
 それが誰のせりふであったのか、分からなかったが……私は、思わず答えに迷
った。
 ただ喚き散らすことも含めれば、数十もの言い訳が思いついたが……
 私はそれらを口にする前に、先手を打たれていた。
「なりふり、かまってられないんですよねぇ? 羽鳥先輩」

 宮代、加奈子……
 彼女は首を押さえながら、手近な椅子を杖代わりにゆっくりと立ち上がってい
た。背中についた埃を払い落とし、さらに続ける。
「私が知ってることはほんのわずかですけど……この件に関しては徹底追及して
いくつもりですぅ」
「あなたに……何ができるというの」
「その完遂が不可能だとしても、ただ実行するだけならいくらでもできることは
ありますぅ」
 底知れない自信の炎を瞳の奥に燃やしながら、加奈子はそのまま椅子に腰を下
ろした。まだ顔は少々、青ざめているようであったが……
「先輩は、知りたくないんですかぁ?」
「……何を」
 私は、なんとなく訊き返していた。そう、なんとなく……だから、気付いたの
かもしれない。
 加奈子の瞳に灯っているのが自信の炎などではなく、ただの好奇心であったと
いうことに。
「あの男のコたちのことですぅ」
「自分でも知らないことを、これ見よがしに言うもんじゃないわ」
 絶対の確信を込めて、私は言い返した。すると加奈子は半眼になって……はっ
きり言って似合わないが……、訊いてきた。
「どうしてそう思うですぅ?」
「あいつは、そんなにお喋りな男だったかしらね?」
 ただそれだけの言葉だった。そのままの意味。他意はない。他に何かこじつけ
る理由もない。
 当然……後に生じるのは、理解だけだ。
 認めたのだろう。加奈子は、はぁ、と深く溜め息をつくと、いつもの馬鹿っぽ
い表情になった。
「はうー……ですよねぇ。先輩が、二度も引っかかるようなお馬鹿さんじゃない
って分かってたはずなんですけどぉ」
「ああああ……なんか知んないけどかなちゃんがおかしいぃぃぃ……」
 と、これは部員たち。ていうか、友達にどんな目で見られてんだ、お前。
 私は無意味に……本当に無意味に……肩口にかかった髪を一房つまみ上げ、静
かに口を開いた。
「で……その無口男は今、どこにいるの?」
「ギブ・アンド・テイク……ご存じですかぁ?」
 ……しまった。
 こちらが焦って先に質問をしたら、そう返されるのは分かり切っていたことじ
ゃないか。
 私はあくまでも平静を装いながら、
「……勿論、こちらも無償で、とは言わないつもりよ」
「オッケーですぅ☆ じゃあこっちからは、羽鳥先輩とあの死体の関係を……」

「それってどう考えてもフェアじゃないんじゃない?」
 その声は、加奈子のものでも、部員たちの声でもなかった。
 電流を直接、背筋に流されたような、そんなやましい気持ちが胸中で爆発的に
膨れ上がったのを必死で抑圧しながら、私は振り返った。
 ……部屋の入り口のドアにもたれながら。
 一体、何様になったつもりでいるのか。
 長い黒髪の、一見お嬢様風の女。最近、うっすらと化粧してやがるのを見抜い
ているのは私だけだろうか。
「はろー☆ なんか楽しそーだから、私も混ざっちゃっていいわよね?」

