Back/Index/Next
Nothing Original Novel



ゆびきり


by nothing





 どこにでもあるような町。どこにでもあるような交番。どこにでもいそうなお巡りさんに、外見だけはどこにでもいそうな青年の僕。そして百合は別のお巡りさんの手で「署」の方に連れて行かれたらしく、僕だけが残された。
「それじゃあ、どこであの子を見つけたのか詳しくお聞かせください」
 一体・・・どこから話せばいいんだろう。
 一週間。永遠のようであり、あっと言うまでもあった。どっちにしても話し出すのが難しい。
「どうしたんですか?」
「ああ・・・」
 僕は話し始めた。ゆっくりとゆっくりと、紡ぎ出すように。
 悪い頭を必死に回転させて、どこから話せばいいのか考えた。
「あの・・・ですね」


『ゆびきり』


「その日は・・・ええと・・・僕は、夜勤に出かけるために、身支度をしていた。作業服で行くことは禁止されていたので、普段着を、着て。それで、ドアを出て、いや、部屋を出て、ドアを開けて、僕は左に向かって歩いた。そっちの方向に階段があって、下へ降りる。いや、下に降りた。いや、下に降りようとしたところで、あの子が階段を駆け上がってきた。僕はここに女の子なんて住んでいたかなって、疑問に思ったけれど、そのまま通り過ぎて歩いた。でも階段を降りきろうとしたところで、ちょうど突き当たりにある僕の部屋の前あたりから、泣き声が聞こえ始めた。泣き声なんてもんじゃなくて、子供がむせび泣く声だ。僕はそっと階段を戻って、通路を見た。すると、あの子がうずくまって泣いてるんだ。ちょうど僕の部屋の前だった。というか、行き止まりだったからそこにいたんだ。僕は話しかけてみた。
「どうしたの?」
 でも女の子は泣くばかりで、ちっとも返事をしてくれなかった。仕方ないから、やったことはなかったけど、その子をあやすことにした。
「いい子だね?泣いちゃダメだよ。僕に話して?」
 女の子はグスグス言いながら、ようやく泣きやんでくれた。
「みんながいじめるの。どこに行ったらいいの」
「え?ああ・・・泣かないで!そうだ、年はいくつなの?おいくつですか?」
「きゅうさい・・・」
「9歳?僕は19歳。10違いだね」
「うん」
「足し算ができるの?すごいね」
「うん」
「名前はなんて言うの?」
「名前・・・知らない人に言ったらいけない」
「そう、それならいいんだよ。どうして泣いてるの?」
 そうすると、女の子はまたしばらく泣いた。泣いて泣いて、僕はその子が泣き疲れるのを待った。もちろん夜勤の時間には遅刻して、後からチーフに殴られるのが恐くなった。今でも恐い。
「お父さんがお酒を飲んで、お母さんが煙草を吸って、お兄ちゃんが私のこと叩くの。何度も叩くの」
「お兄ちゃんはいくつ?」
「私と三つ違い」
「そうなんだ。ひどいね」
「ひどい。私、お兄ちゃんのこと大嫌い」
「うん。でもこんなところにいたら、後からひどい目に遭わされるからね。帰らないとね?」
「帰りたくない!」
 その子は僕の襟を掴んで言った。本当に帰りたくないって、心から言ったんだ。
「帰りたくない、帰りたくないよぅ」
「泣いたらダメだよ?でも、帰らないと暗くなって、お化けが出るよ?」
「そんなの嘘」
「嘘じゃないよ。僕は君より長生きしてるから、何度もお化けを見たよ」
「本当?」
「本当さ。夜になるとお化けが出て、君のお兄ちゃんみたいに恐ろしいことをするんだ。でも家にいれば、お化けは来ないからね」
「お兄ちゃんもお化けもやだ」
「どっちか選ばないと」
「うぅ・・・」
「ああ、泣かないで。困ったな」
 僕は悪い頭で必死に考えた。それで、仕事先まで連れていくことにしたんだ。そうしたら泣き止むと思った。けれどそれは間違ってた。僕が仕事先に着くと、僕はチーフから何度も何度も殴られた。その日は機嫌が悪かったみたいで、僕が倒れると今度は蹴られた。そうしたら、外で見ていたその子がまたわぁわぁ泣き始めたんだ。あいつは誰だって聞かれたから、迷子ですって答えた。そしたら遅刻は許してもらえて、とにかくあの子をどうにかしてこいって言われた。僕は急いでその子のところへ戻った。
「泣かないで、どうして泣いてるの?」
 その子は腫れ上がった僕の顔を見て、さっきよりずっと大きな声で泣いた。喉が乾いてしまうんじゃないかと心配するほど、たくさん涙を流した。
「なんてことないよ。大人になると、殴られることなんてなんでもないんだ」
「そうなの?」
「そうさ、平気さ。それより、君をお家に帰してあげないと」
「いやだぁ」
「でも、お家以外に帰るとこはないよ?」
「いがい?」
「ええとね、お家に帰らなかったら、どこへ帰るの?」
「うぅ・・・」
「泣かないで・・・困ったね。どうしようか」
 僕は仕事をしなくちゃならなかったけど、その子はどうしても帰ることを承知してくれませんでした。しかたなく事務所で与ってもらって、仕事が終わってから僕の部屋へ連れて帰ることにしました。女の子は泣き疲れて、ぐっすり眠ってた。僕はタイムカードを押すと、その子を背負って部屋へ帰りました。
「名前はなんて言うの?」
 僕は二人分の食事を作りながら、目を覚ましたその子に尋ねました。
「ゆり」
「どんな字を書くの?」
 女の子は紙に名前を書いて持ってきてくれた。
「百合?お花の名前なんだ。素敵だね」
「お兄さんは、何て言うんですか?」
「僕?僕は和樹。クズって呼ばれてるけど」
「クズ?」
「そう、クズ。お前はクズだって、小さな頃から言われてた。あまり良い言葉じゃないけど、気にしないよ。その通りだから」
「うん・・・」
「そっか、百合ちゃん。これを食べたら、お家へ帰らなきゃダメだよ?わかった?」
「うん」
「よし、一緒に食べよう」
 百合と一緒に食事を食べました。百合は行儀が悪くて、服を汚してしまっていました。その時、小さな頃の僕と一緒で服がよく洗濯されていないことに気が付きました。僕と一緒だって、笑いました。臭いと便利だよねって、いじめる人が少なくなるからって。でも、女の子は服が汚れていると余計いじめられるって、百合が教えてくれました。それは大変だねって、素直に同情しました。
「じゃあ僕は眠るから、もう帰るんだよ?」
「うん」
「じゃあね」
 僕は百合を外に出すと、布団にもぐりこんで眠ってしまった。そりゃもう、ぐっすりと。
 でも、夕方頃になって目を覚まして、買い物に行こうとすると百合はドアの前にいたんです。びっくりしました。いつからいたんだって聞いたら、ずっといたって言いました。とりあえず僕はもう一度百合を部屋の中へ入れると、一緒にお風呂に入りました。百合はお風呂にもあまり入っていなかったみたいで、とても汚れていました。体の洗い方もよく知らなかったみたいで、僕は石鹸やタオルの使い方を教えながら、ゆっくりとお風呂に入りました。
「どうしても帰りたくないの?」
「うん」
 その後、僕達は洗濯へ行くことにしました。近所のコインランドリーで百合の服と僕の服が一緒に洗濯されるのを見ながら、百合はどうしても帰りたくないって何度も言いました。
「でも困ったね、どうしよう」
「うー」
「泣いたらダメだよ。でも、どうしよう」
「うぐ・・・」
「わかったよ。じゃあどこかへ遊びに行こう?そうしたら、お家に帰るよね?」
「うん」
「じゃあ、そうしよう」
 だから、そうすることにしたんです。
