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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫


第15話

堕落



 ユミル、と神楽が呼称していた女……『彼女』
 全ての起源。始まりの原子。最初の揺らぎ。
 楽園の主。
『彼女』は、早い話が子供だった。おもちゃで遊ぶように世界を創り、飽きたら
壊す……
 殻の中からは絶対に目視することのできない、最も希薄で、それでいて最も確
かな存在。
 神になり切れずにいる、哀れな魂。
 その死体が、この学校の地下にある……

 何故、人は朝に活動を開始し、夜に休息するのか。
 それには単純な答えがあるようで、その実、何かの真理さえも包含しているよ
うな疑問だった。
 まあ、別に大したことではないが。
「夜の学校って、いつ来てもドキドキしますねぇ、先輩☆」
 などと、気楽な声を上げたのは、加奈子だった。カメラを両手で大事そうに持
ちながら、月明かりに照らされている校舎を見上げる。
「裏門から入ってきて正解でしたねぇ。警察さんたちがいっぱい徘徊してますよ
ぉ」
「この分だと、地下には近寄れそうにないわね……」
「三点」
「保坂先輩、辛口ですぅ☆」
「とりあえず死ね、お前ら」
 指三本立てて何やら不敵に笑んでいる亜弥子と、それに乗じてはしゃいでいる
加奈子に向かって、私は冷めた声で告げた。
 そして私は、校舎の方に視線を転じる……ところどころ明かりのついている部
屋があった。先生連中は無論のこと、警察や報道陣が中にい
るのは明々白々である。
「問題は、どうやって侵入するか……ね」
「どこか爆破してみれば? 慌ててみんなそっちの方へ駆けつけるわよ」
「先輩が屋上のフェンスの上に立って、『我こそは天からの使者、サタン・オ
ブ・ドリームスである』とか叫べばいいと思いますぅ」
「亜弥子のはともかくあんたのは何となく著作権とか関わってきそうだから却
下」
「えー、なんでですかぁ!?」
 確かになんでだろうとは思うが……
 と、ふと見やってみれば、校舎から誰か出てきたようだった。暗いのでよく分
からないが、どうやら警官らしい。
 ふたりだった。警官たちは、校門前に移動していた。警備の交代時間なのだろ
う……その警官と入れ違いに、校門の方から別の警官が同じ
くふたり、校舎の方へと歩いて行くのが見えた。
 ……これを利用しないテはない。
「亜弥子、加奈子……ちょっとここで待ってて」
 私はそれだけ言い残すと、今まで私たちが隠れていた木陰から飛び出して一直
線に、校舎へと向かっている方の警官の元へと駆け出した。

「そりゃマスコミってのはあなどれんさ。だからって、俺らが警備しなきゃなら
ん理由もないだろう?」
「仕事だからな」
 警官たちはだるそうに……右側にいる男は特に気だけるげに……愚痴をこぼし
合っていた。
「俺らは警備のプロじゃない。侵入者を撃ち殺していいってんなら話は別だが
ね」
「仕事だからな」
「せめてもの救いは……まあ、アレだ。ここが女子校だってことだよな。こう、
なんていうんだ? 女の子の香りが充満してやがるんだよ」
「仕事だからな」
「ロッカーのひとつやふたつ物色したところで、分かんねぇよなぁ……バレたら
侵入者のせいにしちまえばいいわけだし」
「仕事だからな」
「俺の弟の彼女がさぁ……また可愛いんだよ、これが。最近の女子高生ってのは
どうしてああ挑発的なのかね。まあ、喰ったけど」
「仕事だからな」
「昼間に校舎内の警備させやがれってんだ。そしたら俺なんかもう、トイレ駆け
込みまくり、ついでに女の子も連れ込みまくり、なんてな」
「…………」
「仕事だからな。って、俺が言ってどうすんだよ。て、あれ? おい、どこ行っ
た?」
「そう、これも仕事よ。だから悪く思わないでね」
 唐突に響いた私の声に、男が驚愕に目を剥く。
 その次の瞬間、男はそのまま眼球をぐるんと裏側へと回し、その場に倒れた。

