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Kanon and ONE Another Story



鬼兵


by nothing



 赤く染まった大地。黒く染まった空。
 世紀末でも終末でもなかったが、それは祐一にとって十分に世界の終わりを示すものだった。
 約束した場所に、名雪は来ていた。変わり果てた姿で。
 正確には、ここで待って死んだのだろう。二人で定めた場所なら神様が守ってくれるはずだと信じ、耳をふさいで祐一が来るのを待っていたのだ。
 祐一がそれを見た時、おそらく祐一にとっての世界は終わった。
 目の前が真っ暗になり、撃たれたわけでもないのにその場に倒れて動かなかった。爆撃の音も、人々の悲鳴も、どこか遠い世界のことのように思えた。
 いつしか静かになり、爆音も悲鳴も止んだ。だが祐一の耳には、惨劇の効果音が焼き付いて離れなくなった。それから何をしても、誰と喋って何を聞いても、その音がバックグラウンドで演奏されるのだ。耳だけが地獄に行ったのだ。
 
 いや、自分はもうあの時あの場所で、名雪と一緒に死んだんじゃないのか?
 ここにいるのは亡霊か何かで、本当の俺は地獄にいるんじゃないのか?
 
 祐一はそうとすら思った。だが確かめる手段はなかった。
 本当に確かめたいのなら死ぬしかなかったが、そうもいかなかった。
 祐一はまだショックから立ち直れない中でも、心のどこかで思っていた。戦おうと。
 名雪を殺した人間が誰なのかはわからない。だが町を爆撃したのは中国義勇軍の航空隊だった。ならば中国空軍を、いや中国軍を、いや確実にするのならば中国人を残らず殺してしまえばいい。
 皆殺し。残酷で現実離れしていて、生活していた時はまるっきり空想の世界の言葉でしかなかった。だがそのとき祐一の中で、その言葉は明確に現実味を帯びた。
 
 皆殺しだ。皆殺しにしてやる。一人も残さず、女も子供も、慈悲などなく残酷に冷酷に、殺し尽くしてやる。親の流した血を子に浴びせ、泣き叫ぶ子の内蔵を引きずり出して吊してやろう。赤子の心臓は料理して母親に食べさせ、胎児は切り出して男か女か賭けようじゃないか。男は手足と眼球を取り除いて、的当てに使おう。そしてもしも、名雪を殺した人物を見つけたならば・・・


『鬼兵』


2015年、8月3日。長きに渡る沈黙を破って北朝鮮が日本に宣戦布告。それと同時に山形と新潟に北朝鮮主力が上陸、日本海における日本の抵抗は微々たるもので、主力はほとんど無傷に上陸を果たした。航空戦力が必死の抵抗を行ったが北朝鮮は陸戦において無敵の勢いで前進し、燕のような早さで日本の要地を占領していった。
 不意を突かれた日本はまともな抵抗を示すことができず、東京の陥落は時間の問題となった。さらに北方からロシア連邦が北朝鮮の同盟国として進撃、北海道は蹂躙された。これに中国軍が義勇兵を派遣するに至り、国防政府は東京からの撤退を天皇に進言した。
 かくして東京は陥落したが、ここにきてアメリカ、EUの援助を受けた日本がようやく統率を取り戻し、強力な陸軍および山岳部隊を中部地方に送り込んだ。制空権は日本が奪取し、それまで怒濤の進撃を繰り返していた北朝鮮陸軍もこれを攻めあぐねた。さらに日本海軍およびアメリカ太平洋戦力が日本海に集結、北朝鮮の艦隊を駆逐しロシア相手に奮闘を繰り広げた。日本が優勢であったがロシアも勇戦し、ほどなく戦線は膠着した。本土では爆撃を主体とする反撃が行われ、東日本は荒廃。これに対して北朝鮮は日本に停戦を要求し、日本もこれに同意する。そして熾烈な議論の末、日本は静岡と中部山脈を境に分断されることとなった。ここに東日本連邦共和国、西日本国家共同体が成立した。分断されたこの二国はいずれくるであろう統一戦争と決戦に向けて、巨獣が息を整えるごとく活動していくのだった。

 そしてここは東日本、千葉県北部に位置する佐原戦犯収容所。戦中に捕縛された日本の兵士達が監禁されている場所であるが、建物自体は刑務所をそのまま流用したものだった。少尉以上の士官は気化するために洗脳を受け、それ以下の兵士達はスパイとして送り込むために連日帰順を迫る拷問を受けていた。使いものにならないと思われる者は処刑されるか、北朝鮮の人足として連行される。
 祐一の部隊は初戦から敗走を重ね、ある戦闘でついに壊滅した。仲間が武器を捨てて投降していく中、祐一はたった一人で奮戦。信じられないような抵抗を見せた。捕縛されると、祐一は利用価値が高いとされてすぐに帰順を迫られた。しかし祐一はそれを拒否、想像を絶する拷問の日々へと身を投じた。
 気が狂うのではないかと思われるような拷問だった。祐一はその日も満身創痍になりながら帰順を拒み、ボロ布のようになって牢へと戻された。
「相沢!相沢!」
 仲間の兵士達がすぐに駆け寄り、祐一の傷を介抱していく。とは言っても消毒液や包帯など気の利いたものが支給されるわけはなく、水で濡らしたタオルをあてがってやるぐらいのことしかできなかった。
「相沢、応じなかったろうな?」
 その牢の中には祐一を含めて5人の兵士が入れられていた。その中でもリーダー格の竹崎曹長が祐一に確認を求める。
「ああ、ああ。これぐらいで俺がくたばるか」
「くたばるじゃない。帰順に応じなかったな?」
「心配すんな、俺ぁ平気だ。いつだって故郷に戻れる」
 まるで酔っ払ったようにうわごとを言う祐一を、仲間達は苦汁を舐めるような視線で見た。
「だめだ。相沢のやつ、これじゃ・・・」
「しっかりしろよ、祐一!」
 祐一と同じ二等兵の七瀬が祐一の体を激しく揺さぶった。だがまともな反応は返ってこない。
「おい、このままじゃ拷問し殺されるぞ!しっかりしろよ!一人で三十人の蝦夷(えみし、北朝鮮兵の俗称)を道連れにしたってのは嘘かよ!」
「よせ、七瀬」
 竹崎がもう無駄だと、七瀬を押し止めた。
「相沢はもう・・・駄目だ。こうなったら、俺達だけでも生き延びる方法を考えるんだ」
「竹崎さん、そんなこと大きな声で言わないでください」
「心配するな。隣の監房の連中は今日でもう残らず帰順した。一ヶ月もすれば西に送り込まれるだろうよ」
「そんな・・・」
「もう、寝よう。相沢の奴も布団に寝かしてやれ。各自、考えられるだけのことを考えろ」
 竹崎がそう命じると、祐一は布団に運ばれた。
「祐一・・・」
 七瀬は最後まで、祐一のことを見つめていた。ここに来てすぐの時のように、この絶望的状況下で笑ってくれないかと期待していたのだ。だがもしここで祐一が笑ったとしても、それは乱心以外のなにものでもないだろう。七瀬は悲しみを覚えつつ、目を閉じて自分も寝床に潜り込んだ。そして考えられるだけのことを考えようとしたが、もう何も考えつかなかった。
 そして祐一は、一人で密かに笑いながら、あることを考えていた。

「右、向け!前進!」
 下手な日本語で号令がかけられる。収容所を管理しているのは北朝鮮の憲兵で、統率をとるために即席の日本語で対応していた。祐一はここで約300名の戦犯と共に収容されており、今は整列して食堂へと向かうところだった。全員が元軍人なので整列は早い。だがここに収容されているのは全員が拷問対象者であり、別棟に収容されている帰順者とはまったく別の処置がとられている。
「・・・・・!!」
 朝鮮人がこちらにはわからない母国語で日本の戦犯を殴りつけた。どうやら整列が少し遅れたようだ。手加減なく殴られる仲間を目にしながら、七瀬が看守の目を盗んで祐一に話しかけた。
「祐一、傷は痛むかい?」
「大丈夫だ七瀬、これぐらい屁でもないぜ」
「さすが祐一だ。不死身の兵隊だな」
「その通りよ!もしくたばったら地獄から謝礼金でも送ってやる」
「あはは・・・」
 看守の目が戻ってきたので、二人とも口をつぐんだ。しかし七瀬は思った。地獄じゃなくて天国じゃないのか?と。死んだら天国に行ける・・・この状況ではそう思わないとやっていけないはずだ。きっと祐一は死んだら地獄へ行くとして自分を追いつめ、決して死ぬまいぞと勇気を奮い立たせているのだ・・・七瀬は前向きにそう考えることにした。
 朝食の席、もちろん私語は禁じられている。その後は休むことなく労働が待っている。最初は逃亡を防ぐための堀を掘っていたのだが、今では穴を掘ってそれを埋めるという拷問になっていた。
「ちくしょう、もう嫌だ・・・」
 人間は何か作業する時、少しでも工夫してより良くしようと創造する本能がある。それを逆手に取ったこの責め苦は、人間の精神をずたずたにする力を持っていた。
「へばるな!筋力を維持しておくんだ!起きろ!」
 竹崎はへたりこんでしまった仲間を看守が来る前に引きずり起こした。
「さぁ掘るんだ。掘った腕でいつか反撃するんだ。望みを捨てるんじゃない」
 へばっていた仲間は作業を再開した。竹崎はそれを確認すると、自分の作業に戻った。竹崎は一度としてへばったことがなく、強靱な肉体と精神でどんな責め苦も乗り越えてきた。だが他の戦犯はその姿を見ても勇気づけられることはない。自然淘汰の真理を見るようで、逆に絶望するのだ。
 祐一だけは、その姿を頼もしく見ていた。
 そして・・・拷問が加えられる。夕方頃から始まる拷問は神がいなくなった後の悪魔の台頭を暗示させた。拷問は先の者が苦しむ姿をじっくりと見せられてから開始される。もしかしたら実際に責め苦を受けるよりも、自分がそれを受ける人間として待つことの方が辛かったかも知れない。
「うあああああ!!」
 祐一は耐えることなく悲鳴をあげた。
「従うか?」
 拷問官の問いには、しかし首を横に振る。そして拷問は再開される。
 悪夢のような光景だが、この国もほんの十数年前までは平和そのものだったのだ。

「祐一、大丈夫か!?」
 拷問が終わり、祐一は牢に戻された。真っ先に七瀬が駆け寄る。
「あー・・・ちょっと向こう側の世界が見えちまうかも・・・」
「そんなの誰だって見てるさ!しっかりしろよ!」
「うー・・・朝食にはコーヒー付けてほしいな」
「あはは、祐一・・・」
 七瀬はもう笑うしかなかった。祐一はもう限界だったのだ。竹崎はもう、祐一に関わるのをやめた。狂人の声など聞いたら、こちらまで気がおかしくなりそうだったからだ。
「明日あたり、俺から祐一の状態を訴えてみる。どうなるかはわからないが、どっちにしろもう無理だ」
 竹崎の無情な言葉に、誰も反論を唱えなかった。七瀬はとりあえず傷の手当てを行ったが、もう祐一に声をかけることはしなかった。皆が、ため息と共に眠りについた。あまりにも重いため息だった。
 そして・・・深夜。中庭から窓を通して、何かが竹崎達の監房に投げ込まれた。祐一がそれを受け取ると、看守が巡回している隙を突いて監房の仲間を叩き起こした。
「起きろ!起きろ!」
 竹崎を始め、監房の中にいた五人の仲間は混乱した。
「なんだ、相沢」
「いいか、ここに地図がある」
「なに!?」
 祐一は、監房の中に地図を広げた。収容所の全景、それに警備状況や防備のレベルが細かく書き込まれている。
「お前、これを一体どうした」
「夜な夜な書いた」
「それより正確なのか?」
 祐一は仲間の異論を無視し、説明を始めた。
「いいか?ここの収容所は俺達が入っている一般監房と、帰順者の入る特別監房に別れてる。一般監房は中庭を囲むように円形に位置し、特別は中庭の中央に収容所の高官達が寝泊まりしているところと一緒に位置している。そして中庭には急造の兵舎が、そして一般監房を取り囲むように警備の兵士、それに鉄条網と地雷が敷設されてる」
「どうやら地図は正確のようだな」
「いいか?武器弾薬は兵舎の横に併設されてる倉庫の中だ」
「それを奪うのか?」
「鍵がかかってる上に歩哨もいる。丸腰じゃ勝負にならん」
「じゃあどうするんだ」
「帰順者を一人抱き込んでいる。俺達はここを出たら突っ走ってそこに逃げ込むんだ。もちろん大騒ぎになって総員警戒に入る。だが帰順者の個室までは調べないはずだ。俺達はその騒ぎに乗じて武器弾薬を奪う。武器弾薬を奪ったら、二手に分かれて片っ端から牢を爆破しろ!俺は高官を人質に取る!それが終わったら中央に仲間と武器を集めてそこを要塞にする!その後は周囲を警戒してる敵との一戦だ!作戦はそこで説明する!」
 祐一は一息ついて、今度は仲間を一人ずつ指さし始めた。
「ステップワン!?」
「特別監房に逃げ込む!」
「ステップツー!?」
「倉庫を襲う!」
「ステップスリー!?」
「二手に分かれて牢を解放!」
「ステップフォー!?」
「中央の要塞に戻る!」
「よし!」
「ところで、どうやってここから脱出するんだ?」
 す・・・っと、祐一が収容所周囲に敷設されているはずの地雷を取りだした。
「毛布を便所に突っ込んで濡らせ。心配ない。地雷には指向性があるから、爆発の真後ろにいれば助かる」
「へへへ・・・やるしかないね」
 七瀬は震える声で作戦に同意した。
「まさしく反撃の時だ」
 竹崎はすぐさま毛布を便所に突っ込んだ。
「指揮官は俺だが、何か不都合があったら各自独力で解決してくれ」
 祐一の敬礼に、全員が応えた。
「では、勇戦を期待する」
 全員が濡らした毛布を盾にして監房の隅に引っ込んだ。
「パーティータイム!!」
 祐一が渾身の力を込めて地雷を牢の壁に投げつけた!すぐに竹崎が祐一の体を押し倒すようにかばう。そして牢の中が閃光に包まれた。

☆☆☆

 異常事態はすぐに察知された。すぐに総員警戒態勢となり、爆破された牢と囚人が逃げた形跡が発見された。だがどこにも脱走した五人の姿は発見できなかった。五人は混乱の隙を突き、抱き込んだ帰順者の個室へと逃げてきていた。
「とりあえず無事だな」
 竹崎はそう言ったが、脇腹に地雷の破片が突き刺さっていた。即座の摘出は諦めて上から包帯を当てたが、ひどく痛む。その他も足や胸などに傷を負っている者がいたが、致命傷は一人もいなかった。そして祐一は竹崎が身をていしてかばったこともあり、無傷だった。
「総員警戒に入っている。もうそろそろ倉庫が開けられて増強に入るはずだ。七瀬、ちょっと行って偵察してこい」
「ぼ、僕かい!?」
「心配するな。他の帰順者は絶対に外に出ないし、敵の高官どもは出払ってる。ちょっと行ってみてくるだけでいいんだ」
「わ、わかった」
「頼むぜ」
 七瀬が偵察に発った。祐一達はあまり物音をたてないように、部屋の中にあるもので武器に使えそうなものを取り上げていった。と言ってもせいぜい、衣装ロッカーの金具を外して即席の棍棒を作るくらいだった。全員が手当てと武器の用意を終えた頃、七瀬が戻ってきた。
「空いてるよ!ちょうど十人くらいで武器を運び出してるところだった!」
「よし、襲うぞ!」
「神よ仏よ、我らに御加護を!」
 祐一達は照明灯が照らす中庭を突っ切って倉庫へと走った。兵舎の影から、倉庫の前に見張りが立っているのが見える。
「二人だ。小銃を持ってる」
「やるか?」
 竹崎が棍棒を身構えた。
「背後に回って締め落とそう。右の奴は俺と七瀬でやる」
「よし、じゃあ俺は左の奴だな」
「竹崎、援護に一人連れて行けよ」
「なぁに、一人で十分だ」 
 三人は息を潜めて倉庫の裏へと回り、背後から警備兵に忍び寄った。
「おらぁ!!」
 竹崎が渾身の一撃で片方の警備兵を打ち伏せた。銃を奪おうとしたところでもう片方の敵にも見つかったが、こちらは祐一と七瀬が二人がかりで叩きのめす。
「倉庫に入れ!武器と弾薬、それに爆薬を奪え!」
 倉庫の中はよりどりみどりの状態だった。どれを選べばいいか、少し迷う。
「軽機関銃を優先的に持って行け!爆薬は必要最低限でいい!竹崎曹長、あんたはロケット砲を持って行ってくれ!」
「なんに使うんだ!?」
「そのうちわかる!」
「ゆ、祐一。迫撃砲があったよ!」
「よし、それは俺が持っていく。七瀬、お前は竹崎と一緒に行くんだ。敵が来たらともかく撃ちまくれ!」
「わ、わかった!」
「爆薬の量はもう十分だ!起爆装置も持った!」
「よっしゃあ!二手に分かれて仲間を解放しろ!倉庫に誘導して武器を配布するんだ!」
「行くぞ!」
 四人は爆薬を持って走った。祐一は小銃と迫撃砲を、かなり苦労して担いで中央の要塞へ向かったが、予想が外れて敵の総大将および高官は残らず前線へ出て指揮を執っていた。通信室には通信兵だけが残って留守番をしていた。どうやって周囲を警戒している部隊と連絡をとっているのか疑問だったが、祐一はとりあえず通信兵を椅子から蹴り落とした。
「・・・・・!!!」
 通信兵はこちらにわからない言葉で何か叫んでいたが、手を上げているところを見ると降参しているようだった。
「ええい、通訳にも人質にも使えん!死ね!」
 祐一は通信兵を撃ち殺したが、通信機器はそのままにしておいた。要塞の異常を察知されるかも知れなかったからだ。
 祐一は当初の目的を達成できず、しかたなく要塞(特別監房)の屋上へ向かった。そこからは竹崎や七瀬が中庭に出てきた敵兵を相手に奮戦している姿が見えた。祐一が迫撃砲で一般監房から中庭に出るための出入り口を爆破封鎖し始めると、竹崎もロケット砲でこれにならった。これで一般監房の外に出た敵は戻ってこれなくなる。出入り口は四方にあり、竹崎と祐一はそれぞれ一つずつ封鎖した。
 数分後、竹崎の受け持っていた牢の半分が一斉に爆破された。解放された囚人は七瀬に従って倉庫へと殺到する。しかし後の二人に任せた牢には反応がなかった。どうやら中庭の敵兵に排除されてしまったらしい。祐一は急いで三つ目の出入り口を爆破すると、小銃を構えて最後の出入り口に向かった。
「竹崎、爆破を続けろ!ロケット砲を俺に渡せ!」
「おう!」
「武器を取った者は中庭から敵を叩き出せ!中庭を占拠しろ!」
 祐一は竹崎から受け取ったロケット砲で最後の出入り口を封鎖した。武器を受け取った仲間達は統率がとれない中でも勇戦し、中庭は祐一達の手に落ちた。だが安心はできない。全員は要塞ではなく倉庫に集められて祐一の作戦説明を受けた。
「いいか!敵は責任上こちらを一人も逃せないはずだ!だから四方からゆっくりと圧迫をかけてくる!こちらはそれを逆手に取って、決死隊だけを中庭に残して残りは一点突破する!突破した部隊は中庭の決死隊と挟撃して敵を殲滅しろ!焦って逃げるなよ!ばらばらに逃げても絶対に助からん!!では総員、鉄条網の向こうで会おう!」
 急造の部隊が編成され、決死隊は銃器だけを持って中庭に残った。主力が北側の出入り口に集中し、瓦礫で封鎖されていたそこを爆薬で突破した。
「かかれー!!」
 祐一と竹崎が先頭で指揮をとり、分散配置されていた敵は次々と包囲の線を食いちぎられていった。それに呼応した中庭の兵は瓦礫を上って合流し、敵はついに全滅四散した。祐一と竹崎を中心に、盛大な勝ち鬨が上がる。
「竹崎、七瀬、全員を今度は要塞に集めてくれ。これからの行動を説明する」
「二等兵のお前が指揮を執るのか?」
「それもそうだな。それじゃあ総大将はお前ということにしておいてくれ。俺は参謀、七瀬が補佐だ。それでいいか?」
「お、おう」
「じゃあ、よろしくな」
 三人は全員を要塞に集めると、プロジェクターを持ち出してきて地図を映した。
「では、総大将竹崎曹長に代わって説明する。ここが今の俺達の居場所、千葉県佐原だ」
 祐一は地図の一点を指し示した。
「ここから北の筑波山へ向かい、宇都宮を突破。武尊山を根城にしている解放戦線と合流する」
 部隊に動揺が走った。
「無謀だ!どうやってそこまで行くんだ!?」
「東京を突破するのは不可能だ!それにもし突破できたとしても、どうやって富士防衛戦の西日本と合流するんだ!?近づいたら巡航ミサイルで撃たれるぞ!」
 祐一の言うことは最もだった。西日本に到達するのは事実上ほとんど不可能だった。
「やるしかない。解放戦線なら俺達にも接触できる。ここから通信機器、食料を奪って逃げるぞ。
捕獲した歩兵戦闘車を二機、それ以外は残らず兵員輸送車にするんだ。幸い、囚人を輸送するためにトラックの類は余ってるからな。武器は個人が持てるだけだ。服は倉庫を破ってそれぞれ収容される前に着ていたものを返し、そこから部隊を編成するから、それに従って装備を選んでくれ。余分な武器は一切、持っていかない。以上だ」
 収容されていた囚人は全部で300名、生き残ったのは200名だった。この中隊規模の人数で総大将が竹崎曹長、祐一がその参謀、七瀬は二人の護衛隊長になった。
「祐一、これ持っていっていいかな!?」
「狙撃銃?七瀬お前そんなもん使えるのか?」
「一度でいいから使ってみたかったんだ」
「はは、まぁいいか」
 七瀬は狙撃銃を持って護衛隊を指揮し、竹崎は直属の部隊として対戦車班を組織した。そして祐一は軽機関銃を持っただけで部隊は持たなかった。
 他の兵隊も擲弾兵、小銃手、火器射手など兵種によって武器が分担された。小銃などは余ったが、対戦車兵器や重機関銃などの火器は足りなかった。火力に欠けるのだが、限界なのだからしょうがない。だが祐一の指示で成形炸薬などはすべて持ち出された。
「いろいろと応用ができるんだ」
「そうなのか?」
 地雷の類は時限着火装置の点いたものを除き、ほとんど必要ないと判断されて一つも持ち出されなかったが、オミヤゲにと何発かが追撃してくる敵に対して仕掛けられた。
 夜が明ける前に、この反乱軍は収容所を後にした。もちろんすぐにこの事件は敵の知るところとなり、各地に警戒態勢が下令された。その頃、祐一達は輸送車に揺られて眠っていた。
 
