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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫


第21話

ひとつの柩がある



「そうか……神楽が」
 忌々しげに……かどうか分からないが、とりあえず戌井はそうつぶやいた。こういう時はこんな感じの口調で言うのが定石だろう、といったいい加減さすら窺えるのは、決して気のせいなどではないだろう。
 彼の意志が何処にあったにせよ、華苗にとってはまたとない吉報だった。
 神楽が裏切った。
 羽鳥優歌が、以前言っていた言葉が現実になった。
 頭がどうかしそうだった……狂おしい。そんなことが理由にならなくなるほどの歓喜に、彼女は気が狂いそうだった。
(……罰を受ける者は、同等の価値の贖罪を以てそれを償うべきだ)
 別に持論とかそういうのではなかったが、華苗は噛み締めるように胸中でそう唱えた。
 そして、広間の奥を見やる……
 教会の礼拝堂を彷彿とさせる広間。戌井はここが『礼拝堂』と呼ばれるのを嫌がっているようだが、何故かは分からない。もっともそんなことは個人の感覚の問題なので、理由があったとしても知りたいとは思わないが。
 その広間の中心に、足首を鎖で縛られて天井から吊り下げられている女。
 彼女らが、ユミルと呼称している女を、華苗はなんとなく見つめた。
(なぁ……そういうものだろう?)
 心を通して語りかける。返事など、あるはずがないが。
「神楽の代わりは君にでも務まる。安心したまえ」
 と……こちらの胸中を察してか、戌井が鋭い視線を向けてきた。
(君にでも、だと……)
 我知らず、華苗は唇の端を食いちぎらんとばかりに噛んでいた。歓喜が憎悪へと逆行する……それが本来の形でもあったのだが……
「グングニールの件は残念だ……新しく入手したサンプルを使って、また接触者を見つけ出さねばならんな」
 戌井の考えは、あくまでもそこに収束しているようだった。
 忌々しい……
 そう。こういう時はこんな感じの気分になるのが定石だ。いい加減だが、憎しみそのものにいい加減さがあるわけでもない。
 華苗は言い返した。
「神楽はボクが殺します。槍との接触実験は、私も立ち会わせて下さい」
「神楽の件は君に一任しよう。だが、槍は駄目だ。君には無理だったはずだ……覚えているだろう?」
「ボクの身体はもう大丈夫です! ですから……っ!」
「嘘はやめたまえ……私は君が、今もあの薬をやっていることを知っている」
「…………!」
 見抜かれ……見透かされ、華苗は吐き出そうとしていた言葉を爆発寸前で飲み込んだ。肺に強烈な痛みが満ちたが、すぐに楽になった。
 思わず戌井から目を背けた彼女に、彼はあくまでも淡々と続けた。
「本当に罪に思う……君をそんな身体にしてしまった私を、どうか恨んで欲しい」
 告げるだけ告げて……戌井は彼女の横を通り過ぎ、広間から出ていった。。
 華苗は苦渋に顔をしかめたまましばらくその場に立ち尽くし……
 やがて何か意を決したように顔を上げ、きびすを返し、彼女も広間を後にした……
 つぶやきをひとつ、残して。
「勝手な男だ……」
 
 
 
 許されるべきではなかったのかもしれなかった。
 喜んではならなかった。
 その果てに、涙を流すことこそ許されることではなかった。
「……生きていることを……感謝すべきでもなかった……」
 織依は血塗れになった自分の身体を引きずりながら、優歌と神楽が向かった方向をなんとなく予測し、それを辿っていた。
 死んだと思った。
 剣で心臓を貫かれたのだ。普通なら確実に死ぬ……何が普通ではなかったのだろう。今更ながらに思う。
 だが、刃に刺し貫かれる痛烈な痛みは感じた。血もそれ相応に流れている。意識も一度、途切れた。
 なのに、今、自分は生きている。
 生き返って……かどうか知らないが……最初に疑問を覚えたのは。
 胸の傷が、消えているということだった。心臓を貫かれたときの傷が。
 腕を切り落とされた時の切断面からも出血は一切なく、火や塩酸で溶かして塞いだようになっている。
 ……なんとなくだが、予想はついている。
(祐一は……まだ私のことを愛してくれている)
 きっと剣を引き抜いた後、治癒の力を施しておいてくれたんだ。
(まだ彼は、私のことを愛している……)
 表情が崩れていくのがはっきりと分かる……笑みが口元を引きつらせ、目元に顔の筋肉が集まる。
 笑うことは、許されていたのかもしれない。
「生きていることを……感謝します……」
 誰にともなくつぶやいて、織依はさらに歩を進めた……たった一つの目的、あの女を殺すために。
 
