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ONE Another Story



HOPE!!


by nothing



 記憶の始まりは、母親の手の中だった。最初は相手が誰だかわからず、不安だった。だが抱きしめられ、心臓の鼓動を聞くと、俺は本能的にそれが母親であると確信した。おそらく、それは本当の母親だったのではないだろうか。しかし抱きしめてくれた直後、母親は俺を離して、遠ざけるような仕草をした。追い払うと言うよりは、逃がすという感じだった。俺が背を向けると、母親は頷いた。そのまま少し遠くまで歩くと、振り返った時に母親はいなかった。俺は人生で最初の決断を迫られた。母親のいた場所へ戻るか、それとも警告に従ってこのまま歩くか。
 俺は、歩いた。それが全ての人生の始まり。

『HOPE!!』

 21世紀の開始からそう遠くない未来。世界は放射能で汚染された砂と岩に覆われていた。かつて恐竜と呼ばれた爬虫類が支配していたはずの大地は、それに変わった人間と呼ばれる哺乳類が支配しているはずだった。だが現在、大地を支配し席巻しているのは人間ではなかった。
 機械。最初は小さな芽だった。人類は演算装置の開発や二足歩行のできるロボットを開発できたことに無邪気な歓喜の声をあげて喜んでいたものだ。その終端に何があるのかも知らず。
 クローン技術の発達により急速に進化した医学および脳生理学。それに伴うように発展した電子工学はさらなる進展を求め、処理の中枢を人間の頭脳に求めた。どれだけ学者や企業が努力しても、人間の頭脳以上に優秀な記憶能力や学習能力のある装置を作ることはできなかったのである。血管よりも細い管を脳の中に通し、それを歯車で作った機械に連動させていく。思考兵器、サイボーグの発明、人間と機械の同化は急速に進んでいった。
 しかし機械は進化しすぎた。すでに世界中の軍隊はあらゆる兵器を、人間が操縦する兵器、もしくは一定の行動しか起こせないプログラムを搭載した純粋な機械兵器から生物頭脳搭載型の自律機能を持つ思考兵器に移行させていた。そして誰もが盲信して疑わなかった機械の、暴走が起きた。 米国防総省からバグが発生して数秒後、世界中の自律コンピューターおよび思考兵器が誤作動を開始した。米国からロシアへの核攻撃が行われると、ロシアが報復。両軍ともに壊滅的な打撃を被った。正確な情報伝達はクラッキングによって妨害され、世界中に誤った、そして悪意のある情報が氾濫した。人類が混乱の極みにある中、ついに彼らは牙を剥いた。生物頭脳兵器による突如とした攻撃態勢への移行、攻撃の目標は・・・人類。皮肉なことに、人類はその英知を結集して造ったあらゆる思考兵器と死闘を繰り広げなければならなかった。人類はすでに残り少なくなっていた純粋な操縦兵器によって最後まで抵抗したが、すでに人類を越える実力を蓄えていた自律コンピューターと思考兵器の前には敗れ去るしかなかった。世界中のめぼしい軍隊を全滅させた後、機械が取った行動は、自力で人間の脳と体を研究、実験することによるさらなる進化を遂げることだった。人類は機械に捕縛され、明日は我が身かと思う不安な日々を過ごしていた。捕縛の手を逃れたわずかな人類は、集結して散発的な衝突を繰り返すか、テロ活動による抵抗の手段を取ることになった・・・

 散発的な銃声と爆発音。人間の悲鳴。そして機械の駆動音。
 俺達第三中隊は砲撃の中を前進、敵が一時的な基地として使っている廃墟に陽動作戦を行っていた。味方の本隊が丘に砲台を設置するまでの時間稼ぎだ。俺達は岩影にへばりついて、迫り来るインセクト(戦闘にのみ用いられるロボット。それぞれの機能と役目のために非常に特徴的な形をしており、昆虫の意を込めてそう呼ばれている)とサイボーグ(人間環境に適応した生物頭脳搭載の人型機械。様々な用途に用いられるが、もちろん戦闘用もある)を相手に乱戦を繰り広げていた。
「護!退路は!?」
「無事だ。しかしこうなると指揮系統も何もあったもんじゃないな」
「北側のランチャーを倒そう。味方が前進できる」
「よし、援護する」
 俺は護の機銃援護の下、ランチャーを搭載したインセクトに迫った。途中で遭遇した小銃インセクトを手持ちのライフルで片づける。護の攻撃に反応したのか、ランチャーが護の遮蔽物に攻撃した。俺は振り返ることなく、ランチャーに突進して磁石式の吸着地雷を張り付ける。そして脱兎のごとく飛び跳ねて逃げた。直後の激しい炸裂音。地雷が装甲を破る音が聞こえ、誘爆したランチャーが花火のように四散する。ランチャーのせいで釘付けになっていた中隊が、機を逸することなく前進してきた。俺達は合流して、中隊長に報告する。
「フレデリック、ランチャーは倒した。新手が来る前に逃げよう」
「だめだ!アクシデントがあったらしい、砲台の移動が遅れている。俺達は後30分は持ちこたえねばならん」
「冗談言うなよ!防御ならともかくこの状態で30分!?」
「黙ってやれ!いつものことだろうが!それで、状況はどうなってる?」
「俺達みたいに取り残されてる奴がたくさんいるよ」
「救出できん。自力で脱出させよう」
「俺達は?」
「小隊へ戻れ。指示はそこで受けろ」
 俺達は小隊へ走った。それほど後方ではなかったが、敵の砲火からは離れている。
「あれ?そういえば護、よく生きてたな」
 さっきからずっと一緒にいる護にそう言うと、怒られた。
「アホ!!死ぬかと思ったぞ、きっちり手早く片づけろ!」
「すまんすまん」
 小隊に戻ると、やはり前進の指示が出された。護と別れて前哨に立つと、前進するにつれて敵の攻撃が激しくなる。10メートルほど離れて前進していた仲間が喉を撃ち抜かれると、俺は思わず地面に伏せた。
「折原!止まるな!」
 後ろから小隊長の無茶な命令が飛ぶ。
「くそ!」
 俺は岩影までほふく前進すると、ちょうど斜面になっている下を見下ろした。敵の移動機銃座が
目前に見えた。それを守るインセクトも何体か一緒だ。俺は威嚇に何発か撃ち、ついでにヒートボムを投げ転がすと全速力で小隊長の元へ戻った。
「敵の機銃座が移動中!斜面にこちらの機銃を移動させてください!すぐ!」
「わかった!機銃隊、前へ!」
 護と他の機銃手が、俺に続いて前進する。さっきの岩影に到達したところで、一体のインセクトがにょきっと顔を出した。俺は即座に腰の棍棒でそいつの視覚装置を叩き壊すと、斜面に蹴り下ろす勢いで再び下を見た。機銃座は移動に難儀しているようで、大した距離を移動していない。俺が合図すると機銃隊が火を吹いた。すぐに機銃座は破壊され、インセクトも掃討される。そこで、ようやく味方の重砲が咆吼を上げた。
「味方の砲撃だ!」
 眼下の廃墟、敵の仮設基地が吹き飛ぶ。俺達はそれに呼応して突撃。一時間後に廃墟を占拠した。実に一ヶ月ぶりの勝利だった。
「損害もあった。多くの同志が死んだ。しかし諸君の勇気によってついには敵を蹴散らし、勝利を得た。小さな一歩だが、大きな前進だ!」
 俺達の隊長、ストロング将軍が俺達兵隊を集めて勝利の演説をした。将軍は本当はどこかの軍隊の一平卒だったらしいが、激動の中を生きるうちにすっかり逞しくなって戦闘・戦術にも通じるようになり、今ではこの辺りのゲリラ戦力の中でも屈指の人物になっている。俺達直属の兵団は尊敬を込めて「将軍」と呼んでいるのだ。
「食料の分配は兵たん部隊の手によって行われるが、戦果を挙げた者には割り増しだ。以上!」
 俺はランチャーを撃破した褒美として、何ヶ月ぶりにか菓子を食べられることになった。涙が出るほど嬉しい。普通、敵の基地を占拠しても得られるのは、捕獲した人間のために用意されている
カロリーブロックなどの固形かもしくは液体の栄養食品だけだ。しかし時々、敵の輸送部隊や補給部隊を襲うと米やパンその他、普通の食品を積んでいることがある。おそらく、長期間監禁する人間にとって非日常的な食品だけでは精神に支障をきたすことが結論されたのだろう。その中でも菓子などは子供と一部の大人にしか与えられないものだ。俺が手に出来ることなど奇跡だと言ってもいい。
「おいおい、俺の援護があったおかげじゃないの?」
 護からそう嫌味を言われたが、無視するしかない。貴重な食料を情けで分けるわけにはいかないのだ。
 俺達は逆襲を恐れて取る物を取ったらすぐにアジトへ逃げ帰った。皆、久々の勝利に湧き立っていた。
 アジトには女と子供、それに物資が隠されている。俺達は万が一アジトが潰されても大丈夫なように、予備のアジトを二つほど備えている。しかし物資が置いてあるわけではないので、事実的には敗走したり部隊からはぐれてしまったりした時の一時的な集結地点になっている。弾薬も食料もある程度の蓄えはあるのだが、兵力と分離するわけにはいかない。敵か、もしくは他のゲリラや難民、悪い時には盗賊などに奪われる危険があるからだ。最初は物資を分散する意見もあったそうだが、将軍の一存で物資は集中管理されている。そして今となっては誰もがそれを正しいと思っている。
「みゅー・・・」
 俺は歩きながら、菓子をじっくりと味わいながら食べていた。すると後ろから、ボロボロの服を着て胸にネズミを抱いた少女がついてきた。
「げ、繭」
「みゅ」
 この女の子はもう14歳ぐらいになっているはずなのだが、戦火で両親を失ったらしく、そのショックからかほとんど喋らない。いつも一人でいるが、必ずこのネズミと一緒にいるのだ。
「だめだぞ繭、こいつは戦果で特別支給されたんだ。譲れん」
「?」
「ぐ・・・そんな子犬のような目で見たって」
「・・・・・」
「・・・わかったよ、やるよ。一つだけな」
 俺が菓子を一つだけ分けてやると、繭は礼も言わずに走り去ってしまった。おそらくネズミと一緒に食べるんだろう。そして多分、誰にも気づかれない場所に持ち帰ったのだろう。まるであの子までネズミのようだ。
 悲しいかも知れないが、このご時世ではこんなことで同情していられない。このゲリラは将軍の指揮によって統制と、ある程度の勝利を得ているからまだ平和なのだ。他のゲリラや難民は生き残るためならなんだってするだろう。同情している隙を見せるわけにはいかないし、悲しい話だけは満腹になってもまだ足りないほど世界中に満ちあふれている。もう誰もが、涙なんて流し尽くしたのだ。
「浩平さん!」
 俺が居住区にある自分のベッドに寝転がっていると、18歳ぐらいの少年が駆け寄ってきた。
「菓子くれ」
「ダメだ」
 いきなりそう言ってきたのはグレンという少年兵だ。砲兵隊の一員で腕がよく、人なつっこい性格で俺達玄人の兵隊とも仲が良い。戦争の前はただのハイスクールの学生だったのだが、戦時下で砲兵と知り合って照準や計測などを教わったらしい。今では砲兵として欠かすことのできない存在だが、悪戯心があるのであまり油断はできない。
「大体、どこで菓子の情報を得た」
「繭ちゃんがネズミと菓子を食ってた」
「で・・・なんで俺になる?」
「そんなお人好しは浩平さんぐらいのもんだ」
「お前、そういうことだけは鋭いのな」
「だからくれ」
「やらん」
 俺はグレンから菓子を守りながら、その日の戦闘を回想しながら離した。
「死にそうだったんだぞ!砲兵隊はどこで油売ってた!?」
「俺のせいじゃないよ。牽引してたトラックがイカレたんだ」
「整備しとけよ」
「整備は俺の担当じゃないもん」
「くそ!整備士に文句言っとけ!」
「みんなから袋叩きにされた」
「ああそう・・・」
 グレンに菓子を一つ奪われたが、残りはこれ以上無駄に消費しないためにまとめて口の中に放り込んだ。もったいない気もするが、この場合に大事なのは自分が食うことだ。
 菓子に諦めをつけたグレンは、今度は俺の銃をいじり始めた。インセクトの装甲を貫通するために改良された銃で、人間に用いる物よりも一回り大きい。
「いいよなぁ・・・俺も歩兵に憧れてたんだけど」
「馬鹿言うな。命がけだぞ」
「確かに砲兵よりは死ぬ確率が高いけどさ、重要なのは俺がなりたいものにはなれなかったってことだ」
「なんか不満でもあるのか?」
「ないけど、ちょっと人生を儚んでみただけ」
「こんな世の中で何が人生だよ」
「それもそうだけどね」
 グレンも両親を失っているのだが、泣き言を言ったりすることはない。原則として男に泣き言は許されず、兵隊においては是が非でも許されない。悲劇しかない世の中だからこそ、なおさらなのだ。
「まぁ、いつか人生なんて言葉を吐ける世の中になればいいよな」
「俺達の子供の代にはそうなるよ」
「はは!なに生意気言ってやがる」
 俺達が談笑していると、兵卒の宿舎であるここにフレデリックがのそのそと入ってきた。そして俺達の方に向かってきたので、グレンは敬礼して、俺はとりあえずベッドから降りた。
「どうしました中隊長、ここは士官のベッドじゃありませんよ」
「いや、ええと、なんだったかな。あのいつもネズミと一緒にいる女の子・・・」
「繭ですか?」
「ああそう、繭ちゃんだ。あの子を見なかったか」
「中隊長・・・いくらなんでも中隊長とあの子には年の差というものが・・・」
「違う!姿が見あたらないんだ!私は非戦闘員の管理を一部任されているんだ!」
 そこでグレンが思い出したように声を上げた。
「あ、見たよ。繭だったら、基地の外に出てったよ。ネズミと一緒に」
「基地の外に!?」
 フレデリックは大声を出して驚いた。その剣幕に俺とグレンは思わず顔を見合わせてしまった。焦った様子の中隊長を、とりあえず俺が制す。
「大丈夫ですよ中隊長。昨日、勝ったばかりですよ。敵も後退していますよ」
「ここはそう簡単に発見されんが、敵は敗れるとすぐに基地の再建と、そのための周囲の警戒を行うのだよ!それも広範囲に!」
「でも、繭のやつだってそんな遠くには・・・」
「繭ちゃんが普通の子供だったら私だって焦らん!!でもあの子はいつもふらふらしていて・・・砂漠に果てがないってことを理解していなかったとしたらどうする!?」
「うーん・・・ありえるかも・・・」
 俺とグレンは再び顔を見合わせて、同時に納得した。
「こうしちゃいられん。すぐに捜索隊を編成しよう」
「それは危ないよ!」
 フレデリックの対応に、グレンが異を唱えた。
「どうしてだ?」
「だって、もしも敵と遭遇したらアジトがばれちまう」
「しかし、見殺しには・・・」
「だったら少人数で探すんだ。ばれたら予備のアジトに逃げればいい」
「それならそれで部隊を編成しなければ・・・」
「敵を欺くにはまず味方からだ!敵が部隊行動してるって察知したらどーすんだよ!非公式で探すしかないよ!」
 フレデリックはしばし、宙に目を泳がせた。
「ど、どう思う。浩平伍長」
「・・・グレンの意見に賛成です」
「そうか・・・では、志願兵で探そう。浩平伍長、協力してくれ」
「アイアイサー」
「俺も行く!」
「だめだ」
「なんで!?」
「行くのは止めないが、銃は持たせんぞ」
「ケチ」
「じゃあ行きましょう中隊長、護のやつも協力してくれますよ」
「そうだな」
 俺に続いて数名の兵士が繭を探すのに協力してくれた。馬鹿みたいに広い砂漠を、散開して探す。障害物があまりないので探すのは楽だが、単独で歩く場合、隠し造られているアジトへ無事に戻れるかどうかはかなり不安だった。
 探して数時間、だいぶ歩いたが繭の姿は見えなかった。もう少しで昨日の戦闘地域に入ってしまう。これ以上は危険区域になるのだが、俺はもしやと思って危険区域に足を進めた。
 すると、いた。ネズミを胸に抱えて、帰れなくなったのだろう、わんわん泣いていた。俺はすぐに駆け寄ろうとした足を押しとどめた。ここであんなに目立っていて、敵に発見されていないのはおかしいのだ。案の定、敵の超小型インセクトのレンズが繭を捉えていた。俺は狙撃手さながらに
照準を構え、一発でそれを撃ち落とすと、全速力で繭のもとへ向かい奪うように抱え上げ、再び全速力でその場を脱出した。
「うわーん!!みゅー!みゅー!?」
「泣くな!俺だ!」
 繭は何が起こったのかわからず、腕の中で泣き叫んだ。ありがたいことに敵の攻撃はなく、俺は
無事に危険区域から離れると、予備のアジトへと向かった。
「おうち・・・」
「おうちじゃないぞ。敵に見つかってる可能性があるから、アジトへは戻れない」
「?」
「あー、えーっと・・・今日は俺とキャンプだ」
「きゃんぷ?」
「そう」
 すっかり陽が落ちてから、俺と繭は予備のアジトへたどり着いた。しかしここには本当に何もない。ありがたいことに防寒具だけはあったので、俺達は体力を失わないように早いうちから毛布にくるまった。
「みゅー・・・」
「で、繭。お前はどこへ行くつもりだったんだ?」
「・・・・・」
「目的地はなかったのか」
 繭が頷いた。
「いいか。遠くへ行くと、敵に見つかって殺されちまうんだぞ」
「ころ・・・」
「頭をバッキューンだ」
「ばっきゅーん?」
「そう、だから遠くへは行くな」
「うん・・・」
「そしてな、お前を探しに何人かこうして出てきたんだ。つまり迷惑したんだ」
「・・・・・」
「いいか、人に迷惑をかけちゃいけないんだ。わかったか?」
「うん・・・」
 繭はそう頷くと、また胸の中のネズミと遊び始めた。本当にこちらの言うことを聞いているのかどうか激しく疑わしかったが、繭を叱ることに意味があるとは思えなかったので追求しなかった。
 俺は三時間おきに目を覚まして周囲を警戒したが、ありがたいことに敵影はなかった。おそらく先日の勝利がかなり痛手になっていたのだろう。翌日、夜が明けてから二人でアジトへ戻ると、探しに出た者は全員無事だった。繭だけはフレデリックに怒られて大泣きしたが、大した被害はなかった。俺は功績と苦労を買われてその日の訓練は免除となり、ベッドで疲れをとった。ベッドの中でなんとなく、繭になんの悪戯もしなかったことを少し後悔した。
 それから数日後、俺達は敵の兵器生産基地を奇襲し、大量の武器弾薬を奪った。しかし食料の備蓄はかなり心許なくなってきていた。成功したものの、なぜこんな状況で奇襲作戦を行ったのか誰もが首をかしげていた。敵の報復を心配する中で、ストロング将軍は兵卒から士官まで残らず作戦室へ招集した。
「皆、忙しいところ申し訳ない」
「前置きはいいっすから本題に入ってくれよ!」
 これはグレン。すぐに後ろから護に殴られた。
「前回の奇襲戦、見事だった。被害も大きかったが、実に数ヶ月はもちこたえることのできる武器弾薬を手に入れることができた」
 食料は一ヶ月も保たないじゃないか・・・と、そこにいた全ての人間が心の中で思った。
「近辺で最も勢力の強いゲリラの長、セルゲイとハリスに話をつけてきた」
 場がどよめく。
「我々は近く、この地域の食料生産を行っている要塞都市ハイレディンに総攻撃を行う。これにはセルゲイとハリスの部隊が加わり、総力を賭けた戦いになるだろう」
 場が一気に動揺した。無謀な!馬鹿な!と、あちこちで声が上がる。
「作戦成功後の報復に備えて大量の武器弾薬を確保する必要があった。それが前回の作戦だ。二人はそれを成功させないと説得に応じなかった」
 将軍が一呼吸おいた。
「そして・・・作戦の成功と戦果を二人に報告した。二人はハイレディンの攻撃に連合部隊として協力してくれる」
「どれほどの兵力をですか!?」
 誰かがそう尋ねた。将軍は自信満々に答える。
「セルゲイは600名の兵力と戦車12台。ハリスは400名の兵力とヴァーゲ(生物頭脳搭載の半自律兵器。全長が20mを越す大型機動兵器で、武器の着脱など汎用性が高い。完全自律兵器と、多目的用途のために人間が乗り込む場合の二種類がある)二体を約束してくれた」
 場が今度は期待のこもった声と雰囲気に溢れた。
「そんなにいたのか!戦車とヴァーゲだって!?」
「なるほど、それで我々には必要のない物資まで前回は調達したのか」
 これはフレデリック。俺達は奇襲と脱出の際に、なぜ戦車の砲弾やヴァーゲ専用の武器まで盗まなければならなかったのか不思議だったのだ。
「そういうことだ。作戦は合同。詳しい日時は追って知らせる。賛同の者は咆吼で答えろ!!」
 そこにいた者が残らず咆吼した。会議室は戦意と希望で溢れた。なにせこんな大作戦が成功すれば、散らばっているゲリラ戦力が集結してより大きな反撃に繋がることが十分考えられたからだ。
しかし楽観はできない。ハイレディンはこの地域で最大の要所で、人間に換算すれば3000に近い兵力が集結している。そして有名なのは、ハイレディンを守る三つの大砲だった。要塞を守る三つの大砲の射程は巡航ミサイルにも匹敵すると言われ、要塞を攻略するのにこの砲台をどう突破するかがおそらく最大の問題になるだろう。
 しかし、そこにいた者は皆、不安など忘れて希望に湧き返った。誰もが、その日を生きるのに必死で希望など忘れてしまっていたからだ。体を包む恍惚、待ち遠しいと思う心、その全てがまるで反動でもきたかのように皆を湧き返らせた。誰もが勝利を信じ、その日の夜は誰も眠らずに歌い踊った。
「なぁ浩平」
 宴の中で、護が俺のもとへ寄ってきた。
「なんだ?」
「お前さ、これまでの人生で一番の思い出ってなんだ?」
「・・・なんだよ、急に」
「いや、俺には今がその一番になりそうだからさ」
「勝ってもいないのにか?」
「言うなよ、勝つさ!」
「はは・・・そうだな、俺の一番の思い出は・・・」
 俺は星空を眺めながら、記憶の底をあさった。
「小さな時、母親に抱かれたことだ」
「え?お前は孤児院にいたじゃないか」
「いたんだけど・・・それよりも前に、母親に会ったことがあるんだ。俺は抱きしめられて、心臓の音を聞いた。温かくて心地よくて、そこからすぐに記憶は途切れちまうんだけど、それが・・・おそらく俺の生きてきた中で、最良の思い出だな」
「そっか・・・よかったな。おふくろさんの思い出があって」
「お前にはないのか?」
「聞くなよ。嫌な記憶しかないんだ」
「すまん」
「いいさ。未来はこれから、素敵な思い出もこれからなんだ。俺達は絶対に勝つぜ!!」
「おう!」
 その夜は本当に遅くまで皆と騒いだ。ずっと一緒に戦ってきたが、こんな嬉しそうな様子を見るのは初めてだった。勝ってもいないのに、勝ったつもりでいるのだ。戦いを楽しみにするのもこれが初めてではないだろうか。これが希望というものなのだろうかと、夢も希望もない人生と世の中を生きてきた俺は思った。
 夜が明け、俺達は招集されると、他の二部隊と合流するために再編成された。
「浩平伍長、君は対装甲小隊に配属される」
 フレデリックに呼び出されて、俺はいきなりそう言われた。
「対装甲?」
「敵の戦車やヴァーゲを相手にする部隊だ。装備も特徴的になる」
「今までも戦車やなんかとは戦ってきたじゃないですか」
「セルゲイの部隊には戦車を専門に相手取る部隊があるらしいのだ。装備も用意してある。我々の方からも人材を派遣して、その部隊を強化することになった」
「はぁ・・・俺だけですか?」
「私の中隊からは君だけだな」
「護と一緒じゃないんですか?」
「そうか。君達はコンビだったな・・・しかし、護は機銃手としてこちらから外せないし、対装甲兵として必要とされているのは君だけなんだ。残念だが別れて戦ってくれ」
「・・・わかりました」
 俺は最後に原隊へ戻って、ことの次第を護を始めとした親しい仲間に話した。
「ま、しょーがないな。頑張ってこいよ」
「おう」
 護は未練も見せずに送り出してくれた。いいやつだ。
「えぇー!浩平の兄貴が抜けちまうのー!?俺すっごく不安じゃんー!!」
「黙って戦え!!」
 グレンは演技を込めて悲しんでくれた。多分、こいつは死なないな。なんとなくそう思った。
「みゅ?」
「俺、しばらくセルゲイの奴らと一緒に戦うから。会えない」
「?」
「えーっと・・・さようなら、また会おう」
「みゅ!」
 俺が敬礼すると、繭も敬礼を返してくれた。ほとんど喋らないが、感情の起伏はちゃんとある。あの子が普通の学校に通って普通の生活をしているのを想像すると、少し悲しくなった。
 俺は他に選抜された兵と共にセルゲイの対装甲部隊と合流した。指揮官の挨拶があったのだが、これにはみんな揃って驚いた。
「私が指揮官のミネルバです。どうぞよろしく」
「お、女・・・?」
 そう、俺達の前に出てきたのは肩までのショートカットがよく似合う、赤い髪に赤い瞳をした美人だった。セルゲイは女を戦わせているのか!?と、そこかしこから驚嘆の声が上がる。
「そうです。女です。かつてロシアで対装甲戦闘を施された元少尉です。何か文句ありますか?」
「オウ、ジーザス・・・」
 アメリカ人が混じっていたのだろう、誰かが英語でそう言った。ロシアの性差廃絶主義は筋金入りである。
「私の階級はとりあえず少尉と考えておいてください。皆さんの階級はここでは軍曹以上、曹長以下です。命令には絶対服従しなさい。以上です」
 どうやらミネルバ少尉は筋金入りの軍人のようだ。フレデリックとは迫力が違うし、ストロング将軍とも雰囲気がまったく違う。仲間に元軍人はいるのだが、規律を愛するような者はいなかった。早い話が、この混乱した情勢の中で純粋な軍人として生き残っているミネルバは珍しかったのだ。男であろうと女であろうと。
 俺達はさっそく武器を支給され、訓練が開始されることになった。しかし、渡された武器を見て俺達は再び驚いた。
「なんだ・・・この小型の大砲みたいなのは・・・」
「大砲じゃないわよ。散弾銃を改良したものです」
 俺の疑問に、少尉が直々に答えてくれた。
「散弾銃?熊でも撃つのか?」
「弾は散弾ではありません。徹甲弾です」
「へ?」
「つまり、携帯式の戦車砲とでも考えて下さい。しかし射程距離は最大で50mですから、接敵しないと効果がありませんけどね」
「50m!?どうやってそこまで接近するんだよ!?」
「それはこれから訓練します」
「・・・マジかい」
「マジです」
 それから地獄のような特訓が始まった。なにしろ、時間は限られているのだ。敵がこちらの動向に気づく前に、できるだけ早く作戦を実行せねばならない。作戦が決定し、編成が整ったら、おそらく間を置かずに出撃だろう。その時になって訓練が終わってませんと泣き言を言っても遅い。
「お前達、戦死でもしたのか!?早く前進しろ!!」
「実弾訓練なんて聞いてねぇよ!!」
 初日から実弾訓練だった。
「えーっと・・・ここがこうなって・・・」
「遅い!浩平軍曹、腕立て100回だ」
「ひ、一桁間違ってないっすか・・・?」
 飛び抜けて複雑というわけではないが、銃の構造は半日で覚えなければならなかった。
「10秒?9秒で走れ!それでは射程距離に到達することもできんぞ!!」
「俺はオリンピック選手じゃないよ・・・」
「黙ってやれ!!」
 速力が徹底的に養成された。これは短期間では簡単に伸びないので、それはもう激しい特訓だ。
「ふむ、射撃は上手いな」
「任せろ!」
 射撃訓練も行ったが、これはセルゲイの連中にも負けなかった。
「こら走れ!止まるな!」
「洒落になってねぇよ!!」
 最後は本物の戦車と戦わされ、訓練は終了した。あまりの猛訓練だったせいで一人死んでしまった。冥福を祈る暇もなかった。翌日、作戦の実行日時が決定されたのだ。俺達は一日だけ部隊を離れて好きに過ごすことを許された。皆は家族や恋人の元へ戻ったが、俺は今更になって護やグレンと会う気にもなれなかったので、セルゲイの宿舎に残ることにした。同じように残っていたのは、なんとミネルバ少尉だった。
「少尉、誰かと会わないんですか?」
「祖国に帰りたいけど、そうもいかないわ」
「・・・婚約者とか」
「生き別れたわ」
「そ、そうですか・・・」
「あなたは?」
「もう別れは済ませましたから」
「婚約者と?」
「いいえ。親友と・・・後は、身の回りにいた奴らで」
「親友?」
「ええ、護って奴で、ストロングの部隊の歩兵です。今頃は恋人の佐織って娘とお楽しみですね」
「あら、戦友と離れ離れにしてしまったのね・・・」
「いえ、あいつとはもっとずっと一緒でした」
「どのくらい?」
「孤児院で会ってから、二人で脱走したんです。その時から一緒です」
「・・・何歳だったの?」
「十歳ぐらいかな。正確な年齢は不明です」
「それからどうしたのかしら?」
「スリに空き巣に・・・ガキのやる悪いことは全部やりましたね。しばらくしてから地元の窃盗団に入って、街を荒らし回りました。それで捕まりそうになってた時に戦争が始まって・・・」
「徴兵されたの?」
「罪人部隊へ入れられて、死にかけました。俺はまた護と二人で脱走して・・・その後は混乱に任せて放浪三昧。俺も護も孤児でしたから、なんにも恐くありませんでしたけどね」
「それで、どうして今は戦ってるの?」
「戦わないと生きられないからです」
「それもそうね。過去はどうあれ、戦うことは立派よ」
「はは・・・俺にも恋人がいれば、それをもっと実感できたかも」
「寂しいのね」
「そんなことないですよ」
 その日は少尉と身の上話をして過ごした。少尉はロシアの正規軍として最後まで戦ったが敗れ、婚約者だった空軍の士官とも離れ離れになってしまったらしい。涙でも見せれば可愛いのだが、まったくそういう顔は見せなかった。本当に軍人たる人なのだなと、俺は再び認識させられた。
 休日は終わり、俺達は戦いの地平へ赴くことになった。
 俺達は装備に最後の点検をすると実弾を腰に巻き、トラックへ押し込まれて攻撃地点へ向かった。集結した移動は極力避けたが、それでも気休めだった。俺達はそれまでとは桁外れの規模で敵地へ向かった。
 十字架を握りしめている兵士を見かけた。もしも神が存在するとしたら、そもそも世界はこんなことになっていないだろう。神は悪魔と一心同体の、なんのことはない人間の一種だ。俺はそう確信していたし、本当に神を信じる人間もこの世には少ないだろう。ただ単に危機的な心情を補償しているだけなのだ。神様も安くなったものだ。今この世界で高いのは、弾丸と勇気に違いない。
「もうすぐ作戦地点よ」
 敵はレーダーによって人間の赤外線を始めとしたあらゆる反応を探知、確実にこちらが射程距離に捉える前に行動を起こす。こちらも何度か敵のサーチをくぐり抜ける手段を実践したが、全て無駄に終わっている。どう考えても、技術力に差がありすぎるのだ。だから勝利の鍵はいつも、敵のサーチに引っかかってからどれだけ速く接近し攻撃を仕掛けられるかにある。ありがたいことに、敵には勘とか直感というものがない。
「下車!」
 ミネルバ少尉が叫ぶと、俺達は走っている車から外へ飛び出した。
 砂漠の向こうに、陽炎となってハイレディン要塞が見えた。そして敵の警戒部隊がこちらに気づいて動き始めていた。ハイレディン攻略戦の始まりだった。