 記憶操作。
 と言っても、記憶そのものを操作するわけではない。強烈な電気信号を送り込
み、脳の活動をこちらで制御するのである。
 今回のは、かなり強力な信号を送り込んである。
 だから今の彼らは、極めて躁鬱状態に近いと言えた。
「お疲れ」
「あ、お疲れさまです。これから休憩ですか?」
「仕事だからな」
「そうだ。お前ら……岩城警部が呼んでたぞ……至急、来て欲しいそうだ」
「警部が、ですか? いったい何故……?」
「分からん。だが、コンビニで弁当とお茶を買って来い的なことを言っていたよ
うな気がするぞ。うん、気がする」
「弁当と、お茶……ですか?」
「仕事だからな」
「うむ。弁当は唐揚げ弁当がいいなとか言っていたような気がするぞ。ちゃんと
温めてもらえとかなんとかとも言っていたような」
「仕事だからな」
「は、はい……分かりました」
 怪訝そうに眉をしかめながら、地下の入り口を警備していた警官は駆け足で去
って行った。
 それを確認してから、私たちは身を潜めていた階段の踊り場の陰から姿を現し
た。どうやらうまくいったようである。
「へへへ……姉御。これでいいんですかい?」
 変態の方の警官が口元を歪めながらそう言ってくる。私はひとつうなずいて、

「上出来よ。しかしあんた、実は結構偉い奴だったのねー」
「へへ……奴が俺の後輩だっただけのことでさぁ」
「そうなの……でもあんた、なんか人格変わってない? さっきはさっきで変態
ちっく全開だったけれど」
「俺っちをこんなふうにしちまったのは姉御ですぜ……」
「いや、まあ……そうかな」
「姉御も人が悪い……そうやって巧みに話を逸らそうとしても、俺ぁ約束のブツ
のことは忘れませんぜ」
「仕事だからな」
 と、変態のパートナーが後を続けてくる。ある意味、こっちの方が変態かもし
れない……
「分かってるわよ。ねぇ、加奈子」
「はいですぅ」
「上がスースーするのと下がスースーするの、どっちがいい?」
「……はいですぅ?」
 声のアクセントを低音から高音へと上げながら、加奈子が首を傾げて訊き返し
てくる。
 私は右手を差し出しながら、もう一度、問うた。
「下着脱ぐなら上か下か、どっちがいいかって訊いてんのよ」
「どっちも嫌ですぅっ!」
 自分の身体を庇うように抱えながら、加奈子が後ずさりして見せる。
 ただ静かに、私は嘆息して……すっ、と手を挙げ、
「亜弥子」
「ほいさぁ」
 私の声に応じて、亜弥子がおっさんっぽい掛け声など上げ、加奈子を後ろから
羽交い締めにする。がっちりと、固く。
「ほ、保坂先輩っ!? 何するですぅっ!?」
「これも仕事ってやつかしら。恨むならそこの暴力マシーンを恨んでね」
「裏切り者ですぅぅぅぅぅっ!」
「あ、今、先輩を裏切り者呼ばわりしたわね? 亜弥子はさぞかし深くふかーく
傷ついたでしょうし、私も親友を傷つけられてとってもハー
トブレイクな感じ。というわけで両方いただくわね」
「いぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ!」