☆☆☆

「名雪、一緒に逃げよう!」
「え?」
「徴兵されたら、生きて戻ってこられるかどうかわからない!俺には国家の存亡よりも、お前の方が大事なんだ!」
「祐一・・・」
「俺と一緒に逃げよう!戦争なんて、俺達には関係ない!」
 
 愛する人を守りたいと思うなら、どうして戦場へ行かなかった。
 俺が戦えば、名雪は死ななかったかも知れない。いや死ななかったのだ。
 自分勝手な、子供のような理屈と行動が、名雪を死へ追いやった。
 名雪を殺したのは俺じゃないか・・・そうとすら思う。
 だが、やはり殺したのは俺ではない。敵なのだ。
 仇を殺る。それだけが迷惑をかけた人達への、また誰よりも名雪に対してのはなむけ。
 そして、俺の存在意義。

☆☆☆

「祐一、祐一!」
 女のような高い声で叫びながら、祐一を揺り起こしているのは七瀬だった。
「どうした!?」
「敵だ!追撃してきた!」
 祐一が外に出ると、すでに後方の歩兵戦闘車と輸送車が炎上。味方は輸送車から降りて散発的な抵抗を行っていた。これといった遮蔽物がない草原地帯で、兵力の少ないこちらが明らかに不利だった。
「竹崎はどうした!?」
「止めるのも聞かないで・・・ミサイルを担いで出ていっちゃったよ」
「くそ!第一小隊から第四小隊に通信しろ!左右両翼に展開、敵を包み込め!」
 伝令が直ちに発った。
「七瀬と護衛隊は俺に続け!竹崎を守るぞ!」
「わかった!」
 味方トラック残骸、そして味方の死体が転がる中を祐一は突っ走った。竹崎は敵の真っ直中で突撃、ミサイルや対戦車地雷で力ずくで敵の偵察車や歩兵戦闘車を撃破していた。
「竹崎曹長!竹崎は無事か!」
「おお相沢!応援に来てくれたのか!?」
「指示は出した!味方が敵の背後を突くまで耐えろ!」
「よし!」
「ゆ、祐一、僕達すっかり包囲されてるじゃないか!」
「泣き言を言うな!戦え!!」
 敵に三方から囲まれながら、竹崎対戦車班と七瀬隊、それに祐一は必死の応戦をした。祐一は軽機関銃を後のことは考えずに乱射、突進してくる敵をどうにか釘付けにしていたが、自ずと限界が感じられた。そこに祐一の頭をかすめて、かなり大きな弾丸が通り過ぎた。
「狙撃兵だ!閃光弾はないか!?」
「白燐弾ならあります!」
「なんでもいい!片っ端から投げろ!」
 白燐弾の一斉投擲により、突如として祐一達の前方は真っ白に染まった。敵兵が全身火だるまになって倒れるのが見えた。狙撃兵が視界を失ってくれているかどうかは、運だった。
「味方はまだか!?」
 祐一がそう叫んだ時、ようやく味方が敵の背後を突いた。依然もちこたえていた祐一達の反撃も始まり、敵は退路から次々と戦線離脱していった。
「急いて追うな!敵から弾薬と燃料を奪ったらすぐに逃げる!ぐずぐずしてると逆襲されるぞ!」
 祐一の指示で味方はすぐに敵兵から弾薬や手榴弾などを奪い始めた。規格が合うかどうか調べる暇がなかったが、同じ北朝鮮の装備なのでほとんどは大丈夫なはずだ。
「竹崎!」
「おう相沢!撃退したな!」
「大馬鹿野郎!」
 祐一は竹崎の顔をおもいきり殴りつけた。
「お前は総大将だろうが!指示も出さないで戦うなんてどういうつもりだ!?」
「なにぃ!?総大将が真っ先に戦わないで誰が戦う!?」
「映画じゃねぇぞ!実戦は慎重にやれ!」
「寝てやがったくせに偉そうに!」
 二人は大喧嘩を始めたが、すぐに引き剥がされた。
「二人とも頭を冷やせよ。竹崎、祐一の言うことも正しいよ。指揮官だったら指揮をとらないと。祐一、それでも竹崎は勇敢に戦ったんだ。だから勝てたのかも知れない」
 二人は睨み合ったまま、お互いのことを認めようとはしなかった。そんな雰囲気のまま、反乱軍はぐずぐずしているわけにもいかず出発した。祐一と竹崎は、参謀と総大将のはずなのだが別々のトラックに乗っていた。七瀬はあくまで竹崎の護衛なので竹崎に付いている。祐一はどことなく寂しさを感じながら、愛用となった軽機関銃の手入れを始めた。

☆☆☆

 時が経って・・・大きくなって・・・言えることは一つだ。

「同じ時間を過ごせてよかったよ」

 彼女は涙を堪えていた。泣きそうな顔で、いつものように微笑んでくれる。

「私、笑顔でいられてるかな?」
「ああ、笑顔だよ」
「そう、よかった・・・」

 ひどく、眠かった。
 落ちそうになる瞼に構わず、いつもの世間話を続けようとする。
 鳥の羽音が大きく響きわたり、それがいつまでも耳に残っていた。

☆☆☆

「は」
 警戒に疲れ、祐一はうたた寝をしてしまっていた。もしかしたら命に関わるかも知れない失態に、自ずと自己嫌悪の念がわいてくる。
「相沢参謀、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか?」
 夢を見ていた。行ったことのない場所で、見たことのない人がいた。夢など大抵そんなものだが、珍しかったのは主観が自分ではなかったことだ。第三者として、まるで映画でも見るようにその情景を客観的に見ていた。これが自分の記憶ではないと、ここまで明確に理解できることは滅多にない。まるで他人の頭の中に入って、他人の夢を見たような気分だった。もちろんあまりいい気分ではない。
「疲れているのかな・・・」
 竹崎はまだ気分を直さず、祐一は二人と別れたままだった。これではまた追撃された場合、的確な対処ができなくなる。祐一は早々に大人げないケンカはやめるよう決めた。向こうも子供ではないのだから、わかってくれるはずだ。そもそも竹崎の勇気を買わなかったことが原因なのだから、こちらから詫びるべきだろう。祐一は次の運転手交代を見計らって、竹崎と七瀬の隊に合流することにした。祐一は隊を持っていないので、合流そのものはわけないことだった。
「変な夢だった」
 夢の内容など、この時にはもう忘れていた。
 祐一が合流すると、竹崎は無言だったが七瀬は歓迎した。すでに筑波山のふもと辺りまで到達し、戦火のせいで周辺には警戒線もなく、小競り合いも起こらなかった。奇襲や追撃の気配もない。もしかしたらこのまま何事もなく武尊山までたどり着けるのではないだろうか。捕まったら確実に処刑される身である皆が、そんな期待を抱きつつあった。
 だが、そんな期待もすぐに裏切られることになる。再出発から数秒後、七瀬の隣にいた護衛兵の頭が撃ち抜かれた。
「敵襲だ!」
 誰かがそう叫んだ。
「下手に動くな!全軍集結、武器を中央に集めろ!」
 今度は祐一の命令が竹崎を通じて全軍に通達された。だが集結する間にかなり数が減ってしまった。敵は四方八方から押し寄せ、さらに狙撃兵や対装甲兵が林に伏せられ、こちらは絶望的とも言える不利な情勢にあった。
「どうするんだ相沢!?」
 竹崎がロケット砲でどこにいるのかも定かではない敵を威嚇しながら、祐一に指示を求めてくる。七瀬は狙撃銃を振り捨て、手榴弾で応戦している。
「探るんだ!どこか包囲の薄い場所を見つけて一点突破する!だが退路には逃げるなよ、絶対に待ち伏せがいる!!」
 祐一のもとに次々と敵の位置、装備、兵力が報告されてきた。集結したせいで敵の一斉射撃を浴びているのだが、さすがに集結していると圧力が強く、敵は総攻撃ができないでいた。
「西!七時の方向に全力で突破する!竹崎、ロケット砲を捨てて突撃を指揮しろ!七瀬隊を始め機関銃、狙撃銃の類を持ってる者は援護に回れ!残りは残らず竹崎に続け!」
「俺に続け!蝦夷どもをなぎ倒せ!!」
 竹崎は咆吼を上げつつ西に向かって突撃した。壮絶な援護射撃の中、多大な犠牲を払いながらも竹崎隊は敵の西側戦力を食いちぎった。
「竹崎に続いて走れ!絶対に止まるなよ!七瀬、お前は先に行って敵の追撃を待ち伏せろ!」
「祐一は!?」
「俺は最後だ!!」
 祐一は車載されていた機関銃を振り上げ、最後の攻勢を行おうとしていた敵を一人で食い止めた。すべての味方が竹崎を追って走ったが、多くの者は途中で敵弾に倒れた。祐一は一人も残っていないことを確かめると、車載機関銃を捨てて走った。途中で敵兵と出くわして白兵戦になったが、祐一は持ち出した軽機で一撃のもとに敵を打ち伏せた。
「竹崎、生きてるか!?」
 返事はなかった。途中で七瀬が待ち伏せの用意をしているはずだが、祐一の後からは次から次へ敵兵と敵弾が殺到していた。
「撃て!撃て!」
 七瀬の待ち伏せ部隊がようやく開戦した。祐一をやり過ごし、残っていたすべての火器が追撃してきた敵を迎え撃つ。
「・・・・・!!」
 蝦夷はこちらにわからない言葉で何かを叫んでいた。多くの犠牲を払いながら、どうやら後退を指示しているようだった。敵兵の山が築かれた後、敵はついに後退した。祐一達にはすでに敵を迎え撃つだけの弾薬がなく、敵の後退を確認すると自分達もすぐさま筑波山に向かって逃げた。
 だが多くの犠牲を払い、人数も武器もほとんど失ってしまい、味方の士気はすでに絶望的だった。
「通信兵!無線機は無事か!?」
「ええ、なんとか」
「よし、今すぐ解放戦線に救援を要請しろ」
 祐一の言葉に、竹崎は耳を疑った。
「待て相沢!こちらの位置を敵に知らせるようなものだ!」
「他に何かいい案があるか?」
「山を降りて敵部隊を襲えばいいだろう!?武尊山までもう少しだ!」
「敵はこちらの位置も兵力も知ってるんだぞ!?今頃、山のふもとは蝦夷で埋め尽くされているはずだ。そんな状況でどうやって戦果を期待できる!?」
「く・・・」
「救援を要請する。ともかくねばるんだ。ねばってねばって、味方が来るのを待つ。脱出できるその可能性にかけて、ともかく生き残るんだ」
 脱獄した時は200人だった部隊が、負傷した者を合わせてもすでに80人に減っていた。しかし統率が完璧でない部隊が、むしろよくここまで生き残ってきたものだ。
 祐一達にはすでに地雷など気の利いたものは残っていなかったので、山のあちこちに原始的な罠を備えて敵を足止めする作戦に出た。幸いゲリラとしての訓練を受けた者が仲間に何人かおり、山のあちこちにまるで自分達すら包囲するかのように罠を張り巡らした。
「ねぇ、祐一・・・」
 食料も乏しくなってきた頃、夜営の陣で七瀬が話しかけてきた。
「祐一は言ってたよね。恋人の仇を討つために、戦ってるんだって」
「ああ」
「でも心配ない。もうすぐ、その恋人に会えるから・・・」
「七瀬、希望を捨てるな」
「もういいんだ。会えるよ、すぐに・・・」
 戦う意志が失われつつあった。敵の攻撃は日増しに激しくなり、祐一達は山の奥へ奥へと逃げ回りながら、奇襲でどうにか敵を食い止めていたが、それも限界に達しつつあった。
 祐一は七瀬の気を紛らわせようと、戦争とはまったく関係ない話を振ってみた。
「最近よく、夢を見る」
「え?」
「いろいろな場面があるんだ。昼間の公園だったり、星空の下だったり、誰かの部屋だったりする」
「誰かの部屋?」
「俺はその夢を見るんだが、登場人物にはならない。映画を見るみたいに、客観的な視点なんだ」
「ふーん・・・」
「登場してくるのは少年と少女の二人だ。二人とも高校の制服らしきものを着てる・・・」
「恋人同士かな?」
「そうみたいだ。けれど・・・どうして俺が、俺に関係のない夢を見るんだろう」
「それは・・・もしかしたら」
「もしかしたら?」
 祐一は七瀬の言葉を促した。
「その光景を覚えている誰かが、祐一の中で生きているからかも知れない」
「・・・誰かが生きて?」
「つまり、祐一は純粋な一つの人格じゃなくて、もっと多くのものが混ざり合っている存在かも知れないってことさ」
「そんなことあるんだろうか?」
「あるかも知れないから、そんな夢を見る」
「・・・そうかもな」
 七瀬はおもしろいことを言った。祐一はとりあえず、夢に対してそう結論することにした。これはきっと、何か超自然的な可能性で結びついた、自分に関係のある誰かの記憶なのだ。どういう理由でそれを見るのか、あるいは理由などないのか、わからないが、なにも他人の記憶を強制的に見せられているわけではないのだ。
 そう思うようになってから、眠りも夢も煩わしくはなくなった。しかしそれから間もなく、夢も眠りもまったくどうでもいい状況に陥ることになった。
 善戦死闘むなしく、祐一達の防衛網はついに北朝鮮の兵力によって破られた。味方は随所で寸断され、戦意を失った者は投降も許されず処刑されていった。
「行くぞ蝦夷!!地獄へ送ってやる!!」
 竹崎は四散した兵力をかき集め、最後の突撃を行った。日本兵としての最後の意地だった。
「七瀬、走れるか?」
「もうダメだ。殺してくれ祐一」
「弱気なこと言うな!生きるんだ、戦争に勝つまで死ぬんじゃない!」
「もう・・・」
「七瀬!」
 祐一の肩を借りていた七瀬が、ついに地面に崩れ落ちた。敵はもうすぐそこまで来ていた。
「祐一、もうダメだ。俺達二人とも・・・俺はもう動けないけど、祐一、君は逃げるより恋人のために戦ってくれ。一人でも多く、仇を討ってくれ・・・」
「七瀬・・・」
 祐一が持っているのは機関銃ではなく、ナイフを利用して作った槍だった。七瀬は狙撃銃の弾をまだ残していたが、祐一はそれをそのまま置いておいた。
「そうだな、七瀬。俺は行くよ。処刑される前に・・・天使が迎えに来てくれりゃいいなぁ」
「うん」
「じゃあな!」
 祐一は槍を振りかざして、追い来る敵に突進した。
 木陰の中からいきなり現れた祐一に、敵は反応することができなかった。喉元を切り裂かれた敵は血をまき散らしながら倒れた。祐一はその敵から銃を奪い、周囲の敵に向かって乱射した。