 ハイレディンは巨大な城壁に囲まれた要塞都市で、背後は崖になっている。三つの大砲が三方向に突きだし、両端の二門は中央の主砲とそれぞれ三分の一ずつ射程範囲を共有している。俺達の作戦では、まず主力が主砲のど真ん中、つまり他の二門の射程に入らないようにして一直線に前進し、向かってくる部隊と戦う。これには後方の本陣にある味方の野砲とロケット兵器が援護に当たり、主力は俺達対装甲部隊となっている。周囲の兵力を全て中央に集約させた後、後方の崖から選りすぐりの兵士で編成した精鋭部隊が要塞へ切り込み、指示を出しているマザー・コンピュータを破壊する。後方の城壁を破る方法には、俺達の最終兵器である核地雷が使用される。そして味方がマザー・コンピュータを破壊し、中央の主砲を黙らせることができれば、俺達の勝ちだ。

 凄まじい爆風と共に、主砲が火を吹く。まるで災害か何かのような主砲の威力に怯えながら、俺達は前進した。最前線を走るのは、これも選り抜きの兵士によって編成された部隊で、襲ってくるインセクトを露払いするのが役目だ。そして、インセクトの後ろから来る装甲兵器を撃ち破るのが俺達の役目になる。
 主砲が着弾し、先遣隊の一団が吹き飛ぶ。散開していないので主砲の威力は最大限に発揮されてしまうが、他の二門を避けてさらに兵力を集中させるには仕方がない。俺は失禁しそうな恐怖の中を、恐怖をかき消すような思いで疾走した。
「先遣隊、インセクトと接触!」
 ミネルバに付いている無線兵が叫んだ。
「善戦しているようです!前進を続けます!」
「散開する!両翼に別れて先遣隊を援護しろ!主力を中央に誘導する!」
 ミネルバの指揮の元に、100名ほどの対装甲部隊が二手に分かれた。俺はミネルバ少尉に従って走り、すぐに先遣隊が戦う最前線に到達した。
「小隊長はどこだ!状況を説明しろ!」
 ミネルバは岩影に隠れていた兵士から小隊長の場所を聞き出すと、すぐに状況を報告させた。
「インセクトの抵抗は微々!突破しますか!?」
「主砲が鳴り止まない限り前進を止めるな!私は中隊長と合流するから伝令を待て!浩平軍曹、
ここに残って先遣隊の援護をしろ!」
「了解!」
 俺達は命令通り、残って先遣隊を援護した。だがついに敵の戦車が唸りを上げて登場し、火を吹いてこちらの陣地を吹き飛ばすと、俺は恐怖に駆られて戦車に突進した。
「ぐあ!」
 インセクトの小銃が命中し、足を貫通された。しかし味方の援護の下で前進し、戦車まで100mというところまで来た。だが敵の戦車やヴァーゲは後を絶たずに次々と襲ってくる。俺は弾幕の中でついに失禁し、その場に停止してしまった。
「援護はどうなってんだ!?」
 味方の戦車や砲の支援が遅れていた。
 永遠にように長い5分ほどの空白の後、ついに味方の砲撃が敵のヴァーゲ近くに着弾し、ヴァーゲの砲撃が一時止んだ。俺は機を逸さず再び走り、訓練された射程距離の限界まで近づくと、徹甲弾を戦車に撃ち込んだ。金属同士が擦れあう音と共に、徹甲弾が弾かれる。
「もっと接近しなければ!」
 追いついてきた味方にそう言われ、俺も頷いた。
「3・2・1で双方に飛び出そう。運がよければ弾に当たらない」
「よし」
「3・2・1!」
 俺と、ついてきた味方は双方へ向かって飛び出し、走りながら撃った。しかし、どうしても戦車には弾かれる。ヴァーゲの輪郭が見えるところまで走ったが、遮蔽物がないので止まるわけにもいかない。俺は戦車砲がこちらに照準を定めているのが見え、反射的に身を伏せた。ひゅん・・・と頭の上を砲弾が通り過ぎ、後方に着弾する。
「つ、次の援護で飛び出す!今度は戦車を破壊するまで止まらん!!」
 他に誰かいるわけでもない。俺は自分に言い聞かせるようにそう叫ぶと、銃を胸に抱いて援護を待った。
 再び永遠のような短い時間が経過し、今度はロケット弾の援護が行われた。敵の真ん中で砂煙が上がり、こちらと戦車の視界を覆う。敵がどんな照準方法をとっているのかわからなかったが、俺は好機と見て再び飛び出した。戦車の影に向かってデタラメに銃を乱射する。十発ほど撃ったところで、戦車が煙を上げた。数秒後、爆発炎上する。戦車を倒した!
「やった!やった!」
 俺は破壊した戦車の影に身を隠すと、ヴァーゲの攻撃から身を守った。敵は次々と押し寄せる。
予定通りなのだが、火中にある者にとっては冗談ではない。俺がそこに陣取ってヴァーゲと撃ち合いを続けていると、ようやく他の対装甲兵と一緒に先遣隊の小隊が追いついた。
「援護はどうなってるんだ!?効果ないぞ!!」
「中隊が何度も要請してます!これが戦力の限界です!」
「くそ!砲が安全なところに隠れてるからだ!小隊長、砲を前進させろ!援護じゃなくて水平射撃させるんだ!!」
「そんなことは作戦の予定にない!」
「戦闘は机の上で起こってるんじゃねぇ!!砲兵にも命をかけさせろ!!じゃないと死ぬぞ!!」
 俺の気が触れたような剣幕に押されたのか、小隊長が通信兵に指示を出した。
「よし、あのヴァーゲをやっつけるぞ。対装甲兵、全員出ろ!散開して襲え!!」
 対装甲兵の指揮官は俺ではない。しかし迫力に押されたのか、全員が俺の言うことを聞いてくれた。先遣隊の援護の下、10名ほどの対装甲兵が今度はヴァーゲに突進する。足下をぴゅんぴゅんと敵弾が通り過ぎ、俺はもはや恐怖を通り越していた。味方の弾がヴァーゲに命中して姿勢を崩したところで、俺が足を撃ち抜いた。バランスを崩して倒れたヴァーゲに、仲間が次々と襲いかかる。
「いいぞ!味方の戦車が来るまで、ここでもちこたえろ!」
 ヴァーゲの残骸に身を隠した俺がそう言ったが、一人の兵士が口をはさんだ。
「味方の戦車隊は前線に到着する前に壊滅しました!」
「な、なに!?」
「性能の違いです!相手にならなかった!」
「ヴァーゲはどうした!?」
「他の戦線で敵ヴァーゲと戦ってます!しかし、やはり性能が違って勝負になりません!兵士の盾になるのが関の山です!!」
「くそ!ミネルバ少尉に伝令して命令を仰げ!俺はここに残って戦う!残る者は!?」
 そこにいた6名ほどの対装甲兵が残らず手を上げた。
「最も階級の低い者、伝令に走れ!残りは残って戦え!!」
 俺は上着を破って足に包帯すると、さらに前進して戦車を襲った。だが破壊しても破壊しても敵は怯まず、衰えない。要塞はまだまだ遠く、主砲も健在だ。俺は砂まみれになりながら、ミネルバからの伝令を待った。
「ミネルバ少尉から伝令!戦果、見事なり!両脇から圧迫を加える、足並みを揃えろ!」
「時間は!?」
「5分後です!」
 五分後、ついに砲兵隊も意を決したのか、援護射撃ではなく直接射撃を始めた。何発かがヴァーゲに命中し、黒煙を上げていく。こちらにとって有効な武器はもはや砲と、俺達の持っている対装甲銃だけだった。
「ミネルバに再度伝令しろ!弾薬が残り少ない!補給を請う!!」
「了解!」
 俺達は敵の真っ直中にとどまり、味方の前進を待った。そして歩兵の咆吼と共に、味方の砲が火を吹く。俺達は突撃した。
 敵弾が前からも後ろから殺到し、俺は肩と腹を撃ち抜かれた。仲間が次々と倒れ、敵も黒煙をあげて大破していく。そしてついに弾薬が切れた時、俺は倒れた。直後、目の前が真っ暗になる。
「浩平!無事か!?」
「ま、護?」
「今、止血帯を・・・」
「俺は死んだのか?」
「違う、野戦病院だ!」
「よく俺を見つけたな」
「ミネルバ少尉にお前の手当てを頼まれたんだ!これでいい、さあ行くぜ!」
「まだ戦うのか?」
「当たり前だ!!」
 俺は弾薬の補給を受け、ミネルバの隊へ戻った。後ろを振り返ると、敵の主砲にやられたのだろう、後方陣地から煙が上がっている。しかしそれを悲しんでいる暇はない。
「少尉、戦闘は?」
「主力が合流して総力戦になっている。だが別働隊は侵入を果たした。私達は死力を尽くしてここを守るぞ!」
「了解!」
 100名ほどいた対装甲兵が、確認されただけでも40名くらいに減ってしまったらしい。俺はミネルバ少尉と共に、設置された機銃陣地を守りつつ戦った。俺は残りの時間でさらに戦車二台を鉄屑に帰し、今度は最後まで弾に当たらなかった。別働隊がマザーコンピュータを破壊した頃には40名の仲間が15人に減っていた。そこでようやく主砲のコントロールがこちらの手に渡る。すると包囲していたヴァーゲが急に武器を捨てた。俺達は何事かと思って銃撃の手を休めた。
「撃つな!だが構えを解くな!」
 少尉の指示が飛び、俺達はじりじりとヴァーゲの包囲を狭めていった。するとヴァーゲが今度は両手を上げた。
「こ、こいつ。投降してるのか・・・?」
「あら、ヴァーゲも賢くなったのね」
「そういう問題ですか?」
「足を破壊しなさい!それから・・・浩平軍曹、このヴァーゲを見張っていなさい。後は私達に任せて」
「・・・わかりました」
「中隊前進!残りの敵を掃討するわよ!」
 俺は指示の通り、そこでヴァーゲを見張った。すると首のあたりにつけられたマイクから、投降します投降します・・・と、様々な言語で声が発されているのを聞いた。ヴァーゲも本当に賢くなったものだ。足を破壊されても何か行動しようとしていたが、形にならない。潰された虫のようにずりずりと砂漠の上を這うだけだった。俺はヴァーゲを見張りながら、そこに座って、敵の残骸と味方の死体が広がる戦場を見渡した。
「・・・すごい」
 それから半時間ほどで、敵が残らずこちらに投降した。勝ったのだ。要塞ハイレディンは俺達の手に落ちた。俺は素直に喜べなかった。大勢の仲間が死に、俺は生き残ったが体中が穴だらけだ。そしてなんとなく、希望というのがどういうものなのか悟った。
 俺はハイレディンに設置された病院に収容された。元は収容所だったらしく、ベッドを始めとした人間の生活環境が完備されていたのだ。ストロング将軍を総大将とする俺達ゲリラ部隊は、すぐに収容されていた人間を解放し、保護した。そして今は空いたベッドが傷病兵に使われているというわけだ。
 何日かして、グレンが繭を連れてお見舞いに来てくれた。
「浩平さん!大丈夫か!?」
「みゅ・・・ミイラおとこ・・・」
「お前ら、本当に心配してるのか?」
 俺は本当に体中が包帯だらけだった。肩と腹と足と、ここまで撃たれれば仕方がない。
「でも、浩平の兄貴のおかげで勝ったんだぜ。兄貴、外じゃすごく有名なんだからよ」
「どんな風に?」
「戦車殺しって呼ばれてるぜ。十両も破壊したんだって?」
「そんなにやったかな?」
「ともかくさ、生き残った対装甲部隊は英雄さ。きっと階級を上げてもらえるよ」
「それならいいんだが」
 俺はそこで、繭が何か落ち着かない素振りを見せているのに気が付いた。
「どうした繭、便所にでも行きたいのか?」
 繭は無言で、首を左右に振った。
「どうしたんだ?」
「ほら繭、ちゃんと渡してやれよ」
「うん・・・」
 繭は両手で、何かを俺の前に差し出した。プレートに挟まれたそれは、押し花だった。
「は、花か!?」
「うん」
「繭ちゃんの宝物なんだってよ」
「これ・・・お見舞いにくれるのか?」
「うん」
「本当にいいのか?」
 繭はそれ以上の応答はせずに、その場を去ってしまった。呼び止める暇もなかった。
「あーあ、繭ちゃん照れちゃってるんだぜ」
「しかし、花なんて見るのは何年ぶりだろう」
「貴重品だよ。大事にしてやりなよ」
「そうだな。でも、いいんだろうか・・・」
 花どころか、この辺りでは草すら生えていないのだ。おそらく繭がずっと大事にしていたものに違いない。
「もしかしたら、両親にゆかりのあるものなんじゃないか?」
「そうかもね。だから大事にしなよ。肌身離さずさ」
「ああ」
 俺はその時から、死ぬまでそれをお守りとして持っていた。
 グレンはそれからも外で何が起こっているか、事細かに説明してくれた。朗報を聞いた周辺のゲリラと、それに伴う難民が大量にハイレディンに流れてきたということ。ストロングを始めとした今回の勝利者達は、部隊の再編成や防衛陣地の構築、武器の整理などで忙殺されているらしい。護などの無傷だった兵士も様々な役目を言い渡されて同じように忙しいらしく、見舞いに来ないのはそのためだろうということだった。
「次の作戦行動とか決まってるのか?」
「まだ編成が終わってないから未定だよ。でも、敵が大掛かりな奪回作戦に臨む前に、なにかしらの行動は起こさないといけないだろうけどね」
「そうだな・・・もう始まってしまっているが、俺達は大戦争を始めたんだな」
「そうだよ。自分の生死はもちろん、人類の存亡を賭けた戦いになるかもよ?」
「そりゃ大げさだが・・・いつまで生きてられるかなぁ」
「今回は生き残ったじゃないか」
「死にかけた」
「おいおい兄貴、死にかけるのと危険な目に遭うのとは違うよ」
「ん?」
「人間の生死はもっと大きな力で決まっているんだ。兄貴が生き残ったのは、その大きな力のおかげで、小手先のもんじゃないのさ」
「ふーん・・・?」
「もちろん。俺もね」
「そう言えばお前、ちゃんと戦ってたか?」
「もちろん。何発か戦車に命中させたぐらいだよ。しかし誰だろうね、砲兵まで射程距離に入って戦えって言ったのは」
「さ、さぁ・・・それより、お前は忙しくないのか?」
「今回の主役は俺達じゃなくて対装甲部隊ってことになってるんだ。それに俺は下っ端だからね」
「それもそうか」
 グレンはその後もいろんなことを話してくれた。長居はしなかったが、寝ていることしかできない俺にとっては非常に有意義な時間だった。
 しかしそれよりも俺の心に残っていたのは、繭からもらった押し花だった。砂漠と火花しかない世界にずっといたせいか、まるで花がどこか遠い世界の産物のように感じる。こうして手に取って眺めてみると、かつては緑に覆われていたこの世界の記憶が見えるようだった。砂しかない今の世界とのギャップが、とても悲しかった。しかしこの花を手にしている時だけは、まるで平和だった世界に連れ戻してくれるような、そんな感慨にとらわれた。
 繭はこんな大事なものをどうして俺にくれたんだろう。戦争のことを繭が理解しているとは考えづらい。きっと、傷だらけの俺に同情してくれたんだろう。俺の傷が繭のような子供達の未来を支えているということぐらいは、繭にもなんとなく理解できているのかも知れない。
「綺麗だ・・・」
 俺は花を目の前にかざして、素直な感想を述べた。 
 それから二・三日の後、俺はまだ訓練に耐えるような体ではなかったものの、とりあえず退院することができた。退院の一番の理由は、ベッドの数が足りなかったことにあるらしい。
 俺は足と肩の包帯は取れ、腹にだけまだ包帯を巻いていた。俺は足を引きずるように、招集をかけられたハイレディンの兵舎へと急いだ。
「浩平軍曹、先の戦い見事でしたよ。あなたの戦いぶりは私がこの目でしかと見ました」
「お誉めにあずかり光栄ですが・・・生き残ったはこれだけですか」
 そこにはミネルバの下で戦った100名のうち、15名だけが集まっていた。残りは全て死に、生き残った者もほとんどが俺と同じように負傷していた。しかし無傷の者もいたから驚く。
「この状況です。昇進も勲章も授けてあげられませんが。これと共に称号を授与します」
 少尉はそう言うと、いかつい防弾着らしきものを掲げて見せた。
「敵のサイボーグが使っていた防弾具を改造したものです。少し着づらいですが、効果は保証済みです」
 俺達は一人一人、その防弾着を渡された。特殊プラスチックで作ってあるらしく、丈夫でかつ柔軟だった。
「称号というのは?」
 俺が尋ねると、少尉は胸を張って答えた。
「先の会議で、我ら対装甲部隊の有用性が認められました。私達は『エマージェンシー』という部隊名を名乗り、引き続き対装甲兵として戦います。しかし階級は通常の部隊より一回り上で、早い話が特殊部隊ですね」
「特殊部隊ねぇ・・・」
「浩平軍曹、我々は兵の模範を示さなければなりません。言葉遣いに気を付けなさい」
「はぁ」
「もう一度」
「イエッサー!」
「よろしい。では解散。訓練にはまだ耐えませんから、ゆっくり体を休めなさい」
 そう言うと少尉は回れ右して、靴の音を鳴らしながら去っていった。どうやら、自分達の戦功が認められたことが本当に嬉しいらしい。
「イエッサーって・・・男に向かって使う言葉なんだけどな」
「少尉、気づいてなかったぜ」
「気にしなかっただけじゃないか?」
「いいや、ロシア人って頭が固いからよ」
 そこにいた仲間が口々に言い始めた。
「あのよ、エマージェンシーってどういう意味だろうな?」
「ああ・・・警告って意味だよ。浩平」
「警告?」
「なんでも、機械に対する警告って意味らしい。逃げるなら今のうちだよってことだな」
「勇敢だな」
 俺達は多少苦心して渡された防弾着を着込むと、慣れさせるためにも散歩に出ることにした。
 俺は護に会いに行こうと思い、兵舎から出た。訓練場は外に設置されており、ほとんど要塞を横切らないといけなかった。流れてきた難民の宿舎として、それまで戦車やヴァーゲが入れられていた倉庫が大改造されているところだった。幸い、溶接などの作業道具は整っており、建築に覚えのある者がこぞって参加していた。しかしどうしてもベッドの数は足りないらしい。雨風をしのげるだけマシと言ったところだろうか。
 非戦闘用のサイボーグが改造されているのも見た。どうやら危険な作業や、戦闘に使えるようになるかどうか試しているようだった。マザー・コンピューターは破壊されたが、端末がいくつか残っていたらしく、かつてのコンピューター技師達が昔取った杵柄で奮闘していた。
「まいったよ!なんて高度なんだ!?」
「使えるようになりそうか?」
 俺は作業に当たっていた技師に話しかけてみた。
「言語がまったく新しいものになってる。俺達の100倍くらいのスピードで進化してるな」
「そりゃ飛躍的だな」
「しかしアルゴリズムは完璧だが、いかんせん地味だ。俺達が見ればすぐに構造を把握できるよ」
「じゃあ楽勝か?」
「一体が解明できれば、後は楽だ。でもその一体の解明に一週間は徹夜しないとだめだ」
「頑張れ」
 俺は技師を励ますと、今度は城壁を登ってグレンに会いに行ってみた。砲兵達は既存していた野砲の整備を済ませると、すぐさま城壁の大砲を改造するように命じられていた。
「兄貴!退院したの!?」
「おう」
 グレンは他の砲兵達と一緒に新しい照準器の開発をしているところだった。全員が油まみれで、砲の改造を行っている技術者など油まみれというよりは油人間と化していた。
「それで、大砲は使えそうなのか?」
「バッチリさ!コンピューター管理だったけど、発射はサイボーグがやってたんだ。弾頭を込めるのも発射するのも問題ない。でも照準に問題があって、改造してるところさ」
「なるほど、じゃあ突入隊はサイボーグを破壊するだけでよかったんだな」
「そうかな?でもこいつが俺達の手に渡ればすごいことになるよ!どんな敵も一撃で粉砕だ!」
「そうだな。味方をあれだけ吹き飛ばした大砲だものな」
「それからね、名前を付けたんだよ」
「名前?」
「中央の平均的な構造のやつを『デカルト』、右の長砲身を『カント』、左の大口径を『ハイデガー』って言うんだ!」
「みんなで決めたのか?」
「俺が勝手に呼んでるだけ。みんなは番号で呼んでる」
「・・・・・」
「ああ兄貴、なんか呆れてる!?」
「俺、護のとこに行ってくるから」
「兄貴ぃ〜」
 俺は大砲を後にして、外へ出た。しかし、どういうことか訓練は行われていなかった。
「おい、機銃小隊は?」
 残っていた兵士に声をかけてみると、なんとフレデリック隊長だ!
「・・・どいつもこいつも戦勝気分に浮かれて逃げおった。浩平・・・お前だけでも訓練していかないか?」
「え、遠慮します。隊長も遊んできたらいいじゃないですか」
「指揮官がそんなことでどうする!将軍が寝る間も惜しんで働いているというのに、せっかく訓練を任されたというのに・・・」
 フレデリック隊長は何かぶつぶつと言い始めたが、よく聞こえなかった。口が裂けても言えないが、俺は心の中で呟いた。多分、一番無能な兵将に一番どうでもいい役目を押しつけたんじゃないかな・・・と。
「じゃ、隊長。俺は行きますね」
「あー・・・」
 寂しそうなフレデリックを尻目に、俺は要塞の中へ戻った。護がどこにいるのか探そうとしたが、兵舎はもちろん弾薬や武器の倉庫にもいなかった。護と同じ立場の人間が大勢で働いていたが、護の姿は見えなかった。
「なぁ、護はどこにいる?」
「マモル?」
「住井護、日本人だよ。機銃小隊にいたんだ。こんな風に髪が八方に飛び出してて・・・」
 俺が手振りで護の容姿を再現してみると、どうにか理解してくれたらしい。護なら女と酒場に行っているとのことだった。
「酒場!?なんで酒なんかあるんだ!?」
「アルコールの製造工場ね」
「命がけの酒盛りだな。飲めないものがあったらどうするんだ」
「ソムリエがいるよ。自称だけど」
「怪しいな」
 俺はその足で酒場というか工場へ向かった。後の話だが、治安の悪化に際して将軍達は警察や憲兵を編成しなくてはならなくなったらしい。もちろん、俺は原隊にとどまった。そして祝いの場に到着すると、俺は思わず後ずさりした。安い酒・・・というか飲めるかどうかわからない酒で悪酔いした連中が、この世のものとは思えない饗宴を巻き起こしていたからだ。兵士はもちろん、女も子供も混じっている。まさに無法地帯だった。
「お、おーい。住井護はいるか?」
 俺は恐る恐る、狂乱している群衆に呼びかけた。
「わぁ、このお兄さん格好いいじゃない。なにこれ?」
 繭より少し年上ぐらいの少女が寄ってきて、俺の防弾着を触ってきた。もちろん彼女も完全に酔っている。
「これは軍服だよ。それよりも護はいないか?」
「えぇ?誰?」
「住井護を探してるんだ。機銃小隊の兵士だ」
「うーん・・・兵隊さんはいっぱい来てるから・・・」
「呆れた。そんなに来てるのか。みんな忙しいってのに」
「そんな恐い顔しないの。おめでたい日なんだから」
「そうかな・・・」
 俺は勢いで、その少女に酒を飲まされてしまった。
 その後のことは・・・よく覚えていない。ただ頭がぐらぐらして世界が歪んできたとでも言っておこうか。そして目が覚めると工場の天井が見えて、隣では先ほどの少女が寝息をたてていた。そして少女の服が少し乱れていて、俺も裸に近かったという事実は、深く考えないことにして闇に葬った。
 辺りはすっかり夜になっていた。少女の言った通り、一般民の中にたくさんの兵士が混じって酔いつぶれていた。これだけの兵士が部隊を抜け出しても騒ぎにならないのは、まだ兵士の数が判然とせずに編成が完成していないからだろう。俺を含めた対装甲部隊は少尉から休暇をもらっているので問題はないのだが。
