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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


柏木家のお正月 その5

by 森田信之



 

1月5日

 

 

 

「さぁ、これで無事千鶴姉が一人で料理できるかどうかが決まるんだからね」

「う、うん…」

台所には緊張した面持ちの千鶴さんと、それ以上に険しい顔をした梓が立っている。

テーブルの上にはジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、牛肉、そしてカレールーが置いてある。

今夜の夕食はカレーらしい。うん、実に無難だ。といっても、今までの「これ以上どう無難なのを選べとゆーの?」というようなメニューでもあのありさまだったんだ。油断は禁物だ。

ちがーう!だからどーしてそこで余計なものを入れたがるのよ!」

「だ、だって…」

「だっても何もない!カレーにマヨネーズはいらないのっ!!

どうやら千鶴さんの料理が極端にまずいのは、作る過程で色々なものを入れたがるかららしい。しかも、どう考えても「おいおい、そりゃないよセニョリータ」というような組み合わせだ。

「いい!?私が言う通りに作ればいいんだからね!千鶴姉は何も考えない!

「は、はい……」

「ほらっ、牛肉に塩コショウを振って…そうそう、それで……あーっ!まだ油ひいちゃだめ!フライパンから煙が出るまで暖めてからじゃないと、こびりついちゃうんだからね!」

ときどき「びしっ」という音が聞こえる。まぁこれくらいスパルタに鍛えりゃ、千鶴さんも一種類くらいは何とか作れるようになるかな。 

「どんな調子ですか?」

心配そうな楓ちゃんが不意に横に現れる。おかっぱの髪からシャンプーのいい匂いがした。

「うーん、あんまりいい調子じゃないね」

「千鶴姉さん、昔から不器用だから…」

「そう言えば楓ちゃん、今までどこ行ってたの?」

「初音と一緒に買い物です」

「ふーん、何買ってきたの?」

「……これです」

といって紙袋から取り出したのは…

「…な、なるほど………」

チーズと牛乳だった。

乳製品に含まれる蛋白質は、胃壁に薄い防護膜をつくる。酒を飲む前に牛乳を飲むといい、というのはその防護膜がアルコールの刺激から胃壁を守るからだ。

でも、千鶴さんの料理の前にはこのチーズと牛乳もどれほどの効果があるか…

「あ、耕一お兄ちゃん。千鶴お姉ちゃんと梓お姉ちゃんは?」

「特訓中。でもカレーであれだけ苦労することもないと思うけどなぁ」

「でもああいう所も千鶴お姉ちゃんらしいんだけどな…」

そうなの?という視線の楓ちゃんと、長姉と次姉のやり取りをちょっと苦笑しながら眺める初音ちゃん。この二人もけっこう対照的なところがあるけど、昔から仲が良いんだよな。何かやろうってときには大抵一緒にいるし。

と、思い出に浸っていると突然台所から梓の声が聞こえた。

千鶴姉っ!どーしてあんたはすぐそーゆー余計なことをっ!」

「だ…だってぇ……」

「ほら!さっさと洗って!」

なんだ?何が起きたんだ?

「どーした梓?」

「あ、耕一ぃ…もーあんたからも言ってやってよ。千鶴姉ったら玉ねぎにヨーグルト付けちゃったのよ

「た…玉ねぎヨーグルト……」

い、いかん、なんか口の中が酸っぱくなってきた…

「だ、だってね、カレーにヨーグルトは結構合うって…」

「だからって玉ねぎにヨーグルトかけることないじゃない!もぉー、しかもこの玉ねぎ中途半端に切れちゃって…ほら、下の方でつながってるじゃない。いい?包丁の持ち方はこう!玉ねぎの切り方はこう!ほら、やってみて」

はぁ…これじゃ出来上がりが思いやられるよ……

「千鶴さん」

「は、はい?」

「……手、切らないでね」

「…はいっ」

満面に「こーいちさんが心配してくれてるのね♪」という言葉をだして肯く。

でもそりゃぁ心配もしたくなるよ。何しろ千鶴さんは文化包丁でカマボコ板を切る事ができるんだから、下手したら指くらい簡単に切り落としかねない。

「……えいっ!」

ゴトっ

背後で何か鈍い音がした。しかもかなりの音量だ。

「ち、千鶴姉さん……」

「はぁ……千鶴姉、これで何枚目だと思ってんの?」

呆れたような楓ちゃんと梓の声。なんだ?何が起きたんだ?

振り返ると、そこには真っ二つになった玉ねぎと、真っ二つになったまな板が………

「…………ま…まな板が…?」

千鶴さんの手にあるのは、近くのスーパーで売っている一本1980円の文化包丁。

まな板もそこら辺によく売ってある木のまな板。でも厚さは2センチ以上ある。それが…

「あんたねぇ、やたら力入れりゃいいってもんじゃないってあれほど言ったじゃない。ほら、こうやって包丁の重さと手首から先の重さを使って切るの!……ったく、どーやりゃまな板まで切れるのよ」

梓の説明を聞きながら、ちょこっとだけ舌を出して、「えへへっ、ごめんなさ〜い」という表情を作ってみる。

ちょっと前までなら「いやー、千鶴さんかわいいところあるなぁ」なんて思えたんだけど、今の現場では到底そんな事は思えない。

「あ、あのさ……」

「ん?どしたの耕一お兄ちゃん?」

「おれ…今日ファミレスかどっかで……」

「楓、敵前逃亡はどーするんだったっけ?」

梓が楓ちゃんにちらりと視線を移す。その視線に楓ちゃんも視線で答える。そして二人で肯き合う。

「敵前逃亡は……」

四人姉妹の雰囲気ががらりと変わる。

台所の床がぎしぎしと音を立てはじめた。梓がすぐ近くにあったリンゴを握り潰す。

「……死刑!」(by梓&初音ちゃん)

「ままま待て!わかった!俺が悪かった!

「ここまで来たら一蓮托生よ。一人だけ生き延びようなんて甘いわよ

目の前に突き出された梓の拳は、紛れもなく鬼の鉄拳だ。

今の俺にできる事、それはただひたすら今夜の食事を終えた後、明日の朝を迎えられる事を祈るのみだった。

 




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