 今になって思うと、本当は百合に帰ってほしくなかったんです。人と話すのが久しぶりで、嬉しくて、この子に何か良い思い出を作ってあげようって、そう思ったんです。子供の頃って不思議です。辛かったことも忘れないけれど、優しくされたことも絶対に忘れない。優しくされたことの多い子は、きっと賢く育つんです。僕が、そうではなかったから。
 どこに行こうかって話になりました。ちょうどその日から僕は休暇で、一日だけだったら自由だった。一日遊んだら、素直に家に帰ってくれると思ったんです。
「海に行きたい」
「海?ここからじゃ遠いよ」
「行きたい」
「うん・・・じゃあ、行こうか」
 僕は貯めていたお金をおろして、海に行くことにしました。
 もちろんその日はもう夜遅くなっていたので、行くのは次の日です。百合は海に行けるのが本当に楽しみだったみたいで、狭い僕の部屋をぴょんぴょん飛び跳ねていました。
「もう寝ようね?」
「えー」
「寝ないと、明日寝坊するよ」
「うん。ねぇ、海で泳げる?」
「この季節に泳いだら、風邪をひくよ・・・」
「ひかないから」
「じゃあ、着いたら考えようね。だから寝よう?」
「うん」
 百合を寝かしつけるのに、とても苦労しました。でも、子供っていくら騒いでも最後にはちゃんと寝るんです。まるで今までのことも、これからのことも、何もないみたいに。僕は百合が羨ましくなりました。
 翌日になって、僕は百合と一緒に出かけました。でも、電車に乗るお金がなかったから自転車です。雀の泣き声と朝日に見送られて、百合を後ろに乗せた僕は走り始めました。
「ねえ、海までどのくらい?」
「さあ」
「さあって?」
「地図が読めないから、まずは川を探さないといけないんだ」
「川?」
「そう、川を下っていけば海に着くんだ。小学校で習った」
「そうなんだ」
「そう、でも一日もあれば着くと思うけど」
 でも、なかなか川は見つかりませんでした。よく考えたら、むやみに探しても見つかるはずないんです。しかたなく通りかかった人に聞いてみたら、不審そうな顔をされましたけど川を教えてもらえました。どうして海への行き方をそのまま聞かなかったって?僕は説明されても理解できないし、地図を書いてもらってもわからないからです。
「和樹、川だよ!川が見えたよ!」
「ああ、川だね」
「海までもうすぐ?」
「うーん・・・これはしばらくかかりそうだなぁ」
 川は、とても小さかった。僕だったらまたいで渡れるくらい。まったく先が思いやられた。
 それでもここで中止するわけにはいかなかったから、僕は百合を背中に乗せると下流に向かって走り始めた。
 家や、畑や、様々な風景が流れていったと思う。でも、気づくのが遅かった。僕達は上流に向かって走っていたんだ!それも二時間くらい!川幅が小さくなっていくし、周囲はなんだか寂しくなっていくしで、もう少し早く気づいてもいいものだった。僕は慌てて引き返したけれど、百合はすっかり機嫌を損ねてしまって、後ろからぽかぽかぽかぽか頭を叩かれた。
 それからまた数時間走った。僕はさすがに疲れて、お腹も空いてきた。百合に尋ねてみると、僕とまったく同じ状態だったみたいだ。持ってきたお菓子だけじゃ、とても空腹はおさまりそうになかったから、僕達は近くにあった民家の塀を上ってオレンジをいくつか失敬した。捕まると思ったから、僕達はオレンジを持てるだけ持つと慌てて逃げた。ここまで来ればもういいだろうってぐらい逃げた後、食べたオレンジの味は格別だった。感心できる経験じゃないけど。
 お腹が一段落つくと、僕は再び自転車にまたがった。そこで困った。百合は眠りこけてしまっていたんだ。それはもう幸せそうに、海へ行くことも僕のこともすっかり忘れて眠りの世界に入ってしまっていた。僕は起こそうとしたけれど、起こそうとしたら殴られた。
「うるさいおー」
「い、痛い・・・」
 しかたなく、百合が起きるのを待つことにした。のんびりと眠る百合を眺めていると、僕も小さな頃はこんなだったのかなぁと思い出そうとしてみた。
 けれど、思い出せなかった。僕はそこで突然、過去の記憶に襲われるような感覚を受けた。
 いきなりいなくなってしまった母さんのことや、お酒を飲んで暴れるようになった父さんのこと。そして離れ離れになってしまった妹のことを、そこでありありと思いだした。強烈に襲う当時の感情を、僕は受け止めきることができなかった。僕は子供みたいに、わあわあ泣き出した。
「どーしたの?」
 泣き声を聞いて、百合は目を覚ました。けれど僕の嗚咽は止まず、言葉にならなかった。
 百合が僕の頭を撫でていた。僕のことを慰めようとしていたらしい。僕は百合に撫でられながら、気が済むまで泣いた。空は夕暮れから、夜に変わっていた。
 川沿いに野球場を見つけて、そこのベンチに潜り込んで夜を明かした。眠くなるまで、僕は百合としりとりをして遊んでいた。終わりのない遊びに、二人とも夢中だった。とても月が綺麗な夜だった。
 夜が明けると、僕達はまた自転車ロードを再開した。
「ねぇ和樹、和樹にお父さんはいないの?」
「いるけど、いない」
「いないの?」
「うん」
「お母さんは?」
「やっぱりいない」
「きょうだいは?」
「・・・いた」
「今は?」
「知らない」
「会えないの?」
「会いたい」
「会えないの?」
「・・・わかんない」
 こんなわけのわからない会話で、よく意志の疎通ができたものだ。百合は、僕と家族がどういう関係なのかなんとなくわかったようだった。でもよく考えたら、僕だって百合から百合の正しい家族構成をはっきりと聞いたわけじゃなかったんだ。自分の経験と重ね合わせて、想像しただけだ。けれど、それが正しいかどうかなんて、おそらく大した問題じゃなかったんだ。
 僕達は、お互いのことを理解していたんじゃない。お互いのことを感じていたんだ。それは、きっと正しい形だったと思う。少なくとも、僕達にはそれで十分だった。
「和樹、妹に会いたい?」
「うん」
「なんて名前の人?」
「美月って言うんだ。僕と違って頭が良くて、可愛くて、とても素敵な妹だった」
「どうして会えなくなったの?」
「親が変わってしまったんだ。妹は里子に出された」
「さとご?」
「離れ離れになってるんだ。それで、僕は妹に会うことを禁止されているんだ」
「どうして?」
「わからない。ともかく会っちゃいけないって」
「悲しい?」
「すごく悲しい。妹が寂しい思いをしてないかって思うと、胸が張り裂けそうになる」
 妹が僕のことを覚えているかどうかわからないじゃないかって!?ふざけるな!僕はそう信じているんだから、何を根拠にそんなひどいことを言うんだ。
「百合は、誰かに会いたい?」
「わかんない」
「優しくしてくれた人はいないの?」
「いたかな、覚えてない」
「子供のうちは、たくさん優しくされないとダメだよ。辛いことばかりで育つと、僕みたいになってしまうからね」
「和樹って、どんな人?」
「頭が悪くて、喋るのが下手で、いつも殴られて、いつもいじめられる」
「そんなのやだ・・・」
「だったら、優しくされたことだけ覚えておくんだ。後のことは忘れちゃいな」
「うん」
 僕は百合に、良いことを教えてあげられたと思ってる。僕は頭が悪いけど、辛いことや悲しいことをたくさん経験してきたから、そんな中で育った子供がどうなるかはよく知っていた。百合がそれを知って、賢い子に育つことができたら、とても素敵だと思った。