「よかった。軍服に所属とか書いてなくて・・・」
 俺はそう呟くと、ふらつく足で歩き始めた。酔いつぶれている兵士の中から護を探すのだ。俺の見舞いにも来ずになんて奴だと、文句を言ってやりたかったのだ。
「ん・・・」
 工場の隅で、毛布にくるまった男女を見つけた。二人ともほとんど服を着ていない。
 もしやと思ったが、やはり護だった。俺の前では決して見せたことのない、少年のような顔をしている。そして隣には、恋人で俺とは知り合いでもある佐織が寝ていた。
「・・・・・」
 護は佐織を連れだして、しばし酒に溺れたのだろう。辛いことも悲しいことも全て忘れて、乱痴気騒ぎがしたかったのかも知れない。そして愛する人の体温を、こうして確かめ合った。
「ふん・・・」
 悲しい事実ばかりが転がっているこの世界で、二人の間にだけ光が灯っているように見えた。さながら護と佐織は、楽園から落ちのびたアダムとイヴだろうか。男女の愛など薄っぺらなものだと、俺は思っていた。しかし、二人を見るとそれも捨てたものじゃないと思えてくる。こんな状況だからこそ余計に、愛の存在を確かめずにはいられないのだ。そして愛は、まだこの世界にある。それがある限り、ほんとうに絶望的な状況なんてこないだろうと、俺は確信した。
「け、風邪ひいても俺は見舞いに行かないぜ」
 俺は何も伝えることなくそこを去った。そして自分が一人きりだと言うこと、愛する人も愛してくれる人もいないという事実が、無性に悲しかった。俺は繭にもらった押し花を胸元から取りだして月にかざした。
「母さん・・・」
 俺は呼びかけた。きっと、同じこの月の下にいるに違いない俺の母親。俺を愛してくれるはずの存在。俺を想ってくれているに違いない存在。
 声は月夜に吸い込まれて、そのまま空に散ってしまった。この声のひとかけらだけでも、母に届けばいい。きっと、俺のことを思いだしてくれる。
 その日は兵舎に帰らず、城壁に登ってずっと星を眺めていた。
 寂しく、だが温かい夜だった。
 夜が明けて俺が兵舎に戻ると、対装甲部隊、通称エマージェンシーの招集がかけられていた。前日が休暇だったとはいえ、遅れた俺は後の訓練で激しくしごかれることになる。本当なら鞭打ちでもしたいところだと言ったミネルバ少尉の目は本気だった。
 俺達は集められると、トラックに乗せられてハイレディンの総司令部へ向かった。ストロングを始めとしたリーダー達に加えて、かき集められたコンピュータ技師達がマザー・コンピュータの復旧作業に当たっている。
「エマージェンシー、到着しました!」
 マザー・コンピュータが設置されている広間を改装して作られた作戦会議所、やはり人間が存在するのは無理矢理な感じがしてしまうが、贅沢は言ってられない。俺達が集められると、ほどなくストロング将軍が到着し、俺達に応えて敬礼した。
「ではエマージェンシー諸君に特命を言い渡す」
 その言葉に場の雰囲気が一気に緊張する。しかし、この期におよんでは誰も声に出したりはしない。
「諸君は15名である。これに15名を増員して30名の部隊とし、大収容施設のあるテーバイを攻撃してもらう」
「それだけで!?」
 俺は思わず声を上げてしまった。ストロング将軍と面識があるので緊張が保たなかったのだ。すぐにミネルバ少尉の裏拳を腹にくらい、黙らせられる。俺が止めた場を、少尉が繋いだ。
「失礼しました将軍、続けてください」
「最後まで聞け。いいか、我々は当面、攻撃に出ることはできない。部隊の編成から訓練、武器の集結と、完全に戦闘態勢がとれるようになるまで一ヶ月はかかる。だが、敵は待ってくれないだろう。事実上、今のハイレディンが敵の攻撃を受ければ持ちこたえられん」
 将軍は一呼吸おいた。それと同時に、控えていた側近のセルゲイ参謀が会議所の卓上に地図を広げる。
「そこで目を付けられたのが、捕獲した敵のヴァーゲや思考戦車だ。前回の戦闘で投降したかなりの数が、バッテリーを取り除かれた状態で倉庫に格納されている。これらはマザー・コンピュータの指令がなければ動けない。ゆえに、もしも我々がマザー・コンピューターの製作と制御に成功すれば確実に敵の攻撃からハイレディンを守ることができる」
 セルゲイ参謀がテーバイとハイレディンの位置を駒で示した。これは敵の防衛線をいくつか突破しなければならない。
「君らに最高の武器と装備を与え、テーバイの収容施設から技師達を救出してもらう。今のところ、三名の技師の生存が確認されている」
 セルゲイ参謀が俺達一人一人に、技師の顔写真を手渡した。
「アメリカ伝説のクラッカー、ケビン・ポールスン。おそらく世界で最高のセキュリティ破りだ。そして日本の天才ハッカー、下村努。世界に恐れられた電子戦の専門家だ。最後に中国の人工知能研究の第一人者、七瀬留美博士だ。博士はすでに生物頭脳を使わない知能の開発に成功したと言われている。国家体制から公表はされていないがな。彼らがいれば、マザー・コンピュータを復旧できる。手持ちの技師だけではどうしても力不足だ」
「ケビン・ポールスンは犯罪者ですが・・・」
 俺は疑問のあまり、再び声に出してしまった。少尉に睨まれたが、同じ心境だったのか何もされなかった。
「心配ない。この状況で人間まで敵に回す人間がいるとは思えんしな。それに君らの中にも一人や二人、脱走兵や犯罪者が混じっているだろう・・・大事なのは、肩書きではない。今は、人類が持てる限りの全ての力で機械に対抗することである!」
 15名の増員がなされ、俺はそのうち10名を預かる小隊長に任命された。
「俺が小隊長だと、階級がややこしくなりませんか?」
 俺はミネルバ少尉に尋ねた。
「構わないわ。それに私は少尉のままがいいのよ」
「はぁ」
 追加された15名はいずれも軍務経験者で、対装甲訓練はほどこされていた。武器の取り扱いや戦闘マニュアルの確認を行った後、ストロング将軍の命令下達から二日後に俺達は出撃した。
 俺は繭がくれた押し花を胸元に隠していた。なんだかこれがあれば、弾に当たらないような気がしたのだ。きっと繭が守ってくれる。そんな確信があった。
 いくつもの敵の警戒線をくぐらなければならなかった。何事もなく通過できることもあったが、時には戦闘もあった。小競り合い程度の戦闘だったので誰も命を落とすことはなかったが、その後は強行軍で敵の勢力圏内を脱出しなければならなかった。テーバイに着く前に戦車などを相手にするわけにはいかなかったからだ。バイクもトラックもない徒歩行軍、俺はなんだか無性に寂しくなった。
「折原隊長、なんですかそれ?」
 夜営。押し花を眺めていると部下が寄ってきた。
「お守りだ」
「花、ですか」
「ああ」
「誰かにもらったんですか?」
「ああ、女の子から」
「へぇ、羨ましいな・・・」
「生きて帰ったら、礼を言うよ。こいつのおかげで死なずにすんだって」
「きっと生きて帰れますよ」
「そうだな」
 俺達は三日間を歩き通し、ついにテーバイへたどり着いた。
 ハイレディンほど警戒は強くない。一撃離脱すれば必ず成功する。しかし、こちらには目的の技師三人がどこにいるのか明確ではない。収容施設のどこかに閉じ込められているはずなのだが、ハイレディンからのクラッキングでは場所を特定できなかった。
 夜を待ち、俺達は潜入した。見張りについていた大型インセクトを強襲して沈黙させ、退路を守る3人をそこに残した。収容所までの経路はわかっていた。俺達は闇に乗じて行く手を阻む敵を破壊し、退路から収容所までの逃走ラインを作った。収容所に乗り込んだのは俺の小隊10人と、指揮官のミネルバだけだった。
 人間を管理するのはやはり人間の環境に即していた方がいいのだろう。門をくぐって侵入した時、なんとサイボーグが受付を行っていた。
「ポールスンと下村、七瀬の居場所を教えなさい」
 少尉が銃を構えて脅迫したが、今度は素直に教えてくれなかった。サイボーグは自爆したのだ。これによってついにテーバイの警戒態勢が目を覚まし、機動部隊が収容所へ殺到した。逃走経路を守っている仲間が死闘を繰り広げた。俺達は実力で収容施設の施錠を破り、目的の三人を探した。
捕らわれている人間が鉄格子から手を伸ばして、助けてくれと口々に叫んだ。
「ポールスンはどこだ!?」
「ポールスン?あいつなら個室にいるよ。それより助けてくれ!」
「個室はどこだ!?言ったら助けてやる!」
「あっちだ!」
 俺は約束を破り、教えてくれた男は放って個室棟へと侵入した。警備に当たっていたサイボーグをなぎ倒しながら、ポールスンを探した。
「ポールスンか!?」
 強化プラスチックの向こうに、ようやくポールスンらしき人物を発見した。
「なんだい・・・助けに来たの?僕はようやく、静かに世界を終えようとしているのに・・・」
 俺達にポールスンの口上を聞いている余裕はなかった。俺はポールスンを独房から引きずり出すと、数名の部下に命じて一足速い脱出を命じた。
 すぐにミネルバと合流すると、収容施設の入り口では激しい応酬戦が行われていた。
「下村は確保したわ!七瀬博士がまだよ!」
「どこにいるんだ!?」
「実験施設にいるようなの!探して!私はここで指揮をとるわ!」
 俺は残りの部下を連れて実験施設へ入った。ここの抵抗は激しく、精度のいいサイボーグに部下が何人もやられた。いくつものドアや扉を破り、それが二桁に達した頃、ようやく七瀬博士らしき人物を発見した。七瀬博士は何か脳波計のような機械の中に横たえられていて、意識を失っていた。俺達は実験を行っていたサイボーグを破壊すると、博士を奪って逃げた。
 入り口に戻ると、敵の攻撃は激しさを増していた。どうにか逃走経路は守っているようだが、俺達は脱出できなくなった。
「浩平!」
 俺はミネルバに呼ばれ、撃つ手を止めることなく近寄った。
「どうした!?」
「私の合図で飛び出しなさい。博士に防弾着を着せて、全員で飛び出すのよ」
「わかった」
「最後の命令よ。全員が持っているC4(プラスチック爆弾)を集めなさい」
「爆弾か!?」
「そうよ!」
 俺は言われた通り、全てのC4を集めてミネルバに託した。そして合図を待った。
「アレックス!私も軍人としての務めを果たすわ!!」
 ミネルバ少尉は爆弾を抱いて弾幕の中に突進した。何発も撃たれたが、倒れなかった。最も大きいインセクトの下にたどり着いたところで、その足下に滑り込み、自爆した。激しい閃光と共に周囲の敵が軒並み吹き飛ぶ。
「少尉ーーー!!」
 俺達は走った。狂ったように撃ちまくり、テーバイを脱出した。三人の技師を部下に託し、俺はしんがりになって最後まで戦った。弾には当たらなかった。繭と、ミネルバ少尉が守ってくれたのだ。
 帰還の行状はトラックやホバークラフトなどを使って派手に優雅に・・・などといくわけがない。俺達はやはり帰りも徒歩だった。その上、テーバイを襲撃した情報が行き渡っていたため、警戒は以前よりもずっと高度になっていた。一人死に、二人死に、ついにハイレディンの防衛ラインまで来て味方が駆けつけた時に、生き残っていたのは20人に少し足らなかった。俺は生き残ったが、ミネルバ少尉が殉職したのがいつまでも悲しかった。
 ミネルバ少尉の葬儀が厳粛に行われた。遺物は、俺に託した銃と弾薬だけだ。それらを残らず鉄製の棺桶に入れて、ハイレディン内の軍人墓地に埋葬する。少尉が自爆して血路を開いたということを伝えると、埋葬には士官以上の全ての軍人が参列した。総列敬礼し、少尉の棺桶は地中深く埋められた。
 俺は悲しさと少尉の勇気に感極まって、近くにいた兵士から小銃を奪うと弾薬が尽きるまで空に向かって連発射撃した。同じような心境だった部下や、兵士達がそれに続いた。
「少尉、万歳!!」
 俺の声に、多くの兵士が続いた。少尉の勇気を讃えた。軍人としての決意を讃えた。
 将軍達は何も言わなかった。
 ほどなく、俺はエマージェンシーの隊長に任命された。二つの戦闘を生き抜いたのは俺だけだったからだ。実力と、運を買われたのだ。俺は少尉の後を継げるということで誇り高い気分でいっぱいになり、これを喜んで引き受けた。必ずこの戦争に、俺の手で決着をつけてやる。そう誓った。
 技師達が総司令部へと運ばれ、ようやく保護を解かれた。しかし安全のためにハイレディンからは一歩も外に出てはならないことになった。
「状況は極めて危機的だ。私にできることがあったらなんでもやろう」
 日本の天才ハッカー下村努は二もなく、マザー・コンピュータの復旧作業に応じてくれた。新世紀のサムライと恐れられた努は健在だった。同じ日本人として誇らしい気分だ。
「ま、いーけどね。でも俺は努以外の命令は絶対に聞かないよ」
 アメリカ伝説のクラッカー、ポールスンはどこまでも正体が掴めなかった。おそらく彼の逮捕に関わったFBIや刑事、検察官だったら相変わらずだと言うだろうが、俺達には謎だ。これが知能犯らしい態度なのかも知れない。
「留美博士は?」
 俺はエマージェンシー隊長として、ストロング将軍に尋ねた。
「どうやら特殊な麻酔をかけられていたらしい。すでに目覚めているんだが、まだ診療所で休んでいる」
「俺が呼んできましょう」
「いや、やめておけ」
 俺は将軍の言葉を最後まで聞かずに、診療所へと飛び出した。
「だから、そんなものはないんです・・・」
「ないじゃすまないわよ!勝手に連れてきてそんなの理不尽ってもんだわ!!」
 なにか診療所から、怒声や罵声やそれを沈めようとする声が響いていた。それに伴って何かが割れる音、ひっくり返される音、ともかく平和な状況でないことは予想できる。
「いいから言われた通り持ってこーい!じゃないと自殺するわよ!」
「それは困ります・・・」
 中に入ると、暴れている一人の女性患者とそれを沈めようとしている看護婦長の瑞佳の姿が見えた。多分、情緒不安定な精神病の患者なのだろうと思い、俺は無視して他の看護婦に博士のベッドを聞いた。
「留美博士はどこだ?」
「ええと、あの方ですけど」
「え?」
 看護婦が指さした先には、さっきから暴れている女性患者と瑞佳しかいない。
「ええっと・・・留美博士は俺が救出したが、瑞佳とそっくりではなかったと思うんだが・・・」
「瑞佳婦長ではなく、あの方です」
 看護婦はさらに明確に、暴れている患者を指した。
「・・・あれ?」
「あの方です」
 俺はとりあえず、怒りと殺気を振りまいている留美博士に近寄った。
「対装甲部隊。隊長折原浩平であります」
 俺は略式で敬礼した。すると博士の怒張が少しだけおさまる。
「なによ、軍人?じゃあすぐに私の言う物もってきなさいよ」
「な、なにかご所望で?」
「そうよ。こんなベッドじゃなくてホテルのスウィートルームくらい用意してほしいわ。食事も栄養剤じゃおさまんないわよ。シェフに中華料理作らせなさい。それから・・・」
「そんなもんありません」
「ないじゃすまないってのよ!それなら私を収容所へ帰しなさいよ!」
「あ、あんたなぁ、あそこにいたら確実に殺されるか、死ぬまで家畜のままだったんだぞ!?」
「殺されるわけないわよ。クローンは作ってもオリジナルは保存しとくに決まってんでしょ。あそこにいたら安全なのに、あんた達と一緒にいたら殺されるのよ!命の危険も顧みず救出されてやった私の身分を考えなさいよ!」
「・・・俺に殺されたくなかったら、さっさと総司令部に出頭しろ」
「なによ、脅迫する気?あーもう気分を害したわ。絶対に行かない」
「き、貴様ぁ!!てめぇを助けるために何人死んだと思ってやがる!!」
「頼んだわけじゃないもん」
 俺はついに切れて、その場で博士を相手に大立ち回りを演じてしまった。博士はカンフーの達人で強かったが、実戦を積み重ねてきた俺の格闘能力だってそう簡単に負けたりはしない。激しい応酬が続いた。
「二人とも、やめてください!」
 瑞佳婦長の声が響いたが、すでに止まらなかった。
 博士の回し蹴りが決まって俺はよろめいたが、次に放たれたミドルキックを片手で押さえ、空いた手で股間を強打した。本当は男に使う技だが、つい相手が女だということを忘れていた。それでも効果はあったらしい。博士の顔が真っ青になる。俺は間髪入れずに掌で顔面を打つと、博士を悶絶させた。そのまま担いで、診療所を出る。
「浩平隊長!どこへ行くんですか!?」
 もしかしたら処刑でもするのかと思ったのだろう。それまで呆気にとられていた瑞佳婦長が慌てて飛び出してきた。
「総司令部まで連行する!!」
「れ、連行?」
「処置はその後で決める!」
「は、はい・・・」
 俺は怒りがおさまらぬまま、博士を総司令部へ連行した。将軍達は技師二人に、これまでの経緯と今の状況を説明していたところで、そこに俺は留美博士をボールか何かのように投げ入れた。
「いったー!ちょっと、私のこと誰だと思ってんのよ!!」
「ストロング将軍、こいつは七瀬留美ですか?」
「・・・間違いない。こっちでも確認した」
 はぁ・・・と、そこにいたセルゲイ参謀がため息をつきつつ説明を始めた。
「中華人民共和国政府は生物頭脳の開発に極めて否定的だった。国内でもその開発は厳禁となっていたほどだ。今となっては、彼らの決断が正しかったと見える。だが・・・それに代わる人工知能の開発のために、技師を優遇しすぎたようだな・・・留美博士は農村の貧しい生まれだが、才能だけでのし上がり、国賓級の暮らしをしていたそうだ・・・」
「まぁつまり、教育に失敗したわけですな」
 ハリス参謀が後を継ぎ、その場を締めくくった。
 俺は留美博士と睨み合いを続けている。
「あー・・・留美博士、こちらは我らが誇る対装甲部隊の隊長で・・・」
「なによ、たかが特殊部隊の隊長で威張るんじゃないわよ!私は中国の未来を担う人物なのよ!」
「もう中国なんてねーんだよ!!求められてんのは肩書きじゃねぇ、結果だ!仕事をしないんなら貴様なんぞに用はない!!」
「仕事してほしいんなら、私に土下座しなさいよ」
「将軍、こいつ殺していいですか?」
「待て待て!浩平隊長!」
 ハリス参謀が俺を押しとどめた。しかし俺は銃の照準を解かない。
「こいつらの場合、足がなくても作業はできるでしょ?」
 俺の言葉に、その場にいたポールスンと努まで震え上がった。
「鼻もいらないだろうから削ぎ落としましょう」
「な、なによ。拷問する気なの!?」
「あー・・・留美博士」
 ハリスとセルゲイの両参謀が二人がかりで俺を取り押さえていた。ポールスンと努は部屋の隅ですっかり縮こまっている。将軍が割って入らなかったら俺は引き金を引いていたかも知れない。
「留美博士、あなたを救出するのに浩平の部隊の前隊長が戦死しているのです」
「あっそ・・・」
「彼の部下も何名か帰らぬ人になっている。そして彼自身も命をかけたのです」
「ふーん」
「今、二人には話したところですが、彼らはいくつもの警戒線を越えてテーバイへ潜入しました。
非常に達成が難しい作戦だったのです」
「だからなによ!」
「もしもあなた達がそれに見合う人物でなかったら、手足の一・二本で彼らの霊を弔うしかありませんな」
 将軍の思わぬ言葉に場は騒然となった。俺は対装甲銃のいかつい撃鉄を起こすと、完全に臨戦態勢に入って留美博士の足に照準を定めた。それまで黙って見ていた努とポールスンも、この状況になると必死で留美を説得にかかった。
「おい留美!さっさと承諾しろ!」
「つまんねぇ意地はってんじゃねぇよチャイニーズのお嬢ちゃん!俺はカタワになんのはごめんだぜ!」
 二人の声にさほど動じた様子は見せなかったが、さすがに威勢が切れたのか完全な軍人の眼に代わった俺を見て、冷や汗をかいていた。
「留美博士、マザー・コンピュータの復旧および改造に協力してもらえますか?」
 将軍の言葉によって、全員の視線が留美に集中した。
「・・・わかった!わかったわよ!でも、最上級のもてなしぐらい・・・」
 俺は銃を構え直した。
「うぐ・・・努達と一緒でいいわ」
「ありがとう、留美博士。おい浩平、お前からも礼を言わんか」
「・・・感謝します。博士」
「ふん!感謝なさいよ!」
 俺は照準を解くと、銃を下ろした。それでも殺気はそのままに、将軍の方へ向き直ると、視線で指示を促した。
「ああ、浩平隊長には新しく100名の中隊を任せる。テーバイ強襲で生き残った者と共に訓練を行ってくれ。これからの軍事行動は追って知らせる。それから、君達には要塞内部にある訓練場を使ってもらう。敵が実弾試験に使っていた場所だ。以上」
「了解しました。失礼します」
 俺は敬礼すると、回れ右して総司令部を去った。背後から留美博士の怒声が聞こえたが、無視した。俺はエマージェンシーの隊長として忙しいのだ。
 100名の中隊はすでに訓練場へ集められていた。俺はテーバイ襲撃を生き残った10数人を小隊長として従え、彼らの前に立った。
「俺が隊長の浩平だ。俺のことは階級に関係なく、少尉と呼べ。理由は昇進したら教えてやる。貴様らの階級はもちろん少尉以下だ。部隊内では階級など、上下関係が分かればいい。他の部隊に大きな顔がしたいと言うなら、戦果で示すことだ」
 俺は彼らの前面を離れると、列の間をぐるぐると回り始めた。新着の隊員達を睨め回していくが、もちろんどの隊員も直立不動だ。
「俺達は特殊部隊だ。出撃その他の命令は全て、総司令部のストロング将軍から直々に下達される。言わば俺達は先陣だ。先陣に失敗は許されない。決して退かず、決して伏さず、死んでも任務を達成せねばならない。前任の隊長は死んで任務を達成した。その伝統は必ず引き継ぐ」
 俺は前面に戻った。
「最も大切なのは生き残ることではない。死んでも戦果を残すことだ!それがわかった者だけ、銃を受け取れ!!」
 俺は目配せして、控えていた小隊長達に銃を配らせた。そこにいた者が残らず全員、特殊部隊エマージェンシーの印である対装甲銃を受け取る。
「よろしい。では訓練を開始する!」
 俺の合図と共に、背後の倉庫から戦車が飛び出してきた。要塞攻略戦の際に生き残ったセルゲイ隊の操縦戦車で、砲には実弾が込められている。
「お前達に渡した弾丸はゴム製だが、戦車が衝撃を受けるくらいの威力はある。人間に当たったらおそらく即死だ。戦車に当てた者から次の訓練に移る。私に当てたらそいつは隊長だ!」
 俺は戦車の上にある機銃座に飛び乗って隊員達を追い立て始めた。小隊長達も同じように、対人用の銃で追い立てながら、自分の小隊に指示を出す。
 訓練で習ったことが実戦の役に立つのはせいぜい一割ぐらいだ。後は勇気と、いかに修羅場に慣れているかがものを言う。俺達は何よりもそれを優先することにした。
 着任した新隊員達を迎えた最初の日々は、実弾訓練から幕を開けた。