 
 
 人間には魂があると、彼女は信じていた。
 だが、死んだら魂だけが残るというのは、嘘だ。そう確信していた。
 肉体が朽ちて、魂だけが残るなんて……そんなのは残酷過ぎる。
(それならいっそ、消えてしまった方が楽だわ)
 うんざりと、彼女はそう思った……
 仏壇の前に座り、拳を固く握りしめる。そんなに強く握る必要も理由もなかったが、これは自分の意志ではないと彼女は自覚していた。
 無意識下における憤り。
 ……厄介だ。
(私は、今もちゃんと母親をやれているのかしら)
 彼女の母でいられることに、喜びを感じなかったわけではない……むしろ毎日が楽しい。あの娘のことを見守ってあげるのが……
 だが、時々……自分がどうして彼女の母親でいるのか、疑問に思うことがある。
 あの娘は本来、私たちとは何の関係もないのに。
(あの子には母親が必要だわ。たとえ彼女が誰であろうと、私たちはお互いを受け入れている……今はそれだけでいいのよ)
 ゆっくりと、そう思い直す。苦悩になるだけの真実なら、いっそ知らない方がマシだった。
 なんとなく後ろめたさを覚えて、彼女は部屋を見回した。和室は、ひっそりとしている……仏壇が置いてあるせいもあるだろうが、日が射し込まないのが最大の原因だろうか。家を建てるとき、和室は縁側がいいと業者に頼んだのだが、いい加減な設計士がいい加減なレイアウト配置にしてしまった。土台が組み終わってからそれに気づき、業者の人たちと一悶着起こしたのを覚えている……結局、向こう側が「この配置じゃないとそれこそいい加減な設計になってしまう」ということで話は終わったが。言い訳だと見抜けなかったわけではなかったのだが、別にこれでもいいと思い始めていたのも事実だった。向こうにプロとしてのプライドがあろうがなかろうが、知ったことではない。
 ……延々と思い出して、彼女は苦笑した。そして改めてもう一度、部屋を見回す……
(まるで、私みたい……)
 じくじくと、蛆でも沸きそうな感触がする独り言を、彼女はかぶりを振って振り払った。
(いつから……こうなってしまったのかしら)
 仏壇に手を伸ばし……遺影を手に取る。両手で大切に持ちながら、そこに映っている少女の顔を見つめる。
 この子はいつも苦しそうだった。だが彼女や父親が微笑めば、屈託なく笑い返してくる……その笑顔は好きだったし、無理をしてでも心から笑い返してくれるこの子の心遣いが、何よりも苦痛だった。
 ……いつから、こうなってしまったのか。
「……優歌……」
 その名を今更ここでつぶやいてしまった自分が哀れで、惨めで、何より最低で……彼女は、泣いた。
 
 
 
