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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫


第16話

神とアナタとアイと罰(上)



 絶叫。
 他には何もできない。
 本当はできるのに。できるのに。
 動け、動け、動け、動け!
 …………やめろ。
 
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 ただ、痛かった。
 叫びに破れる喉の痛み。そこから伴う頭痛。胸を締め付ける、狂おしい痛み。
 溢れる苦痛。死の蔓延!
「あああああああああああああああああああああ!」
 この目に映る世界は本物か。
 昼間は平和そのものだった学校。その校舎の屋上から、生徒たちが次々と飛び降りている。
 自らの身体を、地面と接触するまでに受け止める方法も知らないくせに。
 まるでかき氷のように。
 少女たちの死体が、積み重なってゆく。鮮血が噴き上がる。脳が飛び散る。眼球が。肉が。命が!
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
 私は、叫んだ。意識の、一瞬の破裂。今までとは違う、明確な意志の込められた叫び。
 ……動く!
 そう判断すると、私は真っ先に頭の中に、中心としての力を発動させるためのイメージを浮かべた。
 変革させるのは、校舎の屋上から地上までの空間。
 空間の閉塞。距離の無意味化!
 ふあっ…………
 刹那、生じた音は、それだけだった。
 私のイメージ通りに、空間はその意味を失っていく。視覚ではなく、むしろ霊的な何かでそれを捉えていた。
 全てが終わった後、飛び降りようとした生徒が宙に身を投げ出したとき……
 その生徒の姿が、消えた。と思った次の瞬間には、何事もなく地上に倒れていた。ただし、死体の山の上だったが。
 屋上の生徒たちはそんな異変に気づきもしないで、まるで導かれるように飛び降りることを続けていた。
 そしてやはり、無事に地面まで転移する。
 なんとか……全滅だけは避けられたみたいね……
「うわっ!? 何なのよ、こいつらっ!?」
 と……遅れて校舎から出てきたのは、例の二人だった。亜弥子の張り上げた声が、周囲に響き渡る……
 さっきの私もそうだったが……これだけ大きな声を出しているというのに、他には誰も駆けつけてこない。
 最悪の可能性が、思考の渦の中から浮上してくる。
 もう……手遅れなの?
「二人とも……あっちを見ちゃ駄目よ。これからまともに生きていきたいって考えているならね」
「そっ……そんなこと言われたら、よけいに見たくなっちゃうじゃないですかぁっ」
 非難するような眼差しで加奈子がそう言い返してくるが、その小さな身体が小刻みに震えている……本当はかなり怖いのだろう。
 亜弥子は……既に見てしまったらしく、声なき悲鳴を上げていた。暗がりだがその顔が、真っ青になっているのが分かった。
「な……なっ、なんなのよぉっ!? なんでみんなが死んでるのよーっ!?」
 とうとう、絶叫じみた悲鳴を上げた亜弥子。こうなってしまったら、私には何もしてやれない……記憶操作を施したところで、どうにもな
らないだろう。恐怖は、拭い去ろうとして拭えるものではない。決して。
 その悲鳴に応えたわけではないだろうが……
 地上にいる、懺悔の姿勢で空を仰いでいた生徒たちが、一斉に立ち上がった。そして、何かをぶつぶつとつぶやき始める……
「……柱……」
「柱……もう……ダメなの……」
「柱っ……柱になりたいっ!」
「柱っ! 柱ぁぁぁぁぁっ!」
「おまえがっ! お前がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 つぶやきから咆哮へと。
 少女たちは発狂したように叫ぶと、こちらに向かって襲いかかってきた!
「くそっ!」
 私は毒づきながら、襲い来る少女たちの方へと駆け出した。
 こうなるだろうことは予想していた。だが、正直言ってこの数は分が悪すぎる……
 ざっと数えて30人前後。ある程度、自分の願望みたいなのが含まれているかもしれなかったが、大差はないはずだ。
 いずれにしても、楽観できる状況ではなかったが。
 