 …………
 まあ、アレだ。
「世の中生きてたら、いきなり下着がなくなってるなんてこともたまにはあるわ
けだし。気にしちゃ駄目よ」
「そんなこと有り得ないって言いたいとこだけど、今回ばかりは優歌の意見に賛
成しちゃったりする自分がとっても可愛い☆」
「うう……あんたら鬼ですぅ……」
 私たちは地下への階段を降りながら、口々にそんなことを漏らしていた。加奈
子だけは嗚咽も漏らしているようだったが。
「催眠術かけてるくせに、どうして交換条件なんて出すんですかぁ!? それこ
そちょちょいと催眠術で操っちゃえばいいのにぃ!」
「私って……約束は守る主義なのよね……」
 ほぅ、と頬に手など添えながら、憂鬱げに私は溜め息をついてみせた。ついで
に言えば、催眠術ではないのだが。
「それ以前に約束しないで下さいですぅ! 知らない男の人に下着を奪われるの
って、間接的に犯されてるみたいで最悪なんですよぅ!?」
 地団駄など踏みながら、加奈子が喚き散らす。どうでもいいけど、階段で暴れ
たりしたら危ないぞ。
 ……あ、踏み外した。
「ひきゃあああああああああぁぁぁぁぁ…………」
 ごろごろと景気よく階段を転げ落ちていく加奈子。だから言ったのに……い
や、実は言ってなかったような……
 うるさいのがいなくなって、亜弥子がふと思い出したように尋ねてくる。
「ねぇ。この下で死体が発見されたんでしょ?」
「そうよ」
「だったらさ……もう死体ってとっくに片づけられてるんじゃないの?」
「それはないわね」
「……え?」
 私の答えに、亜弥子はこちらの予想通りの反応を示してみせた。
 この下には、まだ死体があるはずだった。
 何故なら……『彼女』に触れることのできる人間など、存在しないからだ。
 だが……『彼女』は殺された。いや、多分まだ死んではいないだろう。『彼
女』は『弓』でなければ殺せない。
 殺すまではできなくとも、半死半生の状態にして捕縛することのできる人間
が、この世界に確かに存在している……
 神楽?
 奴……ではないような気がする。何の根拠もない、ただの勘に過ぎなかったが
……
 と……不意に、何かを踏んだような気がした。いや、踏んだのだろう。そう
だ。確かに踏んだ。
 別に得体の知れないものを踏んだわけでもないだろう。だから無視。
「痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃっ!」
 私の足に踏まれている物体は、何故か甲高い声で叫んだりしていた。黙れ、物
体の分際で。うるさいぞ物体。
「痛いですぅぅぅっ! どきやがれくそったれですぅっ!」
 とりあえず。
 物体の頭に相当する部分を強く踏みつけてから、私は『それ』から飛び降り
た。
 私が降りるや否や、物体……加奈子は、ぴょこんと跳ねるように起きあがる
と、こちらに指をつきつけながら、
「絶対いまのはわざとですぅっ! 最近なんだか忘れてたよーな気がしますけ
ど、慰謝料払えですぅっ!」
「それについて忘却するまで、あんたを物体扱いしてもいいのよ」
「うっ……! そんな脅しには乗りませんですぅ! ペンは剣よりも強し、慰謝
料は加害者よりも強しですぅ!」
「人間は物体よりも強しっ!」
「あああああっ! なんか有り得ないけど問答無用の説得力がぁぁぁぁっ!」
 自分の頭を抱えてその場にうずくまりながら、加奈子。ふっ……ついに認めた
か。
 何やら亜弥子が同士を見るような眼差しで微笑みながら彼女の背中を叩いてあ
げているようだったが……見なかったことにしておく。
 周囲を見回してみれば……どうやら、最下層に着いたらしい。何のことはな
い、そこはただの物置だった。
 古びた教科書、机、椅子……まだ使えそうなピアノまで置いてあった。大して
埃っぽくないのは、最近、警察か先生らの手によって掃除さ
れたからだろう。天井には拳大ほどの電球がぶらさがっている。それだけが、こ
この唯一の明かりだった……
 が、部屋の奥から、神々しいばかりの光が溢れてきていた。真昼の太陽をまと
もに直視してしまったように、目の奥がちかちかした。
「ここですぅ。この奥に、例の死体が吊されてるんですぅ」
 背後から、加奈子がそう告げてくる。そんなことは分かっていた……そうに違
いないだろうことは容易に予測できる。
 ようやく光に目が慣れてきた頃……私は光の向こう側に、天使を見たような気
がした。
 崩れた壁の向こうに、教会の礼拝堂のような光景が広がっていた。ステンドグ
ラスから漏れる多彩な色の光線が、床にそれと同じ模様を描
き出している。こうして冷静に観察してみれば、大した光の量ではなかった。た
だ、闇に目が慣れ過ぎていたのだ。
 その礼拝堂の奥には巨大なパイプオルガン。そのまた奥に、男の彫像が張り付
けにされている十字架。
 それらよりももっと手前。ちょうど部屋の中央に……
 十数メートルはあろうかという高さの天井から鎖で足首を縛られた、女の死体
がぶらさがっていた。
 髪を床に向けて垂らし、白い衣服……神官がよく身につけているものによく似
た形状の服を纏っている。
 瞳は虚ろに、こちらを見つめたりしていた。
 ……間違いなく、『彼女』……
 だが、これは……
「なんか……綺麗ね」
 亜弥子が、ぽつりとそう漏らしたのが聞こえた。
 そう、確かに美しくあった。決して不気味ではない。一枚の絵画を見ているよ
うな、そんな感覚。
「他には誰もいないのかしら?」
 そうつぶやきながら、亜弥子が礼拝堂の方へと歩き出したそのとき……
 がんっ!
 何か、鈍い衝撃音が地下室に響き渡った。同時に、弾かれたように亜弥子が床
に尻餅をついていた。両手で顔面を押さえてうめいている。
「な、何なのよ一体っ!? いきなり誰かに顔を殴られたわよっ!?」
 やはり、そうか……
「殴られたんじゃないわ。ただ、ぶつかったのよ」
「ぶつかったって……何によ?」
「そこの空間に、よ」
「……は?」
 間抜けな表情で訊き返しながら、亜弥子は再び礼拝堂の方へと視線を向けた。