「俺はこのまま消えるのか?」

 それは祐一の言葉ではなかった。夢に見る少年の声。
「今は夢を見ている場合じゃねぇ!!」
 目を血走らせて人生最後の戦いに臨む祐一に、なおも声は語りかけた。

「二人で歩いた通学路。あと何年、こうやって歩くことができるのだろうかと思いながら、この瞬間が永遠に続くものだと信じていた」

「そうか、最後くらい夢の正体がわかってもいいかも知れん!」
 祐一は弾が切れると、死体を盾にしながら敵に飛びかかった。

「最後くらいは、愛する人の胸の中にいたかった」

「ということは、お前は死んでるのか!?どうやって死んだ!?」
 敵ともみ合いになりながら、祐一は夢と対話した。

 ザ・・・っと、まるで周波数の乱れたテレビ画面のように祐一の視界は暗転した。祐一は自分が死んだもの思ったが、微妙に生きている感触がした。
「・・・・・!!」
「・・・・!?」
 蝦夷が、こちらにはわからない言葉で何か叫んでいた。狼狽しているようだった。
「・・・・!!」
 狼狽が悲鳴に変わった。
「・・・あれはなんだ!?」
「鬼?」
 日本語が聞こえた。それと同時に激しい音。

「そのことを知っていたからこそ・・・空虚だったんだ」

 そして夢の中の少年が、暗闇の中で明確に視覚化された。
「ここは?仲間はどうなった?」
「知らない。死んでいるんじゃないか」
「お前・・・誰だ?」
「俺は浩平。折原浩平って言うんだ」
「お前が、夢の主人公か」
「多分、そう」
「俺になんの用だ?」
「あんたに同情するよ」
「なぜ?」
 もう一度、今度は少年が揺らいで消える。
 そして・・・目の前に青空が広がった。周囲にはなぎ倒された樹木、えぐられた地面、呆然とこちらを見る仲間達。
「・・・なにが、どうなった?」
 それから間もなく、救援に駆けつけた解放戦線が祐一達を保護した。
 なにが起こったのか、誰も祐一に話さなかった。どうして仲間が助かり、どうして敵がいなくなったのか、祐一には不思議だった。

 鬼

 そう言えば誰かがそんなことを口走った。そう思いながら、祐一は目を閉じた。

☆☆☆

 長森瑞佳には折原浩平がどのような死を遂げたのか知らされることはなかった。だが折原浩平
は自分がどのような末路をたどるのか知っていたし、恋人であった瑞佳にも曖昧な形ではあったが知らせていた。しかしその計画に携わった大人達は、結婚しているわけでもない子供の恋愛に付き合うつもりは最初からなく、なんの異論も躊躇もなく折原浩平を生け贄に捧げた。
 心理学を応用したその実験は失敗。いや、失敗したという確たる証拠はなかったが、ともかく効果を実証することはできなかった。
 計画は封印され、折原浩平は冷凍睡眠にかけられた。
 だがそれから四年後、筑波山において東日本の収容所を脱獄した西日本の兵士が、計画を十分に実証する効果を見せた。情報が不的確かつ不明瞭で断定する条件には欠けたが、戦局を打開する鍵として調査する価値は十分にあった。西日本政府は東日本解放戦線に対して、援助物資と援軍の中に諜報員を紛れ込ませた。
 事実をまったく知らない祐一は、武尊山に運ばれる輸送車の中で呑気に眠っていた。
「竹崎、大丈夫かい?」
「・・・恐かった」
「竹崎でも、恐いの?」
「ああ、もうダメだと思った。目の前にお袋と妹の顔が・・・生きてるのが、不思議だ・・・」
「よかったね、生きてて」
「よかったのかな?」
 竹崎は腹部と胸に銃弾を受けて生死の境を彷徨うも、強靱な生命力で無事生還した。それでもまだ戦闘には耐えず、解放戦線の傷病兵収容所で安静することになっていた。七瀬は足に銃弾を受けるも軽傷で、戦闘行動に影響はなかった。だが精神的に不安定なこともあり、しばらくの間は竹崎に付いていることになった。そして祐一は無傷のまま、あの戦いから二日間ずっと眠り続けていた。
「七瀬、お前は見たのか?」
「うん」
「皆の言ってることは本当か?」
「・・・本当だと思う」
「嘘みたいな話だが、あそこの地形が原形をとどめていなかったのは俺も見た」
「うん。僕も見た」
「だが、そう簡単に信用するわけには・・・」
「でも現に僕達は生きてて、敵は全滅した」
「常識からは信用できん」
「事実は事実さ。僕は信じる」
 その状況を目撃したのは七瀬だけではなかった。他の多くの仲間も祐一の変異を見たのだ。だが、自分達の窮地を救った現象でありながらも、それを信じる者は少なかった。悪い夢を見たのだと誰もが信じ込もうとしていた。あの奇怪な現象を目の当たりにして、それを真っ向から受け止められる人間の方が、むしろどうかしているのかも知れない。
「祐一が・・・何になったんだっけか?」
「鬼になったんだ」
 全長が5mほどに大きくなり、全身は赤く、牙に爪、角を生やした巨人に変身したのだ。
「それから辺りが暗くなって、雷が雨みたいに降ってきた。地面が崩れて、敵が呑み込まれていった・・・」
 まるで地獄の底から響くような声を発しながら、祐一は怪異を呼んだ。
「僕は目を閉じて、ずっと震えてた・・・しばらくしたら静かになって、這って戻ったら祐一が眠ってた・・・」
「やっぱり信じられん・・・お前達は幻覚剤でも吸ったんじゃないか?」
「幻覚剤を吸ったなら、全員が同じ幻を見るのは不自然だ。それに敵が幻覚剤を使ったとしたら、どうして僕達は助かって敵は逃げたんだ?」
「・・・うーむ」
「祐一は・・・ともかく、何かとんでもない現象に巻き込まれてるんだ・・・」
 眠り続ける祐一は、人間そのものなのだが。
 解放戦線の輸送車は敵と戦闘を交えることなく、武尊山のアジトまでたどり着いた。竹崎が聞いた話によると、解放戦線は西日本の政府と東日本の住民の援助を受けてかなり勢力を拡大し、ゲリラ組織と言えども武尊山付近は安全地帯として保っているということだった。
「それなら、富士防衛戦と合流できるんじゃないか?」
「西からの命令でな、武尊山を確保しろということなんだ。それに西に戻って決戦を待つも、ここに残って戦うも同じ事だ」
「それもそうか」
 竹崎と解放戦線戦士の話を聞きながら、七瀬は思った。もしも西日本が和平か持久戦に出て決戦にならなかったらどうするんだろう、と。
「祐一のやつ、起きないかな」
 眠り続ける祐一に問いかけてみたが、起きる気配はなかった。
 祐一が目を覚ましたのはそれから四日後のことだった。無事に武尊山の解放戦線アジトまでたどり着いた後も二日間の間を眠り続けた祐一は、目を覚ますと白い天上が見えたので驚いた。
「ああ!?」
 跳ね起きた祐一が目を覚ますと、周囲には清潔そうなシーツに包まれて寝ている傷病兵や看護婦の姿が見えた。天国に来たのか、それとも収容所に連れ戻されたのか、様々な答えが浮かんでは消える。しかし、隣で寝ている竹崎の姿を見つけて疑問も解決することになった。
「おお、よく寝たな」
「どこだここは」
「天国って言ったら信じるか?」
「・・・信じる」
「冗談だ。ここは解放戦線のアジトだぜ。お前は傷病兵ってことで寝かされてたんだ。丸四日も」
「四日だと、あの戦闘から?」
「そうだ」
「敵は?味方は?それから・・・七瀬は?お前は?」
「一片に聞くな!」
「敵は?」
「なんだか知らないが逃げた。きっと解放戦線が追っ払ってくれたんだろ」
「味方は?」
「ほとんどやられたが、40人ほど生き残った。よかったよな」
「七瀬は?」
「あいつは無事だ。生き残った仲間は集められて予備兵団ってことになってな、七瀬はその部隊の管理を任されてる」
「そうか。で、お前は?」
「実はもう残り少ない命だ」
 祐一はそこら中に生けてあった花を根こそぎ竹崎のベッドに放り投げた。
「冗談だ冗談!重傷だが生きてる!後十日もすれば原隊復帰だ」
「いや、わかってる。ちょっと洒落てみた」
「アホ!」
 冗談はともかく、祐一は七瀬に会おうと竹崎に道を聞いて訓練施設に向かった。
「七瀬!」
「祐一!」
 七瀬は祐一の姿を認めるといきなり抱きついてきた。あらぬ疑いをもたれないためにも、祐一はすぐ引き剥がしたのだが。
「悪かったな、眠ってたらしい」
「いやいや、もう目が覚めないんじゃないかと思ったよ」
「みんなはどうしてる?」
「あの戦いでずいぶん減ってしまったけど、今はみんな元気さ。ちゃんと食べられるし、ちゃんと寝られるし、なにより希望があるからね」
「そうか、よかった。で、お前は予備隊の隊長らしいな?」
「祐一と竹崎が復帰するまでの代理だよ」
「じゃあしっかりやってくれ。俺は解放戦線のリーダーに会ってくるから」
「僕も一緒に行こうか?」
「いや、俺だけでいいよ。隊長のお前が付き添いなんて変だしな」
「そうかな?じゃあ行くといいよ。本営は少し奥まったところにあるけど、掩蔽してるわけじゃないからすぐ見つかるよ」
 七瀬に場所を教えてもらい、祐一は本営へと向かった。本営は他の建物と違いコンクリート製で、爆撃や銃撃に耐えるための加工も施されているようだった。中に入ろうとしたのだが、身分を証明することができずに阻まれてしまった。
「佐原脱獄を指揮した相沢だ。七瀬や竹崎に聞けばわかる」
「なら七瀬さんを連れてきてください。確認できないのに入れるわけには・・・」
「面倒だな。じゃあ手を縛れよ。それならいいだろ」
「しかたないな・・・」
 祐一は手を縛られ、衛兵一人に脅される形で中へ入った。詰めている通信兵や技術者は目を丸くしていた。本営の中には会議室の他に通信施設や、核兵器に生物兵器なども格納されていた。そんなものを指揮官と一緒くたにするのは非常識だと祐一も思ったのだが、資材が足りないのでしょうがないらしい。
「同志中山!入りますよ!」
「ああ、いいよ」
 一角に位置している総大将の個室からは、想像と違いずいぶん和やかな声音が返ってきた。そして祐一が追い立てられるように中へ入ると、いたのは生粋の軍人などでは全然なく、庭師でもやっているのが似合いそうな青年だった。
「捕虜かい?」
「いえ、反乱軍首謀者の一人で相沢祐一を名乗っています」
「竹崎くんや七瀬隊長から聞いているぞ。どうして縛っているんだ?」
「身分を証明できなかったもので」
「早くほどきなさい」
 あっさり祐一の縄が解かれた。祐一は自由になった腕を少し運動させると、とりあえず軍隊で習った通りに敬礼した。
「相沢祐一、元日本陸軍二等兵であります。今回は佐原収容所の脱獄を企画しました」
「ああ、私は中山俊平。北日本解放戦線の指導者だ」
 中山は敬礼を返したが、まったく形になっていない。
「失礼ですが、戦中はどこの隊に?」
「いや、私は学生で兵役を免除されていた」
「は・・・」
「まぁいろいろとあってね。いつのまにか大事になってしまったが、私はもとを正すとただの学生なんだ」
「てっきり、現役の司令官が潜伏していたものと」
「ははは、私は司令官どころか一平卒でもなかったよ。しかしこれでも内政から外交まで一通りこなしてきた。戦士達や保護されている民衆も私のことを慕ってくれているしね」
「作戦立案もあなたが?」
「戦略的なことには私も関わるが、純粋に戦術的なことは親友の同志高杉がやってくれている。彼は精鋭の突撃大隊を率いる将軍だ」
「じゃあ、政治はあなたで軍事が彼ということですか?」
「そんなところだ。高杉は訓練も指導しているから、これから会いに行こう」
 祐一は中山に連れられて武尊山に数カ所ある訓練施設へと向かった。
「ゲリラと言ってもな、ほとんどは有志として集まってくれた少年兵で構成されている。実戦の経験があるのは高杉が指揮する部隊だけで、これは西日本からの同志や君達のように捕縛の手を逃れた脱走兵だ。だから君達のように集団で脱走し敵の追撃を振りきるような強者が来てくれて、頼もしい限りだ。もちろん、君達も同志として戦ってくれるんだろうな?」
「西日本に戻りたいと言う者もいるかも知れませんが、こちらの方で説得します。生き残りはすべてこちらで戦いながら、決戦を待ちます」
「よしよし、期待しているからな」
 そうこう言っているうちに訓練施設へと到着した。実弾訓練の途中だったので、祐一は少し近づくのを躊躇した。
「心配ない。銃弾が飛ぶ方向は厳格に指示している」
 すると、ぴゅーんという風切り音と共に、飛んできた弾丸が祐一の足下に着弾した。
「ま、そういうこともある」
 祐一は身を低くしてかつ周囲に気を配りながら、高杉のもとへ案内する中山の後に続いた。
「アホか!!銃撃が中断しても迂闊に頭を上げんな!移動する位置と方法を頭に叩っ込め!!」
 銃声が近くなるにつれ、罵声が聞こえるようになってきた。おそらく高杉将軍の声なのだろう。
「指揮官の上に訓練教官とは多忙ですね」
「軍隊としての伝統も歴史もないからな、その辺りは少しいい加減だ。おい、高杉!」
「あん・・・?全軍待機!そこ動くな!」
 訓練に当たっていた高杉将軍は中肉中骨、しかし実戦を重ねてきたその肉体は無駄なく発達し、
まるで野生動物のように機能的な外観になっていた。それが素早い小走りで中山と祐一の方へやってくる。
「誰じゃそいつは?捕虜か?」
「違うわ。佐原脱出してきた首謀者の一人で相沢さんぜよ。おまん顔は見とるじゃろ?」
「ああ、すまん。わしゃあ寝てる奴の顔なんぞ覚える癖はないからの。堪忍しとおせ」
 二人の言葉に、祐一は少し疎外感を覚えざるをえなかった。
「同志中山、将軍とは同郷で?」
「そうだ。違和感がないように普段は標準語を使ってるんだが」
「中山の奴は偉いさんと付き合わないかんち大変じゃが、わしは標準語など喋れん。よろしくな、相沢・・・」
「祐一です」
「おう!よろしくな同志祐一!わしゃあ兵隊の面倒みちょるきに、何かあったら相談のるきな」
「じゃあ早速ですが、俺も七瀬と同じ予備隊に編入させてください」
「誰じゃ七瀬て」
「アホかおまん!竹崎、相沢、七瀬の三人にはちゃんと顔合わせしちょろうが!!」
「あーすまんすまん。あのおなごのような顔しちょったやつじゃな。おんしが目ぇ覚まさんき寂しそうにしちょったよ」
「そ、そうですか」
「まずはおまんら三人で隊長決めてくれや。その隊長の指示で副長なり軍師なり好きに決めてかまわんが、まずは大将が決まらんとこっちも命令できん」
「わかりました。では竹崎とも相談して決めます」
「誰じゃ竹崎て」
「アホー!!」
「冗談じゃき、じゃあ決まったらもろもろわしに伝え。編隊から兵舎まで命令するきにの!」
 高杉はそれだけ言うとまた訓練に戻った。中山は頷いただけで本営へと戻った。祐一もぐずぐずせずにすぐ七瀬を連れて竹崎のもとへ行った。隊長を誰にするか、まだ決めていなかったからだ。しかし会議は難航を極めた。
「やっぱり祐一がなるべきじゃないかい?」
「いや、竹崎だろう」
「俺がなってもいいんだが、作戦を決めるのは相沢だろう?」
「そりゃあ、これまでの成り行きからそうなるんだが」
「それじゃあ俺は人形じゃないか。だったら祐一の下で分隊長でもやった方がいい」
「待て待て、たしかに俺は作戦立案できるが・・・ほら、脱獄する時も俺の作戦は信頼されたが俺自身が信頼されたことってあるか?」
「うーん・・・」
「俺には人を従わせる能力がない。皆の士気に関わる。やはり竹崎の方がいいだろう」
「いっそのこと七瀬を大将にするか?俺と相沢がそれぞれ分隊を指揮すればバランスがいいぞ」
「いくらなんでも僕には・・・」
 竹崎を大将にすれば竹崎が立たず、祐一を大将にすれば兵が立たず、七瀬を大将にすると統率がとれなかった。三人は妥協案を取り、隊長を竹崎にして直属20人を指揮、祐一を副長として直属15人を指揮、七瀬は後詰めとして兵5人に加えて補充兵の新兵10名を指揮することになった。そして本営への報告には隊長として竹崎が赴いた。
「よし。じゃあ君達に十名を補充して、高杉とは別の特殊部隊として活動してもらう」
「いきなりそんな高く買ってもらえるのですか?」
「なあに、自力で脱獄してきた君達の方にこそ信用する根拠があるというものだ」
「なにかチーム名を付けてくれ。連絡をとるときに必要だ」
「番号で呼べばいいのでは?」
「それだとわかりづらいし部隊数がそんなに多いわけでもないから、わざわざ番号で呼ぶのも馬鹿馬鹿しい。何か皆の希望になるような名前を付けてくれ」
「そうですね・・・」
 竹崎はしばらく考えた後、ある名前を思いついた。
「名雪、チーム名は名雪です」
「おお、いい名前だな!どこかの地名か?」
「そんなようなもんです」
「では名雪隊に命令だ。速やかに高杉隊と合流、合同訓練を行ってくれ」
「隊長竹崎、了解しました!」
 こうして東日本解放戦線特殊部隊「名雪」は結成された。
 それからほんの少しだけ、穏やかな日々が続いた。占領軍は反乱軍が解放戦線に保護されたことをもちろん知っていたが、大規模な戦いになることには慎重だった。脱走兵を引き渡さなければ戦闘行動もいとわない、そんな要求が連日中山のもとへ届けられたが、中山は祐一達に相談することもなくこれをはねつけてきた。だが近い内に占領軍が攻勢をかけてくることは予想されたので、先手を打つための準備は着々と進められていた。
 祐一達は訓練の傍ら、保護されている民衆が暮らす集落に寄って自由な時間をかみしめていた。保護されているのは戦士達の家族や、占領下から逃げてきた難民などだった。彼らは武尊山を開拓して田や畑を作り、ある程度の自給自足を可能にしていた。その他に農業・工業生産物を闇で仕入れたり、あるいはそれらの輸送を受け持ったりして貨幣を得ていた。だが主な収入はやはりゲリラ活動による西日本政府および各地からの援助だった。
「祐一、おもちゃが売ってるよ」
「なに!?あ、本当だ」
「子供達が喜ぶね」
「ここはもしかしたら、西日本より平和なのかも知れないな」
「そうかもね・・・」
 ただ、子供達が普通のおもちゃよりも火器に詳しいことは、なんともやりきれない事実だった。
「おい爺さん、肉なんてどこから仕入れてるんだ?」
「あー、闇じゃよ闇。闇にないものなんてないわい」
「たくましいな、ったくよ。俺達は戦場でも肉なんて食えなかったぜ」
「贅沢を言うな、わしが大東亜戦争で戦った頃は食い物なんて現地調達でな・・・」
「あ、いや・・・」
「あんときはよう生き残ったよ。懐かしい・・・食っていたものなんぞ、草や木の根・・・」
 竹崎は肉屋の店主に三時間つきあわされたとか。七瀬は助けてあげようかなーと遠くから見ていたが、短気が治るかもと思って放っておいた。兵舎に帰ってきた竹崎がまるで戦闘の後のように寝こけてしまったのを見て、少し後悔したのだが。
 平和な日々が、ほんの少しだけ続いた。高杉が一人で祐一達のために武器を集めていることなど、誰も知らなかった。
「こんだけあれば足りるじゃろ。50人じゃきの」
「将軍、本当に彼らだけに任せるので?」
「裏切ると思うちょるんか?」
「・・・ええ」
「裏切るにしても裏切らんにしても、奴らに同情しちょるよ。こん作戦はあいつらの試練じゃ」
「試練」
「大丈夫じゃ、きっと生きて帰ってくるき。そんな気がするわ」
 筑波山での戦いは、北朝鮮軍が爆撃作戦に失敗したものとして片づけられていた。祐一の変異を真実として話す者は、誰一人としていなかった。

