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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


柏木家の紅葉 その3

by 森田信之



 

 

「桜祭りのときもだけど、この公園ってすごいよね」

「うん、いろんな木が植えてあるからね。一年中飽きないよ」

たった今開会式(?)を終えた隆山紅葉祭り。

この公園には桜の他にも紅葉が「これでもかっ」というほど植えてある。で、今がその紅葉(もみじ)の紅葉シーズンらしい。もちろん、他にも銀杏などの木が植えてあるみたいだ。

「あっ、耕一お兄ちゃん、あれ!」

「ん?どしたの?」

初音ちゃんが指差す先には一見の出店があった。何の出店だろう。

「梅ヶ枝餅…?聞いた事無いな」

「あのね、九州にある太宰府天満宮の名物なんだって。すごく美味しいんだよ」

「へぇ、食ってみようか」

「うんっ♪」

てくてくと出店まで歩いていく。実に嬉しそうだ。猫にかつお節、初音に甘いもの…ってところかな。

「すみませーん、梅が枝餅四つ下さーい」

「はーい、四つで320円です」

320円か。それくらいなら俺が出すかな。

「あ、いいよ初音ちゃん、俺が出すから」

「え?いいよぉ、私が頼んだんだから」

「いいからいいから。はい、320円」

「まいどー」

手渡された餅は結構熱い。焼きたてみたいだ。

「ほら、初音ちゃん。冷めないうちに」

「う、うん、ありがと」

…こうして二人で歩いてると、多分「仲の良い兄妹」に見えるんだろうな。ほとんど間違いじゃないにしろ、嬉しいようなちょっと悔しいような…どっちなんだろう。

「…どしたの?冷めちゃうよ」

「え?あ、ああ、そうだな。早く食わなきゃ」

ラップにくるまれた餅を一口食べる。

案の定甘い。中に入ってるあんこが実に甘い。結構美味いけど、やっぱり甘い。ということは初音ちゃんは…

「おいしいぃ〜♪」

といってぱくぱく食ってる。うん、予想通りの展開ってやつだな。

「ほら初音ちゃん、俺の分一個あげるよ」

「え?いいの?」

「うん、俺にはちょっと甘すぎるかな」

「そうなんだ。それじゃもらうね♪」

…甘いもの食ってるときってほんとに幸せそうな顔するんだな。梓も団子の類は大好物みたいだし、楓ちゃんは意外な事にパフェをよく食べに行くそうだ。千鶴さんはそれこそ和洋中ジャンルを問わず何でも食うらしい(その割には料理の腕は全然上達しないんだよな)。

「あ、千鶴お姉ちゃん」

「えっ!?」

「えっ…?ってそんなにびっくりするほどの事じゃあ…」

いつのまに接近してたのか、千鶴さんが後ろに立ってた。危ないところだった…今のを口に出してたら……

「どうしたんですか耕一さん?」

「い、いや、何でもないよ。それより千鶴さんもどう?梅が枝餅」

「あ、そうだ、千鶴お姉ちゃんにも一個あげる。美味しいんだよ」

「へぇ、ほんと美味しそう。それじゃもらうわね」

今日は千鶴さん、着物じゃないんだな。普通のスーツを着てる。秋らしい色のスーツがまた落ち着いた感じでいい。紅葉で埋め尽くされた公園に実によくあってる。

でも、そんなかっこいいスーツを着てても、妹と一緒に梅が枝餅をほお張ってたら台無しだと思うな、俺は…

 

 

「あのさ、初音ちゃん」

「うん?」

梅が枝餅を食ったばかりだというのに、次のバウムクーヘンを大事そうに抱えたまま初音ちゃんが振り返る。千鶴さんはこれからまた何か用事があるという事で鶴木屋の本館に戻ってしまった。