「和樹、賢くなったら幸せになれるの?」
「なれるよ」
「どうして?」
「僕が賢くないから」
「うー?」
「僕は文字も満足に書けないし、本も読めない。計算もできないし、人の名前だって覚えられないんだ。でも、大学とかに行って勉強した人は違う。いい服を着て、いい物を食べて、休暇があったらディズニーランドに行ったり、凄い人になると外国へ行ったりできるんだよ」
「すごーい!!」
「だろだろ?僕にはとても手の届かない世界だ。勉強ができれば、そんな生活だって夢じゃないんだよ」
「和樹は勉強しないの?」
「お金がないし、それに僕はもう19歳だ。勉強するには遅いよ」
「遅いの?」
「働かないとお金がなくなってしまうし、学校へ入るお金もないんだ」
「お金がないと勉強できないの?」
「そうだよ。みんな、ちゃんとお金を払って勉強してるんだ。お金がないと先生だって来てくれないんだ。簡単だろ?」
「・・・うん」
「でも日本っていうのはいい国さ。だって百合ぐらいの子供にはタダで勉強させてくれるんだ。だから、ちゃんと学校に行かないとダメなんだよ?」
「和樹は学校に行ったの?」
 僕は、少しだけ言葉に詰まった。
「百合の行く学校はいい学校さ。でも、僕の行った学校は違った。服が汚いとか、喋るのが遅いとか、そんな小さなことでいじめられるんだ」
「そうなの?」
「他にもたくさん悪いことがあった。でも、どんな時でも僕ばかり怒られた。いじめる奴は悪い奴さ。悪いことをみんな僕に押しつけて、自分は良い子ぶってるんだ。百合は、そんな悪い奴になっちゃダメだ」
「百合、いじめないよ」
「うん、いじめちゃダメだ」
 僕は自転車で走る道々、そんなことを百合に教えた。けれど、学校へ行くということがどれだけ辛いことか、そこまで百合には教えたくなかった。子供の夢を壊しちゃいけない。だから、僕は中学校に通えなかったということも隠していた。
「ねぇねぇ和樹」
「なに?」
「和樹には好きな人、いないの?」
「好きな人?」
 妙なことを聞いてくる子供だなって、心の中で思いました。
「いないの?」
「うん・・・いたよ、昔」
「今は?」
「いない」
「ねぇ、その人に告白したの?」
「うん・・・したよ」
「それでそれで!?」
「吐き捨てられた」
「えー?」
「ふざけんなよ・・・って、吐き捨てられた」
「はきすて?」
「吐き捨てる・・・僕は悪い人間だ。漢字も書けないのに、こんな悪い言葉ばかり覚えてるんだ・・・」
「はきすて・・・」
「百合、可愛くなりな」
「え?」
「可愛くなればきっと、車とか・・・家とか、持っている人に、もらってもらえるから」
「車?別荘?」
「よく考えたら当たり前だ。汚くて、漢字も書けない僕に、彼女なんてできるわけなかったんだ・・・」
「彼女って?」
「百合、これから百合が大きくなって、可愛くなったら、きっと素敵な人が百合のことを待っていてくれるからね。だから、良い子にしてなきゃダメなんだ」
「よくわかんない」
「いいんだよ。なんとなく聞いておいて。百合が幸せになれれば、きっと素敵だなぁ・・・」
 その時、僕は初めて自分を哀れだと思いました。人間は平等で、神様は太陽の光が注ぐみたいに人を祝福するって聞いたことがある。けれど、僕は神様に祝福された覚えはなかった。いや、きっと僕は、あの山の中の・・・故郷の、お母さんとお父さんと妹がいた、あの幸せな日々で祝福をみんな使い切ってしまったんだ。平等に与えられた祝福を、みんな使ってしまったんだ。先のことを考えて取っておけばよかったんだ。でもそうなったら、これから先も祝福なんてないんだ。そう思うと、僕は自然と自転車をこぐ足を止めていた。
「和樹?疲れたの?」
「疲れた・・・」
「休むの?」
「うん」
 大きな鉄橋のたもとで、僕は空気みたいな気分になっていた。なんだか、何もかもどうでもよくなってしまった。日が暮れて、百合が出発しようと急かしても、動かなかった。
「和樹!」
「・・・うるさい」
 でも百合が泣き出してしまって、僕はさすがに空気でいるのをやめた。
 百合を抱いて、真っ暗な街を歩いた。どこか寝る場所がないかなって探してたんだ。
「あ」
 そこで見つけたのが、お寺だった。
「百合、あそこに泊まらせてもらえるかも」
「なに?あれ?」
「仏様っていう神様を祭ってる場所なんだ」
「仏様って、神様仏様の?」
「そうだよ。よく知ってるね」
 僕は夜になっても灯りがついていたそのお寺を、試しに尋ねてみた。
「はいはい、なんですか?」
 最初に出てきたのは、ずいぶん若いお坊さんだった。
「あの、寝る場所がないんです」
 僕は正直に言った。
「その子は娘さんですか?」
「いいえ、拾った子です」
 今になって考えてみると、正直に言いすぎた。嘘も方便って言葉は知っていたはずなのに。
「ち、ちょっとお待ち下さい・・・」
 その若いお坊さんが姿を消してからしばらくたって、僕達は中へ通された。
 すると温かい御飯を出されて、僕達はお腹いっぱいに食べた。久しぶりの食事らしい食事に、僕も百合もすっかり満足してしまった。しかもその後はお風呂にまで入れてもらって、すごく上等の布団で眠らせてもらえたんだ。
 今になってみると、虫の良すぎる話だ。けれど、いろんな意味で疲れていた僕はそれを疑う余裕がなかった。
 真夜中、僕はなぜか急に目を覚ました。そうすると、部屋の中に2・3人のお巡りさんが入ってきた。僕はすぐに百合を探したけど、側で寝ていた百合はなぜかいなかった。
 僕は知っていた。こちらから尋ねないのにお巡りさんが来たら、それは牢屋に連れていくつもりだってことです。僕は牢屋がどんなところか知らなかったけど、仲間から聞くと学校の100倍くらい悪い場所だって言っていた。それは何が何でも御免だった!僕はガラス戸を蹴破って、一目散に逃げた。自転車を置いていたところまで走ると、僕はようやく落ち着きを取り戻した。
「百合がいない!」
 あの子まで牢屋に入れられてしまうものと、その時の僕は思った。何も考えずにお寺まで戻ると、お巡りさん達は姿を消していた。僕は服を取り戻した後、住職の襟首を掴んで問いただした。
「百合はどこだ!?」
 近くの交番へ連れていったという。僕は即座に交番へ乗り込み、百合を助け出した。そして自転車のところまでがむしゃらに走って逃げると、自転車を全速力でこいでさらに逃げた。もういいだろうかと思うところまで逃げると、僕は隠れて事の次第を百合に説明した。
「お巡りさんが来た。僕達を牢屋に入れるつもりだ」
「えー!」
 百合は泣き出してしまった。僕はそれを必死になだめながら、これからのことを話し合った。でも、僕の頭で良い考えが浮かぶはずなかったんだ。
「そうだ。こっちから交番へ行こう。そうしたら許してもらえる・・・らしい」
「いやだよー!」
「でも百合はこれから学校へ行って、友達をたくさん作らないといけないんだ。牢屋になんか行ったらダメなんだ」
「どっちもやだ」
「ワガママ言うな。僕だって辛いんだ」
 けれど、百合はどうしても交番へ行くことを聞いてくれなかった。
「ねぇ、それよりまだ海に行ってないよ!」
「え?」
「約束通り海に連れてって。そしたら交番に行くから」
「ほんとう?」
「うん」
「約束する?」
「うん」
「じゃあ、ゆびきりだ」
「うん」
 ゆびきりげんまん・・・うそついたら はりせんぼんのます・・・