☆☆☆

 足尾銅山。
 数百年前から銅山として採掘されてきた鉱山であり、日本の産業革命・富国強兵を影で支えた歴史ある資源開発地であった。しかし長年にわたる採掘についに資源は底を尽き、1973年をもって閉山とされた。だが入植してきたロシアの調査団によって、この地下に大規模な鉄・銀・鈴などの鉱脈が存在していることが証明された。これに対して北朝鮮とロシアが足尾銅山をめぐって大激論、最終的には鉱山開発に優れた多くの技術者・経験者を抱えるロシアが採掘権限を取り、北朝鮮には協力国として採掘された資源の一部を格安で売り渡すことになった。もちろん、人足として連れてこられたのは北海道戦線でロシアに降伏した日本兵だった。
 しかし北日本解放戦線の活動が活発になると足尾鉱山の事情も変わった。ここを占領されれば敵に資源を提供するようなもので、拠点としてもかなりの重要性をもつようになる。防備を強化して徹底抗戦するか、鉱山を爆破封鎖して放棄するか意見が分かれたが、最終的にはここを要塞化、解放戦線に対するくびきとしてロシアの混成旅団が駐屯することになった。
「・・・その要塞をどうやって攻略するんだよ」
「まぁ、話を聞け」
 祐一は地雷を除去しつつ、同志中山と諸将との軍議を思いだしていた。
「いいか・・・ここを守るのはロシアの混成旅団。まず東の城壁には機銃塔が三、そして普段の出入りに使われることのない西の城壁には機銃塔が四、それに加えて鉄条網と地雷が行く手を阻んでいる」
「まさに難攻不落だ」
「それで、どう攻撃するんだ?」
「高杉隊を東から、名雪隊は西だ。だが別の隊から抽出した200名を主力として竹崎が指揮し、名雪隊は別働隊として行動してもらいたい」
「別働隊?」
「西門は普段の出入りには使われないが、退却のための通路が用意されている。今回はその詳細な地図を入手することができた」
「とは言っても、そう簡単に通してはくれないでしょう?」
「それはそうだ。だから竹崎隊が的になっている間に、名雪隊は地雷原を突破、敵機銃塔を強襲占拠してもらいたい」
「どうやって地雷原を突破する?」
「ロシアは地雷にかけてまだ開発が遅れているようでな、すべての地雷が探知機に反応する。赤外線を探知するタイプのものは鏡を使ってごまかし、位置を変えてくれ」
「綱渡りみたいだな・・・」
「敵は機銃も旧式だ。竹崎隊も20分ほどなら敵の攻撃に耐える」
「機銃の占拠に成功したら?」
「門を開け、竹崎隊は突入しろ。すると足尾鉱山と、それを守る塹壕が見えるはずだ。塹壕は中央の最も大きなものを囲うように、さらに三つが位置して合計四つだ。竹崎隊は高杉隊と合流できるできないに関わらず、最寄りの塹壕を攻撃しろ。そして名雪隊は中央の塹壕を襲え」
「接近を気づかれたら、名雪隊50名だけでは突破できません」
「気づかれた場合、竹崎隊と合流して高杉隊が城壁を越えるのを手伝え。それからの命令は追って指示する。なに、ロシアはまだ夜間の戦いに慣れていない。北海道戦でも日本軍は夜襲を何度か成功させている。名雪隊の夜襲に敵が反応できるとは思えん」
「野砲支援は?」
「ない。もしも鉱山に命中したら大変なことになる」
「支援なしで要塞を落とせと?」
「日露戦争でロシア兵を恐怖させた日本の夜襲作戦を忘れたのか。心配ない。この作戦なら必ず成功する」
「きばりや!鉱山で会おうな!」
 高杉隊は東の城門を迫撃砲で攻撃しつつ、敵の機銃攻撃を牽制して城壁を上ろうと試みていた。竹崎隊は座標にそって地雷原を前進していたが、どちらも多大な出血を強いられていた。名雪隊は祐一と七瀬に率いられ、地雷と鉄条網を除去しつつ城壁へと近づいていった。
「はぁ、はぁ」
 一歩でも間違えれば地雷を踏む。地雷を踏んだらこちらの進路がばれ、味方は総崩れになってしまう。祐一の緊張は極限に達していた。
「名雪、俺を守ってくれ」
 戦争が終わるまでは絶対に死ねなかった。復讐を果たすために、是が非でも生き残らなければならなかった。その前に立ちはだかるのが朝鮮人であろうとロシア人であろうと、憶することはなにもない。
「よし、フックを出せ!」
 地雷原を突破した名雪隊は竹崎隊の攻撃に合わせてフックロープを発射、城壁を駆け上がった。
「忍び足で続け、機銃座四つは白兵戦で一斉に攻撃するんだ」
 前方に対して釘付けになっていた機銃座は、祐一達の接近に気が付かなかった。後ろから斬りかかられ、機銃座は完全に祐一達の手に落ちた。
「城門を開けろ!味方がなだれ込んだら援護射撃だ!」
 七瀬は手勢を率いて城門付近の衛兵を排除、門を開けた。竹崎隊はなだれ込んで最寄りの塹壕を攻撃、名雪隊の一部は西門の機銃座に残って援護した。
「行くぞ七瀬!俺達は中央だ!」
「よし!」
 西門の陥落によって敵軍は一気に動揺した。逆に高杉隊の士気は上がり、東門の陥落も時間の問題だった。しかし竹崎隊はあまりにも兵力を消耗しており、士気も上がらなかった。中央の塹壕が落ちるか、高杉隊と合流でもしなれけばとても保ちそうになかった。今は前方の塹壕と中央の塹壕の二方向から攻撃され、前進すらままならなかった。
「竹崎隊長!後退するべきでは!?」
「いま後退してみろ!高杉隊は追い払われ、名雪隊は孤立するぞ!死んでも前進しろ!」
 竹崎隊は捨て身で戦い、不利な状況で一歩も退かなかった。
「七瀬、ここから援護しろ。あの機銃座を狙撃できるか?」
「やってみる」
「狙撃兵は残れ!後は残らず俺に続け!」
 祐一が隊を率いて突進した。敵の機銃が火を吹いて迎え撃つ。
「お母さん、私の手を取り、震えを取り除いてください」
 七瀬の狙撃銃が機銃座の敵に狙いを定める。
「賊軍を愛しき大地から追い払います」
 機銃を構えていたロシア兵が、こめかみから血を吹いて倒れた。他の狙撃兵も腕の冴えを見せ、
敵は機銃を抱えて後退した。しかし小銃手達は塹壕を出て祐一が率いる一隊に向かって突撃した。
「怯むな、進め!」
 祐一は得物のアサルトライフルを白兵戦に備えて構えた。名雪隊とロシア兵が激突する。
「うおおおおおお!!!」
 分は名雪隊にあった。体格のいいロシア人を相手に優勢でありえた理由は、いまだに白兵戦を重用して訓練していた日本軍の方針であったのかも知れない。名雪隊は白兵戦を挑んできた敵を蹴散らし、塹壕へ突入した。激しい乱戦が繰り広げられ、ついに名雪隊は中央の塹壕を奪取した。
「ともかくここを死守しろ!絶対に奪われるな!」
 無傷の塹壕から敵が突出してきたが、狙撃兵の合流した中央塹壕は簡単には奪われなかった。
 そこでようやく高杉隊が東門を突破、最寄りの塹壕を竹崎隊と挟撃して撃破すると、名雪隊の援護を受けて残り二つの塹壕に殺到した。すでに敵兵には士気がなく、最後の塹壕は陥落される前に降伏した。
「・・・勝ったのか?」
 祐一は小銃を胸の前に降ろし、近くにいた仲間に尋ねた。
「勝ちました」
「・・・生きてるのか」
 必死の戦闘をくぐり抜け、いま塹壕にばたりと倒れた祐一だが、驚くべきことに無傷だった。最も死ぬ確率が高いと思われていた名雪隊が、どういうことか最も被害が少なかった。
「名雪が守ってくれたんだ、きっと」
 祐一は竹崎が勝手に名雪の名前を付けたことに少し腹をたてていたが、その怒りもおさまった。
 足尾要塞は陥落した。鉱山からは一千名におよぶ日本兵が解放され、これも解放戦線に加わった。東日本の解放における、大きな一歩だった。
 
 しかしその頃、武尊山と足尾要塞の連絡拠点である利根市が、ロシアと北朝鮮の連合軍によって苛烈な攻撃を受けていた。利根市を守るのは解放戦線の老勇、川名将軍。
「なんじゃあれは、巨人か!?」
 川名将軍は前線で指揮を執っていたが、敵の攻撃部隊を見て目を丸くしていた。
 戦車に守られるように前進してくるのは、巨大な二足歩行のロボットだった。片方の腕には武器らしき火砲、もう片方の腕には盾を備えていた。そしてこちらのどんな攻撃も、その巨人には効果がなかった。
「同志中山!敵の秘密兵器が確認されたぞい!」
 川名将軍はすぐに武尊山に構えている中山と連絡を取った。
「どんな兵器ですか?」
「二本足で歩いとる巨人じゃ!この兵力だけでは守りきれん!」
「巨人?ああ、そいつは戦機ですね。日本でも極秘開発していたものですが・・・敵軍が遠征の地に持って来るとは・・・」
「どうする?」
「戦機はどれほどですか?」
「確認されただけで五機じゃな」
「それでは利根を放棄してこちらまで後退してください。足尾要塞を占拠した高杉部隊と挟撃する形をとりましょう」
「了解した!全軍後退!武尊まで退くぞい!!」
 敵の強襲を受けた川名隊は、どうにか四散せずに武尊山まで後退した。そして勢いづいた敵は休むことなく、利根を占領すると次の目標を武尊山に定めて進撃を開始した。川名将軍の敗走と利根の陥落はすぐに足尾要塞にも伝令され、高杉は祐一達を集めて直ちに軍議を開いた。
「いかんちゃ。利根が陥落した。これでは補給も思うに任せん」
「すぐに利根を奪い返そう!敵の退路を断つんだ!」
「待ち、竹崎。この要塞には手勢が500名おるだけじゃ。少数部隊での奇襲がこんな形で裏目に出るとは思わんかったのう・・・」
「食料はありますが、武器の類はあまり収穫がありませんでした。解放した戦犯達も、これでは戦力になりません」
「取るべき方法はあまり多くないな。高杉将軍、利根を迂回して本隊と合流するか、利根を奪い返すか、ここに籠城して本隊を待つかです」
「三番目は無理じゃ。一番目は消耗する可能性があるし、合流しても分が悪い。やはり利根で戦うしか道はなさそうじゃなぁ・・・」
「しかし、どうやって満を持した利根軍と戦うのですか?」
 そこで意見はなくなった。強襲の形をとったこの部隊には、火砲など都市を攻撃するのに適する装備がなかった。まともに戦っては、どうやっても利根軍にはかなわないのだ。
「あの・・・無傷で手に入れた敵の高射砲を使いませんか?」
 捕獲した物資を管理していた七瀬が提案した。
「ロシア製の高射砲です。整備もばっちり弾薬もたっぷり。取り扱いの方法がわかる人があまりいませんけど・・・」
「何機ある?」
「四機。火砲を扱えるのは名雪隊に5人くらいしかいませんけど、戦犯の中に砲兵隊出身の人が何人かいますから、その5人を中心にして高射砲中隊を組織します。彼らは白根山から利根を狙い撃ちにするんです」
「ふむ・・・ほいじゃ、報復にはどうやって耐える?」
「高射砲を爆破して退却させます。もしも敵が討って出たら、こちらも要塞から出て白根で戦いましょう」
「なるほど、山岳戦ならこちらに分があるな。それからどうするんだ?」
「白根で負けたら要塞に退却。死ぬまで戦いましょう。もしも勝ったら、残存部隊は利根に進撃、敵と真正面から戦う。白根の部隊も同様に利根を攻撃する。敵の主力は武尊に向かっているから、ここまでやれば戦線を膠着状態に持ち込めまず。援軍が来るまでねばりましょう」
「それしかない、やってやろう」
「俺も七瀬の策に賛成です。将軍、どうですか?」
「よっしゃぁ!すぐに高射砲中隊、白根攻撃隊、および主力を編成する。解放戦線の心意気、蝦夷と露助にたんと見しちゃりやぁ!!」
 高射砲中隊の指揮官は七瀬、白根攻撃隊は竹崎が150名の兵を率いて担当。残りの350名および迫撃砲小隊は高杉が、解放した戦犯で急編成した予備部隊は祐一が指揮することになった。七瀬隊は直ちに出撃し、白根山を目指した。残された三人は不安な面持ちで七瀬からの吉報を待つのだった。

 川名将軍は無事武尊まで後退、同志中山の下で軍議に参加していた。
「ともかくあの化け物をどうにかせんことにゃ。あれが現れると部下は震え上がってしまうわい」
「ふむ」
 二人が話し合っているのは他でもない、敵の新兵器である戦機についてだった。
「第一次世界大戦の時・・・初めて実戦投入されたイギリスの戦車に対して、ドイツの兵士達はどう対応しましたっけ?」
「手榴弾を束ね、底に向けて投げる。装甲の薄い部分を対装甲弾で貫く。油を流し込んで火を点ける・・・」
「地雷や対戦車砲が開発されたのは一ヶ月ほど後のことでしたね」
「だが一ヶ月も待っておれん。敵は間近じゃ」
「ふむ」
 同志中山は一呼吸おいた。
「やはり背後を突くべきでしょう。敵を前方に釘付けにしつつ、背後に回ってロケット砲や吸着地雷などを使ってみてください。おそらく破れるはずです」
「ううむ、だが戦機は戦車や歩兵に守られておるぞ」
「なら、まずは戦機を孤立させることですね。その辺りは現地で判断してください」
「よし、わしは最前線に立とう。是が非でもあの化け物どもを葬ってやるわい」
「私の方から対戦機戦闘と、戦機そのものを援軍として寄こすように要請しておきます。川名将軍は現在の装備だけで迎撃してください」
「了解した」
「高杉や竹崎達と連絡がとれないのが残念ですが・・・彼らは自力で敵を破るか、ここに戻ってくるかするはずです。彼らが呼応すれば、おそらく勝てるでしょう」
「おそらくとは、弱気じゃな」
「敵の戦力がよくわかりませんからね。もしも敗走した時は、自害することも考えなければいけません」
「わしらはいいが、民は守らなければいかん。わしは最後まで戦うぞ」
「・・・ふぅ、私も覚悟しますよ。せめて建前だけでもね」
 敵は利根から着々と筑波山に侵攻していた。途中で何度も奇襲や遅滞戦法を行っているが、意気あがる敵の出鼻を挫くことはできなかった。川名将軍は最終防衛戦に自ら立ち、敵を包み込むように布陣した。それに対して敵は横列という正攻法をとってこれに臨んだ。川名将軍は今まさに、新兵器である戦機と雌雄を決しようとしていた。
「ゆっくり進め!迷彩は絶対に怠るな、徹底しろ!」
 七瀬の率いる高射砲中隊は、そのころ白根山の山腹にいた。砲撃が可能な台地に着くまで、まだ少しの時間を要した。
「くそ、早くしないと本陣が危機だと言うのに・・・」
「七瀬隊長!敵の主力が武尊山に到達!防衛戦と小競り合いを始めた模様です!」
「くそ!だが焦るな、急ぐな!僕達・・・いや、我々が見つかったら作戦は台無しだ!」
 川名将軍は戦車の上で、迫り来る敵を眺めていた。戦機が五、戦車が三十、それに随伴して歩兵が虫のように群がっていた。
「おう、これは壮観壮観。さあ来るなら来んかい」
 同志中山は自ら民衆の避難を指示していた。
「子供は、特に娘は奥へ隠しなさい!何をされるかわかりませんよ!」
「同志中山、爆薬など何に使うのですか?」
「それは自決用に渡しておくのです」
 間もなく、敵は武尊山に向けて砲撃を開始した。防御陣地が崩れ、戦列が乱されていく中、川名将軍は戦車の上で一歩も動かなかった。
「将軍!隠れてください!」
「うわはははは!!どうしたどうした!それでは足りんぞ!!」
「敵、前進を始めました!」
「者ども、わしに続けい!敵を中央に収束するぞ!」
 川名将軍は自ら精鋭の戦車部隊を率いて敵の真っ直中へ突進した。激烈な応射の中を進み、川名将軍の戦車は敵の戦機に激突した。
「ここで応戦しろ!わしはあの化け物に一泡ふかせてやるわい!」
「どこへ行くんですか将軍!」
「知れたことよ!」
 川名はロケット砲を二問かついで戦車を飛び出すと、戦機の足下をくぐってロケット砲を構えた。慌てて随伴してきた歩兵が将軍を守る。
「ほりゃあ!」
 ロケット弾が戦機の背面に炸裂した。戦機はよろめいたが、すぐに体勢を立て直す。
「ち、もう一発じゃ!」
「将軍!」
 部下の兵士が川名に飛びかかるように押し倒した。戦車砲がそれまで立っていた場所に炸裂し、ロケット砲はあさっての方向へ飛んでいった。
「すまんすまん。味方は大丈夫か?」
「各機集結して奮戦しています!早く待機している両翼へ攻撃命令を出して下さい!」
「いや、それはまだ・・・ん?」
 すると二人の方に向かって戦機が空気を押し潰しながら倒れてきた。二人は寸でのところを逃れるが、なぜ戦機が倒れたのかわからなかった。
「誰の手柄じゃ!?」
「味方はすでに前進しています。ここにはもう・・・」
「まあいい。だがこの戦機、動かんのう」
「・・・中枢を破壊されたのでは?」
「装甲が厚いと聞いておる。そんな簡単には・・・おお!」
「どうしました?」
「わぁっはっは!!わかったぞ、これが戦機の弱点じゃ!両翼に攻撃命令!それに戦機への攻撃方法を伝える!」
「どのような内容ですか?」
「金玉を狙え!!」

