Back/Index/Next
Original Novel
NODOAME Presents



歌姫


第17話

神とアナタとアイと罰(下)



 死を覚悟したことがある人間というのは、実際そうそういるものではない。
 眼前に迫る確たる『死』。それに抗うことの恐怖。終わるかもしれない世界。
 それを知覚した者だけが、死ぬということの本当の怖さを知っている。
 私も、例外ではなかった。
「ああああああああああああああああっ!」
 絶叫しながら、襲いかかってくる敵を迎撃する。
 怖いから、それに抗っている。
 怖いから、生を求めている。
 怖いから。
「ああああああああああっ!」
 私は気合いを吐き出し、敵の少年の胸の中心に拳を叩き込んだ。息を詰まらせて咳き込みだした少年の頭を、容赦なく肘で突いて昏倒させる。
少年が床に倒れたのを確認してから、前方に踏み出す……
 瞬間、閃く視界……唐突な閃光。刹那の衝撃!
 ばんっ!
 というその音は、同時に聞こえてきた。
 ……誰かが拳銃を撃った。それは分かる。問題は、だ。
 今、私の身体でどこが痛む!?
 左肩は結賀さんに切り裂かれた傷。後頭部は警棒で殴られた鈍痛。右足首は、多分さっき屋上から落ちたとき打撲でもしたのだろう。
 他は……痛くない。つまり、銃弾は外れたのだ。
 一瞬で私はそう判断すると、すかさず狙撃手の姿を探した。
 生徒会長。久遠が、こちらに銃口を向けていた。
「生身で勝てると思ったら、大間違いだよ」
 淡々と、告げてくる……
 私は全身が総毛立つのを自覚しながら、横に跳んで床を転がった。
 同時に響く、二発目の銃声。今度は、弾が壁にぶつかる音もはっきりと聞こえていた。
 素早く立ち上がり、一気に久遠に接近しようとした矢先……
 眼前に、先とは別の少年が立ちはだかった。相手は、既に警棒を振り下ろしている……
 無情にも。
 私はその一撃にこめかみを殴り倒され、再び床を転がった。あまりの衝撃と激痛に、気が遠のきかける……
 打たれた部分が燃えるように熱い……出血していることは間違いなかった。
 死んではいない。脳震盪も大丈夫なようだった。
 死んでさえいなければ……打つ手は無限にある!
「このぉぉぉぉぉっ!」
 私は床に倒れたままの状態で、相手の左膝を横から蹴り倒した。関節があらぬ方向に曲がったための痛みと、バランスを崩されたことへの一瞬の躊躇に、少年の顔が歪む。
 その一瞬を、私が黙って見過ごすはずがなかった。
 肘で床を打って上体を起こし、その勢いを殺さずに前方に左腕を投げ、相手の右足首を刈る。
 完全にバランスを失った少年は「わああ」と間の抜けた悲鳴を上げながら、前のめりに倒れ込んできた。私は右手に持っていた空間のナイフを突き出し、少年の腹にその刃を埋めた。
「ぎっ……ああああああああっ!?」
 わずかに骨に接触していたのか、今にも狂い出しそうな声で絶叫する少年。私はナイフを引き抜いて彼を床に転がしてから立ち上がった。
迅速に頭の中で治癒のイメージを浮かべ、少年の腹の傷を再生させておく。ただし、すぐには動けないように痛みだけは残しておいたが。
「甘いね。今のは殺しておくべきだった……」
 肩をすくめて見せながら、久遠がそう言ってくる。私は鼻で笑い飛ばし、彼女を睨み据えた。
「無意味な殺人はしたくないだけよ。あんたたちとは違うわ」
「それもそうだけどね。ボクが言いたかったのは、それが余計な油断になるってことだよ」 久遠のその返事にタイミングを合わせたわけではないだろうが……
 背後で、鋭い何かが風を斬る音がした。
 振り返っている余裕は無い!
「くっ……!」
 うめき、私は身体を旋回させて右手のナイフを横薙ぎに振った。
 ぎぃんっ!
 火花を散らして、私のナイフが相手の……つまり、結賀さんの剣を打ち弾く。
 結賀さんは素早く剣を構え直すと、猛烈な勢いでこちらへと踏み出しながらその切っ先を突き出してきた。
 剣による突きをやり過ごす方法は、基本的にふたつしかない……避けるか、何かで受け止めるか。弾くことはできない。
 当然、避けるしかなかった。ナイフで受け止められるわけがない。
 横に身体をスライドさせ、その勢いを殺さぬように半回転し、相手の顔面に裏拳を放つ……
 ……と、不意に絶対的な危機感を覚えて。
 私は拳を引いて、後ろに跳んでいた。眼前を、光の筋が通り過ぎていったような気がした……
 見やると、久遠の拳銃から硝煙が立ち上っていた。
「別に、絶対に君が必要だっていうわけじゃないんだ」
 そのとき、初めて久遠が表情から余裕を消した……殺気を、全身から溢れさせる。
「ボクは、殺してもいいんだよ?」
「やってみなさいよ……できるならね!」
 私は叫び返して、左手を久遠の方に向けた。銃を持った相手を倒すには、これが一番手っ取り早い……
 浮かべるイメージは空間の破裂。地上でやったそれと同じもの。
 私が、それを眼前の空間と入れ替えようとしたとき……
 久遠の姿が、消えていた。
「…………!?」
 正確には、消えたように『見えた』だけだった。彼女はとてつもない速さで、こちらに接近してきていた!
「くそっ!」
 毒づいて、私は頭の中のイメージを破棄した。ここまで接近されると、空間を破裂させたときにこちらまで被害を受け兼ねない。
 相手の踏み込みに合わせて、こちらも足を投げ出す……どちらが先に相手に攻撃を当てられるかどうかの勝負!
 銃口の向きから身体を逸らしながら、私は右手のナイフを、刃を上向きにして突き出した。
 久遠の反応は早かった。左肘でこちらの刃を牽制しながら、身をよじってかわす。
 その瞬間、私は相手の首筋を狙って、ナイフを跳ね上げた……
 と。
 私は、自分が愚行を犯していることを瞬時にして悟っていた。
 この女はできる……私を、殺すことが!
 久遠の身体が、残像でも残しそうなほど素早く動いた。ざっ、ざっ、と二回ほど靴の裏が床を擦る音が響き……
 彼女はこちらの右脇の下に左手を差し込んできた。そして左腕全体をひねり、それに合わせて自分の身体も反転させる!
「あうっ!?」
 ぎりっ……!
 右腕の付け根の関節が引き絞られるような奇妙な感覚と痛みに、私は成す術もなく脱力していた。 久遠は、既に私の背後に回っている。こちらの右腕をねじり、折れるぎりぎりの状態で保っている。
 そして……ぐりっ、と、私の右肩に銃口を押し付けてくる。
 右腕を吹き飛ばすつもりか!?
「ボクの勝ちだ、クリスミスティ=キャロル!」
 久遠の声と共に。
 引き金が、引かれる……
 