「「ゆびきった!」」
 僕は百合とゆびきりをして、ともかく海を目指すことにした。
 よく考えたら、僕は最初の決意を忘れていた。この子に楽しい思い出をあげようって、そうしたら大嫌いなお兄ちゃんや、優しくないお父さんやお母さんのいる家でも生きていけるだろうって、そう思ったはずなのに。
「出発進行!」
「よし、海に行こう!」
 僕達は悲しいことをみんな忘れて、海を目指した。
 よく考えてみると、僕は忘れるのが得意だった。だからこそ、これまで生きてこれたような気さえする。でも百合がそうであるかどうかはわからない。もしも賢かったら、一度経験したことを何があっても忘れないような頭だったら、きっと百合は生きていけない。いや、誰だって生きていけないはずだった。
 僕には子供らしい喜びなんて何もなかった。大人としての喜びもない。でも、もしも百合に生涯忘れないような素敵な記憶を与えてあげられるとしたら、それはきっと僕が成長してきたことが無駄じゃないってことの証明になるはずだった。それができたかどうかは今でもわからないけれど、焦ることはない。何年か、何十年か経って、百合が僕とのことを思い出して微笑んでくれれば、それだけで十分なのだから。
 僕は自転車をこいだ。すべてを忘れるようにこいだ。いろんな風景が早送りするみたいに過ぎ去っていった。まるで走馬燈みたいだった。
 それは僕の人生を回顧するようであったが、現実は先に進んでいるんだ。
 僕はこれまで何度も何度も、自分の人生に良いことがなかったって泣いてきた。でも今は違う。良いことなんてない、それが人生というものなんだ。僕はかつて故郷の、温かい母の腕の中で過ごしていた。そこを出たら、もう辛いことしかないと考えるべきなんだ。巣立ちした鳥は過去を振り返ったりしない。僕だってそんなふうにしなきゃならないんだ。それが大人になるということなんだ。辛いことしかないという現実を、受け入れないといけないんだ。
 そして大人は、子供に良い夢を見せないといけないんだ。子供に辛い現実や醜い事実を見せちゃいけない。いつか来るだろう巣立ちの日まで、安らかに眠らせてあげないといけないんだ。子供の頃に醜いものを見すぎると、僕のようになる。貧乏で、貧しい人間になってしまう。そんな人間は少ない方がいいに決まっている。
「和樹、もっと速く行こうよ!」
「うん!」
 僕の名前は和樹、あだ名はクズだ。僕は自分でも自分のことをクズだと思う。誰からも必要とされない、役に立たない、蹴られて払いのけられる、それだけしかない人生だ。
 だから百合が僕のことをクズだと言わないのは嬉しかった。僕のことを名前で呼んで、必要としてくれることが嬉しかった。百合は僕がどれだけダメな人間かということを知らない。惨めな僕の半生を、どうしてこの子に言い伝えられるのか!?そんなことは必要ない。美しいものだけ見ていればいい。それが、子供ってものなんだ。
 その日は運良く、お巡りさんに出くわさなかった。僕は人気の少ない廃墟に自転車を隠して、百合を降ろした。マンションか何かを作りかけてそのまま忘れたような場所だった。辺りはもう真っ暗で、僕は百合に隠れているように言うと、食べ物を探しに少し遠くまで歩いた。
 けれど、食べ物はおろか人家すら辺りには見つからなかった。そもそもあまりお金はないし、手に入らないなら何も食べないでもよかった。しかしそれは僕の話であって、子供である百合に何も食べさせないわけにはいかなかった。それでも手段がなく、僕は重い肩を背負って百合の元まで戻った。
「やぁ〜きゅ〜するなら、こういう具合に・・・」
 なぜか、歌が聞こえてきた。いや歌なんてもんじゃなく、酔っぱらいのたわごとみたいだった。
「よよいのよい!」
 でも、その中に百合が混じっているのが聞こえてきた。くたびれた声の中に百合の声が混じっているんだから、さすがに頭の悪い僕にも察知できた。覗いてみると、百合と数人の酔っぱらいが半裸でじゃんけんをしているのが見えた。
「百合の勝ちー!」
「あぁ〜負けちまった」
 何をしているのか、僕は近寄って確かめてみた。
「百合、遊んでもらってるの」
「この人達、誰?」
「せいじさんと、あきひとさんと、ゆういちさんと、つよしさん」
 名前を上げてもらい、四人のホームレスと思しき人達は歓声を上げた。
「それで、何してるの?」
「じゃんけんで負けた人が服を脱いでいって、服がなくなったら負け」
「それじゃあ、薄着の人は不利じゃないか」
「うん。百合は後三回で負け」
「じゃあ僕もやる。共同戦線だったら、そんな簡単に負けないだろう」
 なんだか重要なことを忘れているような気がしたけど、なぜかその時は僕も騒ぎに乗じずにはいられなかった。
「よよいのよい!」
 なんとか僕達は勝った。僕はすっかり服を剥ぎ取られてしまい、百合も裸同然だった。それでも四人のホームレスを残らず全裸にして負かし、僕達は歓声を上げる。
「勝った!」
「やった!」
 ゲームをやること自体ひさしぶりだが、勝つのはもっと久しぶりだ。このゲームの厳粛なルールとしては、勝敗がついても服を着てはならないらしい。でも風邪をひくとよくないから、最近そのルールは流行っていないということだった。もっともな話だ。
 僕達はホームレスから毛布と段ボールを貸してもらい、その日は段ボールの即席住居で眠った。何も食べていないことを思いだしたけど、百合が忘れているようだったので気にしなかった。明日になったら、すぐにでも食べ物を調達しよう・・・そう考えながら、眠りについた。

 夢を見た。そこはあの山の中の、懐かしい我が家だった。
 僕は妹と一緒に庭で、ドッジボールの真似事をやっていた。
 妹がいくら力一杯に投げても、僕には当たらない。僕が力を抜いて投げてやっても、妹は取り落としてしまう。無意味にも見えるやりとり、延々と続く。 
 それは僕が自分のために閉じ込めた記憶だった。何があっても決して汚されることのない聖域。それを糧として生きてきた僕は、妹に会うことができないのだ。様々な意味で、もう二度と会えないのだ。記憶を美しいものとして、閉じ込めてしまったのだから。

 僕が目を覚ますと、ホームレスの一人が食事の用意をしていた。どこかの農家から盗んできた野菜を調理しているようだった。僕は百合を寝かせたまま、その準備を手伝った。
「どこから来たんだ?あの子は娘か?」
 僕は自分の住所と、それから百合は拾った子だということを話した。
「じゃあ、新聞に書いてあった誘拐犯ってお前のことか?」
「誘拐?」
「まあいいけどな。それで、どこへ行くんだよ?」
「海へ行くんです」
「海かぁ・・・まだまだ遠いなぁ。頑張れよ」
「はい」
 僕は調理を手伝って、その日はキャベツだかレタスだか、ともかくいろんな作物を混ぜまくった謎の味噌汁で朝御飯を済ませた。こんなものを子供に食べさせていいのだろうかと僕は少し心配したけど、百合は楽しそうに四人のホームレスと不細工な食卓を囲っていた。
「元気でなー!」
「しっかりやれよー!」
 四人のホームレスに見送られて、僕達は朝も早くからその廃墟を後にした。
 そこら一帯はどうやらマンションを作りかけて忘れたどころではなく、街を作りかけて忘れた一帯だったようだ。周囲にはスーパーマーケットの出来損ないからコインランドリーの出来損ないまでなんでもあった!ここに住めてしまうんじゃないかと思ったほどだ!