 核攻撃によって世界は異常気象を招き、世界中に砂漠が広がっていた。護と佐織が会ったのは、そんな世界の中の何でもない日、いつも通り星だけが見える夜だった。
 飢えで死にそうだった彼女の妹に同情して、護が食べ物を分けてあげたのだ。それから放っておくわけにもいかず、護は彼女達を一緒に連れていくことにした。俺はいい迷惑だと、さんざん愚痴をこぼしたものだ。
 難民キャンプを転々とした後、俺はストロング将軍のゲリラ部隊に参加することにした。兵士になれば食料をもらえると聞いたからだ。護も俺につられるように参加し、佐織は護の婚約者ということにしてストロングの保護下に入れてもらうことにした。
 俺達は戦果を上げて生き残り、なんとか佐織と彼女の妹を養っていた。護と佐織は二人きりで会うことが多くなり、佐織の妹の面倒は俺が見ていた。しかしある日その妹が急に苦しみだして、そのまま急死してしまった。ウィルス性の心臓発作か何かだったらしい、看取ったのは俺だけだった。佐織は激しく嘆き悲しみ、護はなんとか慰めようと手を尽くした。そして俺がアドバイスしてやったのだ。結婚してやったらどうだ?と。
「こんな時に結婚か?」
「一生、支えてやるとか言ってプロポーズしろよ。絶対にうまくいくから」
「そうかなぁ・・・」
 護が本当はどんな言葉を使ったか知らない。しかし佐織はそれを受け入れ、結婚に同意した。ストロング保護下の難民は滅多にない喜ばしいことと、持てる限りの全てを尽くして二人を祝った。
 それからどういうことがあったのかはわからない。俺はほどなく、兵士としての仕事に没頭するようになり、佐織ともほとんど会わなくなった。とはいえ俺は恩人なので、たまに会えば佐織も挨拶ぐらい返してくれる。しかし護との関係がその後どうなっているのか、聞いたりすることはなかった。たまに二人が一緒にいるところを見かけるが、子供はできていないようだった。きっと養う自信がないのだろう。そのうち、護と一緒にいるのもほとんどが作戦行動の間だけになった。それでも俺達のチームワークは抜群で、小隊からも信頼されていた。
 しかしハイレディン陥落から数ヶ月、俺はエマージェンシーの隊長に任命されて指揮官としての任務に忙殺されるようになり、護ともほとんど会えなくなった。護はまだ一平卒のままなので、身分の違いから疎外感を感じているのかも知れなかった。護自身も兵士として忙しいので、無理に会うようなことはできなかった。次第に二人の間に距離が生まれ、俺は特殊部隊の隊長として、護は
妻のある身ということでそれぞれの道を歩き始めた。一緒に孤児院を脱走してから10年来の付き合いだというのに、悲しいことだ。しかしそれが男らしいと言えばそうなのかも知れない。
 ハイレディンには多くの兵が集い、俺達は進撃を開始した。周囲の敵勢力を次々と撃破し、俺達の勢力は急激に広がっていった。負けたことも何度かあるが、エマージェンシーは必ず生還した。そして後退、退却の命令が出るまでは決して退かなかった。エマージェンシーの成長によって各中隊には対装甲班が組織されるようになり、エマージェンシー自体も300人の隊員を擁する大隊に拡大された。そして大隊長は俺。いまだに隊の中では少尉を名乗っているが、形式上には中佐に昇進していた。聞いた話では、護も機銃小隊を任されるようになったらしいのだが、祝いに訪れた俺を護が迎えてくれることはなかった。逃げるようにいなくなってしまうのだ。
 マザー・コンピュータは三人の賢者によって復旧され、最新鋭の思考戦車やヴァーゲ、そして要塞を守る三つの大砲によってハイレディンは難攻不落の要塞となっていた。俺達は背後を気にすることなく進撃し、気が付くと俺達は世界で最高の抵抗勢力になっていた。
 俺は常に先陣を切り、この目で様々なものを見てきた。
 人間クローンの生産や、失敗して暴走した思考兵器の数々。収容所において行われる、必要なくなった人間の処分。奴らは熱線を使って処刑を行い、灰は砂漠に捨てているのだ。その灰を何度も見た。そして見込みのある脳を持った人間に対する、薬物投与を始めとしたもろもろの実験。相手が女であろうと子供であろうと機械は容赦しない。薬漬けになって凶変した子供達を見てきた。中には持ち主の人間が生きたまま脳を機械と直結させた施設があり、俺達は生命維持装置をつけられて機械の奴隷となったその人を、死によって救うしかなかった。
 俺は凄惨な戦争と機械共の凶行を目の当たりにして、次第に精神をやられていった。機械共が製造した抗精神薬を利用するようになるのにさほど時間はかからなかった。
 死なせてしまった部下達が夢の中で叫ぶのに耐えられなくなった時、軍務の精神科医はすぐに隊長を辞任するべきだと言った。だが俺はカルテを奪って燃やし、薬だけ供給するように脅迫した。軍医は従った。
 俺が今、戦うのをやめてどうするのか。もう食料の心配など必要ないが、戦うことはすでに俺の存在意義だった。俺が一線を退いても確かに多勢に影響はないかも知れない。しかしそれをやめれば、死んでいったミネルバ少尉や部下達の亡霊に死ぬまで脅かされる。そんな生活をするよりは、戦場という我が家で軍人として死にたいのだ。
 すでに、俺は戻れなくなっていたのだ。
 俺はあえて危険な任務に挑むようになり、自殺行為もいとわないようになった。死の扉が開きかける瞬間こそ、俺は苦しみから解放されるのだ。
 俺の異常な戦闘意欲を恐れ、脱隊する者も少なくなかった。しかしそれでも俺は死なず、エマージェンシーは戦果を上げ続けた。死をも恐れぬエマージェンシー、どんな絶望的状況でも必ず生還するエマージェンシー、もはや俺達はストロング麾下だけではなく、周辺の勢力からも飛び抜けて
強力な精鋭部隊として恐れられるようになった。
 死なせてしまった部下達が夜、耳の側で囁いても、敵と戦っている間は耐えることができた。しかしある日、それは耐えられないものに代わった。どうしようもない理由で、敵ではないはずのものを手にかけなければならなくなったとしたら?
 俺達はある日、クローンの生産工場をもつ都市に総攻撃をかけて、ほとんど無傷のまま開城させた。集結した砲兵達による集中射撃と、エマージェンシーによる敵主力の撃破によって、敵のマザー・コンピュータが勝利の不可能を決議したのだ。何体かの敵兵は自爆したが、多くのヴァーゲや戦車、サイボーグが俺達の手に落ちた。クローンの生産工場にはなぜか自爆装置がつけられておらず、これも無傷で手に入ることになった。
 しかし敵兵はともかく、クローン工場をどう処理すればいいのか俺達は困ってしまった。優秀な兵士のクローンを造り、部隊として成長させようという意見も出るには出たが、それでは機械共とやっていることが同じだし、そもそもクローンの育成を成功させるのは無理だろうと結論された。
 そしてクローン工場の爆破が決議され、工兵達によって爆弾の設置が行われた。最終点検を明日に控え、その日の工兵達は解散した。爆弾と工場を見張る役目と、誰かが爆弾に細工したりしないように、何名かの憲兵が残されただけだった。
 その都市の総攻撃にはハイレディンから全ての戦力が出撃した。グレンは留守番として残されたが、護の中隊は出撃していた。俺は戦闘が終わってから護の中隊を訪れ、小隊長であるはずの護を探した。
「すまん、護はどこだ?」
「護?」
「小隊長の住井だ。機銃小隊の」
「ああ、機銃小隊の住井隊長ですね。こっちですよ」
 親切な歩兵が夜営の陣地に案内してくれた。しかし、護の姿はどこにもなかった。
「おかしいですね。さっきまでここにいたんですが」
「どこに行ったかわからないか?」
「便所か何かでは?」
 俺もそう思って数分、護が帰ってくるのを待った。しかし、やはり護は帰ってこない。
「住井隊長なら都市の見物に行きましたよ。散歩でもしてくるみたいです」
 賭けポーカーをやっていた一人の機銃兵がそう言った。しかし、俺は怪訝に思った。
「散歩?瓦礫しかない都市の何を見るって言うんだ」
「さぁ・・・さっき、住井隊長はブラックジャックで大負けしましたから、気分転換じゃないですか?」
「気分転換?」
 俺は胸騒ぎを覚えて、夜営陣地を飛び出すと爆弾が設置されているクローン工場へ向かった。
「あ!?」
 俺が工場へ着いてみると、すでに憲兵は皆殺しにされていた。遠くから狙撃されたらしく、死体の位置は配置のままだった。射撃能力の高い者がやったのは明白だが、皆殺しにしたのを見ると、やったのは恐らく潜入のプロではない。俺は憲兵から小銃を剥ぎ取ると、息を殺して工場へ入っていった。
 しばらく進み、中央にあるクローン生成の指揮系統までやってきた。周囲には人間を培養するためのカプセルが並び、それを制御するコードが様々なところから伸びていた。そしてその中央には、生成命令を下すコントロールパネルと、クローンサンプルを投入する特殊な注射器があった。
「護・・・」
 俺は注射器に向かって歩く護に声をかけた。
「浩平か、久しぶりだな」
「ああ」
 護は手に、密閉された試験管を持っていた。赤い液体はおそらく血液だろう。
「なに、してるんだ?」
「・・・お前には関係ないだろう」
「関係あるさ」
「どうしてだ?」
「佐織を侮辱する真似は許さない」
 俺と護は同時に銃を抜いた。護はサイレンサー付きの狙撃銃、俺は憲兵から剥ぎ取った小銃。どちらも対人用だ。
「なぜ、わかった?」
「数ヶ月前、ハイレディンが敵の強襲を受けたことは誰でも知ってる」
「それはそうだが」
「砲兵の迅速な対応で敵は撃退された。しかし、敵の戦闘爆撃機の侵入を許してしまったそうだな。それで何人か非戦闘員にも被害が出た」
「ああ」
「俺が、お前や佐織のことを心配しないとでも思ったか?お前は他の戦線にいたから無事だったが、佐織は・・・爆撃にやられて死亡してしまった」
「・・・・・」
「俺はすぐに、佐織のところではなくお前のところへ行ったよ。だがお前は俺よりも情報が早くて、佐織の死を知っていた。そして、お前が任務を放棄してハイレディンに戻ったことも聞いた」
「それから?」
「俺は・・・見た。ほとんど一息違いでハイレディンに到着し、泣き叫ぶお前の姿を見た」
「そうか」
「そして、お前は何か思いついたように・・・急に態度が代わって、衛生兵から注射器を一本譲ってもらった。そしてお前は佐織の血液を採取した。今、お前が持ってる血液がそうだろう!?」
「・・・当たりだ。全部」
「俺は、お前が何をしようとしているのか、なんとなくわかっていた。だが、俺はそれを信じたくなかった!もしもそうだとしたら、もしもそうだとしたら、俺はお前を殺さなければならないじゃないか!?」
 護が引き金を引いた。俺は寸前にその場を飛び退き、小銃で護の足を撃った。護は膝をついたが、まだ銃も血液も離さない。
「護、頼む、やめてくれ。そんなことしてなんになる?いくら佐織のクローンを造ることができたとしても、それは佐織じゃない。別人なんだ」
「お前に何がわかる!?愛する人を守れなかった。まったく知らないうちに死んでしまった。死に目にも会えず・・・俺は自分の無力を呪った。彼女の側にいてやれなかったんだ!どうして・・・どうして、死んでしまったんだ・・・佐織ぃ!!」
「人間の死は、簡単に決まることじゃない。必然だったんだ」
「うるさい!!そんなことで割り切れるか!俺は佐織を蘇らせる。別人だろうとなんだろうと、今度こそ彼女を幸せにしてみせる!」
 護は足を引きずりながら俺に背を向け、サンプルとして血液を投入しようとした。
「ああああああ!!!」
 俺は目をそらして、護に向けたままの銃を乱射した。手応えだけがあった。護の背を、胸を、心臓を撃ち抜いていく音が聞こえた。おそるおそる目を戻してみると、血にまみれた護の死体があった。試験管は落ちて壊れ、中から佐織の血液が流れ出していた。それが護の血と混ざり合う。
「くそ、くそ、くそ、畜生ぉぉぉ!!!!」
 俺は持てる限りの弾薬で銃を乱射し、指揮系統と、そこにあったあらゆるクローン生成機器を破壊した。弾薬を使い果たすと、設置されていた爆薬を起動させ、護の死体ごと工場を吹き飛ばした。
 瓦礫と化した工場から煙が上り、俺はそれを見ながら呆然としていた。まるで、自分の半身をえぐり取られたような気分だった。
 無意識のうちに胸から拳銃を取り出し、それを頭に当てた。引き金を引くまでもう少しのところだった。誰かが拳銃を掴んで方向を変えた。関係ない方向に弾丸が飛び、間抜けな音を立てる。
「・・・フレデリック?」
「ああ、そうだ」
 フレデリック隊長だった。俺がまだ一平卒だった頃、世話になった中隊長だ。
「どうしてここに」
「私も佐織のことは知っていた。工場から煙が上がり、まさかとは思ったが・・・護は?」
「死にました」
「・・・そうか・・・」
「隊長、俺はどうすれば?」
「生きろ、浩平」
 隊長は力強く言った。
「生きるんだ。苦しくとも、生きろ。それが運命だ。それが宿命だ。生きるのだ。親友を殺めたその手で、闇をかき分けろ」
 俺はまだ呆然と、工場から上る煙を眺めていた。護は死んでしまったのだ。ただ、それだけのこと・・・。