  「……ここに来て……」
 
 光が。
 眼前ではなく、目の奥で弾けたような気がして……
 
  「……わたしに、逢いに来て……」
 
 言葉を語っているのは、その光のようだった。
 私が狼狽して周囲を見回していると、久遠や結賀さん、少年たちや戌井教頭まで同じように辺りに視線を向けていた。
「戌井教頭! これは……!」
「ああ……」
 久遠の声に、戌井はひとつうなずき……下唇を噛み締め、苦々しい口調で答えた。
「アリスが……目覚めたのだ」
 
  「……ほら、手を伸ばして……」
 
「久遠!」
 戌井は焦燥に駆り立てられたように生徒会長の名を呼んだ。
 それだけで久遠は、彼が何を言いたいのか理解したらしく、結賀さんに目配せをして、周囲の空間を操作し始めた。
 その際に私は彼女の手から解放され、床を転がった。半身だけを起こし、再び周囲を見回す……
 私たち以外には、誰もいない。聞こえてくる声は、小さな少女の声のようだったが……
 
  「……大丈夫……」
 
 その声と時をほぼ同じくして、久遠と結賀さんの空間操作が発動する。
 彼女らを中心に、球形の闇が拡がる。一切の物質の介入を受け付けない領域。空間の孤立閉塞!
 闇は、私を除くその場にいた全員を包んだ。私一人が、光の瞬きの中に取り残される……
 光の明滅。目の奥が痛んだ。
 
  「……大丈夫。ほら……」
 
 光が、私の意識を奪っていく……
 やがて周囲が全て光に変わり……
 
  「……ほら、心を開いて」
 
 ……弾けた。
 
 
 
”With the story beginning”
 
「それが僕らの『運命』なのさ。この『痛み』が、世界を安定させることに繋がるんだよ」
「私たちは済世者じゃない。まして、『運命』に制御されるだけの儚い存在でもない」
 繰り返される記憶。
 ワタシとアナタ。触れるものは、お互いの魂。
「僕が『弓』となり、君の心が『矢』となる。放つのは君‥‥そして射るのは『彼女』だ」
 果たせなかった使命。反故にしてしまった約束。傷ついた心。
 これは……罰?
 
