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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


柏木家のお正月 その6

by 森田信之



 

1月6日 夕方

 

 

「耕一お兄ちゃん、次はいつ頃来るの?」

「ん?うーん、そうだなぁ、春休みになったらまた遊びに来ようかな」

「それじゃ今度は二月頃ですね。また練習しておきますから」

千鶴さんの言葉に、一瞬だけ梓の動きが止まる。表情から「やめてくれよなぁ」という心境がありありと見て取れる。が、ぎくしゃくしながらもまた動き出した。

それにしても昨日の晩飯は壮絶だった。

千鶴さんが何と三時間もかけて出てきたカレーは、一応匂いと色と見た目だけは普通のカレーだった。

 

……1月5日の夜。

目の前には大皿に山盛りに盛られたカレーがある。

見た目だけは普通のカレーだ。しかし、油断しちゃいけない。何といっても作ったのは千鶴さんなんだ。

「今回はまともにできたと思うから、みんなちゃんと食べてね」

という千鶴さん。

しかし、ずっととなりで見ていた梓がなかなか食べようとしない。

「ほ、ほら耕一、食べなよ」

「う、うん、食べるよ。それよりさ……楓ちゃん、そのパンフレット、何?」

「え?…何でもないです」

といって何かを座布団の下に隠す。その時ちらりと「人生最後の式典」とか「斎場」という文字が目に入ったが…まぁ見なかった事にしよう。

「初音ちゃん、何調べてるの?」

「え?う、ううん!何でもないの!」

慌てて電話帳を後ろへ隠す。職業別電話帳で、病院の欄が開いている。しかも救急病院の電話番号をメモ帳にかいているのがちらりと見えた。

どうやらこの二人で、色々な意味での準備を整えているようだ。

「千鶴お姉ちゃん、耕一お兄ちゃんに「あーん」してあげたら?そしたら食べてくれるよ」

「あ、そうね。それじゃあ耕一さん…」

少し恥ずかしそうに千鶴さんが擦り寄ってきた。

これで梓たち三人がいなかったら、迷わず押し倒している事だろう。しかし、今はそんな方面に頭がまわらなかった。

しかしどうしてカレーを食うだけで全身にアドレナリンが分泌されるんだろう。

「はい、あーん

「うっ……」

スプーンにたっぷりとカレーを乗せて、俺の口元へ持ってくる。さりげなく添えられた左手が何となくいじらしい。これが新婚の若妻とかならどれだけ良かったか…

「…あーん……」

「おやおや、見せ付けてくれるねぇ」

冷やかしを入れたのはもちろん梓。

しかし、今はそれどころじゃない。口の中にカレーの皮をかぶった物体が入ってくる。そして、俺はそれを噛んで飲み込まなきゃいけないんだ。

全身から脂汗が滲み出てきた。辛いからじゃない。まだ味は分からない。

一回、二回とあごを動かす。

テーブルの向かい側では初音ちゃんがメモ帳を見ながら、受話器を握り締めている。楓ちゃんにいたっては「見てられません」とでも言いたげに、目を固く閉じて祈るような格好をしている。

ごくり、と喉が鳴る。

「………ふぅ…」

「あ、あの…どうでした?」

すぐに楓ちゃんが隣によってくる。そして視線で「大丈夫ですか?」と訴えていた。

「………うん…カレー…」

「え?」

「カレー…だね。うん」

「……ってことは…?」

「千鶴さん、あとはまな板切らないで作れれば大丈夫だよ

なぜか茶の間に拍手が起こる。そして安心したように楓ちゃん、初音ちゃん、梓の三人も食べはじめた。

「…ほんとだ。うん、まともなカレーの味がするよ、千鶴姉!

やったね千鶴お姉ちゃん!これでカレーは大丈夫だよ!」

楓ちゃんもいつものように無言で食べはじめた。

「みんな……ありがとう、みんなのお陰で…」

「そうそう、そう思うんだったら惜しみなく感謝してよ。耕一にもさ」

「ほんとにありがとうございます、耕一さん。わざわざきてもらって…」

「いや、いいんだよ。それより良かったじゃない、これで料理一つマスターしたね」

「はいっ、それじゃあ…」

そして全員がだまる。千鶴さんの次の言葉に嫌な予感を感じたからだ。

「明日からさっそく私が…」

「だめっ!そ・れ・だ・け・は・だめっ!

梓が必死の形相で千鶴さんを止める。それもそうだろう。仮に明日から毎日千鶴さんが台所に立つとしたら、梓は今日みたいな寿命の縮むような思いを毎日しなきゃいけなくなる。千鶴さんには申し訳ないけど、まだ練習は月二回くらいのペースが良いだろう。

 

 

そして今朝、久しぶりに梓の作った朝食を食べて、柏木家をあとにした。

「耕一、電車あとどれくらい?」

「んー、あとちょっとかな」

「あの、耕一さん」

「?」

千鶴さんが何か恥ずかしそうにしている。どうしたんだろう?

「これ、夕べ作っておいたんです。電車の中ででも食べて下さいね」

といって差し出したのは小さな弁当箱。

一気に血の気がひいていく。どうして…?千鶴さん、俺が何をしたって言うの?そんなに俺の事が嫌いなの?

「(耕一、受け取ってやって。千鶴姉これ作るのに夜中の二時までかかったんだよ)」

「(で、でもさ…)」

「(大丈夫、半分くらいは私が作ったやつだから。まぁ笑って受け取ってやってよ)」

「(…そ、そうだな…)ありがと千鶴さん、それじゃあ昼飯に食わせてもらうよ」

「はいっ♪」

家に帰れば、また一人の生活が始まる。

この四人とずっと一緒にいたいと思う事はある。たまに遊びに来ると、決まって帰りたくないと思うくらいだ。

だから多分俺はまたここに来る。

ここにきて、この四人姉妹と一緒に過ごすだろう。それが俺にとっての心のオアシスみたいなもんだ。

「あ、耕一お兄ちゃん、電車来たよー」

「耕一さん、これ電車の中で飲んで下さい」

「お、ホットコーヒーか。ありがと楓ちゃん。…それじゃみんな、また来るからね」

「いつでも来なよ。そんときは千鶴姉の手料理で出迎えるから」

「…ま、まぁ楽しみにしてるよ」

「じゃあ気を付けて帰ってね、耕一お兄ちゃん」

「うん、ありがと」

「それじゃあ耕一さん、今度の春休みも絶対来てくださいね」

「うん、必ず来るよ。それじゃみんな、元気でね」

電車の扉が閉じる。外の四人は少し寒そうに白い息を吐きながら、俺に手を振っている。

千鶴さんのくれた弁当箱をひざに抱えて、俺も四人の従姉妹達に手を振る。

自然と笑みが零れてきた。

そうだ、春になればまたこの四人と一緒に過ごす事ができる。

そんな事を考えているうちに電車は走り出した。初音ちゃんが走って追いかけてきてる。その後ろから楓ちゃんも。

そんなに走って追いかけないでも、春になれば俺はまた来るよ。心配しないでいいから。

心の中でそんな事を考えながら、ひざの上の弁当箱に視線を落した。多分美味くはないだろう。でも、千鶴さんの愛情はこんな小さな弁当箱に入らないくらいに詰まってるはずだ。

春休みまで僅か一ヶ月半。

多分その頃には俺はまたここにいる。この隆山でのんびりと過ごしてる事だろう。

こんなに春が待ち遠しいのは久しぶりだった。

「……春よ来い…か」

頬杖をついて一人で呟く。

窓ガラスにうつった俺の顔は、なぜか微笑んでいた。




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