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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


柏木家のお正月 その1

by 森田信之



「ち…千鶴さん……どうして…?」

意識がどんどん遠のいていく。ただ、すぐ側に千鶴さんが立っているということだけは分かった。

「耕一さん…耕一さん!ごめんなさい!こうするしか…こうするしか方法が…」

千鶴さん…泣いてるんだ……

冬休みで遊びに来ただけなのに…どうして…?

そう心の中で呟いてみた。でもその声が千鶴さんに届くはずはない。ただ、千鶴さんは俺のすぐ側で「ごめんなさい」を連発して泣いている。

「ちづるさん……」

腹部に異様な感覚が走る。

俺は…鬼の力をちゃんとコントロールしてるじゃないか。なのにどうして…?

「耕一さん!しっかりして!お願い!」

俺の手を握る千鶴さんの手は暖かく、そして柔らかい。それすらも感じ取れなくなるほどに意識が遠のいてきた…

「あぁ…どうしてこんな事に……お願い!しっかりして下さい耕一さん!」

 

 

と、ここで感動的な場面はブチ壊しになる。

「はいはい、千鶴姉も耕一も、大袈裟な芝居はそこまで。ほら、いつまで寝てんのよ」

手を叩きながら台所から出てきたのは梓だ。

「いくら千鶴姉の料理食ったからって、意識なくすことはないじゃない」

「そうだよ耕一お兄ちゃん、千鶴お姉ちゃんの料理ってそこまでひどくないよ」

「…ちぇっ、せっかく千鶴さんが膝枕してくれてたのに」

といって渋々起き上がる。

「…え?」

千鶴さんは半泣きのまま状況が飲み込めないでいる。

よーするに、梓が作ったと偽ってだした千鶴さんの手料理を俺が食べる。そして案の定気分が悪くなる。千鶴さんの介抱を受ける。…という、実に解りやすすぎる展開だ。

でも本当に気分は悪かった。まだなんか腹の感覚が変だ。

「千鶴姉さん、はい」

楓ちゃんがそっとタオルを差し出す。うーん、そんなに泣くほどの芝居(といっても半分以上は芝居ぬき)だったかなぁ。

 

「もうっ、耕一さんっ!」

「あはは、ごめんごめん。心配した?」

「当たり前じゃないですかっ!私の料理のせいで耕一さんが死んだら…」

「ってゆー自覚があるんだったら、もうちょっと練習しなよ」

「そうだよ。このままじゃ耕一お兄ちゃんがかわいそう…」

お、今日は初音ちゃんはともかく、梓まで俺の味方か。珍しい。楓ちゃんは…

黙って千鶴さんを見て肯いてる。うーん、千鶴さん、四面楚歌だな。

「な、何よみんなして……いいですよっ、どうせ私は料理が下手ですよっ!」

「そうそう、ようやく自覚したね、千鶴姉」

「それじゃさっそく特訓だね♪私も手伝うよ」

「……私も手伝います」

…いやー、いいもんだ。美しいしまい合い…じゃない、姉妹愛。家族が一丸となって長女の料理を改善しよう…かぁ。なんか小説か映画にでもなり……

「なりませんっ!」

「え?…き、聞こえてた?」

「…耕一さん、ちょっと声に出してましたから…」

どうりで千鶴さんの機嫌が悪いわけだ。

「でもなぁ、今年のお節で千鶴姉が作ったのって……」

「うん、あれだけだよね」

「…確かそうでした」

あれ、というのは実はカマボコのこと。しかもいつも梓が行くスーパーで、三本一パックになって198円という格安のものを買ってきたという代物だ。

そう、つまり千鶴さんは「切っただけ」なのだ。

「だってぇ、他のなんか恐くて任せられないよ

「カマボコ切るだけでもけっこう苦労してたもんね、千鶴お姉ちゃん」

と、いつになくツッコミが厳しい初音ちゃん。

「いくらなんでも、文化包丁でカマボコ板まで切るのはないと思います…」

これは楓ちゃん。うーん、想像したくない台所だ。

 

「そう…みんなしてそうやって私をイヂメるのね…耕一さんだけは私の味方だと思ってたのに…」

「い、いやだから、千鶴さんの料理に期待してるんだってば。千鶴さんがおいしい料理作ってくれたら、俺いつでもここに遊びに来るよ。ホントだって」

「……本当に来てくれますか?」

「もちろん。だから頑張ってよ」

「………それじゃあ…せめてこれだけでも食べて下さい。そしたら私、明日の朝から特訓しますから」

といって、今俺が二口だけ食べて倒れ込んだグラタンを指差す。

いや、これはすでにグラタンとはいえないかもしれない。どうやったら冷蔵庫の中身でこのゲテモ…いやいや、グラタンを作れるのだろうかと不思議になってしまう。

「よーし、それじゃ耕一、頑張って食って見ようか」

「え?」

「耕一さん、あなたが頑張れば姉さんが……」

「そうだよ、耕一お兄ちゃん」

一気に四人分の視線が俺のフォークの動きに集まる。

非っ常ーに食べにくい。ただでさえ食うのに勇気が要るというのに…

しかし、千鶴さんの半泣きの目には勝てない。俺は意を決して目の前の「物体」を胃に詰め込みはじめた。

フォークを置いたとき、俺は思った。「勝った」と。しかし、それはただの序章に過ぎなかった。そのことを思い知ったのは翌日の朝のことだった。

 

――――1月2日、耕一の手記より。続く。

 

 




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