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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


柏木家の夏休み その3

by 森田信之



 

 

「あーぁ、降ってきちゃったね」

「ほんとだ。大丈夫かな、梓のやつ」

「梓姉さん、確か傘は持っていったと思うけど…」

夜になって突然の雨が降り出した。真夏の夜にありがちな、スコール級の大雨だ。

「もうちょっと待って帰ってこなかったら、迎えに行ってみるよ」

「そうですね、それじゃ耕一さん、お願いします」

つい一時間ほど前、梓は下の街までジュースを買いに行った。俺が車で送るから、車で行こうといったのに

「大丈夫、歩いてもそんなにかかんないから」

といって聞かなかったんだ。やれやれ、人の好意は受け取れよなぁ……

そして三十分後。

「遅いな……」

雨はさらに激しさを増してる。ただの通り雨ってわけじゃないな。台風とかは近づいてないし、多分大きな雨雲が上にかかってるんだろう。

「千鶴さん、俺ちょっと梓を迎えに行ってくる」

「そうですね、それじゃお願いします」

雨カッパを着て、玄関から外に出る。

「……うわ…」

予想以上にひどい雨だった。しかもなぜか雨粒が冷たい。この雨に濡れてたら寒いぞぉ。

「じゃ行ってくるよ」

 

…とはいったものの、梓のやつどこにいるのやら…

多分どこかで雨宿りしてるとは思うんだけど…

あずさぁー!

当然の事ながら返事はない。やれやれ、街まで降りなきゃだめかな。

と思ったとき、遠くの方で梓の声が聞こえたような気がした。

「…気のせいか?」

しかし、耳を澄ましてみると、確かにどこかから梓の声が聞こえてくる。

あずさー!どこだー!?」

「(こういちぃー!)」

雨音にかき消されそうなくらいの声だ。梓も大声を出してはいるんだろうけど、雨音の方が大きい。

それでも何とか声のした方向へ歩いていくと、草が不自然に抜けているところがある。どうやら下が崖になっているようだが…

「こういちー!ここだよぉー!」

確かにその声は崖の下から聞こえてきた。まさか梓のやつ…ここから落ちたのか?

慌てて崖を降りる。雨のせいで足元がかなり滑るが、そこは何とか切り抜けられた。そして崖の一番下に来ると…

「梓っ!お前その足…」

「うん…落ちたときにね」

梓は確かにいた。季節はずれの冷たい雨のせいで、全身ずぶぬれになっている。しかも左足のすねからは血が出ていた。

「立てるか?」

「足首も捻っちゃって…立てないの

いつになく不安げな目で俺を見る。

「梓…ひょっとして震えてるのか?」

「う、うん……」

「ほら、掴まれ。とりあえず雨をしのげるところに行かなきゃ」

痛いっ!……いたいよ…」

軽く手を引っ張っただけのつもりだったが、それでも足首に痛みが走るらしい。

寒さと痛さと不安のせいで、もう梓は半泣きになってしまってる。

「いたい…寒いよぉ……耕一、寒いよ……」

「…解った。ほら、俺が連れてってやるから、掴まってろよ」

梓の身体を抱えあげて、崖の下をしばらく移動する。俺が着ていたカッパの上着をかけてやったお陰で、今度は俺が冷たい雨にうたれる事になった。

なるほど、確かにこの雨にいつまでもうたれてりゃ寒いよ。

「取り合えずここなら雨はしのげるな。ほら、足見せてみろ」

「…うん………」

左足の傷はたいしたことはなかった。雨水で傷口が自然と洗われたんだろう。でも問題は足首の方だ。

「…痛いか?」

「うん…」

軽く触っただけでも顔を顰める。骨に異常があるのかもしれない。明日にでも病院に連れてかなきゃいけないかもしれないな。

「大丈夫だよ。骨は…折れたりしてないから。捻っただけ」

「そうなのか?」

「だてに陸上やってるわけじゃないよ。それより……どうしよう…」

崖の大きな窪みの中にいるから、今は雨はしのげる。でも、いつまでもここにいるわけにはいかないからなぁ…早く帰らないと千鶴さんたちが心配しちゃうよ。

「梓、ここにいろよ。俺が千鶴さんたちに連絡して…」

だめっ!

突然梓が俺にしがみついてきた。

「やだ…一人にしないでよぉ……」

「…………あ、梓?」

恐いよ……お願いだから…一緒にいてよ…」

「で、でもなぁ……」

俺の腕にしがみついて、涙目でそう訴える。

こいつも女の子なんだな。いつも弟みたいに接してきたけど、やっぱりこういう状況で一人で残されるのは不安でたまらないんだろう。

「……わかった、もうしばらく様子を見よう」

「……うん…」

「なんだよ、泣いてるのか?」

「…うん……」

「大丈夫だって、俺はここにいるから」

「………うん…」

「………梓…」

「…うん?」

「大丈夫だからな。俺が何とかしてやるから」

「……うん」

少し不安そうに、でもさっきよりは安心した表情で俺にもたれかかってきた。雨に濡れて冷えた身体に梓の体温が伝わってくる。

「ねぇ耕一…」

「ん?」

「千鶴姉とは…どうなの?」

「どうって?」

「だから……仲良く…やってるの?」

「ま、まぁ…いつも通りかな」

雨音はさっきから全然弱くならない。それどころかひどくなってるくらいだ。

「……耕一って変わんないね」

「そうか?」

「うん。……女心を全然解ってない」

「…そうか?」

「………私だってね…」

「?」

「私だって……女なんだよ…」

「………梓…」

「私だって…18の女なんだからね…」

そう言うと、まるで顔を俺の胸に埋めるように抱きついてきた。

「ど、どーしたんだ?寒いのか?」

「…ほら、やっぱり解ってない…」

「…?」

「待ってたのは……楓だけじゃないんだよ。私だって…」

ぎゅっと腕に力を入れる。

こいつも知ってたのか…楓ちゃんの事を。

「私はまだ…「弟」なの?」

「へ?」

「…ううん、やっぱりいい。…しばらくこのままでいさせて」

「…うん…わかった」

しばらく…このままでいてもいいかな。

こうして梓と抱き合ってると、お互いの体温が直に伝わってくる。

弟みたいに接してきた梓が、実はこんなに暖かくて柔らかい、そしてか弱い「女」だったのかと思うと……いっそのことこのまま…

やっぱりだめだ!何考えてるんだ俺は!

「梓、しっかり掴まってろよ」

「え?こ、耕一…?」

「大丈夫、俺がみんなのところまで連れてってやる」

「……うん、お願い…」

意識を集中する。

心の中の檻に一歩ずつ近づき……

その中にいる「」を目覚めさせる。そして…

鍵を開けた。




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