 保坂、亜弥子……
 なんでまた、こんなくそややこしい奴が介入してくんのよ……
「その条件だと、あんたの方が得するじゃないのさ。フェアじゃないわよ」
「あんた誰ですぅっ!?」
「『あんた』って……まあいいけど。三年五組、保坂亜弥子よ。亜弥子様と呼び
なさい。あーさまでもいいわよ」
 などと、斜に構えながら自らを親指で示し、のたまう亜弥子。それはどうでも
いいけど、いきなり話を脱線させるなよ、おい。
「気持ち悪いこと言わないで下さいですぅ! あーさまと呼ばれていいのは葵く
んだけですぅっ!」
 椅子を蹴って立ち上がり、びしぃっ! と亜弥子を指さしながらそう叫び返す
加奈子。
 ……誰だ、葵くんって。
「葵くんっていうと……東条葵くん? いいわよねー、彼の歌声……ルックスも
もちろんだけど、やっぱりあの美声よ、うん」
「だから気安く葵くんと……て、葵くんをご存じですかぁ? きゃーっ☆ かっ
こいいですよねぇ、彼ってぇ☆」
「知ってる? 葵くんってさ、今度バイクのレースに出るのよ。オフロードの。
夢叶った、って感じ?」
「あー、知ってるぅ☆ デビュー当時から言ってましたもんねぇ、俺はバイクや
りたいってぇ☆」
「あら。私なんかインディーズの頃のバンド組んでたときから言ってたの知って
るわよ」
「えーっ!? ほんとですかぁ!? インディーズ時代の葵くんのCDって手に
入らないんですよぉ。いいなあぁ」
「ふふふ……あの頃はCDじゃなくて、ライブハウスに来てくれた人にデモテー
プで売ってたのよ。しかも本人の手で」
「うきゃーっ☆ 今度、先輩の家に遊びに行きますねぇ☆ MD持っていきます
からぁ☆」
 と、最後に亜弥子の手を取ってはしゃぐ加奈子……
 ……意気投合しやがった。
 ていうか、葵くんって誰だ。
「今日でもいいわよ。この時間だったら、まだ誰も帰ってきてないだろうし」
「いいんですかぁ!? じゃあ、さっそくお邪魔しますぅ」
 と、二人はくるりときびすを返すと、出口の方へと歩き出した……まるで何事
もなかったかのように。
 何事もなかったかのように。
「帰るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 肺の底から絶叫し、私は二人の背中に思い切り蹴りを叩き込んでいた。
 二人は同時に、出口のすぐ横の壁に顔面から突っ込み、そのままずるずると床
にくずおれた……
 が、すぐに復活して、こちらに突っかかってきた。
「何すんのよっ!? せっかく、なんていうか、こう、熱い友情が芽生え始めて
いたとゆーのにっ!?」
「芽生えるな、そんなもんっ! 迷惑だっ!」
「迷惑な友情なんてどこにもないはずですぅっ! 友情は愛より固いものだっ
て、葵くんも言ってますぅ!」
「だから葵くんって誰だぁぁぁぁぁぁっ!」
 二人を交互にしばき倒しながら、私は喚き続けた。部員の女の子たちが揃って
悲鳴など上げながら部屋の隅に逃げていたが、無視。
「さぁっ! 三十秒待ってやるから、さっさと本来言いたかったことをそれぞれ
十五秒ずつで述べなさい!」
 そう言って、私は机の上に飛び乗るように腰を下ろした。
 返事は、同時だった。
「葵くん・らぶ」
 ……どうやら。
 もう既に、何かを考える必要はなかったらしい。

 …………
 床には、砕け散った椅子の破片が散乱している。カメラのレンズの破片もある
だろうが……
 何のことはなかった。
 最初からこうすればよかったのだ。
「えーと、つまり私は、彼女は写真部員だから、学級新聞に優歌のことを書ける
というメリットがあると言いたかったわけで……」
 何故かぼろぼろになっている亜弥子が、神妙に正座などしながらそう述べる。

