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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


柏木家のお正月 その2

by 森田信之



 

 

カレンダーの日付は1月3日だ。朝早くから、台所に柏木家の四人姉妹が勢揃いしている。

「ほらっ、そこで余計なものを入れないっ!」

梓の声が聞こえる。結構厳しいみたいだ。

「どーして味噌汁にケチャップ入れなきゃいけないのよ!」

「え?ひょっとしたら…美味しいかもって思って…」

……ひょっとして俺って…すごいモノ食わされようとしてるのか…?

約三十分ほど経って、エプロンを「どーやったらこんなに汚れるの?」というくらいに汚した千鶴さんが出てきた。中華料理屋の厨房に立ってたわけじゃないんだから。

そしてお盆に乗って出てきた料理は…

「今日は卵焼きとお味噌汁と、それとご飯と鮭の塩焼きです」

と、どこかの料理番組の司会者みたいな口調で、初音ちゃんが解説を入れる。別に解説しなきゃ解らないくらい原形をとどめてない、って訳じゃなかった。見た目は極普通の料理だ。しかもまずく作るのが難しいくらい、簡単なものが主体になってる。

うん、さすが梓だ。基本から叩き込もうってわけね。

「……ねぇ、千鶴さんの分は?」

「あ、私はいいんです。耕一さんに食べてもらうために作ったんですから」

「…梓、お前まだ朝飯食ってないだろ?」

「え?あたしもいいよ。今日はあんまり食欲ないし

「楓ちゃん…はパンなんか食ってるしな…初音ちゃんは?」

「あ、私さっきちゃんと食べたから。あと食べてないの耕一お兄ちゃんだけだよ」

しまった、図られた。

被害を最小限に抑えようという、梓たちの策略にまんまとはまってしまったわけだ。どうりで今朝は誰も起こしに来ないと思った。

「あ、あの…耕一さん?」

「え?な、なに?」

「…冷めないうちに……」

「あ、そそそそうだね。んじゃあいただきまー…す……」

語尾が少しずつ消え入りそうになる。

箸を持つ手が震える。額だけじゃなく、目の下あたりに変な汗を掻いてきた。

でもそのことを千鶴さんに気付かれちゃいけない。必死に平静を装って料理に箸を伸ばす。

最初は味噌汁だ。考えてみれば、この味噌汁はある意味で一番危険度が高いのだが、それだけに目の前の物体(?)の危険度を計るには一番良かった。

「…どう?……耕一?」

「…ふぅ……うん、普通の味

一気に茶の間に嬌声があがる。初音ちゃんにいたっては涙をにじませて千鶴さんに抱き着いている。

…そんなに大袈裟なことなのか?お湯で溶くだけのダシ入り味噌と、ただの豆腐が入った味噌汁なのに、そんなに大喜び…うん、すべきだな。何しろ千鶴さんはこれにケチャップ入れようとしてたんだから。

しかし、味噌汁がこれなんだから他のもちょっとは期待していいんじゃないかな。

と思って卵焼きに箸を伸ばす。

ジャリっ。

「うっ……」

口の中に固いものが砕ける感触。良く見ると卵焼きの中に、ところどころ白いものが見える。そう、俗に言う卵の殻だ。

「どうしたの!?大丈夫!?気をしっかりもって耕一!!

「耕一さん!」

慌てて梓が水を持ってくる。なぜか隣で楓ちゃんが大○漢方胃腸薬をもって構えてるのがすごく気になるが、とりあえずは水を飲もう。

「だ…大丈夫。ただの卵の殻だよ。うん」

電話へと走っていった初音ちゃんが、受話器を持ったまま安心した表情で戻ってくる。液晶ディスプレイに「11」とあり、指が「」のところにかかっているのも非常に気になるところだ。

「さてと、それじゃ次は…鮭……か」

一応の覚悟はしておこう。

どーせ作者のことだ。とんでもなく塩辛いとか、実は鮭じゃなくて他の魚だったりとか、全然味がないとかのオチを考えてるはずだ。

「あ、あのっ」

急に千鶴さんが声を上げた。ちょっとせっぱ詰まったような顔をしてる。

「この鮭は…自信あるんです。よーく味わって食べて下さいね(にこっ)」

「う……うん」

震える箸で慎重に、慎重に一番無難そうな所の身をほぐして口へ運ぶ。

神よ!いや、ご先祖様!どうか俺を助け…

「…あれ?」

「え?…どうしたの?耕一お兄ちゃん」

「…こういち?まさか…」

「耕一さん、胃薬だったらここに…」

確認のため、もう一口。

「千鶴さん……美味いよこれ」

「ほんとですか!?」

「うん、塩加減もちょうどいいし、火の通り具合もバッチリだよ。…うん、美味い」

「ほんとに?耕一、あんた無理してない?ほんとーに大丈夫なの?」

不意に茶の間の温度が三度ほど下がる。

…あ・ず・さ・ちゃん…?……何が…言いたいの?

「ひっ……」

千鶴さんが俺に顔を見せないように、それでいて梓の方を向いている。梓の顔がどんどん恐怖に引きつっていく。

「なななななな何でもない!何でもないです!わたくしの失言でした!」

「そう、ならいいわね」

ころっと口調を変える千鶴さん。そしてニコニコした顔で俺の方へ向き直る。

「あ、あの…ご飯のおかわりは?ついできましょうか?」

「うん、そうだね。この鮭と味噌汁でもう一杯くらい行けるかな」

嬉々とした表情の千鶴さんが台所へと消えると、とたんに茶の間に安堵のため息が漏れた。

 




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