「多すぎよ、あんたらっ!」
 愚痴などこぼしつつ、私は相手を叩き伏せ続けた。
 多対一の場合、同時に相手にできる敵の数はたかが知れている。だが逆に言えば、敵にとってもそれと同じくらいの人数でしか同時に攻撃
できないことになる。後は私が、動きを止めなければいいだけだ……制止していたら、すぐに身動きが取れなくなる。
 私は理論通り、移動し続けた。一定の位置には決してとどまらない。
 正面に迫って来ていた少女が、何か銀色に輝く物体を振りかざしていた……そして、一気に打ち下ろしてくる!
 刃物だったら……受け止めることは、致命的だった。
 私はひとまず横に跳び、それをかわす……見ると、それは警棒だった。以前、あの男たちが使っていたのと同じやつである。
「やっぱり、連中が関わってんのね」
 独白しながら、足を振り上げる。少女の手首の関節を蹴り上げ、警棒を手放させてから、相手のこめかみに肘を打ち込んだ。
 しかし休んでいる間もなく、視界の左右両端に敵の姿を捉えていた。同じく、銀色の輝きが見える……
 ふたつの警棒が振り下ろされた瞬間、私は咄嗟に前方の地面に身を投げ出していた。そのまま一回転して、立ち上がりざまに先の敵が落と
した警棒を拾い上げる。
「こっちも武器のひとつやふたつ持ってないと、フェアじゃないわよね?」
 答えを期待していたわけではなかったが、私は誰にともなくそう告げた。
 同時に、警棒を横に振っている……ちょうど真横にいた生徒がこちらの警棒を顔面に食らって、くずおれるように倒れた。
 それを確認してから、私は後方に跳び退った……肘を真後ろに突き出しながら。
 ごきっ!
 何かが鈍く折れるような音が響き、私の肘にも衝撃が伝わってくる……後ろにいた敵の歯でも折れたのだろう。それが狙いだったのだが。
 混戦の中では、どのような行動を取ってもとりあえず相手に接触する。それに威力があるかどうかは、また別の問題だが。
 なんにしても、こんな意志を持たないような連中に負ける気はさらさらなかった。
「でも、これじゃキリがないっ……!」
 舌打ちして、次の標的を定めて踏み出したそのとき……
「きゃあああああああああああっ!」
 亜弥子か、加奈子か……どちらのものか分からないが、悲鳴が聞こえてきた。
 しまった……あいつらのこと忘れてたっ!
 加奈子はまだしも、亜弥子は完全に恐慌状態に陥っていて、どうすることもできないだろう。
「逃げてっ! 校舎の中に、早くっ!」
 ごっ……!
 重く。後頭部から鼻の奥まで駆け抜けてくる痛みと熱さが、私の意識を混濁させた。
 途切れる……意識。揺らぐ視界。眠るな!
「あああああああああああああっ!」
 私は叫ぶことで意識を保ちながら、背後を振り返った。私の頭を殴ったであろうと思しき女が、再度警棒を振り下ろそうとしている……
 今からでは避けられない。私は身体を横に傾けて、次に来る衝撃を待った。頭を打たれることだけは防がねばならない。
 振り下ろされる警棒が、私の左肩を痛打する……あらかじめ覚悟していたので、痛みはそれほどではなかった。
 左手で相手の警棒を持っている方の腕を掴み、右手に持っていた警棒を左下から右上に、斜めに跳ね上げた。
 ぐぎんっ、と確実に骨が砕けた音。私の警棒は、女の顎に叩き付けられていた。
「くっそ……人が加減してやってんのに、いい気になるんじゃないわよ!」
 顎を砕いた女を蹴り倒し、その女を踏み越えて、警棒を振り回しながら私は駆けた。さすがに近づくと危ないということは分かるのか、少
女たちは私から間合いを取り始めた。
 その間合いがあんたたちの命取り!
「死んでも、悪く思わないでね!」
 それだけ告げて、私は両腕を広げた。頭の中に描くイメージは正確に。世界との交換は慎重に。
 周囲の空間が、私を中心に凝縮していく。ぎりぎりと何かが締め付けられるような音を立てながら。
 凝縮は数瞬。弾けたのは刹那!
 ばんっ!
 というその音は、空間が元に戻った音だった。限界まで圧縮されていた空間が唐突に修正されると、どうなるか。
 単純な答えが、目の前にあった。
 その瞬間、生じた衝撃波が、周囲の少女たちを吹き飛ばす!
 突風が、渦を巻くように吹き抜けていく。やがて全てが沈静化した後、私は周囲を見回した……あれをかわせた者は誰一人としていない。
亜弥子たちがいた方を見やると、既にその姿はなかった。一緒に吹き飛ばしてしまったのかと思ったが、彼女らはどこにも倒れていない。
 なんとか、逃げてくれたか……
 後で、骨を折ってしまった子は治しておいてあげよう。
 残るは……屋上。
 軽く意を決するように吐息してから……
 私は、正面の空間に裂け目が生じるイメージを思い浮かべていた。
 
