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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


柏木家のお花見 その2

by 森田信之



 

 

「千鶴姉さん」

「あら、楓。…耕一さんも、どうしたの?」

「いや、特に用事はないんだけどさ。千鶴さんの和服姿を見に来ただけ」

「…そんな、別に大したモノじゃありませんよ」

といいつつ、結構嬉しそうだ。

「で、千鶴さん今何やってんの?」

「さっきまでそこの野点でお茶を」

ふーん、と言いつつ後ろを振り返る。そこでは確かに、風情あふれる野点が開かれていた。シャカシャカという、お茶を混ぜる音と、すぐ近くで演奏されている琴の調べがなんとも春らしい。

「この隆山桜祭りもお祖父様が始められたんですよ」

「…そうだったの?」

「あれ?楓にも話してなかった?」

こくり。

「お祖父様はここの桜がすごく好きで、多くの人に見てもらいたいって言う事でこのお祭りを始めたの。最初は本当に小さな野点くらいだったんだけど…」

今は結構な賑わいだ。出店もあちこちにあるし、鶴木屋の本館では着物のファッションショーも行われてるらしい。

しかし、そんな個人的な理由で祭りを始めようだなんて、さすが俺のじいさん。やる事がでかすぎる。

「そうそう、耕一さん、もうお昼は食べました?」

「ん?…そういやまだ食ってないな。楓ちゃんは?」

「私もまだです」

「それじゃあここで一緒に食べていきません?」

といって千鶴さんが指差したのは、大きく「甘味処」とかかれた店だ。この祭りの期間だけの臨時出店なのだろう。普段この公園では見た事もない。

「初音がここのお汁粉が美味しかったって言ってたから」

「ふーん、いいね。昼飯にはちょっと軽い気がするけど、たまには汁粉もいいかな」

楓ちゃんも少し嬉しそうな顔で肯く。結構甘党だったんだな。

店の中は女子高生や甘党の面々で埋め尽くされていた。その中に、どうもどこかで見たような顔がある。その顔のわきには、汁粉のお椀が少なく見積もっても4つ積まれている。

「あれ?耕一じゃない。千鶴姉も楓も、今から食べるの?」

思ったとおり梓だ。

そうか、こいつも普段から「甘いものは別腹」とかいってたな。まぁ陸上やってるうちは太る事はないだろう。

「梓姉さんもきてたんだ」

「うん、初音から聞いてね」

と、五杯目のお椀を重ねる。

「梓先輩、すごいですっ!そんなにたくさん食べれるなんて!」

梓の隣で目を輝かせてる女の子がいるが、とりあえず無視。

「あんまり食い過ぎるなよ。太るぞ」

「いいのいいの、運動してるんだから。それより座んないの?」

そうだった、店に入ってから梓のところにまっすぐ来たから、まだ座ってないし注文もしてないんだった。

「さてと…千鶴さんは?やっぱり汁粉?」

「ええ。楓も?」

こくり。

「耕一さんは?甘いものは大丈夫なんですか?」

「まぁね。自慢じゃないけど甘党だから。それじゃお汁粉三つね」

窓の外にひろがるピンク色の風景を眺める。店の中で

「なんだ、マルチも食いたいのか?」

「美味しそうですけど…いいです、我慢しますぅ〜(T T)

「マルチちゃんも食べられればいいのにね、お汁粉」

「こーいうときにメイドロボっちゅーのは不便やなぁ。もったいない」

という微笑ましい一行も見掛けた。多分どこかから来た観光客だろう。

じいさんが始めたという桜祭りのおかげで、毎年春には湯治を兼ねた観光客がこの隆山にたくさん来るらしい。この一行もその類だろうな。

 