「えーと、考えてみれば、私は何も言うことはなかったように思いますぅ……」

 それに続いて、こちらも何故かずたぼろになっている加奈子が告げてくる。
 私も、よく思い出してみれば……あまり大したことではなかったような。
 だが、話は本題に戻ったので、それだけでよしとする。
「確かに亜弥子の言う通り、フェアではないわね……下手をすれば、私は学園を
追われる。そして私も、目的を果たせない」
「だから要するにさ、こうすればいいと思ったのよ」
 答えたのは、亜弥子だった。ぱんぱん、とスカートを直しながら立ち上がり、
続ける。
「一緒に行動すればいいわけよ。お互いに知りたいことは同じなわけだし、どち
らが損をするわけでもないわ」
「えー、嫌ですぅ」
 すかさず不満の声を上げたのは、加奈子だった。亜弥子は肩などすくめつつ、
彼女に向かって、
「あんたが今、一番知りたい人物と一緒にいられるのよ? それだけで凄いメリ
ットになると思わない?」
「た、確かに……そうですけどぉ……ただ相手がアレというか殺戮ちゃんという
か……」
 加奈子のぼやきは無視して……後で一応、報復はするけど……私は、自分のあ
ごを指でつまみながら、
「そうね……私としても、この馬鹿と一緒にいれば、いつか神楽に会えるかもし
れないわね」
「で、私は事件の当事者の仲間入りってわけね☆」
 歌でも唄うかのように。
 嬉々としてそう言ったのは、亜弥子だった。何やら胸元で両手を組み合わせ、
ふるふると身体を震わせている。
 ……は?
「ちょっと待って……なんであんたまで関わってくんのよ?」
「楽しそうだから」
 と、答えた亜弥子の顔面を、私は殴り倒……
 せなかった。加減していたとはいえ、亜弥子はするりと私の腕に自分の腕を絡
ませると、大蛇の首のように顔を近づけてきた。
「私も、知りたいのよ。あんたのこと」
 囁かれたのは耳元で。
「私のこと、親友だって言ってくれたわよね? あれ、嬉しかったのよ。本当
に」
「私は……」
「分かってるわよ。あんた、不器用だもんね」
 こつん、と亜弥子が私の額を小突いてくる。昨日よりも、少し強めに。
 彼女は私の腕を解放すると、最後に軽く片目をつむって見せた。
「それに何も知らないままじゃ、胸を張ってあんたのこと親友だって言えないも
の。ね?」
 透き通るように。
 耳から、脳へ。そのまま通り抜けて、宙空へと。
 放り出される言葉。震える感覚。目の奥に光。
 ……これが。

 うれしい?

 ……これが。
 私は前髪を掻き上げて……そのまま後ろには流さず、顔の前に垂らした。なん
となく、見られたくなかったのかもしれない。
「ああ、友情ですぅ☆ 葵くんの言葉は真実だったんですねぇ……」
 ほぅ、と熱い吐息を漏らしながら、加奈子が自分の言葉に感じ入ったというふ
うに天井を見上げている。
「『殺戮ちゃんの目にも涙』。今この瞬間、ことわざ辞典に新たな一言が記され
たんですぅ」
「いや、それだとパクリになるから、『殺戮バカ一代、とりあえずバカじゃなく
なる』ていう感じで、漫画の副題みたいにするとか」
「あっははは! なんか日曜日の夕方のアニメみたいですぅ☆」
 ……世間ではこれをある種の『いじめ』と呼ぶのだろうが。
 それが全てではないことを、彼女たちは知らないらしい。
「そうね。そうかもしれないわね」
「そうよねー☆ て、何がそうなのかわかんないけど」
「先輩はどっちがいいですかぁ? 何がそうなのかわかりませんけどぉ」
「それが適用されるのはあんたらが死んだ後だぁぁぁぁぁっ!」
「ぎゃああああああああっ!?」
「いやああああああっ! また宮代さんがっ! 先輩と一緒にぃぃぃぃっ!?」

「先生をっ! 先生を呼ぶのよっ!」
「ダメよ! 何でもいいから『聖なる』がつく武器をっ!」
「勇者はっ!? 勇者はいないのぉぉぉぉぉぉっ!?」

 ……これが。
 本当の私なのかなーって思ってしまうところが、悲しい気がしないでもないわ
ね。
                   
                              ≪つづく≫



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