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Original Novel
NODOAME Presents



歌姫


第23話

君を守る為に、僕は夢を見るよ



 
 
 嘘をついたことはありますか?
 人を裏切ったことはありますか?
 自分を嫌いになったことはありますか?
 ……誰かを好きになったことはありますか?
 
 
 
「うっ……う……ふっ……うああ……」
 床の上に伏すように、頭を抱えながら身体を丸めてむせび泣いている少女。
 たくさんの血と肉の中心で泣き続ける少女。
 自分が殺した人間たちの山の中で泣く少女。
 悲しかったのは一瞬だった。後は、ひたすらに痛い……
 
 (この子は……?)
 
 (あなたにはまだ紹介していなかったわね)
 
 運命は、もう無いんだと思っていた。
 運命なんてものは、所詮ただのシステムに過ぎないんだと思っていた。
 だが、違う……運命はあったのだ! 今ここで、自分が泣いていることがその証拠だった……
 もはや抗うことに意味はない。運命の渦に飲まれた自分を、ただ迅速に理解するように努めるしかない。理解と言うよりは……切望か。
こちらを見守るように。あるいは、蔑むように……
 十字架の上からこちらを見下ろしている少女たちの視線が、彼女の心をさらに痛めた。
 
 (そう、よろしくね。僕は……)
 
 (実はね、あまり歓迎されないことなんだよ。新しい聖者が生誕するということは)
 
 どこからか、足音が聞こえてくる……どこから、というのは分かっていた。ひとつしかない……通路の先からだ。
 それでも彼女は泣き続けた。もしそれが敵だとすれば致命的だったが……
 正直、もうどうでもよかった。今更、誰が来ようと関係ない。
 ……殺してくれても構わない。
 許されない運命なら、もう許してもらおうだなんて考えない。
 私は、逃げる。
 
 (僕には……分かるよ。君はきっと、いつまでも)
 
 お願いだから……もう私を……そっとしておいて……
 
 (君はきっと、いつまでも)
 
「優歌っ……」
 言葉と同時に背中から抱き締められて。
 軽い衝撃が温もりに変わる時。
 彼女は、思わず泣くのをやめていた。
「……優歌……」
 心配するような……その反面、安堵に和らいだ声が、優しく彼女の耳元で囁かれる。
 背中に彼の暖かさを感じる……自分の身体を包み込むように回された、彼のたくましい両腕。
 あなたは……こんなにも大きかったんだ。
「……ごめん」
 答えたい言葉は言えず。思い浮かんだ言葉は頭の中だけにとどまり。彼に触れようとする指は動かず。
 ……どうしようもない気持ちになって。
 彼女は再び、泣き出した。
 
 
 
「華苗様!? どうなされたのですか!?」
 飛び跳ねかねないくらい驚いた様子を見せ、紗夜が慌ててこちらへ駆け寄ってくる……
 華苗は彼女を怜悧に見返しながら……うまく見返せないことに腹立たしさを覚えながら、玄関先に膝から倒れ込んだ。
 血が、玄関の床に拡がっていくのを感じる……頬にぬるぬるとした感触がまとわりつき、はっきり言って不快だった。
 そこは彼女の屋敷だった。両親はいない……『ある事情』でいなくなったしまったために、今は戌井が与えた目の前のメイド、紗夜という女が、華苗の世話をしていた。
 彼女は華苗のことを恐れている以上に、慕っていた……彼女がこの家に奉公に来る時に、調査書か何かで読んだことがある。紗夜もまた、神楽や自分と同じ、作られた人間だということを。だからその部分に親近感を抱いているのだろうが……
 ただ華苗のそれと決定的に違ったのは……
 紗夜の存在は、華苗よりもむしろ神楽に近いものがあった。
 だから華苗は、紗夜のことを好きにはなれなかった。
 その裏で憎悪の炎すら燃やしている自分がいる……殺してやりたがっている自分がいる。それでも愛おしいと感じている自分がいる。
 この顔を……彼女にだけは、見られたくはなかった。
「華苗様……そのお顔……!」
 彼女の顔を見た紗夜が、絶句するのが聞こえた。華苗は舌打ちして、ゆっくりと身を起こすと、紗夜の肩を掴んだ。
「あの女だ……」
 凄絶な形相で睨まれて、紗夜が、ひっ……と喉の奥で押し潰すような悲鳴を上げたのが聞こえた。
 構わずに、華苗は続ける。
「あの女を連れて来い! 今すぐ、だ!」
「そ、その前にお怪我の方を治療いたしませんと……!」
「何を聞いていた、この馬鹿が! あの女を、今すぐ、連れて来い!」
 怒鳴りながら紗夜を殴り倒し、華苗は罵倒すら込めて彼女にそう命令した。
「は、はい……」
 ふらふらと、殴られた頬を押さえながら立ち上がり、紗夜は屋敷の奥へと駆け足で去って行った。
 誰もいなくなって。
 華苗は、すぐ真横の壁にもたれかかり、そのままずるずると床に座り込んだ。
 息を荒らげ……のべつまくなしに沸き起こる激痛に、詰まった喘ぎ声を漏らす。
 自分の、顔を押さえる……べちゃり、と水気を帯びた音が響く。少なくとも彼女には、響いたように聞こえた。
(これは、刻印だ……)
 絶え間なく溢れ続ける鮮血の中で、彼女は笑みを浮かべた……笑みとしての条件を最低限しか満たしていない、引きつった笑みを。
 左耳の付け根あたりから、右眉の上あたりまで、斜めに大きく穿たれた顔。そして、潰れた左目。
 これは、刻印だ。
(必ず殺してやる……神楽……)
 そして……彼女の意識は、堕ちた。
 