「百合、なんか怖いね」
「そうかなぁ〜?」
 僕が休憩に自転車を止めると、百合は楽しそうに廃墟の探検を始めた。少し古いけれど、グーニーズにでもなった気分だったんだろう。もちろんそれを放っておくわけにはいかず、僕も一緒についていった。
「わきゃー!!」
 と、百合の歩いていた廊下の床が抜けた。しかも二階だったので、スタローンも顔向けのアクションシーンが展開されてしまった。
「わわわ!」
 僕はすぐに百合を引き上げたけれど、百合は泣くどころかいっそう楽しそうだった。僕は文字通り、子供でも出来てしまったような心境だった。
 しかし陽が暮れると、遊び場もお化け屋敷になるから不思議だ。僕は大泣きする百合を抱えて、どこか安心できる場所がないかどうか、廃墟の街を走り回った。
「ここなら・・・」
 そこは公園の出来損ないだった。そこからは街の出来損ないが一望できて、遙か彼方に海が見えた。百合はこれまでの恐怖がまだ拭えないのか、僕の腕にしがみつきながら公園の展望台に立つ。
「あれ、海?」
「うん。そうだよ」
「もう着いちゃうの?」
「そうだね、あと少しかな・・・」
 僕がそう言うと、百合も僕もなんだか悲しい気分になった。けれど、百合は最初のように我が侭を言ったりしない。なんだか、少し成長したみたいだった。
「ここに住めたら、いいかなぁ」
 逆に、僕の方が我が侭を言ってしまった。
「えー?」
「だってここなら、誰も怒鳴ったり殴ったりしないし、何よりも百合がいるし、食べ物だってなんとかなるさ・・・そうだろう?」
「百合、海に行きたい」
「・・・うん」
 僕はぶんぶんと頭を振った。
「ごめんよ。海に行くんだったよね」
 子供に教えられることがあるって言うけれど、それは本当だ。途中で諦めちゃいけないっていうのは、競争社会の鉄則だ。僕はいきなり百合に悪いことを教えようとしてしまった。
「ごめんよ百合、一緒に海まで行こうな」
「うん!海に行ったらいっぱい遊ぼう!」
「うん・・・」
 海に行って、遊んで、そうしたらお別れだ。僕は百合に、何か良い思い出を残してあげられているのだろうか。危険な目や妙な目に会わせてばかりで、僕はとても不安だった。
「百合」
「なに?」
「僕といて・・・楽しいのかな?」
「百合が?」
「そう」
「まぁまぁだよ!まぁまぁ!」
 まぁまぁ・・・って、百合は本当にそう言った。安心したような、がっかりしたような、フクザツな心境だった。そっか、まぁまぁかと、納得できないこともなかったけど。
「百合、今日はもう寝ようか」
「もう?」
「明日また、いっぱい走らないといけないからね」
「そーだね」
 百合を服の中に入れて、僕達は早々と眠りについた。
 懐かしい、美月の夢を見た。
 昔とまったく変わらない顔と声で、僕に語りかけてくれた。やわらかい指が、汚れきった僕の手に触れた。そのまま、永遠に夢を見ていたかった。
 
 僕は百合に美月を重ねていたのだろうか?けれど、美月は百合のように活発な女の子ではなかった。すぐ行動に移るよりも、まずは考える子だったと思う。顔も違うし、体格だって違っていた。
 でもよく考えてみたら、性格も顔かたちも細かなことだ。美月と百合にはこれといった大差なんてなかったのだ。
 僕はいつだって、美月と重なるものを探していた。あの幸せな日々の象徴、もしくは幸せそのものだった美月。可愛い妹があの時のまま、目の前に現れてくれることをいつも夢に見ていた。
 だから、誰だってよかったのかも知れない。美月を映し出してくれるのなら、人形でも幻でも構わなかったのかも知れない。美月さえいれば、僕は辛い現実を放棄して永遠に生きることができる。
 けれど、果たして美月はそんなことを望んでいるのだろうか?いや美月は一体、何を僕に望んでいるのだろう?
 殴られて罵倒されるだけの日々だろうか?逃避することだろうか?あるいは、どうだっていいのだろうか?
 美月はもういないのだ。何を望んでいるか、僕には関係のないことなのだ。
 ならば僕は美月を解放して、美月との物語を終わらせなければならない。終わったのだ、過去のことなのだ、そうやって美月を殺してしまわなければならないのだ。そうしないと、僕は過去に閉じ込められてしまう。
 だが、そうしたところで僕はどうなるのだろう?希望を胸に辛いだけの日々を生きていけるだろうか?冗談じゃない!どこから希望を持ってくるつもりなんだ!?