「何千年も昔のことだと聞いている」
 優歌たちは結局、学校に戻って来た。あれから幾度も追撃をかわし、校内の誰もいない空き室を探し、そこに飛び込んだといった次第だ。
 お互いにしばらく息を荒らげ、ようやく落ち着いてきた頃、神楽がぽつりぽつりと語り始めた。
「アノニマリス=ヴァルキュリアという一人の女が、この世界の真実に気づいたのは」
「匿名の戦女神……か」
 滑稽なその名前に、優歌は微苦笑を漏らした。本当に滑稽だ……いかなる条件下においても、神に匿名が適用されるはずがない。
 それが真の名かどうかは関係ないとして。
 その優歌の反応に満足さを覚えたわけではないだろうが、神楽は同じように苦笑して、後を続けた。
「彼女は偶然、真実に近づくきっかけとなったあるモノを手に入れた。それが……」
「『弓』」
 優歌が答えを続けると、今度こそ神楽は、満足げに笑みをこぼした。
「そこから彼女の計画が始まった……ヴァルキュリア計画。人間を人工的に神へと進化させるという、馬鹿げた計画さ」
「そんなことは不可能よ」
「分かっているさ……きっと本人もそう思っていただろうな。だが……」
 そこで彼は言葉を切った。分かるだろう? といった眼差しで、こちらを見つめてくる。
 分からないはずはない……優歌は、答えた。
「アリス=リアルライズという少女と接触した」
「彼女が何なのか、俺たちにもまだ分かってはいない。だが、大方の想像はついている」
「『彼女』……あんたたちが言うユミルと同じ、『楽園』の存在」
「確証はないが、恐らくはそうだろう。アノニマリスは、彼女を利用することを思いついた……」
 そこで神楽が表情に僅かに翳りを落としたのを、優歌は見逃さなかった。
 こちらがそれを追及する前に、彼は表情に決然とした意志を浮かべて、続けてきた。
「そしてアノニマリスは確信したのさ。『我々人間は所詮、人形に過ぎないが、命はある。神に最も近いこのアリスという少女と我々の共通点は、まさにそれだ。だから我々が神になれぬということは無い』……って感じでね」
「極論ね」
「俺もそう思うがね。だが、彼女らはアリスと同質の存在を、既に生み出していたのさ」
 今度は、即座には思いつかなかった……優歌がしばし黙考していると、神楽は急に立ち上がり、再びこちらに手を差し伸べてきた。
 また、来い、ということなのだろうか。
 ……本当に、何故だろうと思う。
(私は……どうしてこの男の言葉を、何の迷いもなく受け入れているんだろう)
 彼が嘘をついているとは考えなかったのか。
(アノニマリスの話については、きっと本当だ……これに関して、彼が嘘をつく理由はない)
 だが、何か重要なことを包み隠しているという感はあった。意図的にそれを言葉の陰に隠して、全体的に曖昧さを帯びさせているような。
 何にしても、この男について行くしかないのだ。
(今の私には、それしか出来ない……)
 無力な自分に腹が立つ。
 亜弥子を守れなかった自分に腹が立つ。苛立たしい。憎いとすら思う。
 だから……
(やれることは、やっておかなきゃね)
 優歌は、神楽の手を取った。
 
 
 
 言うなれば魅力的であったのかもしれない。
 求める先はいつも魅力的だと言える。求め、手に入れたそれに魅力があるかないかは別としてだが。
 求めるものは……求めたものは、まだここには無い。
(神を創り出して、私は何をするというのだろう)
 今まで考えなかったわけではなかった……だが考えれば考えるほど深みに堕ちていくその想いに、戌井は頭を痛めた。
 アノニマリスが創始した計画の、最後の後継者が彼だった。次は無い……何となく、そう思う。
(私が朽ちる時は、計画そのものが潰える時だ)
 と、言うよりも。
 ……これで終わらせなければならない。犠牲者は……
(犠牲者は、私と……)
 彼はそこで、顔を上げた。自分たちが『柱』と呼称しているその物体を、見上げる。
 唐突に、視界が揺れた。目の奥が熱い……だが、落ちはしない。感情の血はもう、滴り落ちたりはしない。
 彼は、つぶやいた。
「あと少し……あとほんの少しだけ私に時間をくれないか、有菜……」
 
 
 
 ここにいることが苦痛だと思ったことはなかった。
 いや、苦痛だと認識する以前に、全ての感情が虚無へと還ってしまうのか……
 いずれにしろ、ここにいる自分が誰よりも人間らしくないという事実だけが、頭の中も心の中も真実さえも満たしていた。
 ……それでは。
 何故、自分はここにいるのか?
 何故、自分はそうすることを受け入れているのか?
 何故、自分はこんなことになってしまったのだろう?
 何故?
 ……それらに理由はあるのだろうか。
 そもそも。
 何故、自分は生まれたのか?
 ……何も分からない。分かりたくない……分かることを知りたくない。分かるのも億劫だ。
 あるひとつの論理で全て解明されてしまう自分。
 あるひとつの言葉で全て説明されてしまう自分。
 問いかけることは簡単だった。
 だからまた、問いかけてしまう。自分に。
 何故、自分はここにいるのか?
 何故…………
 