「生き返り方もわかんないくせに、自殺なんかしないでよ」
 嘆息混じりに私が漏らすと、生徒たちはその足を止め、ゆっくりとこちらへと振り返ってきた。
 屋上にいる生徒は、ほんの数人だった。大半が、既に地上へと落ちてしまっていた……
 地上から屋上の間の空間はまだ修正されていないので、もうしばらくは誰が飛び降りても大丈夫なはずである。
「柱っ……柱っ!」
 その喘ぎにも似た叫びが、眼前の生徒たちの誰から発せられたものか分からなかったが……
 私は腕を振り、彼女らの方へと詰め寄りながら、
「柱って何なのよ! それになれなかったからって、どうして死んだりするの!?」
「柱ぁぁぁ……なりたい……なりたい……」
「あああああああああああああ」
 返ってくる言葉は、どれもこれも精気のないうめき声のようなものばかり……
 発狂……とは違う。もっと破滅的な……そう、心が壊れてしまったような。
 あるいは、心よりも優先順位の高い精神的なものを注入されてしまったか。どう考えてもそんなことは有り得なかったが……
「だから、柱ってのは……!」
「十字架。核を壊すもの」
 ……答えたのは、少女らではなかった。
 背後。猛烈な殺気とともに送り返される、呪詛!
 反射的に、私は前へ跳んでいた。背中に何かがかすめたような悪寒を覚えながら、身を翻して背後に向き直る。
 そこにいたのは。
 