 これだけの説明で彼女が理解するはずもないので(確信していた)、私はその
空間を指さしながら答えた。
「これはね、鏡なのよ。限界まで本来の意味を喪失した鏡なの」
「これのどこが鏡だってのよ? 私たちは全然、映ってないじゃない」
 亜弥子は立ち上がりながら、自分の顔を空間の前に突き出して見せた。だが、
彼女の顔はそこには映らない……そりゃそうだ。
「鏡がいつも、その正面にあるものを映すとは限らないわ。鏡っていうのは光の
反射によって、その手前の光景を映し出すものよ。だけど、
考えてみて。鏡が、ある物体を映すとき、それと鏡との距離がゼロだった場合…
…鏡は何を映していると思う?」
「何って……密着状態からその物体を映してるに決まっているじゃない」
「そうね。じゃあ、マイナスだったら?」
「……え?」
 背筋をいきなり撫でられたようにぎょっとして、亜弥子が顔に疑問符を浮かべ
る。私はそこに『映る』礼拝堂を横目に見やり、続けた。
「そうなると当然、鏡は正面にあるものを映さない。距離がマイナスということ
は、物理的に言えば同時にゼロであるということでもあるわ
けだから、それはその鏡にとって距離という概念が消失してしまっていることを
意味してるの。だけど、マイナスという概念は残っているわ
よね? 距離を単体として捉えた場合、その数値がマイナスに至るということは
全ての空間概念が無いのと同じなのよ。つまりその鏡は、一
度映したものを永遠に映し続けることになるの。空間概念が無いってことは、時
間概念も無くなってるってことだからね。分かった?」
「先生、わかんないですぅ」
「ていうか、あんた誰だ」
「まあ大方、そういう反応するだろうとは思ってたけどさ……」
 二人のちんぷんかんぷんなせりふに、私は深く溜め息をついた。
 案ずるより産むが易し。私は制服の上着の内ポケットから刃渡り10センチほ
どのナイフを抜くと、その柄の底の部分を、礼拝堂を映し出
している空間を思い切り打ちつけた。
 がしゃあんっ!
 脆く……けたたましい破裂音と共に、空間が砕け散る。やがてそれは全ての光
を失い、ただの鏡の破片となって床に落ちた。
「うわっ……ほんとに鏡だったんだ……」
 亜弥子がぽかんとした表情で、そううめくのが聞こえた。私はナイフをしま
い、破片を一枚拾い上げて、独白した。
「これを用意したのが神楽だとしたら……きっとどこかに本当の、これと同じ場
所があるはずね」
 というか、こんな物を用意できるのは私を除けば神楽くらいのものだろう。あ
るいは、彼の言った『連中』の手によるものか……
「するってぇと、私は神楽先輩に騙されてたんですかぁ!?」
 癇癪を起こしたように、加奈子が叫ぶ。本気で悔しいのか、肩を震わせている
ようだった。
「いえ、『真実』には違いないわ。ただそれが、別の場所にあるってだけのこと
よ」
「それでもやっぱりむかつくですぅ! ひとが必死で倉庫整理してまでスクープ
を発見してみれば、それが偽物だったなんてぇ!」
 加奈子のそのせりふに……
 何か引っかかるものを感じて、私は尋ねた。
「倉庫整理って……どういうこと? 神楽には、なんて言って教えられたの?」