 
 
 目が覚めたらここがどこだか分からないという経験は、なかなかできるものではない。
 考えようによっては、『貴重な経験をした』と喜ぶべきなのかもしれない。ただし、それは紛れもなく愚行であったが。
「いや、でもマジで……」
 自分の身体と隣接している今、この瞬間の空間。視界の及ぶ範囲の限りを見渡して、彼女は嘆息した。
 いきなり何者かに昏倒させられて拉致して来られた場所にしては、豪奢な造りの部屋だった。部屋はかなり広く、中心より奥寄りに置かれたベッドの上に、彼女はいた。今までずっとその上で気絶していた割には、髪の毛に癖のひとつもついていなかった。どうやら、誰かが丁寧に寝かせてくれたらしかった。
 どうにも、自分が拉致されたようには認識できない……室内の調度品の類いは、何をどうやって使えばいいのか分からないような高級品ばかりが並べられていたが、中にはちゃんとグラスや水差し、戸棚にはワインまで用意されていた。
 単に、他に空き部屋がなかっただけかもしれない。あるいはこの家の主の趣味かもしれなかったが……
 いずれにせよ、彼女はつぶやきを止めなかった。
「どこなのよ、ここ……」
 どこなのか、というのは正直言えばどうでもよかった。
 問題は……
(どうして、私がここにいるのか)
 もうひとつ。
(何が起こっているのか)
 どれを取ってみても、自分の想像力だけでは到底、解き明かせそうにない謎ばかりだった。
 あとひとつ……これは謎ではないが……
「なんで裸なわけよ」
 さっきからずっとシーツで身体を覆っていたわけだが、そのことが疑問として浮かんだのはつい今しがただった。
 と……
 ふと視線を落とすと、ベッドの枕元に、綺麗に折り畳まれた自分の制服が置かれていた。日向の匂いが漂っている……どうやら洗濯までしてくれたらしい。下着に至っては、ちょうど自分のサイズにぴったりの新品のものが制服の上に乗せられていた……
「……えーと……」
 頭を掻きながら彼女は唸り……しばし黙考した後、とりあえずそれらを着てみることにした。
 ……まあなんというか。
(なかなか気の利く誘拐犯ね)
 苦笑しながら彼女は胸中で独白し……そうこうしているうちに、着衣を終えた。
 ちょこんとベッドの端に腰を下ろし、ぼーっとする……もっとこう……何というか、何かが足りなかった。
「普通さぁ」
 諦めたようにため息をつき、彼女は身振り手振りなどを加えながら独り言を続けた。
「拉致・監禁と来れば、迫る魔の手その他諸々が織りなす緊張感と恐怖のオンパレードってのが相場でしょうか」
「それは申し訳ありません……」
 唐突に聞こえたその声に一瞬テレビが点いているのかと勘違いしたが、すぐに独り言に答えを返されたことへの違和感がそれを上回り、彼女は半ば息を詰まらせながら、慌てて声がした方を見やった。
 それは、入り口の扉からだった。扉をわずかに押し開けて、顔を半分だけ覗かせている女の姿がそこにあった。
(何してんのよ……)
 というよりその女が、少しでも動かせば軋んだ悲鳴を上げそうな木製の扉を音も無く開けたことの方がよっぽど謎だったが。
 なんにしろ女は、こちらの様子を伺いながら続けてきた。
「私、何も知らないものですから……そうですか。こういった状況には、そういうものが必須なのですね」
「いらんいらん」
 淡々と返答して、彼女は誤魔化し笑いをした。女はよく分かっていないみたいで、きょとんとしていたが。
 が、女はすぐに表情を引き締めると、ゆっくりと中に入ってきた……女の全体が見える。メイド服に身を包んだ、年の頃なら自分よりも少しだけ上という程度の容貌をしていた。外見のみで判断するなら、いかにもメイドらしい感じの女だったが……
 歩き方がまるでなっていなかった。何もないところで、何度もつまずきそうになっている。
 そして女は彼女の前に立つと、軽く一礼して告げてきた……
「お願いします……どうか……私のお願いを聞いて下さい」
 あまりに突拍子もないその一言に……
 彼女……亜弥子は、半ば条件反射的にうなずいてしまっていた。
 