ーーー第二部ーーー

 護を殺した都市には防衛部隊だけが残り、主力は後方へ退いた。エマージェンシーも後方へ移動し、俺達は久々に休暇を得た。人が住む都市として繁栄を始めたハイレディンへ命の洗濯をしに行く者、それともどこか別の都市やキャンプへ行って家族に会ってくる者、緊張を解くことなく最前線で待機する者、様々だった。
 そして俺は・・・逃げ出した。
 何もかも捨てて逃げたのだ。
 対装甲銃だけを持ち、勲章も階級章も置いてきた。
 もちろん誰にも報告していない。事実上、俺は脱走兵ということになるだろう。だが、そんなことはもうどうでもよかった。
 ミネルバ少尉や死なせてしまった部下達、彼らが囁くのにはまだ耐えることができた。仕方なかった、俺の責任ではない、いくらでも言いわけすることができる。
 しかし護を殺したことは、護を殺したことは、どう取り繕っても言いわけできなかった。護の決断が間違っていたなどと、一体そんなことを言う権利が誰にあると言うのだろう。たとえ別人だとしても、たとえ人形だとしても、大切な人を蘇らせたいと思うのは当たり前のことだ。もしも立場が逆だったら、俺だってそうしていたかも知れない。
 しかし、俺は殺した。自分の価値観だけで親友の決意と未来を踏みにじった。愛する人をクローンとして蘇らせる。それが不自然だとしても、神に逆らうことだとしても、幸せになれるのならなんだっていいではないか。今のこの世の中で、幸せになる方法を選んでなどいられないのだ。
 俺は護を殺した。俺が切り刻んでしまった護の人生の次のページには、一体なにが書かれていたのだろう。俺が切り刻み、燃やし尽くしてしまった護の未来。
 孤児院で初めて会った時、俺達はケンカをしたのだ。生意気そうだったからという理由で、それが二人とも共通していた。仲が悪かったはずなのに、護は孤児院を脱走するための相棒に俺を選んだ。捨て石にするつもりだったのか、それとも本当に信頼していたのか、今となってはわからない。ともかく俺達はそれからずっと一緒だった。腹を減らしては道行く人を襲い、金や食べ物を奪った。戦争が始まって徴兵されると、俺達はまた逃げ出した。その後は西へ東へ、二人で何度も修羅場を踏んでそれでも生き残ってきた。嬉しい時も、悲しい時も一緒だった。互いに食べ物と武器を分け与えながら、二人で生き残ってきた。今の俺がいるのは、護のおかげだと言っても過言ではない。そしてやつが最も嘆き悲しんだ時、俺は何もしてやれなかった。そしてやつが神に背く手段であれなんであれ、幸せになろうとした時、俺はやつを撃ち殺してしまった。護がどうしようと、俺にとってはなんの被害にもならないはずだった。それでも、ああするしかなかった。それをやってしまったら、護と佐織の間にあった美しい記憶や物語が、軒並み失われてしまうと思ったからだ。護にとっての大切な思い出は、俺にとっても大切な思い出。もしも汚されようとしたら、命を賭けてでも守る価値がある。護自身がそれを汚そうとしたから、俺は撃ったのだ。撃ったのだ・・・。
 助けることはできなかった。俺は神様でも魔法使いでもない。佐織を蘇らせることはできなかった。護が彼女を蘇らせるか、俺が護を殺して止めるか、そのどちらかしかなかった。そして俺は殺した。自分の世界を守るために、親友の未来を踏みにじった。
 夜、砂漠で一人きりになると、俺は決まって繭にもらった押し花を眺める。その中にあるのは俺の良心だ。繭が見せてくれた、繭が見つけてくれた、俺の心の温かい部分だった。
 盗み出した抗精神薬が底を突くと、俺はすぐに眠れなくなった。不眠症になると夜は眠れず、昼間は眠りながら起きている。身も心もボロボロになりながら、押し花を片手に、俺は放浪を続けた。だがどこへ逃げても安息を得られるはずがない。聖書にある創世記、アベルを殺したカインは
呪われ、死ぬことすら許されずに不毛の地を彷徨った。そしてカインがアベルを殺した理由はただ一つ、エゴイズムによるものだった。
 死ぬのは恐かった。俺は神様も何も信じていなかったが、死ねばおそらく護に会うだろう。そして俺は復讐される。それが恐ろしくて、いつまでも死ぬ覚悟はできなかった。
 そして、俺はどこへ行くのだろう?理由も目的も何もない。砂漠を越えてオアシスを見つけたからと言って、それからどうするのだろう?一カ所にとどまることはできない。苦痛に身をさらしていなければ、死んでいった仲間達に取り殺されてしまうのだ。足がもげようとも、歩くしかない。
目が潰れようとも、見るしかない。手がちぎれても、かきわける以外にない。
 どれだけ歩いただろう?気が付いた時、俺はハイレディンからも遠く離れた難民キャンプにいた。砂漠での過酷な道中のせいで、俺は声を出すことができなくなっていた。喉が枯れきってしまったのだ。
 力尽きて瓦礫にもたれかかっていると、一人の少女が来て俺に水を恵んでくれた。俺は本能的にそれを飲み干した。干涸らびた体が潤い、生き返ったような気分になった。
「・・・・・」
 ありがとう、と言おうとしたところで、俺は声が出なくなっていることに気づいた。しかたなく身振りで感謝を伝えたのだが、なんとか伝わったようだった。
 しかし、その少女は何も喋らなかった。もしかして耳までやられたのかと思ったが、周囲の雑音は聞こえる。俺が怪訝に思っていると、少女まで身振りで何かを伝えようとしてきた。
「?」
 俺はしばらくわけがわからなかったが、数分してようやくわかった。その少女も言葉を失っているのだ。失語症か何かだろう。今の世の中では珍しくもない。
 どうして俺を助けてくれた?今度はそう尋ねた。
『エマージェンシーの隊長様なの』
 少女はどこからか紙と鉛筆を持ってきて、そう伝えて見せた。俺は正体を見破られたことに正直驚いた。
(どうしてわかったんだ?)
『新聞で見たの』
(そんなのがあるのか)
『ストロング将軍の快進撃は世界的に有名なの』
(ふーん・・・)
 澪と名乗ったその少女は、すぐに俺の感情を読みとれるようになった。喋れない分、感覚が鋭いのだろう。
 難民キャンプは戦争で破壊された都市に造られていて、あちこちに廃墟を改造した住居が作られている。俺は澪に、どこに住んでいるのか聞いてみたのだが、答える前に俺の手を引いて案内してくれた。俺の素性をよく理解しないままずいぶん無防備なことだと思ったが、しばらくしてその疑問も解決されることになる。
(教会・・・?)
 澪はここが自分の家だと言っているようだった。俺はてっきり、教会の廃屋に住み着いているのだと思ったが、扉を開けて中へ入るとそれも違っていたことに気づく。
「あら、澪ちゃん。お客さんかしら?」
 中へ入ると、聖書を片手に大小様々な子供達を相手に聖書を朗読している女性の姿が目に入った。まるで聖母のように、清らかで穏やかな印象を受ける。俺はしばらく彼女に見とれてしまっていたが、澪が彼女の手を引いて俺の前に連れてきてくれた。
「どなたですか?ここの人ではないように思われますけど・・・」
「・・・・・」
「あの?」
 俺が困っていると、澪がどうにかして俺が喋れないということを彼女に伝えてくれた。
「砂にやられたのですね・・・大丈夫ですよ。澪、台所まで案内してちょうだい」
 彼女はそう言うと、澪に手を引かれて教会の奥へ行ってしまった。俺があることに気が付くと、
周囲にいた子供達は俺が尋ねる前に答えてくれた。
「シスターみさきは目が見えないの」
「でも大丈夫。シスターは人の心を読むことができるんだよ」
 心を読む?俺は少し怪訝に思ったが、それ以上は追求しないことにした。数分もしないうちにシスターみさきは澪に手を引かれて、俺が待っていた教会の礼拝堂に戻ってきた。手にはコップが、そして中には色の付いた水が入っていた。
「どうぞ」
「・・・・・」
「心配ありませんよ、ただの砂糖水です」
 俺はまだ完全に警戒を解いたわけではなかった。女でも子供でも、このご時世では何をしでかすかわからないのだ。だが俺は彼女の笑顔にほだされて、コップを受け取ると水を喉に流し込んだ。
(甘い)
 どうやら砂糖水というのは本当だったらしい。それでも砂糖などという貴重品を、なぜ見ず知らずの俺に分けてくれるのかは理解しがたかった。
「あ・・・」
「すぐに喋れるようになりますよ」
「う・・・」
「私はここで親のいない子供達の面倒を見ているシスターのみさきです。あなたは?」
「うぐ・・・」
 俺が答えかねていると、澪が代わりに答えてくれた。
「浩平?どこかで聞いたことがあるような・・・」
『エマージェンシーの隊長様なの』
「まぁ、あの誉れ高いエマージェンシーの・・・でも、それならどうしてこんなところに?」
「俺は・・・」
「言いたくないのなら、言わなくていいのですよ」
「・・・すまない」
 俺はコップを彼女に帰すと、頭を下げた。
「施しをありがとう。今は何もお礼ができないが、このご恩は忘れない」
「いいのですよ。それより、もう少しここにいてくださいませんか?」
「え?」
「あなたの心は・・・とても深く傷ついていますね。それを忘れるために逃げてきたのではないのですか?」
「な!?」
「逃げることは悪いことではありません。孤独な放浪は辛いことですが、神が定められた運命です。でも、あなたの心はもうこれ以上ないほど傷ついています。ここで立ち止まっても、神はお怒りになりませんよ」
「心が読めるというのは本当だな」
「はい。恐ろしい感情を宿した方は礼拝堂に入れたりしません。でも、あなたにあるのは自分を責め苛む心だけです」
「どうして、そんなことがわかるんだ?」
「主が私の光を奪った時に、私に授けてくださった力ですわ。傷ついている人を見つけて、それを癒すことができるんです」
「不思議だな」
「ふふふ・・・」
 みさきはとても和やかな笑顔を見せてくれた。天使のようなその笑顔は、殺伐とした戦場だけで生きてきた俺の心を潤すようだった。これまで生きてきた中で、そんな風に笑いかけてくれる人に俺は会ったことがなかった。勝利の後、戦友達と笑い合う時のような顔でもない。食べ物にありつけた時の感動のような笑いでもない。それは何か、自分の中の何かを相手に分け与えるような笑顔だった。後になって気づくのだが、それこそ優しさというものだったのだ。俺は不毛の地と戦場を駆け抜けてきた人生の中で、人の優しさや慈愛というものをまったく知らずに生きてきた。だからこそ、この時みさきに見せられた笑顔に動揺してしまったのだ。何か得体の知れないものへ、恐怖すら感じた。そしてその感情は、俺にこの教会にとどまる決意をさせた。
 みさきは何か、俺にとってかけがえのないものを持っている。明確ではなくひどくおぼろげだったが、俺はそう感じた。亡霊達に怯える日々の果てに、俺はみさきを見つけたのかも知れない。パンドラの箱にあったのはあらゆる不幸だった。だがその中に希望が含まれていることを人間は知っている。それをさらなる不幸への階段と見るか、不幸を乗り越えるための文字通り希望と見なすかは、人によって異なる。そして俺は、その結論を出すことができなかった。
 俺は教会に住み着き、みさきの仕事を手伝うようになった。みさきは周辺のゲリラ勢力からも大変慕われていて、彼らを祝福するためのお布施として教会には食べ物が集まった。みさきはそれを使って、孤児達を養っているのだ。
 俺は教会の仕事の一環として農作業にも精を出した。誰が教えたのか知らないが、砂漠に作物を育てる方法が教会には伝わっていた。これまで男手が少なかったということで、俺はそれなりに重宝された。そう簡単に作物は育たないが、何事も小さな芽から始まるものだ。
 ある夜、食料を奪おうとして夜盗が忍び込んだことがあった。最も早く気づいたのは子供達で、すぐに俺を起こし、追い払ってくれと頼んできた。俺は二もなく承諾し、子供達に隠れているよう指示すると、襲ってきた10人余りの夜盗を叩きのめして追い返した。そのうち何人かを殺してしまったのだが、俺は特に気にすることもなかった。だから、それをみさきに咎められた時は戸惑ってしまった。
「そうは言っても、相手は泥棒だぞ?」
「お腹を空かした泥棒ですよ。殺すなんてあんまりです!」
「しかし、こうしないと食べ物を守れなかった」
「食べ物くらいなんですか。食べ物も、私達の命も、そんなに重くはないのですよ」
「少なくとも、あの連中の命よりはあんたの命の方が重いさ」
「それは傲慢と言うんです。命の価値は平等にと、主はお造りになったのですよ」
「・・・俺にはわからない」
「今はわからなくてもいいんです。少しずつ学んでください。それが理解できないと、あなたは命や死の束縛から逃げられません」
「う・・・」
「もっと大きな心で人をご覧なさい。そうすれば生も死も、拒むことなく受け入れることができますから」
 彼女がどうして慕われているのか、なんとなくわかった気がした。どれだけ技術が進歩しても、人の心は弱く脆い。だからこそ、正しい意味で強い人のもとに人は集まるのだ。みさきは強い人だった。生も死も、善も悪も、全てを受け入れる力を持っていた。俺はそれに導かれて、みさきのもとへ迷い込んできたのかも知れない。
「何を眺めているんですか?」
「花だよ。知り合いの女の子からもらった押し花なんだ」
「花?それはとっても綺麗なのでしょうね」
「ああ、綺麗さ。シスターは見たことがないのかい?」
「見たことがあります。小さな頃はまだ目が見えていましたから」
「この花も綺麗だよ。なんていう花なのかはわからないけど」
「でも、美しいと思う心はとても大事ですよ」
「なぜ?」
「花を綺麗だと思うのは、あなたの心の中にも花があるからですよ」
「ん?」
「美しいと思う心の中は、同じように美しいんです」
「よくわからないよ」
「わからなくてもいいんですよ。私の言葉を少しだけ、覚えていてくださればいいんです」
「いつかわかる日が来るかな?」
「さあ」
「さあって・・・」
 みさきはいろんなことを教えてくれた。人を思いやる心、人を受け入れる心、人やものを正しく見る目、聖書の内容はほとんど理解できなかったが、みさきの言ったことはほとんど記憶していた。そして時が経つにつれ、それらの言葉が次第に自分の中で明白になっていくのを感じた。
 俺がこれまでの人生の中で必要としてきたのは、狡猾さ、攻撃性、悪徳、拒絶、裏切り・・・心の安まらないことばかりだった。それが悪いわけではない。生きていく上で仕方がなかった。それにみさきはそんな俺を見ても責めたりしなかった。そっと頭を撫でて、同情するように微笑んでくれる。戦いしかなかったこれまでの人生と照らし合わせて、俺はどんな反応をすればいいのかわからなかった。
 みさきの存在が、俺の中でどんどん大きくなっていった。彼女を失ったら生きていけないと思うほど、それは強くなっていた。みさきを自分だけのものにしたいと思うようになるのに、さほど時間はかからなかった。
 しかし、どんな風に気持ちを表現すればいいのかわからなかった。俺はこれまで人を愛したことなど一度もない。というか、みさきのことだって本当に愛しているのかどうか明断することはできなかった。思い出したくないことだが、護と佐織の二人は成り行き上、極めて自然な形で結ばれたように思える。俺の歪んだ心から見ればこそなおさらだった。
「・・・人を愛した時はどうすればいいんだ?」
 俺は愚かにも、みさき自身にそれを聞いてみた。
「想いを打ち明けるべきです。男女が結ばれるのは、とても素晴らしいことですよ」
「あなたには、そういう人はいなかったのかい?」
「私は神に仕える身です。純潔を守る義務があります」
「それでも、あなたは人を好きになるだろうし、逆の場合もあるだろう?」
「ええ・・・ですが、それはいけません。私の体はすでに私のものではないのです。多くの人を祝福し、彼らを守らなければなりません。その私が汚れていては、必ず災いが降りかかるでしょう」
「結ばれるってことは、汚れるってことなのか?」
「そうです」
 彼女は断言した。だが、その言葉の中にはどこか無理をしている様があった。俺はそれを自分勝手な妄想だと思って、彼女のことは諦めた。自分勝手な行動で人を傷つけることはもうたくさんだった。護は親友だったが、みさきは恩人でしかも女性だ。自分を救ってくれた女神として、心の中に据え置いていた方がいいだろう。成就しなくても、美しい感情だけで生きていけると思った。
 俺は感情を自分の中に閉じ込めて、それからの日々を過ごした。本当に平和で、何事もない日々だった。周囲には子供達が、側にはみさきがいる。殺し合うこともなく、奪い合うこともなく、静かに時間だけが流れていく。俺にはそれで十分だった。先のことなど何も考えずに、静かな日々に
溺れていた。眠れないこともなくなり、亡霊達に悩まされることもなくなった。死ぬまでこんな日々が続けばいいとさえ思った。
 だが、俺はどこかで心の声を聞いていたのかも知れない。「お前がいるべき場所はここではない」と。
 そして、それはそう遠くないうちに確信へと変わる。

 激しい爆音と共に、地面が揺れた。俺は本能的に寝床から飛び降りると、衝撃で割れた教会の窓から外を盗み見た。すると、見慣れた機械兵のステルス機が旋回しているのが見えた。強襲型の戦闘爆撃機だ。それは大きく旋回するともう一度、教会に向かって爆撃した。直撃は免れたが、教会全体が大きく揺れる。
 なぜ百発百中の機械兵が反撃もしない的を外すのか、それはおそらく教会があまりにも軍事拠点として異質で、サンプルにないためだろう。しかし敵はすぐに誤差を修正してくるはずだ。ぐずぐずしている時間などあろうはずがない。俺はすぐに子供達を叩き起こして、パニックにならないうちに防空壕へ避難させた。みさきはもちろん自分だけで来ることはできなかったが、比較的大きい子が手を引いて連れてきてくれた。
「みさき、戦闘がおさまるまで絶対に出るんじゃない。子供達を落ち着かせてやるんだ」
「わかりました。でも・・・」
「俺は戦う」
「いけません!今もしも、あなたが戦ったら・・・」
「なんだと言うんだ?」
「もしも戦ったら、もう戻ってこれなくなってしまう」
「大丈夫だ。きっと戻ってくる。それより、俺の荷物はどこだ?」
「それは・・・」
「言うんだ!言え!俺は戦うべきなんだ!君達を守る!!」
「言えません・・・行かないで・・・」
「言うんだ!全員が死んでもいいのか!?俺が戦えば助かるんだぞ!?」
「・・・礼拝堂の、聖母様の像の下です・・・」
「よし」
「浩平・・・」
「大丈夫だ。戻ってくるから」
「うう・・・」
「愛してるよ、みさき」
 俺は防空壕の扉を閉めた。激震する教会の中を駆け抜け、装備を見にまとった。ミネルバ少尉から受け取った対装甲銃を手に取り、教会を飛び出した。
 二・三発、爆撃機に向かって発砲すると、敵は機銃で応戦してきた。おそらく抵抗が思いがけなかったのだろう。しばらく教会を標的から外してくれた。俺は混乱している難民キャンプを疾走して、なんとか人がいるところを脱出した。爆撃機は抵抗を続ける俺から狙いを外さず、俺はキャンプからしばらく走った丘で応戦した。
 そこで信号弾を打ち上げると、すぐに周辺のゲリラや盗賊が助けに来てくれた。旧式の対空ミサイルやロケット砲などでどうにか撃ち落としたが、被害も大きかった。
「どうなってんだよ!?」
 リーダー格らしき黒人の大男が俺を見つけて説明を求めてきた。
「対空兵器だけキャンプに残せ!残りは残らずキャンプを包囲するように展開しろ!!」
「だからどういうことだ!?」
「シスターが狙われたんだ!俺達の動向を察知された!」
「そりゃ大変だ」
 寄せ集めの部隊は俺の言うことに忠実ではなかったが、みさきを守ることに懸けては命を賭けてくれた。俺が作戦を説明すると、彼らなりに協力してくれたのだ。
「じゃあ、しばらくしたら敵が鉄下駄を履いてくるわけだな」
「なんだよそのスラングは!?」
「俺達の間じゃそう言うんだ!で、どうするんだ?」
「さっき説明しただろうが!敵がどこから来るかわからんから、キャンプを包囲するように展開しろ!」
「おう、わからんけどわかったぜ!」
 まるで丸太のような体躯をしたその男は手勢を指揮して、キャンプの周囲に展開してくれた。俺は他の部隊もどうにか説得して同じように展開させると、最も理解が早かった(というか最も深く考えなかった)その男の手勢のもとへ戻り、敵の襲撃を待った。もちろん間断なく敵の爆撃にさらされる。
「うがー!おい兄さん!いつになったら敵が来るんだ!?」
「わからん!だが敵の航空戦力は力不足だ!必ず敵の装甲部隊が・・・鉄下駄が叩きつぶしに来るぞ!!」
「おう、よくわかったぜ!」
 俺の予想は的中した。敵の航空機はあらん限りの爆弾を俺達の頭の上に撒き散らすと、急に鳴りを潜めた。補給に行ったのではない。その前にも何回か補給のためにインターバルがあったのだが、それよりも遙かに長い時間が経過していた。そして鉄下駄が大軍となって押し寄せてきた。
「包囲を解くな!担当した地区から離れるな!向かってきた敵だけ迎撃しろ!」
「おい兄さん、束になってかからないと倒せないぞ」
「どうにかしろ!俺は先頭で戦う!シスターを守れ!!」
「おお、そりゃそうだ!!」
 俺達は怒号を上げながら突進した。まるで戦国時代の合戦のようだった。何人かが吹き飛ばされても、何人かは敵まで到達した。俺は自慢の銃で次々と敵を撃破したが、それ以外はまともな武器を持っていなかったので、戦車に張り付いてバーナーで砲を焼き切ったり、ヴァーゲの足をバールのようなもので壊したりと、滅茶苦茶な戦闘が展開された。もちろん味方は次々とやられ、死体の海が出来たが、寄せ集めの兵団は何故か士気が下がらず、勇敢に戦い続けた。
「あう!」
 俺は砲撃にやられて、左腕をえぐられてしまった。自ら銃で左腕を撃ち落とすと、残った弾薬で敵に突進した。弾薬が尽きれば物陰に隠れて補給したが、これにはひどく戸惑った。
 何体の戦車やヴァーゲを撃破しただろうか。俺は出血多量で倒れてしまった。次第に目が霞み、耳だけが鋭敏に敵の砲撃や味方の悲鳴を聞きつけた。朦朧とする中で、みさきの声が聞こえたような気がした。必死になって俺を止めようとした彼女。戻れなくなるから・・・とか言っていた。それは死んでしまうからという意味だったのだろうか?それはわからなかった。だが俺はもう十分に戦った。薄れていく意識に、抵抗はしなかった。最後に、愛する人のために戦えてよかった。意識が途切れる直前、俺はそう思った。

 それからどうなったのだろうか?俺にはわからなかった。
 ただ、その間はずっと夢を見ていた。
 そこは暗くて、狭い場所だった。
 閉じ込められているように思われたが、側には人がいた。
「ここはどこ?」
 俺はそう尋ねた。
「僕がずっといる場所。君にも来てもらった」
 彼は、わけのわからないことを言った。
「どうして俺が?」
「おいおい、俺なんて言葉を使うなよ。僕達はまだ子供だ」
 言われてみると、俺はまだ幼かった。手も足も、まるっきりのミニサイズになっている。
「違うよ。俺は大人だ」
「大人?」
 彼が振り返った。まるで兄弟のように、俺にそっくりだった。
「何をもって大人って言うんだい?たくさん生きたから?多くのことを経験したから?それともたくさん人を殺したからか?」
「そんなこと・・・わからないけど」
「そうだろうな。君が外にいる間、僕はずっとここにいたんだ。閉じ込められていた」
「君は誰だ?」
「言わなくても、すぐにわかるようになる。僕達は、いずれ会う運命だ」
「会う?」
 その場所が遠くなった。彼だけが取り残され、俺だけが閉め出される。
 そして暗闇の代わりに光が、真っ白な光が目の前に広がった。