 
 
”The world which was made a mark”
 
「どうして裏切ったのですか!」
 彼は悲痛な声で叫んだ。目には涙まで浮かんでいる……血が滴り落ちそうな、真っ赤に充血した双眸。
「あなたは理解してらっしゃらない……神々が、我々をどのような意図で創造したのか!」
「分かっている……」
 答えたのは若い女だった。銀色の髪に、細い身体……ともすればそこにいることすら見失ってしまいそうなほど、華奢な女だった。
 そこは修道院のようだった。男と女、それ以外にも、白と紺の法衣に身を包んだ女たちが並んでいる。
 ステンドグラスから差し込む光が、眩しかった。
「神々は狡猾だ。彼らにとって人間の存在など、玩具に等しいのだ……」
「理解しているならば何故……」
 男は苦渋にしかめた顔を床に落とし……拳を握りしめながら、
「何故、私たちを裏切ったのですか……」
「君らを裏切ったのではない……裏切ったのは、この世界そのものだ」
「世界……を?」
「これは使命なのだ。我ら人間の……」
 女は天井を見上げた。恐らく、その行動に意味はなかったろう。ただ、来たるその時に夢想を思い描いているのか……
「符号化された世界は、人間の手でなければ切り拓けない。それが、我らの使命なれば……」
「神を、射るのですね……あの『弓』で」
「まだ足りぬ……『弦』と『矢』が無いのだよ。あれでは『弓』とは呼べぬ」
「そのための、グングニールの槍なのですね」
 顔を上げ……眉間に皺を寄せた表情で、男はつぶやいた。
 ただ、それだけの言葉だった。それだけで充分だったのだろう。
 女に、真実の一端を吐かせるには。
「私は……神にはなれなかったのだよ……」
 
 
 
”Present and the past”
 
「はぁっ……はっ……はぁ……!」
 荒い息づかい。
 抱く男。抱かれる女。
 ただ、それだけの光景。
 
「そして生まれる命」
 抱き合う男女の横に佇む、一人の女。先程の女だった……銀髪を顔の前に垂らして、つぶやいている……
「命は繁殖を続け、意志は継がれる」
 女の隣に、ふっ、と幻のように現れた男。
「死んだ……我らは死んだ……ああああああああ」
「我が子らよ」
 女が、後を続ける……
「神を殺せ」
 
 
 
”The punishment”
 
 殺すこと。憎むこと。夢の中のように曖昧で。
 いつしか決意は固く、冷たく、無惨に。
 
「まったく、なんだってんだ奴らは」
 無精髭を生やした男は、愚痴をこぼしていた。長い廊下を、がちゃがちゃとうるさい機材の山を引きずりながら歩いている。
「今日の実験が何だか知らないが、どうしてせっかくの休日に俺が駆り出されなきゃなんねえんだよ」
 足取りは重い……頭も重そうだったが。
「光と魂の関係? そんなもん『無い』に決まってんだろうが。馬鹿かってんだ、くそったれ」
 そして彼は実験室の前に着き……その扉を、開いた。
 
 銀髪の女が、立っていた。暗闇にその身体を透けさせながら。
「神にはなれなかったのだ……」
 繰り返される、その言葉。次に紡がれる言葉には、全ての感情が含まれていた。
「だから」
 