 
 
 「この子は……?」
 私はきょとんとして、問いかけを発した男の顔を見上げていた。もしかしたら『きょとん』ではなく、もっと無  質な……無感情な表情だったかもしれないが。
 「あなたにはまだ紹介していなかったわね」
  答えたのは私のかたわらに立つ女の人。私の手を握りながら、視線だけでこちらを示し、彼女は続けた。
 「クリスミスティ=キャロル……新しい聖女よ」
 「そう、よろしくね。僕は……シエル」
  彼もまた、小さな私の手を握ってくる。ただ隣の女と違ったのは、それは優しさだったということだ。
  小さな小さな私への。
  生まれたばかりの私への。
  だが、祝福ではなかったのだ……
 
 「実はね、あまり歓迎されないことなんだよ。新しい聖者が生誕するということは」
  何も無い空間を二人で漂いながら、彼はそんなことを告げてきた。
  足下には無数の世界が存在している。上を見上げれば広大な虚無の宇宙が拡がっているし、横には彼がいる。
  だから、何も無いわけではなかったのだ。
  どうでもいいことを考えながら、私は彼を見返した……彼は真剣な眼差しに憐憫の輝きすら乗せて、こちらを見つめている……
  彼の手が、私の頬に触れる。
  言葉は涙に濡れていた。
 「僕には……分かるよ。君はきっと、いつまでも泣き続けながら生きて行かなきゃいけない」
 
  つまり?
 
 
 
「運命なんだよ」
 神楽は落ち着いた声でそうつぶやいた。どこか皮肉な笑みを浮かべながら、天井からぶら下がっている女の死体を見やる。
 彼らはあれから、礼拝堂に場所を移していた。広間の左右両側に並べられた長机の上に腰を下ろして、言葉を交わし合っている……
 ふたりの位置は離れていたが、互いの表情が見えないほどではない。声も、よく聞こえる……
「自分にできることはどこまでも限られているのに、運命はさらにそれに制限をかけてくる……」
 優歌は彼の声を……言葉を、黙って聞いていた。泣き腫らした眼で、じっと彼の口の動きを見つめる。
「運命ってのは、何も無い世界のことなんだ。だってそうだろう? 人間が一生のうちにできることを仮に百とすれば、運命はそれを限りなくゼロに近づける……そんなのは何も無いのと同じだ。もしかしたら今この瞬間、俺がここにいてこんなことを喋っているのだって、あらかじめ定められていたことかもしれないんだから」
 彼の言っていることは極論だと、優歌は頭の中で解釈していた。
 だが、それまでだ……その言葉と声を頭の片隅に置いて、後は上の空。別のことを考える……
 そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、それでも構わずに彼は続けた。
「でも、そんなのは運命じゃない……ただ過去に言い訳してるだけだ。運命っていうのは……」
 と、こちらの様子に気づいてか、そこで神楽は言葉を切った。怪訝な表情で、こちらを見てくる。
 優歌は、ふふ、と小さく笑うと、少し涸れた声でつぶやいた。
「今日は、随分と饒舌なのね」
 彼女のせりふに、神楽がはにかんだように笑い返してくる……あるいは、ただの苦笑かもしれなかったが。
「ただの気まぐれ? それとも……憐れみかしら」
「さぁな……多分、聞いて欲しかったんだと思う」
「その歳で愚痴なんて、似合わないわよ」
「俺は……」
「もう、いいのよ」
 答えかけた彼を遮るように発せられた優歌の声が、彼の表情に疑問符を浮かべさせる。
 優歌は机の上に座り直して……ついでに足を組み替えてから、続けた。
「自分に強がったって、どうにもならないわ」
「…………『僕』は……」
 うつむき、少しためらいがちにつぶやいてくる神楽は、今までよりも幾分か小さく見えた……
 やがて彼は意を決したように顔を上げると、毅然として、
「僕は、君に逢うために生まれてきたんだ」
「グングニールの槍と接触するために生まれた存在……その槍の役割が私の想像通りなら、確かにあなたは私に逢うために生まれてきたんでしょうね。いえ……」
 優歌は小さくかぶりを振ってゆっくりと言い直した。
「私を殺すために、生まれてきたの」
「違う! 僕は……」
 即座に彼は否定してきたが、次いで出た反論をすぐに言い澱んだ。こちらから目を逸らして、唇を噛み締めている。
 何を言おうとしているのか……それは容易に想像がついた。
 それに対する答えも、彼女は既に用意していた。
 