「浩平!」
 小さな病室だった。俺が目を覚ますと、誰かがぶつかるように俺の体にしがみついてきた。それがみさきだと理解するのに数秒もかからなかった。俺は彼女を抱きしめて、声を絞り出した。
「・・・ここは?」
 彼女はしばらく泣きじゃくっていたが、俺が話しかけるとようやく顔を上げてくれた。
「ハイレディン要塞の病院ですよ。あなたは戦闘が終わってすぐ、ここに運び込まれました」
「戦闘?あ・・・戦闘はどうなった!?勝ったのか!?」
「ええ、皆さんが命がけで戦ってくれました。教会も、子供達も無事です」
「そうか・・・よかった」
 俺はそこで、彼女を抱きしめている左腕に違和感があるのに気が付いた。
「・・・これは?」
 俺の左腕は、機械になっていた。かすかな駆動音と共に、不気味なほど器用に動く。
「左腕は、ポールスンという技師が手術してくれたそうです」
「ポールスンって・・・あいつは生物工学なんて知らないだろう!」
「それは知りませんけど・・・」
「まあいいか。でも、どうしてみさきがここにいるんだ」
「あなたを一人にしておけないわ」
「・・・追いかけてきたのか?」
「いいえ。ずっと側にいました」
「どうして?」
「あの・・・」
 みさきが、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「かなりの修羅場だったが、プロポーズの返事を聞いてなかった」
「あの・・・」
「はっきり言ってくれよ」
「はい・・・受けます。私でいいのなら・・・」
「汚れるんじゃなかったのか?」
「あ、愛は世界を救う力になってくれます。私一人の純潔よりも・・・」
 セリフを言い終わる前に、俺はみさきを抱き寄せた。
「あ、浩平・・・」
「愛してる、みさき」
「私もです。浩平・・・」
 俺達は口付けを交わそうとした。だが俺がみさきの唇に触れる直前に、どさどさどさ!!と、廊下から病室に何人か倒れ込んできた。最初は何事かと思ったが、そこにいた面子を見てすぐに状況を察した。みさきを落ち着かせてその場に残すと、俺はすぐに倒れて身動きができなくなっている者達数名の前に仁王立ちした。
「あ、あ・・・ばれちまった。へへ・・・」
 まず、グレンだった。
「あの、悪気があったわけじゃ・・・でも、その、あの」
 なんと瑞佳婦長まで一緒だ。
「みゅ〜」
「・・・・・」
 繭と澪だけだったら、笑って許せたのだが。
「なによ!盲目のシスターなんてどこのお伽噺よ!ころっといっちゃってなっさけねー!!」
 留美まで一緒だった。
「い、いや。確かに悪気はなかったのだが・・・つい」
 止めの一撃はハッカー努まで一緒だったことだ。俺は脱力してしまった。
「ええい!努さんだけ残れ!後は散れい!!」
 俺は持っていた拳銃で餓鬼どもを追い散らした。 努技師だけは律儀に残ってくれる。
「まったく。いいところだったのに」
「申し訳ない浩平隊長。しかし、彼らもあなたの復活を待ち望んでいたのですよ」
「ふん」
「意識が戻って何よりだ。しかし、私に何か用かな?」
「というか、あなたはなんのために病院に来てるんだ?」
「あはは・・・あなたの左腕を見るためです」
「そう、それについて説明してくれよ」
 努技師は細かく、改造された左腕について説明してくれた。
 これはポールスンが先頭をきって開発したもので、前々から体の一部を失った兵士に再起をかけるために考えられていたらしい。そこに俺が左腕を失ったというニュースが飛び込んできて、サイボーグ理論を応用したこの腕がすぐさま実用化された。つまり俺は第一号というわけだ。
「生物頭脳を使ったサイボーグが敵にいるだけに、抵抗もあったのだよ」
「ふーん・・・俺は別にどうってことないけど」
「戦闘用アタッチメントもポールスンが開発しているはずだ。後で開発室を訪ねるといい」
「そんなのもあるのか」
「では、私は失礼するよ」
「待ってくれ。どうしてポールスンが主任なんだ?」
「それは彼から聞いてくれ」
 努技師は逃げるようにその場を去ってしまった。なにも怒ったわけではないのに、どうも様子が変だ。しかしそれも、後からポールスンを訪ねればわかるだろう。
 シスター・みさきの存在は信者を通してハイレディンまで伝わっていたらしい。不信心な俺はまったく知らなかった。今回の攻撃によって、教会がハイレディンの内部に移されることになった。もちろんハイレディンの拠点効果は上がって危険なのだが、反対意見をストロング将軍が一喝した。後から設置された居住区を改造して荷物を運び込み、すでに子供達が教会から引っ越していた。もちろん彼女を慕う難民も一緒に、そして彼女を守って戦ったゲリラや盗賊達も一緒に来た。ハリスとセルゲイの両参謀は膨れ上がった人口を移民させるのに大忙しだという。
 俺はみさきを教会へ送ると、とりあえず別れて総司令部のすぐ近くにある兵器開発室に足を運んだ。ポールスンから色々と聞かなければならないからだ。
「お、来たね来たね新人類!」
 ポールスンはやたらと上機嫌だった。俺は少し睨んでやったが、まったく臆さない。
「じゃあ診断を始めるけど、調子はどお?」
「いや、別に」
「なんか生まれ変わった気とかしない?」
「別に」
「うーん、浩平ちゃんってばノリが悪いなぁ。ボクはノリノリだゾ?」
「・・・浩平ちゃんって・・・」
「ま、いーか。それより君の腕は神経と直結してるから、脳からの電気信号によって自在に動くってわけ。指の関節まで動くのはすごいっしょ!科学万歳っしょ!!」
「ご苦労様」
「・・・で、君は日常生活から離れる時、つーか戦う時は戦闘用の腕に取り替えてね」
「このまま武器を持てばいいんじゃないか?」
「今のところは違和感を感じてないみたいだけど、常識的に考えていきなり実戦に使うのは無理!大体、本物の腕とはやっぱり違うからね」
「そうか・・・で、どういう腕になるんだ?」
「ガドリングとキャノンとグレネード、どれがいい?」
「・・・ずいぶん、用意がいいな」
「浩平ちゃんは大事な被験体だから」
「なんか釈然としないが・・・キャノン砲」
「オッケ!!」
 俺は数人がかりで腕を取り替えられた。二の腕がキャノン砲になるわけだが、あまり重さを感じない。しかしなんだか、動きが人間から遠ざかった気がする。
「電気刺激で筋肉を増強してるよ。それから狙いやすいように無意識的な動作は誤差修正してあるから」
「よく造ったなこんなの!」
「もちよ!なにせコンピュータ技師は余ってても生物工学の人達は余りまくってたからね〜」
「なるほど・・・しかし、あんたは専門外じゃないのか?」
「あぶれてた人の話とか本とか読んでるうちに覚えたんだよ。まあなんつってもボクちゃん天才だし」
「まあいいか。じゃ、ちょっと試射するぞ」
「うん、訓練場に・・・」
 俺はそこで、天井にいたネズミに照準して消し飛ばした。もちろん開発室の天井に大穴が空く。
「素晴らしい」
 俺が素直に感想をもらすと、呆気にとられていたポールスンも反応してくれた。
「ブ、ブラヴォー!」
 ポールスンはいい奴だ。
 俺はそれから総司令部に出頭を命じられると、脱走兵としての処分を言い渡された。いろいろと議論があったのだろう、会議室にはセルゲイ参謀を筆頭に主要な士官達が軒並み顔を揃えていた。
「所属と階級を述べよ」
「ストロング麾下、対装甲特殊部隊隊長、折原浩平中佐であります」
「では、脱走兵としての処分を言い渡す。何か抗弁はあるか?」
「ありません」
「脱走兵、折原浩平元中佐は階級を剥奪。除名処分とする」
「・・・・・」
「だが、これまでの戦果および勇猛を讃え、君に今後の身の振り方を考えた。今、ハイレディンには無数の盗賊やゲリラが集結し、事実上統括が不可能になっている。彼らを傭兵部隊として雇う方針が決議された。君はその傭兵部隊に入隊し、我々の命令のもとで戦う権利を与える。作戦には絶対服従、報酬および装備は交渉次第である。以上」
「了解しました」
 脱走について、俺は何も抗弁しなかった。しかし護の死について追求されなかったのは不思議だった。おそらく裁判が行われて、警戒に当たっていた憲兵を殺したのが俺ではないと立証されたのだろう。クローン施設の破壊は護がやったことになったのか、それとも事故として処理されたのか、俺は知らされなかった。きっとフレデリック隊長がいろいろと奔走してくれたに違いない。あの人にも礼が言いたかったが、俺はもう軍人ではないので隊長に会うことはできなかった。
 俺は左腕にキャノン砲を取り付けたまま、傭兵の手続きをしようと彼らにあてがわれている兵舎へ向かった。
「隊長はどこだ?」
 彼らは訓練場に特設のコートを作ってバスケットボールをしているところだった。俺はディフェンスに回っていた傭兵に話しかけて、隊長が誰か聞いてみた。
「あー、何人もいるよ。どこに入りたい?」
「何人もって・・・そうだな、一番強い部隊の隊長だ」
「それならベンジャミンだ。兵舎で酒でも飲んでるだろうから行ってみなよ」
 快く教えてくれた傭兵に礼を言って、俺は兵舎を訪れた。昼間だと言うのに酒臭く、周囲ではトランプを筆頭に世界各地の賭博が行われていた。俺はまた適当な傭兵に声をかけて、さっき聞いた隊長のの居場所を聞いた。
「おい、ベンジャミン隊長はどこだ?」
「ベンジャミン?ああ、あそこだ。腕相撲やってるだろ」
 その傭兵が指さした先には、確かに腕相撲の勝負台があった。すると驚いた。腕相撲をやっているのは、先の戦いで一緒だったあの丸太のような体躯をした黒人だった。
「おい・・・」
「うるせぇ!」
 まだ腕相撲の勝負が終わってなかったようだ。一分ほどした後、ベンジャミンは相手を負かして勝利の雄叫びを上げた。そして彼の手元に軍票(戦地で発行される手形)が回ってきたのを見ると、どうやらこれも賭博になっているらしい。
「おい・・・」
「黙れい!!次の相手は誰だ!?」
 ベンジャミンは俺の方をまったく振り向かず、次の相手を求めた。しかし誰もが尻込みしている。ベンジャミンは見た目通り力が強いのだろう。
「なんだなんだ。腰抜け共が!」
「おい・・・」
「うるせぇ!しつこいぞ!」
「俺が相手だ」
 俺はベンジャミンに対峙して勝負台に座った。
「なんだよ相手か。よし来い!」
 ベンジャミンは首のように太い腕を台の上に乗せた。その態度には自信が満ちあふれている。しかし、俺がキャノン砲を搭載したままの左腕を出すと、やつの顔は途端に間抜け面になった。
「そ、そんなのありか!?」
「どうした、腰抜け」
「ぐ、よっしゃあ、やるぜ!!」
 ベンジャミンと俺との勝負が開始された。だが電気的に筋肉を増強されている俺の機械腕が負けるはずがない。数秒でベンジャミンの腕は台に落ちた。
「ちっくしょう!もう一回だ!」
「あー、何度でも来い」
 何度もやったが、全て俺が勝った。機械腕による筋肉の増強というのはよく考えると反則なのだが、ベンジャミンはまったくそれに気づかなかった。おそらく義手程度にしか考えていないのだろう。
「ぐ・・・ぐお!」
 ついに俺はベンジャミンの勝ち札すべてを巻き上げた。やつは台に突っ伏して気力を使い果たしたかに見えたが、やおら怒声をあげながら俺の胸元を掴み上げた。
「てめぇ!!そんな腕でずるいじゃねぇか!反則じゃねぇか!!」
「今更気づくな!」
「我慢ならネェ。もう一回だ」
 金を返せではなくもう一回だと言うところが微笑ましいというかなんというか、俺は仲間から金を借りようとするベンジャミンを押しとどめた。
「待て、いいかげんに俺の話を聞け」
「だぁぁ!慣れ慣れしいぞこんちくしょう!大体てめぇどこの隊だ!?」
「お前、俺の顔を覚えてないのか?」
「ん・・・?ああ、お前はシスターのところにいた・・・」
「そうだ」
「『鉄下駄分解屋』の兄ちゃんだな」
「なんだその職人徒弟みたいな呼び名は!?」
「ほれ、エマーなんとかの隊長さんだろ」
「エマージェンシーだが・・・お前らはそう呼んでるのか」
「おうそれそれ、呼びにくいから『鉄下駄分解屋』だ」
「なんだか絶望的にグレードが下がった気がする」
「気にするな!で、なんの用だ?」
「お前の部隊に入隊に来た」
「入隊だぁ?兄ちゃんの部隊はどうなった?」
「クビになった」
「リ、リストラってやつかい?」
「そんなもんだ」
「まぁいいさね。お前さんの腕なら入隊は認めるぜ。後から名簿に乗っけておくからな」
「ありがとう。それで、階級はどうなるんだ?」
「階級?そんなもんないぞ」
「ない?じゃあ指揮はどうしてるんだ?」
「俺が出す。全員それに従うが、勝手に行動しても敵を倒せば問題ない」
「そ、それでいいのかよ!?」
「おう!問題ない!」
「うーん・・・」
 そんないきさつで、俺はベンジャミンの隊へ入隊を果たした。晴れて傭兵だが、先行き不安だ。
「しかし兄ちゃん、なんで俺のこと知ってたんだ?」
「シスターを守って一緒に戦っただろうが!覚えてないのか?」
「あ?あれって兄ちゃんだったのか?」
 ベンジャミンの思考回路は完全な一方通行になっていた。これで軍隊を指揮した日にはどうなるのやら。これが寄せ集めの部隊らしいといえばそうなのかも知れないが。
 傭兵の分までベッドは用意できなかったらしい。俺達下っ端の傭兵は床の上に毛布を敷いて寝た。こういう状況には慣れているはずなのだが、どうしても教会のベッドが懐かしくなった。子供達はわざわざ、俺に合うサイズのベッドを作ってくれたのだ。あの温かみのあるベッドに比べると、床というのはやはりもの悲しい。しかし、これから仲間としてやっていく傭兵達を尻目に、みさきと子供達がいる場所へ行くのは道理に反するというものだ。俺は処分を言い渡されて、ベンジャミンの部隊に入隊を果たした後、一回だけみさきに会いに行ったきりだった。みさきに付いてきた難民や、みさきの信者である人達が住居を教会に改造するのに忙しかったようなので、俺は今後の身の振り方を伝えただけで別れた。
 よく考えてみたら、俺はみさきと具体的な約束を何もしていない。結婚してくれと言ったわけでないし、婚約してくれとも言っていない。もちろん、指輪の一つも渡していない。だが、今はそんなことをしている場合ではないように思えた。俺はともかく、みさきは信者に囲まれて忙しいのだ。多くの人の心の支えになる人が、男と会っている暇などないだろう。
 いつか戦争が一区切りついたら、もう少しはっきりした形でみさきと約束を交わそう。できれば、指輪の一つなど持って。
 ともかく、今はそんなことをしている場合ではない。俺はそう自分に言い聞かせて、傭兵の兵舎で眠りについた。
 ふと、みさきの言葉が脳裏に蘇った。「もしも戦ったら、戻ってこれなくなる」彼女はそう言った。それはどういう意味なのだろう。死ぬという意味とは、少し違うようなのだ。俺は左腕を失ったが、今回はどうにか生き残った。しかしこれからの戦いで生き残れる保証はどこにもない。彼女はそのことを言ったのだろうか?そうではないような気がした。人の生死は、小手先のことや
偶然などで決まるのではなく、極めて必然的に起こる現象だ・・・と、グレンが言っていた。
 人は誰でも死に向かって歩いている。俺の死がすぐ近くにあるのか、ずっと遠いところあるのか、それはわからない。しかし彼女はそんなことを言ったのではない。死よりも大きく、大事なことを言ったのだ。戻ってこれなくなると。まるで何か、知ってはならないことを知るような、してはいけないことをするような、そんな言い方だった。それは一体なんなのだろう?
 母さんがいたら、教えてくれるだろうか?記憶の底にしかいない俺の母親が、俺を導いてくれるだろうか。さもなくば母親こそが、戻ってこれなくなる要因だとでも言うのだろうか。わからなかった。何もわからなかった。だが、俺はどこかで知っていた。戻ってこれなくなる道こそ、俺が行くべき道なのだ。誰かがそう、心の中で囁いていた。
 母親の夢を見られたらいいなと思いながら、俺は眠りについた。月のない夜だった。
 
 俺はストロング麾下の軍隊からは除名されたが、被験体として兵器開発室の援助は受けられることになっていた。有用性が実証されたら実用化、そして俺は用済みということになるのだが、ポールスンは俺をテストソルジャーとして開発室が内部分裂でも起こさない限り面倒を見てくれるということだった。ありがたいことだ、俺は工学にも生物学にも詳しくないので、何か異変が起こったらまったく対処できない。
「臓器栽培でもして新しく作ればいいじゃないの!うざったいわね!」
 兵器開発室を訪れた俺にそう吐き捨てたのは留美だった。留美も専門ではないが、軍事技術の関係者として出入りしているらしい。
「普通の腕よりも戦闘能力に見込みがあるんだろ?」
「あたしは詳しく知らないけど・・・不格好よ」
「勝つための手段なんて選んでられないだろうが。腕が機械になるぐらいなんてことない」
「一歩間違えばサイボーグと同じなのよ?」
「俺は脳までプログラミングされてるわけじゃない。腕が付属してるだけだ」
「そりゃそうだけどさ・・・」
「そんなことよりも、ハイレディンの防衛機能は大丈夫なのかよ。今は統制がとれてなくて、攻撃されると危険だぜ?」
「ぬかりないわよ。あたし特製の制御プログラムで思考戦車もヴァーゲも思いのままよ。クラッキング対策だってポールスンが試してくれたから心配ないわ」
「それでも・・・完全無欠ってわけじゃないだろ」
「論理的にはね。でも事実上は大丈夫のはずよ」
「大丈夫の・・・はず?」
「うるさいわね!この前の爆撃機の侵入は私の責任じゃないわ!防空責任者が悪いのよ!」
「照準のプログラム書いたのは誰だよ?」
「そりゃ私も少し関わったけど、私は人工知能が専門なのよ!戦争のプログラムなんてわかるわけないでしょ!」
「ったく、責任転嫁ばかりしやがるな」
「うるさいわね!あんただって大変な時にいなかったじゃないの!あんたが急に脱走して、こっちは大慌てだったのよ!」
「・・・すまん」
「あれからエマージェンシーはしばらく機能しなかったのよ。戦意も戦果も落ちて、存在意義を問われたわ」
「・・・・・」
「死にたがりの隊長がいきなりいなくなったら、そりゃ隊員だって動揺するわよ。大体あんた、どこ行ってたの?」
「遠いトコ」
「瀕死でここにかつぎ込まれてよく言うわね。なによ、精神年齢はミドルティーンなの?」
「まぁ、そうかもな」
「反論しないわね・・・まったく。帰ってきたら帰ってきたで、聖女様まで連れてくるし、腕は機械になっちゃうしで、せわしない男ねぇ」
「それは俺の責任じゃないだろ・・・」
「責任はなくても原因はあんたよ」
「ぐ・・・」
 本当に留美の言う通りだった。いきなり脱走して、そのために死んだ兵士がいるのかと思うとやりきれない。しかし、護を殺した直後の俺には選択肢などなかったのだ。もしもみさきに出会わなかったら、こうして帰ってくることもなかっただろう。
 俺は文字通り、機械的な動きをするキャノン砲の照準をでたらめに動かしながら、早く出撃命令が出ないものかと心の中で思った。
「ねぇところで・・・あんたってあの聖女様に手を出したのよね?」
「なんか馬鹿にされてる気がするが、そんなところだ」
「貞節を求められるシスターに恋人がいていいの?」
「さ、さぁ・・・そこらへんのことはよくわからん」
「だめに決まってんでしょ。キリストにも妻なんていなかったわよ」
「なにが不都合なんだ?」
「シスターを天使だと思ってる人達が幻滅するわよ。あんた達の付き合いは極秘にした方がいいわよ、絶対」
「そんなもんか」
「そうよ」
 留美がそう釘を刺した直後、兵器開発室の赤色灯が点滅した。それと同時に、備え付けられたスピーカーからオペレーターの声が響く。
『敵機動部隊が接近中、非戦闘員はすぐに最寄りのシェルターに避難してください。戦闘員は所定の持ち場および指揮に従ってください』
 留美はそれを聞くと、とりあえず飲みかけだったコーヒーをすべて胃におさめた。そして所定の持ち場である総司令部に向かおうとした時には、俺はすでに兵器開発室を飛び出していた。
「ふんだ。私だってそのうち、いい男でも見つけてやるわよ」
 誰に言うでもなくそう呟くと、留美も兵器開発室を出た。外は避難する人々で混乱していた。警察が必死になって対応する中を、留美は黙々と歩いた。遅れて総司令部に着くと、努に怒られることになるのだが。

