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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


柏木家のお花見 その6

by 森田信之



 

 

「あ、目が覚めたの?」

辺りが暗くなって月が高く上った頃、ようやく楓ちゃんが目を覚ました。

「……え?…あれ?」

「楓ちゃん、途中で寝ちゃったからね。おんぶして帰ってきたんだ。だめだよ、酒なんか飲んだりしたら」

「…ごめんなさい、重くありませんでした?」

「いや、軽い軽い。楓ちゃんやせてるからね。それよりもう晩飯の準備できてるよ。そろそろ行こうか」

「…はい」

酒を飲んではいても、味が落ちないのはさすが梓、というところだろうか。いつもどおりの夕食を済ませて、いつものように茶の間でくつろぐ。

「楓お姉ちゃん、大丈夫?まだなんだかぽーっとしてるけど…」

「うん、もう大丈夫」

「ごめんなさいね楓、せめてビールにしとけばよかったかしら…」

「酒は全般的にだめなのっ!まったく…」

やれやれ、ほんとに千鶴さんにはいろんな意味で気を付けないとな。

そして夕食が終わってしばらくしたころ、楓ちゃんが俺の部屋(といっても、いつも俺が使っている部屋、という意味だけど)にやってきた。さすがにもう顔の赤みは引いてるみたいだ。

「どしたの?」

「…あの……今から…いいですか?」

「え?今からって?」

「その……公園で約束した…」

公園で約束した…?何か約束したっけ?

「二人で一緒に夜桜を見に行こうって…」

あぁ、それか。

「でも今日じゃなくてもいいじゃない、明日でもいいんじゃないの?」

「明日は天気予報だと雨になっちゃうんです。だから…」

うーん、でもなぁ……こんな時間から出かけるのもなんか気が引けるし…

「明後日には耕一さん、帰っちゃうんですよね…」

「う、うん…」

あー、楓ちゃんのこういう俯いた顔って苦手なんだよなぁ。

どーしようかなぁ………

 

 

結局来てしまった。

楓ちゃんに腕を引っ張られるように裏山を歩く。当然、引っ張るといっても「手をひいて」というくらいだ。

「ほら、ここが一番きれいなんです」

「……うわぁ…」

楓ちゃんが指差した先には、ひときわ大きな桜の巨木があった。大きな巨木っていうのも形容詞が重複してて、日本語的におかしいのかもしれないけど、そんな事を忘れてしまうくらい、見事な桜だった。

しかも今日は満月。夜とはいえ、辺りをうっすらと銀色の光が照らしている。その中で、皮の向こう岸にみえる桜は幻想的というよりは妖艶な感じもする。

辺りには誰もいない。俺と楓ちゃんの二人だけが、河原の大岩に腰掛けて桜を眺めてる。

「…静かだね」

「そうですね……」

聞こえる音といったら、川が静かに流れるせせらぎの音、ときおり吹く風で起こる葉擦れの音。これくらいだ。

「楓ちゃん」

「?」

ちょっと不思議そうな顔で俺の方に向き直る。

「寒くない?」

春とはいえ、夜は冷え込む。今もジャケットを着てはいるけど、楓ちゃんはすこし寒そうだ。

「いえ、大丈夫です」

「…ほら、これ着てなさい」

「え?で、でも耕一さんは…?」

「俺はいいから。……それより梓のやつ、心配してないかなぁ」

「梓姉さんには言っておきましたから」

「あ、そうなんだ。さすが、準備がいいね」

俺の大きすぎるジャケットを羽織って、すこし恥ずかしそうにはにかむ。こういう時の表情は初音ちゃんとそっくりだ。

「ちょっと冷やかされましたけど」

やっぱり。梓のやつが何も言わないで送り出すわけがない。俺が一言いっておくべきだったかな。

「桜って………」

いきなり、何の前触れもなく楓ちゃんが立ち上がる。そして軽い身のこなしで対岸まで、岩の上を歩いていく。当然俺もそれに着いていく。

そっと桜の巨木に手を当てた。

「不思議ですね」

「…どうして?」

「……見てると…すごく嬉しい気分になるんです」

「ふーん、そういうもんかなぁ」

「耕一さんは桜は嫌いですか?」

「いや、好きだよ」

どうして?と聞こうとしたら、不意に強い風が吹いて桜の花びらが吹雪のように舞い下りてきた。

一瞬だけ、楓ちゃんの姿が見えなくなる。まるで桜にさらわれるみたいに…

「楓ちゃん!」

さっきまで、確かにさっきまでそこに楓ちゃんがいた。

夢中で前へ進み、手を伸ばす。

「……あ、あの…耕一さん…?」

楓ちゃんはそこにいた。俺の腕の中で、どうしていいか解らないような顔をして、俺の顔を見上げてる。

「…耕一さん…痛いです」

「…あっ、ご、ごめん!」

慌てて腕の力をゆるめる。

「どうしたんですか?」

「い、いや…楓ちゃんが消えたみたいに見えたから……」

くすっ、とかすかに笑った。

「大丈夫ですよ。私も、千鶴姉さんも梓姉さんも初音も、みんないますから」

「…?」

「みんな、耕一さんの事を待ってますから。…あの家で、みんな耕一さんの事を待ってますから」

ふわり、と楓ちゃんの肩に何かが舞い下りた。

小指の先ほどの大きさのそれは、次から次に舞い下りてくる。まるで粉雪みたいだ。

「…そろそろ帰ろうか?…あんまり遅くなると千鶴さんたちが心配するよ」

「…そうですね」

川の流れと同じ方向に歩き出す。

みんな…耕一さんの事を待ってますから……か…

遠くの方に柏木家の灯りが見えた。いつものような、暖かい灯かりだ。

「それも…悪くないかな」

「え?」

「いや、何でもないよ。それより気を付けてね、暗いから」

「はい」

河原から普通の道へと移る。夜空を見上げると、きれいな満月が浮かんでいた。多分街灯よりも明るくこの付近を照らしてるんだろう。

そして、もう少しで柏木家の門にたどり着くというとき、しばらく何も話さなかった楓ちゃんが、軽く俺の服の裾を引っ張った。

「…どしたの?」

「私もずっと……ずっと、これからも待ってますから……」

少し恥ずかしそうにはにかんでそう言うと、門を開いて玄関まで走っていった。

そして、玄関の戸が開く音とほぼ同時に楓ちゃんの「ただいま」という声が聞こえた。

 

鬼の時代を超えたロマンス…なんて言っても誰も信じてくれないだろう。

でも楓ちゃんは今確かに「これからも」と言った。

今までもずっと待っててくれたんだ。俺が楓ちゃんの事に気付くのを。俺がこの大きなお屋敷にやってくるのを。

やっぱり……また来なきゃな。

俺を待ってくれてる人がいるんだから。

ずっと昔、俺達が生まれるずっと前から、俺の事を待ち続けてくれてる人がここにはいるんだから。




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