 実験室には、既に全員が揃っていた。
 そんなことはどうでもよかったのだ。男が驚愕したのは……
 その実験対象である。
 
「我々は、神を創らねばならぬのだ」
 
 鮮血が、部屋中に飛び散っている。
 四肢を切断された女。刳り抜かれた眼球。引っこ抜かれた舌。
 男は、気が狂いそうだった。
「何を……しているんですか!?」
「実験だよ。いや……工作とも言うかな」
 研究員の一人が、事も無げにそう告げてきた。男はさらに憤慨して、
「ただの人殺しじゃないか! あなたたちは何を作ろうと言うんだ!?」
「神よ」
 答えたのは……実験材料にされている女だった。
 女の顎が動いている。その頭の横に置かれているステンレス製の皿に乗せられている眼球と舌が、まるで生き物のように蠢いていた。
「神になるの。もう人間の殻を被らずに済むのよ。もう、神を恐れることも無いの……」
「う、うわああああああああああああああああっ!?」
 男は腰を抜かして床に尻餅をつき、絶叫した。床に手をつき、後ずさる……
 女は続けた。
「ヒトじゃなくなるの……カミになるの……すべてのアイが、ワタシによってこのセカイに……ぃぃぃぃぃぃ」
 徐々に声がおかしくなっていく……見ると、研究員の手によって脳が取り除かれたところだった。
 女の動きが、全て制止する。
 研究員たちが、口々に溜め息に言葉を乗せる。
「……失敗か」
「人間を使って神を創るということを、むしろ考慮すべきなのではないかね?」
「だが、ここで中断するわけにはいかぬのだよ……」
「ヴァルキュリア計画。彼女が我々に与えた使命だからな……」
 
「ヴァルキュリア計画……唯一の、神の製造方法」
 女の顔に垂れた銀髪の隙間から、鋭い眼光が覗いている……
 だが、すぐにそれが眼光などではなく、ただの涙なのだということに気付いた。
「永遠に継がれる意志。だが……無理なのか……無理なのか……」
 
「ヒトは、神にならねば永遠に人形のままだ。真なる神は、この世界には必要無いのだよ」
 研究員の言葉を、もはや男は聞いていなかった。失禁しそうな心持ちで、眼前の光景から目を背けていた。
 それでも研究員たちは無情にも、続ける。
「我々に残された時間は僅かだが、君には我々には辿り着けぬ未来が用意されている」
「ヴァルキュリア計画と、グングニールの槍……継ぐのは、君だ。戌井龍也君」
 
「神を求めた我らの罪なのだ……」
 女は自分を責め立て始めた。顔を押さえて、その場にうずくまる。
 そして……その姿も消えていく。
「真実を知ってしまった私への、神罰なのだ……」
 
 
 
”The day”
 
「ねぇ……見てよ」
 逆転した空の上。地上が天にあり、空虚が下にある。
 空虚の上を歩きながら、少年はつぶやいていた……目を、真っ赤に腫らして。
「僕を、見てよ……ねぇ、誰か……」
 少年は、ゆっくりと成長を始めた。幼児から小学生。中学生……高校生へと。
「お願いだよ……僕を見て……僕に話しかけて……声を聞かせて……」
 少年は、こちらへと歩み寄ってきた。求めるように、両手を差し伸べながら。
「僕を愛して!」
 少年がこちらに到達した瞬間……天地が逆転、つまり正常の位置づけに戻る。
 足場を失った少年は。
 そのまま絶叫しながら、虚空の中へと吸い込まれていった……
 
 ……少年と、母の会話。
「何が欲しいの?」
「……好きなヒト」
「何をして欲しいの?」
「……手を、握られたい」
「何になりたいの?」
「……何にもなりたくない」
「愛して、欲しいの?」
「……愛してくれるの?」
 
 堕ちた先には。
 セピア色の世界があった。殺風景な病院の廊下……人気はない。
「神様って、誰?」
 少年の素朴な疑問に答える者は、そこにはいない。
 セピア色の世界に、真実は無い。
「あなたが、そうなの……?」
 問いかけてくる。だが、答えない。私は、神ではないから。
 神ではないから。
 
 少年の胸を貫く、一本の槍。
 槍は、太陽のよりも太陽らしい輝きを放っていた。
「あああああああああああああああああ!」
 苦痛の叫び。少年の周囲にいる者たちは、一様に笑みを浮かべていた。
「グングニールの槍との接触者……ようやく巡り会えた」
「彼が槍とシステムを共有することができれば、ネットワークを操ることができる……」
「もうすぐだ……もうすぐ、ユミルを世界に堕とすことができる……」
 その様子を眺めているのは戌井教頭。
 そして……槍で貫かれているのは。
 
「僕が恋をしたのは、君だよ。羽鳥さん」
 学校の教室。夕暮れ時。ふたりきりで。
 私は、神楽にキスをされていた。
 伸びる手。触れてくるアナタ。全てを、感じるがままに。
 もっと愛して。
 私を愛して!
 