 
 
「なあ。どうして俺たち、クビになったんだろうな」
「仕事だからな」
「昨日、なんかよく分からんが、気づいたら朝で、手にブラジャーとパンツ握りしめててしかもそれが使用済みで……」
「仕事だからな」
「それを上司に見られてクビ……か。まあしゃーねぇわな。女子校の警備であんなもん持ってる現場見られたんじゃあな」
「仕事だからな」
「あーくそー思い出せねー……そーゆーの持ってたってことはそれなりのコトがあったはずってもんだろ?」
「仕事だからな」
「しゃーねぇからお前で済ましちまうか? なんてな。ははは……」
「嫌だ」
「…………あ」
「……………………」
「あ」
「……仕事だからな」
 
 
 
 そこへ彼女を導くのは、予定外ではなかった。
 彼女と出会ったその時からの計画だった……そしてそれが、今の自分の全てであることも。
(真実を知った時……彼女は恨むだろうか)
 憎まれるのもいいだろう。
 その果てに、殺されるのもいいだろう。どう転がろうとも、それが結果には違いない。
 長い、長い廊下を二人で歩く。途中、誰かに出会ったりはしなかった。完全な無人。平日の昼下がりの学校の廊下とは思えなかった。
 恐らく……恐らくの話をすれば、生徒たちは全員、柱の間に集められているはずだった。
(あの出来損ないの神を、いつまで愛し続けるつもりだ、彼は……)
 不意に思い浮かべられたのは、底冷えするような赤い瞳だけだった。
 誰よりも人間らしく輝く赤の瞳。それゆえに怖いのか……自分が、まるで別物のように思えて。
 もっとも……自分が普通の人間だというような妄想に縛られているわけでもないが。
 繋いでも紡いでも、すぐに引き離される心とココロ。
 彼女は……気づいているだろうか。
(世界が壊れてしまう前に……君と……)
 ふと……
 彼は思考を中断して、周囲を見回した。
 強烈な視線と殺気が、自分たちに注がれている……誰が?
 誰が。
 それを考えて、彼は苦笑した。考えるまでもない……例外を除けば、彼女しかいない。
 優歌もそれに気づいたのか、目だけをきょろきょろと動かして辺りの様子を確認していた。
 彼は……神楽は、そんな彼女を庇うように一歩だけ前に進み出て、殺気が発せられている方向へと言い放った。
「俺を殺したいんなら、暗殺するべきだったな。剥き出しの殺気じゃ、意味がないぜ?」
 こちらの言葉に、殺気が揺れたのが気配で知れた。
 ゆっくりと、廊下の柱の陰からその姿を現すショートカットの女。
 久遠華苗。
「……駄目だね。どうしても憎悪が先立ってしまうみたいだ」
 相変わらずの男言葉で、彼女はそうつぶやいた。彼女が着ている学校の制服には、大量の返り血がついていた……ともすれば肉片すらこびりついているのではないかと思わせるほどに。
「誰か、殺したのか」
 神楽はその血を気にしながら……さりとて彼女の目から視線を逸らすわけにもいかず……そう問うた。
 華苗は両手で撫でるように、血まみれの制服の前面に手を這わせ……閉じているのか開いているのか分からない眼差しで答える。
「いや……これは自分の血だよ……」
「自分の……血?」
 と、これは優歌の発した声だった。
 華苗は構わずに制服の胸ポケットからビニールの袋を取り出すと、無造作にそれを破き、中に入っていた数十個の青色と赤色のカプセルを溢れんばかりに手の上に乗せた……実際に、何個かはこぼれ落ちたようだったが。
 彼女は、すぅ……と一息吸い……
 貪るように、そのカプセルに食らいついた。一心不乱に……自分の指すら噛みちぎりそうな勢いで、一気にカプセルを食らい尽くす。
「はっ……はっ……」
 息を乱し、自分の身体を両腕で抱える。恍惚に表情を緩ませて、全身を小刻みに振るわせている。
「何……なの」
 唖然とした、優歌の声が聞こえてくる。
 神楽がそれを説明してやろうとした時、華苗が廊下の壁にもたれかかりながら、涸れた声で告げてきた。
「神楽……お前のことを考えるたびに……この身体が虫どもに食われていくような錯覚がするんだ……」
 そして……悠然とした動作で、右手を自分の腰の後ろに回す。正確には、上着の裏側に。
 そこから一丁の拳銃を取り出しながら、華苗はさらに続けた。
「分かるだろ? これは……お前のせいだ」
 実を言えば、単なる被害妄想なのだが。
 それでも華苗は、憎悪を抑えはしない。身体の震えも、息遣いも正常に戻し、ありありとした殺気だけを残して、銃を構えてくる……
「悪いけど……今、ここで殺されろ」
 そして……銃声が轟く。
 