「今あの家って部屋余ってるのかな?」

「あの家って…うちのこと?」

「うん」

「うん、昔叔父さんが使ってた部屋があるよ。ずっと前にお父さんが使ってた書斎もそのまんまだし、叔母さんが使ってた部屋も今使ってないから」

何だ、ずいぶん余ってるんだな。

「でもどうしたの?いきなり」

「うん、ちょっとね」

「…?」

まるで「はにゃ?」とでも言いたげな顔で大きなバウムクーヘンにかぶりつく。うーん、実に可愛らしい。こういう仕種が似合うのも可愛い子の特権なんだろうな。

「いや、今度鶴木屋に就職する事になったからさ、千鶴さんから誘われてるんだ」

「千鶴お姉ちゃんに?」

「うん、あの家に住まないか…って」

「ほんと!?」

まだ迷いはある。

確かにあの家に住む事は、俺にとってはいい事尽くめだ。でも、そこまで千鶴さんたちに甘えていいんだろうか…

仮に俺があの家の住人になって、梓や楓ちゃん、初音ちゃんは本当に俺の事を歓迎してくれるだろうか。一家の一員として迎えてくれるだろうか…

「それで、いつ引っ越してくるの?」

「へ?」

「もちろん来るんでしょ?」

「う、うん…できればそうしたいと思ってるけど…でも……」

「…でも?……何か…いけない事でもある?」

「いいのかな…?」

「何が?」

「……うん、もうちょっと考えをまとめてみるよ」

「…………」

さっきまで嬉しそうだった初音ちゃんの表情が急に曇る。ありありと心配の色が見て取れる。初音ちゃんの前で、こうやって悩むところを見せるのは初めてだからかな。

「私は……」

「ん?」

「私は…耕一お兄ちゃんに来て欲しいな」

「…………」

「だって、そうしたら今より絶対楽しくなるよ。耕一お兄ちゃんは嫌なの?」

「いやじゃないよ。でも……」

「じゃあ……」

すっ、と初音ちゃんの細い腕が俺の腕に絡んでくる。大きな目には少し涙がにじんでいるようだ。

「でも、なんて言わないでよ……楓お姉ちゃんも梓お姉ちゃんも千鶴お姉ちゃんも、私もみんな耕一お兄ちゃんの事待ってるんだよ」

「待って……?」

「うん…耕一お兄ちゃんが来る予定の日にはずっと前からカレンダーに印し付けて、千鶴お姉ちゃんは料理の練習して、楓お姉ちゃんはいつも耕一お兄ちゃんが使う部屋を掃除して、梓お姉ちゃんはごちそうを作って…」

「…………」

「ほんとにみんな、嬉しそうにするんだよ。……みんな耕一お兄ちゃんの事が好きなんだよ」

そこまで言うと初音ちゃんはべそをかきはじめてしまった。しまった、泣かしちゃったか…

「私も…ちっちゃい頃から耕一お兄ちゃんが来てくれるの、すごく嬉しかったんだよ……」

「うん…ありがと……」

「どうして悩んでるの?……私が…いけないの?」

「え?」

「……耕一お兄ちゃん…私がいるから…うちに来てくれないの?」

「そうじゃないよ!」

「っ…」

つい声が大きくなってしまった。そこら辺にいる人達が俺に視線を注ぐ。

「…そうじゃないよ……ほら、初音ちゃん、そんな顔しないで」

「うん……ごめんなさい…」

二人とも少し暗い顔のまま、しばらく公園の中を歩いた。

初音ちゃんのこんなに辛そうな顔を見るのは、親父が死んだとき以来かもしれない。

だとしたら申し訳ないことしちゃったな。こんなに思いつめるほど、俺の事を待っててくれてたなんて思わなかった。

「…ん?どしたの?」

「あ……ごめんなさい…怒ってる?」

「いや、俺の方こそゴメン。さっきはあんな大声だしたりして」

「ううん……ねぇ耕一お兄ちゃん…」

「ん?」

「どうして悩んでるの…?」

「……こんなに…初音ちゃんや千鶴さんたちに甘えていいのかな…って思ってたんだ」

「いいんだよ。耕一お兄ちゃん、今までずっと一人で頑張ってきたんだもん。それにあんなに辛い目に合ったんだから、私達でよかったら好きなだけ甘えていいんだよ」

こうして上着の裾を掴まれてると、楓ちゃんと一緒に桜の下を歩いた時の事を思い出す。確か春にここに来たときも、楓ちゃんも俺の事を待ってるっていってくれたんだよな……

千鶴さんは俺が遊びに来て、帰るときには必ず笑顔で「また来て下さいね」と言ってくれる。料理の練習で、両手の指を傷だらけにしながら俺が来るのを待っててくれる。

梓も、夏に遊びに来たとき、すごいごちそうで迎えてくれた。昨日のすき焼きもすごかったっけ。

何も悩む事無かったんだ……

俺の思い上がりかもしれないけど、俺は初音ちゃん達に、少なくとも歓迎されてる事は確かだ。そして初音ちゃんは俺に「来て欲しい」と言ってくれた。

「初音ちゃん」

「…うん?」

「俺がきたら…初音ちゃんが俺の部屋の掃除係になっちゃうかもしれないんだよ?」

「…うんっ、いいよ、毎日掃除してあげるから!」

「……今日にでもみんなに話してみるよ。まぁ実際に引っ越すのはあと半年近く先の事だけどさ」

「うんっ!」




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