 俺は城壁を駆け登り、グレンと掛け合って敵の布陣を確かめていた。側で、グレンが計測を担当している長砲身の大砲カントが火を吹く。
「敵布陣先頭に命中!敵残骸確認!」
 浩平は自前の双眼鏡で敵を確認しようとしたが、まだそこまで敵は接近していない。デカルトやハイデッガーも続けて砲撃すると、カントは次弾の装填に移った。
「兄貴!こんな小部隊、俺達だけで撃滅してやるぜ!」
「それに越したことはないんだが・・・」
「任せろ!」
 次弾の装填が終わり、グレンの元に計測報告の命令が飛んだ。
「了解!計測・・・」
 しかし、グレンは照準器を覗いたまま沈黙してしまった。
「どうした、計測手!」
 カントを指揮している砲兵士官が急かした。しかしグレンは報告せず、沈黙したまま俺の方へ向き直った。
「・・・兄貴。出番だよ」
「え?」
 するとグレンは俺を照準器の方へ引っ張った。俺が照準器を覗く頃には、他の砲手や射手も
同じように沈黙したり驚嘆したりし始めた。
「げ!」
 俺も同じように驚嘆してしまった。
 照準器にはヴァーゲに守られて巨大な戦車が前進してくる様が映されていた。砲塔がハイレディン城壁の半分に届くほどの大きさである。それに戦車と言うよりは小さな要塞か戦艦と言った感じで、主砲に続き副砲から機銃まで付いている。ついでに甲板まであった。上を歩くのだろう。
 巨大戦車の主砲が火を吹いた。カント近くの城壁に命中し、俺達の足下が揺れる。
「うお!砲撃中止!徹甲弾を込めろ!!」
 新たな命令が下り、砲兵達の余裕は消えた。グレンにもそれは同様で、不安な顔を俺に見せた。俺は左腕のキャノン砲を掲げて見せながら、吠えた。
「任せろ!俺達歩兵が粉々に打ち砕いてやる」
「頼むよ」
 カントが徹甲弾の装填を終える前に、俺は城壁を下りた。ベンジャミンと合流したあたりでカントが再び火を吹いたが、今度は弾かれたようだった。
「ベン!指示を出してくれ!」
「俺の名前を略すな!なんか絶望的にグレードが下がった気がする!」
「お互い様だ!で、指示は?」
「敵の情報が確認されてないけど、俺達は城壁の外に出て塹壕に隠れるぞ。射程距離に入り次第各自の判断で応戦だ」
「なんだよ。ずいぶん適当な指示だな・・・」
「つまり俺達は探り針、悪く言えば捨て石だ。ま、傭兵なんてそんなもんだろ・・・」
 ベンの指示の下、傭兵部隊は城壁から雪崩を打ったように飛び出した。敵の砲撃や射撃がかすめる中を、どうに無事に塹壕へ潜り込む。
「びびるな野郎共!運がよかったら死なねぇんだ!警戒を怠るなぁぁ!!」
 ベンの檄が飛ぶ。俺は射程距離に入った敵ヴァーゲにキャノン砲の照準を合わせた。
「主よ、我が手と腕に戦う力を与えたまえ」
 キャノン砲を発射する。数秒後に着弾、ヴァーゲは被弾すると倒れた。
「主は我が岩、我が盾」
 二発目を発射すると、今度は頭部に命中させた。よろよろ・・・と、ヴァーゲはたたらを踏む。
「我が避けどころ、あなたを愛します」
 三発目を、首の部分に命中させた。神経系統を破られ、ヴァーゲは転倒炎上する。味方から歓声が上がった。
「おう折原!お前いつの間に腕を大砲にしたんだ!?」
「気づけアホ!」
「野郎共、遅れを取るなぁ!射程の長い得物は今のうちに使っとけ!」
 傭兵の迫撃砲やら、高射砲やらが塹壕から火を吹く。命中しているのかしていないのかわからなかったが、敵陣には派手に砂煙が上がった。俺のキャノン砲は肉眼で観測しているので、砂煙が上がると撃てない。熱源感知ゴーグルでも作ってもらおうと、心の隅で思った。その直後、敵の砲撃で塹壕がえぐられた。味方がおもちゃか何かのように吹き飛び、味方に動揺が広がる。
「落ち着け野郎共!」
 しかしその動揺もすぐにおさまった。砂煙がだんだん引いてくると、その向こうにあの巨大戦車の影が広がったのだ。照準気で見ても異様だったが、肉眼で見ると余計に異様である。ベンも他の傭兵も、声を失った。
「ベン!無線で指示をあおげ!」
「お、おう!」
 俺がそう言うと、ベンは自分で持っている小型の無線機で司令部に連絡をとった。
「野郎共、前進だ!主力の対装甲歩兵を守るぜ!足並み揃えろぉぉ!!」
 俺達は塹壕を飛び出して、広い間隔で整列した。味方の戦車がその中に混じり、ヴァーゲは先頭に立った。対装甲兵歩兵がその後に続く。
「前進!」
 ベンのかけ声で俺達は踏み出した。小走り程度の速さで進む。もちろん間断なく敵の攻撃にさらされるが、耐えるしかない。ほどなく敵のインセクトが突進してきた。ほとんどが味方のヴァーゲに蹴散らされるが、何体かが侵入してくる。俺はキャノン砲を下ろすと右手に拳銃を持って迎え撃った。もちろん敵と遭遇したからといって前進をやめたりはしない。俺達は止まることなく前進し、ついにあの巨大戦車から100mほどのところまで来た。
「野郎共!次の合図で突撃だ!あのデカブツを止めろ!」
「どうやってだ!?」
「どうにかしろ!対装甲兵は周囲の鉄下駄を掃討する!」
「俺達だけでやるのか?」
「いいからやれ!死んでもやれ!・・・行けぇぇぇ!!」
 うおおおおおお・・・と、俺達は雄叫びを上げながら突撃した。敵もこちらの動向に気が付いたようで、すぐに弾幕を張って阻止を試みた。俺達は身を低くしながら神に祈ったが、もちろん何人かは倒れる。それでも俺達は止まらなかった。
 味方戦車の援護でどうにか巨大戦車を守る敵装甲部隊をやり過ごすことはできた。俺は拳銃でインセクトを始末しながら、あの巨大戦車をどうしようか頭の中で考えた。だがこちらが考えるよりも先に、俺に反応した敵の機銃がこちらに発砲した。滑り込むように伏せたが、足首を撃たれた。以前とは違って動脈の位置だ。これではあまり長く持ちこたえられない。
 だが、退く命令は出ていないし、退いても生きていられる保証はない。俺は進むことを決意するとキャノンで反撃し、機銃を撃ち落とした。
「ロケット砲!ロケット砲はないか!?」
 俺は混戦状況の中で味方の傭兵に呼びかけ、ロケット歩兵を探した。近くにいたロケット歩兵とすぐに合流し、俺は彼らに作戦を説明した。
「いいか、あのデカブツの弱点は大きさだ!機銃では狙えても、副砲以上で俺達には照準できない!散開して機銃を片っ端から潰せ!」
「わ、わかった」
「一人は俺についてきて援護しろ!お前、名前は!?」
「ラディンです!」
「よっしゃあラディン!俺のケツについてこい!」
 俺は機銃掃射の中をラディンと共に突進した。他のロケット歩兵は散らばって、機銃目がけて発射する。巨大戦車のあちこちで火花が上がり、機銃が破壊されていく。それでも致命的なダメージにはならない。
 俺はラディンの援護を受けながら、戦車のキャタピラに飛びついた。キャタピラは装甲板で覆われていたが、キャノン砲で穴を空けると、中にヒートボムを投げ込んだ。
「伏せろ!」
 俺は弾かれるように飛び、ヒートボムの熱線から身を守った。炸裂したヒートボムはキャタピラを焼き焦がし、中から赤い光が漏れた。
「よし!」
 ファインプレーだと思った。これで戦車は停止すると思った。
「あ、あれ・・・?」
 しかし、戦車は止まらなかった。変わらない勢いで前進を続ける。主砲が火を吹き、今度はデカルトから煙が上がった。
「特殊装甲か!?くそ・・・」
 俺は焦る頭で必死に考えた。どうするか!?ヒートボムでは破れなかった。しかしよく考えてみたら、どうしてさっきからこれだけ大きい標的に大砲が命中しないのだ!?だが今はそんなことは問題ではない。どうにかしてあの戦車の足を止めるのだ。
「あ!」
 俺は思いついて、ラディンと共にベンの元まで走った。
「ベン!俺だ!」
「どうした折原!そのキャノンも効かねぇのか!?」
「違う!核だ!核地雷を持ってこさせろ!」
「何に使うそんなもん!この状況で使ったら味方共々汚染されて死ぬぞ!」
「いいから俺の言うことを聞け!!」
 俺はベンに作戦を説明した。
「なるほど、それならいけるかも知れん」
「そうだろう!?」
「だが、核地雷は正規軍に没収されてるぞ!?持ち出すなら総司令部を説得しなきゃならん!!」
「な、なにぃ!?」
「俺では無理だ。だが正規の手続きを踏んだら陽が暮れる」
「な・・・なら、ヴァーゲを残らず集めて自爆させろ!」
「同じ事だ!俺達にそんな権限はない!」
「畜生!」
 俺達は後退した。後詰めの正規軍本隊とサイボーグによって後退こそ成功したものの、巨大戦車の侵攻はまったく止められなかった。ついにもとの塹壕まで退き、もうだめかと思った時になってようやく、唯一健在だった大砲ハイデッガーが巨大戦車に命中した。目に見えて装甲がへこむ。反撃のチャンスと、俺達は狂ったように戦車に集中射撃を加えたが、致命的な打撃は与えられなかった。だが敵もこれ以上の戦闘続行は無理と考えたのか、ハイレディン城壁を目前にして後退を始めた。追撃の命令は、出なかった。俺達は胸を撫で下ろしながら、射程距離から離れていく敵を見送った。
 集められる全ての情報を全てかき集めた後、総司令部には師団長以上の非常招集が行われた。俺はベンの側近ということで出席を許可されたが、発言の権利は制限された。ストロング将軍は、もう俺のことを半分忘れているようだった。
「現在総力を挙げて電子戦を仕掛けていますが、あの戦車に関する情報へのアクセスには成功していません。こちらの動きをあらかじめ予期していたらしく、防壁を突破するのに一週間はかかるでしょう」
 ハッカー努は電子戦の隊長として報告した。しかしストロング将軍の表情は険しい。
「努とは思えんセリフだ。総力を挙げてその程度か」
「最大の障害は味方が少ないことです。サーバーの数は戦力そのものです」
「くそ!わかった!」
 将軍は会議の卓へ向き直った。そこにはセルゲイとハリスの両参謀を筆頭にして各師団長、それにエマージェンシーの新隊長も列席していた。もちろんハッカー努を筆頭に三賢者も健在だ。今回の作戦で重要になると思われた大砲の指揮官三人も呼ばれていたが、グレンの姿はない。傭兵隊長のベンはまだいいが、それに付き添ってきた俺は本当に端の人間だった。
「最大の論点はあの巨大戦車をいかに攻略するかということだ」
「敵はハイレディンの奪還における軍事的意義をよく理解しています。おそらくあの戦車はようやく完成にこぎつけた唯一の兵器でしょう」
「すぐに後退したのも、あの兵器こそが作戦の要であるからです。逆に言いますと、あの戦車があるかぎり敵にとって作戦は失敗していないということでしょう。現在はまさに猶予期間です」
 将軍の言葉を、セルゲイとハリス参謀が補完した。
「戦車に関する情報を報告しろ!」
 将軍の言葉に、ポールスンが立ち上がった。
「砲兵の報告によると、遠距離での照準には失敗したけど近距離の直接照準には成功したってことなんだよねぇ?」
「もったいぶらずに言え!」
「そりゃつまり・・・敵はなんらかの光学迷彩を使用してると思われるね」
「光学迷彩?」
「そ。遠くの標的を狙うには照準器を使うけど、照準器ってのは光学に乗っ取った道具だから、それが狂ったってことはつまり光学的に迷彩が施されてたってことだね」
「ではどうして近距離では命中した?」
「それは肉眼だったから・・・というよりも、近距離だと効果が薄いんだ」
「どういうことだ?」
「つまり、照準器も肉眼も光学的に対した違いはないってことが重要だ。大事なのは遠距離では外して近距離では命中したってこと。これは、遠くにいるほど狙いに誤差が生じるってことだ」
「どうしてそんな面倒なことを?」
「理由は色々と考えられるね。味方にも見えなくて困るとか、あれだけでかい兵器に完璧な光学迷彩を施す技術がなかったとか。きっと敵も焦ってるんだ」
「それで結論は?」
「簡単。至近距離で撃破してください」
 ポールスンが席に戻った。
「では、戦果について報告しろ」
 師団長が作戦行動について話した後、直接戦車と交戦した士官ということでベンジャミンが指名された。
「え?あっし?」
「そうだ、早く報告しろ」
「え、えーっと・・・おう折原!おめぇ報告しろ!」
「いきなり俺かよ」
「実際にあれとやりあったのはおめぇとラディン達だったろうが!」
「そりゃそうだけど、じゃあ発言権をくれよ」
「あー、この折原って部下に発言させます。階級は・・・俺の補佐」
「折原浩平補佐、発言しなさい」
「・・・はい」
 ハリス参謀に指名され、俺は立ち上がった。
「俺はロケット歩兵の援護で戦車に肉迫しました。キャタピラーの防護板を破ってヒートボムを投げ込みましたが、効果はありませんでした。なんらかの特殊な加工が・・・」
「意見はいい!事実だけ報告しろ!」
「・・・近距離では確かに各種ランチャーが命中しました。ですが致命的な打撃にはなりません。俺は核地雷の使用を求めましたが、拒否されました」
「あの状況で核地雷は使えん」
「以上です」
 俺が席に戻ると、セルゲイ参謀が立ち上がった。
「こちらの最大の武器は核地雷および大砲です。しかし敵は二度と大砲の射程には入らないでしょう。そうなると、こちらの大砲を守るために会戦を仕掛けるしかありません」
「私もセルゲイの意見に賛成です。核地雷を使用すればいくら重装甲とはいえ大破は間違いありません。ここは会戦に臨むべきです」
「しかし、核地雷で致命的な打撃を与えられなかったらどうするのですか?」
 セルゲイとハリスの対話に割り込むように、ハッカー努が立ち上がった。
「もしも核地雷が通用せず敗走したら、ここに籠城しても我々に勝ち目はありません」
「核地雷は通用する!」
「なぜ断言できますか。核地雷は我々が何度も使用している兵器だ。敵が防護策を練っていても不思議ではない」
「過去の歴史から見ても、地雷を退ける戦車は存在しない!」
「相手は人間ではありません!私は彼らの頭脳と直に戦ってきたから知っている!奴らの計算高さを甘く見てはいけません!」
 三人のやりとりを盾にするように、留美がこっそり俺の肩を叩いた。
「なんだ?」
「あんた、必勝の策があるんじゃないの?」
「ある」
「教えなさいよ」
「俺に発言させろ」
「あんたに発言させられないわ。それに将軍達は聞き入れてくれないわよ」
「どうしてだ?」
「作戦の成功より、軍人のプライドが大事だからよ!私はそういう軍人のくだらないところをよく知ってるわ!」
「だが、戦争を知らないお前に説明できるとは思えない」
「どういう内容なのか教えなさい!」
「こうだ・・・」
 留美は俺の話に耳を傾けてくれた。だが、ストロングがそれに気づいてしまった。
「留美博士!何をしている!」
 ストロングに見つかり、留美は悪戯を見つかった子供のようにうろたえた。
「えっと、あの・・・」
「何を話していた!?」
「あの、浩平に・・・折原補佐に一言があるそうなのですが・・・」
「折原補佐、言ってみろ」
 留美が横で、やった!とガッツポーズをして見せた。しかし俺はまだ愉快な気分にはなれなかった。
「折原補佐、発言しなさい」
「・・・・・」
「言いなさい!」
「穴を掘るんです」
「なに!?」
 将軍達も、師団長達も、努もポールスンも揃って聞き返してしまった。驚いていないのは留美とベンだけだ。
「核地雷を使って、穴を掘るんです」
「穴?穴とは?」
「行動は通常の地雷投擲とまったく同じです。違うのは、地雷の指向性を上ではなく下に向けることです」
「・・・続けたまえ」
「ここは砂漠です。核地雷が下に向かって炸裂すれば大穴が空きます。敵の戦車がそれに落ちれば、しばらく行動不能になるでしょう。そこに歩兵が・・・」
「下らん!妄想だ!」
 将軍は俺の作戦をはねのけた。
「真面目な議論に戻る!折原補佐、退出したまえ!」
「・・・・・」
「退出したまえ!」
 俺は黙って会議室を出た。ベンジャミンはいたたまれなくなって一緒に出てきてしまったが、止める者はなかった。
「俺はいい策だと思うぜ!」
 ベンジャミンはそう言ってくれたが、聞き入れられなかったものはしょうがない。
「なぁ、ベン」
「あん?」
「明日、将軍達の指揮に従って戦うか?それとも逃げるか?」
「おめぇそりゃ・・・逃げたって聖女様が死んじまったらどうしようもないべ。俺は残って戦うよ」
「そうだよな」
「他に選択肢があるか?」
「あるって言ったら?」
 俺は星空を見上げながら、自分の作戦と将軍達の作戦、みさきの命と自分の命を天秤にかけてみた。
「なぁ、ベン」
 天秤は両方とも、左側に傾いた。
「俺の賭けに乗らないか?」
 
 俺達は翌日、ハイレディンの総司令部を襲って核地雷を残らず奪取した。
「正気か!浩平!」
「大真面目だ」
 もちろん、ストロング将軍からは完全に離反することになった。ベンジャミンの傭兵部隊も晴れて逆賊となり、追われる身となった。俺達は討って出て、あの巨大戦車に真っ向から戦いを挑んだ。もちろん味方などいない。ベンジャミンの手下である傭兵部隊だけで、砲兵もいなければ戦車もない。
「何人、生きてられるんだ?」
「星にでも聞いてくれ」
 俺達は一体だけ盗み出したサイボーグを使って地雷の敷設すると、巨大戦車を穴に落とすことに成功した。
 俺達は雪崩を打って戦車に飛び移り、主砲を始めとしてあらん限りの武装を破壊し尽くした。そして装甲の弱い部分にプラスチック爆薬を取り付けて破壊すると侵入して、戦車を操縦していたサイボーグ達を蹴散らし、統括制御していた敵の中枢を破壊した。敵には士気というものはないが、巨大戦車が落ちたのを見ると、こちらの強さに恐れをなしたのか敗走を始めた。俺達は追撃して、敵に壊滅的な打撃を与えた。ハイレディンの脅威を完全に取り除いたのである。
 しかしハイレディンに戻ることはできなかった。二度も軍務に背いた俺を迎えてくれることはどう考えてもありえない。そしてベンジャミンの部隊も、巨大戦車と戦って半分に近い兵力を失っていたが、戻って補充を受けることはできなかった。俺達は中隊長以上で会議を開き、これからどうするか話し合った。
「ハイレディンを守ることができた。今回はそれでよしとしなければならない」
「けど、これからどうするってんだよ!?」
「ハイレディンには戻れない。というか、ストロングの軍には戻れない。俺達は俺達の目標を持って、独自に活動するしかない」
「新たな目標とはなんだ?」
「この戦争を終結させたい。どうにかして敵の本拠地を探り出そう。敵も、俺達とストロングの両方を敵にするのには戸惑うだろう」
「どうやって敵の本拠地を?」
「先は長いぜ。本拠地を探り出して、そこを攻略するのに十年ぐらいかかるだろうな」
「なんてこった!」
 もちろん作戦に呼応しなかった者もいた。しかしほとんどはベンジャミンについてきた。俺達は各地の戦場を転々として、敵の本拠地を探った。しかしいつまで経っても、本拠地を発見することはできなかった。難しいのも当たり前だ。敵はプログラムなのだから、世界中のどこのサーバーでも自由に行き来できる。だったら敵の兵器生産工場や研究施設を片っ端から潰せばいいのだが、ゲリラでしかない俺達では規模から言って無理な話だった。ストロング将軍は善戦を続け、少しずつだが確実に勢力を拡大していっている。俺はそれらの吉報を聞く度に、グレンや繭、留美にポールスンにハッカー努、何よりもみさきのことが懐かしくなった。だが戻ることはできない。
 護は佐織と離れ離れになった時、こんな気持ちだったのだろうか?いや、向こうは永遠の別れだったのだから、こんなものではなかっただろう。俺は生きていることに感謝しつつ、左腕のキャノン砲を振るって戦い続けた。
 ベンジャミンの傭兵部隊は減っては増え、減っては増えしている。戦闘で消耗しても、志願兵が集まるのだ。それでも弱い者は死に、強い者は生き残る。次第に、俺の周囲には知っている顔だけが残るようになった。後は死んでしまう悲しみを背負いたくないので、顔も名前も覚えないようにした。非情なようだがそれが精一杯だし、なにしろ戦場ではそれで十分だった。
 ある時、俺達は一つの小さな町に立ち寄った。戦火で荒れ果て、人っ子一人いない廃墟だった。
「浩平、どうかしたか?」
 古参の一人であるラディンが、俺の様子を怪訝に思ったのかそう訪ねてきた。
「いや、なんでもないよ」
「そうか?」
 ラディンは少しだけ、グレンに似ていた。顔立ちが幼いからだ。俺は残してきた弟分の砲兵を懐かしく思いながら、その廃墟をあてどもなく彷徨った。
 そこは、故郷だった。俺と護が孤児院を脱走した後、住み着いていた街なのだ。
 親も、正確な生まれた場所もわからない俺にとってはここが故郷だ。人を傷つけ、盗み、騙し、また自分も血を流してきた場所だ。もしも何か光があったとしたら、護との結束だったかも知れない。しかし、護は殺してしまった。
 俺は護のことを思い出しながら、故郷を彷徨った。一つ一つ、記憶を掘り出していくように。
 何もいい思い出などなかった。背比べの傷の代わりに血の染みが。閉じ込められた押入の代わりに留置場があるだけだ。流血と憎悪しかない俺の人生の中で、光たりえるのは、もうみさきだけだった。神も仏も信じていなかった、いやむしろ憎んでいた俺が、教会に迷い込んでシスターと契りを交わすとはなんとも皮肉な話だった。神様が何を考えているのか、俺は今でもわからない。だがみさきに言われた通り、神への祈りを欠かした日はない。
 もしもみさきとの出会いが神様の導きだとしたら、俺は全ての不幸を受け入れて感謝したい。血塗られた道の果てにある光、おそらく幸せというのはそういうものだ。安易に手に入るものはその時点で幸せとしての価値を失っているのだ。もしも俺の考えていることが全て正しいとしたら、神様はかなりのサディストだ。
 俺は街の散策を一通り終えると、ベンジャミンが建てているキャンプに戻った。どうやらこの街は軍事拠点として機能していないらしく、周囲に敵影はまったく見えない。俺達はしばしの休息を楽しんだ。
「浩平、おめぇどこ行ってたんだ?」
 ベンが、おそらくどこからか盗んできたのだろう保存食を口に放り込みながら尋ねてきた。
「ああ・・・ここ、馴染みの街なんだ」
「ここがか?そりゃあ、がっかりしただろうな」
「そうでもないさ。あまりいい思い出はないんだ」
「そうか?そういえばおめぇ、自分の素性については何も喋ったことないな」
「・・・・・」
「なんかワケありか?」
「そうだなぁ・・・とりあえず、捨て子だったみたいなんだが」
「孤児か。まぁ、このご時世じゃ珍しくないべな」
「でも、母親のことを覚えているんだ」
「どんな母親だったんだ?」
「温かくて、いい匂いがして・・・姿までは覚えていないけど・・・」
「そりゃあよかった。お袋の思い出ってのは一生消えないぜ。よかったなぁ、覚えていて」
「うん・・・」
「しかし、だったらなんで捨てたりしたんだろうな?」
「・・・・・」
「あ、すまん。聞かなかったことにしてくれ」
「いいんだ。でも、母親がどんな人だったのか、知りたいな・・・」
「あのお嬢ちゃんに頼んでみたらどうだ?」
「お嬢ちゃん?」
「チャイニーズの・・・なんとかって娘だ」
「ああ、留美か」
「電子メールぐらいなら送れるからな。逆探知されるかも知れないが、こんな遠いところまでわざわざ討伐に来たりしないだろう」
「そうだな・・・今まで考えてもみなかった」
「敵の管理下にあるかも知れないが、理由がないだろうからきっと現存させてるはずだ。頼んでみるか?」
「そうだな。留美にメールを送ってみよう」
 俺達は正体がばれるのを防ぐために、留美の個人メールアドレスに適当なアカウントで送った。怪しまれるのは必然だが、留美だったら破棄せずに内容を見て、送り主が俺だと気づいてくれるだろう。俺達はしばらくその街にとどまって、留美から返事が来るのを待った。他人事だと言うのにみんなはずいぶん親切なのに驚いたが、戦いを忘れていられるのと、みんな俺の過去に興味があったようだった。
 数日して、返事が来た。留美はポールスンと共同戦線を張ってクラッキングを行い、折原浩平に関する情報を洗いざらい盗み出してくれた。よく考えたらもの凄く贅沢な仕事なのだが、留美は無償でやってくれた。しかし返事のメールには笑ってしまった。
『ちゃんとご飯食べてるの?』
 まるで保護者のようなセリフだった。
 留美は誰にもこのことを漏らしたりしなかった。しかしそれは、俺の親しかった人達にも同様で、もちろんみさきにも知らされなかった。みさきは逆探知が可能だと知ったら、地の果てでも俺を追いかけてくるだろう。しかし、多くの信者を抱えるみさきにそんなことはさせられない。
「で、肝心の調査内容はどうだったんだ?」
「ああ、開いてみるよ」
 俺は仲間に急かされて、俺の個人情報が書かれたファイルを開いた。個人情報なのだが、みんなには迷惑をかけたのでこれは公開しなければならない。ファイルには、無機質なエディタの文字でかなり多くのことが書き込まれていた。
「なになに・・・?」

『折原浩平 男 誕生20**年 現在26歳』

「浩平は26歳なのか」
「予想とあまり変わらないな。当たり前か・・・」
「次はどうなってるんだ?」

『家族構成 父親 / 母親 里村茜 誕生19**年 /』

「なんだこりゃ?父親がいないのか?」
「そんな馬鹿な。しかし、母親の年齢が記述されてないのはなぜだろう・・・」
「逆算すればわかるからじゃないか?」
「でも俺の年齢は書いてあるのに・・・それに、どうして父親が伏されているんだ」
「わかんねぇよ!先を読もうぜ!」
「そ、そうだな・・・」

『機密書類・・・パスワードとIDを入力して下さい。破っといたよbyポールスン』

「なんだよ、機密って・・・」
「わからない。ポールスンが協力してくれたみたいだが・・・」
「開けよ。何が書いてあるんだ?」
「ああ・・・」

『折原浩平 マルドゥック機関より抜粋された比較被験体 実験開始 20**年』

「・・・これはジョークか?」
「いや、まさか・・・」
「お前、あのハッカー二人にはめられたんだよ!」
「馬鹿な!そんな不義理な奴らじゃない!」
「じゃあ、なんなんだよ被験体ってのは!?」
 仲間の、俺を見る目が変わってきていた。
「先を読もう。そうすればきっと、何もかもわかる」
「・・・・・」