「僕を……愛して」
 暗闇の中で佇む少年。顔を伏せて、嗚咽を漏らしている……
 私は……そっと、少年の身体を腕の中に収めた。優しく、抱き締める……
「僕を、愛して……」
 繰り返す少年。私は、言葉をかけてあげることができない……
 だって、私は……
 
 私は、ずっとあなたに愛されていたんだもの。
 
 愛されたかったのは……私だ。
 
 
 
”Mother”
 
「気安くママなんて呼ばないで!」
 拒絶。
「あんたなんか、試験管の中で育ったくせに……」
 告げられる真実。
「あの槍と接触するために、あんたは産まれてきたのよ! 私はそのときのためまでのただのお目付役だったのよ!」
 もう、やめろ。
「気持ち悪い……触るな!」
 
 だから……
 
 
 
”Therefore, it killed”
 
 殺した。
 
 
 
”It is possible to meet you and it was glad”
 
 雪の降る日だった。
 私がいた……雪の中、私が殺した死体に囲まれて、佇んでいる。
 白と赤。
 自らの身体も赤く染めて……私は泣いていた。
 
 見慣れた学校の風景。
 私は退屈そうに授業を受けている。
 隣の席の子から、メモが回ってきた……亜弥子からだった。
『今日こそ私の勝ちよっ! ほーっほっほっ♪ ふろむ・あやこ』
 ……何の勝負だったか忘れたが。
 私は、嬉しかったんだ。
 
 嬉しかったんだ。
 
「さみしかったの?」
「だって、私は人間じゃないもの……」
「だれかにいっしょにいてほしかったの?」
「私の側にいてくれる人は、誰もいないから……」
「だったら、わたしがいっしょにいてあげる」
「……寂しかったのよ!」
 
「君に逢えて、僕は良かったと思っている」
「私はあなたと逢えて……どうだったか、まだ分からない」
「実のことを言うとね。知られたくなかったんだ……君には」
「あなたも、私と同じだったのね」
「そう、嬉しかったんだ」
「あなたのことを教えてくれた誰かに、感謝してるわ」
「……ありがとう」
 
 
 
”No future”
 
 闇が沈み、光が溢れる……
 少女が、立っていた。飾りの多い洋服に身を包んだ、金髪の少女が……
「クリスミスティ=キャロル……逢いたかったの」
 綺麗な……だけど、どこか儚げな声が、少女のその小さな唇から漏れる。
「あなたのこと、知りたかったの。お兄ちゃんは、いつもあなたのことを話しているから……」
 少女の指先が、こちらの頬に触れてくる。精一杯背伸びしている少女が、たまらなく可愛かった。
「お兄ちゃんと同じ……優しいの」
 潤んだ眼差しで微笑みかけてくる……哀しいのではないだろう。
 どんなに美しい宝石よりも、純粋に澄み渡っているから。
「また、逢おうね」
 そして……世界は再び、闇に堕ちる。
 
 本当に逢いたかった人。
 本当に知りたかった事。
 本当の、気持ち……
 
 そんなのはどうでもよかったんだ。
 
 ただ、好きだったんだ……
 好きって、伝えたかっただけなんだ。
 
 ……逢いたい。
 
 
 
 はっ、として……
 悪夢から目覚めたように、私は飛び起きた。
 そこは学校の廊下だった……見上げると、天井がある。一瞬、下の階に降りて来てしまったのかと錯覚したが、教室の札は三年生のクラス
番号を表記していた。確かににここは四階……つまり、天井が再生したのだ。
「あの闇が……?」
 訝しげにつぶやきながら、私はふと、全身の痛みがすっかり消えていることに気付いていた。血痕も、どこにも残ってはいない。
 まさか……!?
 私は慌てて立ち上がると、窓から地上を見下ろした。すると……やはり、無かった。
 屋上から飛び降りて絶命したはずの生徒たちの姿が、どこにも無い。
「アリス=リアルライズとか言ったわね……」
 その名を口にし、私は苦笑した。
 神は、誕生していたのだ。あれが神だという保証はどこにもなかったが……
 なんとなく足下を見下ろすと、亜弥子が倒れていた。意識を失っているらしく、ぐったりと仰向けに寝ていた。
 加奈子の姿は……無い。まあ奴のことだから、簡単にくたばってはいないだろうが。
 世界が、修正されている。
 どんな目的があって、あの少女がそれを行ったか分からないが……私にとっては、むしろ歓迎すべきことだった。
 
 ……嬉しかったんだ……
 
 胸中で、繰り返す。私は亜弥子を抱き上げると、思わず独りごちていた。
「私も、所詮は神様の人形なのかもね」
 
                                                 ≪つづく≫



Back/Top/Next