☆☆☆

 台地まで到着した七瀬の高射砲部隊は、迷彩をそのままに布陣、砲撃体勢に入った。
「撃てーい!」
 七瀬は旗の代わりに日本刀で砲撃を指揮していた。
「弾を残すな!根こそぎ利根に向かってぶち込め!」
「着弾確認!ですが被害を確認できません」
「いいんだよ。僕・・・いや、我々の目的は敵をおびき寄せることだ」
「こんな場所から砲撃すれば、敵は面食らうでしょうな」
「きっと大部隊で報復するに違いない。それを竹崎の隊が側面から攻撃する」
「我々は?」
 高射砲は第一発こそ斉射だったが、それからは各自の装填速度に任せて勝手に砲撃させていた。
「敵の様子を見てからだ。何か確認できないか?」
「敵はかなり混乱しているようです。我々の隠密行動は完璧だったようですね」
「報復の様子は?」
「ありません」
 高射砲は予定していた通り全弾を撃ち尽くすつもりだったが、あまりにも敵の動きが少ないので射撃を中断した。
「どうだ?」
「いえ・・・なにも」
 200mほど前方に敵からの砲撃が着弾した。地面と空気が振動し、樹木が音をたてて倒れる。
「敵の反撃です!」
「でたらめに撃ってるだけだ。こちらは迷彩がしてある」
 さらに何発か報復射撃があったが、一発も被害にはならなかった。
「どうだ?なにか・・・」
「敵約一個小隊!前進して来ます!」
「偵察だな、蹴散らせ!」
 七瀬の指揮で再び高射砲が火を吹いた。敵小隊は慌てて後退する。
「撃ち方やめ!敵の動向は!?」
「敵約一個中隊!三方から攻め寄せてきます!」
「足尾要塞に電信!敵の誘き出しに成功せり!」
 電信は直ちに足尾要塞へと伝わり、竹崎隊は予定通り白根山に向かって進撃を開始した。
 竹崎が勇んで出かけた後、残された高杉と祐一は作戦に疑問を持ち始めた。
「高杉将軍、誘き出しに成功したなら、我々はもう利根に向かうべきではありませんか?」
「うん、わしもそう考えちょったとこじゃ」
「作戦立案したのは七瀬だが、これはあまりに消極的です。もし竹崎が負けても、我々が受け皿になって利根を攻めましょう。敵の目的は要塞の奪還ではなく武尊の占拠です。ここまで来れば恐れることはありません」
「まっことその通りじゃ!各隊に伝令!本隊および相沢隊は利根に向けて出陣!」
「ようし、一気に攻め立ててやりましょう」
 こうして高杉、相沢の両隊は竹崎の勝利を待たずに出陣した。
「こちら竹崎!七瀬、もう三時間ほどで白根に着くぞ。どの辺りから攻撃すべきだ!?」
「敵は三隊に分かれている。近い方から横撃してくれ」
「お前は退却するんじゃなかったのか?」
「高射砲の威力は思った以上だ。僕はここにとどまって戦う」
「無理を言うな。いずれ座標がばれたら、敵の砲兵が報復するぞ」
「心配しなくても随時場所は変えるさ。君が来るまでもちこたえてみせる」
「どうやら本気のようだな。男の覚悟に水を差すようなこと、この竹崎は言わん」
「じゃあ、待ってる」
「ああ」
 七瀬は無線通信を終えると、再び日本刀を取った。
「さあ移動だ!敵が報復するぞ!」
 七瀬の隊は台地を移動しながらねばり強く戦ったが、やはり戦力に限界があった。敵は恐れることなく砲撃の中をかいくぐり、もう台地に少しのところまで攻め寄せた。
「よし、全隊。足尾要塞に向かって退却しろ。竹崎の隊には近づくな、同士討ちになるぞ」
「隊長はどうなさるので?」
「僕はここを守ると言った手前、後には退けない。ここに残って最後まで戦うよ」
「まさか、お一人で?」
「・・・祐一や竹崎に恩返しがしたい。いつもあの二人に助けられて・・・今なら、何かができそうな気がするんだ」
 七瀬の覚悟に、多くの兵が賛同した。ほとんどの兵は残らずに台地で戦う決意をした。
「ありがとう、皆・・・」
 一方、竹崎隊は敵の報復部隊を随所で各個撃破し、順調に進撃していた。それというのも、七瀬が台地に敵を引きつけてくれているおかげだった。
「七瀬のやつ、思ったよりやるな。相沢の腰ぎんちゃくだと思ってたが、見直したぜ」
 しかし竹崎の予想とは違い、七瀬は台地で死闘を繰り広げていた。すでに四面を敵に包囲され、
高射砲だけではとても防ぎきれなかった。
「祐一、竹崎、やっぱり僕、二人みたいにはなれなかったかな・・・」
 何人もの血を吸ってすでにぼろぼろになっている日本刀の刃を撫でながら、七瀬は呟いた。急ごしらえの塹壕の中、すでに弾薬は底を突こうとしていた。
「高射砲は竹崎が回収してくれる。僕達は敵と最後の一線を交えるぞ」
 隊は七瀬を先頭に突撃し、森の中で敵味方の入り乱れる死闘を演じた。
「ただでは死ぬな!一人でも多く道連れにしてやれ!」
「隊長!敵が続々と集まってきます!」
「怯むな!!大和民族の度胸を見せろ!!」
 七瀬は日本刀を振り回し、来る敵、来る敵を次々と血祭りに上げた。それはとてもあの女々しい七瀬とは思えない姿だった。
「敵の援軍、突進してきます!」
「我ら死すとも、心は常に戦友達と共にあり!行け!」
 七瀬は息も絶え絶えになりながら、敵の援軍に突進した。そして、腹を撃たれるとついにその場に倒れた。
「・・・祐一、お母さん・・・」
 もう死ぬのだと思いながら、七瀬は大好きな人達の名を呼んだ。
「くそう・・・」
 そして七瀬の意識は途絶えた。それからすぐに竹崎の隊が台地に接近してきた敵を追い払った。敵は竹崎隊が来たと見るや、もうダメだと算を乱して利根まで逃げ帰った。

☆☆☆

 「七瀬、撃たれる」の報は竹崎の判断で本隊と祐一には伝えられなかった。高杉隊と相沢隊は士気猛々しく、阻止砲火をものともせず利根に突進。電撃的な速さで利根を陥落させた。高杉将軍の勇名がさらに確固たるものとなったのはまた別の話で、祐一は早く竹崎や七瀬と再会したかった。
「相沢!」
「おう竹崎!無事だったか!」
「当たり前よ、だが七瀬が・・・」
「な、七瀬がどうした。退却しなかったと聞いたが・・・」
「台地からこちらの野戦病院に移したところだ」
「負傷したのか」
「ああ、こっちだ」
 祐一は竹崎と共に野戦病院を訪れた。七瀬は胃を撃たれ、全治三ヶ月の重傷だった。祐一が見たのは、苦痛にうなされる七瀬の姿だった。
「こいつ、どうして退却しなかったんだ・・・」
「俺達の勝利を確実にするためだな」
「・・・七瀬」
「起こすか?」
「ああ、すぐに行かないといけないからな」
「おい、七瀬!」
「あ・・・祐一、竹崎」
「七瀬、勇敢に戦ったそうだな」
「うん。部下のおかげだ」
「そんなことないぜ。お前は立派な指揮官だ」
「へへへ・・・ありがとう」
 そこで、七瀬はふと視点を祐一から竹崎に変えた。
「竹崎・・・僕は死ぬのかい?」
「・・・・そうきたか」
「はっきり言ってくれ」
「それよりも重大な事実がある」
「な、なんだよ」
「それは・・・」
 竹崎は七瀬のベッドから少し距離を置いた。
「・・・それは」
「なんだよ」
「・・・お前を撃ったのは俺だ」
「は?」
 野戦病院の中で、その一瞬だけ時間が止まった。
「今、今なんつった?」
「だから、お前を撃ったの俺」
「・・・・ああ」
 七瀬は絶句した後、すぐに言葉を取り戻した。
「こ、こ、この野郎!どうりで見覚えのある顔だと思ったんだ!!」
「許せ!許せ七瀬!」
「許すか!!」
「いきなり日本刀で斬りかかって来る方が悪いだろ!」
「日本刀を持ってりゃ日本人だろうが!!」
 手当たり次第にそこら中のものを竹崎に投げつける七瀬。祐一はしばらく静観していたが、七瀬の傷が開きかけているのを見てさすがに止めた。
「七瀬、お前も悪い」
「くそー!僕は死なないからな!死んでたまるか!!」
「七瀬、お前は全治三ヶ月だ」
「さ、三ヶ月!戦争が終わっちまう!」
「ゆっくりしとけ。俺達で戦争は終わらせるから」
「・・・なんてこった」
 七瀬はばったりとベッドに倒れた。
「俺達はここからすぐに武尊本陣の援軍に行く。ここは高杉将軍が守るから安心しろ」
「・・・ふぅ。なんで僕って、こう格好がつかないんだろ?」
「運命だろ」
「い、いきなり身も蓋もないね・・・ちぇ、祐一と一緒に最後まで戦いたかったよ・・・」
「ま、こういうこともあるさ。そうじゃなくても、戦場じゃ何人も何十人も死んでるんだ」
「うん・・・」
「じゃあな」
「祐一」
「僕・・・二人の助けになったかな?」
「十分すぎるくらいにな」
 七瀬は笑顔で、祐一を見送った。

「ともかく、俺達は俺達でしっかりせにゃならんわけだ」
「そーだな。七瀬を撃っておいて前向きな竹崎くん」
「・・・俺だって悪いと思ってるって」
「そーかそーか」
 あれから裏口を通って抜け出してきた竹崎と合流し、祐一は高射砲の威力であちこちが瓦礫と化している利根市街を歩いていた。厳戒令が解かれ、ちらほらと住民の姿が見え始めている。
「戦機が残らず出払うなんてなぁ、本陣は無事らしいが」
「決戦を待ってるらしいからな。俺達が行って助けてやらないと」
「そうだな」
 祐一は竹崎と話を続けながら、ふと街の情景に目を移した。
「どした?」
 何の脈絡もなく、祐一の意識は遠い過去へと飛んだ。本当に忘却してしまいそうなほど、様々な意味で遠くなってしまった記憶だ。そのとき祐一は17歳で、名雪と共に何もかもから逃げ出して、知らない街を転々としていたのだ。

「祐一、こっちだよ!」
「ちょっと待ってくれよ」
「この街、銭湯があるんだよ。後から一緒に行こうね!」
「一緒にか?」
「バカ、変なこと考えてる」
「悪い悪い、でもあんまりはしゃぐなよ。名雪」
「どして?」
「だって、子供みたいじゃないか」
「いいじゃない。駆け落ちなんて、私なんかわくわくするんだぁ・・・」

「おい、相沢・・・」

「名雪・・・」
「祐一、来てくれた・・・」
「名雪、名雪・・・」
「約束、守ってくれたぁ・・・」
「名雪・・・」
「ありがとう・・・えへへぇ・・・」

「・・・名雪ってのは、あの・・・」
「は」
 テレビの電源を切ったように、祐一は現実へ引き戻された。何も変わることのない風景。
「死んだ女か」
「・・・ああ」
「心配するな。じきに会えるさ」
「うん・・・」
「どうした?」
「不思議だな、女ってのは」
「あん?」
「戦友が数限りなく腕の中で死んだってのに、女だけはまるで、凍った刃で引き裂いたみたいに頭から離れない・・・まるで、まだ生きているみたいに・・・」
「そりゃあ・・・」
 竹崎は煙草を吹かしながら、祐一の過去に付き合った。
「お前が、死んだ彼女を愛しているからだろ」
「なに?」
「生きている彼女を愛していたように、死んでもなお彼女を愛してるからだ。それは間違ったことじゃない」
「・・・うん?」
「生者も死者も、変わらず愛することは、尊いことだって、どこかの経典に書いてあったぜ」
「はは、経典か。そうか・・・」
「なぁに、心配するな。すぐに会える。すぐに」
「ああ、すぐに・・・」
 二人は利根市に臨時設立された司令部へ向かった。
 いつか戦争が終わっても、俺の戦争は終わらないだろう。仇を皆殺しにするという戦争が終わるまで、終わらないだろう。すぐにと言ったはずの祐一の心には、果てしない戦争と殺戮の道程が浮き上がっていた。
「竹崎、相沢、ともによくやった。七瀬は名誉の負傷でしばらく戦線復帰できんが、お前達にはよりいっそうの健闘を期待しているぞ!」
「将軍、無理に標準語を喋らなくていいっすよ」
「い、いや。せめてねぎらいの言葉くらいは標準語でな・・・」
「じゃあ、これからの作戦を説明してください」
「おう!そうこなくっちゃおもろうないぜよ!わしは中山みたいに長続きしよらんきに!」
「で、状況は?」
「おう。本営からの連絡によると、なんとか第一波は食い止めたが、多くの陣地を制圧され二度目はない、至急援軍を乞う・・・だそうじゃ」
「援軍に向かうので?」
「援軍に行くんじゃが、合流は無理じゃ。それに合流は意味がない。武尊から敵を一掃せんことには合流もクソもないわ。そこで、わしの方から作戦を立案した!」
 高杉は武尊全図を広げた。
「斥候からの情報によると、敵は横列で正攻法を執っちょるちゅうこっちゃ!これに対して川名将軍が単騎で敵の中枢に突撃、敵の戦力を収束させてどうにか第一波は防いだが、犠牲も多く二度目の攻撃には耐えんと。そこで、わしから提案して将軍の布陣を二つに分けてもらった。こんなふうに・・・敵の両端を突くようにな」
 高杉が地図の上に布陣の線を引く。
「これでは、本営が危険です」
「危険じゃ。だが本営が無防備だなんて誰も思わんじゃろ?」
「奇略ですな」
「うむ。そこでおまんらにも敵の両端を背後から突くように前進してもらう。さすがにここまでやれば敵の両端も折れるじゃろ。おまんらは敵の戦列を潰して味方と合流、速やかに戦列の最後尾を迂回させて敵を包囲するんじゃ。この作戦は敵が本営の無防備に気づかん限り確実に成功する」
「もしも気づかれたら?」
「中山には骨になってもらうしかないの。最悪そういうこともありうるが、敵が気づくのが早いか、こちらの包囲が早いか、勝負所じゃ。おまんらには全幅の信頼をおいちょる!」
「高杉将軍は利根で待機を?」
「ああ。敵の増援はここで食い止める。わしがおらなまずいきにの。おまんらは仲がいいから、合同作戦でも問題ないじゃろ?」
「やりましょう」
「異論はありません」
「敵の総攻撃は時間の問題じゃき、可能な限り迅速に行動しちょくれ。この作戦全体の総大将は同志中山、援軍の大将は竹崎じゃ。中山と連絡をとりつつ行動してくれ。以上じゃ!」
 竹崎と祐一は高杉からそれぞれ100名ずつ兵を借り受け、これに足尾要塞からの増援をやはり100名ずつ加え、合計400名の大隊となって武尊へと向かった。武尊では川名将軍が限界まで敵に対して牽制を加え、どうにか総攻撃を防いでいた。保護されている民衆は避難を終えたが、民衆も兵士も精神状態はかなり危うかった。ともかく援軍が必要だった。
 川名将軍は決死隊を組織して敵陣に切り込み、敵の戦機を一、戦車二両を破るという戦果を上げていた。これで敵戦機は残り三機だが、これに怒った敵陣では多少の犠牲を強いても総攻撃を敢行すべきではないかという意見が強まった。しかし北朝鮮とロシアの連合軍は協調できず、戦力では勝っていても足並みが揃わなかった。これで無理な決戦に挑めば逆転される可能性があると、慎重な意見もまた絶えなかった。
「援軍はまだか!もう限界じゃぞー!?」
「竹崎と相沢が400名の精鋭を率いて敵の背後20kmに迫っています。彼らが奇襲するまで待ってください」
「早くせんかぁ!!」
 だが当然、敵は利根の陥落と敵部隊の接近を予想していたので、背後にも警戒を怠ることがなかった。これに対して、急ぐあまり隠蔽を怠った竹崎と祐一の隊は、先遣隊が敵の斥候から逆に奇襲を受けるという有様になった。
「なにぃ!?敵の斥候に発見された!?ええい、全軍戦闘態勢!敵の小勢は蹴散らして両翼を潰せ!味方と合流しろ!」
 この報と命令が祐一のもとへ届くと、祐一は自らロケット砲とアサルトライフルを構え、最前線で指揮をとった。戦機との戦闘はとても末端の兵士に任せられなかったのだ。
「援軍が突撃を開始!?わしらも討って出るぞ!とどめおかまし大和魂!賊軍を蹴散らせ!」
 援軍突撃すの報を受けると、川名将軍は同志中山からの指示を待たずに援軍に呼応して突撃、これに対して敵は総攻撃で応じ、ここに武尊山をめぐる両軍決死の決戦が始まった。
「者ども、かかれー!!」
 武尊本軍は最初の士気こそ低かったが、この決戦において負ければ後がないと最後の勇気を振り絞った。竹崎、相沢の両隊長が率いる援軍は利根を陥落させた勢いもあり、その勇進は恐れを知らなかった。北朝鮮、ロシアの連合軍はこれに対して足並みが揃わず、先手を打たれたこともあり押され気味であった。だが前哨戦で勝ち進んだ兵の士気は極めて高く、両翼はそう簡単に潰されることはなかった。
「相沢隊長!戦機が来ます!」
「兵力を報告しろ!」
「戦車二両に守られています!突撃陣を分断するつもりです!」
「こちらから二列に分かれろ!両側面から敵のキャタピラを撃て!戦車の動きを止めたら戦機の股間をロケット砲か地雷で攻撃しろ!」
「股間を?」
「脚部の処理中枢を打撃するんだ!動きが止まる!」
「わかりました!」
 祐一は自ら対戦車班を率いて戦車に銃撃さながら敵の側面へと突っ走った。砲弾で空いた窪地に身を潜め、班が集結してくるのを待つ。戦車砲が火を吹き、潜んでいた窪地の一端を吹き飛ばす。
祐一は銃で必死に威嚇しながら待ち、ようやく班は集結した。
「ドラゴンミサイル!キャタピラを狙え!」
 アメリカからの援助兵器である対戦車ミサイル、ドラゴンを射手が構え、バックブラストを避けるために後ろからは兵が退く。
「撃て!」
 花火が上がるような音をたてながら、ドラゴンミサイルは敵戦車のキャタピラに命中。動きは止まったが、戦車砲は依然として健在である。祐一は正面にいる味方にも攻撃命令を出した。
「お前達は戦車を襲え!俺は戦機を片づける!」
 部隊は正面と側面から一斉に、戦機の小隊へ突進した。機銃応射によって阻まれて何人か倒れるが、怯まなかった。戦車に肉迫した味方は空気穴から手榴弾を投げ入れ、脱出してきた敵戦車兵を地面に引きずり落とした。手榴弾が何発か炸裂すると戦車はようやく沈黙、もう一方の戦車は対戦車地雷で撃破された。
「ここで終わりだ!」
 祐一は戦機の足下に滑り込み、股の下から垂直にロケット砲で攻撃した。耳を切り裂くような爆発音と共に、ロケット弾は間近で炸裂する。戦機は動きを止めたかと思うと、貧血を起こした人間のようにゆっくりと横向きに倒れていった。敵の突破部隊は壊滅し、味方から歓声が上がる。
「やった!やった!」
「前進を続けろ!川名隊と合流するぞ!」
 祐一の隊は勢いに乗って突撃を続けた。歩兵による応戦を蹴散らしながら2kmほど前進したところで、ようやく川名隊の先頭と合流を果たした。
「川名隊、無事か!?」
「無事です!こちらは被害も少ない!」
「こちらの被害は甚大だ!とても包囲する兵力はない!相沢隊はこのまま敵の中枢に突っ込む!本陣に野砲支援を要請してくれ!」
「了解しました!」
 相沢隊と川名隊の合流、それに祐一の作戦具申はすぐに本陣へと連絡された。
「それは無謀です。突撃は許可できません。包囲が無理なら、相沢隊はそこに味方を集結させなさい。三つの部隊が呼応できるまで休むのです」
 祐一がこれを聞くと、地団駄を踏んで悔しがった。
「くそ!もう一息じゃねぇか!!」
「命令です相沢隊長!味方を集結させてここで待機してください!」
「わかったわかった!お前達はどうするんだ!?」
「敵を包囲しつつ前進します!相沢隊は総攻撃の下令を待ってください!」
「わかった。速やかにな」
 祐一の隊は敵の銃撃がすぐ側に聞こえるその場所で、集結と待機を命じられた。一方、竹崎隊は戦車や戦機と遭遇することもなく被害は微々だった。歩兵だけで編成された敵左翼を潰して川名隊と合流し、こちらは当初の予定通り包囲する形に動いた。
「そうか・・・俺達は休んどけ!ああそうだ飯を食え!総攻撃に備えろ!」
 祐一にはまだ余裕があったが、部下の兵士達は肉体的にも精神的にも疲労困憊していた。携帯しているビスケットやチョコレート、バターなどを口に放り込み、しばしの休息を得る。
「攻撃命令はまだか?」
「あ・・・きました!五分後に本陣より砲撃支援!8分後に突撃せよです!」
「聞いたか野郎共!俺達は包囲陣をとらず敵中枢に突撃だ!心配するな!今度は竹崎隊と川名隊が援護する!目標に到達したら奮戦粉砕しろ!」
 五分後、本陣から唸りを上げて野砲支援が開始された。何もかも吹き飛ばしてしまうのではないかと思うほど長い砲撃の後、総攻撃が開始される。祐一の部隊は敵の戦列を切り裂きながら中枢へと向かった。
「もう作戦などない!同志達よ、日本兵の勇猛を蝦夷と露助に見せろ!止まることなく敵中枢を切り裂け!」
 敵左翼は川名隊と竹崎隊によって包囲され、徐々に中枢へと後退を始めた。右翼は川名隊を相手に勇戦したが、相沢隊が背後を通過していく恐怖から士気は低かった。右翼は徐々に押され、戦意を失った敵は混乱、相沢隊が通過した隙を突いて退却を開始する部隊もあった。相沢隊の背後を突こうとした部隊もあったが相沢隊の進撃はそれよも速く、突出してきた川名隊に各個撃破されていった。
 こうなると、もう時間の問題であった。敵にはまだ戦機を始め戦車が10両以上も残っていたが、術中にはまり統率の執れなくなった戦車部隊は満を持して進撃してくる川名隊の戦車によって次々と撃破された。そしてついに敵の中枢は相沢隊によって切り裂かれた。敵は算を乱して退却を開始した。
「相沢隊長!戦機がまだ残っています!」
「周囲から敵兵を排除、捕獲しろ!」
 最後に残った戦機は勇敢に戦うも、歩兵の援護を失って孤立。歩兵によるロケット砲やミサイルの集中攻撃を受けると、ついに諦めて投降した。乗っていたのはロシア兵だった。これにより退却せずに残っていた敵も戦意を消失し、解放戦線に投降した。抵抗がすべて沈黙すると、同志中山は全部隊に向かって無線通告を行った。
「戦闘終了、我々の勝利だ」
 味方から大歓声が上がった。ここに解放戦線は武尊決戦で勝利を得、利根市から足尾要塞へと大きな前進を果たした。
 敵の援軍は高杉将軍とその部隊によって撃退されたが、市街を利用しての虚誘策をとったので市民の反発感情が高まってしまった。しかし、わずかな兵力で勝利を重ねた高杉は西日本から勲章を授与。竹崎と祐一には何もなかったが、七瀬には白根台地での決死戦を賞されて名誉負傷の勲章が贈られた。
 解放戦線は足尾要塞の戦犯を解放、西日本を始めとした援助によってこれを武装させ、戦士として部隊に増員した。さらに敵戦車や秘密兵器であった戦機を捕獲、解放戦線の全軍は旅団規模へと拡大した。