しかし、こうして和服の美人二人に挟まれてるっていうのも実にいい気分だ。桜を見ながら、美女二人と一緒に汁粉を食べて…

うーん、贅沢というか何というか…至福の絶頂ってやつですか。

「そうそう、楓」

「?」

お汁粉が届くと同時に千鶴さんが何か思い出したようだ。

「私、今日は少し遅くなるかもしれないのよ。十時くらいには帰ってこれると思うんだけど…」

「やっぱり千鶴さん、忙しいんだね」

「ええ、明日の行事の準備とかがあって…あ、でも耕一さんがいてくれるから心配いりませんね」

「痴漢撃退とかなら任しといてよ。指先一つで十分だからね」

「(くすっ)それじゃ耕一さん、梓と初音にもそう言っといて下さいね」

「ん、わかった」

ふと隣りを見る。相変わらず無口な楓ちゃんがそこに居るが…

「あれ?もう食っちゃったの?」

こくり。

「美味しいですから…」

「ふーん、おかわりいる?」

こくり。

「千鶴さ…って千鶴さんももう食い終わってるし…ひょっとして俺だけ?食ってないの」

「そうみたいですね」

すでに千鶴さんと楓ちゃんは二杯目のオーダーを済ませている。

「やれやれ…甘いもの食うときは千鶴さんも早いんだね」

「それはそうですよ。でも甘党っていったら初音にはかないませんけどね」

「そうなの?」

「初音はおはぎに砂糖をかけて食べるくらいですから…」

「……か…楓ちゃん、それ…ほんと?」

「昨日の話です。それに初音が作ったカフェオレは「コーヒーの味が微妙にしないでもない、極端に甘い牛乳」ですから。今朝飲んできましたけど」

あ…ある意味千鶴さんのサンドウィッチと同じくらいの破壊力があるかもしれないな…

「さてと、それじゃあ私はそろそろ行かなきゃ。じゃあ耕一さん、楓をよろしくお願いしますね」

「うん、それじゃ千鶴さんも頑張ってね」

「そうそう、ここは私が払っておくから。それじゃね楓」

こくり。

ふーん、千鶴さんも忙しいんだな。まぁあの若さで会長さんなんだから、忙しいのも当然といえば当然か。ゆっくりできるのって正月とお盆くらいのもんだからなぁ。

「さてと、楓ちゃん、いまからどこか行きたいところかは?」

「え?…特にないですけど……できれば夕方くらいには鶴木屋に戻って着替えたいです」

「あ、そうか。普通の服は鶴木屋に置いてきちゃったんだ」

「はい。今日は野点に出るためだけに着物を着たようなものですから」

なるほど。それで今日出かけるときにわざわざ待ち合わせにしたのか。

 

きっかけは楓ちゃんの電話だった。

「めずらしいね、楓ちゃんが電話くれるなんてさ」

「そうですか?…あの、耕一さん」

「ん?なに?」

「春休み…こっちに来てくれるんですか?」

春休み?…そうそう、そうだった、来週から俺は春休みなんだ。いかんいかん、進級が決まって頭が鈍ってるのかな。

「うん、行く予定だよ。何日頃がいいかな」

「私達はいつでも構いませんけど、再来週からお祭りがあるんです。それに間に合うように…」

「お祭り?今の時期にそんなのあったっけ?」

「はい。隆山中央公園で毎年」

なんだ、そんなお祭りがあったんだ。

考えてみたら、俺が柏木家に遊びに行くのっていったら大抵正月とお盆くらいだもんな。春に行った事なんてないんだった。

「へぇ、面白そうだね。それじゃあ…うん、来週の火曜日にそっちに行くよ。月曜はちょっと友達と約束が入ってるからさ。千鶴さんにもそう言っといて」

「はい、来週の火曜日ですね。……それじゃ…」

「うん、それじゃね」

「あの……」

「ん?」

「…待ってますから……」

カチャ。

電話を切るときの音までおとなしい。

しかし最後の「待ってますから」は効いたな。楓ちゃんにあの台詞を言われると、這ってでも行きたくなる。

親父が死んだときにはどうなる事かと思ったけど、最近はあの子もよく笑うようになったそうだ。正月に遊びに行ったときなんかも結構笑顔を見る事ができた。

 

そして、今回柏木家に来て、また四人と一緒に過ごす事になった。(もちろん、俺の鶴木屋グループへの就職活動の布石もかねてるけど)ここに来るとまともな食生活が実にありがたい。といっても、梓が作った場合は、だ。

初日は危惧していたとおり、千鶴さんのカレーが出てきた。味はそこそこ食える味だったけど、ジャガイモは生煮えだし、ニンジンにいたっては皮を剥いてなかった。おまけに肉には下味を付けてないからカレーの味しかしない。そしてとどめとばかりにご飯には芯が残ってた。

そう、これでも千鶴さんにしたら「そこそこ食える味(比較的)」になるのだ。あんまり上達はしてないみたいだね。

「仕方ないです。千鶴姉さん、ここ一ヶ月くらいずっと忙しかったから…」

「料理の練習どころじゃない、って事か…でも練習しないであれだけ食えるようになってたんだから、結構上達はしてるんじゃない?少なくとも以前よりは」

こくり。

小さく肯いた拍子に、髪の毛に付いていた桜の花びらが舞い落ちる。いやー、風流でいいもんだ。

「ここの桜ってさぁ、いつ頃までもつのかな?」

「長くても今月の半ばくらいだと思います」

「そっか、それじゃあ祭りが終わってからもしばらく大丈夫ってわけね」

「はい、多分」

「それじゃさ、祭りが終わって千鶴さんに時間ができたら、五人だけで花見しようよ。弁当かなんか作って」

「…いいですね(にこっ)」

「でしょ?よーし決まり、それじゃ梓に弁当作らせよう」

「……でも………」

「ん?どしたの?」

「……二人でお花見も……したいです。夜桜とか」

これにはちょっとびっくりした。まさか楓ちゃんが「二人で花見がしたい」なんて言い出すなんて…しかも夜桜って事は…夜?

「多分夜桜もきれいだと思いますよ」

「あ、あぁ、そうだろうね。…うん、それじゃまぁ明日か明後日にでも」

「はい(にっこり)」

少し首を傾げてにっこりと笑った楓ちゃん。

何だか子供の頃の面影がまだ残ってるな。まだ小さい頃、楓ちゃんがほんの些細な事でもころころとよく笑ってたころの面影が。




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