「結賀……さんっ!?」
 眼鏡のよく似合う、小柄な体格の女の子。クラスで、いつも私の隣の席にいる少女。
 今は、制服ではなかった。飾り気のない、黒い服……言うならば葬式の時に着るような礼服を身に纏っている。
「あなた……なの?」
「どうかなぁ。でも、間違ってはいないと思うよ」
 と、いつものように朗らかな笑顔でうなずいて見せてくる……私は舌打ちして、彼女を睨み据えた。
「やられたわ……そうやって何喰わぬ顔で、常に私を監視していたのね」
「それこそ違うよ?」
 笑顔のままそう答えて……結賀さんは、右手を横に鋭く振り抜いた。その手前の空間が、渦を巻くように歪む……
 空間操作!?
「つい最近のことなの。私が、『巫女』になれたのは!」
 言葉が紡ぎ出される方が早かったか、空間が何らかの現象を引き起こすのが早かったか……
 何にしろ、空間は一本の黒い剣にその姿を変えていた。この世界のどんな鉱物よりも強硬そうな、空間の剣。
 正直、予想外だった。
 神楽以外に、私と同じ力を使える人間がいたなんて。
「それが……巫女っていうやつの、力?」
「これは羽鳥さんの力なのよ? 分からないかなぁ……」
 私が、その言葉を理解しようとしてる間に……
 結賀さんは地を蹴って、一気にこちらとの間合いを詰めてきた!
「くっ……!」
 横に跳んでかわすしかなかった。振り下ろされた黒い刃が、ほんの一瞬前まで私が立っていた空間を裂き分ける。
 私は頭の中で、結賀さんが手にしているのと同質の武器をイメージしながら、半歩だけ前方に踏み込んだ。
 たったの半歩だけ。それ以上は近づかない。
 結賀さんは鋭い眼光をこちらに向けて輝かせると、今度は剣を横薙ぎに一閃させた。
 同時に、私も踏み込んだ足を、すり足で前方に滑らせていた。そのまま身体を剣とは逆の方向へと身体をひねる……
 ちょうど結賀さんの周囲を旋回する形で、私は彼女の背後に回った。そして後頭部を打つため、肘を突き出す……
 が。
 一瞬、足首に痛みを感じるや、視界が逆転し、何が起こったのか分からないまま、私は仰向けに地面に倒れていた。
 後ろにいる相手に足払いをかけた……?
 などと悠長に状況を分析している場合ではなかった。結賀さんは口元を危険に歪めると、剣を逆手に持って突き下ろしてくる!
「体育休みまくってた割にはやるじゃない!」
 皮肉を吐き出し、私は手にしていた警棒で剣を弾き返した……
 と思えば。
 警棒は刃と接触するや、充分に熱せられたナイフをバターに食い込ませるように、あっさりと警棒を断ち切っていた。
「……!」
 声無き悲鳴を上げ、私は咄嗟に横に転がった。しかし、もう時既に遅し。切っ先が、私の左肩を切り裂いていた!
 冷たさよりも、熱さよりもまず、骨の一部が削り取られたのであろう、神経そのものを引きちぎられたような激痛に、私は喘いだ。
 突き抜けた痛みは、もはやそれまでのものだ。私はさらに地面を転がって、その勢いで素早く起きあがる……
 と、結賀さんの追撃は既に始まっていた。
 こちらを追って、剣を突き出してくる彼女。この体勢からかわすことは不可能……!
 仕方なく、私は頭の中のイメージを解き放った。結賀さんの剣が現出したときのように、私の右手の中の空間が歪む……
 ぎぃんっ!
 視界が一瞬、光で溢れる。
 私が生み出した空間のナイフが、結賀さんの剣とぶつかり合ったのだ。青白い火花が、周囲に飛び散る。
「そうそう。殺す気で来ないと、私なんかにやられちゃうよ、羽鳥さん?」
 不敵に笑んで見せる、結賀さん。もう、いつものあの明るい表情はそこには微塵たりと残っていなかった。
 決心すれば……殺す決意ではなく、本気で彼女を叩き伏せる決心をすれば。
 身体は、どこまででも軽く躍動する。
 前へ突っ込むのではなく、自分の身体の位置を前方にずらすような感覚で。
 すり足でバランスを取り、半身をひねりながら結賀さんのふところへと。
 彼女は素早く後方に跳躍して、こちらとの間合いを空けてくる。そして定石通り、剣をこちらの胸の中心を目がけて突き出してくる。
 剣を持った相手と戦う場合。
 相手と対等になるな。相手とは違う条件で攻めろ。
 このために身体をひねっていたのだ。私はさらに身を翻しながらナイフを腰元から一気に跳ね上げ、突き出される剣を弾きながら避けた。
 そして一瞬で、右足を結賀さんの足下ぐらいの位置に踏み込ませる。
 これで間合いはほとんど皆無。この状況で剣と短剣……果たしてどちらが有利か。
「甘く見過ぎたわね!」
 声を張り上げると同時、相手のこめかみを狙ってナイフを一閃させる。無論、殺すつもりはない……真の狙いは、相手のみぞおち。
 ナイフを振りながら、私は右膝を突き出していた。ナイフはただのフェイント。腹を打って眠らせる!
「甘く見過ぎよ」
 と……
 結賀さんの囁きが言葉が耳に届く前に。
 見抜かれていたらしく、私の膝は、彼女に空いている方の手で受け止められていた。
 これで相手が戦場の屈強の戦士だとしたら、私はそのままナイフを振り抜いていただろう。
 私の身体の全ての動作が制止した。ナイフの刃は、結賀さんの顔の前でぴたりと止まってしまっている……
「殺す気で来ないと……本当に私なんかにやられちゃうよ?」
 耳元でつぶやかれたその刹那。
 致命的な……いや、むしろ『絶対的』な悪寒を覚えて、私は結賀さんから離れようとした……
 やにわに。
 ぱしっ……!
 やたら軽快な、小気味のいい音がして。