(お願い……)
 
「僕は……」
 
(お願い、言って……)
 
「僕は、君が……」
 
(私は、あなたが……)
 
「好き、なんだ」
「好きなの……」
 ふたりの声が、唱和する……互いの声が鼓膜を震わし、その内容を理解に至らせるまで、さほどの時間は要さなかった。
 そのまま……優歌は腰を上げ、祭壇の前まで移動しながら、
「アリスの夢の中で、私は幼い頃のあなたと会った……凄く、悲しそうなあなたがいたわ」
「……そうか」
 そう答えながら、神楽が机から降りた音が聞こえた。その足音が、こちらへと近づいてくる……
「夢の中で、見たの」
 まだ振り返ったりはしない。これを告げ終えるまでは。
「病院の廊下に、まだ七、八歳くらいのあなたがいた。そこでね、見たの……壁に貼られた一枚のポスター。献血か何かのお知らせだったかしら……よく覚えていないけれど、確かに見たのよ」
 目を閉じ、記憶の中のそれを克明に思い出す……はっきり思い出せる。間違ってはいない!
「『昭和八十年、三月六日』……今から三年前の日付が、隅っこに記されてたのをね」
 はた、と……
 神楽の足音が、止まる。彼が息を飲んだのが気配で知れた。
「あなたは……」
 言いながら優歌は、何気なしに天井を仰いだ。ステンドグラスから差し込んでいる斜陽が、広間を舞う埃をきらきらと輝かせている。
「あなたは、とても深くて短い時間を、過ごしてきたのね……」
「……僕は欠陥品だったんだ」
 恐ろしく冷めた声が、彼女の背中に浴びせられる。優歌はそれに促されたように黙って目を閉じて、彼の言葉に耳を傾けた。
「僕らは、『弓』から抽出された魂から生み出されたんだよ。人工受精時に、その魂も一緒に注ぎ込むんだ……そうすると、君たち楽園の聖者と同質の精神構造を持った子供が生まれる……それが僕ら」
 そこで一旦、言葉が途切れる。乾いた唇をなめたのだろうか。なんにしろ、彼は続けた。
「グングニールの槍と……アノニマリスがアリスを使って造り上げたあの槍と接触するために、僕らは生み出されたのさ。槍については……きっと君の想像通りだと思うよ。そうさ、グングニールの槍は、『弓』の代わってユミルを貫くために造られた武器なんだよ」
「だけど……不完全だった」
 彼の後を引き継ぐ形で、優歌はつぶやいた。
「いくらシエルの……『弓』の魂が宿っているとはいえ、所詮は人間に扱える代物ではなかった……違う?」
「そう……そのどうしようもない事実に、後継者たちは次々に諦めていった。中には僕らとは違う普通の人間を生きたまま解剖して、その血肉を槍と同化させようとしてた気狂いもいたらしいけどね……そんな時、現在の後継者、戌井が現れたのさ。そして……」
 と、彼は自分を親指で示しながら、
「彼に生み出されたこの僕が、槍の接触者と成り得た。欠陥品だった僕がだ! 華苗でも、織依でも……他の誰でもない。僕がだ」
 興奮して叫んだかと思えば、語尾はいつになく弱々しかった。
「華苗はそんな僕を憎んでいる。みんなだってそうさ。君も何度か見たことあるだろう? あの少年たちも、僕のことを快く思っていない」
「欠陥品、か……」
 我知らず、優歌はその単語を漏らしていた。ただ、自分の中で再確認したかっただけなのだろうが……
 その声は神楽には届いていなかったのだろうか、彼は超然と続けてきた。
「僕は槍を使って、ユミルをこの世界に堕落させた……でも、彼女を殺すには槍だけでは不充分だったんだ」
「そこであなたたちは、柱を必要とした……」
「……君を壊し、核の力を完全に掌握するために」
 再び……神楽が歩き出したのが、足音で知れた。悠然とこちらに近づき……ちょうど彼女の真後ろで、立ち止まる。
 少し遅れて、優歌もきびすを返して彼の方へと振り返っていた。
 彼の双眸に、自分の顔が映っている……切なげに口元を引き締めている、自分の顔が。
 それを見て初めて、足が震え始める。恐怖などではない……もしこれが恐怖ならば、どれだけ楽だったことか。
(結局、私は……)
 
