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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


柏木家の紅葉 その2

by 森田信之



 

 

「ごちそうさん、美味かったよ」

「うん、ありがと」

辺りもすっかり暗くなった。

相変わらずそう広くはない1Kのキッチンでは初音ちゃんが夕食の後片付けをしてくれている。

「ちょっと辛くなかった?」

「いや、ちょうど良かったよ。それよりさ…」

「うん?」

牛乳ビンのプリントがついたエプロンを外しながら戻ってきた。もう片づけ終わったのか。

「今日は初音ちゃんがベッド使ってよ。おれはここに布団しいて寝るから」

「うん。…ごめんね、ベッドとっちゃって」

「いいって。初音ちゃんは今日はお客さんなんだから」

小学生の頃、俺が正月に遊びに行くと、よく初音ちゃんが俺の布団に潜り込んできた。寒そうに震えながら布団に入って、しばらくすると安心しきった顔で眠りに就いてた。

でもさすがにそれを今やるわけにはいかない。これでこの部屋にロフトでもあればよかったんだけど…

「……ん?寒い?」

「え?う、ううん、大丈夫だよ」

「でもちょっと震えてるよ」

「…うん、ちょっとだけ…寒いかな」

「初音ちゃんって冷え性だったっけ?」

「うん。少しね」

「ごめん、気が付かなかった。暖房入れるからね」

「うん」

エアコンの電源を入れる。まだ出てくる風は普通の冷たい風だけど、そのうち暖かくなるだろう。

「そうだ、そろそろ千鶴さんたちに電話入れないと」

「あっ、いけない、忘れてた」

慌ててコードレスホンの受話器を取り上げる。

「…もしもし?うん、初音。千鶴お姉ちゃんは?」

しばらく沈黙。その間、テレビの音声だけが部屋の中を走り回っている。

「あ、千鶴お姉ちゃん?……うん。さっき食べたよ。…え?肉じゃが。………うん…うん、解った。…あ、ちょっと待って、耕一お兄ちゃんに代わるね」

そして受話器を持って俺のところに戻ってくる。

「はい」

「ん、ありがと。もしもし?千鶴さん?」

「あ、耕一さん、ごめんなさい。急に初音がそっちに行っちゃって、びっくりしたでしょ?」

「うん、確かにね。でも助かったよ。久しぶりにちゃんとした飯が食えたしね」

「良かった、ちゃんとお手伝いしてたんですね。それで、明日は…?」

「うん。明日は朝の電車でそっちに行くから、多分昼頃に着くと思う。みんな元気にしてる?」

「ええ。みんな変わったところとかも…あ、梓がちょっと髪を伸ばしはじめたんですけど、それくらいですね」

「ふーん…まぁ、何にしても明日の昼にそっちに行くから。昼飯は初音ちゃんとどこかで食ってくるよ」

「それじゃ明日、待ってますね」

「うん。それじゃね」

受話器をもとあった場所に戻して、テレビの前でごろりと横になった。

「あ、耕一お兄ちゃんだめだよ。食べすぐ寝たら牛になっちゃうんだから」

「んー…ツノは生えるかもしれないな」

「もー、だめだってばぁ。まだ明日の用意とかしてないんでしょ?早くしないと」

「あ、いけね」

すっかり忘れてた。もうほとんど実家に帰る感覚で隆山に行ってたからなぁ。いかんいかん、早くバッグとかも用意しないと。

「…ねぇ初音ちゃん、バッグどこにあるか知らない?」

「押し入れの下の段にあるよ。左端の方に置いてるから」

「……あれ?Tシャツは?」

「そこのタンスの下から二番目。靴下は一番下で、パ……パンツは下から三番目に入れたから」

「うん。ありがと」

うーん、今の時点で俺より初音ちゃんの方が俺の部屋の事をよく知ってるって言うのは問題だな。俺ももうちょっとしっかりしなきゃ。

 

…と思ってるそばから……

落ち着け、落ち着くんだ耕一!いくら初音ちゃんが…

「ん……お兄ちゃん…」

いくら初音ちゃんが俺の布団の中にいるからって、変な事は考えるなよぉ。初音ちゃんは俺の事を信用して…って、そこまで深く考えてないみたいだな。多分寒かったからこっちに来ただけだろう。

「…どーしたの?」

「あ、ゴメン、起こしちゃった?」

「ん………おやすみなさい…」

「…おやすみ」

ふぅ、俺も深く考えるのはやめよう。もう寝なきゃ。

しかし昔から全然変わってないなぁ。こうして寒い日に俺の布団の中に潜り込んでくるのも、俺に対して警戒心をほとんど持ってないのも。

不思議なもんだ。こうして一緒に寝てても、あまり変な気は起こらない。これでとなりにいるのが千鶴さんだったら、それこそ鬼じゃなくて野獣にでもなってただろう。多分梓でも同じ事が言える。

でも楓ちゃんや初音ちゃんだとまだ「妹」という感覚の方が強いみたいだ。

「…………」

そっと髪を撫でてみる。そうすると、まるで小犬みたいに擦り寄ってきた。

「…可愛いもんだな……」

さてと、俺もそろそろ寝るか。明日の朝も早いんだ。

 

 

「やっと着いたね」

「ふぁあああ……」

「大丈夫?ずっと眠そうだったけど」

「ん……大丈夫…」

とは言ったものの眠い。はっきり言ってかなり眠い。

電車の中でもほとんど夢うつつの状態で初音ちゃんと話してたからなぁ。素直に寝ときゃよかった。

結局夕べはほとんど寝れなかった。それもそうだ。初音ちゃんが擦り寄ってきたままの状態だったんだから、ろくに眠れるわけが無い。しかも時間が経つにつれて、「擦り寄る」から「抱き着く」に近い形になってた。あれじゃ寝れないって。

