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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


柏木家のお正月 その4

by 森田信之



 

1月4日

 

 

冬特有の刺すような空気が吹き抜ける。

幸い、夕べから今まで、腹を壊したり人格が崩壊したり行動、言動に異常が出たものはいない。それを考えただけでも、昨日の出来事がすごい偶然の積み重ねだったことが分かる。

何しろ料理を作ったのは千鶴さん。

そして俺達はそれを食べてしまっ…いや、食べた。

「ねぇ耕一お兄ちゃん」

「ん?あぁ、おはよう初音ちゃん」

「おはよう。……あれから何ともない?」

「うん、何とかね」

「夕べ一番たくさん食べたの、耕一お兄ちゃんだったからね。楓お姉ちゃんも心配してたよ」

「あはは、ありがと。で、梓と楓ちゃんは?」

「千鶴お姉ちゃんの料理見てる」

「…やっぱり……今日も千鶴さんが作るんだ…」

「……そうみたい」

寒い庭にひときわ冷たい風が吹いた。庭の枯れ葉ががさがさという音を立てて舞い上がる。

「耕一お兄ちゃん、いつ頃までここにいられるの?」

「うーん…授業が始まるのは9日だけど…試験は終わったしなぁ。いようと思えば1月一杯くらいいられるんだけどね」

「それじゃあ出来るだけゆっくりしていって。今月中に千鶴お姉ちゃんの料理を何とかしないと…」

そうだろうな。初音ちゃんも延々と千鶴さんの料理の試食させられてたんじゃ体が持たない。

「耕一お兄ちゃんがここにいてくれれば、千鶴お姉ちゃんも頑張ると思うから」

「そーだね、それじゃゆっくりさせてもらうよ。……でもたまには初音ちゃんも作ってね

「うん、私のでよければいつでも…千鶴お姉ちゃんがいないときにでもね」

「…うん」

 

そして茶の間のテーブル。

今朝は梓が材料の仕込みの段階から「監視」していただけに、昨日のような奇跡は期待できない。

「今日は洋風だね」

「えぇ、サンドウィッチに挑戦してみたんです」

サンドウィッチが「挑戦」するような料理か否かは別として、今目の前に並べられているのは、結構まともなものが大半だ。

そう、見た目がまともなものが「大半」なだけで、それ以外のものはご期待通りの出来栄えだ。

「さすがにこれはマズく作るの難しいからね。千鶴姉でも大丈夫かって思ったんだ」

うん、そこらへんの見極めはさすが梓だ。千鶴さんと一番付き合いが長いだけはある。

「それじゃ私は…うん、このツナのを……」

おずおずと初音ちゃんが無難なところから開拓していく。しかし、そんな健気な妹を放っておくはずもなく、楓ちゃんもサンドウィッチに手を伸ばす。彼女がとったのはキューリとトマトが入ったものだ。

「んじゃあ私と耕一はこれかな」

そう言って梓が俺に手渡したのはタマゴサンドだ。

中身の黄色い物体を見て、昨日の朝の「ジャリっ」が脳裏をよぎる。でももう後ろには退けないんだ。これを飲み込まなきゃいけない。

「それじゃあ私はこれ♪」

相変わらず一人上機嫌な千鶴さんが、初音ちゃんと同じツナサンドを手に取った。

各人覚悟を決めて、一口目を口に入れる。

「…………っ!!

「か、楓ちゃん!

最初に倒れたのは楓ちゃんだ。

「こ…こういち…さん……」

弱々しく俺に手を差し出してくる。その細い指先がかすかに震えているようだ。

「わた…し……」

喋っちゃだめだ!梓!薬を…って……」

梓はそこにいない。ただ、廊下をばたばたと走っていく音がフェードアウトして聞こえてきている。

「くそっ!それじゃあ初音ちゃ…!!」

初音ちゃんも苦しそうな顔をしてうずくまってしまった。

どうしたんだ?これは一体……?最近毒物混入事件とかがよくニュースで出てくるけど…まさか……

千鶴さん!

「は、はいっ!?」

「何入れたの!?」

「え?な、何って……」

「まさか千鶴さん、砒素とか青酸カリとかLSDとかマリファナとかコカインとか次亜塩素酸ナトリウムとか入れたんじゃないだろうね!?」

「そそそそんなものうちに在りませんよ!それよりこの子達…?」

この期におよんで千鶴さんはまだ状況をつかんでいない。

耕一お兄ちゃん……わたし…死にたく…な…

そこまで言って初音ちゃんはぐったりしてしまった。

何てことだ。このままじゃあ…全滅してしまう……

「こういち…さん……」

「か、楓ちゃん!?しっかり!気をしっかりもつんだよ!

わたし……せっかく…耕一さんが…思い出して…くれた……のに……

「楓ちゃん!喋っちゃだめだ!今薬を持ってきてあげるから!」

わ…たし………耕一さん……が…来て…くれて………嬉しかっ……た…………

がくっ。

楓ちゃんも力尽きた

茶の間には二つの骸(殺すなよ)が横たわっている。そしてその奥には…

「どうしたの?みんなどうして…?」

「千鶴さん!救急車を呼ばなきゃ!」

「そ、そんな…みんな私の料理を食べただけなのに…」

だからじゃないか。今日のは特にひどいぞ。

千鶴さん、さすがに倒れ込んだ二人を見て半泣きになっておろおろしてるな。

「でもどうして耕一さんは平気なんですか?

「へ?」

…そー言えばそうだ。俺も確かに千鶴さんのタマゴサンド(殻入り)を食べた。なのに俺は平気だ。まぁ確かに味は「いつもの千鶴さんの料理」だったけど、どうして俺だけが…?

「やっぱり耕一さん…私の料理が合ってるんですね?

「え?」

いや、どこでどう解釈すればそういう結論にたどり着くの?

「嬉しい…これが愛の力なんですね♪耕一さんだけは私の料理を解ってくれるんですね?

「い、いやその…」

今日は千鶴さんまで暴走してる。なんか両目が潤んでるし……どうしよう…

と、この窮地をブチ壊したのは、またも梓だった。

「千鶴姉、そこまでだよ」

腕組みをした梓が茶の間の入り口に仁王立ちしている。

「楓、初音、もういいよ」

というと、二人とも何事もなかったように起き上がった。

「今日という今日は千鶴姉の料理がどれだけの威力があるか解ってもらおうと思ったんだけど…まだだめみたいね」

…っちゅーことはこれは…芝居?

「ごめんなさい耕一さん…起きたときに梓姉さんと話してたんです」

「耕一お兄ちゃんには話しておいた方が良かったかな?」

「…何だぁ、よかった。二人とも大丈夫だったんだ

ほっとして笑い合う四人。

しかし、その後ろで千鶴さんが出刃包丁を握り締めていたことには誰も気付かなかった。

 

 

 




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