「校舎の地下倉庫の奥の机やらその他諸々をどかしてみろ、って言われただけで
すぅ」
 考えてみれば。
 謎の礼拝堂やら死体が発見される場所として、地下倉庫の奥というのはおあつ
らえむきの場所だった。しかし、だ。考えてみれば。
 死体はともかく、礼拝堂が学校の地下にあるわけがないし、まして光が差し込
むはずがない。
 何故、あの校内新聞の写真を見て気付かなかったのか?
 ……そうだ。
 地下倉庫から発見したという事実が必要なのは加奈子だけであって、私には何
の事実にも成り得ない。
 私にとって、価値のある事実。
 それが、フェイクであるということ……?
 私にとって……意味のある事実!

「くそっ……そういうことかっ!」
 頭の中に浮上したひとつの答えを認識するや、私は思わず走り出していた。三
段飛ばしで、階段を駆け上がる。
「ちょっと、優歌っ!? どこ行くのよ!」
「ここじゃないのよ!」
「はぁ!?」
 亜弥子の訝しげなその声は無視して、私は足を投げ出し続けた。
 そう、ここじゃない。
 神楽が私に本当に見せたかったものは、ここには無い!
 やがて階段が終わり、次は廊下を疾走する。幾度か角を曲がり、外へと向か
う。
 校舎を飛び出して……
「……………………!!」
 私は、心臓が跳ねたのをはっきりと自覚していた。
 いつの間にか、校庭には明かりが灯っていた。グラウンドの照明だろう。ライ
トアップされた眼前の光景は……ただ一言。不気味だった。
 槍のように地面に伸びている、何十もの人影。幾重に重なるその人影の向こう
に、これから卒業写真でも撮るのかというくらい整然と、人
影の数と同一数の人間たちが並んでいた。
 この学校の制服を着た……少女たち。
「何……なの」
 私は噛み殺すように、声を漏らしていた。
 彼女らは一様に、地面に膝をついて両手を組んでいた。まるで、何かに祈りを
捧げるかのように。
 空を仰いでいるようだった。それを見つめる眼差しに、光はなかった……空虚
な、意志のない瞳。
 私は彼女らの視線を追って、校舎を見上げた……
 そしてもう一度、心臓が跳ねる。あまりの驚愕に私は声もなく、ただ呆然とそ
れを凝視してしまっていた。
 全ての明かりが消えている校舎。建物の中からは、人気すら感じられない。
 だが、問題はそれではなかった。
 校舎の、屋上。その端に取り付けられているフェンスが、豪快に破られてい
た。
 破ったのは……恐らく、そこにいる生徒たち。地上の連中と同じく空虚な眼差
しで空を仰いでいる、生徒たち!
「…………ろ……」
 うめく。彼女らが何をしようとしているのか、なんとなく脳裏で理解しなが
ら。
 それは、プールの飛び込み台を連想させた。
 屋上の縁に立ち、不安定に身体をぐらぐらさせながら空を見上げている少女た
ち。何かに感じ入っているというふうな、危険な表情で。
「……めろ……」
 やらなければならないことは分かっていた。なのに、身体が動かない……動か
ない!
 放っておけば次の瞬間、全て壊れてしまうというのに!
「……やめろ……」
 ただ静謐に……風が、吹いていた。
 それが押したわけではないだろう。月の魔力のせいでもないだろう。
 彼女たちは自らの意志で。
 刹那。
 さながら滝のように。
 同時に。
 少女たちは……堕ちた。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」



 心がイタイの。
 気持ちワルイの。
 壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる……
 つまり、その少女たちの『終わり』である。
                                    
             ≪つづく≫



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