 祐一は次の行動が決定される前に休暇をもらい、利根にある解放戦線管理下の病院へ赴いた。
「そっか。勝ったんだね祐一、僕も参加したかったな・・・」
 七瀬は祐一の見舞いに笑顔で応えたが、どこか寂しそうだった。
「それでも富士防衛戦は沈黙したままだ。決戦は先になりそうだな・・・」
「その間に、僕が回復していればいいんだけど」
「また一緒に戦えるさ。生きていればな」
「うん・・・」
 七瀬はとりあえずそう答えると、窓の外へ目をやった。
「ねぇ祐一」
「なんだ?」
「どれくらいかかるかわからないけど、祐一は戦争が終わったらどうするの?」
「・・・考えてない。お前は?」
「僕はお母さんのところに戻って、一緒に暮らすよ。これまでずっと親不孝してきたから」
「そっか。母親か」
「祐一の家族は?」
「いるけど、いないようなもんだ」
「そう・・・」
 七瀬は窓から目を戻した。
「恋人の仇を・・・とるんだっけ?」
「ああ。何年かかってもな」
「戦争が終わっても?」
「ああ」
「そう・・・」
 七瀬はまた窓の外へ目を移した。
「祐一、今日はありがとう。でも、復讐に身をやつしていると、きっと幸せには死ねないよ」
「それでもいい」
「それに祐一、君はきっと復讐を果たす前に死ぬよ」
「そんなことはない」
「祐一・・・何か大事なものを探してくれ。復讐に代わる宝物をさ。君になら、きっと見つけられるから」
「宝物か」
「僕は祐一を失いたくない。ましてや、終わる見込みのない戦争でなんて」
「終わらせるさ」
「そうしたら、君はきっと復讐される」
「そうかも知れない」
「だから・・・宝物を探すんだ。血とか銃とか、そういうものとは関係ないものを」
「・・・ありがとう、七瀬。でも俺の決心は揺らがないよ」
「祐一」
「じゃあな、お前が元気そうでよかった。また一緒に戦おうな」
「うん・・・」
「戦場で待ってる」
 祐一は去った。もう二度と戻ってくることはなかった。様々な意味で。

☆☆☆

 中国政府が筑波山での北朝鮮軍敗走、および佐原脱獄囚による反乱軍の解放戦線合流を耳にしたのは、すでに足尾要塞が陥落し北朝鮮・ロシア連合軍が武尊決戦において敗れた後だった。
 日本の極秘開発機構である「鬼兵」の実験および実験内容をすでに入手していた中国は、同軸実験として「共鳴者」を発動、成功させている。それは相沢祐一の変異より先であった。切り札である共鳴者が日本人にも存在していたことは予想の範疇であったが、すべての日本人を監視管理するなどということが事実上できるはずもなく、中国政府はこれに対して迅速な対応をすることができなかった。しかしどんな低確率とは言え、実現してしまったことを否定してもしようがない。中国政府は共鳴者である実験対象にして生物兵器、呂布奉先を人民解放軍の確実な切り札とするべく、「原人」折原浩平および予定外の共鳴者である相沢祐一の捕獲を決議する。
 そして人民解放軍の切り札、呂布奉先その人は相沢祐一を捕獲するための非常手段として北海道に送り込まれた。この二人の間で人外魔境の戦いが繰り広げられたのは、日本戦争が始まってから間もなくのことである。

 足尾要塞を陥落させ、その勢力範囲を大きく広げた解放戦線の下には、連日連夜にわたり志願兵が詰めかけていた。16歳の少年兵から60歳の老兵、果ては富士防衛戦を突破して駆けつけた現役の将兵など、その数は数千に達しようとしていた。しかし本営の規模や諸々の事情を考えると歩兵の数は最高5000人が限度であり、結果として競争率が発生することになってしまった。同志中山、それに高杉を始めとした諸将は部隊を編成するための徹夜作業が続いていた。編成だけでなく、これからの行動方針、行動内容、派兵の規模など考えなければならないことは山のようにあり、これは高級士官の数が兵士の絶対数に追いついていない実状を如実に示していた。
 竹崎は将軍に次ぐ部隊長に抜擢され、武尊山の一時的な防衛隊長に任命されていた。祐一は竹崎の下、砲撃や地雷などで潰されてしまった防御陣地の確認と復旧に明け暮れていた。祐一には竹崎や将軍達ほど人間を掌握する能力がなく、ほとんど自分の足で回らなければならなかった。なんとか防衛網を復旧したものの、その仕事ぶりから祐一は防御陣の士官としては外されることになってしまった。
 しかし同志中山や高杉は祐一が少数の兵による奇襲や特殊工作に極めて逸脱した能力を見せることを知っていたので、竹崎を足尾要塞の守備隊長に任命する傍ら、祐一に本営直轄の特殊部隊を指揮させることが決まった。部隊名は足尾奇襲において使われた愛称そのまま「名雪」に決まり、これにはゲリラ兵や諜報員として訓練を受けた者が加わることになった。もちろん足尾奇襲を生き残った祐一の部下はそのままである。七瀬は白根台地での隠密行動や奮闘を買われて名雪の副長に就くはずだったが、負傷のために戦力から外され、副長就任も見送られることとなった。
 利根は川名将軍の歩兵隊および砲兵隊が守り、武尊本営には高杉将軍の突撃大隊、そして祐一の特殊部隊が待機することになった。
 編成が終わって武尊の守備が固まると、高杉と祐一はすぐに命令を帯びて各地を転戦した。最終目標は群馬県庁所在地である前橋市の攻略だった。祐一の率いる名雪が敵を奇襲し攪乱、高杉の突撃歩兵が強攻して司令部を潰すという戦法が功を奏し、前橋市を囲むように解放戦線の勢力は拡大していった。西日本を始めとする各国からの援助もこの時が最高潮となり、高杉の部隊には突撃砲、祐一の部隊には暗視装置など様々な兵装が加わり、もはや群馬県内においてこの二部隊にかなうものはいなかった。だがあまりにも本営から離れすぎたせいで補給線を切られ、孤立した上に伏兵を受けるといった窮地も何度かあり、その度に老雄川名将軍は援軍として駆けつけた。高杉と祐一の部隊は何度も危機や窮地を乗り切り、たびたび数を減らしながらも確実に部隊として成長していった。兵は戦い慣れ、様々な戦法を修得し、もはや二人の部隊は占領軍にとって無視できない存在となっていた。武尊を攻撃するための足がかりとなる足尾要塞の攻略は守将竹崎によって阻まれ、難攻不落の名をいっそう確実にしていった。
 規模を拡大した解放戦線の兵力は歩兵にして四万を数え、これ以上は同志中山の能力を超えるというところまできていた。同志中山は前橋へ数十kmというところまで駒を進めたが、これを攻め落とすのは容易ではなかった。
 群馬県の占領軍長官に任命されていた張遼大佐は北朝鮮軍においては珍しい知将で、余計に攻めず余計に守らず、前橋の戦力を維持しかつ解放戦線の侵攻を何度も挫いていた。武尊山への空襲やヘリボーンなどによる奇襲攻撃も相次ぎ、本営は落ちこそしなかったが兵は疲れ、いつ自分の死ぬ番がくるのかと怯えるようになった。これに同志中山は焦り、前橋への攻撃をさらに強化したが、張遼大佐は怯まず応戦。戦線は膠着状態に陥った。
 同志中山にはこの状況を乗り切るだけの器量がなかった。敵の反撃を防ぎつつ、攻撃して戦線を維持するのが精一杯だった。
 この危機を最も早く察知したのは同志中山の盟友、高杉将軍であった。同志中山が総指揮を執っていては、どうあがいても戦況は解決しない。しかし代わって指揮を執ることができるような軍師の存在も見当たらなかった。高杉自身も勇敢な将ではあったが、とても四万の軍勢を束ねることはできなかった。自分では足りず、また他に信頼できる人物がいるわけでなく、高杉は考えるに詰まった。
 最前線にも近いある都市の司令部に、高杉は祐一を招いてことの次第を相談することにした。
「どうしたもんかのう、中山はもう限界のはずじゃ」
「総大将が策に尽きるとは。誰か有能な軍師はいないのですか?」
「おらん。と言うか、知らん。しかし軍師を募集するわけにもいかんきに」
「野に人材を求めては?」
「おんし、いきなり連れてきた人間に命を預けられるんかのう?」
「・・・うーん」
「そういうこっちゃて、わしも考えるに尽きたぜよ。ほいじゃき、なんか良い案がないかな思うて・・・おんしを呼んだじゃけんどな」
「そう言えば、俺達が足尾要塞に孤立した時、七瀬のやつが解決策を提示してくれましたね」
「おお、あのおなごのような顔しちょった奴じゃな」
「そうですか?まぁともかく白根の英雄七瀬だったら解放戦線の戦士達も信頼するでしょう。あいつを利根の病院から無理にでも退院させて、同志中山の参謀につけては?」
「なんもせんよりましか。わかった、七瀬を退院させて中山に付けちゃろ。少しでも事態が好転すりゃええんじゃが・・・」
 この日の高杉と祐一の会話によって、七瀬の一時的な処遇が決まった。七瀬は寝ていたところにいきなり総大将からの令状がきたので、傷口が開くほど驚いた。話によると高杉と祐一、それに竹崎も納得しての推薦ということだった。武尊山に召還され、厳重な警備のもとで本営へ向かう七瀬の緊張は極度に達していた。
「な、七瀬・・・二等兵まいりました」
「君は一時的に私の補佐だ。待遇は将官クラスを約束するよ」
「あ、ありがたき光栄に存じます」
「君とは相沢や竹崎と共にここで会ったきりだった。足尾要塞と白根での戦い、見事だった」
「はい」
「さて、ここに勢力図がある。君は孤立した足尾要塞から同胞1500名を脱出させた名将だ。何か打開案を思い浮かばないだろうか?」
「え、ええっと・・・」
 七瀬は同志中山と、武尊山の守備隊長らに囲まれながら地図を見た。
「聞いてはいましたけど、ここまで勢力が広がっていたんですね」
「ああ、そのおかげで補給線は伸び、兵力は分散し、もしも張遼大佐が総攻撃に出ようものならこちらは敗走を免れない。それでも総力が拮抗しているから、向こうもそう大胆には出てこれないのだが」
「うーん・・・」
「もしも東京や富士防衛戦に臨んでいる部隊が抽出されようものなら、戦局を覆される可能性もある。そうなる前に、何が何でも先手を打たねばならないわけだ」
 七瀬はここで、筑波山で起こった祐一の変異を思いだした。
 もしも祐一を最終拠点である前橋に放り込めば、おそらく勝てるのではないだろうか?
 だがその考えもすぐに振り払った。確信があったとしても、戦友を売るような真似はできない。そこで七瀬は、前橋市のほぼ中央に川が流れているのを見つけた。
「ここ、川が流れているんですね」
「うむ。吾妻川が流れているが・・・」
「どうでしょう。この川を上流から堰き止めて、前橋市を水浸しにしては?」
 その言葉に、同志中山も含めて多くの将が眉をひそめた。
「水攻めとは・・・もう何百年も使われていない戦法だ」
「でも、無理なことはありませんよ。前橋市はちょうど三方を山に囲まれていますから、川が氾濫したが最後、街は水没します」
「いや、常識的に考えて水没させるのは不可能だ。せいぜい人間の膝までを濡らす程度だろう」
「そこまでやれば十分ですよ。それくらいなら戦車はものともしませんが、砲は高い場所へと移動させるはずです。伏兵をもってこれを叩けば、身動きがとれない敵歩兵は追撃できません。後は上流からかもしくはヘリを使って水に毒を混入すればいいんです。敵はすぐさま前橋市を放棄して四方へ逃げます。そうしたら我々は各拠点より進撃、これを各個撃破します。夜が明ける頃には、前橋の守備隊は壊滅的な打撃を被り、張遼大佐は東京まで敗走するでしょう」
 七瀬は一気に説明したが、諸将は顔を歪ませたままだった。理屈は理解できても、そう簡単にいくかという疑問が晴れないのだ。
「やりましょう。他に策はないのでしょう?」
「うむ、賭けてみるか」
 七瀬は自分の立つ瀬を守ることができて一安心だったが、失敗したら処刑されるということは考えていなかった。長く戦場から離れ、祐一や竹崎に大変な遅れをとっていた七瀬は、あるいはここで一気に名誉挽回しようとしていたのかも知れない。
 こうして七瀬の策は採用され、実行に移されることになった。すぐさま吾妻川は堰き止められ、雨天を待って決壊する準備が整えられた。しかし肝心の砲を叩く伏兵をどうやって前橋付近の山野に到達させればいいのか、これも大変な難題だった。高杉や祐一の部隊に命じれば敵の警戒線を切り裂いて侵入することはわけないが、それでは本末転倒になってしまう。敵に気づかれないようにしなければならないのだが、張遼は高杉や祐一の恐ろしさを熟知していたので警戒線には厳重を敷き、これも策を弄さなければとても不可能なことだった。試行錯誤の末、考え出された策は陽動だった。高杉部隊を前橋前方に布陣、川の氾濫と共に前橋へ前進させる。主力である前橋の部隊は水によって素早い対応ができないため、警戒線の部隊を動員させるという思惑であった。
 最終的には前橋前方100kmほどのところに高杉部隊、それを挟むようにして東西の山間部には歩兵戦闘車に搭乗した名雪が配置された。このとき祐一は西側におり、東側の隊は祐一が最も信頼する部下に隊長を務めさせた。高杉部隊の背後には川名部隊が散開した状態で待機し、敵を殲滅せよの命を待った。
 だが、事態は思わぬ方向へ展開してしまった。
 作戦決行に絶好の激しい雷雨が降り注ぐ中、作戦決行の命を今まさに発動せんとしていた同志中山の耳に、予想だにしない事態が報告された。なんと張遼大佐の全軍はこの雨の中で戦略的夜襲を決行、戦線を押し戻すべく進撃を開始したというのである。これを聞いた同志中山はしばし呆然としてしまったが、ここにきて作戦を中止するわけにはいかず、敵の動向は無視して作戦決行を下令した。
 吾妻川の堤防が切って落とされ、鉄砲水が怒濤の如く前橋へ迫った。高杉部隊は正面から向かってきた張遼軍先陣と激突、熾烈を極める攻防が繰り広げられた。川名将軍は動揺したが、布陣を維持せよの命に従った。最も動揺したのは名雪だったのだが、これも作戦を止めるわけにいかなかったので強行前進が指示され、祐一はこれに従った。
 名雪は途中で何度か敵部隊と遭遇したが、戦列を切り裂いて突破した。張遼にはもちろん少数の敵兵が後方へ向かったという報告がなされたが、張遼自身が指揮車に乗って前橋にいなかったこともあり、そんな兵力で何ができるとこれを軽視、名雪は速やかに前橋を包囲するように布陣した。
 鉄砲水がついに前橋へ達すると、守備についていた敵兵は一気に混乱した。しかしそこには張遼もいなかったが、重要な火砲や対空兵器もなかった。名雪は前橋を脱出してきた敵兵を排除、前橋市街へ迫ったが、街は洪水状態になっており占拠することはできなかった。毒の散布は中止され、ここに計画は頓挫したのである。
 張遼軍の第二部隊および第三部隊は解放戦線の抵抗を蹴散らして各自拠点を制圧。後方から野砲や対空兵器の到着を待った。しかし張遼が直接指揮する本隊は高杉部隊の勇戦によって押し止められ、戦局は一進一退だった。同志中山は功を焦り、川名部隊に前進を下令した。川名部隊はすぐに前進を開始、高杉部隊を援護しつつ張遼部隊を包囲した。これにはかなわず張遼隊は後退、しかし後退した先に待っていたのは水没した前橋市であった。張遼隊は前を高杉、川名。両側面を名雪。後方が水没となって完全に包囲された。張遼は総崩れを防ぐために、先に進撃した第二部隊および第三部隊に援護を要請、この命を受けて各部隊は占拠地点を放棄、包囲されている張遼部隊を目指して解放戦線の包囲陣を背後から攻撃した。
 こうして前橋市を背後にした大乱戦が繰り広げられた。解放戦線はいきなり両側面を突かれて度肝を抜かれたが、前にあるのは敵の本陣、しかも味方が密集しているため逃げようがない。張遼は包囲された状態で奮戦、しかし高杉部隊も挟撃されながら一歩たりとも退かないので、いつまでたっても勝敗は決さなかった。
 だがここにきて将としての経験の差が出たのか、高杉部隊は張遼による各種戦法によって戦線を維持できなくなった。仕方なく後退した高杉の代わりに川名部隊が後詰めとして張遼を包囲するも、戦線は徐々に押されていった。
 この状況を打破すべく、同志中山は張遼部隊の防御が最も薄い位置にいる名雪に下令、速やかに決死隊を組織し張遼を討てとのことだった。祐一はなんと無茶なことをと驚いたが、命令に背くわけにはいかなかった。祐一は自ら20名の部下を率いて張遼陣へと潜入した。
戦線を突破することはわけなかったが、敵陣を進むことは容易ではなかった。中心地を離れたとは言え、前橋の市街地はまだ続いている。決死隊は家屋を通り抜ける、下水道を通り抜けるなどまるで鼠のように本陣を目指して走った。もちろん退路のことなどまったく考えておらず、張遼を戦死させたら戻ることなく進み、川名部隊と合流するつもりだった。しかしそんな無茶な作戦がそもそも成功するはずはない。祐一達は逃げ回るように敵本陣を駆け回ったが、ついに追いつめられると敵弾の降り注ぐ中で孤立した。
「ちくしょう!こいつもダメだ!」
 祐一は致命傷を負った部下を腕に抱いていたが、息絶えたことがわかると、死体を地面に目がけて投げ落とした。
「隊長、もう無理です・・・潔く自決しましょう」
「諦めるな!生きるんだ、生きるんだ!こんなところで死んだら、これまでやってきたことは一体なんだったんだ!?」
 しかし生き残っていたその兵士も、祐一の目の前で頭を撃ち抜かれた。
「馬鹿野郎、包囲されたら頭を上げるなとあれほど言っていたのに・・・」
 周囲からも勇気ある声は絶えていた。誰もが負傷し、あるいは負傷した者を腕に抱き、助けを求める声、家族の名を呼ぶ声が充満していた。
「脱出するぞ!俺に続け!」
 祐一は最後の勇気を振り絞って部下を激励したが、もう戦う気力の残っている者はいなかった。
 そこに、肉迫してきた敵が手榴弾を投げ入れてきた。瞬間的な炸裂音と光線。祐一の意識と記憶は、そこから途絶えている。
 