 答えなんてないのだ。答えることはできないのだ。僕は美月を閉じ込めて、夢を見ながら生きるしかないのだ。現実には何も、それに代わるものがないのだから。
 せめて百合だけは、そんな人間になってほしくなかった。でもそのために、僕は何をしなければならなかったのだろう?今になっても、それはわからない。

 僕は目を覚ますと、まだ百合が寝ていることを確認した。
 それからのことは、あまり話したくない。僕は自分が何をしているのかよくわかっていなかった。そして百合は僕よりもさらに、自分が何をされているのか理解していなかった。ただその時から、僕と百合の関係が少し変わった。
「和樹、今日はどこらへんまで行くの?」
「うーん、行けるとこまで。かな」
 何事もなかったように自転車を走らせた。
 
 心の底ではわかっていた。僕はもうこれで、絶対に美月とは会えなくなった。
 僕は、何かとても大切なものを手放した。人間として、とても大切なものだ。
 なんのためにそんなことをしなければならなかったのか、わからなかった。なぜそれをしなければならなかったのかも、わからなかった。何もかもわからなかったのだ。ただ、耳の側で囁いた何かの声に従った。
 それから、僕自身も少し変わった。もちろん最悪の方向にだ。何て事はない、僕は自分で自分を底なし沼に放り込んだ。
 けれど、もうどうでもよかった。
 美月はいないのだから、僕の作った牢獄の中で僕の思うままなのだから、美月さえそこにいてくれれば恐れることは何もない。動かないのだから、凍てついているのだから、もう取り返しがつかないのだ。
 その日、僕は死んだのかも知れない。少なくとも、以前の僕はいなくなった。
 僕の形をして、僕の声を出す何かが、僕に代わって動くようになった。それに気づいているのは僕だけで、他の誰も知ったことではない。そして誰も困っていない。だからこそ、どうでもよかったのだ。

 自転車の進み具合は、まるで生まれ変わったように軽快だった。 
 いくつもの風景が流れては消えていく。過ぎ去ったものとして意味をなさなくなる。百合はこれらを見て、何かを感じ取っていけるのだろうか?僕のように過去を封じ込めて、ひどいことをしなければいいのだけれど。
 もしかしたら、人間というのはみんな僕のようなものなのかも知れない。どんなに頭が悪くても同じ人間だ。根本的な部分は同じなのだから、僕も他の人達も同じであることはありえる。誰もが過去を閉じ込めて殺人を犯し、血を流しながら生きていくのだろうか。そうだとしたら、僕の周囲にいる人間は不感症だ。
 百合に話してやりたかった。過去を自由にしてやって、流れるままに任せるのだと。けれど、僕はそれを言うことができなかった。正しいという確信がなかったからだ。それに、それはいつか百合自身が知り得ることだろうとも思った。
 僕はいつか美月に復讐される。これだけのことをしたのだから、殺されても文句が言えない。けれど、美月に殺されるのならそれもいいと思う。そうでなくても、僕を殺すのに最も適すのは他ならない美月なのだ。
「百合、良い思い出ってあるかい?」
「わかんない」
「そっか」
 この旅が終わったら、僕はもう死んでもよかった。この世でやることはみんなやった気がする。
 最後の目的は、百合の糧となること。そうすれば、百合はきっと僕の記憶を抱いて生きていけるだろう。良い思い出なんか何もなくとも、錯覚できる記憶があればそれで十分だ。それを閉じ込めて、奴隷にしてしまえばいい。それで人は生きていける。僕がそうだったのだから。
 思えば、僕の人生はどこから始まったのだろう。今になって思うと、何もかもが幻だったような気さえしてくるのだ。あの故郷の、山の中の古びた家・・・寡黙だった父・・・温かだった母・・・可愛くて素直だった妹・・・何もかもが、僕の作り出した幻影なのではないか?登場してきた背景や人物を、勝手に脚本したのではないだろうか?本当は、僕はどこか真っ暗な所にいて、一歩も外に出ていないんじゃないか?夢を見続けているんじゃないだろうか?
「百合」
「なに?」
「夢を見る?」
「うん、見るよ」
「どんな夢?」
「えっと・・・」
 夢は覚めれば忘れる。けれど、夢を見ている最中は夢の中のことがすべてだ。痛みや苦しみは、それを現実だと認識させるための刺激剤ではないのか。僕は都合の良い過去を祭り上げて、苦痛によって補完している。必要ないと思っていた苦痛が、実は必須だったのだ。僕は夢の世界を完璧にするために、苦痛を拾い集めて生きてきたのだ。閉じた世界を、二度と開こうとはしなかった。
 しかし何度も繰り返すが、世界を再び開いたところで何か良い事があるのだろうか?身の回りに、高められた虚像の世界に代わる幸福な事実があるとでも言うのか?
 ないではないか!ないではないか・・・
「和樹、どうしたの?」
「ごめん」
 僕は自転車を止めて、座り込んでしまった。目の前に広がっているのは、だいぶ広がってきた河の流域と、それにも増して賑やかになってきた街の灯だ。そのどれもが、僕を拒絶しているように感じる。いや、正確には僕が拒絶しているのだけれど。
「百合」
「なに?」
 百合だけが、僕にとってリアルに感じ取れる。なぜなら、それは夢の中の登場人物である美月の鏡像だからだ。
「百合、僕は本当にここにいるのかい?」
「ええ?」
「僕は大きくなった。何度も何度も殴られて、ちょっとしたことじゃ動じなくなった。それは強くなったんだと思ってきた。けれど違う。僕は逃げ続けていたんだ。これは現実じゃないと、逃げ回っていたんだ」
「百合、わかんないよ・・・」
「ああ、ああ・・・一人ぼっちだ。僕は一人ぼっちなんだ。百合、側にいてくれ。僕は美月を失いたくない」
「百合は美月じゃないよ」
「百合は、美月さ。だって、僕の心の中に存在しないものは、決して僕の目には映らないんだから・・・」
 僕の言っていることは一言も間違っていやしなかった。けれど、それはもうどうしようもなく歪んだ形になってしまっていた。頭が悪いから、そうなってしまったんだろう。神様は人間を賢く造ったはずだけど、僕はそうじゃない。あるいは、僕は神様の手によって造られたものではないのかも知れない。
 幸せになれないと嘆きながら生きてきたけれど、当たり前だ!僕は幸せを望んでいやしなかったのだ!過去の記憶を楽園として完璧にするために、苦痛を望んできたんじゃないか。現実は、僕の望むとおりになっていたのだ。
「百合、百合」
「なに?」
「もう、海へ行くのはやめよう」
「えー!!どうして!?」
「百合、人間には幸せな記憶なんていらないんだ。前だけを向いて歩かなきゃいけないんだ。いいかい、これから交番へ行って刑務所に行くんだ。何があっても、これ以上の悪い結果にはならないから」
「百合、海に行きたいよ!約束したよ!」
「うるさい!もうやめたんだ!」
 僕は百合を殴った。
 百合は泣いた。いつかの僕とまったく同じに。
 それを見て、僕はまた絶望を味わった。僕は僕の嫌悪してきたものと、結局は一緒のものになってしまったのだ。
「ごめん、ごめん百合・・・」
 百合を抱きしめたけれど、もう百合は笑ってはくれなかった。ぽかぽかと僕の顔や肩を殴りながら、必死に泣き叫んで助けを呼んでいる。
 僕は醜いものになってしまった。だけどせめて、子供を育てる資格のない人間に成り下がっても、最初で最後の言葉と記憶をこの子に残してやれないだろうか。僕が味わってきた不幸と、僕がまき散らすであろう不幸から、この子を守ってやりたい。たった今その不幸を与えたばかりの僕が、こんなことを言っても説得力に欠けるだろうけど。
「ごめんな百合、ごめんな」
「うぐ、うぐ」
「ごめんな。一生忘れない悲しい記憶を、今度は僕が刻んでしまった。なんてことはない、僕もあいつらも一緒じゃないか・・・」
 僕はもう一度、力を込めて百合を抱きしめた。
「百合、僕と一緒に海へ行ってくれるかい?」
「さっきと言ってること違う!」
「ごめんな、僕は頭が悪い上に醜いから、そうなってしまうんだ。でも、約束したろ?海に行くって、約束だけは守らせてくれ」
「約束・・・」
「指切りしたもんな?海へ行くって、指切ったもんな?」
「うん・・・」
「よし、よし。覚えててくれたか。ありがとうな。一緒に、海まで行こうな・・・」
 僕はまた自転車に乗って、走り出した。
 百合は後ろに乗って、なんだか不安そうな顔をしている。それはそうだろう。彼女が逃げてきたものと、まったく同じことを僕がしたのだから。百合はいつか必ず、僕から殴られたことを思い出す。それは僕にまつわる暗い記憶として永遠に残る。バカなことをした!大人にとっては一瞬の気の迷いが、子供には永遠の傷になるんだ!それは僕自身が重々承知していたはずなのに!