「ふぁああああああ…」

「…大丈夫?お昼ご飯うちで食べる?そしたらすぐ眠れるよ」

「……うん、そーする…」

今日の隆山はよく晴れている。暖かい日差しが降り注いで、眠気にいっそうの拍車をかけてくれた。お陰で昼飯を食った後、俺はまるで吸い込まれるように眠ってしまった。

何時間眠ったんだろうか、誰かの声が聞こえたような気がした。

「(だめだよ、せっかく寝てるんだから)」

「(だからってねぇ…)」

「(きっと疲れてるんだよ。もうちょっと寝かせてあげようよ)」

「(…ったく、どーして千鶴姉といい初音といい、耕一に甘いのかねえ)」

「ん…?」

「あ、ごめんなさい、起こしちゃった?」

俺の顔の真上で初音ちゃんの声がする。

…何だかずいぶんと柔らかくて暖かい枕だな……って…これって初音ちゃんの…

「ほら、もういいかげんに起きなさいよ。初音だってずっと膝枕してりゃ疲れちゃうよ」

やっぱりだ。初音ちゃん、ずっと膝枕しててくれたんだ。

「あ、もうちょっと寝てていいよ。晩御飯までもう少し時間あるから。ね?梓お姉ちゃん?」

「確かにもうちょっとあるけどさぁ…」

「いや、もう起きるよ。ありがと初音ちゃん」

「うん」

…待てよ、もうすぐ晩飯?ってことは今何時だ?

「もうすぐ七時半。あんたずーっと寝てたんだよ」

「それじゃ初音ちゃん、ずーっと?」

「ううん、楓お姉ちゃんが帰ってきてからだから…一時間くらいかな」

それでも疲れたはずだ。悪いことしちゃったな。

「だって耕一お兄ちゃん、頭持ち上げても全然起きないんだもん。梓お姉ちゃんなんか顔に落書きしようと…」

「は、初音っ、余計な事は言わなくていいのっ!」

「梓…お前……」

梓の慌てふためきようから言って、初音ちゃんの言ってる事は本当だ。

よく見ると梓の髪が少し伸びてるような気がする。まだ「ちょっと長めかもしれないショートカット」くらいだが、あと半年くらい伸ばせば楓ちゃんと同じくらいになるかもしれないな。

「ったく……あ、楓ちゃんおはよう」

「おはようございます…(くすっ)」

噂をすれば楓ちゃん。いつのまにか俺のすぐとなりに来てた。いつも静かに歩くから気付かないけど、ともすれば気配すら読めない事もある。

「耕一、あんたねぇ…今おはようなんて言う時間じゃないよ。七時半なんだからね」

「あ、あぁ、ごめん。それより千鶴さんは?」

「多分もうすぐ帰ってくると思います」

ふーん、千鶴さんも暇じゃないんだな。まさか鶴木屋が主催で「隆山紅葉祭り」なんてのをやってるとは思えないけど…

「あれ?知ってたの耕一?」

「ほんとにやってるんかいっ!」

ボケたつもりで言ったのに、どうやら本当にやってるらしい。しかもお約束どおりというか何というか、これも祖父さんがはじめたものだという。まったく、よほど祭りが好きだったんだな、祖父さんは。

「それじゃ初音ちゃん、ちょうどいい時期に休みになったね」

「うん。でも友達もほとんど全員インフルエンザにかかっちゃったから…」

それじゃあ暇だろうな。せっかくの休みでも遊ぶ相手がいなきゃ意味が無い。かといって楓ちゃんは授業があるし、梓も何かと忙しそうだ。千鶴さんにいたってはそのお祭りを主催する会社の会長さんだからなぁ。

「うん、じゃあ俺と一緒に行こうよ。その紅葉祭りってのに」

「うんっ。それじゃ明日行ってみようよ。明日からなんだよ」

「ほんと、いつもいいタイミングで来るよねぇ。いつだったかも桜祭りの真っ最中に来たじゃない」

「運と日頃の行いが良いんだよ。で、今日の晩飯は?」

「すきやき。半分以上楓が作っちゃったけどね」

へぇ、そう言えば楓ちゃんが作った料理ってのもずいぶん久しぶりに食う気がするな。いっつも梓のばっかり食ってるから、たまにはいいかも知れない。

「そう言えば千鶴姉さん、耕一さんが帰ってくるからって何か用意してたみたいですけど」

「げっ…」

「そうそう、確かイタリアンの料理の本読んでたっけ」

「そ、そんな…」

「そ・ん・な・に私の料理は嫌なんですか!?」

「おわぁっ!!…ちっ、千鶴さん!?」

「あ、千鶴お姉ちゃんお帰りなさい」

初音ちゃんが笑顔で千鶴さんを迎えるが、千鶴さんはそんな妹の声も耳に入ってないみたいだ。

「耕一さん…ひどい…いくら私がちょっと料理が下手だからって……」

不覚!なんてこった…

まさかこの俺が千鶴さんの接近に気が付かなかったなんて…千鶴さんもなかなか腕を上げたな。

ってそんなことはどーでもいいんだ!

「そんな…その続きは何なんですか?」

「あ、あの…そんな…」

「そんな?」

「そんな……嬉しい事が…あっていいのかなー……って……」

ふっ、と千鶴さんの表情から険しさが消えた。何となく頭からツノが引っ込んだ気がする。

「それじゃ今度の土曜日に作りますね♪」

「う、うん…」 

とりあえず茶の間に安堵のため息。………危ないところだった…。




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