 祐一は幻を見た。しかし、その幻はあまりにも鮮明で存在感に満ち、どちらが現実でどちらが幻なのかわからなくさせるほどだった。
 まず見えたのは、幼い頃の記憶。そしてなぜか、様々な動物の影。
 大木の根を下へ下へと降り、炎が渦巻く地獄のような空間に落とされた。
 そして・・・

「・・・浩平?」
 長森瑞佳がいたのは、前橋から遙か遠く離れた海岸沿いにある小さな街だった。浩平がいなくなってから、どうしても故郷にとどまることができなかった瑞佳はあちこちの街を転々としていた。まるで離れようとしない記憶を振り払うかのように。
「浩平の声・・・」
 そこで瑞佳が聞いたのは、浩平の声だった。狂ったような叫び。
 背筋が凍るような恐怖と共に、まるで子供が泣いているような頼りなさが伴っていた。
 怒りに満ち、同時に哀しみに満ちていた。
 何者をも敵としない力に満ち、誰よりも弱い人のように無力だった。
 そう、それは、鬼だった。

 敵も味方も、目を奪われた。祐一は突如として、全長が30mを越える巨人に変貌した。全身が真っ赤に染まり、鋭い牙に爪、それに角からは炎のような熱風が吹き出していた。
 祐一が怒号と共に腕を振り下ろすと、鉄槌のような雷が張遼本陣を襲った。敵も味方も、何もかも吹き飛ばした。一度ではなく、二度も三度も。そして歩くと、まるで天が揺れるような地響きが伝った。
 祐一は角から無数の雷球を飛ばし、辺り一面を爆撃した。街も山も、まるでおもちゃのように吹き飛んだ。
 そしてそれまでとは比べものにならないほど大きな咆吼。地面が崩れ、何もかも呑み込まれていった。張遼を殺害するどころか、敵全軍が跡形もなく滅ぼされた。それはまるで神の怒りにも似ていた。

 静かになった。それまでの激戦が嘘のように、戦場を静寂が支配した。敵も味方も、戦意を失っていた。夜が明け、雷雨はおさまった。そして鬼は・・・姿を消した。
 どこへ行ったのか、そしてあれはなんだったのか、そんなことはどうでもよかった。敵も味方も、この事実を受け入れることができなかった。前橋の占領軍は、鬼によって壊滅させられた。誰にどうやってそんな報告をすればいいのか。兵士達は呆然と、鬼が消えた後の光景を眺めていた。まるで、戦争を繰り返す自分達に天の怒りが下されたようだった。
 前橋市は解放戦線によって占領され、群馬県は解放された。
 だが誰一人、勝利を喜ばなかった。
 奇怪な現象だけが戦士達の目に焼け付き、戦争よりも恐ろしい恐怖に支配された。

☆☆☆

 群馬県解放、この報を受けた西日本は今こそ決戦の時と富士防衛戦の堰を切り、東日本に対して宣戦布告、怒濤のごとく東日本へ攻め寄せた。東日本は関東山地において必死の防衛に当たったが、西日本は新潟から群馬・埼玉へと迂回策を取り進撃、電撃作戦によって東京の陥落も時間の問題となった。
 解放戦線の竹崎将軍は西日本から増援を受けて足尾山地に防衛戦を設立。進撃ルートとしてまさに動脈とも言える群馬県を東の攻撃から守った。
 日本戦争と呼ばれるようになったこの戦いにおいて、解放戦線は西日本と連携して行動した。一時は解散して西日本軍に吸収されるという話もあったが、長きにわたって北朝鮮の占領下にあった東日本の日本人にとって解放戦線は希望そのものであり、解散にはメリットがないと判断された。
主に山岳兵団として転戦した解放戦線は、正規軍にも劣らぬ働きを見せた。
 そこに名を連ねるのは同志中山と高杉、川名、竹崎ら各将軍である。彼らには西日本から階級も授与され、一部の軍人や官僚らに疎まれながらも、輝かしい戦績を残していったのである。
 だが・・・竹崎と共に佐原の収容所で反旗を翻し、筑波山や足尾要塞、武尊決戦や前橋攻略にその名を残す特殊部隊「名雪」の隊長相沢と、その盟友であった七瀬はどうなったのだろうか?
 彼らは群馬解放の直後、解放戦線から姿を消した。どこへ行ったのか、誰にもわからなかった。竹崎が八方手を尽くして探したが、まったく見つからなかった。
 群馬解放から青森解放まで、日本戦争開戦から北朝鮮が停戦交渉に同意するまでの間、果たしてその二人はどこでなにをやっていたのか?
 歴史には決して記されない二人の記録。

 武尊山、結局二人が集まったのはここだった。
 祐一はあの戦闘の後、意識を失って五日の間を眠り続けた。その間に西日本の判断で密かに北九州へ移送され、復活の時を待った。目を覚ました祐一を待っていたのは、たび重なる実験と調査だった。心理テスト、脳波、過去の記録と記憶の比較、人格診断。そして戦闘能力、異常状況における人格と感情の変異。祐一は自分がどのような人物として扱われているのかまったく知らされなかった。すべてが終われば部隊に帰すという、守られるはずもない約束を信じていた。だが、ある場所である人物と出会い、すべてを知った。彼は冷凍睡眠にかけられていたが、確かに祐一に向かって語りかけた。

「逃げるんだ」
「お前は・・・浩平なのか!?」
「逃げるんだ」
「何がどうなってる!?俺は何だ、お前は誰だ!?」
「逃げて、瑞佳に会ってくれ」
「誰だそれは」
「これからお前の脳に俺の記憶を流し込む。なぁに、簡単なことだ。なにしろ、俺とお前は魂のレベルで共鳴しているんだからな」
 
 祐一はすべてを知った。
 折原浩平・・・17歳。「鬼兵」と呼ばれる最終兵器開発の被験者。実験は失敗、進展あるまで冷凍睡眠によって保存されている。しかし、肉体を封じれば魂を封じることができると考えた科学者達は浅はかだった。浩平は魂のレベルで自我を保ち、共鳴する者が現れるのを待った。そして、祐一という共鳴者が現れるに至った。

「なんだ・・・共鳴者って言うのは」
「文字通り、俺の魂に共鳴する人間のことだ」
「わからない」
「最初は、俺自身を鬼に変えるつもりだったんだ。だが失敗した。失敗の理由は、おそらく俺の人格が原因だろう。当たり障りのない人格を選んだのが裏目に出たんだ。もっとすさんでいて、もっと怒りに満ちた人間を選ぶべきだった」
「それが、失敗の理由か?」
「俺には瑞佳がいたから、誰も恨んだりしなかった。なにもかも、俺には十分だったんだ」
「お前が実験対象に選ばれた理由は?」
「俺の叔母が・・・身よりのない俺を引き取ってくれた俺の叔母が、実験主任だった。育てられた恩を返せと、恐ろしく事務的に俺に告げたよ」
「そいつを恨まないのか」
「かつての俺なら恨んだ。けれど、俺も少しは変わった。人が一度の人生の中で得られる幸せなんぞ、大げさに取り立てるほどのことではないんだ。大事なのは・・・どれだけ多くのことを受け入れることができるかどうかだ。幸いなる一瞬は、無為な一生に勝る。だが、無償の愛を与えることは、普通の人間には難しい。それを教えてくれたのが彼女だった」
「お前が、瑞佳と呼んでいるのは女のことか」
「そうだ。女は不思議だ。お前になら、俺の言う意味がわかるはずだ」
「・・・少しは」
「女は・・・いや瑞佳は、俺を愛してくれた。なんの見返りも求めずに、愛することが素晴らしいことだと信じて、俺に捧げてくれた。なによりも、俺を選んでくれたことが嬉しかった」
「わからないでも、ないが・・・」
「俺は、すべてを受け入れることができた。運命も、非情も、理不尽も、なにもかもだ。俺は多くの人間に捨て鉢として利用されることを受け入れてもなお、生まれてきたことに感謝したい。瑞佳に出会えた・・・愛は不滅だって、テレビや小説の中で軽々しく使われてる言葉だが、それは真理だ。神様の言葉なんだ。瑞佳に会ってくれ、それからのことは、お前に任せるよ」
「待て、どうして俺が選ばれた?」
「俺は冷凍睡眠にかけらた後、自我を魂のレベルまで後退させた。そのせいで、星幽次元に強力な
信号を送り出す結果になった」
「強力な信号?」
「実験は、俺の神性を後退させることだった。人間が人間になる前の段階、悪魔や鬼を発生させることが目的だった。結果、俺の神性は後退して鬼になった。だが、感情の欠落が原因でお前のように発現しなかった。つまり、鬼の本性と人間の人格が混ざったせいで、他人に悪性が伝染することになったんだ」
「そして、俺に伝染したのか」
「同年齢、同性、人種・・・それらは補助的な要素だ。お前の記憶を知っているぞ、お前は邪悪に心を満たし、自ら鬼になろうと欲した。俺はそれを少し手伝ったに過ぎない。人間が強い思いで鬼になろうとすれば、誰にでもなれるはずなんだ」
「同じようなことは日本中で起こっている!なぜ俺なんだ!?」
「それはわからない。だが、日本で共鳴したのはお前だけだ」
「日本で?」
「もう一人にはそのうち会うことになる。それよりも前に瑞佳に会ってくれ。世界を滅ぼす前に、瑞佳に会ってくれ。せめて俺の言葉だけでも伝えてくれ」
「なんて?」
「ありがとう、すまなかった・・・と」
「それだけか・・・」
「それだけで十分だ。さぁ、お前はお前の愛しい人の記憶を抱け。進むんだ。恐れるな。心配しなくてもいい・・・すべて、すべてうまくいく」
「瑞佳に会ったら・・・俺はこの力で世界を焼き尽くすぞ」
「好きにしろ」
「お前はこれからどうするんだ?」
「どうもしない。肉体が滅びるまで、この状態だ」
「助けを求めないのか?」
「それはもう無理だ。さあ行け!お前の決意が揺るがないうちに!」
「折原!!」