「・・・誰か僕を殴ってくれ」
 ぽかり、と百合が僕の頭を叩いた。
「穴があった入りたい」
 きょろきょろと辺りを見回した後、ないよ!という元気な声が返ってきた。
「・・・ありがとう、百合」
 子供の馬鹿みたいに純粋な心が、この時は嬉しかった。どうして子供の心というのはこうも澄んでいるのだろう。大人になるとこんなにも濁ってしまうというのに。
「子供のままでいられたら、きっと幸せだろうな・・・」
「和樹は大人?」
「うん・・・でも、一体どこから大人になったんだろう」
 子供から大人になる明確な境界線なんて、おそらく誰にでもない。学校に通っていない僕はなおさらだろう。どこからが大人で、どこまでが子供なのか、考えてみると不思議なものだった。
「僕は・・・子供の時に子供らしく扱われた覚えなんてない。けれど、大人になってからは人間らしく扱われた覚えすらない」
「人間?」
「百合、いくら辛い目に遭ったからって、自分より弱い人にまで同じことをやっちゃダメだ。そう・・・僕みたいになっちゃいけないんだ」
「百合、いじめないよ」
「そうだよ、いじめちゃいけないんだ」
 どうして人は人をいじめるのか、これも考えてみると不思議だった。僕の悪い頭と子供の百合が考えてもいい結論は出ないだろうけど、人間・・・考えるのは大事だ。人間は考える足だって、どこかの偉い人も言っていた。しかしその人、足の研究家だったんだろうか?
「うーんうーん」
「なに考えてるの?」
「難しいことさ」
「なになに?」
「どうして人は人をいじめるんだろう」
「テツガクテキだね」
「そうだね」
 他の偉い人は「目には目を」という言葉を使っていた。睨まれたら睨み返せという意味だろうか?ともかく、何かされたら同じ方法でやり返せという意味だ。
「でも、そんなことしたらやり返された方はやり返して、やり返してやり返された方もまたやり返すじゃないか」
「?????」
「・・・・あれ?」
 やっぱり、僕は頭が悪かった。
「つまり、目には目をじゃいじめはなくならないんだ。昔の人は僕より頭が悪かったんだ」
「うん、そうだね」
「じゃあ最近の法律はどうなってるんだろう」
「百合、知ってる。いじめられた人がそしょうするんだよ」
「なにそれ?」
「さいばんだよ、さいばん!」
「・・・サイパン?」
「牢屋に入れちゃうの!」
「え?昔と変わらないじゃないか!」
「えーっと・・・」
「知ってるぞ。トイレとか掃除用具入れに閉じ込められたことが何度もあった。なんだ、変わってないんだ」
「そうかな?」
「じゃあ、誰か一人が我慢すればいいのかな?」
「和樹が我慢すればいいの?」
「あ、ダメだ。だっていじめっ子は10人くらいまとめていじめるもの。僕だけが我慢しても、残りの9人が同じことをやったら結果は同じ、いやもっと悪い」
「じゃ、みんなが我慢すればいいのよ」
「・・・殴られるね」
「難しいね」
 結論!いじめってのはなくならないものなんだ。悲しいけどそういうことになってしまった。でも、一つだけわかったことがある。
「百合がいじめなかったら、きっと百合がいじめるはずだった10人はいじめをやめるかも知れない」
「えーとえーと」
「僕もいじめなかったから、僕がいじめるはずだった10人はきっといじめない!」
「他のいじめっ子が20人いじめたら?」
「・・・・・・」
 結論!やっぱりいじめはなくならない!でも大丈夫だ。僕がいじめなかった人間の中には、ちゃんと百合も入ってる。
「だよね、百合」
「うん。まいっか」
 うまく言えないけれど、なんて言うかその、殴られる数だけは減らせたと思う。僕が可能にした唯一の復讐方法だ。僕は意外に頭が良かったんだろうか?