 足下のコンクリート……つまり屋上の床全体に、波紋状のひびが走っていた。
 一度だけ盛り上がるように足場が上下すると、瞬く間にがらがらと崩れ落ちていた!
「うわあああああああああああっ!?」
 突然の落下感。ぐるぐる回る視界の中で、結賀さんと生徒たちも、瓦礫と一緒に落ちているのが見えた。
 背中から床に叩き付けられ、さらに転がる。
 吐血しそうなほど激しく咳き込みながら、私はなんとか立ち上がった……
 学校の廊下。恐らくは四階だろう(四階建ての校舎だからだ)。天井がなくなったせいで月明かりが差し込み、暗すぎるというほどではな
かった。瓦礫の上で、生徒たちは気を失っているようだった。四階のガラスは全壊していて、破片を床に撒き散らしている。
 だくだくと出血している左肩を押さえ、見上げる……
 天井を消失させたのは、恐らく結賀さんじゃない……彼女からは、力の流れを感じることができなかった。
 だとしたら、近くに真の実行者がいるはずである。結賀さんと同じ、『巫女』と呼ばれる人間が。
「巫女はね。柱の管理者なの。かつて全ての世界の主だったユミルの聖女である、羽鳥さんのように」
 唐突に目の前の教室の壁が斜めに両断され、脆く崩れ落ちた。そしてその向こう側から……結賀さんが、ゆっくりと姿を現す。
 見やると、教室の奥にも何人かの生徒が倒れているようだった。
「その柱が壊すのが核。で、その核ってのが私なわけね」
「柱は核に対して、絶対的な影響力を持ってる……私たちは柱を集め、核を壊さなきゃならない」
「私を殺したいだけなら!」
 抑えきれず、私は自分の鼓膜を震わすほどの大声で叫び返していた……叫んでから、自制する。手遅れだったが。
 思い切り息を吸い、ゆっくり吐き出す。残った空気を言葉に変えて、私は続けた。
「私を殺したいだけなら……どうしてみんなを巻き込むのよ」
「殺したいんじゃない、壊すの。そのために柱が必要なのよ……」
「それで柱になれなかった奴はゴミ同然の扱いってわけ!? ふざけるのもいい加減に……」
「柱が君を壊し、『弦』と『矢』へと再構築するのだよ」
「…………!?」
 唐突に響いた重厚な男の声に言葉を遮られて、私は驚きと同時に戦慄を覚えていた。
 声がした方向を見やる……死体がある方とは逆の方向。
 中年の、老紳士風の男が立っていた。その男を護衛する形で、黒いのっぺりとしたスーツに身を包んだ少年たちが並んでいる。
 男の顔には、見覚えがあった。そして、その男の傍らにいる短い髪の女の顔も。
 生徒会室で会ったことがある。
「あのときの先生と……生徒会長!?」
 驚きを隠せず、思わず声を上げる私。
 それを聞いて、男はにやりと笑ったようだった。
「教頭と生徒会長の名前くらい覚えておきたまえ」
 ……教頭だったのか。
 名前と顔は一致しないが、単純に役職名と合わせてであれば覚えていないわけではなかった。
「戌井教頭と……あんた、誰?」
「二年十組、久遠華苗だ。生徒会長だよ。よろしく」
 と、短い髪の女……久遠と名乗った女が、相変わらずの男言葉でそう名乗る。握手は求めてこない。
 一瞬、こちらから求めてやろうかと考えたが、やめた。馬鹿馬鹿しすぎるから。
 恐らく天井を消滅させたのは、この生徒会長だろう。いや……女だからといって『巫女』だとは限らない。神楽の例もあるし。
 私は後悔するように息をつくと、彼らを見据えた……さりとて、結賀さんから目を離すわけにもいかなかったが。
「それはそうよね……あんたたち生徒会が首謀者だったんなら、あの校内新聞が出回った時点で私が動くことは予想するまでもないものね」
「逆に我々にとっても誤算だったのだよ。まさか、神楽がユミルの御身をたかが一介の生徒に見せるとは思わなかった」
「裏切られたんでしょう? 人望なさそうだものね、教頭先生って」
「奴は裏切ってはいないよ……既に奴は行動を開始している」
「おかしいと思ったのよ」
 唾棄するように、私は吐き捨てた。側にあった壁にもたれかかりながら、上空に浮かぶ月を無意味に一瞥してから、
「考えてみれば、神楽の存在そのものが不自然だったのよ。教育委員会の権威の息子ってのも、私を欺くための嘘ね?」
「これは早計なのだよ……我々は、まだ行動を起こすべきではなかった」
「本来なら、神楽が君を陥れる計画だったんだけどね。彼の勝手な暴走で、ボクらは予定よりも早く柱を用意しなければならなくなった」
 戌井教頭に続いて、久遠が後を継いだ。唇に指を当て、その容貌にはあまり似合っていない、妖艶な笑みを浮かべてみせる……
「悪いけど、君を捕縛させてもらうよ」
 そして上着の内側から、黒い鉄の塊を取り出し、それをこちらに向けて見せる。
 なんのことはない。ただの拳銃だった。
 その銃口の奥の闇を見たとき、私は顔の筋肉から、力が抜けていくのを自覚していた。抜けすぎて、痺れすら感じる……
 単に生き延びることだけであれば、無数の手段が思いついた。中には意味のないものもあったが。
 問題は、相手を出し抜けるかどうか。
 
 肩の痛みを含む、全ての感覚が弾ける。球体から波状へと!
 
「ああああああああああああああああああっ!」
 私は、絶叫した。
 
                                                 ≪つづく≫



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