 祐一は施設を脱走、まずは解放戦線に合流しようとしたが、危険を知らせてくれたのが七瀬だった。内通者がいる、合流は危険、だがもしも何かする気なら僕が助けになる・・・七瀬は再会の場で祐一にそう言った。
「どうして俺を助けるんだ?」
「僕は竹崎や祐一みたいになりたかった。それで、もうなれた気がするんだ。それで恩返しがしたい。けれど、なによりも僕が君を助けたいと思うのは、君が重大で大切な何かを背負っていて、一人で背負いきろうとしてるからだ。戦友の僕を頼ってくれ」
「・・・ありがとう、力を借りるよ」
「そうこなくちゃ!」
 七瀬は解放戦線から特務章を盗み出していた。それを使えば様々な場面で、時間を稼げるはずだった。七瀬は今となっては自分のシンボルになっている日本刀に加えて、最低限の武器を用意した。これを使えば百戦錬磨の二人だ、戦闘地域や非安全区域にも近づける。
「銃はありがたいんだが、お前はどうして日本刀なんだ?」
「こいつは勇気の印なんだ!」
「はは、変なやつ」
 二人は笑いながら筑波山を出発した。長森瑞佳を探す、長い長い旅に出たのだ。
 折原浩平は形式上死んだことになっていたので、氏名から住所を割り出すのはそう難しいことではなかった。しかし、その近くに住んでいるはずの瑞佳はいなかった。彼女は傷心のあまり、戦時下であるにも関わらず両親を放って蒸発してしまったというのだ。以来、故郷には一度たりとも姿を見せていないという。
 祐一と七瀬は瑞佳が頼りとするところを虱潰しに当たったが、発見できなかった。瑞佳は知人の前にもまったく姿を見せていないのだ。ふらふらと夢遊病者のように蒸発してしまったとしたら、これを発見するのは大変困難だった。すると二人は東日本からの難民がなだれ込んでいる都市に向かい、砂場から塩を発見するような苦労を伴いながら、瑞佳が紛れ込んでいないかどうか探した。難民の中ならば、気が狂ったふりでもしていれば怪しまれないからだ。しかし、それでも瑞佳は見つからなかった。
「ちくしょう!」
「落ち着こう祐一、もう少しよく考えてみるんだ。この情勢下、ただの市民があちこち出歩けるわけがない。援助者のところでもなく、難民キャンプでもなく、彼女の怪しまれない場所と言ったら・・・」
 そこで、二人は同時にあることを思いついた。
「せ、戦場か?」
「僕も一瞬そう思ったんだが、それはいくらなんでも・・・」
「じゃあ、どこだ?」
「戦場は極端だ。でも、もうちょっと戦闘とゆかりある場所だったら・・・」
「・・・あ」
「何か思いついた?」
「爆撃地点なんて・・・どうだろう」
「それだ!」
 二人は爆撃の被害にあった都市をやはり虱潰しに当たった。制空権は日本が保持していたので、これはそう多くない。しかも多くの都市は爆撃のあと復興しており、瑞佳が潜んでいそうな場所は見つからなかった。
「どこだろう」
「・・・ここ、まだ行ってないぜ」
「ええ?そんなところ、爆撃されたなんて聞いたこともない」
「地図にも載るか載らないか、そんな小さな町だ。中国義勇軍の航空隊が、新開発した爆弾を実験するために落とした。壊滅して・・・今はどうなっているかわからない」
「どうしてそんなに詳しいんだ」
「・・・いや」
 二人は爆撃地点を回る最後の場所として、その小さな町に来た。ほとんど人はおらず、海の見えるそこはほとんど廃墟と化していた。しかし、戦争で居場所を失った人間が集まり、小さな集落を形成していた。脱走兵や、廃兵、孤児など、まさに世から追放された人々が集まるサルガッソーのような場所だった。二人はここに、瑞佳がいるのではないかという最後の希望を託した。
 しかし、町に入る手前で祐一は足を止めた。
「七瀬、悪いけどここからはお前一人で行ってくれ」
「ど、どうして?」
「俺・・・別に行くところがあるから」
「・・・わかった。いいよ」
 そう、そこにはかつて名雪と約束した場所と、名雪の墓があった。祐一はもう約束した場所には近づかなかった。海岸に掘った墓、泣きながら素手で、無我夢中で掘った墓へと向かった。小さな石が置いてあるだけの、粗末な墓だった。祐一はもう泣かなかった。
 海から汲んできた海水を、水の代わりに墓へかける。
「・・・名雪」
 祐一は墓に向かって語りかけた。
「俺、どうしたらいいんだろう」
「あの後、たくさん戦ったよ。何人も殺した。いくつも陣地を奪った。信じられないような確率だけど、俺は生き残ってきた。お前の仇を取るまで、死なないって決めたからな・・・」
「でも、長森瑞佳が・・・浩平の思い人が見つかったら、俺はどうしたらいいんだろう。浩平から授かった力で世界を焼き尽くすとその人に言えばいいのかな?それともすべてを捨てて、彼女のように逃げればいいんだろうか?名雪、お前はどちらを望んでいるんだろう・・・」
 答えは、なかった。
 ふっと、祐一の中に名雪との思い出がよぎる。
 いとこ同士で、一緒に遊んだ小さな頃。戦争が始まるなんて、知りもしなかった頃。人が死ぬだなんて、理解できなかった頃。
 大きくなって・・・再会した日。名雪が信じられないくらい綺麗に成長していたので、祐一は驚いた。もちろんその場では、そんなことは口にしなかった。
 徴兵令状が届けられた時・・・祐一は名雪を連れて逃げた。寒い夜だった。鞄にできるだけの荷物を込めて、駅を使わずに二人で走った。遠くなる街の灯りが見えて、無性に悲しかった。それでも名雪は笑って勇気づけてくれた。その時、決心したのだ。名雪のためにすべてを懸けよう、名雪のためにすべてを捧げようと。
 初めて結ばれた夜・・・名雪はもちろん、処女だった。まるで商品のように扱われている男女の交わりが、どんなに尊いことかと、そのとき知った。最初で最後の、幸せな夜だった。
 そして・・・終わりの日。名雪のお腹には、二人の希望そのものである小さな命が宿っていた。戦争が・・・二人の未来も、二人の希望も、何もかも踏みにじった。
「戦争さえ・・・なければなぁ。俺とお前は、きっと小さな家族を作って、俺はどこか会社にでも就職して、小さな家で・・・幸せにやってたんだろうなぁ。金がなくて困った時も、お前は笑って俺を励ましてくれて・・・お前の手料理から上る湯気が、小さな家の中にひろがって・・・」
 祐一はついに泣き出してしまった。泣きじゃくり、名雪の墓にすがりつく。
「ああ、そしてきっと・・・俺達の真ん中に、いたんだろうな。俺達の・・・子供が・・・」
 暗くなるまで、祐一はその場を離れなかった。離れてしまえば、もう二度と名雪に会えないような気がした。あまりにも多くの人間を殺してきた。これからも、もっともっとたくさん殺すだろう。自分が自分ではなくなるほど殺すだろう。そうなってしまえばもう・・・名雪には会えない。それが自分の望んでいる結末だとしても。
「祐一」
 女のように柔らかで、トーンの高い声。祐一は一瞬、名雪の亡霊が現れたのかと思った。
「祐一」
「な、七瀬か」
「それは・・・お墓?」
「ああ」
「・・・名雪さんの?」
「これはただの飾りだ!名雪はもうここにはいない。天国から、俺のことを見てる」
「そう。でも、なにをそんなに怯えているんだ?」
「誰が怯えているか!?」
「祐一、君は怯えているよ。君は・・・彼女の死を受け入れるのが恐かったんだ。戦場に身を投じて、それを忘れようとしていたんだ。もうこれ以上は殺すな。彼女が悲しむよ」
「どうして、今そんなことを言う?」
 七瀬はさっと、祐一の視線から逃れるように体の位置を入れ替えた。七瀬の影になっていた場所に、彼女の家族から受け取った写真にそっくりの女性が、長森瑞佳が立っていた。
「長森・・・瑞佳か」
「はい」
「22歳、折原浩平の・・・」
「私です」
「どうしてこんな所にいるのか、その他もろもろのことは聞かない。ただ、浩平から伝言を受けている」
「なんて?」
 祐一はすっと息を吸って、心を落ち着かせた。目を伏せたまま、そっと声を絞り出す。
「・・・ありがとう」
 それからもう一度ゆっくり息を吸って、言った。
「すまなかった」
 祐一は目を上げて、再び瑞佳を見た。
「浩平は・・・どこにいるの?」
「もう会えない」
「・・・死んで?」
「死んでるわけじゃないが、会える状態じゃない。もう、人間の定義から外れている状態だ」
「そう・・・」
 瑞佳は名雪の墓に近づいて、祐一が流した涙の跡を拭った。
「あなた達は・・・伝言を伝えるためだけに来たの?」
「いや」
 七瀬が声を上げた。
「ここにいる祐一という男は、浩平の実験による被害者だ。鬼になるべく定められた男だ。彼はここから世界を滅ぼすか、それとも恋人との記憶を胸に抱いて暮らすか、決断する。その立会人として、あなたがどうしても必要だった」
「ごめんなさい・・・浩平のせい?」
「いや、戦争とそれを助長する人間のせいだ」
「私からは・・・なにも言えません。でも、もしも世界をどうすると言うのなら、私を殺してください。せめて、浩平の罪を私が拭いたい」
 七瀬は、祐一に刀を握らせた。
「祐一、これは決断の時だ。もしも世界を滅ぼすなら、まずは彼女を血祭りに上げてからにしろ。もしもやらないなら、ここを去るんだ」
 祐一は刀を取り、抜いた。名雪の墓に臨んだままの瑞佳に、背後から近づく。
 ぶん・・・と、抜き身の刀を振り上げる。戦場で鍛えられた手と腕が、女の首を両断することなどわけはない。
「名雪、俺は・・・」
 祐一は刀に、渾身の力を込めた。
「俺は・・・」
 瑞佳は一歩たりとも、そこを動かなかった。
「ああ・・・」
 空気を切り裂く鋭い音と共に、刀は振り下ろされた。
 しゅぱ・・・っと、血が周囲に散った。
 刀は、瑞佳の髪をかすめただけだった。血は、あまりにも強く刀を握りしめた祐一の手から、ほとばしったものだった。言わば、それは祐一の涙だった。
「・・・できない」
 崩れ落ちた祐一に、七瀬が駆け寄った。
「いいんだ!それでいいんだ祐一!さぁ、彼女と一緒にどこかへ逃げろ!誰の手も届かないくらい遠くへ!今度こそ奪われるな、踏みにじられるな!逃げて、逃げて・・・どんなに小さくてもいい、幸福の花を咲かせろ。今、小さく芽吹いたところなんだ!」
 七瀬は日本刀を鞘に戻した。そして、瑞佳に目配せする。
「私は、それでもいいです。一緒に来てくれると言うなら・・・」
 立ち上がった瑞佳は、祐一の手を取った。
「さぁ、殺戮の日々は終わりだ。彼女と手を取り合って、傷を舐め合って、生きるんだ。祐一、君はまだ幸せになれる。天国へ行ける。地獄の鬼に成り下がることはない・・・!」
 祐一は立ち上がって、七瀬と堅く握手を交わした。
「ありがとう、七瀬・・・」
「いいんだ、いいんだ!君が死ぬべき場所は、やっぱり戦場じゃないんだ」
「愛する人の腕の中か?」
「それはこれから君達が決めることだ。さあ、この町はもう西日本の憲兵が包囲しているぞ。僕が戦う。君達は逃げろ」
「なに?」
「いいんだ!行くんだ!どこからでもいいから、車を盗め!逃げて逃げて逃げまくれ!君達は最後の希望だ!人間は戦争や国家のエゴに負けないって、最後の希望なんだ!行くんだ!」
「七瀬!」
「行けー!!」
 七瀬は銃と刀を振りかざし、逃げる二人のしんがりになって戦った。弾薬が尽きても、降伏しなかった。二人を逃がすために、すでに命は捨てていた。
「祐一、瑞佳さん。どうか、あなた達に幸ありますように・・・」
 七瀬は捕らえられた。だが何も思い残すことはなかった。二人は無事、逃げ切ったからだ。
 人は戦争にも、国家のエゴにも負けない。七瀬の希望を託した一組の男女は、戦争から遠く逃げ去った。誰の手も届かないほど遠くへ、誰も追ってこれないほど遠くへ。

 遠くへ・・・


エピローグ:

 西日本軍は東京を陥落させ、勢いを殺すことなく攻勢を続けた。関東全域から北朝鮮軍を追い散らした後は、電撃的な勢いで東北地方を奪取。北朝鮮軍を青森から撤退させるに至った。しかし北朝鮮軍は撤退の際に青函トンネルを爆破。北海道への攻勢は上陸作戦に委ねられることとなった。
 しかしここでロシアが全軍を投じて援軍に到来、これに中国義勇軍も加わり、上陸作戦はことごとく失敗した。一時は青森の防衛まで危うくなるほどであった。
 制海権は完全に西日本の手中にあったが、制空権はまだ争い合う状態にあった。北朝鮮は反撃の準備を進めていたが、すでに国力は底を尽こうとしていた。しかし北朝鮮と同盟関係にある中国は北朝鮮の撤兵を始め、停戦交渉などを完全に否定、徹底抗戦を要求する姿勢であった。この状況下で中国を敵に回すことができようはずもない北朝鮮は、乏しい物資で最後の攻勢を行うべく準備を進めた。これに対してロシアはそれまで温存してきた兵力によって健在であり、北方領土に続いて北海道を手中におさめるべく万全の体勢だった。
 両軍は決定打がないまま、津軽海峡を挟んで小競り合いを続けていた。そしてついに、中国はかの最終兵器の投入を決議したのである。
 それは中国の共鳴者だった。名前は呂布奉先、浩平や祐一と同じく22歳の青年だった。しかし二人と違うのは、中国人民解放軍の忠実な軍人であったということである。まだ士官候補生であった呂布は被験者に抜擢され召喚された。計画の内容を聞き、人民軍の切り札となるよう迫られた呂布は、迷うことなくそれを受諾した。
 そして実験は開始された。呂布は脳手術や様々な薬物の投入により、怒りや憎悪の虜となっていった。そして洗脳により人間が人間たる感情を失わせ、鬼となるべく人格を下降させていった。
できあがったのは、およそ人間と呼ぶには異形の生物であった。呂布は両親の顔も自分の過去も思い出せないほど人間として破損し、普段は薬で眠らせ、始動する時やはり薬で激情させるという、情け容赦ない扱いを受けていた。
 呂布投入さるの報を受けた西日本政府は、直ちに核兵器による攻撃を決議。呂布が津軽海峡に現れるや、すぐさま実施された。
 しかし恐るべきことに、呂布は核兵器の攻撃にも耐えた。それどころかまったく衰えるところを見せなかった。かつてはその力で天とも互角に戦った鬼に、人間が立ち向かえるはずがなかった。
 そして西日本は、苦肉の策にして最も確実な策を実行する。失踪した共鳴者、相沢祐一による迎撃である。相沢祐一は「原人」折原浩平とゆかりある人物である長森瑞佳と対面、彼女と共に憲兵の包囲を破って逃走した。内閣調査室の手先であった七瀬元二等兵はこの局面におよんでなぜか二人を逃がすために奮戦、多数の憲兵を殺傷して捕らえられる。内閣調査室は人質であった彼の母親を協定に基づき処刑、七瀬本人は事件の証人として幽閉された。しかしここで七瀬は幽閉を解かれ、日本存続のために祐一を説得する役目を突きつけられた。
「できるわけがない。もしも祐一が目を覚ませば、世界が滅ぶぞ」
「敵はその世界を滅ぼす兵器をすでに始動させている」
「だったらもう終わりだ。俺も、あんた達も。だが祐一だけは・・・瑞佳さんと一緒に、静かに、幸せな最期を遂げるだろうよ・・・けけけ、残念だったな」
「彼が戦えば、同胞一億を救えるのだぞ?」
「その後、祐一は世界を焼き尽くして一億の50倍の人間を殺すだろう」
「しかし数々の変異で実証されているように、彼は長時間の変異を維持できない。敵を倒した後、人間の姿に戻るのを君は見ているはずだ」
「そういう問題じゃない。悲劇から悲劇を生む、その空しい連鎖から祐一は解き放たれたんだ。もう二度と、貴様らの言うなりになんぞなるか」
「それはあなた達の勝手な言い分だ。自分達だけが平和であればそれでいいのか、世話になってきた人や国家に対して恩知らずだと思わないのか」
「このクソ野郎、詭弁を・・・」
「君達の屁理屈は聞き飽きた。君が説得しないと言うなら、解放戦線を反逆罪に問うて皆殺しにするまでだ」
「解放戦線がそう簡単にやられるか」
「いや、彼らはちょうど青森の最前線にいてな、呂布の攻撃が始まればすぐに壊滅する。我々が後ろから撃てば、さらにそれは確実だろう」
「き、貴様らはそれでも人間か!!」
「どうする、同胞を見殺しにするか。それとも盟友を説得して故国の平和を得るか。どちらだ?」
「く・・・く!!」
「どちらだ?」
 祐一は瑞佳と共に東南アジアのある島へ亡命していた。監視下とはいえ、平和に暮らしていた二人のもとに、七瀬は使者としてやってきた。そしてすべてを話した。説得することはせず、ただ事実だけを伝えた。それでも祐一は動揺することがなかった。
「祐一、無視してもいいんだ。もう解放戦線のことも日本のこともどうでもいい。君達は君達の人生を守ってくれ。何千何万の命よりも・・・」
 祐一は静かに、戦友の手を取った。
「七瀬」
「な、なんだ」
「行くよ、俺は」
「・・・どうしてだ」
「たくさん殺した・・・その俺が今になって平和に暮らそうなんて、やっぱり烏滸がましいことだった・・・」
「ゆ、祐一・・・」
「行くよ。鬼としての使命を果たす。どういう結末になるかわからないけれど・・・なんにせよ、逃げることはできないんだ」
「祐一、俺を斬ってくれ」
「なに言ってんだ。解放戦線の皆によろしくな・・・」
 祐一は瑞佳を七瀬に託し、作戦の詳しい内容を北九州で聞いた後、青森へと向かった。
「相沢!」
 竹崎が会いにきたが、護衛の憲兵に阻まれた。
「相沢、どういうことなのか話せ!」
「・・・竹崎」
「どうなってる!?お前は何をするんだ!?」
「ありがとうな、後のこと、任せた」
「あ・・・?」
 それだけだった。竹崎は追い返された。

「ああ・・・名雪、俺は地獄へ行くよ。会えないんだ。どうしてこうなってしまったんだろう?誰もこんなこと望んでやしなかった。いや、俺の悪意が、この悲劇を生んだのだろうか・・・?安らかに、お前のもとへ行きたかったのに・・・」
 祐一は薬物投与と電磁波による脳の操作を受け、変異を強制された。しかし最初は失敗し、何度も何度も繰り返された。薬や電磁波が致死量に達しようとしたころ、祐一は変異を遂げた。全長はもはや、天をも貫くほどの大きさだった。その鬼は右手に両刃の刀を持ち、呂布と対峙した。呂布は矛を持ってこれに臨んだ。
 人外魔境の戦いが、津軽海峡において繰り広げられた。天地は荒れ狂い、大津波が両対岸を襲った。海流が変動し、世界のバランスを崩すほどだった。
 片方が一息すれば雷が、片方が腕を構えれば竜巻が発生した。この戦いを監視することは、もはや不可能だった。両軍ともに最前線を放棄、後方へ退避した。誰も戦いの経緯を知ることはできなかった。
 数時間、数十時間、数日におよんだこの激戦も、あるとき突如として終わりを告げた。暴風が止み、観測機が両者のもとへ向かってみると、祐一の刀が呂布の心臓を貫いていた。流れ出したおびただしい血は、海を真っ赤に染め上げていた。呂布は刀を突き刺されたまま、海底深く沈んだ。祐一はゆっくりと中国の方を向いて、しばらく沈黙した。そして咆吼を上げ、中国に大津波を、そして雷雨を見舞った。祐一の怒りだった。純粋な祐一の怒りだった。
 そして祐一は、呂布の矛を取ってそれを自らの喉に突き刺した。やはりおびただしい血が流れ、
海を染め上げた。呂布の血と混ざり、いっそう赤く・・・。
 祐一は死んだ。ただ、それだけだった。
 二人の戦いが終わったと見るや、両軍は戦闘を再開した。しかしこの戦争の推移も結果も、もはやどうでもよくなってしまった。折原浩平は眠り続け、次の共鳴者を待っている。鬼の存在は各国が知るところとなり、数々の実験が繰り返された。日本においても、折原浩平の実験に携わった科学者達が再び集められ、さらに強力な鬼の開発を目指して計画を始めた。

「浩平・・・」
 祐一と呂布が散った海に向かって、瑞佳は浩平との思い出の品である小さな髪留めを投じた。
 流れ続ける血の海を、女の髪留めが拭った。

<終>

・・・後書き・・・
戦争って終わりませんね。



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