「百合、海に着いたら何がしたい?」
「砂遊び」
「泳がないの?」
「泳げないの」
「そりゃ困った」
 海がないのに泳がないなんて、コーヒーがあるのに飲まないみたいなもんだ。
「でも、水着がないしね」
「和樹は泳げるの?」
「・・・それだけは大得意だった」
「すごーい」
 本当に泳ぐのは得意だった。もしもこの世界がみんな海だったら、僕は一回も殴られずに済んだに決まっている。不思議なのは、僕が泳ぐと先生からも殴られたことだ。あれは不思議だった。
「水着があったら、泳ぐのを教えてあげるのに」
「水着、買えない?」
「お金、ない」
「あや〜」
 本当に残念だった。この世界がみんな海になってしまう日に備えて、百合に泳ぎを教えておくべきだというのに。
 その日はもうほとんど海の側に来ていたのだけれど、さすがに暗くなってしまって自転車道中は中断した。
 泊まったのは、もう廃屋にしか見えないほどボロボロになっている民家だった。ちゃんと人は住んでいたけれど、もう様々な意味で時間が止まっているような空間だった。ここならお巡りさんだって来ないだろうと思ったけれど、ここではゴミ収集車も来てくれるかどうか怪しい。
 住んでいたのはおじいさんとおばあさんだった。昔話みたいに聞こえるけど、心配しなくていい。二人とも激しく不親切だった。
 食うなら勝手に食え!と言われたので勝手に食べた。寝るなら勝手に寝ろ!と言われたので勝手に寝た。いや、不親切なのか親切なのか考えてみるとよくわからない。そこは鼠や鳥なんかが同居していたので、百合が恐がらないように寝る時は抱っこしてやらないといけなかった。おじいさんとおばあさんは、そんなことまったく意に介さず熟睡だった。百合もちゃんと寝ついたけれど、僕はどうもよく眠れなかった。
 朝になっても、夜と言うことは変わらなかった。僕達は勝手に朝食を同席して、その時に他に家族がいないのかどうか聞いてみた。すると、一人娘が時々様子を見に来るだけだと言う。一緒に暮らさないのかと聞くと、そんなこと聞くなと怒られた。
「そう言えば、百合のおじいちゃんとおばあちゃんは?」
「遠くに住んでるよ」
「一緒に暮らさないの?」
「よくわかんない」
「難しいね」
 本当に難しいことが多い。
 出て行くなら勝手に出て行け!と言われたので、僕達は勝手に出ていった。あの老夫婦がどうしているのか今も気になってしょうがない。
 しかしそれよりも、僕達は海に近づいていた。海は真っ青、空も真っ青、砂浜に出迎えられる僕達は子供みたいにはしゃいだ。いや、百合は子供なんだけど。
「すごいすごーい!」
「本当に着いちゃったなぁ・・・」
 まるでこの世の果てに来たような、まるでこの世界のことがすべてわかったような気分だった。どうしてそんな気分になったか、説明できない。
 砂浜にたどり着くと、自転車が潰れた。ここまで来たから、きっと安心したんだ。けれど、僕も百合もそんなことお構いなしにはしゃいでしまったので、なんとも非情な話だと思う。
 僕達は遊んだ。最初の約束通り、砂浜と海で遊びまくった。まるで他のことをすべて忘れたみたいに、二人してはしゃぎまくった。いや、本当に他のことなんて何もかも忘れていたんだ。
 時間の流れも、これから先のことも、これまでのことも、みんな忘れて遊んだ。今になってみると、僕はようやく百合に良い思い出を贈ることができた。これはきっと生涯かけて変わらぬ、百合が生きる糧になる。そう思うと、僕は自分のしてきたことが半分は間違っていなかったんだって、信じることができた。
 楽しい時間はあっと言う間に過ぎると言うけれど、本当だ。気が付いたら、もう陽は暮れていた。僕も百合もまだ遊び足りなかったけれど、二番目の約束を守らないといけなかった。
「百合・・・」
「やだやだやだー!!」
「指、切ったろ?」
「遊びたい・・・」
「約束を守らない子は悪い子だ。そんな子はきっと、弱い子をいじめるんだ」
「いじめない」
「じゃあ、約束を守るんだ」
「・・・うん」
「よし、ここから一番近い交番に行くんだ。そこで、何もかも話すんだ」
「うん」
「確かこういうことを「自白」って言ったと思う」
「自殺?」
「いや、自白」
「自首じゃないの?」
「そうだっけ?」
 僕達はふらふらと、海岸沿いを歩きながら交番を探した。通りかかった人に聞いたりして、なんとか交番を見つけた。するとなぜか交番は大騒ぎになって、百合は連れて行かれてしまった。百合は泣き叫んでいたけれど、お別れも説明も何にもなかった。それで・・・僕はここに残されて、きっと「取り調べ」というのを受けているんだと思います・・・」

 すべてを話し終えて、僕は一息ついた。お巡りさんは何か魂が抜けたような顔をしてこちらを見ていた。
 何かまずいことを言ったのだろうかと思ったけれど、やっぱりそうだったらしい。僕はすぐに縛り上げられて、百合と同じように連れて行かれた。そして今度はなんだか物々しい部屋に放り込まれて、やたらと叫びまくる人からいろいろと聞き出された。僕は何が何だかわからなかったので、聞かれる順にハイ、ハイと頷いていった。すると叫びまくっていた人は静かになって、僕はやっぱり牢屋に入れられた。
 それからいろんなことがあった。僕は大きな車に乗せられて、縛られたままどこか会議場みたいなところへ連れて行かれた。その道中、やたらとカメラを持った人が多かったのは偶然ではなかったらしい。
 それから、あの叫びまくっていた人とやっていたことをもう一度繰り返さなければならなかった。けれど今度はそんなに混乱していなかったので、ハイとイイエはちゃんと使い分けた。僕がハイかイイエを言う度に、会議場は大騒ぎになった。しかしこれはお祭りではなかったらしい。
 しばらくして、百合が連れてこられた。百合は僕に手を振っていたけれど、僕は縛られていたのでダメだった。それから、なんだかやたらと未成年どうのこうの、未成年どうのこうのと言い上げる人がいた。僕も百合も未成年だったからだろうと思う。
 そんなことが何日も何日も続いた。
 そして、やっぱり僕は牢屋に送られた。けれど想像していたのとは違って、そこは学校の教室みたいだった。違うことと言えば、勉強をしないことくらいだ。同じように整列して、同じように言われたことをやって、同じように寝た。いじめられるのは変わらなかったけど、今はそんなことどうでもいい。
 百合がひどい目に遭っていないか確かめようとしたけれど、その度に殴られた。やっぱり牢屋に入っている人間が何を言ってもダメらしい。しかたなく、僕は牢屋から出られるまで牢屋暮らしを続けた。
 ずいぶん長かった。百合のことを忘れてしまうかと思うほどだった。けれど、百合と過ごした日々を思えば大したことなんて何もなかったので、やっぱり百合のことは忘れなかった。
 牢屋から出てすぐ百合に会いに行こうとしたけれど、僕はまた「署」まで行かなくてはいけなかった。僕はそこで賠償金なんたらかんたらのことを聞かされた。
「生きている間に返せるとは思えないが、まあ頑張れ」
 言っていることはよくわからなかったが、僕はすぐにこう尋ねた。
「百合に会いたいです」
 すると今度は途方もなく殴られた。なんだか昔と変わっていないと思ったけれど、多分これでいいんだろう。
 僕はそこからも解放されると、百合を訪ねていった。なぜかはわからないけどお金を渡されたので、帰りは電車で行くことができた。けれど、なんだか途方もなく移動させられたらしく、百合の元まで行くのも一苦労だった。悪い頭に生まれるとこういうところで苦労するから嫌だ。
 しかし百合の正しい住所など知らなかったので、僕はとりあえず自分の家に帰ることにした。すると、僕の家はなくなっていた。いや笑い事じゃない!ともかく僕は家に入れず、途方に暮れてしまった。
 しかし、僕の悪い頭もここでようやく気づいた。百合のような子供が行く場所と言ったら、学校以外にないじゃないか!僕が教えた通り、弱い子をいじめたりしないで元気にやっているはずなのだ。僕はすぐに学校へ向かった。
 学校で自分の素性を正直に話すと、また殴られて追い出された。しかたなく学校の外で待つことにしたが、今度はお巡りさん達がやってきて僕を連れていってしまった。さすがに僕も抵抗したが、相手がお巡りさんじゃしょうがない。僕はもう一度お巡りさん達に事の次第を説明すると、僕にはもう百合に会う権利がないということを知らされた。人が人に会ってはいけないという法律があるらしいのだ。僕は絶望して、警察署の周りをふらふらと歩いていた。
 すると、今度は百合が頭を使ってくれた。僕が学校で殴られたということと、お巡りさん達に捕まったということを聞いて、僕の居場所を推理してみせたのだ!なんと賢く育ったのだろう!僕の教育は大成功だった!
 僕は少し大きくなった百合を抱きしめて、思い切り笑った。百合は泣いていたけれど、僕はずっと笑っていた。嬉しい時は笑うものだ。
 そうだろう?


<おわり>



Back/Top/Next