 甘えさせてくれる人が、欲しかっただけなのかな……
 
 神楽の両腕がしっかりとこちらの身体を抱き寄せる……
 優歌は彼の胸に自分の頬と両手を添えた。それに応えるように、彼はさらに強く抱きしめてきた。
「壊させてたまるか! 誰が壊させてなんかやるもんか……誰にも、誰にも、誰にも!」
 叫びはさらに抱擁を強くした。そのあまりの力に、背中の骨が悲鳴を上げる……だが今は、その痛みすらも喜びに感じられた。
優歌はわずかに目線を上げ、彼の眼差しを覗き込んだ。
 ……そして、ふと気づく。涙に濡れたその眼よりも、興奮に紅潮している顔よりも、何よりも。
 頭一つ分くらいの身長差が、自分と彼にあったことに。
(こんなに大きかったんだ……)
 そして再び、彼の胸に身を委ね直す。
 こんなにも大きくて……こんなにも小さな男の子。
 好きになって当然だった。だって、あなたは……
(私と、同じなんだもの)
 あなたを好きになって。
(もっと自分を好きになりたい)
 好きになりたい!
「僕は……たった五年しか生きてない子供で……」
 彼の囁きが、こちらの耳をくすぐった。
「どう足掻いても、君より先に死んでしまうけれど……それでも、君は……」
「私は……」
 優歌は顔を上げた。心から微笑む……
「あなたが、好き」
 そう答えたこちらの唇を、乱暴に神楽が塞いでくる。
 そして求めるように……優歌は、彼の首に腕を回した。
 もう、言葉なんかいらない……
 ……二人はそのまま、流れ落ちるように祭壇の上に身を横たえた。
 
 
 
  嘘をついたことはありますか?
 
 
 
「あっ……」
 切ない吐息が、思わず私の唇から洩れる……
 もっと触れて欲しい。色んなところに触れて欲しい。そしてそのまま、心まで触れに来て。
「んっ……ふぁっ……」
 あなたの手の感触が、温もりが、私の心を奏でるの。
 私の声を聞いて。
 ……これは、あなたが奏でる音色だから。
 
 
 
  人を裏切ったことはありますか?
 
 
 
 君はこんな僕を、獣のようだと嘲笑うだろうか。
 それでも……抑えられないんだ。しょうがない……
「優歌……」
 囁くことを、どうか許して欲しい。欲望のままに君に触れる僕のこの手を、どうか許してやって欲しい……
 もっと君に触れたい……色んなところに触れたい。そしてそのまま、心まで触れに行きたい。
 いつも悲しげに歌っている君の心。
 ……今は、僕が奏でてもいいですか?
 
 
 
  自分を嫌いになったことはありますか?
 
 
 
「んっ……ああっ」
 彼を、身体の中で感じる。あなたを包んであげられていることが、凄く嬉しい……
 痛くなんかないよ。苦しくなんかないよ。
 だから、ねぇ……痛みも孤独も寂しさも全部、私の中に解き放っていいからね。
 私は、いつまでも泣き続ける運命にあるのかもしれないけれど……
 ……強くなるから。
 あなたに頼られてもいいくらい、強くなってみせるよ。
 痛みも孤独も寂しさも。
 いつか、幸せに変えてみせるから。
 
 
 
  誰かを好きになったことはありますか?
 
 
 
 君を全身で感じられないことを、もどかしく思う。
 痛くない? 苦しくない?
「あっ……あん……ああっ!」
 涙を流して、快楽と苦悶の両方に叫ぶ……それでも君は、僕を気遣うように微笑んでくれる。
 その優しさに、僕は甘えてもいいのかな。
 君は、いつまでも泣き続ける運命にあるのかもしれないけど……
 ……僕が、守るから。
 僕はあと十年ぐらいしか生きられない。
 でも、君がこの世界にいる限り、何度でも生まれ変わってみせるから。
 世界が壊れて消えるまで。
 僕は、君の側にいるから。
 
 
 
  ……その気持ちは、本物ですか?
 
 
 
「……んっ……」
 
                                               ≪つづく≫


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