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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


柏木家のお正月 その3

by 森田信之



 

―――――――1月3日

 

 

結局この日の晩飯も千鶴さんが作ることになったようだ。今朝の鮭の塩焼きがうまく行ったから、それで少し自信がついたのかもしれない。

でも不思議だ。どうして千鶴さんの料理があんなにうまかったんだろう?考えれば考えるほど解らない。

昼頃に心配された「性格反転症状」とか、「特徴の強い部分が更に強調される症候群」とかも見られなかったし…(多分、今回は庭に生えてるキノコとか入ってなかったせいだろうな)

台所からは楽しそうな千鶴さんの鼻歌が聞こえてくる。それを心配そうに見る梓。

「……絶対おかしいよ。だって千鶴姉の料理食べて何ともないなんて…」

「千鶴お姉ちゃん、料理上手くなったのかな?」

と、実に平和的かつ建設的な意見を初音ちゃんが言ってくれたが、多分それはありえない。

「何かがのりうつったとか…」

楓ちゃんは実に物騒な意見を言い出すし、千鶴さん普段どんな風に扱われてるんだ?

「耕一はいいのよ、こうして千鶴姉の料理食べるのなんか、ここに来たときだけでしょ?私達なんか、千鶴姉の料理の練習に必ず付き合わされんのよ。こっちの身にもなってみてよ」

それは無理だが、でも梓の言い分も分かる。だからこそ、正月だからという口実を作って俺をここに呼んだんだろう。

「耕一さん、今朝の料理で何か気付いたこととかは…?」

「今朝の?……うーん、卵焼きに殻が入ってたの以外は特にないけど…」

「…そうですか…」

あのあと(朝食後)、性格が反転しない俺を見て一番ほっとしてたのは楓ちゃんだったからなぁ。

一同が首を傾げていると、台所から最後の審判を思わせる声が聞こえてきた。

「ご飯ですよー」

き、来たか…

ついにこの時が来てしまった。今回ばかりは梓も初音ちゃんも楓ちゃんも、三人とも食べざるをえない。

「さ、どうぞ。たくさん作ったからお代わりしてね♪」

「…どーしてたくさん作るんだよ……」

「今日の晩御飯は鶏おじやですよ。はい、耕一さん」

と、にこにこしながら大きな器になみなみと注がれたおじやを目の前に差し出した。

俺の運命もここまでか…

「千鶴お姉ちゃん、味見したの?」

「したわよ。これは本当に自信作!絶対美味しいから!

うそくせぇ、とでもいいたげな顔の梓には特盛りのおじやが配られた。これも千鶴さん独特の勘の成せる業だろう。

「それじゃあみんな行き渡ったわね。それじゃあ…いただきまーす」

一人上機嫌な千鶴さんの声が茶の間に響き渡る。キリストの最後の晩餐に出席したユダの心境がなんとなく分かるような気がした。

「さ、どうぞ耕一さん」

「え?う、うん…」

意を決して一口分おじやを掬う。

もういい。ここまで来たら覚悟を決めよう。俺は今年の冬はここに命を賭けてきたんだ。そうだ、これは試練なんだ。

…などと思いながら一口めを口に入れた。千鶴さんも梓も、楓ちゃんも初音ちゃんも俺の一挙一動を見守っている。

「ど、どう?耕一」

「耕一さん……」

「耕一お兄ちゃん……?」

すでに初音ちゃんの手にはコードレスホンの受話器が握られている。楓ちゃんにいたっては胃薬正露丸、それに血圧計まで側に用意している。梓は、いざというとき俺の胃袋の中身を吐かせようと、ボディーブローの構えまで見せていた。

しかし…

「…だろ……?」

「耕一さん…あの、正直な感想を言って下さいね」

「…うまい…信じられないくらい……美味い…」

「………うそ…?」

美味いって!ほんとだよ!すごく美味い!こんなに美味いおじや食ったことないよ!

あまりのことに千鶴さんは涙を流して喜んでいる。

でも梓達三人はまだ警戒を解いてはいなかった。

(…まだだめだよ初音、楓。多分このあと耕一が豹変するんだから)

(う、うん…)

(でも耕一さん、美味しそうに食べてる…)

と、怪訝そうな三人を残してバクバクとおじやをかき込む。ホントに美味い

「千鶴さん、おかわり!

「は、はいっ!」

「なんだよ、三人とも食わないの?ほんとーに美味いんだって!食わなきゃ損だよ!

騙されちゃだめよ!耕一がどーなるか…どうせ一口目から脳を直撃したんだ。それでおかしくなっちゃったんだよ)

(耕一お兄ちゃん…かわいそう……)

二杯目のおじやを半分以上食べたところで、ようやく梓も楓ちゃんも、そして初音ちゃんもおじやを口に運びはじめた。

「うそ…?」

「な、なにこれ?どーして千鶴姉に…?」

楓ちゃんは相変わらず食事のときはいつもにも増して無口だ。無言のままおじやを食べ続けてる。

「どう?本当だったでしょ?」

「そ、そんな…私が千鶴姉に料理で負けるなんて……これじゃ身長以外何で勝てばいいのよ…」

「(むかっ)…ま、まあいいわ。ほら、特訓の成果が出てるでしょ?」

「千鶴姉さん、これどうやって…?」

「え?普通に作っただけよ」

「普通じゃできないよ。千鶴お姉ちゃん、何か特別なの入れた?」

「うーん…入れたのっていったら……」

何かを思い出すように千鶴さんが首を傾けた。

「まずお塩砂糖醤油みりんと…」

梓と初音ちゃんがうんうんと肯く。

日本酒白ワインと…」

「……白ワイン?」

練りカラシ粉ワサビターメリックオイスターソースオリーブオイルマヨネーズ少々とお酢ヌカミソちょっとと、あとエ○ラ焼き肉のタレの辛口こく○ろカレーのルーニビシの白だしと…」

もういい。

誰か止めてくれ。気分が悪くなってきた。

「あと、ネギ油と……」

千鶴姉!あんたひょっとして……」

「千鶴姉さん、それって…うちにある調味料全部……」

「ち、千鶴お姉ちゃん、ひょっとして今朝…」

「え?今朝の鮭もこの調味料に浸けてたのを焼いたけど…耕一さん、美味しかったでしょ?」

なんてこった…

深みのあるコク、それでいて後を引くさっぱり感、そして食欲をそそる香りのすべてが奇跡的大マグレの産物だったなんて…

この日、この場にいる五人のうち一人を除いて偶然というものがいかに恐ろしく、そして気まぐれなものかを恐ろしいくらいに理解した。

千鶴さんがおじやの入っていた器を洗っている陰で、四人が楓ちゃんから胃腸薬をもらったのは言うまでもないだろう。

 

 

 




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