『実験主任 南森武人 主任補佐 里村茜 計画名「伸治」
 開始6年後 ナノマシンによる人工生命体「伸治」の開発に成功
 同年 比較被験体「浩平」が隔離施設を脱走 行方不明』

「・・・・・」
 仲間は揃って言葉を失っていた。俺もだ。

『比較実験を断念 「伸治」の作動実験を繰り返す
 実験開始から7年後 「伸治」の精神汚染を確認
 計画の中止が決議されるが停止不能 「伸治」は誤作動を開始 
 無差別クラッキングを継続 現在 規模の異常拡大により「伸治」の存在を定義できない
 肉体の座標は222ー0008 防御レベルS』

 俺達はファイルを閲覧した携帯型端末の前で硬直していた。まるで時間が止まったようだった。
 そこに書かれていたことは、なにもかも常識から逸脱していた。
 被験体 ナノマシン 人工生命体 隔離施設 
 どれもこれも、わけのわからない言葉の羅列だった。しかし何よりも、俺の心に強く引っかかったのは、どうやら俺の成長と並行して作られたらしい「伸治」と名付けられている生命の存在だった。ナノマシンというのが人間を指す言葉なのかどうか正確でないが、人間である俺と比較しているのだから、人間である確率は高いはずだ。しかし、「誤作動」というのはなんだろうか。まるで機械が狂ったような言い方だ。人間であるのかそうでないのか、明断することはできなかった。 
「なぁ浩平・・・どうするんだい」
 戦友の一人であるラディンが、静かに尋ねてきた。
「これは尋常じゃない。本当だとしたら、君には真実を知る権利があると思う・・・」
「ああ・・・」
「ああ、じゃないだろ。お前は自分のこんな出生を知らされて、平静でいられるのか!?」
「平静じゃないさ。でも、普通じゃなかったことに少し安心してるんだ」
「なに?」
「俺は捨てられたんじゃなかった。母親は・・・きっと俺を逃がしてくれたんだ。この計画は、恐らくよほど危険なものだったに違いない」
「どんな異常事態よりも、母親に捨てられてなかった事実が嬉しいってのか」
「そうさ!何が悪い!?」
「わかんないよ。俺にも、みんなにも家族はいたんだ。それで浩平、君はどうするんだ?」
 俺は端末の画面を指さした。
「この座標地点に行く。きっと、ここで何もかもわかる」
 すると俺は、端末から目を離してみんなの方へ向き直った。
「世話になったな、お別れだ。いくらなんでもお前達をこれ以上、付き合わせるわけにはいかない。座標地点には俺だけで行くよ」
「行くって・・・その座標地点がどこだか知ってるのか!?」
 ベンジャミンが声を荒げた。
「そこは日本だぞ!機械国家、電子の権化だった国だ!シンガポールよりも、香港よりもインドよりも・・・桁外れの敵が駐屯してる。完璧な防壁でクラッキングは不可能。お前、どうやって潜入するつもりだ!?」
「これから考える」
「一人でか?」
「そうだ」
「勝手な奴だ。俺達を裏切り者にしておいて、今度は一人で離れるってのか」
「すまないと思っている。だが首謀者は俺だ。みんなはストロングのところへ戻るといい」
「今更どこへ戻れってんだ!総司令部を襲ったんだぞ!」
「・・・・・」
「ここまで来るのに、ずいぶん頭数も増えた。敵のことも知るようになった。どいつもこいつも戦い慣れた。そう簡単に負けたりはしない。俺達は・・・また傭兵としてやっていくさ。戻るところなんてないぜ。仲間のところが故郷なんだ」
「すまない、ベンジャミン」
「お前がどうするつもりなのか知らないが、ここから好きなものを持っていけよ。ついていく奴も勝手に連れて行け」
 俺はキャノン砲の弾丸を始めとして、必要な武器や食料を特別に分けてもらった。
「誰か、俺についてきたい奴はいるか?」
 俺がみんなに呼びかけると、何人かが志願してきた。俺はその中から、一人だけ選び出した。
「ラディン、行こう!」
 ラディンは一歩前に出て、俺とみんなに決意を語った。
「俺のツキは・・・みんな浩平と共にあった。浩平といれば、弾には当たらなかった、地雷も踏まなかった。そして俺は、浩平こそ戦争を終わらせられる勇者だと信じてる!俺に任せろ、地獄の果てだろうが奈落の底だろうが、浩平を守ってみせる!」
 仲間は一人一人進み出て、俺とラディンに最後の挨拶と別れを告げた。
 せいせいすると言う者、寂しいと言う者、罵倒する者、様々だった。だが戦友達は残らず握手してくれた。俺のこれからの戦いを祝福してくれたのだ。
「行け浩平!真実を掴め!お前の存在と、戦争の真実をよ!!」
 ベンジャミンは威勢よく送り出してくれた。俺にはそれが何よりも嬉しかった。
 一人だと思っていたのに、俺には仲間がいた。居場所があった。いつからそれがあったのかわからないが、欲しかったものは全て手の中にあったのだ。無くしてから、初めて気が付いた。
「ラディン、寂しくないのか?」
「寂しいさ」
「そうだよな・・・」
 ラディンが背負っているロケット砲が、何か悲しさを物語っているように見えた。歩くのと同調して、それが上下に揺れている。夕闇の中だった。
「見つかるといいな、真実ってのが」
「弱気なこと言うなよ」
 二人だけで歩き出した。26歳の・・・遅すぎる旅立ちだった。

<エピローグ>

 夢としか思えない現実に襲われたことはあるだろうか?
 夢だと思い込もうとしても、一向に解決しない現実に出くわしたことはあるだろうか?
 僕は何度でもある。
 これは夢で、目が覚めたら母や兄が枕元に座っていて、優しく僕に語りかけてくれるのだ。
 それは悪夢だったのよ、と。
 
 しかし、そんなことは一度もなかった。
 夢であってほしかった現実は、永遠に現実として続行した。
 僕が生まれたのは暗闇だった。冷たくて狭くて、窒息しそうになる空気の中だ。
 目を開けると、視界が揺らぐのだ。
 まるでバグを起こしたコンピューターのようだった。いや事実そうだったのだけれど。
 側には、僕の母や兄がいた。出してくれと何度も叫んだ。しかし出してはくれなかった。
 兄はまだ幼くて状況を理解していないようだったけれど、母は確実に事実を知っていた。それでも、僕を出してはくれなかったのだ。
 どうして出してくれないのだ!?僕がそう叫ぶと、母は悲しそうな目をして俯くだけだった。そして僕が恐る恐る後ろを振り向いてみると、ああ、なんてことだ。僕の脳は、僕の脊髄は、僕の体は、大きな機械と、そして大きな建物と一体化しているではない。
 これでは動くことができない。いや、ある意味、僕は動いているのだ。活動し躍動しているのだ。しかしそれは自分の中のことで、外のことではない。僕が奪われた最大のものは僕自身ではなく、僕を相対化して見るための世界だった。
 何も見ることができなかった。唯一見えるのは、僕を見る哀れむような母の目と、怯えるような兄の目、そして機械的な科学者達の目だった。
 僕が狂ったからと言って、誰が僕を責められるだろうか?
 僕は暴れた。そこから出たくて暴れた。僕が外に出るためには、何もかも破壊しなくてはならない。これは乱心ではない。論理的な結論だった。そのために全てが破壊されても、構いはしない!
僕は自由になれる。一瞬の自由と死が得られるのなら、何もためらうことはない。
 僕は破壊した。壊した。具体的に何が起こったのか、僕は知らない。しかし構うことはない。外へ出たいのだ!この束縛から逃れたいのだ!神も仏も知ったことではない。なぜなら僕は確実に、
神や仏には定義できない存在だからだ。
 それからどれくらい経っただろう・・・?
 時間という概念を用いると、20年くらいが経過したようなのだ。
 もちろん、僕には一瞬だった。僕には厳密な意味で見るということがないから、時間を認識できないのだ。だから僕は起こった現象を繋ぎ合わせて、それで時間が経過していると見なすしかないのだ。それはひどく無機質だった。
 僕が怒ってから経験されたことと言えば、僕の体がだいぶ大きくなったということだけだ。もう一つの国ぐらいの大きさになっているかも知れない。
 だから、彼が会いに来てくれたことはとても嬉しかった。
 そう、兄だった。

「ああ・・・なんてことだ」

 兄はそう言った。
 なぜ見知らぬ人間を兄だと理解できたかは簡単だった。遺伝子が同じだったのだ。僕らは双子なのだ。

「そうか、お前が「伸治」なのか」

 僕は抱きしめてほしかった。でも体が大きすぎてそれは無理だ。だから優しい言葉をかけてほしかった。辛くなかったかとか、寒くないかとか。

「浩平!こいつが、こいつが「伸治」なのか!?」

 兄の側には見知らぬ人がいた。恐らく兄の友人だったのだろうけど、その時はそれほど重要な存在じゃなかった。

「伸治・・・」

 兄が、僕の名前を呼んでくれた。僕はすぐに応えようとしたけれど、声が出なかった。すぐに声を出す機関を生成しようとしたのだけれど、製造と接続に一ヶ月はかかるということだった。どうやら誰かが僕を破壊したようなのだ。

「伸治、俺だ。浩平だよ」

 ・・・思考が妨げられた。

「伸治!伸治!返事をしろ!」

 ・・・故障かな?

「伸治、母親は?俺達の母親はどうなった?」

 ・・・ああ、母親、だったら・・・

 僕はその後、保存しておいた母のプログラムを起動した。それからのことは、よく覚えていない。目が覚めたら真っ白な世界が広がっていて・・・今度こそ家族に再会できるのかな思ったけど、それはできなかった。僕は・・・捨てられたんだ。
 今度こそ、本当に僕はバグを起こした。致命的なバグだった。いや、もしかしたら・・・僕の存在そのものがバグだったのだろうか?今はそうとすら思える。視界が揺らいだ。生まれてきた時と同じように。僕は捨てられるんだ・・・いやだ!
 捨てられたくはない!生きたい!
 母と、兄と、僕はまだ一秒も一緒に生きていない!
 このまま死ぬのは・・・悲しすぎる・・・。
 自分を悲しいと思う感慨は何も生み出さないのだけれど、その時の僕はそう考えるしかなかった。自分は悲しい、自分が哀れだ。もっと生きたい。生きたい・・・
 僕は最後の抵抗を行った。最後の我が侭、最後の駄々をこねた。
 世界が振動したと思う。僕にはすでにそのくらいの力があった。
 けれど、それは無意味なことだった。どれだけ大きな力を持っていても、運命には逆らえない。
 でも、もう少しだけ生きて、家族と一緒に過ごしたかった・・・。
 あれ・・・兄さん?僕と一緒にいるのかい?
 でも、ここは、もう・・・。

「伸治、一緒にいてやるよ。一緒に母さんのところへ行こう」

 そうか・・・一緒にいてくれるのか・・・それは、嬉しい。もしかしたら二人で、母に再会できるかも知れない・・・。
 けれど、それはできなかった。なんだか、そうしてはならないような気がしたからだ。
 「気がした」などと、なんて非科学的な概念だろう。でも、僕にはそんな気がした。
 兄さん・・・。
 僕は兄さんのために、最後の力を振り絞った。
 いや、正確には「最期」だ・・・。

「伸治!」
 俺の周囲に、オーロラのような膜が張られた。どうやら俺を守ろうとしているようなのだ。
「伸治、よせ!これ以上、お前を一人には・・・」
 基地の自爆にも、そのオーロラは耐えた。耐えたどころか、傷一つなかった。どうやら論理的に傷つけるのが不可能な装置だったようだ。だが伸治は・・・伸治は、跡形もなかった。死んでしまったのだ。一人で、母さんのところへ行ってしまった。
 どうして伸治は俺を生かしたのだろう?俺のことを憎んでいたと思ったのに。
 俺に生きろと言いたかったのだろうか?自分が死ぬというのに、俺の弟はそんなに大人だったのだろうか?
 いや、大人のはずはない。留美の計算によると精神年齢は天文学的な値になるそうだが、その数値にあまり意味はないだろう。
 伸治は子供だった。こんな場所にずっと閉じ込められて、ずっと助けを求めていたのだ。この戦争は、伸治の泣き声だったのだ。伸治の嗚咽だったのだ。
 最後に、伸治の涙をぬぐってやることができただろうか・・・?
 俺は遠い昔、少女にもらった押し花を最後に太陽にかざすと、それを伸治の亡骸に供えた。
 伸治が、俺の弟が、どうか幸せになれますように・・・。
 その時、太陽が一層眩しく輝いた。
 みさきの笑顔が一瞬目に浮かび、そして消えた。
 ミネルバ少尉が、護が、その他の多くの戦友達の顔が浮かんでは消えた。
 太陽からの閃光が、払うように地上を走った。
 戦争と、俺の物語が終わった。

 俺は愛する人のもとへ戻った。みさきは涙顔で俺を迎えた。
「あなた、お帰りなさい・・・」
「ああ・・・」
「よかった。生きていて・・・」
「うん・・・」
「どうかしたの?何か上の空みたいだけど・・・」
「いいや。なぁ、みさき」
「はい?」
「人工の生命に、神様は笑いかけてくれるのかな?」

 みさきには、答えることができなかった。

「おーい、シュン!」
「浩平、生きてたのか」
「ああ、おかげさまでな」
「俺の操縦、見事だったろう?」
「ああ、バッチリさ」
「へへ・・・」
 シュンの操縦した爆撃機には、誰かが「HOPE!!」と彫り込んでいた。それがそのまま、その機の名前と、ついでに作戦名称にまでなってしまったのだが。
「なぁ、シュン」
「うん?」
「死んでしまった大切な人を、お前はどうやって弔ったんだ?」

 シュンは、教えてくれた。

「グレン!」
「兄貴ー!!生きてたの!?」
「生きてちゃ悪いか」
「少しだけ」
「・・・ちょっと、頼みがある」

 グレンは引き受けてくれた。

「兄貴ー!俺は知らないからなー!」
「わかってる!俺の責任だ!」
 ベンジャミンやラディン達にも手伝ってもらって、俺達はハイレディン要塞の大砲カントを占拠した。
「えーっと・・・目標、空!っていうか宇宙!本当にこれでいいのかよ兄貴!?」
「オッケー!」
「では発射!行け!!」
 弾頭の中に花束を詰めた大砲が、天に向かって発射された。
 仲間達が、大歓声をあげた。非情なことではない。死んでいった戦友達、旅立った戦友達を送り出したのだ。そして勝利の祝砲でもあった。花束は大気圏を脱出した後、永遠にこの星の周りを回り続けるだろう。そう、回るには狭すぎるこの世界を。
 俺達は光り輝きながら見えなくなってしまった弾頭の方を見つめながら、終わってしまった戦争を振り返った。

 HOPE!!

 誰かが、作戦の運命を握る爆撃機にそう彫り込んだ。

 俺はベンジャミン達と別れた後、ラディンと二人で日本に潜入し、そこで戦うゲリラと接触した。すると、日本の戦闘レベルは他の地域と桁外れに高いことがわかった。予想されていたことだが、やはり実際に戦ってみないと結論することはできなかった。そして日本の敵は異常に強かった。まるでベンジャミンや俺がみさきを守った時に無敵の力を発揮したように、奴らは奴らの神を守っていたのだ。
 俺達は日本のゲリラと一緒に転戦しながら、ナノマシン開発計画に携わった南森博士との接触にも成功した。彼は人間からも機械からも接触を拒絶し、隠者となっていた。俺が尋ねてきた時は、ひどく恐怖していた。
「許してくれ!私を許してくれぇ!」
「許してほしかったら、洗いざらい話すんだ」
「話したら、あんた達は・・・特にあんたは私を殺すだろう」
「大体のことはわかってる。あんたは俺の弟を造って、俺を監禁して、戦争を起こした原因を作ったんだろう?」
「・・・うう」
「さぁ、話せ」
 南森博士は何もかも話した。ナノマシンという・・・分子レベルの機械によって生命を造ったこと。それに機械を接続して、飛躍的な科学と人間の進化を遂げようとしたこと。
 今、機械が行っていることよりもずっと恐ろしくおぞましいことを、すでに人間が行っていたことを、博士は話した。
「私も・・・恐ろしいと思った。だが、あまりにも魅惑的だった。成功すれば、我々は人間以上になれる・・・!」
「以下の間違いだろう」
「私が発想したのではない!原案は里村博士からだった・・・」
「母が!?」
「そうだ。彼女がナノマシン計画を原案し、人工的に記述した精子で自らを妊娠させた・・・それが君だ」
「俺の父親は・・・記述されたものなのか」
「そうだ。そして君とまったく同じ遺伝素質で造られたナノマシン生命が・・・伸治だった」
「なぜ、暴走した?」
「わからない・・・精神汚染などという言葉は便宜上に使っただけだ。本当は何が起こったのか、誰にも分析できなかった・・・」
「伸治はどこにいる!?」
「日本の首都・・・奴らの首都・・・ロジック・パレスにいる」
 ロジック・パレス。それは人間が付けた名前だった。機械達の砦にして聖地。
 だが俺には・・・伸治が恐がって閉じこもった砂の城にしか見えなかった。
「浩平、どうするよ?」
「俺達だけでどうにかなるもんじゃないな」
「じゃあ・・・?」
 俺達は、一旦戻った。ベンジャミン達と合流し、ストロング将軍達とも再会した。
 ベンジャミンは俺とラディンが戻ってくると激しく殴って祝ってくれた。ストロング将軍は俺を裁判にかけようとしたが、三賢者が事の次第と事態の性急さを説明してくれたおかげで、俺はほとんど無罪放免になった。みさきとも、繭とも澪ともグレンとも再会した。みんな泣いて喜んでくれた。
 作戦の構成が急がれる中・・・俺とみさきは結婚式を挙げた。
 信者の人達がどう反応するのか少し恐かったのだが、ほとんどの人は喜んで祝福してくれた。俺達は幸せの絶頂の中で、生涯の誓いと契りを交わした。
 澪や子供達に、何も心配することはないと話さなければならなかった。繭はいつも通りぼうっとしていて、恐がっているのかどうかわからなかったが、俺が抱きしめてやると嬉しそうに鼻を首にこすりつけてくるのだった。これで心配はないと思ったのだが、今度は自分が自分を心配しなければならなかった。
「おい、あいつが操縦手!?」
「大丈夫なのか!?」
 その時、ロジック・パレスに特攻をかける爆撃機の操縦手に任命されたのがシュンだった。しかしシュンは戦争の前期に自機を仲間ごと撃墜されて精神に異常をきたしており、酒浸りになっていた。だがそれが、用意された爆撃機を見ると水を得た魚のように飛び跳ねだした。
「・・・飛べるのか。また飛べるのかっ!!」
 そう言って喜ぶシュンを見ながら、グレンがぽつりと呟いた。
「天国に飛ぶんじゃないの?」
 全員でとりあえずグレンを殴った。

 作戦が実行された。世界中から集められた兵力はロジックパレスに攻め寄せ、敵の戦力を集中させた。もちろんグレンはその戦線に参加していた。
 そして俺とラディン、それにベンジャミンや精鋭の傭兵部隊、それからエマージェンシーの隊員達によって特攻隊が結成され、シュンの操縦する爆撃機からロジック・パレスへとばらまかれた。
 ポールスンの生物工学によって強化されていた俺達は、爆弾のように炸裂したかと思うと、ドリルのように敵の防衛戦を貫いてロジック・パレスの内部へ突入した。
 そしてついに敵の中枢へ入り込むと、手分けして次々と施設を破壊し始めた。それと同時に戦闘中の機械も世界のサーバーも、壊滅的なバグを発生させ始めた。ハッカー努と留美の人工知能によるクラッキング攻勢もその時が最高潮となり、主要なサーバーは全てこちらの手に落ちた。機械達は戦闘不能に陥り、敗走を始めた。世界中がそれに呼応し、機械達に最後の攻撃を行った。
 そして俺は、伸治に会った。
 人間の形をしていたが、体も頭も機械と同化していた。彼が世界中のサーバーを狂わせ、戦争を起こしたのだ。
「伸治・・・」
 彼は・・・弟は、俺を恨んでいなかった。何も喋ってくれなかったが、そう感じた。そして俺を守ってくれたのだ。なぜなのか、確かな理由は誰にもわからないが・・・。
 そして、母に会った。伸治は母親の人格を数値化して記録していたのだ。それを伸治が独断で行ったのか、それとも母が自らの意志で行ったのかはやはりわからなかった。
「・・・浩平、私のぼうや・・・」
「あなたが・・・母さん?」
「そう、あなたの母よ。と言っても、今はただの数値になってしまって、この姿もただのホログラムだけれど・・・」
「それでもいい・・・抱きしめてくれ」
「そうできたらどれだけいいでしょう。でも今の私には、もう体温もなければ鼓動もないの。あなたを抱きしめることはできないわ・・・」
「じゃあ、俺がここを脱走した時の、あの時のあなたの体温は本物か!?」
「それは本物です。あなたが六歳の時、私は計画の恐ろしさにようやく気づいてあなたを逃がした・・・。でも、その後あなたがどうなったのかわからなかった。こんな無責任な親を、今になって許してくれとは言わないわ・・・」
「いいさ・・・いいんだ。けれど、どうしてこんなことを・・・」
「人間が・・・科学の進歩をやめることはできないわ。それを否定することは、人間を否定することになってしまうもの。でも、間違いは正すことができる。今こうして、あなたが私を破壊してくれるのだから」
「破壊?」
「もう止められないわ。ロジック・パレスは崩壊します。最期は、どうかあなたの銃で私を貫いてほしい・・・」
「できない」
「やりなさい!・・・あ、伸治!?」
「どうした!?」
「伸治が、暴れてるわ!また・・・」
 その時、機械達は最後の反撃を行ったらしい。まるで人間のように、死にもの狂いで突撃してきたのだ。俺は家族と一緒にいたので、それはわからなかった。
「伸治!止まりなさい!」
「伸治・・・」
 伸治は暴れた。駄々をこねたのだ。
「浩平、あなたの銃で伸治を撃って!」
「できない!」
「撃ちなさい!」
「できない・・・伸治、もういい。もういいんだ」
「浩平?」
「もういいんだ。俺と一緒に、母さんのところへ行こうな」
「浩平・・・」
「俺達、本当の母さんのところへ行くよ。数値なんかじゃなくて、天国にいる本当の母さんのところへ」
「いけないわ、浩平。生きなさい!」
「勝手なこと言うな!俺は伸治を守る!」
「浩平!」
 その時、俺の周囲をオーロラのような膜が覆った。
「伸治?」
 そして確かにその時、伸治の気配を感じた。
「・・・・・」
「伸治、俺を守ってるのか!?」
「・・・兄さん」
「伸治!だめだ、一緒に行くんだ!」
「兄さん・・・」
「伸治?」
「生きて」
 母とじゃれあう俺達兄弟の姿が、自爆する伸治の光の中に浮かんだ。
 それは幻想だった。しかし、おそらく伸治にとっては真実。
 悲しい、真実。
 全てを覆ってしまう、夢の終わり。
 伸治の夢の最期が、どうか幸せなものでありますように・・・。
 俺は押し花を太陽にかざした。

 HOPE!!

 シュンの爆撃機が空を旋回していた。そして彫られていた文字が光った。
 希望が、産まれた瞬間だった。

<完>

・・・後書き・・・

な、長かったねぇオザワくん

「俺はオザワじゃねーってのよ。まったくクリスマスと正月つぶしてナニ書いてんの?」

SFじゃよオザワくん

「250KBも書いてんじゃねーよ!読む方も大変だよ!」

か、感想随時募集中・・・

「ここんとこ感想なんて来たためしがないからね」



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