 
 
 銃声が轟いた瞬間。
 優歌は横に跳んでよけようとするのと同時に、神楽に身体を押されていた。
 良く言えば、庇ってくれたということになるのだろうが……
 その後、彼女は神楽が開けた空間の狭間に飛び込んでいた。これも正確に言えば、飛び込まされたことになるのだろうが。
 視界が暗転し、浮遊感が内臓をひっくり返す……
 一瞬の気持ち悪さが弾け、数瞬の光の瞬きの後、世界が開ける。
(開ける……)
 胸中で、確認するように繰り返す。
 そして……地に足を下ろし……
 下ろせないことに違和感を覚え、足下を見下ろしたそのとき……
 自分が出現したのが地面より二メートルほど上だったことに気づいた。
「わああああああああっ!?」
 思わず、絶叫する。再度訪れた浮遊感……いや、落下感に、抗う術もなく腰から地面にたたきつけられた。
「いっ! たぁっ……なんだってのよ、くそっ……」
 腰をさすりながら立ち上がり、彼女は周囲を見回した。
 そこは……以前にも見た光景だった。
 教会の礼拝堂のような広間。祭壇があり、十字架があり、ステンドグラスがあり、淡く黄色がかった光が差し込んで来ていた。
「ここは……」
 つぶやいて、見上げる。
 やはり……そこに、あった。
 天井から伸びている鎖で両足首を縛られた女の死体……黒髪を床に向けて垂らして、それでも精気を感じる眼差しで、こちらを見ている。
(本当に……死んでいるのかしら)
 何となく耐え難い寒気を覚えて、彼女は身震いした。
 そういえば……昨夜、アリスの幻視の中でこうあったのを覚えている。
『グングニールの槍との接触者……ようやく巡り会えた』
『彼が槍とシステムを共有することができれば、ネットワークを操ることができる……』
『もうすぐだ……もうすぐ、ユミルを世界に堕とすことができる……』
(神楽が、『彼女』をこの世界に現出させた……っていうこと?)
 そのグングニールの槍とかいうのにどんな能力があるのか知らないが……
 戌井たちがその槍を使って何をしようとしているのかは、なんとなくだが予想はついた。
(『弓』の代わりに使うつもりね)
『弓』にパーツが足りない以上、それと同質のものを創り出す必要があった。それがグングニールの槍だ。
 ……というのは、所詮はただの想像に過ぎないが、間違ってはいないだろう。
 だが、疑問は残る。
(何故、その槍でさっさと『彼女』を殺さないの?)
 つまり……まだ『彼女』を殺せるほど、完全ではないということか。
 彼女は胸中でそう付け加えてそう結論づけると、改めて周囲を見回した。自分と『彼女』以外には誰もいない……
 と……広間の奥に、扉がついているのが見えて、彼女は目を止めた。
 観音開きの、木製の扉だ。見るに、鍵はかかっていないようだが……
(何かありそうね)
 ここでじっとしているわけにもいかないので、彼女はそちらへ向かって歩き出した。
 扉を押し開けると、石造りの廊下が伸びていた。明かりらしいものは一切なく、暗い闇が果てまで拡がっている。
(怪しさ爆発ね)
 と、苦笑して……
 優歌はその廊下へと、足を踏み入れた。
(神楽がここに私を送ったってことは、何かあるのよ……)
 だから今は。
(それを信じて、進むしかない……)
 
 
 
 ……ひとつの柩がある。
 その中で取るべき道は二つ。
 前へ進むか、来た道を引き返すか。
 そして……彼ら(彼女ら)は、選択した。
                                              ≪つづく≫



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